●リプレイ本文
●戦いの地へ
クァイとオグマに見送られたトレランツ運送社の帆船はセーヌ川を下り、二日目の昼頃にルーアンへ入港する。
残念ながら参加予定であった二人は急用で来られず、八人での依頼遂行となった。
冒険者達はルーアンへは下りずに来訪者を待つ。すぐにブロズ領の港町バンゲルに向かう予定だからだ。
「よく来てくれたね」
カルメン社長がウィザード少女リノを連れて乗船する。
「ミュリーリア騎士団とシャラーノ側の勢力は現在膠着状態だよ。バンゲルの西側に待機していたシャラーノ側の一部の兵が撤退したとも聞く。あきらめた訳じゃないと思うんだが‥‥不気味だねぇ」
カルメン社長が知り得た港町バンゲルの現状を冒険者達とリノに伝える。
話しが終わり、リノが運んできた回復系の薬類が冒険者達に支給された。それだけ激しい戦闘が予想されるという事だろう。
カルメン社長とゲドゥル秘書の二人が下船すると、トレランツの帆船は反転して上流を目指す。
港町バンゲルはセーヌ川を挟んでルーアンの対岸にあるが正確には微妙にずれている。バンゲル側の船着き場はルーアンのものより少しだけ南方にあった。
「この間は助かった。おかげでこうしてバンゲルで陣を手に入れる事が出来たよ」
バンゲルの船着き場で一行を出迎えたのはミュリーリア自身である。
カルメン社長からの提供として食料がいくらか荷下ろしされる。トレランツの帆船はルーアンへと戻っていった。
「ミュリーリア騎士団、及ばずながら力を貸す」
エメラルド・シルフィユ(eb7983)がミュリーリアと握手を交わす。
ミュリーリアはヴェルナー領で拘留中のゼルマ侯の配下である。しかしデビルとゼルマ侯が手を組んでいたのなら許せないとの発言をしていた。仲間からその事を聞いていたエメラルドだ。
「俺もミュリーリア騎士団決起の志に報いたい」
「とても心強く感じるよ」
レイムス・ドレイク(eb2277)とミュリーリアは強く手を握り合った。
「さっそくなのだがシャラーノはこの川沿いの町に対して協力な手段を持っている」
レイムスが説明したのは敵側のウォーターダイブのレミエラについてである。一時間の水中活動を可能にする特別な性能であった。
「ダッケホー船長というデビルもいる」
エメラルドはデビル・フライングダッチマンのダッケホー船長との戦いをミュリーリアに語った。
「ミュリーリア騎士団の方に聞くのはとーぜんとしても、いろいろと調べないといけませんね〜」
井伊貴政(ea8384)は港町バンゲルを見渡す。平穏に感じられるが、やはり人通りは少なかった。
「セーヌ川に面する辺りは私が」
井伊貴政に答えるように磯城弥夢海(ec5166)が調査を引き受けてくれる。
「それじゃあたいは石壁の状態を確認してこようか。空からベゾムを借りたから、すぐに終わるさ。それが終わってから遠くに足を伸ばして敵軍を探ってみるよ」
川沿いを除いた港町バンゲルを囲んでいる石壁の確認はシルフィリア・ユピオーク(eb3525)の役目となる。
「私はティシュトリヤで上空から監視を行います。町だけでなくセーヌ川や草原付近もなるべく広範囲に調べるつもりです」
コルリス・フェネストラ(eb9459)は連れてきたグリフォン・ティシュトリヤの首を撫でた。以前にブロズ領を訪ねた時は隠密であったが為にグリフォンをうまく活用出来なかったが今回は違う。仲間の役に立つように奮闘するつもりのコルリスであった。
「連絡は私に任せて下さい。届く範囲に居られれば定期的に話しかけさせて頂きます」
十野間空(eb2456)はテレパシーを使って情報の集中化を図るつもりでいた。
テレパシーは個人の声として伝わらないのが欠点である。成り済ましを防ぐために合い言葉も用意した十野間空であった。
「いざとなれば臨機応変に戦うつもりですが、船で決めた通り、最初は西側の陸上方面で警戒にあたります。あっ、駄目です。勝手にそんな所に入っては!」
琉瑞香(ec3981)は連れてきたペガサスとウンディーネを追いかけながら仲間に話しかけた。どうやら懐いていないようで仲間達の心に不安が残る。
セーヌ川周辺を守るのは夢海、レイムス、エメラルド、リノ。
南北を含めた主に西側の守りは琉瑞香、十野間空、井伊貴政、そしてミュリーリア騎士団が受け持つ。
シルフィリアとコルリスは上空からの警戒を担当する事となった。
●守りの日々
カルメン社長とゲドゥル秘書から知らされた情報に加え、二日に渡る調査によっていくつかの事が判明する。
港町バンゲルを囲う石壁は二個所が決壊していた。このうち一個所はミュリーリア騎士団が攻め落とした時に破壊されたものである。高さは五メートル前後で前情報は正しかった。
占領した時に発生した町内の火事はそれほど広がらずに軽微のようだ。
ミュリーリア騎士団の騎士数は三十二騎。但し様々な騎士団からの志望者の寄せ集めであった。加えて現行のシャラーノの体制をよく思わない者達が集まりつつある。数は数十に達していると思われるがすべてを把握しきれていなかった。
大きな問題として残るのは各々の思惑である。
シャラーノによるブロズ領の政策に反対なのは共通だが、前領主であるゼルマ侯を信じている者も少なからず存在する。
日を追う事に港町バンゲルの西側に駐屯していたシャラーノ側の兵力は引き揚げていった。
奪回を諦めたのではないかという楽観論がミュリーリア騎士団内に出始めるものの、それがシャラーノの作戦の一部だと判明するにはしばしの時間が必要であった。
●雪の深夜
五日目から六日目にかけての夜、港町バンゲルは激しい雪に見舞われる。
当然寒さは強まり、吹雪に遮られて視界は最悪である。
そんな中、深夜に警鐘が鳴り響いて町は無理矢理に叩き起こされた。
敵の攻撃は殆ど同時に始まる。
その意味をバンゲルを守る側は深刻に受け止めた。統制がとれているのはそれだけ敵が本気であるのを示しているからだ。
セーヌ川ではゴーストシップと共にブルーマンとズゥンビが現れて船着き場付近を恐怖に陥れていた。
闇の上空からはインプの群れの強襲である。戦うというよりは暗闇を照らす篝火を消したり、逆に家々へ放火をしていた。
港町バンゲルの西側からはズゥンビ系アンデッドの侵攻が始まる。人だけでなく様々な動物の死骸がゆっくりと暗闇の雪上を歩いて石壁に迫っていた。
ズゥンビ後方に控えているシャラーノ側のウィザードは様々な魔法を放ち続ける。少々ズゥンビが巻き込まれたとしても意に介せずに攻撃は続けられている。
それらの敵に港町バンゲルを守る側も対抗した。ミュリーリア騎士団に理解を示して戦いに参加してくれる町の者達もいたのである。
灯りがある周囲では真っ白な雪景色。それ以外の場所では寒さに震えるしかない漆黒の闇。
そんな中で港町バンゲルの攻防は繰り広げられた。
●船着き場
「忍びの警戒も忘れてはいけません!」
セーヌ川に面する船着き場付近。レイムスは聖剣を構え、リノに近づこうとするアンデッドを薙ぎ払う。
勢いをつけたソードボンバーによって千切れたズゥンビの身体が凍る石畳にばらまかれた。それでも動ける限り、近づいてくるのがズゥンビの恐ろしさだ。
「これは‥‥凄まじいですね」
リノは覚えたてのアイスブリザードで魔法の吹雪を起こし、ズゥンビやプールマンを吹き飛ばす。
敵が船着き場を襲う理由は船を沈めて外部からの輸送手段を奪う為だとレイムスは考えていた。
「沈めさせるものか!」
エメラルドはケルピー・ナイアスを駆って帆船へと飛び移る。そして柄杓で水を汲んでは船を沈めようとする多数のブールマンに斬りつけた。
船乗り達は一緒に唄ったりしてブールマンの気を削ぐ事で協力してくれる。一緒に戦いたい気持ちは持っていても、一般的な武器ではブルーマンを傷つけられないからだ。
ここはシルヴァンエペを持つエメラルドの踏ん張り所であった。
(「ダッケホー船長は‥‥?」)
夢海はセーヌ川に浮かぶゴーストシップの内部へと潜入する。しかしダッケホー船長の姿は発見出来なかった。
「ブルーマンは増えているようです。それならどこかに隠れているはず‥‥」
コルリスはグリフォン・ティシュトリヤの背に乗って空中からダッケホー船長を探った。
それなりの視力を持つコルリスだが、灯りのない地上は真っ暗で何も見えない。オーラセンサーを使ってもダッケホー船長を感知する事は適わなかった。シャラーノも同様である。
「ちょっといいかい!」
ベゾムで船着き場へ飛来したシルフィリアがエメラルドに声をかけた。船着き場から少し離れた畔の廃船の中にダッケホー船長がいるかも知れないという情報を伝える。ブルーマンは水中を辿って船着き場までやって来ているらしい。
その時、ブールマンとは別の新たな敵が船着き場に現れた。水中に仕掛けられた網のせいで到着が遅れた敵忍者二人である。
「ここは任せて下さい」
「あたいも一暴れするかね」
ゴーストシップから戻ってきた夢海と、ベゾムから下りたシルフィリアが敵忍者の相手を引き受けてくれた。
「助かる!」
エメラルドはリノに一時間のウォーターダイブをかけてもらってからセーヌ川に飛び込んだ。
「ここは任せて!」
レイムスがコルリスを襲おうとしたブルーマンを聖剣で串刺しにする。
「ありがとうございます。では!」
レイムスに礼をいったコルリスはグリフォンで雪降る夜空を舞うのだった。
●西の戦い
(「それでは!」)
(「はい。みなさんのご武運をお祈りします」)
ミュリーリアとの間で十野間空はテレパシーを交わした。
石壁周辺で待機していたミュリーリア騎士団は町中へと戻ってゆく。上空から飛来したインプに対処する為である。
「一気に人が減りましたけど、ここはどーしましょうか」
井伊貴政は石壁の上から迫り来るズゥンビの群れを見下ろした。
ミュリーリア騎士団の核となる騎士以外の弓が扱える三十人には残ってもらっている。この人達と見張りを頼んだ非武装の町民四十人、そして井伊貴政、琉瑞香、十野間空の三人が西側からの攻めを守るすべてであった。
敵側は石壁が崩れた個所を狙っていた。一個所は急拵えながら補修したので、残る一個所周辺が決戦の場となる。
「アンデッドは絶対に中には入れません。任せて下さい」
琉瑞香は魔法で作りだしたホーリーライトを井伊貴政に見せた。この光は特殊なもので一定の範囲にアンデッドが近づけない特性を持っていた。
「それでは僕は突破して厄介な敵のウィザードを倒すことに専念しましょ〜」
井伊貴政は覚悟を決めて聖剣を抜く。
(「私はムーンアローで敵ウィザードの陣地を正確に示します。その他にも井伊さんを補助を致します」)
離れた位置にいた十野間空はテレパシーで仲間同士の会話に参加する。状況に即して作戦を変更した冒険者三人はさっそく行動を開始した。
「お願いです。今はいうことを聞いて下さい」
琉瑞香はホーリーライトを作っては石壁の前に並べ始める。デティクトアンデットで敵のとの距離を測りながらの危険な作業であった。
わざと高い位置に浮かべてアンデッドが近づけない範囲の効率化を図る。その為に自らはペガサス・黎明の背に乗って浮かび上がる。空を飛べるウンディーネの美都波にも手伝ってもらった。
ホーリーライト作りの為にトレランツ運送社から提供された魔力関連の回復の薬の殆どは消費される。
(「一分後にもう一度ムーンアローを撃ちます。今は先程の落下地点に向かって下さい」)
十野間空は単身斬り込んだ井伊貴政とテレパシーで交信を続けていた。
ペットのフロストウルフ・希望はズゥンビを倒すために雪上を駆け抜ける。回数に限りがあるものの、ここ一番の『吹雪の息』はとても強力であった。
(「これは便利ですね〜。負ける気がしませんー」)
井伊貴政は片手で琉瑞香から渡されたホーリーライトを持ち、もう片方に握った聖剣でズゥンビを斬りつけた。
ホーリーライトの輝きによってアンデッドのズゥンビは近づく井伊貴政から逃げようとする。襲ってこない敵ならばいくら近くにいても井伊貴政の脅威には成り得なかった。
ズゥンビの数が多くて両手が使いたい時にホーリーライトから手を離しても何も問題はない。手を離したその位置にホーリーライトは浮かんでいるからだ。
光による視界の確保とズゥンビ避けの一石二鳥である。ただし問題がまったくないわけではなかった。明るさが仇となり、ウィザードの的になりやすい欠点も存在する。
それ故にズゥンビによる負傷はなかった井伊貴政だが、魔法攻撃で痛めつけられてしまう。それでも我慢した甲斐があって敵陣地の間近まで近づく事が出来た。
(「今ムーンアローを撃ちました!」)
十野間空のテレパシーを合図に井伊貴政が頭上を見上げる。そして闇に弧を描く光の矢を発見する。
「これで!」
井伊貴政は囮としてホーリーライトを残し、雪上を駆けた。
ムーンアローが落ちた篝火のある敵拠点には三人の敵ウィザードの姿があった。まずは魔法が唱えられないように手や腕を狙うが、基本は振り下ろした重い一撃である。
井伊貴政の存在に気がついた敵兵士も交えて激しい戦いが繰り広げられる。
十分後、真っ赤に染まった雪の上に立っていたのは井伊貴政のみであった。
●そして
「それではまた〜。綺麗なお嬢さん達〜」
ダッケホー船長はコルリスとエメラルドの隙をついて虫に変身し、どこかへと逃げていった。
残ったブルーマンを二人が退治することでセーヌ川の畔に棄てられていた廃船での戦いは終了する。
船着き場での戦いも収束していた。敵忍者二人は途中で撤退。襲ってきたアンデッドは全滅させ、沈んだ船は一隻もなかった。
ミュリーリア騎士団によるインプへの対処もなんとかなる。小火がいくつかあった程度で大きな被害には至らなかった。但し殆どのインプは倒せずに逃がした格好となった。
兵士ではなくデビルやアンデッドが襲ってきた状況に港町バンゲルの人々は驚いていた。
ミュリーリア騎士団がこれから早急にしなければならない大きな仕事が一つある。前領主ゼルマ侯もデビルと繋がっていた事実を町の人々に信じてもらう事だ。
七日目朝、冒険者達とリノは迎えに来たトレランツの帆船に乗り込んだ。
ルーアンへ立ち寄り、乗船したカルメン社長とゲドゥル秘書に報告を済ませる。
その際に追加の報酬としてゲドゥル秘書からレミエラが贈られた。残った薬類は公平に分ける形となる。
リノはカルメン社長とゲドゥル秘書と一緒にルーアンで下船した。冒険者達はそのまま帆船に残ってパリへの帰路へついた。