●リプレイ本文
●準備
早朝のパリの一角にあるエテルネル村出張店『四つ葉のクローバー』で、冒険者達は買い物をしていた。マグダレン・ヴィルルノワ(ea5803)を見送ろうとするアニエスと諫早が案内したのである。
馬車で一緒に移動した方が楽なので、同じく砦『ファニアール』での手伝い依頼に参加したマルキア・セラン(ec5127)、桃代龍牙(ec5385)、賀茂慈海(ec6567)もつき合った。
馬車の御者役を務める迎えの隊員によれば、常識の範囲で討伐隊を労う為の品ならば購入費用は出してくれるという。そこで全員での買い出しと相成る。
「砦の隊員の方々はヴェルナー領出身が多いのです。そこで是非にこちらをと――」
店長ワンバと知己のあるアニエスがマグダレンを紹介する。
「お茶用のリンデンバウムとカモミール、ラベンダーを購入したく。それと愛らしいドライフラワーも」
マグダレンは主にハーブティの材料を買い求めた。エテルネル村の村長デュカスは不在なので代わりにワンバの署名入りの証書をもらう。
「これは馬車までっと」
砦にはたくさんの隊員が駐在するので購入したハーブティもそれなりの量になった。荷運びは諫早が迅速にやってくれた。
「シチュー用の乳は現地で手に入りそうですしねぇ。こちらでも――」
料理に腕を振るうつもりのマルキアは質の良さを感じて、いくつかのチーズとソーセージを手に入れる。大人数が長期滞在しているので、砦には馬や牛の厩舎があるらしい。新鮮な乳は手に入りそうである。
「掃除用の品もありますね。裁縫道具も。もしもを考えて糸や布を多めに購入しておきましょう」
フライングブルームに乗って単独で砦まで向かおうと考えていた賀茂慈海だが、危険があると聞いて仲間達と一緒に向かう事にした。
ヘルズゲートを内包する砦は、常にデビルから狙われている。絶えず戦闘があるわけではないが危険な地域なのは間違いなく、一人で向かうには無理があると助言されたのだった。
(「俺も料理の腕に覚えがあるけど、女性の二人はすごいらしいなあ‥‥」)
桃代龍牙は多種多様な食材を手にとっては木箱に詰めてゆく。この時期にしか食べられない美味い食べ物は山とあった。せっかくなので隊員達に秋の味覚を腹一杯に食べてもらおうと考えていたのである。その他には修繕用にとよさそうな革の切れ端も包んでもらう。
準備が整うとアニエスと諫早に見送られて一行を乗せた馬車がパリを出立する。一晩を野営で過ごし、砦に到着したのは二日目の昼過ぎであった。
●疲弊
到着すると冒険者達はひとまず滞在用の個室へと案内された。その途中で隊員の何人かとすれ違うが、噂通りにやつれた印象を受ける。
遠くでの言い争いの声も耳に届く。まだ統制はとれているようだが、不満を抱えながら激務に堪えているようだ。
取り返しがつかなくなる前にエフォール副長が自分達を呼んだのを冒険者達は実感する。荷物を部屋に置くと、さっそく手伝ってもらいたい仕事場へと案内された。
すでに昼過ぎであり、干している時間がないので洗濯の手伝いは明日からにする。服や鎧などの修復も溜まっているだろうが緊急性は少ないのでこちらも後回しだ。
真っ先にやるべきは食事の用意だと決まる。
その前にと、マグダレンは用意してきたハーブティを隊員達に振る舞った。
「こちらはヴェルナー領産のハーブティで御座います」
全員で協力して湯を沸かしては手分けして淹れて、休んでいる隊員達の元へと運ぶ。シフールのマグダレンは自らの羽根で上の階へとひとっ飛びである。
不公平にならないようにシフトを聞いて、今は働いている隊員達にも後で飲んでもらう予定であった。
ティータイムが一段落するとさっそく夕食に向けての調理を開始する。
元々の担当の料理人が四名、それに手伝いの当番隊員五名が炊事場にはいた。料理人には手伝ってもらうが、当番隊員には自室で休んでもらう。これに関してはハーブティを届けた時にエフォール副長から許可をもらってあった。
「今日の分の水汲みや薪割りは終わっているようだから、明日やるとして――」
桃代龍牙はナイフを片手に野菜を剥き始めた。調理方法に関してはマルキアに任せる。
(「美味い食事で疲弊した隊員達の魂を救う。戦うのは得手ではないが、ここが俺らの戦場だ!」)
桃代龍牙の慣れた手つきで下拵えを続けた。
「これだけの大人数だと湯を沸かすだけでも大変ですね」
賀茂慈海は大釜が載せられた釜戸に薪をくべてゆく。
メニューはシチューと決まったので、筋の多い肉の部分と骨を煮込んで基本のスープを作る。肉を浸したり鍋に入れるワインは残っていた去年の古ワインを利用した。今年のワインは隊員達の喉を直接潤す為にとっておかれる。
火の番をしながら食材を煮込んでゆくのが賀茂慈海の仕事となった。
「たくさんの人の分を作りますから大変ですぅ」
そういいながらもマルキアは笑顔でテキパキと調理をこなしてゆく。大釜に入れる材料の配分や塩加減などを一手に引き受ける。思っていたより食材が揃っていたので、いろいろな料理が作れそうである。
「これでいいですわ」
マグダレンは調理の手が空くと食堂の用意を手伝った。その際に持ってきたドライフラワーや摘んできた花をテーブルに飾る。少しでも潤いをというマグダレンの心遣いだ。
ローテーションによって隊員の三分の一が警戒と警備にあたっているので、食事の用意はずらして二回必要である。まだ比較的明るいうちに一度目の夕食の時間が訪れた。
「はい、どうぞ。温かいうちに召し上がってくださいね」
桃代龍牙はシチューを器によそると、疲れた様子で並んでいる隊員のトレイに器を乗せる。早くに元気を取り戻して欲しいと願いながら。
「毎日ありがとう御座います。頑張って下さいねぇ。お代わりも有りますよ〜」
マルキアは微笑みを絶やさずに焼きたてパンと果物を配った。効率の為に普段は作り置きが多いと料理人に聞いたので、ここは奮起して焼き上げたのだ。
そこまで手が回せたのは、マルキアとマグダレンの卓越した調理の腕のおかげである。ちなみに元々の料理人達は現在、二回目の夕食時間用のパンを石釜で焼いていた。
「ほつれた服などがあれば、私がいる部屋にお持ち下さい。どうぞ、今年のワインですよ」
賀茂慈海は台車にワイン樽を載せてマグダレンと共に食堂内を回る。眠る直前の班の隊員に限ってワインが支給されたのである。
「わたくしは理髪に心得があります。お時間があれば外で整えさせて頂きますわ」
マグダレンもカップにワインを注ぎながら話しかけるのだった。
●洗濯物
食事の用意の他に大きな家事といえば洗濯。
待機時間に隊員各々が洗うのだが、当然ながら几帳面さには差がある。毎日洗濯をする者は少なく、二日から四日ごとに行う者が大多数を占めていた。
マグダレン曰く、潤いのない男性ばかりでは仕方がないという。
まずは一週間以上洗濯物を溜めている隊員を狙い撃ちしての手伝いが始まった。
「こう言うのは慣れてますから恥ずかしがる必要ないですよぉ」
そういってマルキアは両腕を広げて洗濯物を抱えて運ぶ。嫌がる洗濯物を奪われた隊員を桃代龍牙と賀茂慈海が羽交い締めにして止めて諦めさせた。一々相手にしていたら、なかなか片づかないからだ。
真新しい井戸から水を汲んで冒険者全員で洗濯する。明日からはマルキアが主に洗濯を担当するが、今日のところは大まかな数減らしである。
太陽は照り、適度に風があったので、早くに洗濯物は乾いた。夕食の準備の合間に急いで取り込む冒険者達であった。
●修繕
賀茂慈海は桃代龍牙と手分けして仕事をする。調理の手伝いは基本として、他に薪割り、水汲み、掃除に駆け回った。
クリエイトハンドによって出現させられる食料は簡素な味の非常食なので、戦闘が長引いて調理をする暇がない時には役に立つ。もしもに備えて温存される。
「そこに置いて下さいますか。明日の夜までには直しておきますので」
賀茂慈海は服の修繕で砦の隊員達に貢献する。本人が持ち込んだり、洗濯の途中で気がついたものなどいろいろであったが、かなりたくさんの希望があった。多くの男にとって針仕事は難儀なものに違いない。
小さな穴でも放っておくと、いずれは大きくなって取り返しがつかない大きさになってしまう。それは人にもいえた。エフォール副長が自分達を呼んだ理由を賀茂慈海は今一度思いだす。
デビルが現れる度に笛が鳴らされ、さらに鐘の音が砦に響き渡る。大抵の場合はインプあたりが偵察をしに来た程度ですぐに引き返してゆく。
その間、賀茂慈海はデティクトアンデットを施して砦内で待機する。
突然に襲ってくる緊張は精神を削り取ってゆく。冒険者達も隊員達の苦難をその身で実感するのだった。
●乳母
「そうなのですか。こちらとお嬢様とはそのような縁があるとは」
マグダレンは仕事を済ませた合間にアニエスと多くの時間を過ごした。別依頼であったが、同じ砦『ファニアール』に滞在していたからである。
アニエスのお喋りにはよく元ちびブラ団の子供達とブランシュ騎士団黒分隊が出てきた。黒分隊とは、この砦を護るアガリアレプト討伐隊の母体となったノルマン王国の守護者達だ。
特に分隊長ラルフの事を話す時のアニエスの表情が印象に残る。パリを出立する前に諫早から聞いた興入れの話を思いだしたマグダレンである。
別の話になるが、アニエスが手配した栗を焼いて隊員達に振る舞う一幕もあった。
マグダレンは藁布団の詰め直しや毛布の繕いをする。もうすぐ本格的な冬なので、その為の備えとして。
理髪の希望者は数多く、時には順番を待つ列が出来た。大抵は仲のよい二人で髪で切り合うらしいが、相手がヘタだと悲惨な末路が待っているようだ。特に疲れた様子の隊員にはマッサージもしてあげる。
マグダレンは時折デビルに反応する指輪を確認して警戒するのだった。
●戦場
「これがラ・ペ‥‥」
桃代龍牙は空いた時間に射撃車両『ラ・ペ』を見学させてもらう。巨大なクロスボウとボルト装填器が荷馬車に取り付けられた感じである。
強大な威力を得た代わりに反動がものすごく、移動しながらの射撃は不可能だ。さらに支柱を伸ばした上で地面に杭を打たなくてはならない。
通常の武器では倒せないデビルを敵と想定しているので、手順の中にボルトへのオーラパワーの付与が含まれる。
ラ・ペの改造が出来ないかを考えながら、桃代龍牙は隊員から預かった鎧の補修作業を行った。どれも使い込まれていて、ここが戦場なのを感じさせる。
その他にも様々な雑務をこなした。特に印象的なのが日に日に隊員達の食欲が増してきた事だ。挨拶をしあうのも増えてきたように感じられる。
大きな戦いが起きずに終わると思われた砦での手伝いの日々。しかし、ついにそれは破られる。
時は八日目。明日にはパリへ戻る晩の出来事であった。
●デビル
騒音が外から砦内に飛び込んできた。
ラ・ペから放たれるボルトの風を切る音。
怒号、激しい激突音。
トーネードドラゴンのものと思われる凄まじい風圧で砦も揺れる。
家事の手伝いとしてやってきた冒険者四名は砦内での警備にあたる。デビルは身体を蝿に化けたり、透明化する奴もいる。
賀茂慈海はデティクトアンデット、マグダレンは指輪『石の中の蝶』でデビルの侵入を警戒した。
地下にあるヘルズゲート周辺は、魔力が込められた古代遺跡の石材を運んで造られている。簡単には侵入されないはずだが、ここは死守せねばならない重要な場所であった。
レジストデビルなどの補助魔法を切らさないようにしながら冒険者達はヘルズゲートに至る通路で待機する。大きな物資を運ぶ為にかなりの幅と高い天井の造りになっていた。
「そこに一体、デビルがいます! 柱の近く!」
賀茂慈海が不死者を探っては仲間達に知らせる。
「任せてください!」
桃代龍牙が指摘された位置に向かって魔力の込められた矢を放つ。するとたちまちグレムリンが姿を現した。
「倒しますよぉ」
マルキアはグレムリンに近づくと一気に追い込んでゆく。外の討伐隊や別依頼の冒険者達が頑張ってくれているおかげで砦内部に侵入してきたデビルは極少数である。
(「これは‥‥焚き火のもの? 篝火からはかなり離れていますけど」)
天井近くの高い位置で飛んでいたマグダレンは一瞬だけ煙の臭いを感じ取る。指輪を見れば石の中の蝶が激しく羽ばたいていた。
「もう一体、デビルがいるようですわ。この辺り!」
何もないはずの壁面にマグダレンがリターン付きの短刀を投げつける。一度目はそのまま手元に戻り、二度目に投げた時に透明な何かへ突き刺さった。
すかさず桃代龍牙が同じ場所へ矢を射ち込むと、側壁近くで透明化していたもう一体のグレムリンが元の姿に戻る。
マグダレンが奥に向かうのを防ぎ、桃代龍牙が弓矢での遠隔攻撃を続ける。
賀茂慈海はスクロールを取り出して念じ続ける。やがてボォルトフロムザブルーの稲妻を空中のグレムリンに浴びせかけた。
最初の一体を仕留め終わったマルキアも参戦する。床へと叩き落とされたグレムリンがわずかな間に倒される。
それからしばらくの間、警戒を続けた冒険者達だが実際に戦ったのはこの二体のみであった。
●そして
戦いが終わると冒険者達は仮眠をとる。そして九日目の夜明け前に朝食を仕上げて戦い疲れた砦の者達を労った。
午前中に洗濯を手伝って冒険者達の手伝いは終わる。
エフォール副長から感謝の印として追加の報酬を受け取った冒険者達は、行きと同じく馬車に乗ってパリへの帰路へ就くのだった。