●リプレイ本文
●こみあげる想い
トレランツ運送社の帆船がパリを出航したのは昼頃の事。いつもとは違って余裕があるのは戦いに赴くのではなくパーティへの出席だからだ。
冒険者達は午前の間に買い物をしたりなど、それぞれに準備を整えてから乗船していた。
「無事終わって良かったと思う反面、一抹の寂寥を感じますわ」
クレア・エルスハイマー(ea2884)がなびく帆を見上げた。視線を甲板に戻すとゲドゥル秘書や仲間達の姿がある。
「何かこー感慨深いものがありますね〜」
腕を組んでしんみりと呟いた井伊貴政(ea8384)がふと思いだす。かつて一緒に戦った人間の青年アクセルと、マーメイドのフランシスカの事を。
連絡が取れないかと井伊貴政は訊ねるが、ゲドゥル秘書は首を横に振った。
「元気にやっていると本社に手紙が届いたのですが、それ以外は何も。どこから出された手紙かは伏せられていました。きっとお二人で幸せに暮らしているはずです」
答えるゲドゥル秘書には覇気がなかった。
アクセルとフランシスカの二人が気になっているのかも知れないが、シルフィリア・ユピオーク(eb3525)には違うように感じられた。そこで鎌をかけてみる。
「小耳にはさんだのだけどアロワイヨー領主が結婚するみたいだねぇ〜。そろそろカルメン社長も結婚していい時期じゃないかい? 社長ならどんなドレスを着るんだろうか」
シルフィリアの言い様にゲドゥル秘書がそわそわし始めた。
「か、覚悟を決めました。‥‥パーティでリノさんに告白する!」
レイムス・ドレイク(eb2277)が突然の宣言をし、一同の視線が集まる。
ゲドゥル秘書を刺激してみるつもりのシルフィリアの言葉が、どうやらレイムスの背中を押してしまったらしい。
「レイムス、応援してやりたいのは山々だが‥‥私も恋愛経験は‥‥。まあ、とりあえずリノの母上も来られるようだから気遣ってやった方がいいぞ」
エメラルド・シルフィユ(eb7983)はレイムスにコクリと頷く。
「私もそう思います。リノさんは当然ですが、そのお母様も大事になさる御心で告白されるのも一つの考え方とは存じます」
琉瑞香(ec3981)もエメラルドと似た意見をレイムスに告げる。
「大丈夫です。どんな結果になろうともなるようになります」
河童の磯城弥夢海(ec5166)は励ましなのか、そうでないのかよくわからない意見をレイムスに投げかけた。笑顔なのできっとよい意味なのだろう。
「こんな物を持っていました。告白の際、使って頂ければ幸いです」
コルリス・フェネストラ(eb9459)は優雅なる白銀二つを貸そうとするが、レイムスは丁寧に断る。迷いながらもパリで用意してきた贈り物があるという。
「最後ですし、楽しく出来ればいいですわね!」
マミ・キスリング(ea7468)が仲間全員に向けて声をかけると、ゲドゥル秘書がそっと手を挙げた。
「あの‥‥、実は、あのですね。わたしも、何というか、カルメ‥‥に‥ですね」
「どうかしましたか?」
要領を得ないゲドゥル秘書にマミが訊ねる。
「あのですね。わたしもカルメン社長に告白!! したいと‥‥思っているのですが‥‥。あ、いや、冗談です。今のは聞かなかった事にして下さい」
ゲドゥル秘書は怖じ気づいてなかった事にしようとしたが、既に後の祭りである。
ルーアンまでの一日半、根ほり葉ほりと冒険者達に訊かれ、説得されたゲドゥル秘書はようやく覚悟を決めた。
レイムスとリノ、ゲドゥル秘書とカルメン社長との恋の行方はパーティの日まで持ち越されるのであった。
●宴
パーティが開催されたのは三日目の昼からである。
本社の庭にはたくさんのテーブルが並んだ。
普段ルーアンで勤務している社員はもちろん、船乗りや支社で頑張っている者達も集められていた。
「これはすごいな」
エメラルドは料理を見て唸る。秋真っ盛りな時期も手伝ってご馳走の山だ。
今年出来たての赤ワイン。
林檎や梨などの果実。
魚や獣肉も冬を控えて脂が乗っていて美味しそうである。
「あ、井伊さん。もしかしてお料理をしているんですか?」
夢海が庭の片隅に作られていた野外調理場を覗くと、料理人の中に井伊貴政が包丁を持って立っていた。
「これまでの恩返しの意味も兼ねて、せっかくなので料理の腕を振るわせて貰おーかと」
井伊貴政が用意していたのはジャパンの料理だ。
サバの味噌煮、秋刀魚の塩焼き、鰻の蒲焼、シジミの味噌汁。ジャパン出身者用に裏メニューとして鰹のタタキなどの刺身料理もある。
必要な調味料やジャパン特有の食材は、パリ出発前に井伊貴政が自ら月道を使って購入してきたものだ。
「使われているお魚、私が獲ってきたんです」
夢海は昨日の内に帆船へ乗船させてもらって海にまで行き、今朝戻ってきたばかりだ。河童の夢海が獲ってきた海産物はどれも活きがよい。
「そーなんですか。おかげで皆に喜んでもらえそーです」
井伊貴政は様々な刺身が乗った皿を夢海に手渡した。
「秋刀魚の塩焼きは単純な料理だがうまいな。どうだ、おまえ達も」
パリで手に入れた十字架を船乗り達に贈った後で、エメラルドは一緒に呑み食いを始める。
「本当の宝島でも見つけたら行ってみようか」
「いいですね。姉御!」
誘いたかった友人等の事を考えながらも、船乗り達と大いに楽しんだエメラルドだ。
「ウォーターダイブでおかげで――」
コルリスはリノの母親であるアリリアトに、これまでリノに助けてもらった事を話した。それが終わると箱を取りだす。
「リノさん、今まで何度も助けて頂きましてありがとうございます。こちらはアリリアトさんに――」
コルリスはアメジストのリングをリノとアリリアトに贈る。遠慮する二人だが感謝が足りないぐらいだといってコルリスは手渡した。
「すまないねぇ。手に入りそうもないよ。ああいうもんはエチゴヤが強すぎてねぇ」
「いえいえ、もしやと考えていただけですので」
クレアはカルメン社長にある品が手に入らないかと頼んでみたのだが無理であった。
「ところで――」
クレアは会話を続けながらカルメン社長にフレイムエリベイションをかけようとする。しかしカルメン社長に魔法をかける隙は見あたらなかった。リノも同様である。
ちなみにレイムスとゲドゥル秘書には一日の効果を持つ超越のフレイムエリベイションを昨晩のうちにかけてある。まだしばらくは効果が残っているはずだ。
その頃、何名かの冒険者はゲドゥル秘書と共に本社内の一室にいた。
「さて、こんな感じでいいでしょう」
マミは手鏡を手にとってゲドゥル秘書の前に差しだす。身だしなみを整えたゲドゥル秘書は鏡に映った自分の姿をまじまじと見つめる。
服選びはカルメン社長が好みそうな颯爽としたものが選ばれていた。マミの知識だけでなく、シルフィリアからの情報も多分に含まれている。
「いい感じです。これならば社長も耳を傾けてくれることでしょう」
手伝っていた琉瑞香もゲドゥル秘書を応援する。
カルメン社長にも好みはあるので当然フラれる可能性はある。しかし駄目であってもゲドゥル秘書の人生の糧になるだろうと琉瑞香は考えていた。
「ウェディングドレスの用意をしておくのもいいと思うんだけどねぇ」
シルフィリアはゲドゥル秘書のおめかしを近くで眺めながら独り言を呟いた。
あらかじめカルメン社長の結婚衣装の下準備をしておこうとしたシルフィリアだが、涙を流したゲドゥル秘書からの懇願に中止にする。
ゲドゥル秘書曰く、そんな事をしておいたら、告白がうまくいったとしてもカルメン社長がへそを曲げるのは必至らしい。カルメン社長は他人に先手を打たれるのが、何より嫌いだからだ。
レイムスとゲドゥル秘書が相談した末、告白は離れた場所で同時と決まる。こうすればどのような結果になっても、互いに及ぼす影響は最小限で収まるからだ。
やがてパーティは最高潮に達する。並ぶ料理を大いに食べ、肩を組んでは歌を唄う。
レイムスはリノを、ゲドゥル秘書はカルメン社長を、パーティから離れた別の場所へと呼びだすのであった。
●レイムスの告白
レイムスは緑の葉が茂る大木の下でリノと雑談を交わしていた。井伊貴政に特別に用意してもらったリノが好きだという葡萄果汁のジュースを一緒に飲みながら。
パーティ会場では元気な様子だったアリリアトについても訊ねる。どうやら見かけだけでなく、アリリアトは完全に快復したようだ。
「リノさん、初めて会った時から貴方の事が気になっていました。そして恋だと気が付きました」
意を決したレイムスは花束をリノに差しだす。
「リノさんを守り、共に道を歩みたい、付き合って下さい」
木漏れ日の中、リノにとっては瞬きのように短く、レイムスにとっては永遠とも思える時が過ぎる。
「初めてお会いした時からと仰いますが、詳しく覚えていらっしゃるでしょうか‥‥」
深呼吸をした後でリノはレイムスに問いかけた。
「リノさんが海上をウォーターウォークで歩いていて、コルリスさんのグリフォンに拾われて甲板に降り立った、あの日でしょうか」
「はい。その後、冒険者のみなさんからいろいろと質問をされました。その時レイムスさんが‥‥」
リノの言葉にレイムスが思いだす。船の調理場にいた井伊貴政に作ってもらった葡萄ジュースをリノに運んだのを。
リノが今、両手で包むように持っているカップにも葡萄ジュースが入っている。
「わたしが、葡萄ジュースを好きになったのは‥‥思いだせば、あの時を境にしてです‥‥」
リノはカップを近くの岩の上に置くと、レイムスから花束を受け取る。
「つまり、それは‥‥」
戸惑うレイムスにリノは小さく『好きです』と呟いて頷く。
レイムスはさらに銀の髪留めをリノに贈る。そしてアリリアトに許可を得てから、ルーアンの街へと二人でデートに出かけるのであった。
●ゲドゥルの告白
「まったく、要領を得ないね。一体何がいいたいのさ」
「ご、ごめんなさい」
小さな池の側にあったベンチにゲドゥル秘書とカルメン社長は座っていた。かれこれ小一時間が経過してもゲドゥル秘書は未だ想いを告げていない。
(「このままでは‥‥は、はやくいわないと先を越されてしまう」)
ゲドゥル秘書はパーティの場での井伊貴政の言葉が脳裏を過ぎった。井伊貴政は確かに『僕がカルメン社長に告白しても問題ないですねー』と呟いていた。
痺れを切らしたカルメン社長がため息と共に立ち上がる。
「用がないなら行くよ。主催者がパーティを放っておく訳にもいかないからね」
「ま、待って下さい。いいます、いいますから。あの‥‥好きなんです。社長の事が!!」
ゲドゥル秘書は追いすがるように背中を向けて歩いていたカルメン社長の腕を両手で掴んだ。数歩、進んだところでカルメン社長が立ち止まって振り返る。
「ゲドゥル、ここんとこ変だったし。悪いものでも食べたんじゃ‥‥」
「違います。社長が好きなんです! 愛してます!」
「一体、あたしのどこが好きなんだい?」
「どこといわれると‥‥、あ、待って! 行かないでください〜」
すったもんだの末、ようやくカルメン社長はゲドゥル秘書が真剣なのを理解した。
「そうはいわれてもねぇ‥‥」
カルメン社長はゲドゥル秘書を男として見た事はないという。とはいえ、社長業を始めてから色恋沙汰もなかった。
(「仕事がデキる男はあたしの好みだから、その意味ではゲドゥルも悪くないんだが‥‥。男と女の間は理屈じゃないしねぇ〜。まあ、これまでの功績もあるし、チャンスはぐらいは」)
横目でゲドゥル秘書を眺めながらカルメン社長は決断する。
「つき合うというより、プライベートでしばらく一緒にいてみようか。仕事が終わったら名前で呼んでいいさ。試しに呼んでみな」
「は、はい! カルメン社長!! あ‥‥‥‥」
習慣というのは恐ろしい。ゲドゥル秘書はどうしてもカルメンの下に社長をつけて呼んでしまう。
ともあれフラれた訳ではなく、首の皮一枚でゲドゥル秘書の恋の行く末は続く事になる。
一部始終を何名かの冒険者に覗かれていたのだが、それはゲドゥル秘書とカルメン社長の知らぬところの出来事であった。
●別れの時
パーティは盛況のまま終わる。
滞在の間、冒険者達はルーアンで安らかな時間を過ごした。
そして五日目の昼。
船着き場には冒険者達を見送る為にカルメン社長、ゲドゥル秘書、リノの姿があった。
「フレイムエリベイションの餞別は、少しは役に立ったかしら」
「おかげで告白出来たんだと思います。ありがとうございました」
クレアはゲドゥル秘書に声をかけてから港と船を繋ぐ板を渡る。
「一緒に戦ったミュリーリア騎士団とも喜びを分かち合いたいですし」
「ちゃんと祝いの食料を贈るから心配しないでおくれ。それでは元気で」
マミはカルメン社長と握手を強い握手を交わす。
「そーですか。あの葡萄ジュースが。ドレイクさんとリノさんのお幸せを祈ってますねー」
井伊貴政は仲のよいレイムスとリノに声をかけてから、先に船へと乗り込む。
「リノさん、それでは。なるべく早めにルーアンに戻ってきますので」
「わたしもパリに行った時には必ず」
名残惜しそうにレイムスはリノから離れた。甲板の上からリノとアリリアトにレイムスは手を振り返した。
「ふとした時に見せる男らしさに女ってのは弱いものさ。腐らずに頑張るんだよ」
「いろいろとアドバイス、ありがとうございます。何としてでも!」
シルフィリアは励ます意味でゲドゥル秘書の背中を叩いてから、船の仲間の元へと向かった。
「用心棒が欲しければいつでも呼んでくれ。お陰で暇になりそうなのでな」
「何かあった時には、真っ先に冒険者ギルドに頼むさ。エメラルド‥‥、長いつき合いだったな」
カルメン社長とエメラルドは軽く抱き合う。
「これをみなさんに渡して下さい。今までの感謝の印です」
「こんなにたくさんの船を。大変だったんじゃないのかい?」
コルリスは船の模した小さな木製の置物を進呈した。船乗り全員分の数はあるはずだ。トレランツ運送社の代表としてカルメン社長が受け取る。
「これからが勝負です。お二人の輝かしい未来のために頑張って下さい」
「励ましの言葉、ありがとうございます。琉さんもお元気で」
琉瑞香はゲドゥル秘書に応援の言葉を送ってから乗船した。
「私は海に潜ってる事が多いので、また何かの機会でお会いできましたらよろしくお願いいたします」
「トレランツ運送社はあなた方の味方です。何かあったら遠慮なく」
夢海はゲドゥル秘書と笑顔を交換してから船へと向かう。
冒険者全員が乗り込むと、鐘が大きく鳴らされた。
そしてパリ行きの帆船がルーアンの船着き場をゆっくりと離れてゆくのだった。