●リプレイ本文
●出発
「ハインツさん、同行するおつもりはありますか?」
ブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)は依頼人であるハインツに近づく。
今回の集合場所はパリにあるベルツ邸の庭であった。すでに仲間は全員集まり、出発の準備を始めていた。
「‥‥やはり、わたしが行くべきでしょう。ベルツの息子として」
護衛に屋敷の留守を頼むと、ハインツも馬車へと乗り込んだ。
「こちらをどうぞ」
ブリジットの見送りに来たコルリスの表情は神妙である。手渡した木片には弔いの歌が書かれてあった。
「エフーナに捧げましょう。必ず」
ブリジットはコルリスに約束してから馬車に乗る。
「先に向かって調べるだけ調べておこう」
リンカ・ティニーブルー(ec1850)はエイジ・シドリ(eb1875)にラーンの投網を貸すと、黒曜と先に門を出ていった。セブンリーグブーツを履いているので、馬車の一行よりコールス町へ早く到着するはずである。
残る全員が馬車内に入った。
「みなさん、弟のクリスです。どうぞよろしくお願いします」
御者台に座ったクリス・クロス(eb7341)が後ろを振り向き、あらためて挨拶をしてから手綱をしならせる。
仲間の馬も繋いだ馬車は軽やかに動き始めた。クリスのペガサス、ホクトベガは馬車を牽くのを嫌がったので併走させる。パリの外に出れば、空を飛んで周囲の警戒をしてくれるはずだ。
「この関係も長くなったな、と。いつまで続くかわからないが‥‥ま、今回もよろしくな、と」
ヤード・ロック(eb0339)はツィーネ、続いて仲間に挨拶をすると、寝場所を見つけて転がる。
「さて、着くまではゆっくりねてるさ、と」
仲間が驚く程の早さで吐息をたてはじめるヤードであった。腹の上ではペットの鶏クックも寝始める。フェアリーのパステルがイタズラしようと近づくが、飼い主のブリジットが慌てて止めた。
「これを」
「助かります」
ブリジットがヴァレリア・ロスフィールド(eb2435)に日本刀の姫切を貸した。アンデットに効果を発揮する逸品である。
「エフーナさんの魂を救って差し上げなくてはいけませんわね。亡者をあるべき場所へ送るのは、神聖騎士を志した時からの私の使命でもありますから‥‥」
ヴァレリアの言葉にブリジットが頷く。
「リスティア・バルテス、すまないが始めさせてもらう」
エイジはリスティア・バルテス(ec1713)から離れた馬車の片隅で工作を始めた。リスティアは銀に触ると狂化してしまうので注意が必要だった。馬車に積み込まれている銀製の檻もリスティアにとっては大敵である。
「‥エフーナかぁ‥‥可哀想だけど‥‥」
リスティアは馬車に揺られながら、自らのハーフエルフとしての立場とレイスのエフーナを比べた。迫害もされたが、レイスになるほどの恨みを抱くなんて想像もできない。理解は無理だが、せめて解放してあげたい。魂の牢獄から。
馬車は透き通った空の下を乾いた音をたてながら進むのであった。
●コールス町
二日目の昼頃、馬車はコールス町に到着した。
昨日のうちに到着していたリンカと合流し、ハインツが用意してくれた宿で相談をする。
リンカが調べた事によれば、ほぼ毎夜、レイスのエフーナが現れるそうだ。
ゆっくりとコールス町の上空を移動しながら唄うという。たまたまだろうが、昨晩は現れず、リンカ自身は確認できなかった。
「歌詞はないに等しいらしい。ハインツの情報通りにエリクの名が聞き取れる程度で、後はメロディにのせた適当な叫びなのだそうだ」
リンカは窓から晴れた外を眺めた。レイスのエフーナが夜空をさまよう姿を想像しながら。
「今夜には現れるのではないでしょうか。まずはこの目で確認しないといけませんね」
ハインツも外を眺める。まだ日は高く、夜までには時間があった。
冒険者達は各々の考えで、調査を開始した。
「すまないな、と」
ヤードは保存食が足りず、リンカが余分に持っていた分を譲ってもらう。
「さて、それじゃあ俺は夜まで情報収集といくかな、酒場で。‥‥や、別に可愛いねーちゃんと話したいとか酒を飲みたいからじゃないぞ、と」
ヤードはいろいろといったが、つき合いの長い仲間も多くて考えは筒抜けであった。それでもめげずにヤードは一人で町の酒場に向かう。
「最近、レイスが良く出るらしいが何か知ってるかな、と」
ちゃっかりと酒場のウェイトレスの隣りの席に座り、ヤードは酒を呑み始めた。
「外から来た人まで知ってるんだぁー。いまんとこ、被害はないんだけどさ。夜に稼ぐ商売はあがったりなのよ。だって、幽霊がさまよっている町を外出したがる奴なんてそうそういないわよ。町の自警団も怖じ気づいているし‥‥。お先真っ暗よ」
「大丈夫だな、と。俺が倒してやるぞ、と」
「そうなの? そういえば前にレイスが現れた時、追い払った冒険者達がいたとか聞いたけど、もしかしてあなた?」
「そうだったとしたら?」
「もう、それだけで好きになっちゃう〜」
ヤードは酒場に夜まで入り浸りになり、陽気に情報集めを続けた。
「どんな進路を取るのかを確認してからでないと、作戦は立てようがないな」
エイジはコールス町を注意深く歩いていた。
戦闘になった場合、相手を翻弄出来るように逃げ道を確保しなければならない。
空がほんのりと赤く染まり始めた頃、母親が子供の腕を強く引っ張りながら家に入れるのをエイジは見かける。
子供は泣いていたが、レイスに殺されてしまうよと母親は叱りながらドアを閉じた。
「これは、早く解決しなければいけない」
エイジはハインツの父エリクの格好をして、エフーナをおびき寄せる役を引き受けていた。出発前にハインツからすでに借りてある。
変装の為に宿へと戻るエイジであった。
完全に夜となり、町は静まりかえった。
冒険者達はレイスのエフーナが目撃されたという場所に待機していたが、必ずしもこことは限らない。目撃された場所は多数あったからだ。
外の夜は冷え込み、仲間は身体を寄せ合う。リンカが男性に触れる訳にはいかないので、男性同士、女性同士でだ。リスティアが銀に触れないようにも気遣った。
身体を温める為にハインツが用意してくれた少々のワインも頂く。
この世の終わりのように残念そうな顔をしているヤードを除けば、寒い中でもみんな元気であった。エイジはエリクの格好をすでにしていた。今夜、必要かどうかはわからないが、念の為である。
この度のレイスのエフーナは襲わないといわれているが、たき火は控える。少なくとも今夜だけはエフーナの行動を監視して、作戦を完璧にしなければならないからだ。
「この声は‥‥」
リンカが風に乗ってきた歌声を聞く。次第に仲間の耳にも届くようになる。
「あの塔の上空に」
遠くの夜空に青白い炎が漂うのをヴァレリアが発見した。
間違いなく、レイスのエフーナである。
「エ‥‥リ、ク!」
たまにレイスのエフーナはハインツの父の名を叫ぶ。
ハインツが沈んだ表情を浮かべたのを護衛役のブリジットは見逃さなかった。
約二時間、レイスのエフーナの徘徊は続いた。
三日目の朝日が昇る前に姿を消す。
一行は宿に戻り、しばらく暖炉で暖まった後で睡眠をとった。全員が起きたのは昼過ぎの暮れなずむ頃であった。
様々な意見が出たが、もう一晩監視をしてみようという事になる。日数にはかなりの余裕がある。もしも時間がとられてしまったのなら、古代遺跡に向かうのを取りやめすればそれで済む。
夜になり、レイスのエフーナが現れた。
「寂しい歌ね」
「そうだな。ティア」
リスティアの呟きにツィーネが呟いた。ツィーネは首に下がる十字架を強く握っていた。
二晩続けてエフーナの行動を見た限りだが、ある一定の場所をうろついているのがわかる。
四日目の朝が訪れて一行は宿に戻る。作戦実行は今夜と決め、深い睡眠をとるのだった。
●浄化
「どうかよろしくお願いします。わたしにやらせて下さい」
ハインツが冒険者達に自らが囮役をやりたいと強く願う。最初はエイジに任せる事に同意していたハインツであったが、レイスのエフーナの姿を見ている間に考えが変わっていた。
「わたしがなんらかの怪我‥‥たとえ死んだとしてもみなさんにはご迷惑はかけません。こればかりはわたしがやらなくてはいけないと、気がついたのです」
困った冒険者達は一旦ハインツに部屋から出てもらって相談をする。
「エイジさんに貸した品物比礼を使えば、何とかなるのではないでしょうか? 場合によっては自分も使います。ホクトベガにもホーリーフィールドを張ってもらうようにお願いしてみますし」
クリスの意見に頷く者は多かった。確かに依頼人であるハインツを危険な目に遭わすのは頂けないが、彼の気持ちもよくわかる。生半可な覚悟では言い出せないはずだ。
多数決をとって、ハインツにエリク役をしてもらう事が決まった。
夜空には青白い炎。
この日はたき火を焚いてわざと目立つようにしていた。
エリクの格好をしたハインツはエイジと一緒に夜空を望む。クリスもペガサスのホクトベガと一緒に側にいた。
「エリ‥‥ク‥‥」
唄うのを止めたレイスのエフーナがハインツの近くまで降りてくる。エイジはギリギリまで旗を振るのを控える。急激に魔力を消耗する品物比礼は仲間の支援がもらえるまでの緊急処置用だ。無闇に使えば、意味が無くなる。
「わたしの元に‥‥、戻ってきてくれ‥たの‥‥ね‥‥。いいわ、それでいい‥‥の」
「エフーナ、もう許してはくれないだろうか」
「何をいうの‥‥。許すとか‥‥そんなのは‥‥」
「エフーナ、わたしは――」
ハインツとエフーナとの会話を聞いていたエイジは判断を下した。このやり取りでは旧ベルツ邸での出来事を繰り返すだけだと。
エイジは周囲に隠れる仲間とアイコンタクトをとる。誰もが諦めの表情をしていた。そして哀しげなツィーネが合図を出す。
エイジは品物比礼をクリスに渡し、そして銀の鎖が所々についた網をエフーナに向けて投げる。
クリスは品物比礼を振り、ホクトベガは主人に答えてホーリーフィールドを唱える。
潜んでいたヴァレリアがコアギュレイトを唱え、レイスのエフーナは網から抜け出したところで動けなくなる。
ヤードのムーンアローが飛び、リンカの矢も突き刺さってゆく。
エフーナはこの世のものとは思えない叫びをあげた。
「自らの意志を持って、未練を断ち切る事は適わないのでしょうか?」
「エフーナ、最後のお願いだ」
ブリジットとハインツは説得を試みるが、エフーナはただわめくだけであった。
「せめて、安らかに」
ブリジットは持ってきた大量の清らかな聖水を仲間に手渡す。ピュアリファイが使える者と連続して浄化を開始した。
小さくエリクの名を呟いてレイスのエフーナは浄化された。
「忘れない‥‥せめて貴方に永劫の安らぎを‥」
ツィーネとリスティアは一緒に祈る。
「身を無くした後も想う気持ち、願わくば彼の者に届かんことを。そしてどこかで共に平穏に過ごせることを」
クリスは祈りと言葉を捧げた。
「エフーナさんの魂が安らかな癒しを得る事が出来ますように」
聖十字架を手に、地面へと跪いて祈る。
「何時までも悲しみと憎しみに囚われ続ける‥そんな悲しき存在でいる事は無い。せめて、愛しい人の想い出を胸に天に召されよ」
リンカは大地に残った水たまりを見つめ続ける。
「♪未だ癒えぬ心の痛みに俯く貴方 満ちる嘆きでその姿を濡らしたとしても
何よりも尊く何よりも愛しい
捧げよ 過ぎる嘆きに優しい光を 謳わん 憂い無き主の園への導きを♪」
ブリジットは鎮魂の歌を唄う。唄うのは得意ではなかったが心を込めて。
仲間は耳を傾け、そしてエフーナの昇天を願った。
●古代遺跡
五日目の昼頃に一行を乗せた馬車はヴァレリアを御者にしてコールス町を出発する。
早くにエフーナの件が終わったので、古代遺跡を見てみる事にしたのだ。
六日目の夕方頃に古代遺跡に到着する。実際の調査は七日目に行った。
内部に入り、ランタンを灯して狭い天井の中を進む。
「もらった手紙によれば、あまり知られていない遺跡のようだ。従って詳しい資料も図書館にはなかったみたいだな」
リンカはコールス町で受け取った十野間修からのシフール便の内容を仲間に教える。
「どこにあるんだろ‥‥」
リスティアは気になっている事があった。前に冒険者が調べたところ、内部の壁に文字が刻まれていたという。教会で見かけたような文字という証言から、ラテン語ではないかと想像していた。
「これは‥‥」
ヴァレリアが小部屋の中で刻まれた文字を発見して仲間を呼び集める。石壁にはラテン語で文字が刻まれていた。リスティアの考えた通りである。
「エリク・ベルツの‥‥」
その内容からして、ハインツの父であるエリクがかつての親友であったウーバスに向けて刻んだものであった。
よかれと思った行動が裏目に出て、仲がよかったはずの四人の人生が狂ってしまった事に触れていた。四人とはハインツの両親とエフーナとウーバスだ。
なぜこの遺跡からウーバスが何度も脱出できたかも刻まれてある。当初、エリクはエフーナまでがレイスになっていたのを知らなかった。外から様々な手を使ってエフーナが兄のウーバスの脱出を助けていたようだ。
エフーナの存在に気づいた時は様々な事が手遅れになっていたともある。
刻まれた文字を呼んでもらった後のハインツは、黙ったまま古代遺跡から出ていった。
●パリ
八日目の朝、一行はブリジットの御者で古代遺跡を出発し、九日目の夕方にパリへと到着する。
「おかげさまで、エフーナは浄化されました。これといった戦いもなく終わったのは、みなさんの手際の良さとエフーナが攻撃的ではなかったおかげでしょう。ありがとうございます。ウーバスもこのように浄化出来ればよいのですが‥‥」
普段の様子を取り戻していたハインツはギルドで冒険者達に感謝する。やって来た護衛の者から追加の謝礼金が支払われる。
「ウーバスか‥‥。こうは簡単には行かないのだろう。奴は一体どこに」
ツィーネは護衛と一緒に去ってゆくハインツの背中を眺めながら呟いた。