●リプレイ本文
●警戒
冒険者達は砦『ファニアール』に到着した二日目の夜から巡回や警備に参加した。
「けっこう広いのデス。まずは覚えるのデス」
「すぐに慣れるさ。次はこの階段の上だ」
ランタンを手に持ったラムセス・ミンス(ec4491)は隊員一人と一緒に砦内の見回りをする。連れてきた精霊の柳絮と花水木を紹介しながら。
見張りの展望台にいる者や、武具の修理をしている者、グリフォンの世話をしている者、明日の朝食の為に下拵えをしている者など夜であっても起きている隊員はたくさんいた。
デビルの再襲来に備える砦には張りつめた空気が漂う。しかし気落ちしている隊員はおらず、覇気に満ちている。
ラルフェン・シュスト(ec3546)は展望台での手伝いだ。砦にはいくつもの展望台があるが、ラルフェンの担当は南の方角である。
「そこにある篝火は絶やさぬようにしてくれよ。遠くを照らすというより、ほら、彼等が目印にするものだからな」
「彼等とは? ‥‥なるほど」
ラルフェンは話しかけてきた隊員が指さした夜空を見上げる。グリフォン二騎が砦の上空を旋回していた。昼夜問わず、上空からデビルへの注意は払われている。
そのグリフォンが飛び立った厩舎にいたのはコルリス・フェネストラ(eb9459)とクレア・エルスハイマー(ea2884)だった。
二人はそれぞれに連れてきた騎獣を世話すると共に、隊員から砦の警戒における細かな指導を受けていた。コルリスは以前に聞いているが、黙って耳を傾ける。
「わかりましたわ。それでは朝方の鐘でこちらにやってくればよろしいのですね」
クレアはペガサス・フォルセティの傍らで隊員に頷いた。
「ここ最近のデビルの動きはどうなのでしょう?」
コルリスの問いに不気味なほど静かだと隊員は胸の前で腕を組む。嫌な予感がしてならないとさらに呟く。
砦の周囲に配置されている射撃車両『ラ・ペ』四両の内の一両に乗り込んでいたのは大宗院透(ea0050)だ。異母妹の大宗院鳴(ea1569)も一緒である。
「操作そのものは簡単だ。真上を狙う時には体勢がかなり大変だがな」
「トーネードドラゴンは凄まじく速いと聞きました‥‥」
大宗院透は隊員からラ・ペの操作を教えてもらう。見学の大宗院鳴はランタンを両手に持ってラ・ペの操作ハンドル部分を照らした。
「戦いになったら、わたくしが義兄さんを守りますね」
ラ・ペから降りると大宗院鳴が大宗院透に笑顔で語りかける。
「私よりも他の方を守ってください。その方が効率的です」
大宗院透は表情を変えずに真顔で答えるのだった。
「ここが落ちればいつかはパリも危ない‥‥か」
三笠明信(ea1628)は砦の回りを歩いて地形を確認する。パラディンとしての戒律があるので砦の事情には触れないようにするつもりの三笠明信であった。
「ちょうど消えたようです。かけ直さないと」
琉瑞香(ec3981)はエフォール副長が執務を行う隣の部屋で待機していた。
執務室が範囲に入るようにホーリーフィールドを展開すると椅子に座って目を閉じる。そして自らに付与してあるデティクトアンデットによって周囲にデビルを含む不死者の存在がないかを探った。
これらの行動には多くの魔力が必要なのでソルフの実は必須である。討伐隊からも提供されたが手持ちも消費するつもりだ。ちなみに睡眠にはクリミナ・ロッソ(ea1999)と交代する約束になっている。
そのクリミナはアニエス・グラン・クリュ(eb2949)と共に別依頼で砦を手伝う冒険者六名と相談の最中だった。四日目の昼にはパリへの帰路につく六名だが、それまではエフォール副長から同じ依頼を引き受けた仲間である。
「使える魔法を教えて頂けるかしら?」
クリミナは後衛の三人が詠唱可能な魔法を確認する。自分達の特長と合わせて戦いの際に少しでも有利な配置にする為だ。
アニエスは相談で得た情報をすべて頭の中に叩き込み、明日に予定しているエフォール副長を含めた話し合いの場に備える。
「ハニエル。シルヴァン様。あの方が大切にしている全ての存在を護る力を‥‥私にお授け下さい」
就寝の直前、アニエスはベットに腰掛けてシルヴァンエペを強く抱きしめながら祈る。そして手が届く位置にシルヴァンエペを置いてから眠りにつくのだった。
●速き存在と小さき存在
厚い雲が空を覆う四日目の夜明け寸前、砦へ急速に近づく青緑色の飛行物体があった。トーネードドラゴンである。
ラ・ペの射手が目視し、即座に対応した。装填したボルトにオーラパワーを付与して狙いを定めて薄暗い空へと放つ。
その動きはきわめて速く、ボルトを当てるのはなかなか叶わない。しかし肝心なのは砦上空でホバリングをさせず、ドラゴン特有の技を繰り出せないようにする事だ。
「これだけ離れている動く的に当てるのは‥‥」
ラ・ペ一両の射手を大宗院透が担当していた。Tドラゴンの動きを予測してトリガを絞る。大宗院透ほどの射撃の腕を持つ者でも、癖を覚えるまでに時間はかかる。
Tドラゴンの来襲が砦内に報されると、厩舎からグリフォンに騎乗した隊員達が次々と飛び立つ。
その中にはグリフォン・ティシュトリヤを操るコルリスと、ペガサス・フォルセティを駆るクレアの姿も混じっていた。アニエスはペガサス・ザカライアス、ラルフェンはペガサス・シルヴァーナ、三笠明信は空飛ぶ絨毯で参戦する。
クレアは砦の真上に関してはラ・ペに任せて、少し外れた周囲でTドラゴンに戦いを挑んだ。
「ラ・ペの応援を致しますわ」
指輪で付与したオーラテレパスでクレアはペガサスと息を合わせる。出来る限り高くを飛び、眼下に砦とTドラゴンを捉えた。
放ったファイヤーボムの火球は膨らみ、弾けてTドラゴンを取り込む。ラ・ペからのボルト攻撃と相まってTドラゴンを砦の上空には留まらせなかった。
(「まずはあの飛行速度を殺さなくては‥‥」)
コルリスはグリフォンの背で弓を構え、次々と矢を放つ。当てるよりもTドラゴンの進行方向へと放って邪魔するように。
「シルヴァーナ、補助は頼んだぞ」
ラルフェンはフライによってペガサスの背中から離れて天を目指す。コルリスの矢で軌道を変えたTドラゴンが迫ってきた時、渾身の強い気持ちで問いかけてみた。
(「あの砦を襲って何になるのだ?」)
ラルフェンのオーラテレパスの声はTドラゴンへと届く。
(「操られて、それでいいのですか? トーネードドラゴン」)
アニエスもラルフェンと一緒にオーラテレパスでTドラゴンに呼びかける。エフォール副長からの情報によれば、イペスがTドラゴンに憑依していた時があったという。
憑依しているであろうイペスも含めて、多数から一斉に声をかけられたのならTドラゴンは混乱するはずである。
「そこまでにしてもらいましょう」
Tドラゴンが呻きながら旋回をしようとした時、人影が迫る。空飛ぶ絨毯に乗って状況を確認し、さらにフライで浮かびあがった三笠明信だ。
聖剣の切っ先がTドラゴンの翼の一部を切り取ったものの、深手を負わせるまでには至らなかった。しかし戦いは始まったばかりだ。
この時、ラルフェンとアニエスは似た事を考えた。オーラテレパスの呼びかけによって確かにTドラゴンは混乱している。しかし考えていたより反応が薄い。もしかするとイペスが憑依していないのではという想像に至る。そうだと思ってTドラゴンを観てみると、とても怪しく感じられた。
その頃、砦の屋上付近にはエフォール副長の姿があった。クリミナと琉瑞香、そしてラムセスも一緒である。
「あれは‥‥」
ペガサスに跨りながらの琉瑞香は遠くに目を凝らす。薄暗い天候だが、黒い煙のようなものが徐々に近づいてくるのを発見する。
当初は翼を持つデビルのインプやグレムリンの群れかと思われた。それは当たっていたが、外れているともいえる。何故なら蜂に変身したデビルの群れであったからだ。
砦に迫ったところで蜂の姿をしたデビルの群れは分散する。
「デビルの目的、イペスの目的とは‥‥‥‥!」
クリミナはハッと気がつく。
攻撃の力を効率的に使うのであれば、普段のデビルの姿で攻める方がよいに決まっていた。しかしデビル側の狙いは別にある。
ホーリーフィールドを張る際に、蜂の小ささは非常に邪魔だ。展開する空間に効果を嫌う者がいると失敗するのがホーリーフィールドである。そんな状況での張り直しは不可能といってよい。つまりはヘルズゲートに至る地下通路入り口をホーリーフィールドで封鎖しても、時間が立てば無意味になってしまう。
戦闘に不向きな蜂の姿ゆえに倒される確率が高くなったとしても、砦側の混乱と隙を狙ったイペスの狡猾な作戦であった。先にTドラゴンがやって来たのもホーリーフィールドをあらかじめ張らせる為だろう。
「瑞香様!」
「わかりました!」
クリミナから話を聞いた琉瑞香は超越のホーリーフィールドを砦の屋上付近へ張ってゆく。クリミナもデビルが完全に拡散する前に達人級のホーリーフィールドをディテクトアンデッドで把握しながら展開していった。
「柳絮君、頼んでおいたのを頼むのデス〜」
ラムセスはシルフ・柳絮にトルネードの魔法を指示する。近づいてきた蜂に化けたデビルが強烈な風に巻き上げられた。
その上でラムセスはサンレーザーで一体ずつを潰してゆく。フィディエル・花水木もウォーターボムで手を貸してくれる。ホーリーガーリックを焚いて少しでも有利な状況にするのを忘れないラムセスだ。
屋上付近には別依頼の冒険者達の姿もある。
一部のデビルが元の姿に戻り、屋上で暴れ始めた。
そうこうするうちにエフォール副長がぼろぼろと崩れ落ちる様をデビル等は目撃した。アニエスがエフォール副長に貸した盾の力で作られた灰の身代わりであったのだ。
「厄介です‥‥」
大宗院鳴はラ・ペの周辺で隊員達と共に戦う。ライトニングサンダーボルトの稲妻を密集する蜂に化けたデビルに向かって走らせる。
ラ・ペの上で元の姿に戻ったデビルを優先的に倒してゆくがあまりにも数が多かった。約二時間が経過し、ホーリーフィールドは一つも残っていない状況となっていた。
エフォール副長は部下達と共にヘルズゲートへと通じる扉を守る。屋上にいた冒険者達も加勢する。
別依頼の冒険者バードは屋上に残り、捨て身でムーンアローを放ち続けた。
自分を傷つけていた光の矢が、ある時から飛び去ったままで戻らなくなる。光の矢を放つ時に思い描いていたのはイペスの特徴。つまりイペスがムーンアローの届く距離に入った事を示していた。
すぐにテレパシーで扉付近を守る仲間へとバードは連絡をとった。その情報は扉を守る冒険者達、そしてエフォール副長にも伝わる。
「イペス!!」
エフォール副長はヴェルナーエペ・影打を手にグリフォンへ跨り、砦の外へと飛びだした。光の矢が向かう先へと。
上空のTドラゴンがエフォール副長の姿を見つけると急降下を始める。
エフォール副長の危機だが、Tドラゴンの動きが読めやすい状況でもあった。この機会を見逃さず、大宗院透は射ったボルトをTドラゴンの額に命中させた。
コルリスのオーラショットも追い打ちをかける。
さらに地上のラムセスが『落ちたる星の欠片』という名のナイフの力を借り、強力なサンレーザーを落とす。輝き呻いたTドラゴンは軌道をそらして地面へと激突する。
その衝撃でエフォール副長はグリフォンの背中から地面へと投げだされた。
数多くのデビルの爪がエフォール副長に襲いかかる。その中には元の姿へと戻ったイペスの姿もあった。
「わたしのおかげで波乱な人生を楽しめただろう? それもこれで終わり」
血を吐いたエフォール副長にイペスが目を細める。
「何の策もなく、デビルの直中に飛び出す程‥‥馬鹿ではない。ましてやお前と差し違えるつもりもな。そんな価値がお前にあろうはずがないからな」
「負け惜しみを」
心臓に突き刺していた爪をイペスがゆっくり抜くと、エフォール副長は地面へと右膝をついた。
しかし完全に倒れなかった。次の瞬間、エフォール副長の刃がイペスの腹を割く。決して最後の悪あがきでつけた浅い傷ではない。力の入った渾身の一振りであった。
アニエスからもらった泰山府君の呪符を計算に入れていたエフォール副長だ。
地上の冒険者達も駆けつけて周囲のデビルとの戦いを引き受ける。
Tドラゴンとの戦いも最後を迎えようとしていた。
クレアと大宗院鳴による連続のライトニングサンダーボルトがTドラゴンを激しく焦がす。
ラルフェンがTドラゴンの左の翼を、アニエスが右の翼を二度と飛び立てない程に切り裂く。
最後に三笠明信が首を斬り落とした。しばらく痙攣していたTドラゴンの離れた頭部と身体はやがて動かなくなる。
エフォール副長によってイペスにも止めが刺される。
イペス配下であった生き残りのデビルは撤退してゆく。
即座にクリミナと琉瑞香のリカバーによる治療が始まる。別依頼の冒険者クレリックも手伝ってくれたが、すべてをまかなう程の余裕はなかった。
そこで秘薬「春眠暁覚」も使われる。同じ大部屋で眠ってもらい、一晩をかけて治療が行われるのだった。
●そして
帰る機会を失った別依頼の冒険者六名は五日目の夜明け前にパリへの帰路についた。強行軍になるが、おそらく今日中にパリへ到着出来るであろう。
残った冒険者十名は引き続き砦の警備や修理などを手伝った。そして七日目の昼頃に馬車で砦を後にする。エフォール副長を始めとした討伐隊の隊員達に感謝されながら。
八日目の夕方にパリへ着くと、アニエスは道すがらの吟遊詩人に記した羊皮紙とお金を渡して頼んだ。エフォール副長の英雄詩を作ってパリ中に広めて欲しいと。
「かのご婦人の為にも、副長の仇敵を倒せてよかった」
ラルフェンはアニエスの様子に頷いてみせる。
冒険者ギルドで報告を済ませた時、アニエスは母セレストからの手紙を受け取って青ざめる。肉親が亡くなった知らせであった。
イペスとトーネードドラゴンという敵が消え去った事実は、ヘルズゲートを抜けた先にあるアガリアレプト・地獄階層で戦う討伐隊・進攻隊にとっても朗報といえた。
もう少し時間があれば砦の復旧に手を貸せたのにと考える冒険者達だが、依頼は完遂したといえる。
エフォール副長からの追加報酬を分け合い、冒険者達は解散した。