イグドラシル遺跡・防衛戦 〜アーレアン〜

■シリーズシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:21 G 72 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月03日〜11月18日

リプレイ公開日:2009年11月10日

●オープニング

 ドレスタットから離れた北東の方角には巨大な湖が佇む。北海に面する海岸から非常に近く、いずれは繋がって湾になると思われる湖には島が存在していた。
 人々はそれを精霊とドラゴンが住まうイグドラシル遺跡の島と呼んだ。
 島を治めるのはオーディンの名を持つ高度な知性を備えたウィザード・ゴースト。
 精霊の代表はヴァルキューレのブリュンヒルデ。ドラゴンの代表はミスティドラゴンのペルル。その他にも多種に渡るビーストマンの集落が存在する。
 イグドラシル遺跡の島はデビル・ダバのドステリィーアから度々襲撃を受けていた。ノルマンの地を支配するにあたり、イグドラシル遺跡の島はデビルにとって許し難い存在のようである。
 様々な事情が絡み合う中、青年ウィザード冒険者アーレアン・コカントは、ドレスタットを統治するエイリーク辺境伯からイグドラシル遺跡の島への立ち入り許可を得る。
 最初は精霊のフィディエル・クールネと共に舞踊の横笛を運ぶ為であったが、結果として人の世界とイグドラシル遺跡の島との架け橋を双方から望まれる立場となった。
 精霊とドラゴンとの話し合いは比較的簡単に済んだものの、多様な考えを持つビーストマン達との信頼を築くには相応の時間が必要だった。しかしアーレアンを含めた冒険者達は様々な事件を経て、ビーストマン達との絆を深めてゆく。
 イグドラシル遺跡の島に住まう者達と人々との共通の敵であるデビル。ドステリィーアを中心とするデビルの軍団はイグドラシル遺跡を襲う機会を狙っていた。
 エイリーク辺境伯も本格的に動きだし、イグドラシル遺跡の島がある湖周辺は緊張の直中であった。


「‥‥‥‥邪魔だなあ、誰がこんなところに」
 アーレアン・コカントがドレスタット冒険者ギルド内に入ると大きな包みが床に転がっていた。
 こんな人通りの多いところにと訝しがっていると落ちている木靴の片側に気がつく。さらに包みの端から痙攣する裸足が見えて、ようやくアーレアンは誰かが包みに押しつぶされていることを理解した。大きな包みを背負っていて転んだのであろう。
「だ、大丈夫か!」
 たまたま周囲には誰もおらず、アーレアン一人で包みを抱えて下敷きになっていた誰かを助けだす。
「あ、ありがとうな。イタタタッ」
「いやこのぐらい‥‥。えっ? 何でこんなところに!」
 包みの下敷きになっていた誰かを見てアーレアンは何度も瞬きをして驚いた。何故ならよく知るパリ冒険者ギルド員のハンスであったからだ。
「何だはひでぇな。お前が大変だって聞いて、休暇をとってはるばるドレスタットまで来たのによ」
「いや、普通、久しぶりの友人は床に転がっていないぞ」
 アーレアンとハンスは二人で包みを抱えると近くのテーブルの上に置く。ハンスが包みを広げてみればたくさんのソルフの実とポーションの山が現れた。
「どーだ。これだけあればかなり便利だろ」
 胸を張るハンスの前でアーレアンはソルフの実を手に取る。
 この間、アーレアンはエイリーク辺境伯に頼まれて仲間と共に大量の薬品類をイグドラシル遺跡の島に届けたばかりである。タイミングの悪いところがハンスらしいが、こういうものはあればあっただけよい。それだけデビルとの激しい戦いが予想されていた。
 アーレアンが今日ギルドを訪ねたのも島の状況が緊迫しているのをフェアリーが運んできた薄い木の手紙で知ったからだ。エイリーク辺境伯からの要請もあって仲間と一緒に島へ向かうつもりである。
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
「大事なんてケチくせぇこといってねぇで、みんなで腹いっぱいに食べて飲んでくれよ。あ、いくらなんでも食い物代わりじゃもったいないよな」
 笑った後でハンスがアーレアンに右手を差しだす。
「‥‥死ぬんじゃねぇぞ。また、パリの酒場で呑んで騒ごうや」
「わかった。約束だ」
 アーレアンはハンスと強く握手を交わしてからカウンターで仲間の募集をかけるのであった。

●今回の参加者

 ea2762 シャクリローゼ・ライラ(28歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea5640 リュリス・アルフェイン(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea7900 諫早 似鳥(38歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 ea7929 ルイーゼ・コゥ(37歳・♀・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea8341 壬護 蒼樹(32歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 eb2257 パラーリア・ゲラー(29歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec4801 リーマ・アベツ(34歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

アニエス・グラン・クリュ(eb2949)/ ラムセス・ミンス(ec4491

●リプレイ本文

●戦いの場へ
「それじゃあよ。さすがにこれ以上はいられねぇから、この後に来るパリ行きの船で戻るわ」
「ありがとな、ハンス」
 夜が明けたばかりのドレスタット船着き場。パリ冒険者ギルド員のハンスは帰りのついでにアーレアンの見送りに来ていた。
「ハンス、ちょいといいかい?」
 アーレアンと挨拶を交わし終えたハンスに諫早似鳥(ea7900)が近づいて小声で話しかける。
「元々アーレは女運悪かったが‥最近は特にヤバイ。クールネとベタベタだし、風の精霊に見惚れてたって聞くし。パリに戻ったら飲み会でも企ててフツーの人間の女のコ宛がってやってよ」
「そうなんか?」
 最後にハンスの肩をポンポンと叩いた諫早似鳥であった。
「オレは結局守り抜く‥そう、あいつのためにも」
 リュリス・アルフェイン(ea5640)は仲間達から少し離れたところで、これから乗り込む海戦騎士団のエグゾセ号を眺めていた。
 数年前、ドレスタットとイグドラシル遺跡の島はデビノマニの企みで大混乱に陥った過去がある。リュリスはその頃を鮮明に思いだす。共に戦った仲間、優しかった少女、フランクに帰って行ったあいつ。イグドラシル遺跡の島を守るというのは同時にドレスタットの平和にも繋がるはずであった。
「なんだか嫌な予感がするので途中までついてゆくのデス」
「それなら許可をとってくるから。ここで待っていて」
 見送りのラムセスが途中までの同行を願ったので、壬護蒼樹(ea8341)は仲間達とエグゾセ号の船長に話をつける。
 出航の準備が終わった頃に一行はエグゾセ号へと乗船した。張られた帆が風を受けて北東を目指す。
「戦いのときには前線の皆様の背後を護りますが、移動も必要になるはずですわ。わたくしに力を貸して下さいね」
 シャクリローゼ・ライラ(ea2762)は船倉でペガサスの世話をしていた。羽根で飛びながら鬣を整えてあげる。側にはジニールのネフリティスも浮かぶ。
 隣にはペガサス・黎明と一緒の雀尾嵐淡(ec0843)の姿もある。
「おそらく戦闘の間は背中を借りることになるはず。敵は多くのデビルで、狙うはダバのドステリィーアです。天使の力を貸してください」
 話しかける雀尾嵐淡にペガサスが小さく嘶いた。また翼を持つ猫のようなシムルの易月も瞳を輝かせている。
「ドステリィーアが再び襲ってくるのは湖周辺にズゥンビが現れたところからも、まず間違いない。どちらかといえば戦いが始まる前に間に合ってくれるかどうか心配した方がいいぐらいかな」
「うん、決戦だねっ。頑張って、世界樹さんをおまもりしよ〜」
 甲板でアーレアンと並んでいたパラーリア・ゲラー(eb2257)は『お〜』と手を挙げた。しどろもどろしながらアーレアンも一緒に腕を挙げる。
「ついに来るンか、ドステリィーア」
 アーレアンとパラーリアの頭上にあるマスト部分にシフールのルイーゼ・コゥ(ea7929)は座っていた。出航前にアーレアンを通じてもらったハンスからのソルフの実の一つを取りだしてじっと見つめる。
(「‥‥ウチがどれだけ役に立てるかはよぅ分からんけど、頑張るしかないわぁ」)
 グッとソルフの実を握りしめたルイーゼはまだ見えないイグドラシル遺跡の島の方角を望む。
 食堂室での昼食時、リーマ・アベツ(ec4801)はフォーノリッヂのスクロールで視た未来を仲間達に報告した。
「激しい戦いが起こる事は間違いありません」
 『ドステリィーア』、『エイリーク辺境伯』、『ペルル』、『オーディン』、『ブリュンヒルデ』と様々な単語を組み合わせてみたところ、一部に戦いの情景が現れたとリーマは語る。一行は気を引き締めるのだった。
 暮れなずむ頃、ラムセスはウェザーコントロールで天候を変化させてから空飛ぶ絨毯でドレスタットへ帰ってゆく。海の上空だと沈む可能性があるので陸を伝って。
 曇りの天気が次第に崩れていった。
 海上の海戦騎士団の船影が見えるとルイーゼは自らの羽根で一足先に飛び、エイリーク辺境伯との面会を望んだ。
 そしてデビル・ヴェパールはニュートラルマジックが使えるかも知れないと伝えた。そうでなかったとしても他に使い手がデビル側にいるかも知れず、島の精霊の協力によってウォーターダイブを付与しての海中戦を想定しているのならば注意が必要だとも付け加える。
「頼ンます」
 伝え終わるとルイーゼはエイリーク辺境伯へ丁寧に別れの挨拶をし、すでに小舟で海岸へ上陸していた仲間達の元へと急ぐ。
「兵士二百人というと多そうですが、湖の広さからするとあまりにも少ない感じですね」
「俺もそう思うな。とはいえ、湖を取り囲むように配置するのは千人いたって不可能だし‥‥難しいところだね」
 湖畔の係留所へ歩いて向かう途中、巡回の兵士達の姿を見た壬護蒼樹が隣のアーレアンに話しかける。
 オーディンとエイリーク辺境伯との話し合いで決められた通り、兵士と一緒に精霊も行動していた。ルイーゼによれば海上の海戦騎士団の帆船でも何体か見かけたという。
 イグドラシル遺跡の島がある湖は、湖というには広すぎる。余裕で大きめの領地一つ分はあり、それは係留所から島まで中型帆船で半日弱かかる状況からもうかがえた。
 精霊達の魔法障壁と相まって海と間違える程の広さ故に辿り着ける者は殆どいない。だが、デビルにとってそうではないのは誰にでも容易く想像が出来る。
 雨雲のせいですでに日が暮れる前に周囲は暗くなっていた。ルイーゼが出現させたライトの光球を頼りに湖畔の係留所へと辿り着く。
 アンデッド避けも含まれる雀尾嵐淡のホーリーライトを使わなかったのはわざとだ。もしズゥンビが現れたのなら、少しでも数減らしをしようと冒険者達は考えていたからだ。残念ながら遭遇せずに済んでしまったのだが。
 諫早似鳥は係留所周辺に待機していた兵の中で腕の良さそうな者に持っていた弓を貸しだす。弓の性能差によって味方の誰かが命拾いする事もあるかも知れないと。
 シャクリローゼはズゥンビに効果のある品を兵士に提供するのだった。
 ここ最近の状況を兵達に聞きながら一行は一晩を過ごした。
 夜明けと共に中型帆船へと乗り込み、ルイーゼの指揮の元で出航する。見上げればドラゴンが飛翔し、湖面を眺めればワーシャークやセイレーンの影が通過してゆく。
 蟻の隙間もない警戒というと大げさだが、この状況下でデビルが島に近づくのは容易ではないだろう。一つや二つの布陣を突破したところでやがて見破られるはずである。
 隠密で近づくのが無理ならば、騒ぎに乗じて潜入するのが常道だ。デビルを感知する方法はいくつかあるものの、ドステリィーアだけを探しだすのは非常に困難と思われる。無いわけではないのだが、果たして混乱の最中でうまくいくかどうかは賭であった。
 もっとも魔法障壁を突破するのに少数のデビルでは難しく、その点についてはイグドラシル側の有利といってよい。
 島へ上陸してから冒険者達はまずヴァルキューレのブリュンヒルデに囮についてを相談する。ドラゴンの代表であるミスティドラゴンのペルルにも話は通すが、まずは当事者の許可を先にとるべきと考えたからだ。
 ブリュンヒルデは即座に賛成してくれた。この時、作戦に必要な品も渡される。
 壬護蒼樹の質問に魔法障壁と雨などの外界との接触はいろいろな状況があるとブリュンヒルデが答える。
 魔法や魔的な存在のみを排除する状況。普通の存在だけを遮断する状況。両方を遮断する状況。魔法障壁を張らない状況も含めると四つの段階があるという。
 デビルを通過させないのみであれば魔法や魔的な存在だけを遮断すればよいのだが、ノームのようなデビルに荷担した人のウィザードがいた場合は問題になる。万全を期すならばすべてを遮断し、極一部に穴を開けて味方を出入りさせるのが有効な策だ。
 デビルの透明化を見分ける為に雨を降らせるのは有効な手だが、それによって魔法障壁の形が露わになるのは仕方がなかった。
 フィディエル・クールネによるレインコントロールによって引き続き雨は可能な限り保たれる事となる。
 シャクリローゼは自らの羽根で飛んで魔法障壁を確認する。リヴィールマジックを使わなくても確かに雨が弾く状況で魔法障壁の形状は丸見えであった。
 冒険者を含めてあらためて精霊と龍、ビーストマンの代表者達との会議が行われる。決定事項は湖周辺を守る兵士達にも伝えられた。
 兵士の代表が会議に加わらなかったのは、当初からの取り決めによるものである。
 イグドラシル遺跡の島を含めて湖周辺の防衛体制は整う。
 日を追うごとにズゥンビ発見と退治の報が伝えられてくる。インプなどの密偵との衝突も確認された。
 ところが八日目の朝から深夜にかけて、デビル側の動きがまったくなくなる。恐らく戦いの前の嵐の静けさであろうとイグドラシル側の誰もが感じ取っていた。
 そして九日目の夜明け前、ズゥンビの大攻勢が始まる。かつて人であった存在の他に熊や狼などの森獣のズゥンビも多数目撃された。この為の用意をドステリィーア率いるデビル側はしていたのだろう。
 ズゥンビの出現からわずかに遅れて空中偵察を行っていたムーンドラゴンからデビル集団の接近がテレパシーで報告されるのだった。

●海
 エイリーク辺境伯が指揮を執る海上の海戦騎士団もまた戦闘に突入していた。エグゾセ号を加えた六隻が波飛沫をあげて陣形を組む。
 海中をワーシャークとセイレーン達に任せ、騎士達はウォーターウォークによる戦いを繰り広げた。
 動く波に合わせて駆け回り、空中から攻めてくるデビルを刃で両断する。騎士団の帆船からは弓矢による援護も行われた。一部の騎士はクロスボウを装備しており、強力なボルトがデビルの翼を切り裂く。特別に乗船させていたウィザードの援護も戦力として機能していた。
「戦いの様子が見えていないのか、わざわざ近づいてくるなど。いや‥‥そういう事か。直ちにあの船に接舷させろ!!」
 エイリーク辺境伯は近づいてくる帆船二隻を知って船長に指示を出す。おそらくはデビルの魅了でたぶらかされた者達が動かす船に違いなかった。
 ヴェパールに魅了の能力がなかったとしても、備えた下級デビルを使えばよい。無実の者と戦わせて相手の戦意喪失を狙うのはデビルの常套手段である。
 地上で繰り広げられているズゥンビ攻撃も同様のものだ。かつて人であった存在と戦うとなれば躊躇してしまう者も多い。
「あの船の者達を殺してしまうのですか?」
「いや、それではあいつらの思うつぼだ。スリープの魔法が使える吟遊詩人を何人か連れてきているからな。ここで活躍してもらう」
「あの奏者の女性等を連れてきたのは、そういう事でしたか。わたしはてっきり‥‥いや、何でも御座いませんぞ」
「口が達者になったな、船長。とにかくヴェパールにとっては苛つく状況に違いない。我慢しきれず、のこのこと現れたのなら、その時には――」
 船長と話すエイリーク辺境伯は下げていた剣に手をかけるのだった。

●混戦の最中で
「ドステリィーアは何処に。わたくしを倒せばお前達にとって邪魔であろう魔法障壁は消滅しよう!」
 島から北西の魔法障壁外側の湖上空。ブリュンヒルデは迫り来るデビルと戦っていた。
 時に遠くまで届くようにヴェントリラキュイで呼びかける相手は、敵の指揮官であるドステリィーア。核となる自分を倒せば島を囲う魔法障壁が維持出来なくなると告げ、さらに一対一での戦いを所望すると叫んでいた。
 すでに朝は訪れているはずだが、雨雲のせいで周囲はとても暗かった。
 襲ってくるデビルをブリュンヒルデは風の精霊魔法で蹴散らす。周囲を飛び交うドラゴンも、その絶大な力を持ってデビルを消滅させてゆく。
 ブリュンヒルデを倒したからといって魔法障壁が崩れる訳ではなかった。すべてはドステリィーアをおびき寄せる為の罠であり、嘘だ。
 時にはわざとデビルの攻撃を受けて、ブリュンヒルデは自らを傷つけていった。そうすればドステリィーアが止めを刺しにやってくるだろうと。
 その頃、多くの冒険者は湖上の中型帆船の甲板にいた。ビーストマンや精霊の姿もある。
「ドステリィーアが正々堂々とブリュンヒルデと一対一の決闘をするとは考えられないからね。やってくるとしても、汚い手を使うに決まっているさ」
「ドステリィーアを発見出来れば、俺達に勝機が――」
 諫早似鳥がブリュンヒルデの戦いを見上げながらアーレアンに話しかけた。中型帆船は魔法障壁の内側。つまり戦いにはまだ参加していない。
 乱戦に巻き込まれれば、全体を把握するのが難しくなる。そうなればドステリィーアを探し出せるはずもなかった。ここはぐっと堪えて待ち続ける冒険者達であった。
(「駒を失い、企ても上手く行かず‥‥。自分の立場もずんずん悪くなっているのに、何でこうも続けるのか‥‥」)
 襲ってくるデビルの様子を眺めて壬護蒼樹がため息をつく。
 デビルの本体は地獄階層のどこかにあって地上にある身体は偽り。それ故に無謀な行動もとれるのであろうが、だからといってすべてを理解し得るものではない。
 壬護蒼樹は『光の槍+3』の柄を強く握りしめて決意を新たにする。ここを護りきることこそが自分達の明日に繋がる道なのだと。
「あちらでも、えろう激しい戦いが繰り広げられてますわ。ペルルはんもきっとあの中やね」
 ルイーゼは甲板室の屋根に座って遠くの空を眺めていた。雨降りの天候のせいだけでなく、一部が黒くなっているのはドラゴンやデビルが密集して飛び交っているせいだ。
 デビルの軍団があの辺りの魔法障壁に穴を空けようとしているのだろう。
 中型帆船はわざと離した湖面に停船していた。デビル側の戦力を分散させ、ドステリィーアに島へ近づけさせない為の策である。
 ブレスセンサーを念のために発動させておいたルイーゼである。
 ルイーゼのすぐ近くには雀尾嵐淡とリーマの姿があった。
「この近辺の魔法障壁内にデビルの姿はありません」
 雀尾嵐淡はルイーゼを見上げ、デティクトアンデッドの結果を報告する。
「おかしな振動は感じられません。魔法障壁内の水中で戦いが起こっている様子もないです」
 リーマはバイブレーションセンサーの結果をルイーゼに説明した。
「任せといてな」
 ルイーゼは二人からの情報を受け取ると、ヴェントリラキュイで遠方の味方に伝えてゆく。
「ちろ〜、もう少し待っててね〜。そのときが来たら頼むのにゃ〜〜」
 パラーリアはロック鳥・ちろの背中に乗って中型帆船の上を旋回する。空中には仲間達を乗せてくれるドラゴンの姿もある。
 ドステリィーアを倒すのは手段であって目的ではなかった。
 デビル側の指揮を乱すためにドステリィーアを戦いの早い段階で仕留める必要があったのだ。終盤になってから倒せたとしても後の祭り。その時には世界樹に眠る魔法物品の数々が危険に晒されているかも知れない。
「よろしくお願いしますわ〜。それでは次はアーレアン様っと」
 シャクリローゼはテレスコープを仲間にかけて回る。最初は自分一人でやっていたのだが、焦点が合わせにくくて広い範囲をカバー出来ないのがよくわかったからである。
 魔法障壁以外の何もない空間で雨粒が弾けていれば、透明化しているドステリィーアの可能性は非常に高い。
 ドステリィーア以外のデビルである場合も当然あるのだが、ここは賭だ。
 冒険者達は遠くの空を観察し続ける。
「おったわ! えっと方角は――」
 ルイーゼが透明化していると思われる存在を発見する。その方角を指し示し、冒険者全員が確認する。
 即座に補助魔法のかけ直しが行われた。
 アーレアンのフレイムエリベイション、雀尾嵐淡のレジストデビルなど。
 騎乗のペット達にもかけられたのはハンスが持ってきてくれたソルフの実のおかげだ。魔法を得意とする者は充分に補充する。
「この前の続きといこうじゃねえか!」
 リュリスが真っ先に船縁からムーンドラゴンの背へ飛び移った。
 次々と冒険者達が空へと舞いあがる。
 シャクリローゼと雀尾嵐淡はそれぞれのペガサスに乗って天駆ける。パラーリアはロック鳥で仲間達と合流する。
 魔法障壁の一部が円状に開き、冒険者達を乗せた騎獣が潜り抜けると即座に閉まる。魔法障壁の遮蔽がなくなれば当然、降りしきる雨の中であった。
 身体に当たる雨粒は非常に痛い。
 ルイーゼ、諫早似鳥、パラーリアはテレスコープなしの裸眼で透明な何かを目視する。
 冒険者達の動きに気がついたブリュンヒルデも動きだす。ザコのデビルはドラゴン達に任せて、自らは風のような速さで宙を移動した。
「まっすぐや!」
 ルイーゼが高速のライトニングサンダーボルトの稲妻を走らせ、目標位置を教える。
「見にくいけど間違えないでね〜」
 パラーリアも矢を飛ばして方向指示の補助を続ける。
 ムーンドラゴンによるムーンアローも行き先を示した。
(「例のやつ、頼んだよ」)
 一定距離まで近づくと諫早似鳥がテレパシーリングで得た念波でドラゴンの代表に号令を出す。その一体のドラゴンに合わせて一斉にフラップストームが放たれた。縦横無尽の乱風が周囲にいたデビルも巻き込んでゆく。
 そして透明化していた存在も正体を現す。間違いなく見知るドステリィーアであった。
「おのれ!」
 フラップストームへの仕返しか、ドステリィーアはブリュンヒルデに向かって炎の息をまき散らす。諫早似鳥がくれた泰山府君の呪符のおかげでブリュンヒルデは戦いを続行する。
 多数のデビルがブラックフレイムの漆黒の炎を冒険者達に向けて一斉に放つ。
「ドステリィーア、思い通りにはさせませんよ。島も世界樹も」
 雷をまとうブリュンヒルデの槍がドステリィーアに向かって飛んで左肩の一部分を削ぐ。
(「リュリスさん、今のうちに」)
 壬護蒼樹は光の槍のレミエラによって攻撃するたびにソニックブームを放ち、ドステリィーアを護ろうとするデビルの再集結を防いだ。
(「南方向は俺が!」)
 アーレアンはクールネのウォーターウォークによって湖面へと降りていた。レミエラによって適度な大きさにしたファイヤーボムを頭上で爆発させる。
「何故! これは‥‥」
 突然、ドステリィーアが裏返った声をあげた。胸元に何かが刺さったようだが、何も見えなかったからだ。
 しかしすぐにドステリィーアは理解した。自分に突き立てた剣でぶら下がる男が目の前に現れる。インビジブルで透明化して一気に近づいたリュリスであった。透明化でイグドラシル側に一泡吹かせようとしていたドステリィーアが、逆に透明化で失態をおかした瞬間だ。
 ドラゴンとリュリスの両方にインビジブルをかけたのはシャクリローゼ。リュリスはウィングシールドによってフライの魔法を得て、ドステリィーア目がけてドラゴンから飛び降りたのである。
 ドステリィーアが空中で逆さまになり、リュリスの『グラム+1ドラゴンスレイヤー』は抜け落ちる。リュリスはフライで落下を調整し、再びドラゴンの背へ飛び乗った。
「そこ!」
 雀尾嵐淡がドステリィーアにニュートラルマジックで解呪を試みた。エヴォリューションがかかっていると何かと厄介だからだ。
「逃がしません!」
 リーマはグラビティーキャノンによって衝撃を与えると同時にドステリィーアの姿勢を崩させる。
「こんなはずでは‥‥」
 ドステリィーアは血のようなものを口から吐きだしながら呟いた。
「魔法障壁の中にすら入り込めなかったあなたを、果たして上位のデビルが許すでしょうか。地獄で待ち受けているのは何でしょうね」
 ブリュンヒルデのウインドスラッシュがドステリィーアの右足を斬り裂いた。
「もうこの世界に来ないでください‥‥」
 大上段から突き立てられた壬護蒼樹の槍がドステリィーアの持っていた剣の刃を粉々に砕く。
「地獄へ戻んな!」
 ドラゴンの上に立つリュリスがドステリィーアとすれ違いざまに剣を振り切る。腹から刃が抜けていったドステリィーアがだらりと上半身を曲げた。
「アガ‥‥リアレプト‥‥様」
 落下してゆくドステリィーアの最後の言葉をシャクリローゼが耳にする。湖面に達することなく、ドステリィーアの身体は散り散りとなってこの世界から消え去った。
 戦いは続いたものの、指揮系統が崩れたデビル側は次第に崩壊する。昼前には決着がつき、イグドラシル側の勝利で終わる。
 同じ頃、海での戦いも海戦騎士団の勝利で終わる。エイリーク辺境伯自らがヴェパールを倒したとの報が島に伝えられたのであった。

●そして
「ねねっ、ドラゴンさんにへんしんできるよ〜なアイテムってあるの〜?」
 戦いが終わり、パラーリアはミスティドラゴンのペルルの元を訪れる。指輪でオーラテレパスの力を得て話しかけた。
「世界樹にそのような品があるかはわからぬが‥‥、竜魔法の中に『竜の姿』というものがある。あいにくと俺では他者にかけるのは叶わぬがな。世界樹の品の中には、あるいはその『竜の姿』を扱える品が隠されているかも知れんな」
 ブリュンヒルデに貸して欲しいなどと無理をいってはいけないと最初に告げてから、ペルルはパラーリアに教えてくれる。
 宵の口、シャクリローゼは紅葉の大木の枝に座り、安らぎの竪琴を奏でた。これまでも毎夜鳴らしてきたのだが、戦いのあった今日は特に気持ちを込める。
(「これでこの島も安全‥‥。名残惜しいですが最後になるかも知れませんわ」)
 シャクリローゼは忘れないようにと月下に照らされる島の景色を瞳の奥に焼き付ける。
 雨は止み、夜空には雲一つなかった。月と共に星が散らばる。
「いろいろ助けてくれてありがとな〜。半日で着くからあんまり寝泊まりした事はないけど、今夜ぐらいはな〜」
 ルイーゼは中型帆船で一晩を過ごす。航海士として船には人一倍思い入れを感じてしまうルイーゼだ。
「護り通せたようだな‥‥」
 リュリスは一晩中、木の幹に寄りかかりながら世界樹を眺めて過ごす。
(「島にデビルを一切上陸させなかったのは上出来‥‥か」)
 城のような廃墟の一室の暖炉の前で諫早似鳥はこれまでの経緯を思いだす。
「嬉しそうですね。とても」
 雀尾嵐淡はペガサスとシムルの様子を見て自らも微笑む。デビルの野望が砕けるのを目撃して喜んでいるように感じられた。
「今夜は仲間と遊んできても構いませんよ」
 リーマはミスラのデュナミスとジニールのゾフィエルを部屋の窓から送り出す。島の精霊達との交流もこれで最後になるかも知れないからだ。
「あ、壬護さん。どこかにいってたの?」
「ワーシャークの集落に顔を出してきたんです」
 壬護蒼樹は廃墟の部屋へ戻る途中でアーレアンと会う。そしてヒリーノの赤ん坊は元気に育っていると伝えた。
 冒険者達は最後にもう一度、ブリュンヒルデ、ペルル、そしてオーディンと面会し、深く感謝される。すべてが終わったとしてクールネも島を立ち去る事となった。
 エイリーク辺境伯はまだドレスタットには戻っておらず、同じ帆船での帰港になる。
 航海の途中でエイリーク辺境伯から冒険者達はそれなりの謝礼を受け取った。
「もう一度、あの島へ行きたい気持ちもあるけど‥‥、上陸の許可は元々特別だったからね」
 ドレスタットの船着き場へ降り立った時、アーレアンは名残惜しそうに湖の方角を眺めるのだった。