●リプレイ本文
●レオスタ村
二日目の夕方に冒険者達を乗せた馬車は村に到着した。
村の名前はレオスタ。
依頼人の司祭の話によれば、復興戦争以前に旧ノルマン王国軍の一部を匿い、下支えした村の中の一つであるという。今でもその事を誇りに思う村人が多数いるらしい。
何名かの保存食が足りなかった為に立ち寄った以外、道中に特別な事は起こらなかった。
「こちらをお使いくださいませ」
司祭は冒険者達に教会の敷地内にある家屋を貸した。多人数の為、食事の世話は無理だが、暖炉やベットは自由に使っていいそうだ。薪もかなりの量が用意されていた。
「村人に訊ねられたのなら、依頼の事は伏せさせて頂きます。パリからの途中でお乗せしたという事で」
嘘はつきたくない司祭であったが、不安を広げない為には仕方がなかった。冒険者にとってもいろいろと都合がよい。その理由なら別の目的の者達が同時に教会へ世話になっても不思議ではなかった。
司祭が立ち去り、ランタンの灯火の中、冒険者達は道中で決めてた事項をあらためて確認する。
「本物の天使が背教を唆すはずない」
シクル・ザーン(ea2350)は神聖騎士として、正面から天使について調べるつもりであった。天使の言葉は白教義と黒教義のどちらの考えにも当てはまらないと。
「黒の御教えでは御遣いに縋る事は勧められぬとはいえ、無視出来る事でもなく。赴く必要はあると考えて、このように」
フランシア・ド・フルール(ea3047)は道中に司祭と会話を交わしてきた。黒教義と白教義では天使に対する考えも違う。真意は神のみぞ知る事であり、印象だけで善悪を決めるのは早計だ。国家の存亡についても同様である。それ故に先入観を捨て、出来る限り公正に判断しようとフランシアは考える。
「みんなの考えに従おう」
李風龍(ea5808)は、どう対処していよいものか考えあぐねていた。今回は仲間の邪魔をしないように戦闘が必要な時だけ加勢する事にする。
「最近、天使とか司祭に化けるのって流行ってるのかなぁん?」
エリー・エル(ea5970)は屈託のない笑顔で仲間に話しかけた。よく似た体験をしたことがあるらしい。
「話を聞く限り、どう考えても、その自称天使はデビルだろうな」
デュランダル・アウローラ(ea8820)もエリーと同じ考えだ。もっとも今の時点では天使の正体がデビルと決まった訳ではなかった。限りなく疑いが濃い状況ではあるのだが。
村人に真実を理解させるのが厄介だとデュランダルは呟く。
「拙者も同じ考えだ。天使はデビル。そして村人にデビルだと理解させるのが大切だと考える」
ディグニス・ヘリオドール(eb0828)は薪を暖炉にくべた。ディグニスは教会に着いた時、ディアルトの手紙を受け取っていた。レオスタ村には復興戦争前にブラーヴ騎士団が長く駐在していたらしい。ブラーヴ騎士団とはディグニスもよく知るラルフ黒分隊長が過去に所属していた騎士団である。
「俺はアビゴールの残党狩りとして、デビルハントの途中で村に立ち寄ったとしておく」
ナノック・リバーシブル(eb3979)は白馬のアイギスがペガサスだとわからないように毛布で偽装していた。この村が敵地の可能性も捨てきれない。事は慎重にすすめるべきだとナノックは考える。
この場にはいない冒険者も何名かいた。
氷雨絃也(ea4481)は単独で物見遊山で村を訪れた旅人として調べる為、村に入る少し前に仲間と別れた。
『天使気取りの悪魔』とは氷雨が別れ際に仲間へ残した言葉である。その考えに沿って明日からの調査を行うつもりの氷雨だ。何かあれば、教会の仲間の元に駆けつけるつもりであった。
リアナ・レジーネス(eb1421)と乱雪華(eb5818)はコンビの旅芸人として、氷雨と同じように教会の家屋には行かなかった。リアナはフライングブルーム、乱雪華は空飛ぶ木臼を使って上空から村を確認してみたが、今の所怪しい点は見つからない。
「さ、寒いですね‥‥」
二人は焚き火を用意して寝袋も持っていたが、やはりテントがないと冬の野外は厳しい。せめて仲間にテントを借りておけばと後悔する。明日からは教会の家屋で世話になろうと考えるリアナと乱雪華であった。
●情報
三日目の朝から冒険者達はそれぞれに調査を開始した。
「前に私が別の天使にお会いした時にはそのような話は一切ありませんでしたが‥。『天使』がそのような背教的な事を口にするなど」
シクルは予定通り、神聖騎士として村人に話を聞いて回る。
村人の多くは天使の言葉に半信半疑であった。
「ありゃ、確かに天使様だよ。間違いねえ」
フランシアが訊ねた村人達は興奮した様子で話してくれた。誰も夢幻だとはいわない。はっきり見たと断言する者達ばかりだ。
フランシアはなるべく最低限の質問に留める。質問そのものが答えを誘導してしまう事もある。
少なくとも、その姿は天使そのものだったようだ。端正な人と同じ姿に白い羽の翼を持つらしい。
「デビルを追ってこの村まで来たんだけどぉん。デビルだと、これにはなかなか触れないって訳だからぁ、白黒つけさせてぇん」
エリーは聖遺物箱を触って欲しいと村人に説明した。
「‥‥まさか、あんた、天使様をデビルだと疑っているんじゃなかろうね?」
何の抵抗もなく聖遺物箱に触った老婆がエリーをじろっと眺める。エリーはその通りだとはいえず、笑って誤魔化しながら冷や汗をかいた。
エリーが調べた村人の中にデビルは存在しない。
「最近、病人が出てないか?」
デュランダルはデスハートンで魂を抜かれた者が村にいないか、疑問に思っていた。
聞く限り、理由があって体調を崩した者ばかりである。
その他にも不審な事が起きていないかを訊ねてゆくうちに、ある事実が浮かび上がる。
天使が現れる時に限って騎士が何名か村を訪れる事を。
初めての天使降臨時から続いているそうだ。村人の多くは疑問を感じていなかったが、デュランダルは引っかかる。
顔を兜などの何かしらの物で覆っていて、誰も正体は知らなかった。
「そんな事をいっていたのか。聖書にはそんな言葉は載っていない」
ディグニスも村人に話を聞いて回る。石の中の蝶に注意を払いながら歩くが反応はない。
天使の話題の他に、ブラーヴ騎士団のついても聞いておく。
村人の記憶には当時の隊長の裏切りについては、ほとんど残っていない。代わりに所属していたラルフとエフォールがのちに黒分隊を率い、復興戦争で活躍した事は残っていた。
「そうだ。まだこの辺りにもいるかも知れない」
ナノックは偽装したアイギスを傍らに村人に訊ねる。なるべく仲間と離れないように賑やかな場所を選んだ。
デビルとはいかなるものなのかナノックは啓蒙する。今のところデスハートンで魂を抜かれた者はいないようだ。
しかし怪しい前兆はある。天使は前回の出現の時、明後日の五日目に現れると宣言していた。その時、欲望に忠実に生きる者には力を与えると言葉を残していったようだ。
デビルの兆候を見逃さないように調査するナノックであった。
「そうだのう‥‥。若いもんを中心に二十人程度かの」
氷雨の訊ねに農夫は答える。天使のせいで欲望に忠実に生きようと考えだした者達の数だ。
現在は明後日の天使降臨を待っている状態である。
村のほとんどの者が天使については存在を認めていたが、その言葉には疑問を持っていた。今まで司祭から聞かされてきた事と、あまりにも内容がかけ離れていた為だ。
だからといって安心は出来ない。心傾きかけている者が潜在的にいるのを、会話で感じた氷雨であった。
「うわぁ〜♪」
子供達だけでなく、大人達からも拍手がまきおこっていた。
「次は木と木の間を飛び回りますよ。うまく出来たらご喝采を」
くまのぬいぐるみが司会をし、木に登ったクラウンマスク姿の乱雪華が飛び移る。すぐ近くには空中を漂うリアナの姿もあった。
くまのぬいぐるみが話すのはリアナのヴェントリラキュイである。リアナ自身が浮いているのはリトルフライのおかげだ。
大道芸で村人達の興味を惹いた乱雪華とリアナは宝手拭で顔を拭いた上で質問を始めた。
「この村に天使が降臨したという噂を聞きつけてやってきたんですけど、皆様の中で実際お会いできた方はいらっしゃいますか?」
リアナと乱雪華は様々な村人に問うてみた。知らない者は存在せず、ほとんどの者が目撃していた。白い翼を持ち、空を飛んでいたという。その他にも様々な事を訊ねてみる。
調査と相談の日々は過ぎ去った。太陽が地平から昇る。天使再降臨の五日目が始まろうとしていた。
●天使
それは冒険者達の間近で起きた。
村にいるすべての者が待ちかまえていた最中、空に一筋の線が輝く。まさか世話になっている教会上空に現れるとは考えていなかった冒険者達である。
天使は教会の塔の上に立った。次々と村人が教会に集まる。
冒険者達も塔を見上げながら、様々なアイテムを使用する。デビルの反応があり、移動をして特定した。やはり天使と名乗る者はデビルのようだ。
「覚悟は出来ましたか? 実直なる者達よ」
天使は両手を広げて、集まった者達に語りかける。若者の一部が声をあげた。
「異議があります」
フランシア、シクル、ディグニスが村人達の群れの中から前に出る。そして質問を投げかけた。主に聖書からの引用を使って。
村を訪れてからの数日間、冒険者達はただ聞き回っていただけではない。正しい事を伝え、押しつける事はせず、村人自身が答えを導くように心がけてきた。
冒険者三人が問う言葉は同時に多くの村人の疑問である。もちろんすべてではない。天使にそそのかされた若い村人もいるからだ。
かつて村に存在したブラーヴ騎士団のように、新たなる国家の礎を作り上げるのが自分達の役目だと思い込もうとする若者達。彼、彼女らにしてみれば、大義名分になりさえすれば天使の言葉でなくても構わないのだろう。そもそもブラーヴ騎士団の名声そのものが村の短い歴史の中で歪曲されたものなのだから。
「あなた方はわたくしの言葉と、どこの者とも知れないあの者達と、どちらを信じるのですか?」
天使は冒険者達との会話をやめて、他の村人達に問いかけた。
「あれは御遣いではありません。村の者達よ。騙されてはなりません」
依頼人である司祭が前に出て村人達に語りかける。冒険者達が集めてくれた情報によって覚悟を決めたのだ。
「司祭ともあろう者が――」
「黙りなさい!」
天使を名乗る者を司祭が一喝する。
司祭は持っていた瓶の水を自らに振りかけた。そして瓶を氷雨に手渡す。
氷雨は大きく振りかぶり、力一杯に教会の高い屋根へと瓶を投げつける。回転しながら飛んでゆく瓶は天使に当たりはしない。だが、飛び散った水がかかると、天使は悲鳴をあげる。
「あの水は聖水。本物の天使ならば聖水で悲鳴をあげるなどありましょうや。騙されてはなりません!」
司祭の言葉に村人がざわめきだす。
最初はフランシアのニュートラルマジックと、シクルのブラックホーリーで看破しようと考えていたのだが、距離があったので急遽変更したのである。
「どこの誰に入れ知恵をされたのか知らぬが‥‥」
天使は突然に笑い始める。
「ここを足がかりにしようと考えた仲間がいたのだが、どうやら失敗に終わったようだ‥‥」
天使の姿が変わる。頭と足はガチョウのもの。毛むくじゃらの胴をした奇妙な生き物に変身した。
「イペス」
ほとんど同時にフランシアとリアナが呟く。生き物の名ではない。イペスとはデビルの名であった。
黒い何かが村の上空を覆う。グレムリンであった。
フランシアはホーリーフィールドを展開して安全な場所を確保する。
エリーはボウで子供達に誓いを立てて、自らを奮い立たせた。子供達を教会の中に避難させてから、ホーリーレイピアを飛来するグレムリンに叩きつける。
ディグニスは逃げ惑う村人をかばうようにイペスの前に立ち塞がる。デュランダルも同様だ。目を瞑り、魔剣を手にグレムリンに立ち向かう。
氷雨は聖者の剣を手に、特にグレムリンの密集する個所に勇んで斬り込んだ。
ナノックがペガサス、リアナはフライングブルーム、乱雪華は空飛ぶ木臼が飛び立つ。先制の攻撃をして、これ以上イペスに村人を襲う機会を与えない為に。
シクルはミミクリーで腕を伸ばし、教会の屋根を登る。
「何だ?」
村人を守る為に戦っていた李風龍には違和感があった。李風龍の敵ではないにしろ、確実に今までのグレムリンよりも強く感じる。李風龍は油断しないようにと仲間に向けて叫ぶ。
「すでに俺様の思うがままになった村もある。アガリアレプト様に顔向け出来ないわけではないのだ!」
シクルと対峙したイペスは下品な笑いと共にアガリアレプトの名を口にする。
グレムリンがシクルとイペスの間に割って入る。そしてイペスは姿を消した。
冒険者達はアイテムでイペスを探すが、たくさんのグレムリンのせいで正確には把握出来ない。そうこうする内にイペスを完全に見失う。
グレムリンも撤退して村は静まった。村人に少々の怪我人は出たものの、重傷者、死者はいない。
血気盛んであった若者達も毒気を抜かれたようだ。
ディグニスは怪我をした老人を背負って運ぶ途中で見かける。騎馬に乗った騎士三人を。
騎士達は何も語らず、土煙をあげて立ち去っていった。
●パリ
六日目は村人達の世話で一日が過ぎ去った。
「この周辺では七月の預言のパリ襲撃の余波による爪痕が酷いのです。実際の被害より、人々の心の傷が特に‥‥。政情の不安定は民衆の心を蝕みます。これから何事もなければよいのですが」
司祭は冒険者達に感謝をしながらも不安を口にする。お礼といってリカバーポーションが冒険者達に手渡された。
七日目の朝、一行は司祭が用意した馬車でパリへの帰路に着く。八日目の夕方には無事にパリへと到着する。
かつてラルフ黒分隊長と関わりのあった冒険者達は、王宮門近くの衛兵詰め所を訪ねた。黒分隊隊員が現れて話しを聞く。隊員は必ずラルフ黒分隊長に伝えると約束した。
最後にギルドで報告をし、今回の依頼は終了した。
フランシアは黒教義の司教に事を伝えるつもりである。
イペス、アガリアレプト、そしてブラーヴ騎士団。冒険者達の脳裏にはこれらの名前がしばらく残って離れなかった。