●リプレイ本文
●出発の時
早朝のパリ船着き場には、帆船ヴォワ・ラクテ号へ乗る冒険者達が少しずつ集まり始めていた。
「聖なる母の祝福を」
テンプルナイトのエリーは大宗院透(ea0050)と大宗院鳴(ea1569)を前にして祈りを捧げる。淋麗もエリーと一緒に旅の安全と依頼の完遂を願う。
(「確か、ギルド員からの情報だと男だったような‥‥」)
四人の様子を甲板から見下ろしていたエリスは腕を組んだ。気にしていたのは大宗院透の格好である。どう見てもメイド服姿の女性だ。
「ま、いいか。仕事さえちゃんとしてくれれば。けど、うちの半分は女の船乗りだから、ちゃんと伝えておかないとね」
天を仰いだエリスは船縁に寄りかかる。しばらくは晴れが続くと思われるよい天気であった。
「ちょっといいだろうか?」
「いいわよ。なんの用?」
ベイン・ヴァル(ea1987)がエリスの横に並ぶ。エリスが訊かれたのは目撃したというモンスターの情報だ。
「私達にも聞かせて欲しい」
ペガサスを船倉に預けてきたアレーナ・オレアリス(eb3532)がオグマ・リゴネメティス(ec3793)と一緒に現れる。
「本気で観察したんじゃないんだけどね――」
エリスは出来る限り細かく、目撃の様子を語る。アリアンテからの情報も付け加えた。
少しずつモンスターの知識があるベインとオグマは意見を出し合う。結果、二体共に空を飛べる風の精霊であろうとまでは推測した。ただし、具体的な名前までは判明せずに終わる。
「エリスさん、お久しぶりです。またお手伝いにきましたわ」
「来てくれたのね。助かるわ」
まるごとウサギさん姿のリスティア・レノン(eb9226)はエリスに挨拶をするとスクロール作成を話題にした。以前にも似た事をやっていたのをエリスは覚えていた。
「休憩時間をどう使おうと勝手だけどさ。酒場で凄いって噂されるウィザードの呑み交わした時に聞いたんだけど、旅の間での作成はまず不可能だっていってたよ。長時間の集中が必要だとか何とか。さらに船は揺れるもんだし」
「そうなのですか‥‥。ひとまず確認の意味も込めて今回も試してみます」
リスティアとエリスの話しはしばらく続く。
帆の準備も終わり、全員の乗り込みが確認されたところでヴォワ・ラクテ号は出航する。
セーヌ川を下り、ルーアンを通過して二日目の夕暮れ時に河口を通過した。そこから先は海である。
「わたしも母に負けてられませんね」
出航時のエリーを思いだしながら大宗院鳴は取りだした白御幣を振る。甲板上には冒険者だけでなく、何かが始まるのを察知した多くの船乗りの姿があった。
エリスは余興として許可を出していた。エリスも信じる神様がいるので、今回は寛容の範囲に入っただけである。機嫌が悪ければ却下されていた事だろう。
「それでは、航海の無事を建御雷之男神様にお祈りしたいと思います」
大宗院鳴は神楽を舞い始めるが、途中でピタリと止まる。
「よく考えると建御雷之男神様に祈ると嵐になりそうですね」
振り返って微笑む大宗院鳴の姿に甲板上の全員がずっこけるのだった。
海上での警戒はより強固に行われるようになった。マスト上の見張り台での監視に冒険者達も参加する。
アレーナはペガサスのプロムナードで飛翔し、高度から周囲を見下ろして確認した。
リスティアは泳ぎながらついてくる水神亀甲竜の『鱗で四足』の様子を時々眺めて危険を探る。
大宗院透はバリスタと呼ばれる投石機の搭載についてをエリスに訊ねた。
遠距離攻撃ならば魔法の方が手っ取り早いというのがエリスの考えである。比較的近くならばば弓矢を使った方がよいという理由でヴォワ・ラクテ号には載せられていないらしい。
海上で大凧を使うと沈んでしまう恐れがあるので、大宗院鳴は見張りに徹する。オグマも視力を生かして遠くの空を見続けた。
「曇りか‥‥」
空を観て呟くベインは、オーステンデ出航まもなく急に天候が崩れたというエリスの言葉を重要視していた。
三日目の夕方、オーステンデの船着き場へとヴォワ・ラクテ号は入港する。
行きの航海は無事に終わった。しかし二体のモンスターの目撃はオーステンデを中心にして噂されている。気を引き締めて護衛にあたるつもりの冒険者達であった。
●暗雲
オーステンデへの寄港は三日目夕方から六日目早朝であった。実質的には二日の間に貨物の積み卸しが行われる。
手伝いを申し出る冒険者もいたが、護衛を優先してくれとのエリスの言葉を受け入れてくれた。ある意味では一番危険なのが寄港の間だからだ。
見張りを外れた時に町の中心部へと出かける冒険者もいる。当然船着き場の人々からも話しを伺う。
ベインとアレーナは仕入れてきた情報をエリスが同席する食事の場で仲間に伝えた。
「一体は巨人だと教えてもらっていたが、もう少し具体的な事実がわかった。町中に破壊された木造の一軒があったのだが、どうやら巨人が落下してきたせいらしい。目撃によれば巨人は布を身体に巻き付けた女の体つきで、建物と比較すると高さは四メートル前後。もう一体からの魔法攻撃を受けても平気な顔をして、再び空へ昇っていったそうだ」
ベインが語り終えると、アレーナがもう一体の話題に触れる。
「もう片方は獅子の頭をした三メートル位のモンスターのようね。もっとも目撃例がまちまち。総合すると獅子の頭を持っているが額には老翁の顔があり、身体は山羊に似ていて、鷹のような翼を生やし、四肢はドラゴンのようながっしりとしたもので、尻尾は蛇のようだったらしいな」
話すアレーナを真剣な眼差しで眺めながらエリスが肉塊をかじる。
(「嫌な予感がするわ‥‥」)
口に含んだ食べ物をごくりと胃に押し込めながら、エリスは心の中で呟く。
「もし今戦いがあったらどうするんです? そんなに食べては影響します‥‥」
大宗院透が妹の耳元で囁いた。
「さすが海辺の町だけあって、お魚料理がとってもおいしいですね」
兄の心配を意に介さず大宗院鳴は食べ進めるのであった。
「無理でしたね‥‥」
気を落としながらフォークで焼いた魚を突き刺すリスティアは、スクロール作りに失敗していた。どうもエリスの言う通りのようだ。
「とにかく積み荷を安全に運ぶのが優先されます。敵が空を飛べるのには留意しましょう」
同じ考えを持っていた仲間はオグマの言葉に同意する。
「なんだ?」
突然の雷鳴にベインが船室の窓の戸を開けた。
いつの間にやら天気が崩れて暗雲が立ちこめている。まだ太陽が高いはずなのに日が沈む寸前のようであった。そして稲光が船室内に飛び込んできた。
「もしかすると‥‥」
真っ先にアレーナが船室を飛びだして甲板に向かう。仲間とエリスも後に続いた。
「あれが原因ですか」
大宗院鳴が見上げた方向に全員が釣られて眺める。
噂通りの姿をした二体のモンスターが暗雲の空ですれ違う。
眩しい稲光が天までの柱を作り上げると全員が腹に響く低音に襲われた。道沿いに立っていた大木が真っ二つに裂けてしまう。
「出航はできますか?」
「無理。まだ貨物を全部載せていないわ」
オグマにエリスが答える。
「俺の知識では断言は出来ないが‥‥オーステンデに流れていた噂、ジニールとウェールズで間違いないだろう」
ベインは仲間と共に戦いの準備を行う。
ヴォワ・ラクテ号に被害が及ばなければよいが、そうではない場合は出航が無理な以上戦わなくてはならなかった。
「今、ジニールが放ったのはウィンドスラッシュね‥‥。当たったのに全然平気みたい。あ、今度は逆の攻撃が決まったわ。でもジニールも大して効いた様子じゃないわ」
エリスは風の精霊魔法に長けているので、風の精霊同士の戦いの様子が手に取るよう理解出来た。
「しかし覚えがないわ。ささいなものならともかく、精霊同士がこんなにも激しくやりあうな‥ん‥‥てぇえぇぇ! なんでえぇぇ!」
ウェールズから体当たりを受けたジニールが体勢を崩して落下を始める。自分目がけて近づいてくる様子にエリスは声をあげた。
ギリギリのところでジニールはヴォワ・ラクテ号ではなく海中へと落ちる。激しい飛沫にエリスも冒険者達もびしょ濡れである。
「プロムナード、ホーリーフィールドを」
危険を感じたアレーナが船倉から連れてきたペガサスに聖壁を張ってもらう。
「ただではすまなそうね」
エリスは迫り来るウェールズを見上げて目を細める。大きく開けた口の牙目がけてウインドスラッシュを放った。
「やはり効かないか」
エリスが呟く。命中してもウェールズはまったく怯まず、怪我を負った様子はみられない。
「これを喰らえ!」
ベインが弓を構えて矢を射る。
「これを!」
オグマは狙い定めて矢を放った。
ベインとオグマの矢は見事命中したものの、ウェールズの動きは止まらない。マストの一部をウェールズが牙でかみ砕く。
「この唸り声!」
エリスはウェールズの咆哮を間近にして奥歯を噛む。心の中に恐怖心が沸き上がってくるのを必死に抑える。逃げだしたい恐怖からエリスは踏みとどまるが、そうでない部下もいた。
「やめさせないといけませんね」
リスティアがアイスブリザードを放ち、ウェールズの咆哮を止めさせる。
(「攻撃するのを止めて! 何故、私達を、そして町を狙う?」)
アレーナが指輪の力を借りてオーラテレパスでウェールズに話しかけた。するとウェールズの獅子の額にあった老翁の目と口が開く。
「目障り‥‥ジニール、人、町、消えるが望み。我、支配者なり」
辿々しい話し方であったが、ウェールズはゲルマン語で返事をする。
「次、殺す‥‥。待ってろ‥‥。女ジニール」
ウェールズが鷹の翼を広げて暗雲の彼方へ飛び去っていった。
「そういえば、海に落ちたジニールは?」
エリスが船縁から身を乗りだして海面を覗き込んでも巨人は浮いていない。少し離れた海面でリスティアの水神亀甲竜が浮かんでいるだけだ。
「ふー、助かったわ」
誰かが海中から現れて水神亀甲竜の背中に掴まる。
「あの女性、大きさを別にすればジニールにそっくりですわ」
大宗院鳴の視力はとてもよい。落下してきた状態のジニールもはっきりと確認していたのだ。
「何か、飛んでもない事に巻き込まれたような気がするわ」
水神亀甲竜の背中に乗った女性を救出しながらエリスは呟くのだった。
●イオリーナ
「やっぱり、あのウェールズと戦っていたジニールなのね」
「ジニールですが名前もありますわ。イオリーナと呼んで頂ければ」
ヴォワ・ラクテ号の船室。エリスはイオリーナと名乗るジニールとテーブルを挟んで話し合っていた。冒険者達はその周囲を取り囲む。
「で、話をまとめるとイオリーナがこの辺りの海と海岸付近を治めていたのに、ウェールズのドナフォンがどこからかやってきて風の精霊同士の戦いが始まったと。風の精霊同士、お互いに耐性があって魔法ではなかなか勝負がつかない。そうこうするうちにオーステンデにまで被害が及ぶようになった‥‥でいいのかな?」
「付け加えるとすれば、ドナフォンは人を強く憎んでいます。もうこの辺りを自分のテリトリーと考えていますので、人を排除しようとしているのですわ。忌々しい」
「なるほどね。しかし、まあ元々詳しくないんだけど、ジニールが人の姿、いや大きさになれるなんて知らなかったわ」
「いえ、わたしは特別ですわ。滅多に変身出来るジニールはいないはず。‥‥ところで先程のお願いですが、どうでしょう?」
「ウェールズ退治を手伝って欲しいってやつ? まだ保留かな。一方の話だけじゃ、どうにもね〜。だってさ、あっちの正義の方があたしに合っているかも知れないじゃない?」
「ドナフォンに襲われたばかりじゃありませんか? それに人の敵ですわ」
「アレーナの問いに答えた様子じゃ確かに望みは薄いわね。世間じゃエリス・カーゴは近寄る敵を問答無用で叩き斬るっていわれているけど、まあ、そういう面もなきにしもあらずだけど‥‥それだけじゃないのよ。オーステンデの町を破壊したの、ウェールズだけじゃなくてあなたもだって聞いてるわよ? その辺りはどうなのよ」
「それは‥‥成り行きでそうなってしまって」
エリスとイオリーナの話し合いは延々と続いた。聞いていた冒険者の何人かもだんだんと眠くなる。
話しは二転三転し、結果としてエリスはイオリーナの味方をする事になった。あくまで一応だ。
「人の世界だとオーステンデの町はミリアーナ領の中心地となっている。そこのハニトス領主と今度相談してみようかね。いくら正義の為とはいえ、ただ働きはご免だからね」
エリスはかんらかんらと高笑いをする。
「さすがは広域商人‥‥」
アレーナはエリスの姿を見て苦笑いをするのだった。
●そして
七日目の朝、ヴォワ・ラクテ号はオーステンデを出航した。その時、再会を約束してイオリーナとも別れる。
消費した冒険者の矢はヴォワ・ラクテ号の備品によって補充された。
帰りの航路は順調であり、宵の口にはセーヌ河口を通過する。八日目の昼過ぎにはルーアンへ寄港し、石炭が詰められた木箱を船倉から降ろした。
九日目の昼前にルーアンを離れ、ヴォワ・ラクテ号がパリに着いたのは十日目の暮れなずむ頃である。
「貨物の搬送は無事に済んだ。おかげで助かったよ」
エリスは冒険者達にお礼としてレミエラを贈った。
「オーステンデの領主と交渉が成立したら、イオリーナ絡みで依頼を出すかも知れない。その時はよろしくね」
別れ際、エリスは大きく手を振る。冒険者達は報告を済ませる為にギルドへと向かうのであった。