●リプレイ本文
●出発
早朝、コンコルド城近くの空き地に集合した冒険者達は、待機していた馬車へと乗り込んで出発する。御者として依頼を提出した伝令役の隊員も同行した。
目的地の砦『ファニアール』までは、物資輸送の荷馬車三両と一緒である。おかげでアニエス・グラン・クリュ(eb2949)は手配してきた品を一緒に運んでもらえる。
「砦は大変なようですね。イペスとトーネードドラゴンが中心になって攻めてくるようで」
城塞門を潜り抜けると馬車内のクリミナ・ロッソ(ea1999)が窓から顔を出して仲間達へ話しかけた。
「そのようですね。もっとも滅多に姿を現さずに配下にやらせているようですが」
地表付近をグリフォン・ティシュトリヤで飛ぶコルリス・フェネストラ(eb9459)がクリミナへと振り返った。
「戦いこそが、わたくしの信じる神の本分ですので、健闘させていただきますね」
御者をする隊員の横に座っていた大宗院鳴(ea1569)も会話に加わる。
「単発的な戦いだけでは終わらないはずです。トーネードドラゴンはおそらく陽動。イペスが防衛の隙をついて砦内の侵入を目論むのではないかと」
ペガサス・ザカライアスで大地を駆けるアニエスは自らの考えを仲間達に伝えた。他にも想定している敵の企みのいくつかも話題にする。
一行は一晩の野営を経て二日目の昼過ぎに砦へ到着した。
先に来訪した別依頼の冒険者達の奮闘のおかげか、話しに聞いていたよりも討伐隊の隊員達は元気そうであった。動きに機敏さが足りないのは、まだ疲れが溜まっているせいであろう。
冒険者達はエフォール副長が待つ砦内の執務室へと通される。
「確認しておきたい事がありますわ」
クリミナはデビルに襲撃された時に何を優先して守るべきかをエフォール副長に訊ねた。
「守るべきはヘルズゲートだが、警備の配置から離れずにデビルを阻止して頂きたい」
デビルを出来る限り砦内部に侵入させない事が役割だとエフォール副長は説明する。冒険者に頼むのは外での警戒になる。
砦内部にも頼れる隊員が待機するので、無理に追いかける必要はないという。持ち場から離れられてしまう方が防御全体の不備に繋がってしまうからだ。
「こちらをこの部屋に置いてもらえますか?」
アニエスはエフォール副長に鳴弦の弓とテレパシーリングを一時的に預けた。使わないのが望ましいが、万が一への備えである。
「トーネードドラゴンは外に並んでいた、あの『ラ・ペ』で戦うのでしょうか?」
「そうだ。ボルトで威嚇し、近づけさせないのを基本としている。近づかれるとやっかいな敵なのでね」
コルリスにエフォール副長がラ・ペの運用方法を説明してくれた。その言葉からトーネードドラゴンは隊員達に任せた方がいいとコルリスは判断する。
「地獄で戦っているみなさんの為にも、ヘルズゲートをデビルから絶対に守らなくてはなりませんね」
大宗院鳴が口にした決意は砦の誰もが胸に秘めているものであった。
砦内部の見取り図については、この場のみでの閲覧が許される。
冒険者四名はシフト内に組み込まれた。特にばらさずに同一の場所と時間の警備となる。本来なら馴れ合いを防ぐ為に引き離すところなのだが、それだけエフォール副長が冒険者達を信頼しているともいえた。
務めは基本三交代制がとられている。約八時間ごとに外での警戒任務、砦内部での任務、そして睡眠時間となる。
砦内部での任務は全員が就くのではなく交代で休憩時間となっていた。とはいえ、洗濯などの生活雑務でかなりの時間を消費してしまうので、すべてを自由に使える訳ではないのだが。
砦内部の任務とは警戒の巡回、砦上部での遠方監視、炊事場の手伝い、事務処理、武器防具の整備などがある。
各々の得意分野に特化した形での勤務にするのが理想だとエフォール副長は考えていたが、人手が足りなくて不可能な状況だった。持ち回りで全員が任にあたらないと睡眠時間さえとれない過酷な状態ともいえる。
四人の冒険者は睡眠を除くほとんどの時間を外での警戒任務に費やそうと考える。避けられない日常の雑務に関しては別依頼で来ている冒険者達に頼んだり、一人が四人分をまとめてやるなどして工夫をするつもりでいた。
●警戒
冒険者四人は砦の東側を任される。
アニエスとコルリスは、それぞれに連れてきたグリフォンで空へ飛び立てる準備を整えて待機していた。時間を決めて上空巡回もする。
基点となる砦東側の塹壕付近では大宗院鳴が昼間でも焚き火を行う。デビルが透明化して砦に近づこうとする際、周囲を漂う煙が妙な動きをするだろうと考えたからである。立ち位置によっては煙の濃度の違いから透明な存在を判別出来るかも知れなかった。
クリミナは風で転げないように工夫をして白光の水晶球を塹壕に設置した。常に発動させて百メートルの範囲にデビルが近づいたのならわかるようにしておいた。
日中はよいが夜となると肌寒くなるのが秋の季節である。焚き火はしていたが、それでも自然と身体が縮こまってしまう。
ある日の夜、別依頼の冒険者達がアニエスが手配した栗を焼いて届けてくれた。温かくて甘い栗は寒い身体の隅々まで染み渡る。大宗院鳴は秋の味覚を夢中で頬張った。もうすぐ収穫祭の季節だと感じさせる一幕である。
一日に一度か二度程度、砦から離れた場所にインプかグレムリンが数体程出現するのだがいつも小競り合いで終わる。
攻撃や偵察というよりも、デビル等は隊員達の疲弊を狙っていた。
物資輸送を狙うとしても奪ったり使えなくするより、荷を崩して地面へばらまくのを優先しているようだ。または車輪を狙って荷馬車を立ち往生させる。
本来なら必要のない手間を誘うような小狡い手である。酷く地味なやり方だが、それだけの効果はあった。他にも戦いを仕掛けると見せかけて逃げ回るのに徹したりなど、隊員達の精神的な消耗をデビル側は誘う。
エフォール副長はこのような策略に覚えがあった。イペスがかなり昔から得意としてきたやり方だと。
冒険者達も何度か戦ったが、逃げ回るデビルを倒すのはとても大変だった。五回の戦闘のうち、倒したのはインプ一体とグレムリン一体に留まる。
苛立ちを覚えた冒険者達だが、それではデビルの思うつぼである。平常心を保つように心がけた。別依頼の冒険者達が腕によりをかけて作ってくれた美味しい食事のおかげで、気持ちが大分和らぐ。
「デビルの狙いは、やはりこちらの正常な判断を狂わせて隙を作って攻め入ろうというものでしょうか?」
交代の時間になり、全員が砦内のベットで横たわる。コルリスが呟くように仲間へと訊ねた。
「そうでしょうね。理由はいくつか考えられますが、結局のところヘルズゲートを手に入れたいのに違いないでしょうから」
ヘルズゲートを人側に握られている以上、デビル側の選択肢はかなり狭められる。それをデビル側は打開したいのだろうとクリミナは指摘した。
「狙う時には普段と同じように見せかけるつもりなのでは? こちらが深く考えず、安易な気持ちで対処しようとしたところを一気に‥‥とか。そうはさせませんけど」
アニエスは頭まで被っていたかけ布団から瞳を覗かせる。
「美味しいものをたくさん食べたから、デビルには負けません。今日のソーセージ煮込みも美味しかったし、パンも白パンでしたし」
そういってから大宗院鳴が目を瞑る。
ランタンの灯火も完全に消されて、冒険者達は眠りに就くのだった。
●敵襲
六日目の深夜、砦内に鐘の音が鳴り響く。冒険者達が就寝していた時間帯にデビルが来襲したのである。
これまでのせせこましいものではなく、数をもっての大攻勢であった。
目覚めた冒険者達は即座に部屋を飛びだしてひた走る。
厩舎へ向かうとアニエスとコルリスがそれぞれのグリフォンに騎乗した。クリミナはアニエスに、大宗院鳴はコルリスの後ろへと乗せてもらう。
即座に二頭のグリフォンが夜空へ飛翔した。アニエスのオーラテレパスによる呼びかけでペガサスも後をついてくる。
冒険者達の耳には空気を割く音が届いた。それは高速飛行を続けるトーネードドラゴンとラ・ペから放たれるボルトが放つものだ。
塹壕へと着陸したグリフォンから大宗院鳴とクリミナが下り、アニエスとコルリスも地面へと両足をつけた。グリフォン二頭とペガサス一頭は空中戦に備えて塹壕内の横穴へと待機させる。
「どのような状況で?」
クリミナが周囲にホーリーフィールドを張ってから近くにいた隊員に声をかける。デビル側は集団で塹壕の防衛戦を突破しようとしていた。一度目の侵攻は阻止したのだがと傷だらけの隊員は語る。
「もう少し煙を欲しいところです」
大宗院鳴は焚き火にまだ青い葉が残る生木を足す。すると増えた煙が風に流れて広がっていった。視界を遮らない、咳き込まない程度の薄い状態だ。
「問題の第二撃が迫っています」
コルリスが月夜の中に蠢く何かを発見して矢を射った。的はデビルの群れだ。ちなみに矢は討伐隊からの支給であった。
大宗院鳴もライトニングサンダーボルトによる稲妻で遠隔攻撃に加勢する。
「クリミナおばさま、お願いします」
アニエスはクリミナにレジストデビルをかけてもらう。シルヴァンエペを強く握ると向かってくるデビルの群れへと振り返る。
クリミナとペガサスによる塹壕を守っていた隊員十名の治療も終わった。
足りない明かりを補う為にクリミナはホーリーライトの光球を作りだす。空中に浮かべておいて篝火の代わりにする。
遠隔攻撃を継続しながらぎりぎりまでデビルの群れを引きつける。インプとグレムリンの姿がはっきりと見えたところで、補助魔法付与を終えた者から前衛達が塹壕から飛びだした。
アニエスが暗い大地を駆け、剣を手にした大宗院鳴も続く。
コルリスは矢を放つのをやめて弦をかき鳴らした。持っていた魔弓はデビルの力を減退させられる鳴弦の弓と呼ばれる逸品である。
クリミナは砦までデビル等がたどり着けないようにホーリーフィールドの壁で侵攻を阻止する。魔力回復の薬類も活用して。
戦いながら冒険者達は腑に落ちない疑問があった。翼のあるインプやグレムリンなのに、何故か地上付近で戦っているのかと。
もちろん討伐隊側も前もっての対策は講じてある。いざとなればグリフォンに騎乗しての空中戦も可能だし、そもそも遠隔攻撃ならばある程度の高度までは関係がない。狙いが砦地下のヘルズゲートである以上、遙か上空を飛んでいても意味は無いに等しい。アニエスがトーネードドラゴンは陽動であると考えていた理由はここにある。
地下からの侵入に関しては砦建築当時、すでに対策済みだ。直接地中からヘルズゲートにたどり着けない魔法壁の三重構造になっていて、その狭間にはエフォール副長を含めた隊員が待機する。以前、アガリアレプトに辿り着かれそうになった時の反省に基づかれていた。
「これだけの本気の攻撃ならば、イペスがいずこかに‥‥」
クリミナはホーリーフィールド内でデティクトアンデットを自らに付与してイペスらしき姿を探った。
多くのデビルがたむろう状況で探るのは困難を極めたが、クリミナは突き止める。戦いから離れた上空にイペスらしき不死者の反応を感じたのである。
「イペスがこの先に!」
クリミナが大声で呼びかけながら何もない夜空を指さす。突然、アニエスのペガサスが翼を広げて空中を駆けた。
ペガサスは何かに衝突して姿勢を崩すが厭わずに何度も繰り返す。やがて透明化を解いて夜空に現れたのは、様々な動物が合わさったようなイペスであった。
姿が確認出来るようになり、コルリスが弦を引いて矢を放つ。アニエスと大宗院鳴も地上のデビルとの戦いを隊員に任せてイペス阻止へと回った。
「砦には!」
アニエスは刀を構え、地上へと落下してきたイペスに向かって衝撃波を放つ。
「あなた方の狙いはヘルズゲートですね」
ライトニングアーマーをまとった大宗院鳴は地面へと転がったイペスに攻撃しながら問いかける。
ペガサスへ騎乗したアニエスが上空へ逃げようとするイペスの蓋となった。
「ここまでか‥‥。よもやここまで抵抗する力が残っていたとは」
満身創痍のイペスは配下のデビルを集めてもう一度姿を消す。漂う煙の動き方からイペスが撤退しようとしているのがよくわかる。クリミナが感じる反応も同じだ。
イペスを深追いせず、目前のデビルを倒す事に砦東側を守る冒険者と隊員達は徹するのだった。
●そして
戦いは終わる。
イペスとトーネードドラゴンは撤退。ヘルズゲートにまで到達したデビルは一体たりともおらず、砦の損傷も非常に軽微で済んだ。
別依頼の冒険者達がパリへの帰路についても、警備の四名はしばらく砦を守り続けた。その間はせせこましいデビルの妨害すらなく、何事もない日々が続いた。
イペス率いるデビル側はこれまでの作戦変更を余儀なくされたようだ。
十一日目の昼頃、警備の四名もパリへ帰る時間となる。エフォール副長から感謝の印として追加の報酬を受け取っていた。
「エフォール様は、片腕で女性のダンスの相手を務める事が出来ますか?」
「そうだな‥‥。ダンスは元々一人では踊れない。女性の協力も必要だ。つまりはそういことだろうな」
アニエスに答えるエフォール副長は少々困った顔をしていた。彼なりにラルフ黒分隊長の行動に対する考えもあるのだろう。
十二日目の夕方、馬車に乗った一行はデビルに襲われる事もなく無事にパリへと到着するのだった。