決戦の時 〜トレランツ運送社〜

■シリーズシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:21 G 72 C

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:08月11日〜08月26日

リプレイ公開日:2009年08月19日

●オープニング

 パリから北西、セーヌ川を下ってゆくと『ルーアン』がある。セーヌ川が繋ぐパリと港町ルアーブルの間に位置する大きな町だ。
 セーヌ川を使っての輸送により、商業が発展し、同時に工業の発達も目覚ましい。
 ルーアンに拠点を置く『トレランツ運送社』もそれらを担う中堅どころの海運会社である。
 女性社長カルメンを中心にして男性秘書ゲドゥルが補佐するトレランツ運送社は、領主ラルフとの間に強い繋がりを持つ。
 そして今、様々な因縁があるシャラーノ嬢との決着の時が近づこうとしていた。


 旧フレデリック領であるブロズ領は戦いの最中にあった。
 現在、ブロズ領の実質的な領主の立場にあるのはシャラーノ嬢。
 今は湖中央の島にそびえる城へと立て籠もり、湖畔に陣を構えるミュリーリア騎士団と睨み合いが続けられている。
 ヴェルナー領のラルフ卿はトレランツ運送社のカルメン社長を通じ、ミュリーリア騎士団側を影から応援。直接の派遣には様々な問題が生じるので、多くの役目は冒険者達に託されて今に至る。
 湖底は深く、飛行アイテムの類はほとんど役に立たなかった。
 ミュリーリア騎士団には多くの弓兵がいるものの、湖畔から島まで500メートルの距離を隔てていた。簡単に届く距離ではなく、また島にはシャラーノの息がかかった多数のウィザードが待ちかまえる。安易に近づけば、容赦ない魔法攻撃で湖中の屑と消えるであろう。
 水上ではシャラーノ水軍の中型帆船二隻。そしてデビル・フライングダッチマンのダッケホー船長が召喚するゴーストシップが行く手を阻んでいた。
 対するミュリーリア騎士団側の水上戦力は帆船コクリコ号のみ。救いといえば城の防衛を優先して島からシャラーノ水軍が離れない事だ。
 シャラーノが怖じ気づいているのか、それとも罠を用意しているのか。不気味な雰囲気が湖周辺を包み込んでいた。
 ルーアン・トレランツ本社のカルメン社長は、ゲドゥル秘書にパリ行きを命じる。もちろん冒険者ギルドでの依頼の為だ。
 ミュリーリア騎士団に力を貸し、シャラーノが居る城を攻め落とす。それが冒険者達に託された願いであった。

●今回の参加者

 ea2884 クレア・エルスハイマー(23歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea7468 マミ・キスリング(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 ea8384 井伊 貴政(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2277 レイムス・ドレイク(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3525 シルフィリア・ユピオーク(30歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 eb7983 エメラルド・シルフィユ(27歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb9459 コルリス・フェネストラ(30歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec3981 琉 瑞香(31歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec5166 磯城弥 夢海(34歳・♀・忍者・河童・ジャパン)

●サポート参加者

西中島 導仁(ea2741)/ 李 雷龍(ea2756)/ イフェリア・アイランズ(ea2890)/ 李 風龍(ea5808)/ レイア・アローネ(eb8106

●リプレイ本文

●出航の時
 早朝のパリ。
 冒険者十名と社長秘書ゲドゥルを乗せて、トレランツ運送社の帆船が船着き場から離れてゆく。その様子を何名かの友人知人が見送っていた。
「馳せ参じたかったこの俺の気持ち、託すぞ!」
「必ず元気でお帰りを!」
 西中島導仁と李雷龍は、ゆっくりと下流へ進み始めた帆船に大きく手を振る。甲板から身を乗りだしたクレア・エルスハイマー(ea2884)が二人に手を振り返す。
(「べっぴん姉ちゃんといちゃこらしたかった〜‥‥‥‥そや!!」)
 空中に浮かびながら見送っていたシフールのイフェリア・アイランズは、ふと、よからぬ事を思いついて手を叩いた。
「ぬおぉぉぉぉっ! マミはん〜〜!! あうぅぅ? そな殺生な〜」
 帆船を飛んで追いかけてマミ・キスリング(ea7468)にダイブしようとしたイフェリアの襟首をユニコーンのチャージウィンドが何故かパクリと銜えた。もしかするとイフェリアの悪巧みを察したのかも知れない。しばらくブランブランと揺れるだけのイフェリアである。
「こっちは任せた! 俺も頑張るからな!」
 李風龍には重要な別の依頼があった。帆船が遠ざかると踵を返し、準備の為に船着き場を去ってゆくのだった。
 揺れる帆船の甲板では、ゲドゥル秘書と冒険者達が円を描くように集合していた。
「これまでの戦いも大変であったのは、よくわかっています」
 強まる日差しの中、ゲドゥル秘書が冒険者一人一人の顔を順に眺めては頷く。
「‥‥ご存じの通り、現在ミュリーリア騎士団と我々はシャラーノの喉元まで迫る好機にあります。ここを逃せば、いつまた討てるかわかりません。シャラーノの大罪はみなさんの方がご承知のはず。これは一企業であるトレランツ運送社の行く末がどうのという問題ではありません。シャラーノが勝手に名乗っているブロズ領という土地が、デビルに乗っ取られるかどうか。つまりデビルにノルマン王国の一部を切り取られてしまうかどうかの戦いなのです」
 ゲドゥル秘書は右の拳を前に出して強く握りしめた。ガラに合わないと思いながらも、そうせずにはいられなかったのだ。
「決戦ですわね!」
「世のため人のため、シャラーノの野望を打ち砕かねばなりません」
 近くにいたクレアとマミがゲドゥル秘書の拳に掌を被せる。
「此度こそケリをつけなければな‥‥」
 エメラルド・シルフィユ(eb7983)は心の中で宿敵の名を叫んでいた。それは当然、シャラーノ・ブロズである。
「そうです。これでシャラーノとの因縁に決着をつけましょう」
 コルリス・フェネストラ(eb9459)がエメラルドと視線を合わせて首を縦に振った。
「ついにこの日が来ましたか‥‥。いや、慎重にやらねばみすみす逃してしまうかも知れません。あと一息をがんばらねば」
 十野間空(eb2456)は考え深げな瞳で青空を仰ぐ。すると羽ばたく水鳥が視界を横切る。その瞬間、これまでのシャラーノに関わる長い月日が十野間空の脳裏に浮かんだ。
「確かシャラーノ側には、まだ忍者がいるはずなんだよねぇ。一時間のウォーターダイブのレミエラの事もあるしさ。今度の戦いにはリノが来てくれるって聞いたけど?」
「はい。港町バンゲルで合流予定です。わたしは足手まといにしかなりませんので係留するこの帆船に残らせてもらいますが、出来うる限りの支援はさせて頂きます」
 シルフィリア・ユピオーク(eb3525)の質問にゲドゥル秘書が力強く答える。
「水の中は任せて下さい」
 自分の胸を叩いたのは河童の磯城弥夢海(ec5166)だ。味方であるミュリーリア騎士団側との摺り合わせはあるものの、すでに仲間達と作戦は練り上げてきた。後は実行に移すのみである。
「腹を括りましょ〜」
 井伊貴政(ea8384)は笑顔の中で強く瞳を輝かせる。死に場所を見つけたと心に刻み、『太刀「鬼神大王」+2』に手を掛けてみた。すっと手に馴染む感触が全身を走り抜けてゆく。
「コクリコ号は私が」
 レイムス・ドレイク(eb2277)の言葉はとても短かい。しかしゲドゥル秘書はその中に覚悟を感じ取った。
「ダッケホー船長の動きが気になりますね。果たして――」
 琉瑞香(ec3981)は仲間達に話しかけながらペガサス・黎明の鬣を撫でる。
 シャラーノの居城は広い湖の島中央にあるので、水中に潜るか、湖上を船で渡るか、空を飛べる相棒と共に戦うかのどれかである。
 琉瑞香はペガサス・黎明と一緒に戦うつもりだが空戦班には入らず、水上戦班の帆船コクリコ号へと乗り込む予定でいた。理由はデビル・フライングダッチマンのダッケホー船長とアンデッドの警戒の為だ。可能性の話に過ぎないが、ダッケホー船長が現れるとしたら湖上だと推理したのである。
 二日目の昼頃、トレランツ運送社の帆船はセーヌ川沿いにあるブロズ領の港町バンゲルへ入港する。ハーフエルフウィザード少女リノと合流すると、そのまま借りた馬車で城塞都市バスターム方面へと向かった。
 途中野営をしながら、戦いの場である湖の畔に到着したのは四日目の昼過ぎであった。

●敵を見据えて
 一行の到着からあまり間を空けずにミュリーリア騎士団との作戦会議が始まった。
 まずは冒険者を中心とした三班が水中、湖上、空中の三面進攻して島に上陸し、架橋を降ろす。橋が繋がったのなら湖畔のミュリーリア騎士団本隊が島へ進攻。そのまま城へと突入し、シャラーノの首をとるというのが作戦の骨子となった。
「水中上陸班はもちろんだが、船乗りを別にして騎士を何人かコクリコ号にも乗船させる。畔から届く射程に関しては弓術での援護も当然させてもらおう。架橋進攻前の待機には細心の注意を持って事に当たるつもりだ。シャラーノの首については譲るつもりはないが、これは早くに発見した者の役得だろうな。万が一にも逃がさぬように湖の周囲には兵を待機させておこう」
 最後にまとめたミュリーリアの騎士団長とお互いの健闘を祈り交わしてから冒険者達は会議の場を去った。
 作戦実行は六日目の早朝で、それまでにすべての準備を終えなければならなかった。作戦実行前に体力や魔力を回復する薬類、それに大量の矢を載せた補給の荷馬車六両が到着する。ゲドゥル秘書が手配してくれた支援である。
 空中から島への進入を阻む敵ウィザードに対して対地攻撃を行うのは、空戦班のクレア、コルリス、マミ。三人とも飛翔可能な相棒のペットを連れてきていた。
 湖に浮かぶ中型帆船コクリコ号へ乗り込む水上戦班は井伊貴政、レイムス、琉瑞香。操船の船乗り達や、助っ人となるミュリーリアの騎士達も含まれる。敵は中型帆船二隻、加えてダッケホー船長のゴーストシップも加わると予想されていた。
 最初から分が悪い戦いなのは誰もが承知している。それでもやり遂げなければならないとコクリコ号へ乗り込む誰もが覚悟を持つ。
 リノにウォーターダイブを施してもらう水中上陸班はエメラルド、夢海、シルフィリア、十野間空である。リノと何人かのミュリーリアの騎士にも同行してもらう。
 仲間達が敵の注意を引きつけてくれている間に島へと上陸し、架橋を降ろすのが水中上陸班の役目だ。
 これを成さなければ何も始まらなかった。また、降ろした架橋をウィザードに壊されないようにするのも役目の一つとなる。
 五日目の宵の口、見張りに関してはすべてミュリーリア騎士団に任せて冒険者達は全員眠りに就いた。
 夜明けの数時間前には目を覚まして活動を再開する。
 作戦実行はまもなくであった。

●湖上の雨
「動きを止めず、そのまま!!」
 レイムスの檄が飛ぶ中、コクリコ号は湖上を走る。島の敵ウィザードの射程には入らないように気を配り、その上でシャラーノ水軍の帆船二隻と渡り合っていた。
「退避です!」
 畔のミュリーリア騎士団からの鏡の合図を知った琉瑞香が大声で叫んだ。
 琉瑞香自身はペガサスで急上昇してその場を脱出する。甲板の者達は盾を屋根代わりにしたり、甲板室へと身を潜めた。
 まもなく畔のミュリーリア騎士団が放った矢の雨が湖に降り注いだ。
 狙いはコクリコ号を追走するシャラーノ水軍の帆船二隻であったが、流れ矢がコクリコ号にも突き刺さる。
(「果たしてどう動くつもりなのでしょう?」)
 甲板室のレイムスは冷静に敵帆船二隻の動きを観察する。敵の一隻が未だコクリコ号を追走、もう一隻は反転して距離をとろうとしていた。
 即座にレイムスは船長に指示を出す。まだ追跡してくる敵帆船に接舷しての直接戦闘が始まった。
「これで敵の乗船は防げるはずです」
 琉瑞香はコクリコ号が範囲に収まるようにホーリーフィールドを張る。湖上なので揺れるし、コクリコ号も微妙に動くのですっぽりと包めはしなかったが、それでもかなりの成果があった。
 また琉瑞香はデティクトアンデッドによる探知で、ダッケホー船長やアンデッドの存在に注意を傾け続ける。伏兵としてゴーストシップが現れたとしたのなら、状況が一気に不利になる可能性が高い。それだけは避けなければならなかったからである。
 アンデッド避けとなるホーリーライトの光球を、琉瑞香は船乗りの何人かに預けていた。
(「五‥‥‥‥六、七」)
 赤い存在が動く度に、真っ赤な飛沫が弾ける。井伊貴政はミュリーリア騎士団の騎士五名と共に敵帆船に乗り込んだ。
 狙う敵の部位は刀剣を握る手か、もしくは身体を支える足だが、それは動きを止めるのに効率的だからであって、その他の理由は存在しない。
 デビルの存在を心の隅に置きながら、井伊貴政は太刀を振るう。敵数を今のうちに減らしておかなければ、後で重くのしかかるに違いなかった。
 湖畔のミュリーリア騎士団による援護弓撃は頼りになるが、混戦になった時には無力化してしまう。作戦の成功で現状は有利だが、簡単に逆転されてしまう危険をはらんでいた。
 敵帆船に消えそうもない火を放つと、コクリコ号は接舷を止める。そして再び接近しようとしていたもう一隻の敵帆船との戦いに突入してゆく。
 ダッケホー船長がどの時点で参戦してくるのかを探りながら、水上戦班は戦い続けるのだった。

●鉄壁の島
「フォルセティ、大丈夫? とてもきつい戦いだわね‥‥」
 戦いが始まってからまもなくペガサスで飛翔する空中のクレアは呟いた。湖面に舞いながら落ちてゆくのは千切れてしまったスクロール。
 シャラーノの居城が建つ湖島を守る敵ウィザード等の注意を引いて味方の安全を計るのが空戦班の役目であった。
 空戦班の三人はお互いに様々な補助魔法をかけあい、そしてホーリーフィールドで作り上げた空間を盾にしながら島に近づこうとする。しかし敵ウィザード等の魔法攻撃は凄まじかった。
 敵ウィザード等は島の大地に立ち、高速詠唱を使わずに全力の魔法攻撃を仕掛けてくる。それゆえに射程は長く、騎乗ゆえの高速詠唱を使わざるを得ないクレアにとって不利な状況といってよい。何枚かのスクロールが敵の魔法によって破けてしまったのは、不用意に近づこうとした代償である。
「ペガサスやグリフォンの飛行速度を生かして、突入と脱出を繰り返しながら攻撃するしか方法はないでしょう」
「私も賛成です。それしかないと思います」
 マミとコルリスの意見によって作戦は変更された。
(「何としてでも‥‥」)
 囮となったマミは真っ先に射程に突っ込んで敵ウィザード等の魔法攻撃を引き受ける。
 出来るならば一太刀を浴びせてから脱出したいところだが、魔法攻撃の凄まじさにそれは叶わなかった。上空を飛んで瞬間だけ敵魔法の射程に入るのがやっとである。
 コルリスはマミとは別の方角から敵魔法の射程距離内に突入する。
「せめてこれを!」
 刹那の間にコルリスは矢を放つ。城の窓にいた敵ウィザードに見事命中する。
「我は精霊の友にして、四大属性を操る魔術士 クレア・エルスハイマーですわ!」
 クレアは二人の陽動のおかげで魔法射程内の深くに突入した。放った魔法は高速詠唱のファイヤーボム。
 地上の敵ウィザード等には届かなかったが、城の塔を火球で包み込んだ。
 塔の内部に敵がいたのなら、それなりの被害があったはずである。願わくばそれがシャラーノであるのをクレアと共にコルリスとマミも願う。
 リカバーやポーションで傷を癒し、ソルフの実などで魔力の回復をしては再び突入する。
 空戦班の奮闘はまだ始まったばかりであった。

●湖底に潜む敵
「出来るだけ敵にばれないように島へ向かわねばな」
 エメラルドがケルピー・ナイアスに騎乗して水中を駆ける。
 水中上陸班は湖中を進んでいた。
 河童の夢海を除く水中上陸班の全員がリノにウォーターダイブの魔法をかけてもらっている。おかげで地上と同じような行動が可能となっていた。
 シルフィリア、十野間空、リノは泳ぎが得意ではないのでナイアスから伸びるロープに捕まって水中を進んだ。
 水上上陸班に組み入れられたミュリーリア騎士団の騎士十名は泳ぎが得意な者が選ばれていた。
「湖上での戦い、大変な様子。急いだ方がよいでしょう」
 テレパシーでレイムスとやり取りし、水上の状況を知った十野間空が仲間へと伝える。帆船同士の水上戦はとても激しいようであった。
「シャラーノの手の者が来ます。忍者と思われる者が五人」
 偵察から戻った夢海が急いで報告した。まだこちらの存在はばれていないので、岩影や水草の茂みに隠れて様子を窺う。
(「まだ余裕をかましているようだねぇ。向かって右側は任せていいよ。エメラルドに伝えてもらえるかい?」)
 シルフィリアからの伝言を十野間空がテレパシーでエメラルドに中継する。同じように他の者の間でも十野間空を中心にして秘密裏に情報がやり取りされた。
 騒がれないように一撃で急所を貫き、深い手傷を敵忍者等に負わせてゆく。敵忍者一名が微塵隠れで逃げようとするものの、夢海が行く手を阻んだ。ケルピーを駆るエメラルドが一気に追いついて止めを刺す。
 水中上陸班はこの後、何の障害もなく島近くまで辿り着いた。
 これはシャラーノ側が手を抜いたのではなく、水上、そして空中の仲間達の奮闘のおかげである。
 本来ならばダッケホー船長は、忍者等と共に湖底の守りを行う予定だった。そうであったのならアンデッドも水中を徘徊していた事だろう。
 しかし水上戦班がシャラーノ水軍二隻を圧倒した為に、ダッケホー船長は急遽水上の守りにつかなければならなくなったのである。

●混戦
 水中上陸班が島への上陸を果たした時を境に戦いががらりと変わった。
 湖島を守っていた敵ウィザード等は間近の冒険者達に驚いて統制を欠くようになる。
 城の守りとして島には敵ウィザードだけでなく敵兵士もそれなりにいたものの、不意打ちを食らったのと変わりはない。
 空戦班は好機を見逃さなかった。マミとクレアは魔法射程距離内の空中から水中上陸班を援護し、コルリスは水上戦班の帆船コクリコ号を助けに向かう。
 コクリコ号はダッケホー船長が操るゴーストシップとの戦いの真っ最中であった。周囲には霧が立ちこめているせいで視界が極端に悪くなっている。
 霧はダッケホー船長が発生させたものだが、それがシャラーノ側にとって不利に働いていた。特殊な魔法を除いて、狙いを定める為には目視が必要だからである。
 結果として島と湖の両方に混戦がもたらされていた。
 琉瑞香が作りだしたホーリーライトの光とホーリーフィールドのおかげでダッケホー船長が召喚したアンデッド等はコクリコ号に接近することさえ叶わない。
 マジカルエブタイドを使った水位低下によるコクリコ号の閉じ込めも、琉瑞香のニュートラルマジックによって相殺されていた。
 デビルのインプやグレムリンはこの時点ですでに退治済みだが、激しい戦いを経たせいでコクリコ号の損傷も酷かった。
 ダッケホー船長の側にいたリリスがコクリコ号の乗員達を魅了しようとしたものの、駆けつけたコルリスの矢によって翼を射抜かれて墜落するはめとなる。レイムスによるソードボンバーで仕留められて、リリスは無惨にも湖底へ沈んでいった。
 ゴーストシップに井伊貴政が飛び乗ると、コクリコ号は船体を軋ませながら島へと一直線に突っ走る。敵ウィザードによる魔法攻撃が散漫となった今以外に、コクリコ号が島へ近づく機会は残っていなかったからである。
 井伊貴政を支援する為に、グリフォンへ騎乗するコルリスがゴーストシップ上空で待機していた。
 接近の戦いにおいて井伊貴政はダッケホー船長に反撃の隙を与えない。一度は浮遊して上空へ逃げようとしたダッケホー船長だが、コルリスが邪魔をして甲板に押し戻す。
 次の瞬間、井伊貴政の剣がダッケホー船長の左腕を切り落とした。すると腹に響く奇妙な叫び声をダッケホー船長があげる。
 井伊貴政が眉をしかめたわずかな間に、ダッケホー船長は甲板を転ぶように湖へと飛び込んでしまう。
 船縁から身を乗りだした井伊貴政の近くを何かが落下してゆく。コルリスが上空のグリフォンから湖へと飛び降りたのである。
 水飛沫があがった後、湖面に姿を現したコルリスはケルピーのシフカに跨っていた。
 井伊貴政はコルリスの叫びに応じて湖へ飛び込んだ。コルリスが駆るケルピーに掴まるって一緒に深く水中へと潜る。
 ケルピーが身につけているウォーターダイブの魔法は初級なので他人にはかけられなかった。
 息が持たなくなろうかとする寸前、井伊貴政はダッケホー船長の背中に止めの一撃を喰らわせる。
 すぐにコルリスと井伊貴政の双方とも呼吸の限界に達する。何とかケルピーのおかげで水上まであがったものの、危険な状態に陥ってしまう。幸いな事に畔で待機していたミュリーリア騎士団の騎士達によって二人の命は救われるのだった。
 シャラーノの居城が佇む島での戦いにさらなる変化を起こしたのはコクリコ号である。
 レイムスは魔杖「ガンバンテイン」で自らにレジストマジックを施し、船首に立って指揮を執っていた。コクリコ号は湖上での勢いのまま、島上の戦いの場に船体ごと乗りあげる。
 戦いの最中、架橋に向かったのは隠密に優れるシルフィリアである。橋の裏側に張られた細いロープを渡って装置のある部屋の真下に辿り着いた。
 見張っていた敵兵士の何人かを夢海がわざと身を晒して誘導する。さらにマミがペガサスを駆って急降下し、残った敵兵士を斬って落とした。
 おかげでシルフィリアは架橋を降ろす事に成功する。
 湖畔で待機していたミュリーリア騎士団が橋を渡って一気に島へと移動しようとしていた。
 シャラーノから指示が出たのか、敵ウィザード等は架橋を破壊しようと魔法詠唱を始める。それらを抑え込んだのがクレアとリノだ。
 間に合えば魔法攻撃による相殺。無理ならば自らが巻き込まれるのを覚悟した魔法攻撃で敵ウィザード等の詠唱を食い止める。
 十野間空は島へ到着する寸前のミュリーリアの騎士団長とテレパシーで情報交換を終えるとムーンアローを放った。光の矢が飛んでいった先にはシャラーノがいるはずである。
 クレアがファイヤーボムで開けた城の穴に向けて、冒険者とミュリーリア騎士団が次々となだれ込んでゆく。
 琉瑞香は城の周辺をペガサスで飛び回り、デティクトアンデッドで内部にデビルがいないかを探る。ついでに脱出に使われそうな出入り口をホーリーフィールドで塞いでいった。
 城の内部にデビルがいない事実を琉瑞香から知った十野間空は仲間達へ伝達する。テレパシーだけでなく目前を走る味方がいれば叫んで伝えた。
 エメラルドとレイムスは螺旋階段を駆け上る。立ち向かってくる敵兵を斬っては一段一段と歩を進めた。
「ほう‥‥。知った顔が並ぶとは‥‥。これは面白い」
 シャラーノは真っ赤な布で飾られた広間の座に腰掛けていた。ふてぶてしくも足を組み、嘲笑をエメラルドとレイムスに向ける。
「シャラーノ‥‥覚えているか? 私はお前を敵だと言った。その誓いを今、果たそう。覚悟しろ!」
 エメラルドが『マカベウスの黄金剣+2』を手にシャラーノへと迫る。もう五歩というところで踏みだした右足に感覚がなくなった。突然、床が抜けたのである。
「エメラルド!!」
 レイムスが身体ごと押してくれたおかげで、エメラルドは落ちずに穴を飛び越えた。代わりにレイムスが暗闇の穴へと落下してゆく。
「レイムス!! シャラーノ‥‥貴様!!」
 エメラルドは立ち上がりながらシャラーノへ振り返る。先程までの余裕はシャラーノには残っていなかった。まさかエメラルドが辿り着くとは考えていなかったようだ。
 エメラルドが真一文字に剣を振ると、血飛沫が吹き上がった。そしてシャラーノの頭が床へと転がる。
 血まみれのエメラルドは瞳を閉じて涙を零す。次の瞬間、誰かの声が聞こえて大きく瞳を開ける。レイムスの声であった。
 レイムスは穴の途中にあった出っ張りに掴まり、何とか底まで落ちずに済んでいた。すぐにやって来たペガサスに騎乗するマミによってレイムスは救出される。
 敵の大将であるシャラーノを討ち取った事で戦いは終了した。残ったシャラーノ軍の兵士等は武器を投げだして降伏する。
 デビルはすでに一体も残っていなかった。デビルの親玉であったダッケホー船長が亡き今、もしわずかに下っ端が生き残っていても撤退するだけであろう。
 それから二日間、冒険者達は湖周辺に留まって休養に努める。体力ならリカバーや薬で回復したのだが、心はそうはいかなかったからである。

●そして
 事後処理をミュリーリア騎士団に任せた冒険者一行はリノと一緒に帰路へついた。港町バンゲルで待機していたゲドゥル秘書は一行の無事を知って涙を流す。
 一行は一度ルーアンのトレランツ本社へと立ち寄る。
「どう感謝したらいいのか、何も思いつかないねぇ。月並みで悪いのだが‥‥、ありがとう、本当にありがとう」
 カルメン社長から冒険者一人一人に『特別章「ポールスター」』が贈られる。社に特別な貢献をしてくれた者だけに授与されるものだ。
「残念ながら詳しく聞いている時間は残っていない。労う機会を用意するので、よかったらもう一度来て欲しい。これまでの苦労話とか、一緒に花を咲かせようじゃないか」
 カルメン社長はルーアンの船着き場で冒険者達を見送った。ゲドゥル秘書とリノも一緒である。
 翌日の夕方、冒険者達を乗せた帆船はパリの船着き場へと入港するのだった。