【銀糸の歌姫】青空の下で目覚めの歌声を

■シリーズシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月03日〜09月09日

リプレイ公開日:2008年09月12日

●オープニング

●戻ったもの、戻らないもの
 リンデン侯爵領に青空が戻った。
 長雨や津波、川の氾濫で被害にあった地域の復興も順調に進んでおり、人々の顔にも笑顔が戻った。
 以前メイディアの宮廷絵師と冒険者有志によって描かれた晴れ乞いの絵はアイリスの侯爵邸の外塀に張り出され、民達の心を癒している。

 だが、過去を覗く者率いるカオスの魔物の襲来で瀕死の重傷を負った歌姫エリヴィラは、未だに目覚めていない――。

 リンデン幻奏楽団の自室ではなく、侯爵家の一室にてエリヴィラの療養は行われていた。多数の火傷、そして背中に深い爪痕を負った歌姫は、冒険者によるリカバーの処置が早かったおかげで一命を取り留めた。だが流れた血は多く、致死量一歩手前だったという。
 傷を負った他の冒険者達もリカバーで傷を癒され、一人とて欠けることはなかった。そしてこの地に雨を降らせていた過去を覗く者も退治できて僥倖と言うべきだ。だが、やはり苦労を共にしてきた歌姫の昏睡は仲間達の心を締め付ける。

 厚く垂れ込めた空が晴れた時、晴れ乞いの儀式が成功したと領民の誰もが実感した。そして歌姫と冒険者を称え、領地各地から一目活躍の立役者の姿を拝したいとアイリスに人々が集まってきていた。だがエリヴィラは眠り続けている。侯爵家は「歌姫は儀式の疲れで暫く休息をとっている」と民に説明しているが、それがいつまでも通用するわけがない。かといって「領地をカオスの魔物が制圧しようとして雨を降らせていた。歌姫はその魔物退治のときに傷を負った」と説明をして民にいらぬ心配をかけるわけにはいかない。いくら退治したと言っても、人々の心は不思議なもので、「また現れるかもしれない」と誰かが一言言い出せばそれは波紋のように人々の間に広がる。
「‥‥‥何とかして、歌姫を人々の前に出さなくてはならない」
 リンデン侯爵ラグリアは渋い表情で呟いた。彼とて歌姫の病状を案じているが、領主として期待を寄せる領民に対し何らかの処置をしなくてはならないのだ。
「ですが父上、歌姫は未だ目覚める気配が‥‥」
「それでも、だ。なんとしてでも目覚めさせて、民の前に姿を見せてもらわなくては」
「‥‥それが政治、ですか」
 歌姫を思う冒険者達に聞かれたら、さぞかし憎まれますよ、と子息セーファスは溜息をつく。
「館のバルコニーに椅子を置いて、そこに座って民達に手を振ってもらうだけでもよいのだ。活躍した冒険者達と共に一目その姿を見れば、民達も満足するだろう」
 リンデン侯爵領において、儀式を成功させた歌姫の人気は日に日に高まっている。歌姫が休息中だと知り、贈り物だけでもと領主館に届けられた品物は多い。食料品は傷んでしまう前に幻奏楽団の仲間に配られたが、それ以外の花や衣類、装飾品の類などは彼女の眠っている部屋に所狭しと並べられている。ただ、彼女の枕元に置かれているのは、決戦の前にある冒険者から貰ったドレスと、涙の形にカットした淡いピンクの宝石のついたネックレスだけだ。まるでそれが彼女にとって特別なものであるように。
 人々の気持ちとは不思議なもので、最初に儀式が失敗したときは歌姫のせいだと罵った人達も、今では掌を返したような態度だ。だがそれを責める事はできまい。人の心は弱いものだから。
「魂を奪われたままの津波にあった街の人々、地下牢のディアーナ‥‥そして、再びカオスの魔物に唆されていた母上。解決すべき事はまだまだあります。冒険者を募りましょう」
「ああ‥‥。それには賛成だ。冒険者達には苦労をかけるな‥‥。その上、最終日までに歌姫の目を覚ましてもらいたい。最終日には、館の前集まった民達に、バルコニーから姿を見せて欲しい。冒険者達にも、自分達の救った人々の笑顔を見て欲しい」
 セーファスの言葉に頷くラグリア。彼とて自分の言っている事が無理難題だということはわかっている。だがこれ以上民を抑えて置けないのも事実。あまりに長引けば、侯爵家が歌姫を独り占めしていると暴動が起こらないとも限らない。
「私たちや施療師達にはない歌姫との繋がりが、冒険者達にはあります。彼らならばあるいは奇跡を起こしてくれるかもしれません」
 一縷の望みを抱き、セーファスは冒険者ギルドへ依頼を出すための手紙を書き始めた。

●不安と葛藤
 あなたは‥‥私?
「そう、私は貴女」

 暗闇の中、蹲っていたエリヴィラの前に、もう一人の自分が現れた。恐る恐る問う彼女に、もう一人のエリヴィラはあっさり答えた。

「貴女は何を怯えているの? 何故怖がっているの?」
 私が‥‥怯えている?
「そう。貴女は怖いのよ。だから眼を覚まそうとしない」

 もう一人のエリヴィラは、本物のエリヴィラとは違うきつい口調で彼女を責める。

「目を覚ました時、周りに誰もいなくなっているんじゃないかと怯えているのよ。忘れたの?」
 忘れた‥‥?
「貴女を信頼してくれる仲間を。貴女を導いてくれる仲間を。貴女を支えてくれる仲間を」
 忘れてなんか、いない‥‥。

 そう、エリヴィラは覚えている。信頼して欲しいと言ってくれた友を。見守ってくれた友を。支えてくれた友を。選択へと導いてくれた友を――愛してくれた人を。

 でも‥‥。
「出自が不安? そんなの関係ないって何度言われた?」
 違う、そうじゃなくて‥‥。
「これまで側にいた仲間が離れていくはずはない、それを一番知っているのは貴女のはずでしょう?」

 こくり、本物のエリヴィラは頷く。
 目覚めたらきっと、彼女達は自分を抱きしめてくれるだろう。
 それに彼女には、果たさなければならない約束があった。

 大切な仲間達にはとても会いたい‥‥けれども、不安なのです。
「‥‥‥‥」

 ぽつり、呟いた彼女に、もう一人のエリヴィラは黙ったままその言葉を待つ。

 あの人は‥‥『誰の為に』私を愛してくれたのでしょうか‥‥。
 『誰の為に』私の名を‥‥呼ぶのでしょうか‥‥。

 友人達の愛情は、溢れるほどに感じられる。素直に受け止められる。
 だが、異性としての愛情には、未だ不安が残る。素直に受け止める勇気がないのだ。
 エリヴィラの呟きは、暗い闇の中に寂しく響いた。


●片付けるべき内容
・眠り続けるエリヴィラの目覚め
・津波にあった町で魂を抜かれた人々
・侯爵夫人(侯爵家に丸投げも可)
・ディアーナ(侯爵家に丸投げも可)
・水鏡の円盤の対処(侯爵家に丸投げも可)
・最終日に行われる、冒険者と歌姫のお披露目の式典
・他に気になる事があればそれらの調査

●今回の参加者

 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3446 久遠院 透夜(35歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb3771 孫 美星(24歳・♀・僧侶・シフール・華仙教大国)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●眠り姫は
 侯爵子息セーファスに案内されて、一同は眠り続けるエリヴィラの元を訪れた。そこは広めの客間で、その中には沢山の花や置物、色々な贈り物であふれていた。民からの贈り物が多いため、質がいいものばかりとはいえないがその心はひしひしと伝わってくる。
「‥‥紳士、入らぬのか?」
「‥‥いや、僕は‥‥」
 入室した他の者達に続いて室内に足を踏み入れようとしていたアマツ・オオトリ(ea1842)は、ふと足を止める。キース・レッド(ea3475)が廊下の壁に寄りかかり、動こうとしないのだ。
「そなたに思うところがあるのはわかる。好きにするがよい。だが‥‥」
 アマツはキースの前へと歩み寄ると、おもむろに日本刀を抜いて見せた。
「貴様がもし不覚悟を見せたなら、歌姫を不幸にするならば、斬る」
「‥‥‥」
 キースの沈黙を了解と取ったのか、アマツはキンと音を立てて得物をしまうと、ゆっくりと室内に歩み入った。


「清潔に保たれているアルね」
「毎日メイドに世話をお願いしていますから」
 エリヴィラの顔に自分の顔を寄せた孫美星(eb3771)の言葉に、扉の側で控えているセーファスが答える。きちんと清潔を保つ為にメイドにエリヴィラの身体を拭かせているのだという。少し薬草の匂いがするのは、彼女の身体を保つ為の薬湯の故か。
「早く起きて一緒に遊ぼうアル」
 閉じられたままの瞳を飾っている長い睫毛を見つつ、美星が呼びかける。その上からエリヴィラの顔を覗き込むようにして、フォーリィ・クライト(eb0754)が呟いた。
「今更だけど、寝顔も美人よねぇ。あたしとはえらい違い」
「フォーリィさんもかわいいアルよ?」
 見上げた美星の言葉に「ありがと」と彼女は笑って答える。
「ほら、起きないと悪戯しちゃうわよ、ほら、起きろー」
 つんつん、フォーリィはエリヴィラの頬をつつく。できるだけ明るく。
「‥‥皆待ってるからさ、できるだけ早く起きてきてよね」
 それでも、声のトーンが一段落ちる。フォーリィはつつくのを止め、エリヴィラの白い頬に手を当てた。
「休暇の話でてるけど主賓がいないんじゃ話になんないから。釣りや乗馬に泳ぎとか色々教えたげるから、きっと楽しいよ、ね」
 彫像のように動かないその姿を見ていると、眠っているのではなく死んでしまったのではないかと厭な想像がよぎる。だがフォーリィは常に前を向いている。この手から伝わってくる熱が生の証拠。エリヴィラは必ず目覚める。そう信じてる。だから、この先の話をするのだ。
「エリヴィラ」
 ゆっくりとベッドの足に近い位置から声を投げかけるのは雀尾煉淡(ec0844)だ。
「ある朝目覚めた時、待ち望んでいた光景の中に自分がいる事に気づく。そんな日が訪れる事を私も願っています」
 彼はこれから美星と共に抜かれた魂である白い玉を捜しに出掛ける。それを見つけたとしても返しにいくなどすれば時間がかかり、式典の前日まで彼女と顔を合わせることはできないかもしれない。だから今のうちに自分の心を告げておく。今のうちに、彼女の顔を見ておく。
「エリヴィラ‥‥雨が上がり‥‥人々にも笑顔が戻った。すべて‥‥お前の歌が導いた光だ。お前が、そこで歌わなくてどうする‥‥私達も、民も、そして歌われるべき歌も、皆お前を待っているんだ‥‥」
 久遠院透夜(eb3446)はベッドの反対側に膝をつき、エリヴィラの手を握って訴える。まるで泣きそうな表情で。彼女が倒れた時は悲しく、辛く、後悔したから――。
「歌姫よ、そなたを慕い、待っている者がこんなにもいる。そろそろ目覚めても良かろう」
 エリヴィラを妹のように見守るアマツの瞳。それは優しく、彼女の幸せを願う瞳。
「さて、いつまでもこうしてばかりでは何も解決しません。ここはお任せして、我々は白い玉の捜索へ向かいましょう」
「了解アル」
 煉淡が歩みだすと共に美星もふわり、飛び上がる。二人はまず、先日過去を覗く者と雌雄を決したあの洞窟へと向かう予定だ。
「あたしたちはまず、侯爵に会いに行きましょう。セーファス、会えるわよね?」
「もちろんです。ご案内します」
 フォーリィの言葉に頷いたセーファスは、扉を開けて一同を促す。アマツも透夜も侯爵に進言したい事があるため、一度エリヴィラの側を離れざるを得なかった。
 部屋を出る前に一度、透夜はエリヴィラの眠るベッドを振り返った。


●白い玉を捜しに
 戦闘の行われた洞窟は今は入り口にロープが張られ、以前のように立ち入り禁止の状態となっている。そこに立ち入る事については侯爵の許可を得ている為問題はなかったが、洞窟の出口に広がった大きな赤黒い染みと、洞窟の中へと続く道に点々と落ちている乾いた血の跡が、先日の戦いの熾烈さを表しているようだった。自然とエリヴィラが倒れたその光景が、浮かんできてしまう。
「あの時、美星さんがいなければ‥‥エリヴィラの命は危なかったでしょうね」
「傷も深かったアルし、出血も多かったアル。あれ以上出血したら、危険だったアル」
 かくいう美星自身も沢山の傷を負い、自分と仲間をリカバーで治すことに追われていた。それでも最後の力を振り絞ったリカバーが、エリヴィラの命が零れ行くのを食い止めたのである。
「煉淡さんも侯爵家の二人を頑張って守り続けていたアル。あの二人にもしもの事があったら、過去を覗く者を倒しても大変な事になっていたアル」
「そうですね。侯爵はもちろんの事、過去を覗く者に脅されていたとはいえ侯爵夫人ですからね。守れてよかったです」
 まず美星のディテクトアンデッドで不穏な気配がないか確かめ、煉淡がディテクトライフフォース、スクロールのリヴィールマジック、ミラーオブトルースで辺りを探索する。
「ここにはないようですね」
「じゃあ中を調べようアル」
 祭壇の広場へ至る道の各所で、そして広い広場での探査は時間もかかるし魔力も消耗するだろう。だが頑張らなくてはならない。魂を抜かれた人たちの為にも。


「さて、広いですね。目視できる範囲には白い玉らしきものは転がっていませんが。祭壇側の泉部分は怪しいでしょうか」
「あたしと透夜さんが過去を覗く者と戦った、祭壇裏が怪しいアル!」
 あの時は広場中に霧が満ちていて――確か過去を覗く者は「霧吐く鼠」といっていただろうか――白い玉が落ちていないか探す余裕などなかった。だが今は違う。美星と煉淡以外の生命反応はなく、視界はクリアだ。
 二人はまず、祭壇裏へと向かった。
「あれじゃないアルか?」
「そのようですね」
 祭壇裏、洞窟の壁付近にいくつかの白い玉が転がっていた。煉淡は注意深くそれらを拾い上げる。
「念のため泉の中も探すアル。煉淡さんはだいぶ消耗しているから代わるアルね」
 美星は煉淡からリヴィールマジックのスクロールを受け取り、泉の中を探索する。
「反応があったアル!」
 スクロールを煉淡に手渡すと、美星は身体や羽根が濡れるのにも構わずに泉へと飛び込んだ。そして3つの白い玉を順に、両手で抱えて泉の外へ出す。
「‥‥‥おかしいですね」
 その玉を拾い上げた煉淡がポツリと呟いた。美星は泉から出、ふるふるっと水気を飛ばすようにしながら首を傾げる。
「数が合いません。津波の街で魂を抜かれたと思しき人達の数とディアーナ‥‥それをあわせた数に、いくらか足りません」
「まだ、探し残しがあるということアルか?」
「一応広場全体を探してみて、それで見つからなければ一度侯爵家へ戻りましょう。この中のどれかがディアーナの魂かもしれませんし。後は街の人たちに魂を返しながら、クレアボアシンスのスクロールを使って探してみます」
 煉淡は白い玉を丁寧にバックパックへと仕舞い、美星と手分けして広場の捜索を始めた。


●素直に思い告げるために
 彼はふらり‥‥よろめくようにしながらその部屋に入った。その部屋に彼女以外いないのは確認済みだ。それでもなぜか、扉を閉める時は音を立てぬよう、細心の注意を払ってしまう。
 彼はここ数日、寝食も忘れてずっと考えていた。唯一つ――彼女の事だけを。
 自分は何故、彼女を愛したのだろうか。
 今まで自分の気持ちを色々な理屈や言葉で飾った。そうする事で彼女を愛する自分というものに酔っていたのかも知れない。
 けれども――。
 彼、キース・レッド(ea3475)はふらり、倒れこむように彼女の眠るベッドサイドに膝をついた。そしてその青白い横顔を見つめる。
「‥‥エリィ‥‥」
 呟く。愛称で呼ぶことを許してくれた時の彼女を思い出して。
「エリィ‥‥」
 その白い指に手を這わせる。共に過ごしてきた日々を思い返して。
「‥‥‥エリィ」
 両手で彼女の手を包み込む。彼女が晴れた空を見つめた時に見せた、その微笑を思い出して。
「ごめんよ。僕は漸く気がついたんだ。すごい簡単なことだったんだ。どうしてこんな事に気がつかなかったのだろう」
 彼女の手を包み込んだ自分の手に額を乗せるようにして、彼は胸の内を絞り出す。今までの自分の行いを悔いるかのように。
「もっと早く気がついていれば――君を苦しめる事はなかったのかもしれない。けれどもその答えに辿り着くまでに、僕は随分時間を食ってしまった。でも、やっと辿り着いたんだ」
 キースは顔を上げ、眠ったままのエリヴィラの顔を見つめる。その瞳が、今は開かない事を知っていても、これは彼女にしっかり向かい合いながら伝えねばならない。
「僕は『君の為に』君を愛して。僕は『君の為に』君の名を、僕の存在を賭けて呼ぶ。酷く身勝手でエゴイストだと、自分でも思う」
 静かな室内に、遠くから子供の声が届いた。侯爵子息のディアスが庭で遊んでいるのかもしれない。
「ごめんよ、今まで格好ばかりつけて‥‥僕は、君を愛してる。僕は強さも名声も、賞賛も‥‥何もいらない」
 すぅ‥‥キースは息を吸い込み、緊張した面持ちで言葉を紡ぐ。
「僕の、家族になって欲しい‥‥。平凡でもいいんだ‥‥君と生まれてくる子供達と、穏やかに暮らしたいんだ。愛しのエリィ‥‥目を‥‥醒ましてくれ‥‥エリィ!!」
 最後の方はもはや心からの叫びに近い。彼は再び自分の手の上に額を乗せ、泣きそうな声で訴える。
「お願いだよ‥‥僕を、独りにしないでくれ‥‥」

 ぴく‥‥

「!?」
 キースは手に違和感を感じ、顔を上げた。エリヴィラの手を包み込んだ自分の手に、不思議な感触があったのだ。
「エリィ!?」
 良く見ると、エリヴィラの指が彼の手を握り締めるように曲がっている。

 目覚めた!?

 じっ‥‥言葉を失ったままエリヴィラを見つめるキース。
 だがその瞳はいつまで待っても開く事はなかった。けれども握り返されたその手が、彼女の返事のように思えてならなかった。


●会談
 案内された応接室で、侯爵は冒険者達を待っていた。透夜、アマツ、フォーリィの三人がソファに腰をかけたところにコップが差し出される。中からはフルーツの香りがした。
「領民から送られてくるフルーツをジュースにした。どうぞ」
 本題に入る前に一息、といった所だろうか。それぞれが口をつけたのを見て安心したのか、侯爵は人払いを命じる。場には三人の女性と侯爵、セーファスが残った。
「単刀直入に申し上げる」
 口の中に広がる甘酸っぱいフルーティな香りに和みそうになるのを堪え、アマツが姿勢を正す。
「夫人への対処は如何様になさるおつもりか? みたび獅子身中の虫となっては、子息達もやるせないはず。無礼を承知で問わせていただく」
「あたしも」
 コップを置き、口を開いたのはフォーリィだ。
「夫であり統治者である侯爵がずばっと処断を下すべきじゃないかと思う」
 その意見は最もだ、と侯爵は苦笑を見せた。
「あの魔物が最後に呟いた、誰かに仕えているような発言があるから気にはなるけど」
「ああ、それなら‥‥先日、その正体をおぼろげながら捉えた」
「「!?」」
 侯爵の言葉に、思わず腰を浮かせそうになる一同。
「領の端の方で不自然な現象が頻発していてな。それの調査に女性騎士を一人遣っていた。原因解明と共に、裏で糸を引く存在が露になったらしい。確か‥‥『黒衣の復讐者』といったか」
「冒険者達の話に寄れば、上級の魔物ではないかという事です。しかも彼らの目的は国を混乱に陥れる手始めにわがリンデンを、という事らしいですね」
 セーファスがその女性騎士から受け取った書類に目を通しながら答えた。
「ならば、我々の危惧もわかってもらえよう?」
 アマツが侯爵を見据える。
 そう、三度夫人がカオスの魔物に唆されて侯爵家内部から侵食されていく事、それは避けなくてはならない。
「ようはティアレアの心が強くなればよいという事だな。私もできる限り彼女を支え、そしてできる限りセーファスと彼女の間のしこりを取り除くべく努力するつもりだ」
「それじゃ、この話はここまで。次はディアーナのこと。あたしたちが裁くのはおかしいでしょう? 殺された兵士達の遺族や生き残りの子に謝罪に行って許されたなら、改めて考えるとか」
「私もディアーナには生きて罪を償って欲しい。墓守のような後ろ向きで静かな生き方ではなく、侯爵の下でカオスの魔物の起こした被害の復興に奔走して欲しい。死んだ村人の何倍もの人々を幸せにするために」
 フォーリィと透夜の言葉を受け、侯爵は唸る。ディアーナは未だ地下牢で衰弱のため昏睡状態だという。
「だが、カオスの魔物と契約を結んだ者を無闇に外に出すのは躊躇われる」
「詳しくは知らぬが、契約とは契約主が死んだ時点で失効するものではないのか? だとしたら過去を覗く者が死んだことで、ディアーナと奴との契約は消えた事になる。『カオスの魔物と契約を結んだ女』というレッテルをはがす事は難しいだろうが、だからこそ自分のした事の重大さを考えて生きて欲しいと思う」
 アマツの言葉にうむ、と侯爵は頷く。もし過去を覗く者が死んだことでディアーナの契約が解かれているならば、本人にその気があるなら更生への道を辿らせるのもよいだろう。
「では最後、水鏡の円盤について」
 透夜が切り出すと、セーファスが絹の布で包まれた円盤をテーブルに置いた。相変わらずその円盤の中心、青いエレメンタラーオーヴの中ではエレメンタラーフェアリーの泳ぐ姿が見える。
「以前破壊か封印と進言したものの、これが水のエレメンタラーオーヴである以上、属性ごとに似た宝物がある可能性がある。破棄してしまうと全てが必要になった際困った事になりかねない。その危険性を十分把握し、厳重に封印が良いと思う」
「あたしも、悪用されると今回と同じ現象起こせそうで危険だと思う。しっかりと厳重に管理封印したほうが良いと思う」
 透夜、フォーリィの言葉にアマツも頷く。
 道具というものは使うものの心によって凶器にも人を助ける道具にもなるものだ。その道具が便利であればあるほど。
「そうか‥‥それでは再び封印しよう」
「ちなみに」
 円盤を布で包みかけたセーファスの手と侯爵の言葉が透夜の声で止まる。
「他のオーヴも悪用されぬように捜索した方がいいのでは」
「確かにそれはそうなのだが‥‥我がリンデンに伝わっているのはこれだけでな」
 もしかしたら世界中に散らばっているのかもしれない、そんな途方もないことを侯爵は呟いた。


「ねぇ、セーファス」
「はい、なんでしょう?」
 廊下でフォーリィに呼び止められ、セーファスは首をかしげて振り返る。
「エリヴィラが目覚めたら、皆で慰安旅行というか、雨で逃してしまった夏を取り返すというか、エリヴィラの療養旅行というか、とにかく皆で出掛けたいのだけれど、良い場所を知らない? できれば海が近くて、乗馬ができて、比較的静かなところ」
「そうですね‥‥」
 フォーリィの望みを頭に叩き込んだセーファスは、ぽんっと手を打って笑顔を向ける。
「うちの領地は海に面した部分はそれほど多くないのですが、一軒、海辺に別荘を持っています。近くに牧場もあり、馬場もしっかりと整っておりますので。村や町まで離れているので買出しなどには時間がかかるかもしれませんが、その分静かです。そこで宜しければ、父上に許可を得ておきましょう。今年はもう、我々は使う機会がないでしょうから」
「ほんと? ありがとう! それじゃ、何が何でもエリヴィラには目覚めてもらわないとね!」
 費用侯爵家持ちでのバカンス。実現しそうである。


●小さな暗雲
「美星?」
 エリヴィラの部屋に入ってきた人物に気がつき、透夜とフォーリィ、アマツが顔を上げる。美星はすまなそうな顔をしながらぱたぱたと皆の前に近寄った。
「白い玉を幾つか見つけたアル。でもどれも、ディアーナさんのじゃなかったアル」
「‥‥そうか」
 アマツが励ますように美星の小さな頭を撫でる。
「煉淡さんが白い玉を返しがてらクレアボアシンスを使って探してみるって言ってたアルけど‥‥ちょっと嫌な話を聞いたアル」
「嫌な話?」
 フォーリィが眉をしかめると、美星はここに来る前に煉淡と話した内容を思い出していく。
『以前のお家騒動でお世話になった支倉さんという方にお聞きしたのですが、カオスの魔物は白い玉――人の魂を消費するらしいのです。ですが消費された魂は、その魔物が倒れれば自動的に元に戻るらしいです。ですがもう一つ、下級中級のカオスの魔物がより上級の魔物に魂を貢ぐ事があるそうです。もしディアーナの魂が貢物になっていた場合は、今回見つけるのは難しいでしょう』
「黒衣の復讐者‥‥か」
 それが何者であるのか、どれほど強いカオスの魔物であるのかはわからない。だが洪水の被害にあった街の人々の魂を取り戻せただけでも十分だ。それで人々の心は更に安心する。
「あたしは明日、夫人とお話してみようと思うアル」
「大丈夫? また魔物に操られていたりしたら‥‥一緒に行こうか?」
 フォーリィの言葉に美星は小さく頭を振り、そして笑顔を浮かべた。
「大丈夫アル。ちょっとお話しするだけアルから。でも万が一夕方まで戻ってこなかった時は、侯爵様に連絡して欲しいアル」
「了解した」
 アマツが頷き、ランタンの灯りに照らし出されたエリヴィラの顔を見る。
 灯りのせいか血色が良く見え、今にも起き出してきそうなのに。
 歌姫はまだ、目覚めない。


●和解
「小さな妖精さん。私に御用との事だけれど」
 侯爵夫人ティアレアは、離れを訪れた美星をすぐに迎え入れた。
「単刀直入に言うアル。ティアレアさんはもう少し子供の自立や、仲間を信頼して欲しいと思うアル」
「それはどういうこと?」
 ふと開かれた窓の外を見れば、庭で遊ぶ無邪気なディアスの姿が見える。
「ディアス君も男の子アル。例えばお母さんが魔物に操られているとなれば、自分がお母さんを助けると言い出すはずアルよ」
「‥‥‥」
「セーファスさんも頼りないかもしれないアルが、過去を悔いて今は頑張ってるアル。心配は当然アルが、過保護になりすぎてもかえってよくないアル。不安なら、冒険者に専属教師を頼んでみてはどうアルか? 自身の身を守れるように、護衛をかねて鍛えてもらうアル」
 ディアスはこちらに気がついたのか、大きく手を振っている。夫人はそれに、小さく手を振って答えた。
「そうね‥‥ディアスももう大きくなったのだもの。いつまでも私が弱いままで、足踏みしていたらいけないわね‥‥」
 美星が見たティアレアの瞳は、以前とは違い透き通ったものだった。
「妖精さん、セーファスを呼んできてくれないかしら? ディアスと三人、お茶を飲みましょう、と」
「!? わかったアル!」
 思いもかけぬ言葉に美星は満面の笑みを浮かべ、そして飛び上がった。


●式典前夜――仲間ゆえに
 エリヴィラの部屋からは絶えず旋律と歌声が響いていた。これまで彼女が歌ってきたその歌を、透夜や美星、アマツらが歌って聞かせる。歌に導かれて、彼女が戻ってきてくれるように。
「エリヴィラ‥‥明日だよ。明日エリヴィラが歌う歌もいつものように煉淡と一緒に用意してあるんだ。伴奏も完璧に練習してある。何もかもいつも通りだ。安心して。後は――目覚めるだけだよ」
 透夜が閉じたその瞳に声をかける。
「透夜さん、あれを歌おうアル。晴れを呼んだ、あの歌!」
「ああ」
 美星の提案に薄い笑みを浮かべ、透夜は旋律を奏で始める。

「ずぶ濡れの大地に白い水煙が舞う
 不似合いな程の黒雲は嘆き続ける

 私はただ祈り歌って
 晴れの訪れを願い続けよう

 曇天よ
 空の涙よ
 貴方の嘆きを解き放とう」

 美星が明るく、アマツが静かに声を乗せる。

「風の抱擁よ
 太陽の口づけよ
 晴れと光を連れて
 人々の心の曇りを解き放ち
 降り注げ
 この体と大地に」

 フォーリィも少しだけ、小さな声で歌に参加してみた。
 白い玉の返却と捜索から戻ってきた煉淡が、ランタンを手に部屋の入り口でその歌を聞いている。
 キースは廊下の壁に寄りかかり、ひたすら彼女の目覚めを祈っていた。

「‥‥‥‥は‥‥る‥‥?」
 後奏にまぎれるように、何処からか途切れ途切れの声が聞こえる。

「「「「「!?」」」」」

 皆の視線がベッドに集まる。煉淡も異変を察知し、室内に駆け込んだ。
 エリヴィラが、その青い瞳を皆に向けていた。長い事眠っていたせいか、喉が掠れて上手く言葉にならないようだった。美星が急いで吸い飲みを抱き上げ、エリヴィラの口に水を流し込む。

 こくん‥‥

 水を嚥下した後、エリヴィラは不安そうな瞳で再び口を開いた。
「‥‥空は、晴れている‥‥?」
「もちろんだとも!」
 彼女の目覚めに感極まった透夜が、ぎゅっとエリヴィラを抱きしめる。
「皆大喜びよ。大丈夫、魔の長雨は去った」
 フォーリィが笑顔を浮かべてエリヴィラの頭を撫でた。
「目覚めてくれて‥‥ありがとう。本当に、ありがとう‥‥」
 泣いているのだろうか、透夜の声は途切れ途切れだ。
「私、蜂蜜湯を貰ってくるアルね! 喉にもいいし、おなかにも優しいアル」
 美星が急いで部屋を出る時、キースとすれ違った。彼は夢でも見ているかのように、ベッドの上で瞳を開けているエリヴィラを見つめている。
 彼の現れに気がついた者達が、一人、一人スペースを空けた。そしてその挙動を見守る。近寄っていいものかと迷っていたキースの足を動かしたのは、エリヴィラの言葉だった。
「‥‥お約束、していましたものね。お返事‥‥しないと」
 やんわりと浮かべられた笑顔。招くように差し出された手。
 キースはベッドサイドに駆け寄り、その手を取った。涙が出そうになるのを、必死で堪える。
「‥‥私も、臆病でした。でも、今は心からお返事ができそうです」
 すぅ‥‥エリヴィラは息を吸い込む。
「‥‥‥これからは、『二人の為に』私と共に、生きてくださいますか‥‥?」
「‥‥っ、もちろんだ、エリィ。‥‥僕を選んでくれて、ありがとう‥‥」
 笑顔と共に運ばれてきた答え。
 握り締められた手に涙が伝ったのは、エリヴィラのみが知る。


 式典は明日の午前中だ。時間がない。
 エリヴィラに事情を説明し、歌の練習も始めなくてはならなかった。美星はエリヴィラの身体に優しいスープを作り、そのサポートをする。だが一同が揃った時、キースが突然謝ったのだ。
「皆、すまないな。僕は自分の感情のままに依頼を乱した。その報いは受ける。望むように処罰してくれ。式典にも出ない‥‥ただ、彼女の微笑みがあれば、僕は‥‥」

 パシンッ!

 その場に乾いた音が響いた。フォーリィがキースの頬を叩いたそのままの体勢で続ける。
「最後まで甘えているんじゃないわよ。報いは受ける? だったら式典にはちゃんと出席しなさいよ。これも依頼内容の一つなんだから」
「式典に出ない事で自分に罰を課したつもりアルか? それは間違いアル。それはただの自己満足アル」
 美星も、表情を厳しくしてキースを責め立てる。
「確かにキースは個人的な感情を持ち込んでいた。だがここまで共に依頼をこなしてきた仲間だ。そして、異性としてエリヴィラを幸せにできるのは今はキースしかいない。それなのにそんなでどうする!」
 透夜がキースの胸倉を掴みがからんばかりに詰め寄る。
 今まで苦楽を共にしてきた仲間故に、厳しい事も言える。いや、言わなくてはならない。
「そうか‥‥僕はダメだな。最後までかっこつけようとして」
「そんな体たらくじゃ、エリヴィラは渡せないぞ、紳士」
 アマツにずばっと言われて苦笑するキース。
「「「エリヴィラを泣かせたら」」」
「ぶん殴るから」
「斬る」
「容赦しない」
 フォーリィ、アマツ、透夜の声がはもる。
「皆さんすごいですね。自分も乗ればよかったでしょうか。自分にとってもエリヴィラは大切な友ですので」
 煉淡が笑みを浮かべる。
 どうやらキースの今後の態度次第では、様々な試練が巻き起こる事が予想された。
「そうだ、忘れてたアル。これ、渡しておくアルね」
 美星が取り出したのは可愛いデザインの腕章。人数分――もちろんエリヴィラの分もある。
「これは正義のしふしふ団の腕章アル。この腕章にかけて、あたしたちは皆お友達アルよ♪」
「‥‥‥友達‥‥」
 その言葉に一番喜んだのはエリヴィラのようだった。腕章を抱きしめ、そしてはにかむように笑って見せた。


●精霊招きの歌声
 ざわざわざわ。
 ざわざわざわ。
 沢山の人が侯爵邸の庭から先を埋め尽くしていた。誰もがバルコニーが良く見える位置を取ろうと、押し合いへしあいだ。
「すごい人ですね」
 カーテンの袖からちらっと覗いた煉淡は、思わず感嘆の声を上げた。
「エリヴィラ、これでよい?」
「はい」
 以前キースからもらったエンジェルフェザーを着込み、スイートドロップを胸に下げ、煉淡から貰った水姫のマントを羽織る。
「じゃあ、行くよ」
 ベッドの上に座っていたエリヴィラを、透夜がお姫様抱っこでバルコニーに置かれた椅子へと運んだ。
 歓声が強くなる。
 歌姫さまーと叫んでいるものもあれば、もう既に言葉になっていないものも。
「さ、前に」
 侯爵に促され、6人の冒険者達もバルコニーへ出る。すると一段と歓声は強くなった。だが、エリヴィラが大きく息を吸い、第一音を発すると、さぁっと歓声は引いていく。

「朝は伸びやかに歌う

 私は希望の風となり
 奏でよう
 空に満ちて
 地を抱き
 始まりの朝告げる謳声を」

 うっとりとその歌声とエリヴィラの美しさに酔いしれる者、もっと近くで、と少しでも前に出ようとする者、様々だ。それ程までにエリヴィラの笑顔に乗せられた歌声は素晴らしく、今までのものよりも何倍も何倍も情感が籠められていた。
 その時――誰かが呟いた。
「あれ、何だろう?」
 誰かが指した指の方――上空を皆が目で追う。そこには――
『おうた、おうた、すてきなおうた』
『きかせて、きかせて、もっときかせて』
 蝶のような4枚羽根を持った精霊、エレメンタラーフェアリーの姿が。色さまざまに、上空をふわふわと飛んでいる。
 普段は臆病で滅多に姿を見せないというエレメンタラーフェアリーが、見渡す限り沢山――その光景に一同絶句せざるを得なかった。

「緑萌え出ずる草花達と
 囁く水も空もこんなに優しい

 明日も恵み溢れるよう
 空よ人々よ 祈り永久に
 永久の幸せを願わん」

 それでも歌い続けたエリヴィラ。するとふ、と飛んできたフェアリーが彼女の膝の上に止まった。
『あなたのうた、すてきね。すきよ』
『すてきなうた、きかせてくれてありがとう』
 別のフェアリーが、礼を言って飛び去る。それを期に他のフェアリー達も、満足したのか次々と飛び去っていった。
 その光景を見て固まっていた人々は、我に返ると割れんばかりの拍手を捧げた。
 まさに精霊を招く歌声。
 リンデンの精霊招きの歌姫――その噂は取り返された青空の下の風に乗って、広まっていく事だろう。


●これから歩む道
 侯爵家からそれぞれ、感謝の品が進呈された。まだ懸念事項はあるものの、漸く一つの事件が片付いたのである。
 そしてエリヴィラから皆に配られたのは見た事もない小さな品物。
 それは地球製のメモリーオーディオというもので、音を録音できるのだという。どうしてもと侯爵に頼み込んで無理をして用意してもらった品らしい。こんな稀少品を人数分、しかも中には精霊を招いたエリヴィラの、笑顔が戻ったエリヴィラの歌がこめられている。離れていても、何処にいても、辛い事があった時、悲しい事があった時、それを聞いて元気を出して欲しい、自分を思い出して欲しいと彼女は告げる。自分も、みんなの事を必ず思い出すから、と。
「けれどもこれで終わりじゃないよ? 夏のいい時期を逃しちゃったけど、エリヴィラの療養もかねて侯爵家の別荘にお邪魔するんだから」
 フォーリィの手際のよさに感心するばかりの一同。
 もう暫く、皆といれる。
 かけがえのない友を、かけがえのない人を得られた。
 これからの道がどんな道かは分からないけれど、躊躇わずに進んでいける、そんな気がしていた。
「皆さん‥‥ありがとうございます」
 礼を言うエリヴィラに、冒険者達は笑みでもって応えた。