【銀糸の歌姫】水護る円盤と鎮めの儀式

■シリーズシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月14日〜05月20日

リプレイ公開日:2008年05月20日

●オープニング

 それが始まったのがいつ頃からだったのか、はっきりと覚えている人はいない。
 リンデン侯爵領では、いつの間にやら水害が相次ぐようになっていた。
 付近の海は荒れ、領地では川が氾濫したり雨が降り止まなかったり。
 撒いた種は流れ、草花は根から腐りだし、新しい種を植えようにも雨が降り止まないことにはどうしようもない。
 人々は領主である侯爵に、領地の置かれている状況を報告し、対処を願い出た。
 だが領主とて人。自然の災害には成す術がない。
 人々は噂した。
「水精霊様のお怒りをかってしまったのだ」と。
 具体的に何が怒りをかったのかまでわかっている人々はいない。だがそうとでも考えないと、この不自然な水害の頻発に説明がつけられなかったのだ。
 何か原因を見つけることで人々は不安な心を支え、そして日々生きる意志を見出しているのだ。

 +−+−+

「鎮めの儀式‥‥ですか?」
 リンデン幻奏楽団に所属したばかりの歌姫、エリヴィラが初めて侯爵との目通りを許された日。彼女は初めてであった侯爵から、重要な任務を告げられていた。
 表向き、眠り続けていたという侯爵が目覚めたと知らせを受け、侯爵お抱えの楽団員である彼女は、入団の挨拶をしに行くだけだと思っていた。だが知らされたのは――
「そうだ。ここの所続いている水害の話は耳に届いているかね?」
「‥‥はい。少しならば」
「その水害を鎮めるため、水精霊様を鎮める儀式を行う。その儀式の中心として、君には出てもらいたい」
 侯爵は銀糸を纏ったエリヴィラをじっと見つめた。
「君の歌声が、精霊も聞き惚れるほどの素晴らしいものだということは聞き及んでいる。この儀式で、その歌声を披露して水精霊を鎮める巫女となって欲しい」
「‥‥私には、精霊様をお鎮めするなんてとても‥‥」
 『精霊も聞き惚れる』というのは彼女の素晴らしい歌声に対してつけられた、いわば彼女の歌唱力を示す比喩だ。本当に精霊が彼女の歌声に聞き惚れたかどうかは定かではない。だが重要なのはそこではなく――
「それでも、いいのだ。我が侯爵家が管理する泉の湧き出る洞窟の祭壇にて、水精霊を鎮める歌を歌ってもらえれば」
 ――そう、これはある意味生贄。
 この儀式で本当に水害がおさまってくれればもうけもの。おさまらなくても「鎮めの儀式を行った」という事実があれば良い。万が一民たちが儀式の失敗を責めた場合は――エリヴィラに責任を取らせればよいのだ。
「――かしこまりました。その役目、受けさせていただきましょう‥‥」
 断れるはずなど、ない。相手は彼女の雇い主なのだから。
 そう、彼女はただ歌うだけ。
 魂からの歌声を届けるだけ。
「この儀式には我が家の宝、『水鏡の円盤』を祀る。『水を操り、真実の姿を映す』エレメンタラーオーヴという宝だと伝えられている。真偽は定かではないが」
「水鏡の円盤‥‥エレメンタラーオーヴ‥‥」
 初めて聞く言葉を、エリヴィラは小さく復唱した。そのような宝を出すということから、リンデン侯爵がこの儀式に本気で臨もうとしている事がわかる。

 ――失敗は、許されないのかもしれない。

 だが、成功する保障など何処にもない。
 それでも、彼女に拒否する権利はないのだった。

●依頼内容
・儀式の間、儀式会場となる洞窟を警護せよ
・洞窟内にはエリヴィラ、リンデン侯爵ラグリア、子息セーファス、ディアス、そして数人の侯爵の親族が参加します
・リンデン侯爵家秘蔵のお宝が持ち出されるとあって、盗賊がその宝を狙っているという噂があります
・洞窟入り口、洞窟内、泉の湧き出る祭壇広場を警護し、盗賊が現れた場合は排除してください
・宝が奪われる、儀式が中断する(=エリヴィラが歌を最後まで続けられない)、要人に被害が出ると失敗となります
・儀式の成功/失敗は成否判定に含まれません

●今回の参加者

 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb3446 久遠院 透夜(35歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb8962 カロ・カイリ・コートン(34歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec1370 フィーノ・ホークアイ(31歳・♀・ウィザード・エルフ・メイの国)
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●粛々と
 その日もリンデン侯爵領は、雨に包まれていて――。


●提案
「アマツ・オオトリと申す」
「カロ・カイリ・コートンじゃ」
「フィーノ・ホークアイじゃの」
 エリヴィラの手を通じて事前にリンデン侯爵に面会を求めたのは三人。
 ジ・アースの騎士であり、リンデン幻想楽団の兼任団員でもあるアマツ・オオトリ(ea1842)。メイの鎧騎士であり、地方の領地出身のカロ・カイリ・コートン(eb8962)とその友人の魔術師、フィーノ・ホークアイ(ec1370)。主に侯爵と話があるのはアマツとフィーノであり、カロは二人の謁見がスムーズに行くようにと、その立場を利用して同伴しているだけだったりするのだが。だが勿論、彼女の存在はないよりある方が侯爵の心証も明らかに変わってくるのである。
「ご多忙の所謁見の快諾、感謝いたす。手短に用件を述べさせていただこう。まずは儀式の行われる洞窟の下見をさせていただきたい」
「それは許可しよう。入り口に侵入禁止の為のロープを張ってあるので、それをまたいで入ってもらえればと思う。案内は――」
 と侯爵が口にしたと同時にアマツが不要、と右手を差し出す。侯爵も今回雇った冒険者の中に以前件の洞窟へ赴いたことのある雀尾煉淡(ec0844)がいたことを思い出したのであろう、「うむ」と頷いた。
「私の方からは、当日の私兵の動きについて相談したいのじゃが」
「ふむ、何かね」
 フィーノの言葉に、侯爵は顎に手を当てて続きを待つ。彼は特に彼女のその物の言い方に不満を感じている様子はない。
「下見で洞窟内に他の入り口を発見した場合、労働力を募って一旦閉鎖願いたい。当日は要人警護を残して入り口を重点的に警護してもらいたい」
「勿論、入り口にはあたしら冒険者もおるがの」
 フィーノの言葉を補足するようにカロが述べる。侯爵はその提案を受け入れ、私兵の配置を変更することを快諾してくれた。


●吐露
 エリヴィラを除く一行は、儀式前日に件の洞窟の下見に来ていた。案内役は過日この洞窟に入ったことのある煉淡である。
「この一本道を抜けると問題の祭壇です」
 煉淡は仲間を先導しつつ、過日の戦いを思い出す。リンデン公爵夫人に取り憑き、思うが侭に操って魂を集めていた『心惑わすもの』との戦いを。
 その場所は開けていて、広場ほどの大きさがあり、中心に大きな泉がある。その泉の真ん中に石舞台が築かれていて、その上に祭壇がある。◎の外円を泉の外周、内円を石舞台と考えればわかりやすいだろう。その石舞台に向けて、道となる飛び石が設けられていた。明らかに自然の洞窟に手が加えられている。漏れ聞く所によれば、普段はリンデン侯爵家が直属に管理して立ち入りを禁じている特別な洞窟だという。
「ここでエリヴィラが歌うんだな」
 久遠院透夜(eb3446)は滑らないように気をつけつつ、飛び石の上を歩いて祭壇へ近づく。祭壇は何か置く事ができるような造りになっていた。恐らく儀式当日はここに『宝』が置かれるのだろう。
 泉の中も念のため確認を――と水に手を伸ばしかけた透夜をフィーノが止める。
「私に任せておけ」
 彼女は自慢の視力でまずは泉の中を確認した後、ブレスセンサーを使用して泉の中で呼吸をする者がいないか確認した。反応は――ない。
 アマツとカロは事前情報になかった祭壇の裏手へと回る。するとそこに身じろぎする影が――
「祭壇の後ろだ!」
 ブレスセンサーに仲間のものとは違う呼吸を感じ取ったフィーノが叫ぶのとほぼ同時。
 歴戦の戦士であるアマツとカロは素早く得物を抜き、その不審者に斬りかかる。不審者の数、二人。
 アマツとカロが不審者に対峙している間に他の仲間も近寄り、加勢する。不審者はその抵抗空しく気を失い、土御門焔(ec4427)によってしっかりとロープで縛られた。
「祭壇裏に他の出入り口はないようですから、もし下見をしなければこの者達が儀式を壊しに飛び出たのでしょう」
 焔はならずものといった風情の不審者を縛り上げながらぽつりと漏らす。祭壇という大きなものに目を取られ、そして要人警護に意識が割かれるだろう当日、その場所は前日から潜んでおくには絶好の場所だったのかもしれない。
「だが賊はこれだけとは限りませんから、明日も警戒が必要ですね」
 煉淡の言葉に全員が気を引き締めて頷く。事前侵入が失敗したのだから、敵は正面から攻めてくるしかないだろう。そうだ、また侵入されないように入り口に見張りを立ててもらうよう侯爵に要請しなければ――誰もがそんな事を考えていたその時、鞭をしまったキース・レッド(ea3475)が思い切ったように口を開いた。
「皆に、謝らなければならない」
 その表情は酷く思いつめたようで。いつもの彼の軽口は、飛び出てきそうになくて。一体何事かと仲間が彼を振り向く中、キースは思い口を開いた。
「僕は今回、個人的な感情で動いている。まずそれを謝罪したい」
 彼はエリヴィラを護るためだけに動いている――そう言っても過言ではなかった。
 かつてハーフエルフの盗賊団を依頼で全滅された男だというのにな、そんな自嘲的な想いも抱きつつ。
「依頼に個人的な感情を持ち込んですまなかった。だがその上で皆に願いたい。

 ――僕と一緒に、エリィを護って欲しい」

 キースは深く、頭を下げた。
 沈黙が、場を支配する。
 それを破ったのは透夜。
「私とて、友であるエリヴィラを護りたくて動いている。絶対に、彼女を人身御供になどさせない」
 それは力強い言葉。
「今更何を言うかと思えば、のう、カロ」
「ああ」
 呆れたように、そしてその中に多少の微笑を混ぜて旧友に問うフィーノ。
「俺たちは仲間です。もちろん、エリヴィラさんも」
 煉淡の言葉に焔も頷いてみせる。
「ふふ、歌姫はか弱き女子ぞ。余り鼻息を荒くしては、嫌われてしまおうとも。なあ、英国紳士よ」
 アマツも揶揄するように笑みを見せた。
 キースはそれで悟るのである。皆が、自分と同じくエリヴィラを護ろうとしているという事を。
「ふ‥‥愛に殉ずるも又、人の道故に」
 ふ、と過去を思い出して呟かれたアマツの言葉は、その思い出を振り切るように振られた彼女の頭から、思い出と共に霧散していく。

 かくして儀式の日は、迎えられる事になったのである。


●円盤
 ざわざわざわ‥‥。
 要人達の声を抑えられた雑談も、洞窟内では反響して思ったよりも大きな音となって。
 反響するその声は、洞窟入り口を固める者達にも僅かに届くほどで。
「エリィ、僕だって君から離れたくはない。だが今回君の側にいるべき能力を持っているのは僕ではない。依頼成功の為には、クールに徹する――それが集まってくれる仲間に示せる僕の誠意だ」
 キースの真っ直ぐな瞳、それを受けてエリヴィラはゆっくりと頷いてみせる。その顔に笑顔は浮かばないが、彼を安堵させるために。
「私は骨の髄までメイ産のエルフだが‥‥ま、冒険者やっとる時点で今更だの。友人にも何人かハーフエルフはおるし、その上でだ」
 フィーノがずずいとエリヴィラに近づき、指を突きつける。
「‥‥暗い面してるハーフエルフにゃ個人的に思う所があっての。腸が煮えてかなわん。その面、その内笑かすから覚悟しとけ」
「え‥‥」
 その言葉に驚いたのか、エリヴィラは大きく目を見開いてフィーノを見つめた。その首から下げられた布を、カロが横から引っ張る。
「お主も何暗い顔をしちょる! 相変わらず妙な布を巻きおってー」
 それは旧友だからできる行為で。それを知らぬエリヴィラは、更に目をまぁるくして。
「ん? あたしは冒険者じゃきに、気にはならんにゃあ。ただそれを理由にどうこうするのは、気に喰わんがな」
 彼女のその表情をハーフエルフについての意見を求めていると取ったのか、カロはフィーノの「ねくたい」を引っ張りながらからっと告げる。
「いえ、そうではなくて‥‥」
 首を締め上げられて顔色を変えているフィーノは大丈夫なのか、そう問いたかったエリヴィラだがその言葉は刻限を告げる侯爵の使いに遮られた。
「エリヴィラの歌は、きっと精霊の心だって打つ。そう信じてる」
 透夜はエリヴィラに向かって手を差し出す。自分が不安になってどうする、と自信に気合をいれ、彼女の手を受ける。乗せられたその白い手。重なったその部分から僅かだが震えを感じる事が出来た。
「護りますから、安心してください。狂化も、させません」
 祭壇側でランタンを持ち、待機する予定の煉淡がその小さな震えに気がつき、優しく声をかける。
「私も警戒しながら洞窟内を照らします。安心してください」
 ライトのスクロールで洞窟内を照らす予定の焔も、彼女を励ますように声をかけた。
「不遜な輩現れたとて、決して歌姫殿の元まで到達させやしない」
 アマツの、端的だが強い意思の感じられる言葉。
 それらを感じたエリヴィラが紡いだ言葉はただ一つ。
「‥‥‥ありがとうございます」
 笑みが伴わないものであったが、それはこの場に一番相応しい言葉であろうから。


●儀式
「さあ‥‥歌姫、参りましょうか」
 透夜のエスコートでエリヴィラは飛び石をわたる。リンデン侯爵を初めとした要人の視線が痛いほど自分に突き刺さっているのを感じた。側につき従うのは伴奏役の透夜と灯り持ちの煉淡。焔は要人達の後ろで敵が入って来た時の為に探査魔法を使用していた。
 煉淡から貰った水姫のマントがランタンの光に照れされ、翻るそれは影を揺らめかせる。
「(これが、『水鏡の円盤』――)」
 祭壇に辿り着いた三人は見た。そこ祀られている円盤を。
 直径25cm程度の銀製の円盤の真ん中に、拳大ほどの青い宝玉が埋め込まれている。その中に、妖精の様なものが透けて見える――これがエレメンタラーオーヴと呼ばれる所以だろうか。
 『水を操り、真実の姿を映す』宝だと伝わってはいるものの、現侯爵自身その宝の持つ効果を詳細に把握しているわけではないらしい――だとすれば、仲間の危惧したとおりエリヴィラを傷つける何かが映るかもしれない。けれども彼女は恐れない。心強い仲間がいるのだから。
 大きく、息を吸い込む。
 透夜の竪琴が音を立てたと同時にエリヴィラも煉淡の作成した歌詞を紡ぐ――。

 さあ扉を開きましょう
 流れる音に身を委ね
 一人の謡が貴方のもとへ参ります

「始まったようじゃの」
 洞窟の奥から反響して微かに漏れ聞こえるその歌声を耳にし、カロが呟く。
「こちらも、始まりのようだの」
 脇の森に注意を払っていたフィーノが答えた。
 雨は薄布のように視界を遮るが、それでも彼女の『眼』を塞ぐ事は出来ない。
「は、まるっとお見通しだ阿呆め」
 フィーノのヘブンリィライトニングが森の木々に隠れるようにしていた敵へと落ちる。

 雪解けの歓び
 せせらぎの囁き
 音を織り成し
 祈りを重ね

「我が名はアマツ、アマツ・オオトリ! 我は悪を断つ剣なり!」
 アマツが雨の音に負けじと大音声で名乗りを上げる。カロが得物を抜き放つ。
 敵は隠れるのをやめ、洞窟入り口へと殺到してきた。
「全部で8人、逃がすでないぞ」
 フィーノが後方から私兵たちに指示を飛ばし、再びヘブンリィライトニングの詠唱に入る。

 歓び溢れる波に生まれる恵み
 生きとし生けるもの全ての中に
 貴方にも物語は宿ります
 それはとても尊く愛おしい

 キースは閉じていた目を開いた。
 入り口と祭壇広場の中間である通路にてエリヴィラの歌声に耳を傾けていた彼だったが、それを邪魔する足音が聞こえてきたからだ。
 辛うじて入り口の包囲を抜けたのだろう。満身創痍のならずものが、入り口から駆け入って来る。彼はそれを難なくホイップで絡め取った。
「誰であろうと、エリィの邪魔はさせない」

 泉は滴る思いを湛え
 謡わん
 波紋の舞踏
 流水の律動

「出来るだけ生かして捕えるぜよ!」
 カロが三人目のならず者に膝を付かせて叫ぶ。
「チェストォォォォォッ!!!」
 アマツの叫びが雨の音を掻き消す。
「喰らえ、天雷、ヘブンリィライトニング!!」
 フィーノの魔法が雲から絞られ落ちる。

 どうか貴方に芽生えた
 物語の名を聞かせて下さい
 清き想い
 秘めたその願いを

 表での攻防が終ったその時、辺りに響くのは雨の音だけだった。
 自らを打つ雨の雫とその雨音のみに包まれた三人は、それで儀式の終了を知る。

「「無事に終わった‥‥か」」

 それは冒険者皆の呟き。心の声。

 エリヴィラの歌と願いは水鏡の円盤とエレメンタラーオーヴに、そして水精霊に捧げられた。
 その願いを水精霊が聞き遂げるかどうかは、目に見える変化が現れるのかどうかは、まだ判らない。
 ――もどかしいが、数日置いて様子をみる他ないのであった。