刀吉の嘘 〜シルヴァン〜
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■シリーズシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 56 C
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:11月24日〜12月09日
リプレイ公開日:2009年12月02日
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●オープニング
パリ北西に位置するヴェルナー領は、ブランシュ騎士団黒分隊長ラルフ・ヴェルナーの領地である。
その領内の森深い場所に、煙が立ち昇る村があった。
村の名前は『タマハガネ』。
鍛冶職人の村である。
鍛冶といっても他と赴きが違う。ジャパン豊後の流れを汲む作刀鍛冶集団であった。
村の中心となる人物の名はシルヴァン・ドラノエ。ドワーフである彼はジャパンでの刀鍛冶修行の後、ラルフの懇意により村を一つ与えられた。
ジャパンでの修行後期に作られた何振りかの刀が帰国以前にノルマン王国へ輸入され、王宮内ですでに名声が高まっていたのだ。
ジャパンから連れてきた刀吉と鍔九郎、そして新たに集められた鍛冶職人によって炎との格闘の日々が続いていた。
地獄のアガリアレプト階層にヴェルナーエペを届けたその後、シルヴァンは医者にかかる為にパリへ残った。
一時は心配したものの日に日にシルヴァンの体調もよくなり、付き添いの刀吉も安心する。
ヴェルナーエペを完成させてラルフ・ヴェルナー卿に届けられたのが何よりの薬だったようだ。心にかかっていた重圧が軽くなったおかげかも知れない。
しばらくしてパリの宿に刀吉宛で手紙が届いた。
送り主はエルザであったが、中身の文章は鍔九郎の手によるものだ。シルヴァンに心労をかけまいとする鍔九郎なりの心遣いであった。
(「そうか‥‥」)
読み終わると刀吉は目を瞑って唇を噛んだ。手紙にはアンデッドスレイヤーの制作が遅れているとしたためられていた。
短い期間に、かなりの数を仕上げなければならない。
なまくらならともかく、まともな刃を一気に仕上げるにはすべてが足りなかった。いくら有能な職人が揃っているタマハガネ村とはいえ難しい状況だ。
そもそも鍔九郎一人ですべてを取り仕切るのは無理がある。彼が劣っているのではなく、おそらくシルヴァンだけでも難しいだろう。
シルヴァンの指揮を自分と鍔九郎が支える。そうやってタマハガネ村はやってきたのだという自負が刀吉にはあった。
「どうしたのだ、刀吉。難しい顔をして」
「いや、なんでもありません。エルザさんが鍔九郎と喧嘩したらしいのですが、仲直りするのを手伝って欲しいという手紙でした。そうそう、夕食用によい魚が手に入りましたので、宿の女将に調理してもらうつもりです」
刀吉はベットに横たわるシルヴァンに何も伝えなかった。そして誤魔化す為に嘘をつく。
シルヴァンに教えれば、タマハガネ村へすぐに戻るというに違いなかった。せめて自分だけでも帰って手伝いたいのだが、そうすればすべてがばれてしまう。
(「すみませぬ‥‥」)
刀吉はこの事実をシルヴァンに伝えないと心に決めた。たとえ破門になろうとも、今は師匠の身体の方が大事であると。
そうはいってもタマハガネ村と鍔九郎を見捨てられるはずもない。刀吉はシルヴァンに内緒で冒険者ギルドに出向いて募集をかけた。
地獄のアガリアレプト階層での戦いに備えて、必要数のアンデッドスレイヤーを打ちあげてもらう為の依頼であった。
●リプレイ本文
●パリ早朝
パリのある宿。
「とても気になっていまして‥‥」
「空と海の絵か。おそらくはラルフ殿の描かれたものだろう」
ベットに横たわるシルヴァンは寝返りをして看病に訪れていたアニエスの問いに答える。そして絵筆を持つのがブランシュ騎士団黒分隊長ラルフの趣味であるのを知っている者は少ないと続けた。
「刀吉さんには体力のつく料理を作るための食材をお願いしましたわ」
椅子に座るセレストはシルヴァンの為にナイフで林檎の皮を剥く。
刀吉は朝市に行って来るといって出かけていた。娘のアニエスから借りた指輪で付与したテレパシーでセレストが相談して出かける機会を作ったのである。これからタマハガネ村に出発する馬車を見送ってあげて欲しいと。
「これで具合はどうでしょうか?」
「ありがとう、メグレズさん。大分楽になった」
メグレズはギブライフでシルヴァンに体力を分け与える。不調の原因は主に心労なのだが、その気持ちが嬉しいシルヴァンであった。
その頃、冒険者ギルド近くの空き地から一両の馬車がタマハガネ村に旅立とうとしていた。
「本当なら、わたしも駆けつけなくてはならないのですが‥‥」
馬車周辺の冒険者達に刀吉は申し訳なさそうに声をかける。
「シルヴァンさんが無事なら、作業するのに何の心配もないわ。思う存分やってくるわね♪」
ナオミ・ファラーノ(ea7372)が胸の前まで両腕をあげて元気なポーズをとった。この空き地へ来る前にナオミは自らが作刀した斧『バーガトリアル』を依頼主のセレストに渡していた。
「シルヴァンさんには随分お世話になりましたからね。この程度のことなら、お安い御用です」
朧虚焔(eb2927)は窓から手を伸ばして刀吉と握手をする。
「そうそう。暫く己の刀だけを打たせてもらっていたからな。刀吉殿、気にするな」
腕を組んだ春日龍樹(ec4355)は何度も頷いてみせる。
「鍔九郎さんにもちゃんした料理を食べてもらいますから安心して下さい」
クァイ・エーフォメンス(eb7692)はいつものように食材を買い込んで馬車に載せてあった。
「アンデッドスレイヤー用のフレイの護符が役立っているのなら何より。とはいえ、難儀しているのなら手伝いますぞ」
フレイ・フォーゲル(eb3227)は、武器にアンデッドスレイヤー能力を付与する護符を再現した立て役者である。一足先にフライングブルームで飛び、タマハガネ村に先行するつもりでいた。
「自分は初めての参加だが、村の役に立つのを優先するつもりじゃ。依頼の達成こそ第一」
バルムンク・ゲッタートーア(ea3586)は村へ辿り着く間に、これまで参加していた冒険者達からいろいろと事情を聞くつもりでいた。
「僧兵の妙道院孔宣と申します」
馬車には乗らずに愛馬へ跨る妙道院孔宣(ec5511)はシルヴァンの容態を心配する。刀吉から快方に向かっていると聞いて安心した。
雇った御者にくれぐれも冒険者達を頼むと刀吉が声をかける。その直後、馬車は動き始めた。
一晩の野営を経て、馬車がタマハガネ村に到着したのは二日目の夕方であった。
●差し迫った状況
冒険者達はアンデッドスレイヤーの素体となる武器の形状を何にするのかを道中の間に決めていた。
ナギナタの形をしたクレセントグレイブ型を打つのはナオミとクァイ、春日龍樹とバルムンクの二組。
朧虚焔は村の鍛冶職人と日本刀の姿をしたシルヴァンエペ型を打つ。フレイも別の村の鍛冶職人と組んでのシルヴァンエペ型だ。
妙道院は鍛冶職人全体の補助をするつもりでいた。
「今の所、仕上がっているのは十七振りのみ。地獄のラルフ様に届ける約束なのは五十振りなのでまだまだ足りない状態だ――」
二日目の宵の口、冒険者用の家屋を訪れた鍔九郎がやつれた様子で進捗状況を語る。
一割ブランの合金の方はヒートハンド使いのリエア嬢の頑張りもあってうまく回っていた。問題はやはり刃を打つ作刀である。
タマハガネ村の鍛冶職人達はよくやっているが、このままではとても間に合いそうにもなかった。さらなる細かい打ち合わせをしてから冒険者達は早めに床へつくのだった。
●ナオミとクァイ
三日目の早朝。鍛冶小屋『火床』でナオミとクァイは組んでクレセントグレイブの穂先打ちを始める。
クレセントグレイブの穂先は元々ブラン合金製なので、作刀作業そのものは以前とまったく同じであった。違うのは焼き入れの際にアンデッドスレイヤーの能力を宿らせるフレイの護符を使う工程のみだ。
クァイはブラン合金作りを担当しているウィザード達にブラウリメーのロウソクを贈る。炉の高温を維持するのにとても便利なので、これがあるとないでは大違いであった。
「さすがに一日一振りはきつそうね。拵えや研ぎは専門の職人に任せるとして‥‥一振りを一日半だと考えましょうか」
「質を維持した上では、それがギリギリですね。地獄に現れるアンデッドは陽動などの時間稼ぎ的な役目が多いと思います。かといって放っておくわけにもいきません。なら早くに一掃する為には、それなりの斬れ味が求められるでしょう」
ナオミとクァイは休憩の間だけ言葉を交わす。打っている時にはほとんど無言であった。
夏場に比べれば冬場の火床は過ごしやすい。代わりに炭の扱いが大変になるのだが、質のよいものが揃っているのでそれほどの苦労はしないで済んでいた。
「気にしないで作業をお続け下さい。炭の運搬手配もしておきますので」
妙道院が鍛冶道具の手入れをしてくれるのでとても助かる。
ある日、ナオミは拵えの職人達の作業場を訪ねた。クレセントグレイブはデビルの攻撃をどこでも受けられるよう柄の部分に銀糸が巻かれていた。ズゥンビ系アンデッドが敵ならば銀を採用した策に大した意味はない。作業を軽減するのならこの部分だとナオミは考える。
ジャパンの銀箔を使う案は作る為の時間と強度の部分で不安が残ると拵えの職人達との話し合いで退けられる。最終的にはニカワによる革張りが効率的だという結果に至った。
これまでもそうであったが柄と穂先の接合部分の形状は同一にするようにナオミはより心がける。クァイにも賛同してもらった。
相槌役を交代しながら二人は穂先打ちを続ける。
ナオミは希望者にフレイムエリベイションをかけて士気向上をはかった。とはいえ倒れてしまっては元も子もない。夜はしっかりと眠るように心がける。
クァイは岩塩と蜂蜜の飲料を欠かさず提供して仲間達の体調を整えるのであった。
●春日龍樹とバルムンク
「急いでなまくらを打ったとあればシルヴァン殿に申し訳が立たないからな!」
春日龍樹が振るった大鎚が激しく火花を散らす。
ナオミとクァイ・コンビと同じ火床で春日龍樹とバルムンクもクレセントグレイブを打っていた。
日は過ぎ去って、すでに穂先は四振り目である。
一振り目は春日龍樹が穂先打ちの手順を見せるために師の役目となり、バルムンクに相槌役を引き受けてもらった。その時のバルムンクの眼光はとても鋭いものであったという。
「世話になっておる所ではブランは使えなくてのぅ。ブランが無くても打てないものか。自分の目標としては、勝利のルーンを刻んだ剣あるじゃろ。ああいう感じで、刀身にルーン文字を刻み、強化された魔法剣を生み出したいのじゃ」
夕食を一緒に頂く時、バルムンクはいろいろと春日龍樹に話してくれる。
さすがのタマハガネ村でも純ブランでの作刀は稀だ。しかし一割ブラン合金での作刀なら有り触れているといってよい。一割混入のブラン合金でも、とてつもない価値があるのだが。
ヴェルナー領の北にあるトーマ・アロワイヨー領で発見されたブランシュ鉱山。すべてはシルヴァンと懇意の領主ラルフが、その鉱山の一部権利を国王から認められているおかげであった。
「シルヴァン殿ならブランを使わずに玉鋼で魔力が込められた刀剣を打てるのだが、あれはハニエルの護符があってこそだからな」
春日龍樹はアンデッドスレイヤー能力を付与出来る『フレイの護符』と似て非なるデビルスレイヤー能力を付与する『ハニエルの護符』についてを説明する。プリンシュパリティ・ハニエルからシルヴァンの先祖が授かったマジックアイテムだと。
バルムンクは空いた時間を使ってブラン合金を使わずに一振りの剣を打ってみた。アンデッド退治にまつわるルーン文字をヒートハンドで刻んでみたが特に発動する気配はない。
クレセントグレイブの穂先を焼き入れする際に、試しの一振りの剣にもフレイの護符を使わせてもらったが、効果は付与されなかった。魔法金属ブランの効力と合わさって、初めてフレイの護符のアンデッドスレイヤー付与は開花するようだ。
とはいえルーン文字が役に立たなかったという証拠にはなり得ない。単に扱いが間違っていただけという可能性も残っている。
春日龍樹は時間をみてエルザのガラス工房を訪ねた。忙しい鍔九郎を心配して相談しようと考えたのである。
しかし杞憂で終わりそうで安心する。恋人のエルザの膝枕で眠る鍔九郎の姿を見かけたからだ。
(「すべてを一人で背負い込むのは大変だからな」)
春日龍樹は別の日に責任者を何人か下に置いたらどうだと鍔九郎に進言する。
「気持ちはありがたいが、これは俺が乗り越えなければならない試練なのだろう。春日さんや刀吉、みなさんに迷惑をかけているのは承知しているが‥‥。もう少し見守っていて欲しい」
鍔九郎は普段よりも穏やかな表情で春日龍樹に告げるのであった。
●フレイ
「いいですぞ。次の折り返しの作業に移りましょうぞ」
フレイは村の鍛冶職人に相槌役をしてもらい、シルヴァンエペを模した刀剣をうち続ける。その他に火床に多くの鍛冶職人を集めて常に稼働する状況を整えていた。
錬金術師としての名声が高いフレイだが鍛冶の腕も非凡である。
早めに村を訪れて行ったのは道具類の選別も含めた焼き入れ環境の再構築だ。
ポーム町リュミエール図書館での調査が実を結んで出来上がったのがフレイの護符。その能力を余すことなく付与する為にフレイの書にあった通りの環境を忠実に再現する。そこまで追い込まなくても実験の結果通りにアンデッドスレイヤーの能力は刃に宿る。しかしせっかくならば最高の状況で試してみたいのが錬金術師の願望というものだ。焼き入れに関しては可能な限り自らが関わるようにする。
フレイムエリベイションを自分を含めて鍛冶職人達に付与して奮闘を続ける。
滞在の終わりが近づいてきた頃、フレイはレミエラ作りのガラス工房にいるエルザの元を訪ねた。
「エルザ殿、レミエラには錬金術が深く関わっていますぞ。深く知ればそれだけレミエラ作りに役立つはず。どうでしょう。私と本格的に錬金術を学んでみては?」
「‥‥まだやり残した事がたくさんありますし、この国に流れてきたわたしの為にわざわざ工房を作って頂いた恩はまだ返し終わっていません。それにこの村が大好きですし、鍔九郎と離れることは、出来ません」
フレイの申し出にエルザはタマハガネ村を離れる事は出来ないと答えた。
●朧虚焔
(「お礼は刀を打つことで!」)
朧虚焔は村の鍛冶職人と組んでシルヴァンエペの姿を模した刃を作刀する。
拵えをする職人に頼んで通常のシルヴァンエペとは違う房飾りを柄頭につけてもらうつもりでいた。納めるすべてのアンデッドスレイヤーに取り付けられる予定だ。
朧虚焔はただひたすらに鎚を振るう。
激しい金属音。飛び散る火花。真っ赤に輝く炭。
作刀に没頭し続ける。
ある時、朧虚焔は状況を確認しにきた鍔九郎と話す機会を得る。
「北斗七星剣は無事、友人に託すことができました。すでに実戦で振るわれているはずです。シルヴァンさんにはお礼を言いたかったのですが、このような事情であれば刀を打つことでお礼を伝えるつもりです。心配なのは刀吉さんなのですが」
自らが非常に疲れているのに朧虚焔はパリに残った刀吉の心配をした。
「シルヴァン様が完全に快復なされた時、おそらく刀吉はこの度のすべてを伝えて詫びるはず。破門の覚悟もしているだろう。だが、安心してくれ。俺がそうはさせないし、シルヴァン様もご無体な真似はきっとせぬ」
鍔九郎と朧虚焔は妙道院が運んでくれた食事を火床で一緒にとるのであった。
●妙道院
鍛冶道具の手入れの他に妙道院が主に手伝っていたのは拵えの作業である。
拵え専門の職人達に混ざり、シルヴァンエペ型やクレセントグレイブ型のアンデッドスレイヤーの仕上げを行った。
ちなみに焼き入れ後の研ぎ作業の半分以上は鍔九郎が担当している。村一番の研ぎ師は刀吉だが、鍔九郎の腕も捨てたものではなかった。
骨や皮を長時間煮てニカワを作り、それで革を張ってゆく。その他にもクレセントグレイブ用の木製柄に蒸気をあてて真っ直ぐにするなどの地道な作業を担当してくれたのが妙道院だ。
「しばらくは私がやりましょう。任せて下さい」
クァイが食事の用意をしなければならない時には、妙道院が相槌役を代わって真っ赤になったブラン合金を叩いた。ゴヴニュの麦酒も使って足手まといにならないように気を遣う。
冷水、藁、藁灰、炭などの用意も気がついた妙道院がやってくれる。おかげで助かった鍛冶職人もかなりいた。
●そして
十三日目の深夜から十四日目の朝にかけて最後の焼き入れが行われる。
床に並べられたのはシルヴァンエペ型のアンデッドスレイヤーが十八振り。クレセントグレイブ型のアンデッドスレイヤーが十五柄。
すでに出来上がっていた十七振りと合わせて納める予定の五十が揃う。拵えについては冒険者達がパリへ帰る間にすべてが仕上がるだろう。
眠い目を擦りながら冒険者達はそのままパリへの帰路についた。
十五日目の夕方にパリへ到着。冒険者ギルドで追加の報酬を分け合って解散となる。
「少し宿に顔を出してみようかしら。勿論、今回の仕事の事は内緒で、ね」
「それはいいな。俺もつき合おう」
ナオミと春日龍樹はシルヴァンを見舞う事にする。
「私も一緒に行こう」
「内緒は守ります。夕食がまだなら何かお作りするのもいいですね」
朧虚焔とクァイも二人の会話を耳にしてついてゆく。他にも宿へ向かった冒険者はきっといたはずだ。
ただ、タマハガネ村で作刀してきた事は誰もシルヴァンに話しはしなかった。