戦い過ぎたあと 〜ノワール外伝〜

■シリーズシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 19 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月20日〜11月28日

リプレイ公開日:2009年11月27日

●オープニング

 パリ北西の方角、西端をセーヌ川に面するノルマン王国ヴェルナー領。
 中央の草原地帯で発見されたのは地獄への入り口、ヘルズゲートである。
 すでに落ち着いたパリ近郊のヘルズゲートとは違い、こちらはまだ活発な動きをみせていた。
 地下に存在するヘルズゲートを潜り抜けて辿り着くのはデビル・アガリアレプトが支配する地獄階層。通称『アガリアレプト・ワールド』である。
 発見当初は何もなかったヘルズゲート付近だが、早急な工事が行われて今では強固な砦が築かれていた。
 ヘルズゲートを覆うように建てられた砦『ファニアール』には、アガリアレプト討伐隊の地上部隊が駐屯する。ブランシュ騎士団黒分隊とヴェルナー領の兵士による混合部隊がアガリアレプト討伐隊である。
 地獄側の進攻を指揮するのはラルフ・ヴェルナー黒分隊長。地上側の守りを指揮するのがエフォール副長である。
 敵であるデビル側の地上勢力は衰えたものの、大きな懸念が残っている。それがデビル・イペスとデビル・トーネードドラゴンの存在だ。
 先日、イペスとトーネードドラゴンを含めたデビル集団が砦を襲った。冒険者の力を借りて撤退させたものの、倒すまでに至らなかった。
 脅威は未だ去らず、初冬の冷たい風が砦の周囲では吹き荒んでいた。


 パリ冒険者ギルドの掲示板には似たような内容の依頼書が並ぶ。砦『ファニアール』への支援依頼である。
 まとめてではなく期間をずらして冒険者達に待機してもらうのは、絶えず元気な兵をまかなっている印象をデビル側に与える為だ。激しい人の行き来も周辺警戒に一役買っていた。
 地上側を守る地上部隊指揮のエフォール副長にとって砦の防衛は、地獄の討伐隊・進攻部隊の退路を守る重要な役目である。たとえどんな犠牲を払ってでも死守しなければならなかった。
 また新たな依頼書がギルドの掲示板に貼られる。
 内容に警備も含まれるが、その他に砦の修理や食事の手伝い、医療看護も望まれていた。
 前線で戦うものだけがいれば勝利出来るものではない。それを支える者達も重要なのをエフォール副長は忘れていなかったからだ。
 時は誰もを翻弄する。
 この依頼に参加した冒険者達が砦に辿り着く時、デビルとの壮絶な戦いが終わった後であるのを今は誰も知らなかった。

●今回の参加者

 ea5803 マグダレン・ヴィルルノワ(24歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ec3793 オグマ・リゴネメティス(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec5385 桃代 龍牙(36歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec6567 賀茂 慈海(36歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

セレスト・グラン・クリュ(eb3537

●リプレイ本文

●戦いの跡
「これだけではどうなのかはわかりませんが‥‥、とにかく大変な戦いが起きたのは間違いないようですわ」
 二日目の昼前、馬車窓から外を眺めたマグダレン・ヴィルルノワ(ea5803)は思わず息を呑んだ。
 まだ砦『ファニアール』が遠くに望める程度の距離だが、この辺りが戦場であったのがはっきりとわかった。断面が真新しい岩が多数転がり、枯れた雑草ごと削がれている地面の穴がそこら中で見つかる。
 デビルは倒されたのなら消えてしまうので確認のしようがないものの、心配なのは討伐隊の隊員達だ。
 馬車内の仲間同士でどうしたものかと話している矢先、外から男の声が聞こえる。グリフォンに乗った偵察の男性隊員が、馬車と並ぶように低空飛行をしながら砦の事情を教えてくれた。
 先日の襲撃の際、デビルの群れの中にいた主たる敵のイペスとトーネードドラゴンは討ち取られたという。だが死者は六名、怪我人は多数であったらしい。砦の破損のせいで一部の部屋は雨漏りしたり風が吹き込んで使えない状態にあるようだ。
「ありがとうな。到着したらすぐに手伝うから」
 桃代龍牙(ec5385)は上昇してゆく隊員にお礼の言葉をかける。
(「俺たちの戦争はこれから始まるな」)
 桃代龍牙は振り返って砦の方角を見つめる。薬や魔法はある程度温存しておかなければ、もしものデビル再襲撃があった時に砦が壊滅してしまう。命に別状がなく、自然治癒が期待出来るならそうしたほうがよいはずだと桃代龍牙は考え、また仲間達とも前もって話し合っていた。
「私は着いたら砦の修復に取りかかります。まずは落ち着けるようにしなければ」
 オグマ・リゴネメティス(ec3793)は近づくにつれて判明してゆく砦外側の破損状況に目を凝らす。所々が破壊されて穴が空いている状態が見て取れた。予備の焼成煉瓦については余裕があると隊員がいっていたので、それらを使って塞いでゆく作業が行えそうである。
「負傷の状態に応じてリカバーをかけてゆくつもりです。持ってきた薬も効率よく使わなくてはなりませんね」
 僧侶の賀茂慈海(ec6567)はとにかくこれ以上死者を出さないことを念頭において行動するつもりでいた。ソルフの実などの直接的な魔力回復方法はあるものの、睡眠での回復もうまく活用しなければ乗り切れないと想像する。
 三十分も経たないうちに冒険者達を乗せた馬車は砦『ファニアール』に到着するのであった。

●砦
 エフォール副長の無事を確かめたところで、マグダレン、桃代龍牙、賀茂慈海の三人は傷病者達の看護を手伝った。
 動ける隊員達は砦の警備を継続するので手一杯な面がある。看護も当然行われていたが、万全の体制というにはほど遠い。怪我で体力が低下したせいか、風邪にかかってしまった隊員も目につく。咳や鼻をすする音などがうめき声に混じる。
 悪いところばかりが目につくものの、全体を見渡してみれば幸いだった部分もある。
 先頃まで滞在していた冒険者達のおかげで治療はかなり捗ったのだと看護する隊員は語ってくれる。戦いの最中はともかく、その後に砦へ収容された隊員の中で死亡した者は一人もいなかった。
 まずはマグダレンがパリで購入してきたハーブで煮汁を作って布を浸した。乾くのを待ちたいところだが今は急ぐので固く絞っただけで準備を終わらせる。マグダレン、桃代龍牙、賀茂慈海の三人はこの布で口を覆った。
(「これで三人目。あちらもいますわね」)
 マグダレンは自らの羽根で天井付近を飛んで風邪をひいている隊員を見つけだす。
「すぐに寝かせますから、少し我慢してくださいね」
 桃代龍牙はマグダレンから教えてもらった風邪の病人を背負ってある部屋に連れてゆく。その部屋は元々冒険者達に用意されていたもの。風邪の治療を万全にする為に譲ったのであった。
「お辛いでしょう」
 賀茂慈海はひとまずリカバーで風邪の隊員達の体力回復を図る。続いての風邪の根治は桃代龍牙とマグダレンに任せて退室する。これから先は酷い怪我人の治療にあたらなければならなかったからだ。
「すぐによくなりますから」
 桃代龍牙は熱を下げる為に冷たい水を汲んできて布を冷やし、病人達の額へのせた。場合によっては脇の下にもはさむ。天界人である桃代龍牙にとって常識的な風邪の対処療法を続ける。
「こちらはよろしくお願いしますわ」
 マグダレンは風邪の看護を桃代龍牙に任せると、比較的軽い怪我人の世話をしに飛び回った。傷口をハーブの液で綺麗にして新しい布を巻く。床掃除などをして清潔さを保ちたいところだが、今は邪魔な品物を端に寄せるだけで精一杯である。
「それではリカバーを」
 賀茂慈海は砦にあるソルフの実やポーションを利用させてもらう。足りない分は自前のを使う覚悟もある。
 リカバーで治療してゆくとすぐに魔力は底をつく。敵襲に備えてすべてのソルフの実を使う訳にいかないのが歯がゆいものの、ここはぐっと気持ちを抑えるのだった。
 ひとまず命の危険がある傷病者はいないようなので安心だが、風邪の蔓延が気がかりな賀茂慈海だ。へたをすると元気な隊員までを巻き込んで、砦自体が機能しなくなるかも知れない。動ける隊員に頼んで寒くならないように暖炉の火だけは絶やさぬように気をつけてもらう。
 その頃、オグマは寒空の中で一人砦の修復を行っていた。夜までに今手を付けている壁面の修理が終わらないと、自分達が安心して眠れる部屋がどこにもなかった。
 まずは半端な煉瓦を取り除く。それから予備として保管されていた煉瓦を空飛ぶ絨毯で少しずつ運んで壁の修理を行った。今は綺麗さより実用を重んじる。
 ここだけでなく他にも何カ所かあり、遠目にはわからなかった屋上付近の破損もある。明日からも大変だと思いながらオグマは煉瓦積み作業を急ぐ。
「意図的に開けた部分を除けば‥‥どこにも隙間はないですね」
 確認としてオグマはスクロールのクレバスセンサーで確認する。仮に煉瓦を填め込んでいる一部分を除いて隙間はなかった。乾燥によって目地の部分がどうしても縮むので、最後に修正する遊びとして残されたのである。遊びの隙間にボロ布を詰め込むと、ひとまず風は室内に入り込まなくなった。
 日が暮れ始めていたので、これで今日の壁面修理作業は終わりとなる。
 冒険者達は全員で集まり、見張りや巡回への手伝いをどうするかをあらためて話し合った。やらなければならない仕事は山のようにあるが、頑張りすぎると自分達が倒れて逆に迷惑をかけてしまう。程々を心がけなければならない。
 魔力の回復を考えて賀茂慈海には早めに休んでもらう事にした。明日の朝食作りの為の早起きとしてマグダレンにも。
 オグマはグリフォン・ピエタに乗っての夜間警戒を手伝う。
 桃代龍牙は引き続いて風邪の病人達の介護を続ける。ただ、フェアリーのひいらぎとケット・シーのやなぎには砦外の敷地内を巡回してもらうつもりだ。
 オグマと桃代龍牙も翌朝前には眠りについて明日に備えるのあった。

●忙しい日々
「もう大丈夫ですね」
 風邪をひいていた隊員達の快復した様子に桃代龍牙は安堵する。到着したその日以降も移動させた風邪の隊員は何名かいたが、砦全体に広がることはなかった。
 桃代龍牙はマグダレンを手伝って作った食事を部屋まで運ぶ。鶏肉と根菜が入ったミルクスープだ。軽く大蒜で風味もつけられている。
 まだ食欲がない衰弱している者には林檎の甘煮胡桃の蜂蜜掛けや、賀茂慈海がクリエイトハンドでつくった食事に一手間を加えたものを用意する。
「大分ありますね。よいしょっと」
 桃代龍牙は洗濯も手伝った。人手が足りないとどうしてもおろそかになってしまう為に溜まりに溜まっていた。天気のよい日にまとめて洗って干す。
「はい。身体が温かくなりますわよ」
 マグダレンは風邪予防としてローズヒップのハーブティを隊員達に飛んで配った。その際に砦内から目にした建物損傷個所のメモも忘れない。後でオグマに渡して修復の予定に入れてもらう。
 修復によって使用出来るようになった部屋をハーブの煮出し水で拭き掃除をしたマグダレンだ。その部屋に怪我人達を移動させ、空いた部屋を同じように掃除する。
 四日目の昼頃、緊急と叫ぶ声と共に一人の隊員が砦へ運ばれてきた。
「大丈夫ですか! まずはこれをゆっくりと‥‥飲んでください」
 賀茂慈海が持っていたポーションを怪我人に飲ませる。さらなる処置によって何とか一命を取り留めた。
 戦いの最中にデビルを深追いしてしまい、さらに怪我を負ってしまったようだ。あまりに砦から離れていたので取り残されてしまったと考えられた。
 ボロボロになりながら自力で戻ろうとしていたところを、空からの巡回の隊員に発見されたのである。すでに亡くなったとされていた一人であった。戦いから経過した日数を考えれば奇跡といってもよい。これによって六名と考えられていた死亡者は五名へと減る。
「これで後は最後の仕上げをするのみですね」
 六日目の昼頃、オグマは壁修理のほとんどを終え、敷地内にあった切り株に腰掛けて一息つける。残る作業はほんのわずかだ。
 作業の後半は元気になった隊員達も手伝ってくれた。念のために後でもう一度クレバスセンサーで穴がないかを探ってみるつもりであった。

●エフォール副長
「おかげで隊員達も次々と元気になっている。助かったよ」
 七日目の昼前、パリへの帰路につく前に冒険者達はエフォール副長と話し合う時間がとれた。
 イペスとトーネードドラゴンを倒した際の出来事が簡単に語られる。
「つい先頃アガリアレプト地獄階層でエドガ・アーレンスが倒されたとの連絡があった。すでにアビゴールは倒されている。新たな中級デビルが見かけられたのが気にかかるが、デビルの喉元まで我々は迫っていると考えていいだろう。もうすぐだ‥‥。もうすぐ」
 冒険者達が手を貸してくれているおかげだとエフォール副長は感謝する。ラルフ卿も同じ気持ちだろうとも言葉にした。
「なんにせよよかった。風邪が蔓延したら大変だったろうからな」
 桃代龍牙はエフォール副長が差しだした右手を強く握る。
「お嬢様に先程の討伐隊の皆様のお話をさせて頂きますわ。そうそう、ハーブはまだありますので、これからもお茶にして飲んで頂ければ風邪予防になりますわよ」
 マグダレンは礼儀を重んじてゆっくりとした作法でエフォール副長と握手をした。
「雨漏りがあったらまた呼んでください」
「そうさせてもらおう」
 冗談を交わしながらオグマはエフォール副長と握手する。
「衣服の修繕まで手が回らなかったのは残念です」
 賀茂慈海はお辞儀をした上でエフォール副長の手を握った。
 追加の報酬を受け取った冒険者達は用意された馬車に乗り込んだ。そして八日目の夕方、城塞門を抜けて無事パリに到着するのであった。