●リプレイ本文
●準備と出航
ドレスタットを離れる日の夜明け前。冒険者達はギルド前に集合する。
アーレアンが森にある集落の人々へ食料を届けるつもりだと話すと仲間達も賛同してくれた。そこで内陸部では珍しい海産物を持ってゆく事となる。
フィディエル・クールネを送り届ける先は精霊の森と呼ばれているものの、人が住む集落も存在していた。
アーレアンと諫早似鳥(ea7900)は買い出しを仲間達に任せて、カイオンと一緒に領主館へと向かう。イグドラシル遺跡の島での一件が終わってまだ間もないせいか、アーレアンが一緒なら比較的簡単に入館可能だ。夜が明けてから少し待って訪問する。
面会したのはエイリーク辺境伯ではなくガルスウィンド辺境伯夫人である。
諫早似鳥の前でアニエスとセレストのクリュ家の信書を夫人が目を通してくれた。辺境伯はまだお休み中のようだ。
『――陛下がお決めになった方が身分や国籍、所有財産で肩身の狭い思いをなさらない様ご夫婦でご助力頂ければ。それとヴェルナー領は相次ぐ悪魔の襲撃で疲弊し始めています。そちらの復興も途上でしょうし、可能な限りで構いません。ラルフ様や領民へのフォローをお願い致します――』
読み終わった後で確かにと夫人は微笑んだ。
アーレアンはリーマ・アベツ(ec4801)から預かった木像を辺境伯にといって夫人に手渡す。木像はイグドラシル遺跡の島を守った者達を象ったものだ。
カイオンは辺境泊の睡眠を妨げない程度の声量で唄い、夫人の心を和ませてから二人と一緒に領主館を立ち去る。後は船着き場で物資の積み込みを手伝うつもりであった。
他の仲間達は朝市を訪れてアーレアンから預かった資金で海産物を買い集めていた。新鮮な生物も届けるのでアイスコフィンが使えるクールネも同行する。
「一見新鮮そうやけど、この魚のメンタマは獲ってからだいぶ経っとる感じやなぁ〜。シフールや思うて甘く見てたらあきまへんよぉ」
ルイーゼ・コゥ(ea7929)は水を得た魚のように『にっこにこ☆』と笑顔を振りまきながら品を選別したり、値切ったりのバトルを売り子達と繰り広げていた。
「きっと喜んでもらえますね」
壬護蒼樹(ea8341)がルイーゼの交渉を経て購入した海産物を木箱に詰めてゆく。一箱がまとまるとすぐ近くの路地裏に運んだ。
「いっぱいになりましたのでお願いします」
「それではさっそくやりますね」
壬護蒼樹が地面に置いた木箱をリーマがストーンで石化させる。集落の人々の石化に対する嫌悪を考えて森に入る前には雀尾嵐淡(ec0843)のニュートラルマジックで解呪し、クールネのアイスコフィンに切り替える予定だ。一部は最初からクールネのアイスコフィンでの保存が行われる。
木箱は壬護蒼樹が連れてきた二頭の馬に載せて船着き場へと運んだ。
パリまで連れて行ってくれる船は海戦騎士団所属のエグゾセ号。これまでに何度も世話になった帆船である。
用事のすべてが済み、全員が集まるとエグゾセ号は出航する。
「冬を越えて、デビルを越えて‥‥。いろいろとありましたわ」
シフールのシャクリローゼ・ライラ(ea2762)は遠ざかってゆくドレスタットをルーナ・アイシャとミスラ・ルーミスと一緒にマストの上から眺めていた。やがて思い出を語るように舞いながら唄う。
「よいしょっと♪ 船に乗っている間に残りの全部を作るのにゃ〜」
パラーリア・ゲラー(eb2257)は船室の窓際に座り、買ってきた色とりどりの革紐を合わせ始める。出航前に急いで作った虹色の組紐四本は仲間が書き綴った薄い木の皮の手紙と一緒にフェアリー達へ渡された。フェアリー達は最後の手紙と一緒にイグドラシル遺跡の島まで届けてくれるはずである。四本の組紐はヒリーノと赤ん坊、ブリュンヒルデとペルルの分だ。
イグドラシル遺跡の島へ送られた手紙はルイーゼが代表して書いたものだった。内容はこのように綴られている。
『その子はいろいろな人の命を貰って生まれてきた。敵も味方も、無関係な人も、あなたの夫も、その子の「命」となった。そして、あなたはもう一人ではない。
何か困った事があったら周りの人に相談しなさい。冒険者ギルドもいい。変な輩には決してついて行かぬ事。本当に大変な事態には、私達冒険者が手を貸す。
戻ったらまた手紙を出す。ギーノの墓の地図をその時に一緒に送ろう。いつの日か、会いに来れるように』
他にも仲間のメッセージが文面には含まれている。
エグゾセ号の航海は順調であった。北海からドーバー海峡、そしてセーヌ川の上流へと帆をなびかせる。
四日目の昼頃、エグゾセ号はパリの船着き場へと入港した。
●精霊の森
一晩をパリで過ごした一行は、五日目の朝に諫早似鳥が御者をする馬車に乗って精霊の森へ出発した。
ちなみに壬護蒼樹は昨晩のうちに冒険者ギルドへ顔を出し、お世話になったハンス、ゾフィー、シーナに新鮮な魚のお土産を渡し済みである。
六日目の夕方、集落への土産となる食料のすべてをクールネのアイスコフィンに切り替える。精霊の森に入った時にはすでに日が暮れていた。
森の中の道を走っていると徐々にフェアリー達が集まってくる。水のせせらぎがだんだんと近づき、木々が拓けて森中にある月下の湖へたどり着く。
初めてアーレアンがクールネと会った湖である。
「おかえり、クールネ。人のみんなもお久しぶり」
ひょっこりと姿を現したのは少年の姿した精霊アースソール。名前はキリオートという。
クールネはキリオートに頷いてから冒険者達へ振り返る。
「舞踊の横笛を届ける旅がここまで長くなるとは思いもよらず。この森だけでなくイグドラシル遺跡の仲間も助けて頂きまして、みなさんありがとうございました」
クールネが何かを取りだした。填められた石の赤と青のグラデーションが美しい『イグドラシルの滴』と呼ばれる首飾りである。
「これはブリュンヒルデ様から預かったものです。みなさん受け取ってもらえるでしょうか」
「ありがと〜、大切にするね。うんとっ、あれ? どこにいったかな? あ、あったにゃ。あたしからもあげるのにゃぁ〜♪」
パラーリアはイグドラシルの滴を首にかけてもらう。そして虹色の組紐ブレスレッドをクールネの腕につけてあげた。
「これはクールネさんの分です。うまく彫れたと思っているのですが」
「ありがとうございます。大切にしますね」
リーマもイグドラシルの滴をかけてもらうと、仲間達を象った木像をクールネに贈る。
「この森でも、あの島でもいろいろとありました。シャクリローゼさんのおかげもあって無事に帰って来られました。感謝します」
「長かった旅もひとまず終着点、ですわね〜。おつかれさまでした」
シャクリローゼは笑顔でクールネと軽い挨拶を交わした。この森にはまた訪ねるつもりなので今生の別れとは考えていなかったからだ。
「精霊の森を出て人間とこういう形で共闘して心境の変化、仲間の精霊や人間への見方は変わったかね?」
「そうですね。わたしの立場としてはこれまでと変わりませんが‥‥個人としてはいろいろとありました。以前より身近に感じられるように。これから先もこの森と湖、精霊と人が永遠でありますように‥‥そう思わずにはいられません」
諫早似鳥の問いに答えたクールネは星空を見上げる。
「なんや寂しい気もするけど、この森に来たらまた会えるんやろ? んなら『寂しい』は抜きやね♪」
「いつでもお越しになってください。わたしも含めて精霊のみんなで歓迎致しますので」
ルイーゼはクールネの顔の前で空中停止しながらうんうんと頷く。
「アイスコフィンのおかげで集落の人達に新鮮なお魚や貝を食べさせてあげられそうです」
「あのくらいなら大した事ありません。壬護さんにはもっと大きなご恩がありますので」
壬護蒼樹はお辞儀をするように頭を下げて、クールネに首飾りをかけてもらう。
「旅の間に描いた絵です」
「ありがとう。湖近くの大木のうろに仕舞って大切にさせてもらいます」
雀尾嵐淡からみんなの姿が描かれた絵を受け取ったクールネはとても喜んでいた。
「初めて会った時の俺はあの木の枝に座っていたんだ‥‥。まさかイグドラシル遺跡の島までいって、精霊と龍、ビーストマン達と一緒にデビルと戦うだなんて思いもしなかったよ」
「ゴーゴンの事、頼んだのがアーレアンさんで本当によかったです」
最後にアーレアンがイグドラシルの滴を首にかけてもらう。
それから湖を離れた一行は森の集落に辿り着いた。夜の到着にも関わらず大いに歓迎されるのであった。
●集落
七日目の日中に冒険者の多くが訪ねたのがワーシャークのギーノが眠る墓である。
イグドラシル遺跡の島で赤子を産んだヒリーノの夫。アーレアンを始めとした初期から関わる冒険者にとっての敵であった者。デビル・ダバのドストリィーアの下僕であったウィザード・ノームに謀れた者。それがギーノだ。
「犬死に、と言って悪かったよ。あんたは凄い奴だ。惚れた女と子供を護り切ったんだからね」
諫早似鳥はヒリーノの髪を墓を少し掘って入れる。そして清酒「般若湯」を墓代わりの石にかけた。
「これはお土産です。好物だと思いまして」
壬護蒼樹は赤ん坊がどんなだったかを話しかけながら大きな魚を穴の中に置いて埋める。さらにドレスタットの土と水も供えた。
「ギーノはん、ヒリーノはんにはちゃんとここを教えておくんで安心してや」
ルイーゼは集落の長に墓の管理代としていくらをすでに手渡してあった。諫早似鳥も同様だ。
「ヒリーノはワーシャークの仲間がいる島で赤ん坊を育ててゆくはず。大丈夫」
アーレアンはそれだけをギーノの墓に告げる。
冒険者達が連れてきた多くの精霊達は滞在の間、森へ自由に放たれた。森に潜む精霊達との時間を過ごさせる為に。雀尾嵐淡は二体のエンジェルを放つ。
八日目の晩、集落は魚介類の料理を食べてのどんちゃん騒ぎとなる。中には初めて海の魚を食べる者もいた。冒険者が提供したお酒はここで振る舞われる。
そして九日目の朝に冒険者達は森を後にした。また会えるはずとさよならをいわない冒険者達がほとんどであった。
●そしてパリ
パリを出立する前にレストラン・ジョワーズの個室は予約されていた。十日目の夕方にパリへ到着するとその足で直行する。
「お、やっときたか!」
個室に入るとアーレアンが呼んでいたギルド員ハンスの姿があった。まずは予約の段階で頼まれていた料理が運ばれてから各々の好みのものが注文される。
堅苦しい話はなしという事で、さっそく呑んで食べてが始まった。
「アーレくんは好きな人いるの?」
「今はいないよ。せっかくパリに戻ったんだから、よい出会いがあればいいんだけど」
パラーリアが訊ねると鶏モモのグリル焼きを頬張りながらアーレアンは答える。
「抜け駆けは許さないぜ! ま、一緒に探そうや」
「ぐ、ぐるじぃ‥‥」
すでにワインで酔っぱらっていたハンスが後ろから腕を巻き付けてアーレアンの首を軽く絞める。初恋についてはアーレアンが話したがらなかった。
「それからね、あたし結婚するかもっ」
パラーリアの一言に一同がどよめき、そして祝福の言葉が投げかけられる。
男子と女子のどちらからプロポーズするべきかというパラーリアからの問いにアーレアンは男からだと即答した。だからといってアーレアンに好きな相手がいたとして、心のままに踏み切れるかどうかはとても怪しいのだが。
(「ハンスが女のコだったらいいカップルかも知れないけど‥‥ま、そんな訳ないしね」)
諫早似鳥は箸で魚料理を口に運びながらアーレアンとハンスがじゃれている様子を眺める。落ち着いたところで遅い誕生日の贈り物として、アーレアンにオーディンの杖+2を手渡した。
「頑張ってオーディンみたいないい男になんなよね!」
「ありがと。うぉ〜なんかすごいぞ、これ」
おもちゃを手に入れた子供みたいなアーレアンの様子に、しばらくは無理かなと苦笑いをする諫早似鳥であった。
「ハンスはんもアーレアンはんも呑んでますかぁ?」
ワインの瓶を片手にルイーゼが飛びながらお酌をしてくれる。
「そんなことはいいからさ」
「けっこう強引ですなぁ〜。アーレアンはんも」
アーレアンはルイーゼから瓶を取り上げてテーブルに置くと肩を組んで唄い始めた。ハンスとルイーゼが目を合わせて笑ってから続く。
「あ〜、ずるいですわ。わたくしを差し置いて歌と踊りはいけませんわ」
シャクリローゼがアーレアンにウィンクをしてから空を飛びながら舞う。精霊のアイシャとルーミスも一緒だ。
最後には全員で声を張り上げる。
「いろいろな事があって‥‥楽しかったというのもおかしなことですが、出会えてよかったですのよ♪」
唄い疲れたアーレアンとハンスを介抱しながら、シャクリローゼは優しく語りかける。
「おいしょっと‥‥あれ? もしかしてこれ全部壬護さんが?」
「いやなんというか一度やってみたかったんです。ジョワーズのメニュー、全制覇を」
しばらくして復活したアーレアンはテーブルに堆く重ねられた皿を見てびっくりする。その殆どは壬護蒼樹が平らげたものだ。ちなみに壬護蒼樹は前もって別会計として身銭を切っていた。
「何か、大変な事が起きた時にでも使ってもらえれば」
「おお、これ助かるんだ。ありがとう」
雀尾嵐淡はアーレアンに落ちたる星の欠片+0を進呈し、仲間を描いた絵画も贈る。絵画は仲間全員の分があった。
「アーレアンさん、受け取って下さい。今までありがとうございました。少しでも私の魔法がお役に立っていたのなら幸いです」
「これまでありがとう。木像、よく出来ているね。俺はファイヤーボムを放とうとしてる瞬間だ」
リーマはまずアーレアンに木像を渡す。それから一人ずつ声をかけながら同じ木像を手渡してゆく。
「はい。腕につけてね〜♪」
最後にパラーリアが虹色の組紐を全員に配り終えたところで食事会はお開きとなる。
「みんなまたね〜」
アーレアンが手を振りながら別れの挨拶を投げかけると、仲間達も「また」と返事をする。
パリの灯火は人がある限り、これからも続くのであった。