●リプレイ本文
●出発
「みなさん、くれぐれもお気をつけて」
「セーラ神のご加護を。プリンシュパリティ・ハニエルのご加護を」
準備を終えた冒険者達を司祭ボルデと司祭ベルヌが見送る。司祭二人は十字架のペンダントを手に冒険者達の無事を祈った。
シクル・ザーン(ea2350)の御者による馬車は勢いよく発車し、土煙をあげてパリを囲む城壁門へと遠ざかってゆく。乱雪華(eb5818)は空飛ぶ木臼で追随していった。ペガサスと風精龍も大空を舞う。
パリ周辺は快晴であったが、これから冒険者達が向かう山岳部はどうかわからない。この時期にはまず雪が降り積もっているはずである。
サッカノの手稿が発見されてからすでに一年が経過していた。
執拗な妨害をしてきたラヴェリテ教団のエドガ・アーレンスはデビノマニとなり、最後は冒険者達の手によって無に帰した。
悪魔の騎士アビゴールに偽りを教えられてきたサッカノ司教末裔の少女コンスタンスは、現実を受け入れる。改心をし、自らブランシュ騎士団黒分隊に出頭して、今は牢獄の中である。情状酌量の余地があると気にかけてくれる冒険者もいた。
李風龍(ea5808)はラルフ宛ての嘆願書を司祭ベルヌに託す。そしていくらかの金貨も手渡した。『コンスタンスに使ってやって欲しい』といって。
レイムス・ドレイク(eb2277)が呟いた決意を司祭ボルデは耳にした。『コンスタンスを過去の悪夢から解放したい』と。
ナノック・リバーシブル(eb3979)は司祭ベルヌに少女コンスタンスに渡してくれと聖書と手紙を預けた。『闇を照らす白光が、その身に加護を齎さん事を』と言葉を添えて。
他にもコンスタンスの事を気にかけている冒険者は多かった。
司祭ベルヌと司祭ボルデも同じ気持ちである。ルーアンにいるエミリールと共に教会を通じて減刑の嘆願を行っている最中だ。
少女コンスタンスが教えてくれた最大の情報が今回の依頼に繋がる。
悪魔の騎士アビゴールがこの時期に山奥の城跡へ一人で向かうという情報だ。
正しい情報であり、なおかつ冒険者達が討伐したのなら、少女コンスタンスの減刑にも繋がる可能性が高い。
冒険者達の思いはそれぞれであったが、アビゴール討伐の目的は同じである。
目指すは遙か遠くの雪山。そこに現れるであろうデビル、アビゴールであった。
●雪山
パリを出発した一行は三日目の昼頃に山の麓に辿り着く。
司祭二人が用意してくれた御者要員に馬車とペットの一部を任せて山登りは開始される。
誰もが想像していた通り、すでに山は白銀の世界になっていた。
フランシア・ド・フルール(ea3047)のフェアリー、ヨハネスの魔法による天候予測によって山登りの予定が決められる。天候が前もって崩れるのがわかれば、野営の準備などいろいろと便利であるからだ。
「フラン殿、手をお握り下さい」
キサラ・ブレンファード(ea5796)は先に岩に登ると、フランシアに手をとって引っ張りあげる。
「こっちじゃ。あたしが橋を渡そうぞ」
マギー・フランシスカ(ea5985)はプラントコントロールで太い木の枝を動かし、簡単な橋を作り上げた。大地の亀裂の上にかけられた太枝を冒険者達はバランスをとりながら渡る。
「アビゴールって、いったいどんな奴なんだ?」
「そうだな。ヘルホースという空飛ぶデビルの馬でよく現れる。武器は長槍だ。それに――」
ミケヌ(ec1942)の質問にアビゴールと戦ったことがあるディグニス・ヘリオドール(eb0828)が説明する。
仲間の多くもディグニスの話しに耳を傾ける。今までの戦いが思いだされ、何ともいえない気分になる者もいた。
「たまたま関わった一件だが、これだけ長い期間となると感慨深いものがあるな‥‥」
その内の一人である李風龍は頭を振って感傷的になった心を吹き飛ばす。
「まだ最後の決着が残っている、この機会を逃すわけにはいかん」
主人を見守るように枝に留まっていた風精龍の飛風が、李風龍に答えるように鳴く。
「予測の通り、天候が崩れてくるようです。遠くの空が黒い雲に覆われています」
木臼で空を飛ぶ乱雪華が上空から降りてきて仲間に報告をする。まだ夕方にもなっていないが、適した場所を探して野営の準備を始めた。
雪山では前もって行動しないと命取りになる。早くアビゴールの城跡に辿り着きたいが我慢のしどころである。ジレンマとの戦いでもあった。
針葉樹が密集した風が避けられそうな場所を野営地にし、たくさんの薪を用意しておく。
天候が崩れて風と雪が暴れる中、冒険者達は焚き火をして暖をとった。
「新しい雪が降り積もると歩きにくくなるが仕方がないの‥‥」
山岳と雪上に詳しいマギーが呟いた。晴れたとしてもかなりきつい山登りになりそうだ。空を飛べない者は、体力があるものが先頭になって進むしかない。
吹雪く世界で冒険者達はひたすら天候の回復を待つのであった。
●アビゴールの城
冒険者達がアビゴールの城跡目前まで来られたのは六日目の夕方であった。
空飛ぶ木臼の乱雪華とペガサスのアイギスに跨ったナノックが一足先に向かって偵察を行った。
白光の水晶球と石の中の蝶によるデビル探索。そして目視でも確認したが、アビゴールの姿は確認出来なかった。
さらに一晩の野営を経て七日目の朝にアビゴールの城跡へと進行する。
谷の狭まった個所に非常に古びた石橋があり、それを渡ることで冒険者達は城跡へ足を踏み入れる。
枯れた草木の上に雪が降り積もり、独特の景色が広がっていた。
ディグニスは前に手に入れた見取り図を司祭達から借りていた。道中に乱雪華も写しをとったのでどちらかが紛失してもなんとかなる。
一番アビゴールが訪れる可能性があるのは、サッカノの末裔が育った場所である。異論をいう者はなく、さっそく向かう事になった。以前に一度通ったので植物によって完全に塞がれている個所はないが、それでも苦労の連続である。
マギーがプラントコントロールを使って植物を移動してくれた。全員が通ったところで元に戻す。なるべく痕跡を残さないように一行は進んだ。
クレイジェルやジャイアントラットを見かけても、なるべく追い払う程度に留めておく。死骸が転がっていれば、アビゴールに気づかれる可能性が高くなるからだ。
幸いにミケヌに解除を頼むような罠とは遭遇しなかった。
ガーゴイルとおぼしき石像のある広場を避けて、ようやく目的の場所に辿り着く。
ペガサスのアイギスと風精龍の飛風は木々をぬって上空から現れると、主人の元へと近づいた。
石壁で四方を囲まれた一室と木漏れ日が降り注ぐ庭。ガーゴイルが鎮座する広場とは高い城壁の門で切り離された場所。
ここがサッカノ司教の末裔がデビルによって育てられた城の一角である。
「ここからが大変です。寒さとの我慢比べですね」
シクルが周囲を探索をして、たくさんの柔らかい枯れ草がある場所を発見してきた。
戦場工作の知識がある乱雪華、キサラ、ミケヌが相談する。結果、庭がよく見通せる目立たない場所に登山中にも作った雪洞を用意する事が決まった。
「私が追う悪魔とは違うが、一先ず終焉と行きたいところだな」
キサラは仲間に話しかけながら雪を積み上げてゆく。
全員で手分けして雪を積み、固めて、中を掘って空洞を作る。その中に枯れ草を運び込んだ。
アビゴールはいつ来るのかわからない。安易に焚き火などをすれば自分達が潜んでいるのを教えるようなものだ。
雪山で暖を用意しないというのは大問題だ。死に繋がる危険があるが、そうするより他になかった。その為の雪洞と枯れ草だ。中に入っていれば冷気が遮断される。
防寒具は当たり前だが、毛布や寝袋も使ってなるべく身を寄せ合い、ペット達と共にひたすらアビゴールが現れるのを待つ冒険者達であった。
順番にナノック所有の白光の水晶球を発動させて監視も怠らなかった。
李風龍が提供してくれた酒を仲間で分け合って呑む。ほんの少しでも身体が暖まる。
七日目は、ただ過ぎ去った。
八日目も何事もない。
九日目には天候が崩れ、寒さが一段と厳しくなったが、アビゴールは現れなかった。
事が起きたのは十日目の夜。
ちょうど24日の降誕祭の時であった。
●死闘
夜空に月。
雪面に月光が反射し、夜だというのにほんのりと輝く世界。
広い庭の上空を覆う木々の枝をすり抜けて、馬に跨る騎士のシルエットが着地する。
漆黒の翼を持つデビルの馬ヘルホースに跨る悪魔の騎士アビゴールであった。
アビゴールはヘルホースから降りて周囲を見回した。
「先に到着できたようだ‥‥。これでよい」
呟いたアビゴールは近くの岩にもたれかける。ヘルホースが興奮気味で、アビゴールはたてがみを撫でて落ち着かせようとする。
その様子を冒険者達は身を潜め、白い息を吐きながら固唾を呑んで眺めていた。
冒険者の誰もが考えたのは、『アビゴールが誰を待っているのか』であった。
少女コンスタンスは一人でアビゴールがこの地を訪れるといっていた。もし誰かを待ってるのなら、それは間違いであった事になる。
(「コンスタンスは嘘をついたわけじゃない。何者かと待ち合わせているのを本当に知らなかったんだ。城跡には変化はなかった。一体誰が?」)
レイムスは聖剣を握り、じっと隙間から遠くのアビゴール見つめる。
(「滅ぼされた事に関わりがあると想像しておりましたが‥‥。或いは復活の鍵が隠されている?」)
フランシアは司祭二人からサッカノの手稿最後の部分を写しを借りて、道中に精読していた。心に抱いていたのはアビゴールを含むデビルの復活に関わる何かがこの地にあるのではないかという疑問だ。
(「ん? あれは何だ?」)
ミケヌは遠くのヘルホースがやけに大きな荷物を持っている事に気がつく。それを手振り身振りで仲間に教えた。あまりに静かな世界で、言葉を発するのはためらわれたからだ。
冒険者達は雪面で筆談をして相談する。
誰かが現れるとしても、今はアビゴール一人。
戦うとすれば今がチャンスであった。
冒険者達は有利になる魔法を自分と仲間に次々と付与してゆく。減った魔力をあらかじめソルフの実で回復しておく冒険者もいた。
あらかじめ決めておいた場所へ静かに移動する。
アイコンタクトをとり、冒険者達は一斉に飛びだす。
フランシアはホーリーフィールを展開して安全地帯を作りだした。持ってきた色水は凍り付いて役に立たなくなっていたが、アビゴール一人ならば特に問題はない。
乱雪華がペットのエシュロン、チャオリエに命じてファイヤーウォールを上空に張らせる。乱雪華自身は鳴弦の弓をかき鳴らして仲間の支援を行った。
「ミケヌ、マギー、援護を頼む! 行くぞ! 合せろ、アイギス!」
ナノックはペガサスのアイギスに乗って宙に舞った。
ミケヌの矢がヘルホースの臀部に突き刺さるが動きを止めるまでには至らない。
マギーはプラントコントロールで蔦を動かし、ヘルホースの脚を絡め取ろうとするが避けられた。しかし、積んでいた箱が転がって雪が覆う地面へと落ちる。
「何者? 冒険者か!」
アビゴールはヘルホースに飛び乗ると長槍を構えた。そして頭上からのナノックの攻撃を盾で受け止める。
「アビゴール、お前は何故、この地を訪れる!」
レイムスの聖剣が宙を切り裂く。
アビゴールはレイムスに答えず、意味の分からない言葉を叫んだ。間もなく古びた門が開き、翼をもつ石像が庭へと大量に飛来する。広場で眠っていたカーゴイルだ。
乱雪華は鳴弦の弓を鳴らすのを止める。一直線に向かってきたガーゴイルを鳥爪撃で蹴り上げた。おでこにつきそうな程あげた足を下ろして構え、次のガーゴイルへと備える。
冒険者全員の意識が一瞬ガーゴイルに向いた時、アビゴールはエボリューションを唱えて防御を増した。
「私では無理なようです。フランシア様、解呪を!」
シクルはニュートラルマジックを唱えてみたが、エボリューションの解呪に失敗する。続いて聖剣を握るミミクリーで伸びた腕でヘルホースに攻撃を試みる。アビゴールの移動能力を奪えば、それだけ味方の有利に繋がるからだ。
「ここからでは解呪は無理なのです。どうかお力添えを!」
フランシアはキサラと、マギー、ミケヌに援護を頼み、ホーリーフィールドから抜けだしてアビゴールへと駆け寄った。
群れになったガーゴイルの攻撃は凄まじい。マギーは白御幣を千切られながらも、グラビティーキャノンで落下させて衝撃を与える。近づかれると攻撃手段がないミケヌは自らの身体でフランシアをかばった。優れた剣技を持つキサラであっても、数による集中攻撃をされては全てのガーゴイルを抑える事は出来なかった。
フランシアは傷だらけになりながら白く輝き、ニュートラルマジックを唱えた。アビゴールにかかっていたエボリューションは消え去り、再び仲間の攻撃が通じるようになる。
ディグニスもまたヘルホースを狙っていた。勢いよく振り下ろされたペルクナスの鎚がヘルホースの首へめり込み、鈍い音が響く。
続いて李風龍の大錫杖が胴に突き刺さると、ヘルホースは大きくふらついた。
シクルの長い手に握られた聖剣が雪上スレスレに振られ、ヘルホースの右前足、右後ろ足の膝下が空中に回転しながら弾け飛ぶ。聖剣はナノックから借りたものである。
「冒険者よ‥‥。邪魔をするのか。このアビゴールの喜びの時を!」
アビゴールは空中を漂うようにヘルホースから降りる。
ヘルホースが雪上へと倒れ込み、雪煙を巻き上げた。
フランシアは再びホーリーフィールドを張り、安全地帯を確保していた。その中でミケヌは弓矢で、マギーは蔓を操ってガーゴイルを排除し続ける。
「やはり‥‥」
フランシアはニュートラルマジックで解呪をしながら、アビゴールの戦い方をつぶさに観察する。左肩をかばって戦っている印象があった。思いだせばハニエルと会話した時にアビゴールは左肩を触っていた。弱点なのか、ただのクセなのかはわからないが、アビゴールが左肩を気にしているのは確かである。
ガーゴイルのほとんどは破壊される。遺骸となったヘルホースがこの世界から消えてゆく。
残るはアビゴールのみであった。
「キサラ殿、彼奴の左肩を狙って下さい!」
「承知致しました」
キサラがフランシアの護衛を離れてアビゴールに向かう。
ペガサスに乗るナノックが空中に逃げようとするアビゴールを頭上から攻撃してを押さえ込む。
「ここに至り深く語ることもない。懺悔もいらない。ただ闇に沈み還れ」
キサラが左肩を狙うとアビゴールの避けは大げさであった。そのおかげでアビゴールの動きが制限されてゆく。
ディグニスはわざと攻撃を受け、その代償としてアビゴールの持つ盾に鎚でヒビを入れた。
シクルはミミクリーをかけ直して手を伸ばし、ナノックと同じくアビゴールが空中に逃げるのを防いだ。
李風龍は風精龍の飛風に上空制圧を命じる。自らは大錫杖と蹴りによる同時攻撃を仕掛けた。そして体力が落ちた者に対してリカバーを唱える。
「貴様がいなくなればコンスタンスは真に解放される! そしてなぜハニエルにこだわるのだ!」
聖剣を振るうレイムスにアビゴールは答えようとはしなかった。ただレイムスにはアビゴールが一瞬不敵な笑みを浮かべたように見えた。
再開した乱雪華の弓のかき鳴らしが響く中、アビゴールの動きがだんだんと鈍ってくる。
アビゴールが雪上に足をつけて戦い始めた。
ただ冒険者達も疲れが溜まり、緩慢な動きになってゆく。
ペガサスから降りて放ったナノックの剣が、アビゴールの盾を完全に破壊する。
アビゴールの動きが止まった瞬間、次々と冒険者達の渾身の一撃が放たれた。
「‥‥ト様‥‥‥‥‥‥」
満身創痍のアビゴールが背中から雪へと倒れ込んだ。誰かの止めの一撃が放たれ、アビゴールの首が宙に弾け飛ぶ。
「やったのか‥‥?」
李風龍が呟いた。徐々にアビゴールの遺骸はこの世界から消え去ってゆく。
「主よ、我等の勲をどうかご照覧あれ。‥‥御名に懸け、滅びなさいアビゴール‥‥」
フランシアはその場に座り込む。
他の冒険者達も雪の上へと座り込んだ。一気に疲労が襲い、動くのもままならなかった。
それでもフランシアは身体を引きずりながらヘルホースが運んでいた箱まで辿り着いて開けてみる。
「これは、白き玉‥‥デスハートンの‥‥人の魂」
箱の中にはぎっしりとデスハートンの玉が詰められていた。
「なぜ、白き玉を持ってきたのじゃ‥‥?」
マギーも箱の中を覗く。
とにかく回復をと冒険者達がリカバーや薬を使い始めた。
キサラが安心のため息をついた時、強烈な悪寒を感じ、夜空に向かってナイフを投げる。
他の冒険者も気がつき、夜空を見上げた。
空を覆う木々の隙間から、翼を持つシルエットが垣間見える。
キサラが放ったナイフが届かずに雪の地面へと突き刺さった。
プリンシュパリティ・ハニエルだと思う冒険者もいたが、その禍々しさにすぐに違う存在だと誰もが気がついた。
シルエットが移動し、月明かりの加減で半身が浮かび上がる。
「もしや‥‥、いえ‥‥‥‥ですが‥‥」
フランシアが眼を大きく見開いて翼を持つ人物を凝視する。
「一体あれはなんだ?」
ディグニスが訊ねるとフランシアは言葉を絞りだした。『アガリアレプト』と。
「あのアビゴールを倒すとは‥‥。褒めてしんぜよう。このわたくしの賛辞など、なかなか受けられるものではないぞ」
天使のような気品を持つアガリアレプトだが、その翼は黒い皮のようであった。
「あれもか?」
ミケヌがもう一つの翼を持つシルエットを見つけた。こちらは多くの冒険者が知るプリンシュパリティ・ハニエルであった。
「ほう、報告により降臨は知っておりましたが、これはこれは、プリンシュパリティ・ハニエル殿。この地上でお会いできるとは思いませんでした。ハニエル殿に免じてここは引き下がりましょうか」
笑い声を残して、アガリアレプトは瞬時に姿を消した。
「みなさん、よくぞアビゴールを倒しましたね」
ハニエルは白い翼で雪上へと舞い降りると、治療が終わっていない冒険者の回復をしてゆく。
「あの、アガリアレプトがアビゴールの待っていた者なのですか?」
「はっきりとは知りませんが、そのようです」
レイムスが訊ねるとハニエルは肯定する。どうやらアビゴールは一年に一回、この城跡で最上級のデスハートンの白き玉をアガリアレプトに献上していたらしい。
「ノストラダムスを操り、ノルマン王国を存亡の危機に陥れた、あのアガリアレプトですか」
シクルはハニエルに近づいて呟いた。
「アガリアレプトはまだノルマン王国を諦めてはいません。冒険者達よ。どうか気を緩めずに‥‥」
ハニエルはアガリアレプトを追いかけるように白い翼を広げて月夜に消えて行った。
「頼みます。このままでは凍えてしまう」
乱雪華の指示でエシュロンのチャオリエが庭にぽつんとそびえる一本の枯れ木にファイヤーウォールで火を点けた。すぐに炎が木全体に広がり、真っ赤な炎が周囲を暖めた。
アビゴールは討ち滅ぼした。今はその成果に浸ろうと冒険者達は炎の暖かさに身を委ねるのであった。
●パリへ
翌日の十一日目、冒険者達はアビゴールの城跡を後にした。
ミケヌが宝探しを願ったが、これ以上の寒さには耐えられない冒険者がほとんどである。ミケヌは納得する。
麓に到着したのは十三日目の昼頃。
留守番をしてくれた御者要員は元気であった。預けたペット達も変わりなかった。
すぐに馬車へと乗り込み、パリへの帰路につく。
「イーアヌはエドガの盾となって死ぬつもりだったのだ。あまり気にするな」
帰りの道中、今までの事を振り返っていると李風龍がイーアヌを倒してしまった事を悔やんでいた。ディグニスは李風龍を励ました。
十五日目の昼頃、冒険者達は馬車で直接パリのギルドへ報告に訪れる。
司祭ボルデと司祭ベルヌ、そしてブランシュ騎士団ラルフ黒分隊長とエフォール副長が冒険者達の帰りを待っていた。
「コンスタンスからアビゴールの情報は聞いていたが、様々な要因が重なり動けなかったのだ。司祭のお二人から連絡があり、こうやって待機していたのだが‥‥。そうか、あのアビゴールを倒してくれたのか。ありがとう、冒険者の方々」
ラルフ黒分隊長は冒険者一人一人と握手を交わすと、お礼の品が手渡した。ミケヌはさっそく指にはめて喜んでいた。
「アビゴールは確かに倒した。‥‥実は――」
李風龍からアガリアレプトの出現を聞いたラルフ黒分隊長は驚きの表情を浮かべる。
「これはすぐに対策を練ればならないな‥‥。エフォール副長、戻るぞ」
ラルフ黒分隊長がエフォール副長と共に冒険者ギルドから立ち去る。白き玉が入った箱は司祭二人に手渡された。
「みなさんが来られるまでに、ラルフ黒分隊長からコンスタンス様のこれからを聞いておりました。近いうちに一段階軽い牢獄に移される予定です。まだ罪状の決定までには至りませんが、死罪を免れることは出来るのではないかと‥‥あくまで楽観的な考えではありますが、その可能性が出てきたようです。アビゴールを倒して頂いたおかげでもあります」
「コンスタンス様は頂いた聖書を読んでいるそうです。毎日、毎日、繰り返して」
司祭ボルデと司祭ベルヌは冒険者達へ深く頭を下げた。
サッカノの手稿は発見された文章が足され、一冊の本ととしてまとめられるという。
サッカノの手稿は当時の大司教に封印を命じられた内容である。だがハニエルの存在も認められてサッカノ司教の疑いも晴れた。
決してデビル寄りではない内容として認められようとしていた。
しばらくすれば、火刑が行われた土地のルーアン大聖堂の大司教によって、サッカノ司教の不名誉が取り消されるはずだ。
三賢人の末裔である司祭ボルデと司祭ベルヌにとっては一族の悲願でもある。司祭アゼマの墓にも報告しなければならないと司祭二人は思い至る。
冒険者と別れると司祭二人はすぐにルーアンのサン・アル修道院に手紙をしたためた。
エミリール修道女に今回の出来事を知らせる為の手紙であった。