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『Nightmare 』
火宮・翔子3974)&ブラッディ・ドッグ(6127)&(登場しない)


 夢は全て悪夢かもしれない。
 そんな風に思ったことがある。
 夢は何時だって残酷だ。決してなりえないことですら夢の中では自由自在。そして夢から醒めれば一気に現実へと引き戻される。
 そう思えば、夢とはなんと酷いことか。
「全くよ。絶対にありえないからこそ夢なんじゃない」
 愚痴が漏れた。夢は夢でしかなく、現実ではないのだから。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「「…………」」
 言葉がない。凄まじく気まずかった。
 二人は同じ依頼を遂行するはずの仲間である。なのに、とても気まずい。
 二人の間に会話は一切なく、ただただ無言の時間だけが流れていく。
「……ねぇ。なんか言いなさいよ」
「……」
 耐え切れず、髪の長い女が口を開く。しかしもう一人の髪が短い女はあくまで黙ったままだ。
「はぁ……」
 思わず溜息が漏れたのも仕方のないことだろう。見知った顔であるし、その辺りは遠慮もしないでいいのが唯一の救いだ。
(どうしてこうなっちゃうのかしら……)
 女の気持ちを知ってか知らずか、もう一人の女の顔は硬い。それを見てまた彼女は溜息をつくのだった。



 話は数日前に戻る。
「魔物の退治、ねぇ」
 コーヒーを入れたマグカップを傾け、火宮翔子は何かが書かれた紙を眺め小さく呟いた。
 依頼内容はいたって簡単だ。何時もどおりのものと言ってもいい。
 ただ彼女の顔が神妙なのは、何時もとは違う一文がそこに書かれていたからだ。
「同行者がいる、ねぇ。信用ないのかしら、あたし」
 もしくは余程の厄介者か。理由ははっきりとしないが、それも依頼の内であるならあまり文句も言っていられないのが辛いところだ。
「まっ、変なやつでないことだけ祈っておきましょ」
 そんな彼女の願いはあっさりと砕かれてしまうことになるのだが、今の彼女がそんなことを知る由もない。



「……よりにもよって、あんた」
「……」
 翔子の前に立っているのは、髪が短くひょろっと身長が高い女。何度も何度も嫌というほど見てきた顔だった。もっとも、再会は数ヶ月ぶりだったが。
 ブラッディ・ドッグと呼ばれるその女は、裏の世界では名の通った存在。勿論その名前が本名でないことなどは分かりきっているが、彼女の本名を知るものが果たしているかどうかも分からない。
 数ヶ月前までは何かとよく一緒になることが多かった二人だったが、ここ数ヶ月はブラッディから姿を消し、全く出会うことがなかった。
 それがいきなりこんなところで再会する事になるとは、当然翔子が思い浮かべるはずもなかった。

 話は冒頭に戻る。
 結局会話も何もなく、二人は黙ったまま依頼へと出発した。
 ちらりと翔子が横を見る。そこにはやはり黙りこくったままのブラッディの姿。
 前のように馬鹿みたく無邪気な笑みを浮かべない彼女は全く別人のようで。しかし、その姿に多少の安堵を覚えるのも確かだった。
 あれから一体何処へ行き何があったかは分からない。ただ、今ここにいる。それだけが事実だ。
 それにしてもあまりにぴりぴりしているものだから、翔子まで緊張してしまうのは完全に予想外だ。
(……ホント何があったのよ)
 数ヶ月前の別れを思い出しながら、翔子はただ歩き続けた。

(翔子さぁんと一緒ぉなのにぃ……嬉ぇしくない……)
 隣を歩くブラッディも、そんなことを考えていた。
 数ヶ月前の別れ。自ら選んだそれは、予想以上に彼女を苛み続けた。
 どれほど仕事をしても気が晴れることはなく、頭に浮かんでくるのは翔子のことばかり。
 しかし彼女はそれを抑え続けた。あの日見せた翔子の態度がブラッディをどんどん遠ざけていく。
 自分が傍にいたら、また彼女はきっと自分を拒む。それはとても辛いことだ。
 それならば自分から近づかなければいい。離れれば離れるほど辛くなるけれど、拒否されるよりは幾分かマシなはずだから。
 しかしそれも依頼人のいらぬ心遣いのせいで無理になった。だから彼女は翔子からわざと距離を置いているのだ。
(さっさとぉ終わらせよぉ……)
 ブラッディがそう思ったのも無理はないことだろう。



「ここね」
 依頼人から手渡されていた地図の先にあったのは古ぼけた洋館だった。
 ところどころ苔むし蔦が絡みつく壁。手入れをしていれば綺麗なものだっただろうが、今のその姿は不気味以外の何者でもない。
「確かにこれなら何かいそうだわ」
 言いながら翔子は躊躇なく足を踏み入れる。さっさと終わらせたいブラッディもそれに続くのだった。
「しかし、妙な依頼よね……」
 呟きながら全くだと思う。依頼書には魔物の退治とは書いてあったが、普通ならそこに書かれているべき魔物の能力が一切書かれておらず不明だったのだ。
 能力が少しでも分かっているなら対策のしようもあるのだが、今回はそうもいかない。一筋縄ではいかないかもしれない、下手をすればまずいかもしれない。
 そしてその予想は的中してしまった。

 埃っぽい廊下を進むと、その先にはバルコニーが広がっていた。そこにはテーブルと椅子が置かれ、何者かが椅子に腰掛けている。
「やぁいらっしゃい」
 随分と優雅な仕草でそれが立ち上がり、恭しく頭を下げる。
「……馬?」
 体は確かに人間。しかしその頭は馬。奇妙なその生物は、誰に言われるまでもなく依頼の対象であると分かった。
「ここにきたということはお客様かな? それとも……」
「分かってるでしょ。あんたを退治しに来た者よ」
 取り付く島など与えない。能力が分からない以上先手を取るのは定石だ。
 どんな能力があろうが潰してしまえば問題はない。翔子は一気にバルコニーを駆け抜け馬へと迫る。ブラッディも言わずとも分かっているのか、やはり同時に駆け出していた。
「忙しいお嬢さん方だ」
 馬が指を鳴らす。すると黒い霧がバルコニーを包み込んだ。
「なっ……!?」
 一瞬の出来事に、しかし止まることが出来ない翔子とブラッディはその中へ突っ込んでいく。そして、すぐさまその意識を手放してしまうのだった。
「よい夢を」
 馬が最後に笑ったことを瞼に焼き付けて。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「……ッディ。ブラッディ、ほら起きなさい」
「……翔子さぁん?」
 ブラッディが目を覚ますと翔子の顔がすぐそこにあった。どうやら膝枕をしてもらってそのまま眠ってしまったらしい。
 あまりに顔が近くにあったものだから、思わずブラッディはその頬に手を伸ばす。
「ん、どうしたの? くすぐったいわよ」
 翔子は優しく笑い、その手を受け入れてくれた。肌触りが、その体温が気持ちよくてそのまま手を動かしてしまう。
「翔子さぁん……怒ぉらないの?」
「なんで怒らなきゃいけないのよ」
 不安げなブラッディを余所目に、翔子の顔はあくまで穏やかで。それは本心としか思えず、ブラッディが笑う。
「翔子さぁん」
「なぁに?」
「だぁい好き……」
「あたしもよ」
 翔子の顔が下がり、ブラッディと重なっていく。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ブラッディ、そっちいったわ!」
「わかったぁよー!」
 翔子が追い詰めた醜悪な鬼が弾ける。しかし逃げることは叶わない。なぜならブラッディが既に回り込んでいたからだ。
 ブラッディのワイヤーが煌き鬼を切り裂く。そして間髪いれず翔子の符がそれを焼き尽くすのだった。

「翔子さぁんおつかぁれー!」
「ブラッディこそお疲れ。ナイスアシスト」
 言いながらお互いの腕をあわせ、笑い会う。
 すっかりいい相棒になったブラッディはとてもいいやつだった。がっつくこともないし、彼女の友人としても楽しい人物だったから。
「これから飲みにいくけどどうする?」
「俺ぇもいくー♪」
 楽しい時間はまだまだ続きそうだ。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 地面に倒れこんだ二人の表情は実に晴れやかだった。それもそうだろう、彼女達は今頃楽しい夢に浸っているのだから。
「楽しい夢からは醒めたくないもの。そのまま眠り続けていいのだよ」
 馬は笑う。その有様がまるで滑稽だと言わんばかりに。
「たとえそれが決して醒めぬ夢であっても」
 醒めぬ夢は死に到る病と行き着く先は全く同じ。
 翔子は馬の姿を見た瞬間に気付くべきだった。馬といえば悪夢の象徴であると。海外では一体なんと呼ばれているかと。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「翔子さぁん」
「なぁに……ん」
 次の言葉は噤ませない。その唇を塞ぐと、翔子も激しくそれを求めてきた。
 どれだけ夢に見た光景だろう。翔子が自分の腕の中にいて、自分が求めれば彼女も求め返してくる。
「はぁ……いきなりね」、
 翔子の笑みは酷く扇情的で、ブラッディの支配欲を刺激する。力任せにベッドへ押し倒すと、抵抗されることもなく二人の体はベッドへと沈んでいく。
 ブラッディの手を翔子が止めることはない。上になり一枚ずつ服を脱がせていく。
「っ……ぐッ」
 その時、不意にブラッディを激しい頭痛が襲った。

 ベッドに沈んだ翔子が何時か見た光景と重なる。それは一体どんな光景だった?
 夕日が照らす二人。ガラス張りの部屋の中。眼下に広がる遊園地。そして、自分に組み敷かれた翔子――。

「お前、誰だ……」
 ブラッディの口調は、何時も見せるふざけた感じのこもったそれではなかった。
「何言ってるのブラッディ、あたしよ?」
 頭痛で顔を顰めるその手を翔子が取り――ブラッディは激しくそれを振り払った。
「ちがぁう!!」
「何が違うのよ、あたしは」
「お前は翔子さんじゃない、翔子さんなら絶対にそんな易々と俺に抱かれたりしないはずだ! キスだってさせないはずだ!!
 ……絶対に呆れた顔で、『何しようとしてるのよ!』って怒るはずだ……」
 フラッシュバックした光景にブラッディは全てを思い出す。
 翔子という存在が一体どんなものであったか。ブラッディに対してどんな接し方をしてきたか。
 大体こんな簡単に落ちる女など自分は好きになったのか? 手に入れたくても手に入らなくて、だから実力行使に出て、それでも手に入らなくて。どれだけ支配したくても出来ない、気高い彼女だからこそ好きになったのではないか?
 涙が出た。こんなにもよく翔子を知っている自分を思い出し、そして絶対に手に入らないとも思ってしまい。それでも好きになってしまったものは仕方ない。
 確かに目の前の翔子は自分の理想の翔子そのものだ。だがそれだけだ。理想は理想でしかなく、現実とは遠くかけ離れている。
「お前なんていらない。俺が欲しいのは翔子さんだけだ……!」
 瞳が怒りに燃える。その怒りは腕を動かし、目の前の理想を引き裂いた。



「なぁにやってるぅんだか……」
 流れる涙を止めようともせずにブラッディは呟いた。
 嘘っぱちの翔子とは言え、引き裂いてしまうのは辛かった。そして何より、自分の理想をまざまざと見せ付けられたことが辛かった。
 理想は完璧すぎて、隙がなさ過ぎて逆に自分の心を苛んだ。
「翔子さぁん……怒ってぇほしぃよぉ……今度は頑張るから……」
 結局のところ、今までの自分はただただ願望を翔子にぶつけていただけだったと思い知らされた。もしまた会うことが出来たなら、きっと少しはそれを変えることが出来るはずだから。
 そう呟いたブラッディは、まるで小さな子犬だった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ブラッディ……」
「なぁにぃ……?」
 酷く体中が痛む。もう体力も限界だ。
 それでも笑っていられるのは、依頼が確かに終わって。そして、背中を預けあえる人物がそこにいるから。
 お互いに背中を支えあい、翔子とブラッディはその場に座り込む。二人の周りには数え切れぬほどの屍たち。久々に骨の折れる依頼だったが、それも無事に終わらせることが出来た。きっと、今背中を支えてくれている彼女のおかげだろうと翔子は笑う。
「何か美味しいもの、食べに行きましょうか」
「絶対にぃいくー♪」
 背中から聞こえる声は無邪気だ。何時も狂犬のような彼女も、翔子の前でだけは信頼できる人物だ。

 背中を預けあえる関係というのは、これほどまでに清々しいものなのだろうか。
 きっと彼女が傍にいれば何時までも戦える。そしてそれを喜び合えるはずだ。多分ブラッディも同じように思っているはずだろう。
「けどぉ翔子さんボロボロだぁねぇ……俺怒られるかぁも」
「大丈夫よ、きっと」
 そういって笑う。最近翔子に恋人が出来たと伝えたら、ブラッディは自分のことのように喜んでくれたのだ。次はブラッディの恋人が出来ることを祈る番だ。出来た暁には盛大に祝ってあげなくては。
 ……もっとも、彼女の場合は特殊なので中々難しそうではあるが。なら、自分が少しでも手伝ってあげないと。
 ブラッディが立ち上がり手を差し出す。遠慮することなくそれを手に取れば、ブラッディの長身が翔子を力強く立ち上がらせる。
 お互いにボロボロだが、帰るくらいの体力はありそうだ。
「途中でぇ倒れたぁら俺ぇがおんぶして連れぇ帰るよー」
「そんな恥ずかしいところ、あの人には見せられないわよ」
 そんな冗談も言い合えるのは、お互いがお互いを信頼しあっているからだ。こんなにいいやつは滅多にいない。その心地よい距離感に、翔子の顔には自然と笑みが溢れる。
「んくっ……」
 自然と手が離れる。そこで、翔子の頭が激しく痛む。

 自分と腕を組むブラッディ。何時でもそれを求めてきた彼女。離したくても決して離れようとしなかった隣の住人。
 離そうとしたとき、隣の彼女はどんな顔をしていた? どんな風に悲しそうな顔をしていた?

「……あんた、誰」
「はぁい?」
 激しい頭痛の中で翔子は思い出す。彼女の隣にいたそれは、こんなにも物分りがよくいいやつではなかったと。
 ブラッディが手を伸ばす。その手を翔子は激しく弾いた。
「翔子さぁん?」
「あんたはブラッディじゃない」
「なぁに言ってるぅの、俺ぇは」
「傍若無人じゃないあんたなんて絶対にありえないのよ! 何処までも我侭で、だけど子犬みたいなのがあんたじゃない!!
 絶対にあんな場面になったなら、そのまま抱きつこうとしてくるはずよ……キスだってしようとしてくるはずよ……!」
 ブラッディという存在がどんなものであったか全てを思い出す。
 何時だって鬱陶しいくらいに引っ付いてきて、それを拒み続けると大型犬みたいな姿なのに子犬のように寂しがる。
 我侭で、寂しがり屋で、鬱陶しくて、だけどそれもまたブラッディという存在の魅力で。
 それが何だ、この聞き分けのいい人物は。確かに何時かブラッディがこうならいいな、とは思ったことがある。だけど、それは絶対にそうならないと自分だけは知っている。
 理不尽だ。これがどれだけ理不尽なことか。
 理想のブラッディは、完璧すぎるが故におかしすぎる。
「消えなさい!」
 翔子の符が、まるで自分の怒りのように全てを燃やし尽くしていく。



「……最悪」
 まざまざと自分の理想を見せ付けられ、それがどれだけ酷いものか思い知らされた。
 それに偽者だったとはいえ、その姿に手をかけるのは抵抗があった。あの声で消えていくのは流石にきつい。
 深い溜息が漏れた。それは何時でもあいつと会った後に漏らしたものと同じ。
「何やってんのよ、馬鹿」
 理想は所詮自分の押し付けでしかない。何も彼女の想いには答えていない。結局のところ、ただ逃げていただけなのだろう。改めてそれを思い知らされてまた溜息が漏れた。
 ストレートに想いをぶつけてくる存在に、何時しかそうでないと満足出来なくなってしまったのか。だとすれば、なんて様だ。
 自己嫌悪が翔子を包み込む。





「会いたぁい……」
「我侭なあんたに会いたいわよ、馬鹿」

 二人がそう呟いたとき。急に世界が割れていく――。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「……ん? なっ……馬鹿な……」
 死に到る病の中に平伏した二人を見下ろしていたそれは、驚愕に眼を見開いた。
 夢魔と呼ばれるそれは、人を夢の世界に誘いそのまま衰弱させ、死に至らしめる。それは彼の持つ絶対の力だったはずだ。楽しい夢から帰りたいなど、普通の人間なら思わないはずなのだ。
 しかし目の前の二人はどうだ。なんで立ち上がりこちらを睨んでいる?
「全くとんだ悪夢だったわ……覚悟は出来てるんでしょうね?」
「今俺ぇはお前を殺したぁくてしょうがないんだぁ……」
 夢から醒めたばかりの二人は頭痛が酷いらしく体を揺らしている。しかしそこに一部の隙もありはしない。
「何故だ、何故夢から醒める! そんな馬鹿なことがあってたまるものか!」
 そう、彼が見せていた夢は完璧だったはずだ。そも彼が見せる夢は人々の願望の鏡なのだから。
 しかし、そんな彼にも見抜けないことはある。
「馬が馬鹿とか洒落が利いてるわね」
 翔子が笑う。蔑んだ様な笑みだった。
「あんな素直なブラッディがいるわけないでしょ。何よあれ、あんなブラッディがいたら世の中世紀末もいいところだわ。それこそまさに悪夢よ」
 そう、理想の夢と信じて違わなかったそれは悪夢でしかなかったのだから。ならば、人はそこから醒めようとするだろう。
「これ、どう落とし前つけてくれるのかしら?」
 彼に、逃げ場などなかった。



 結局夢魔にはそれ以上の力はなかったらしく、あっさりと二人に滅せられてしまった。確かにあの能力なら、普通のものであればすぐ殺せるだろうが今回ばかりは相手が悪かった。
 終わったあと、また不意に沈黙が訪れた。恐らくお互いに思っていることは同じだろう。勿論二人がそれに気付くことはないが。
 ブラッディは自分の想いをただ押し付けていただけだと思い知らされ。
 翔子はブラッディの想いを理解しようともせず、ただ拒否して傷つけていただけだと思い知らされた。
 そんな二人に、会話が続くはずもない。
「翔子さん……御免」
 その空気に耐え切れないかのように、先に口を開いたのはブラッディだった。そして、あの日と同じように逃げるようにそれだけ呟いて歩き始める。
 しかし、あの日とは違う感覚が彼女を包み込んだ。
「待ちなさいよ」
 翔子がその手を取っていた。そして、力任せにブラッディを引き寄せる。不意を突かれたブラッディは、成す術もなくそれに引っ張られるしかなかった。
 その大きな体を翔子は抱きしめた。突然のことに、ブラッディは言葉も紡げない。
「ごめんなさい、あたしのほうこそ悪かったわ」
 そう囁いて見上げると、ブラッディの瞳が揺れていた。
「どぉして……?」
「だって……今までただあたしはあんたを拒否してただけだし。それじゃ駄目かな、って思っただけよ」
 言い方は素直ではなかったが、それでもブラッディには十分すぎた。
 その暖かさと自分の想いに、ブラッディの瞳から光るものが流れ出す。
「俺ぇも……ごめんなさい……」
「今度は勝手にどこか行くんじゃないわよ」
「うん……」
 まるで小さな子どもの様だった。翔子はそんな彼女の頭を撫でてやる。ブラッディはただ気持ちよさそうに撫でられ続けるのだった。



「翔子さぁん翔子さぁん翔子さぁぁん」
「はいはい分かった分かった」
「だぁい好きぃぃぃ!」
「って、馬鹿キスしようとするんじゃなーい!」
「だってぇ、さっき受け入れてぇくれるって言ったよぉ……?」
「全部とは言ってなーい!!」



 結局、二人は二人のままのようで。
 めでたしめでたし。





<END>
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2009年09月04日

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