お別れの晩秋 〜ツィーネ〜

■シリーズシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 10 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月08日〜11月20日

リプレイ公開日:2009年11月14日

●オープニング

 パリが収穫祭で賑わっていた頃、ツィーネの住む家のドアを誰かがノックする。
 少年テオカは背伸びをして覗き穴から来訪者を確かめた後でドアを開けた。
「トノスカお姉ちゃん、こんにちは!」
「元気にしてた? テオカくん」
 トノスカ嬢が腰を屈めると笑顔のテオカの頭を撫でる。
「よく来てくれたな。まずは中に入ってくれ」
 そしてツィーネはトノスカを家の中に招き入れた。
 ブノイル領に戻っていたトノスカはアンゼルム領主に命じられて、城で開かれる晩餐会にツィーネを招こうとパリを訪れていた。居場所がわからないのでギルドに依頼という形になってしまったが、当然ながらツィーネと共に戦ってくれた冒険者達も含めてだ。
「せっかくなのでお呼ばれさせて頂こう。あと、すまないがテオカも連れていってもよいだろうか? おとなしくさせておくのでどうか頼む」
「パリでツィーネさんを待つテオカくんはとても健気でした。ちゃんと手続きは済ませておきましたから、テオカくんを連れて行っても大丈夫です。と、いいますか是非ご一緒に」
 ツィーネがテオカ出席の了承をトノスカから得る。一緒に出かけられる事になってテオカは大喜びであった。
 宿屋の一室をとっていたトノスカだが、二人に勧められて出発の日までツィーネの家に泊まる。
 次の日、ツィーネはテオカを連れて出かけた。自分には晩餐会用のドレス、テオカにはおめかしの服を一式購入する。
 準備はすべて整い、後は出発の日を待つばかりであった。

●今回の参加者

 ea2741 西中島 導仁(31歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea2890 イフェリア・アイランズ(22歳・♀・陰陽師・シフール・イギリス王国)
 ea3738 円 巴(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1875 エイジ・シドリ(28歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)
 eb8175 シュネー・エーデルハイト(26歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 ec1713 リスティア・バルテス(31歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec1850 リンカ・ティニーブルー(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3793 オグマ・リゴネメティス(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

クレア・エルスハイマー(ea2884

●リプレイ本文

●ブノイル領へ
 早朝のパリ船着き場。冒険者九名、使者トノスカ嬢、少年テオカを乗せた一隻の帆船が出航する。
 セーヌ川を下り、二日目の夕方には河口を通過してドーバー海峡へと出る。さらに航海は続けられて三日目には港町ドレスタットに入港した。
 ここからはアンゼルム領主からの迎えの馬車に乗り換えて陸上を進む。そして四日目の宵の口、城下町カノーの門を潜り抜けた。
 いくつかの角を曲がり、アンゼルム城まで続いている中央路に入ると不思議な光景が広がる。普段以上に明るく、人々が溢れていたのである。
「馬車護衛の騎士が一人先に町へ向かったのは、わたしたちの到着を報せる為か‥‥」
 ツィーネは車窓から歓声をあげて手を振る領民達を眺めた。
「な、なんかすごいよ」
 テオカが窓枠に手をかけて恐る恐る外を覗き込む。
「せっかくなので内緒にしておきました♪ 驚いて頂けましたか?」
 トノスカが馬車内の天井にぶら下がるランタンを灯すとにんまりと笑う。
「ほらテオカ、一緒に手を振ってみましょうか♪」
「う、うん‥‥」
 リスティア・バルテス(ec1713)はテオカを誘って外に手を振ってみる。すると歓声が大きくなった。最初は戸惑っていたテオカも徐々に普段の様子を取り戻す。
「ここまでの歓迎は予想していなかったな」
 リンカ・ティニーブルー(ec1850)は目を見張る。通り過ぎてゆくたくさんの篝火とランタンの輝きが何ともいえずに感慨深かった。
「驚いたわ。ここまで私達のこと、知れ渡っていたなんて」
 外を眺めた後でシュネー・エーデルハイト(eb8175)がテオカの頭を撫でる。
「えらいこっちゃで〜」
 シフールのイフェリア・アイランズ(ea2890)は、自らの羽根で車窓から飛びだすと町の人々に挨拶をし始めた。戻ってきたイフェリアはとても満足そうだ。様子を見ていたリンカによれば、自ら近づいていった美人女性にモテモテだったらしい。
「それだけバティ領奪還は領民にとっても悲願であったということだな。とりあえず、羽目を外さん程度に楽しむ事にしよう」
 西中島導仁(ea2741)はチラリと横目でツィーネを眺める。
(「これはいいエピソードになりそうです」)
 オグマ・リゴネメティス(ec3793)はよい経験だと頬を綻ばせる。今後に関わる事で考えがあるようだ。
(「讃えられるというのは柄ではないのだが‥‥」)
 エイジ・シドリ(eb1875)が参加したのはカーデリを討った後のブノイル領の様子を見たかったからである。これがすべてではないだろうが、少なくても多くの人々は喜んでくれていた。
「誰もが笑顔‥‥」
 円巴(ea3738)は言葉少なに感想を呟くのだった。

●晩餐会
 晩餐会は六日目に行われる予定となっていた。とはいえその間に出された食事もとても豪華なものである。
 一緒にお茶をしたりなどゆっくりとした時間は過ぎ去り、やがて晩餐会の時はやって来る。
 一行は男女で二つの部屋に分かれて着替えた。
「ティア、手伝ってあげるわね」
「お願いするわ。それにしても‥‥ううん、なんでもない」
 ドレス姿のリスティアの化粧をシュネーが手伝う。シュネーの胸の谷間がばっちりと開いたセクシードレス姿に驚きのリスティアである。
「よしこれで」
 円巴は少々変わった出で立ちだ。和式の男装に女性用の飾りをつけた独特のものである。重ねて着ていたが、全体で統一感を出せるように多色は使っていない。さらに装飾品でポイントが押さえられている。
「こんなところか」
 ツィーネも鏡で自分の姿を確認する。薄いピンク色を基調にしたあでやかな晩餐会用ドレス姿である。
「あんま似合わへんのやけど、こんなもんやな。ま、しゃーない、これも経験っちゅうやっちゃ」
 リスティアが自分のドレス姿を確認しているとツィーネが近づく。
「そんなことないぞ。充分似合っている」
「そないなこというてもらえるやなんて‥‥。ツィーネはん♪」
 ツィーネにイフェリアは抱きつこうとするものの、右手で頭を抑えられて両腕をグルグルさせるだけで終わった。だがこれだけではと闘志を燃やすイフェリアである。
(「人混みに気を付けないとな」)
 リンカは肌の露出を可能な限りに抑えた。着替えた礼服の袖は長く、手袋もはめる。顔にもベールをつけて不意の出来事にも備える。ハーフエルフとして男性に触られると大変な事になってしまうからだ。
(「時間に余裕があってよかったです」)
 オグマは服装よりも、贈り物の彫刻が間に合ってほっと胸を撫で下ろしていた。ロンシャル騎士団の分隊長以上の者とアンゼルム領主には晩餐会の間に手渡すつもりである。仲間達の分も用意してあった。
 女性陣が廊下に出ると、男性陣のエイジ、西中島、テオカが首を長くして待っていた。とっくに用意を済ませていた案内のトノスカ嬢の姿もある。
「みんな綺麗だな。なあ、テオカ」
「うん♪ ツィーネお姉ちゃんもいつもと違うみたい」
 年齢も背の高さも顔も全然違う西中島とテオカだが、女性を眺める時の笑顔はまったく同じだ。
「それでは行きましょうか」
「そうだな」
 どことなく落ち着きがない様子のエイジが壁から背を離してトノスカの後をついてゆく。他の仲間達も一緒に大広間へと向かう。
「テオカ、手、繋ごうか♪」
「は〜い」
 リスティアはテオカと一緒に廊下を歩いた。辿り着くと衛兵が大広間へと続く巨大な扉を開けてくれる。
「すごいわ‥‥」
 シュネーが思わず息を呑む。天井からは無数とも感じられる蝋燭が立てられたシャンデリアがいくつもぶら下がり、大広間を照らしていた。
 室内を汚してしまう煤がたくさん出る篝火の類は一つもない。あるとすれば外の煙突へと繋がる大きめの暖炉のみだ。
 一行が現れたのを示す笛が鳴り響いた。
 すでに大広間にいた客達が一斉に振り向いて冒険者達を注目する。そして嵐のような拍手が巻き起こる。
 しばらく拍手はとぎれることなく響き続けた。
 その後で別の扉からアンゼルム領主が出御される。いつもなら正式な礼法をもってアンゼルム領主を迎えるのだが、今日は特別に略式で済まされた。なぜならば今日の主役は冒険者達だからだ。
 照れたり、呆然としたり、喜んだり。冒険者達の反応は様々であった。
 アンゼルム領主からの感謝の言葉の後で祝杯があげられる。
 それからは自由な時間となったはずだが、多くの出席者達に取り囲まれて冒険者達は晩餐会を楽しむどころではなかった。一時間を過ぎた頃にようやく食事にありつけるようになる。
 冷めていると思われていたが、さすがは領主お抱えの料理人達だ。主賓の冒険者達に合わせてちゃんと温かい料理が用意し直されていた。
「あ、悪いんだけど、銀のスプーンとかだめなの‥木製のとか‥ないかしら?」
 リスティアのハーフエルフとしての体質は銀に反応してしまう。給仕に頼んですべての食器を陶器か木製にしてもらった。
「テオカ、お行儀いいのね」
 ツィーネと自分の間に座るテオカが静かにスープを頂く姿にリスティアが驚く。
「いつもこうだといいんだけどな」
「へへっ」
 ツィーネに横目で見られるとテオカが照れくさそうに笑う。その姿にリスティアも笑顔を零した。
「いいわね‥‥平和って。そう思うでしょ、ティアも」
「ホント、皆で仲良く暮らせればいいのにね」
 アンゼルム領主との挨拶から戻ってきたシュネーがリスティアの隣席についた。シュネーはツィーネが皿に分けてくれた肉をさっそく頂くのだった。
 今度はリンカがアンゼルム領主の席を訪ねる。
「そうです。あのような悲しみに囚われた者達の事を忘れず、鎮魂の祈りを捧げて行って欲しいと――」
 リンカの熱心さに亡霊達の為の祈りを捧げる場として石碑を建てるのをアンゼルム領主は約束してくれる。
 ロンシャル騎士団の面々には木彫品を、アンゼルム領主には石を削って作った仲間達の像を贈ったのはオグマである。
「何が苦労したかと申しますと、地下都市が予想以上に広かった事。地下ですから自然の風が入ってこないので今まで重宝していた魔除けの風鐸が使えなかった事、ですね」
 オグマは地上に残ったロンシャル騎士団の分隊長達と長い時間を過ごす。その場には円巴の姿もあった。
「レミエラやらで、かつてより強力な物が登場し始めたが、この技術がこのままなのか、混迷期である今だけのモノなのかが気になるかが気になる」
 ロンシャル騎士団の面々と交わす武器の話題は、円巴にとってとても楽しいものであった。特定のレミエラで揃えた特務部隊など話は尽きない。
「そうだな。特に目新しいものがあったわけではないが――」
 エイジは未だ男女問わずに晩餐会に招待された客達に話しかけられていた。その中に女の子もいたのだが、これが妹にそっくりであった。
(「そういえば古い地下遺跡だったな、ズノーリムは。妹への土産を取ってくればよかった」)
 エイジの妹は古い物が特に好きである。今更ながらと反省するものの、あの時はそんな余裕がなかったのも思いだす。ふと振り向くとテーブルについているテオカの姿が見えた。初めて会ってからすでに二年以上が経過している。大きくなったなとエイジは心の中で呟く。
「この前の勝負のお返しや〜♪」
 ノリアッテ分隊長を別室に誘いだしたイフェリアはいきなり耳元へ息を吹きかける暴挙にでた。さらに言葉を続けようとしたイフェリアだが、ヒョイっとノリアッテに襟元を掴まれて顔の前でブランブランと揺らされる。
「ちょいとイタズラが過ぎたかも知れへんけど、うちノリアッテはんがめっちゃ気になるねん」
 作戦は変わってしまったものの、それでもイフェリアはノリアッテを口説こうと必死になる。しばらく考え込んだノリアッテだが、お別れの頬へのキスは許される。また、お返しの頬へのキスもしてくれた。
「どうしたのだ? あらたまって」
 西中島にバルコニーへ呼び出されたツィーネは首を傾ける。
「いつものツィーネ殿も凜としていて良いが、今日の姿も華があって綺麗だな」
「そうか。ま、わたしも一応女だしな」
 ツィーネの様子に西中島は笑顔から真顔に表情を変えた。
「ところで、今後どうするつもりなのだ?」
「冒険者は続けてゆく。もう凄まじい亡霊はいないかも知れないが、それでもすべてが片づいた訳ではないからな」
「‥‥何なら、俺を雇ってみるってのはどうだ? 報酬は‥そうだな、ツィーネ殿のこれからの人生‥ってのを希望したいところなんだがな」
「それは‥‥」
 突然の西中島からの告白にツィーネは戸惑う。
「俺は、冒険でも日常でも信頼できる女性を探していた。俺で良いというのなら、どうだろうか」
「すまない‥‥、今までそういう目で西中島を見たことがなかったのだ。だけど断るのも‥‥しばらく時間をくれないか?」
 ツィーネはこれから先、冒険者ギルドで依頼に入る時には西中島に必ず声をかけると約束する。いずれ答えられる時が来るはずと。
 しばらくしてアンゼルム領主からの贈呈式が始まった。
 冒険者達に手渡されるのは『ノルマン王国ブノイル領・英雄勲章』と呼ばれるもので、ブノイル領内での宿泊費と飲食代が無料になる特権が含まれていた。
 リンカとリスティアはそれぞれの事情で手袋をして勲章を受け取る。
「どうしよう、ツィーネ。ありがたいけど銀だとあたし‥‥」
 相談されたツィーネはリスティアの勲章をしばらく預かることにした。
 晩餐会が終わりに近づいた頃、冒険者達は今後どうするかの話題に花を咲かせる。
「俺はだな――」
 西中島はしばらくツィーネと共に亡霊専門の冒険者としての活動を続けると宣言する。
「ツィーネはん〜〜」
 何となく気づいたイフェリアはツィーネの胸に飛び込んで泣きじゃくる。もしかするとイフェリアもツィーネと同じ依頼に入る覚悟を決めたのかも知れない。
(「なんかあちこちで落ち着きないのね」)
 仲間達の関係があわただしいように思えたが、テオカと遊ぶので忙しかったシュネーだ。
「見聞を広げてみたいというのもあるしな」
 円巴は月道を使って旅をするつもりらしい。またどこかで出会うのを楽しみにしていると全員に告げた。
「今後も続けて行くのなら――」
 エイジはツィーネが亡霊の今後も関わるつもりなのを聞いて清らかな聖水を手渡す。彼なりの別れの餞別だったのであろう。
「ツィーネもそうらしいが、地獄の戦いの後、様々な地に彷徨う死者達の姿があると聞いている――」
 リンカも哀れな被害者ともいえる彷徨う死者達を解放する戦いを続けるらしい。ただ、ノルマン王国に限らず、異国にも足を伸ばすつもりのようだ。
「例え怨霊達であっても自分達が負かした者達の想い、それを知り、理解しようとしてこそ本当に彼らに『勝利した』と言えると思います」
 先の話になるとしながらもオグマはこれまでの戦いを本にまとめるつもりだと語った。そして仲間達に木彫りの像を贈る。さらにツィーネには新緑の髪飾り、テオカにはウジャト、トノスカには蜜酒「ラグディス」を感謝と共に手渡す。
 この時、リスティアははっきりと自分の今後を話さなかった。晩餐会が終わった後でようやく思い立ち、ツィーネが休む部屋を訪れる。
 かわいい寝顔のテオカを眺めてからリスティアはツィーネに伝えた。
「‥実は私ね、旅に出ようかなーなんて思ってたり――」
 リスティアは以前に出会ったバンパネーラの友人にもう一度会いたいと語った。何をどうするか決めていないが、とにかく話してみたいという。
「そうか。ティアがどうするにしろわたしは応援するぞ」
「ありがとう、ツィーネ」
 涙目のリスティアはツィーネに抱きつくのであった。
 それから数日後、一行はパリへの帰路につく。トノスカとはここでお別れだ。
 馬車でオーステンデまで移動して帆船に乗り換える。海原からセーヌ川へ、やがてパリの船着き場へと到着する。
「これなら平気なはずだ」
「あ、これ‥‥」
 ギルドでの報告を終えた後、ツィーネは革製ケースに入った勲章をリスティアに返す。
 革ケースはツィーネの手作りだ。晩餐会からこれまでに仲間の分も含めてツィーネは内緒で作っていたらしい。慣れない作業で指はぼろぼろである。
「大切にするね」
 リスティアが包み込むように受け取る。仲間達も持っていた勲章を革ケースに仕舞った。
「パリのギルドなら、また会えるはずだ」
 手を振ってツィーネはテオカと共にパリの喧噪の中へ消えていった。