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『CASE: 10X4N53 InFox 』
三島・玲奈7134)&鬼鮫(NPCA018)


 高速エレベータの急激な気圧変化に多少の耳鳴りがした。高いところというのは慣れているつもりだが、やは

りこの閉塞された空間ではある種の気鬱を感じる。ライトアップされた夜景が瞬く間に姿を変えるのも、人によ

っては酔うのではないだろうか。
 チン、という高い音がして、エレベータの扉が開いた。ほぼ最上階に近い部屋を取っているのは、人の出入り

が少ないからだ。その分かかるコストは大きくなるが、それは大した問題ではないらしい。
 玲奈はエレベータを降りて、一番奥にある部屋へ向かった。二度続けざまにノックして、間を置いてからもう

一度。しばらく間があって、それから扉が開かれた。
 通された部屋はセミスイートらしく、豪華な造りをしていた。部屋の主がローテーブルを挟んで奥のソファに

座ったので、玲奈はその向かい側に座る。スッとクリップで留めた紙束を差し出されて、玲奈はそれに目を通し

た。部屋の主である男――鬼鮫は、それをチラと確認してから話し始める。
「ゆりかもめでの圧死事故、ということになっているが、目撃者の話や現場の様子から総合して俺達の管轄では

ないか、ということになった」
「目撃者の話って?」
「白い影のようなものが足元を走ったそうだ。…不思議なことに、その後の記憶がしばらくないらしい。ほとん

どの乗客がちょうどループ線――芝浦ふ頭駅からお台場海浜公園駅の間の記憶が不明瞭な状態だ。そのせいか件

の女子高生がどういう状況で死んだのかもよくわかってない。
「それから白い影に関してだが、熱を帯びているような熱さがあったこと、発光しているような色、形だったこ

となどから考えて、熱エネルギーそのものであるか、またはそれを動力としている可能性が高い。今回は潜入捜

査になるが、その点を注意しておいてくれ」
「それであなたの見解は?」
 資料を閉じてテーブルに置き、鬼鮫を見据えた玲奈に、彼はふむ、と顎に手をやり一呼吸おいてから、再び口

を開いた。
「そうだな…この白い影、に関していえば以前に似たような事例があった。ニューヨークのオフィス街、ウォー

ルストリート、デトロイトの工業区――人が多いところ、ある程度発展している都市に頻出するようだ。時期も

6〜9月にかけての暑い時期と限定されている。それから被害者が女ばかりだというのも妙な共通点だ」
 鬼鮫の言葉をひとつひとつ反芻し、時折頷くような仕草をする玲奈の左右で色の違う瞳は怜悧な輝きを湛えて

いた。鬼鮫は唇の端に笑みを乗せ、今回も問題はなさそうだ、と胸の内で呟く。ただ、前例があるというのに、

解決した事例がないというのが不安なところだった。ターゲットに記憶を操作する力があるようで、本格的な捜

査に乗り出してもついぞその正体が判明するまでには至らないのだ。
「気をつけろよ」
 思わず口をついて出てしまった言葉に対して、日頃の自分を省みると言いそうもない台詞だったことにバツの

悪さを感じ、相手の反応を窺おうと玲奈の顔を見遣れば、彼女もやはり驚いたように目を丸くしていた。けれど

もすぐに目を細めて、嬉しげに笑う。
「大丈夫」、と。

 表向きは圧死事故、と報道され、控えめとはいえ警察の捜査の手も入ったというのに、平日のラッシュは緩和

する様子も見せなかった。先日の高速エレベータの気圧と閉塞感を遥かに凌駕するほどの圧迫間をその身に感じ

ながら、玲奈は昨日の現場検証のことを思い返していた。車両内に残っていた血痕と、車窓が開かなかったこと

、また、満員電車での圧死事故だというのに、他に負傷者がいないことなどから考えて、玲奈はこれは確実に事

故ではなく、何者かの仕業であるだろうと確信していた。とすれば、最初から犯人が狙っていたのは今回の被害

者だったということになる。
 被害者が若い女性ばかりだというのなら、この時間帯、高齢者やサラリーマンばかりのこの車両でなら、玲奈

がターゲットとなるはずだ。そう思ってひとつ息をついた所で、車内アナウンスが次の停車駅を告げる――と、

視界の端を何か白いものが掠めた。
(――狐火!)
 慌ててその後を追おうとしたが、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車では満足に身動きもとれず、加えてあちらこち

らから次々に人の怒号が飛び交った。耳の痛くなるような悲鳴交じりの喚き声、頭に直接響いてくるかのような

呪詛に似た糾弾。その中心で狐火は目に見えて大きさを増していった。そうして人が一人、二人と電池が切れた

かのように動かず、何も言葉を発しない状態になってきたところで、狐火は車窓から飛び出した。玲奈も後を追

おうと窓に手を掛けたが、いくら力を込めても開かない。覚悟を決めた玲奈は、窓ガラスを突き破って翼を開い

た。走行中の車両から飛び出したために、あやうく流されそうになるのを何とか堪えて、狐火の後を追う。
 ところが狐火は先ほどの車両で随分と力を蓄えたらしく、次々に異形のものに姿を変えては玲奈を攻撃してき

た。間断ない攻撃を何とか避け続けていたが、ふいに強烈な陽光のために視界を狭めてしまう。まずい、と思っ

て目を開けば、巨大な龍が牙を向けて間近に迫っていた。ここまでか――諦めに似た気持ちで目を閉じた時、頬

の横を冷気が過ぎ去っていった気がした。それに反して、いつまで経っても衝撃はこない。
 恐る恐る目を開ければ、目の前僅か十数センチの距離で龍は氷漬けになっていた。背後を振り返るとそこには

鬼鮫が。ということは、この氷柱は玲奈号が撃ったものに違いない。
「鬼鮫」
「勝手に使わせてもらったぞ。過去の事例を洗い直してわかったんだが――そいつらの餌は、情報だった。情報

を熱エネルギーと相互変換していたようだ。女ばかり狙っていたのは、喋らせやすいからだろう」
 それよりそいつを砕いてくれ、と言われ、玲奈はそれを実行した。氷塊は粉々になって最早宙に留まることが

できず、ぱらぱらと地に落ちていった。欠片が日の光を反射してキラキラと光る。
「今回の任務はそれで終わりだ。報告書は後で持って来てくれ」
「ねぇ、今回のターゲット…」
 氷の欠片を目で追っていた玲奈が、ようやく鬼鮫をまた視界に戻した。鬼鮫は、何だという風に片眉を上げて

みせる。
「InFoxなんてどう?Informationと狐をかけて」
 鬼鮫は肩を竦めた。
「好きにしろ」
 その口角がやや吊り上がっているのを見て、玲奈も笑みを浮かべた後、報告書をまとめるべく帰還したのだっ

た。


 >>END
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東京怪談
2009年09月07日

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