●リプレイ本文
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今回は、ただゴーレムニスト学園施設に閉じこもって機体をいじったり議論を交わしていれば済むというものではない。何事も実戦に出してみないと分からない事がある。かといっていきなりカオスニアン退治に投入してしまうユリディスも、ある意味思い切ったなぁといえた。
「カオスニアン退治も久しぶりかも」
「皆で作った機体だし自信を持って実戦といこうか」
フロートシップにて移動中、門見雨霧(eb4637)と布津香哉(eb8378)はサドルバック以外のゴーレム機器の点検をしていた。今回はサドルバックがメインだがあれは直接攻撃に関わる機械ではない。戦闘用の人型ゴーレムやグライダーの整備を疎かにしていては、実戦どころではなくなるのだ。
「‥‥ユリディスさんが前線に出て無理をしないか少し心配かも」
ちら、と雨霧が見た先には、サドルバックの最終点検を行っているユリディスの姿があった。
「宝石商を襲ったカオスニアンの掃討という事ですが、上手くいくでしょうか?」
「上手くいくか、じゃなくて上手くいかせるのよ」
白金銀(eb8388)の不安げな問いに、ユリディスはさらっと答える。
「サドルバックに乗り込むのは操縦者として銀さん、兵員として雨霧さん、シュタールさんに私、ですね」
カレン・シュタット(ea4426)が改めて確認を取る。
「今回はわしらが囮となって敵をおびき寄せるんじゃな」
囮ようとして造ったわけじゃないのだけどね、とシュタール・アイゼナッハ(ea9387)の言葉にユリディスは苦笑した。
「サドルバックの機動性に期待‥‥ですね」
「そうね。せいぜい壊さないで頂戴ね」
ユリディスはため息をついてカレンの言葉に頷いた。
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「この辺でいいぞ」
伊藤登志樹(eb4077)の言葉にフロートシップが停泊する。いったんここで登志樹の乗るオルトロスとシファ・ジェンマ(ec4322)の乗るモナルコスを降下させる。この二体はサドルバックで降下する兵員がおびき出したカオスニアンと、中でも恐獣を相手取る役目を担っていた。
「それでは行って参ります」
シファがしっかり礼をして制御胞へと乗り込む。登志樹はすでに剣と盾装備のオルトロスを起動させていた。
二人を下ろした後、再びフロートシップは浮かび上がる。そしてカオスニアンたちのいるという廃別荘に近づいていった。
「気をつけて行ってらっしゃい」
グライダーにフィディエルのルゥチェーイと共に乗った香哉、そしてサドルバックに乗った四人にユリディスが声をかける。
「では起動します。落ちないようにしっかりつかまっていてください」
操縦者である銀が他のゴーレム機器を操るときと同じようにサドルバックを起動させる。送風管の取り付けで意外に早く動けるようになったこの機体だが、動いている間の安全性が少し怪しい。とりあえず落ちないように注意は必要そうだ。
同時に香哉もグライダーを起動させた。そしてふわり、フロートシップから飛び立つ。サドルバックの護衛の様にグライダーが横について、貴族の廃別荘へと進む。フロートシップは後方待機だ。
「さすがにカオスニアンどももこちらに気づいたようじゃのう‥‥」
シュタールが廃別荘付近に動く人影を見つけ、呟く。グライダーやサドルバックの駆動音が聞こえたのだろう、予想通りおびき出されてくれるというわけだ。
「では降下させます」
銀の声には少しばかり緊張がこもっていた。実験では無事に着陸が成功していたが、ここは戦場。実験のときの様にのんびりしているわけにはいかない。
だんだんと高度を下げていくサドルバック。地上から30cm位の所でふわん、と停止した。
「それじゃあ行ってくるよ」
弓を手に雨霧がひょいと飛び降りる。次に降りるカレンに手を貸して。
「敵とはまだ距離があるようじゃな」
いつでも援護のローリンググラビディーを発動できるようにしていたシュタールが最後に飛び降りた。敵は進んでくるが、未だ魔法の射程圏外だ。
「もう少しひきつけないとな」
グライダーを上昇させて香哉が呟く。人型ゴーレムと挟み撃ちにするにはもう少し距離を縮める必要があった。しかし魔法と弓で構成された囮部隊。ヴェロキラプトルに騎乗した敵に接近されてはなすすべがないのだが――。
まず、カレンがライトニングサンダーボルトの詠唱に入った。次に雨霧と香哉が弓に矢を番える。シュタールとルゥチェーイは相手が範囲に入るのを待つことになる。
――シュンッ、シュンッ――
二矢が戦闘の恐獣に向かって飛んでいく。接近してくる恐獣は三体。五体のカオスニアンはそれらに分乗していた。
「ぐあっ!」
雨霧の放った矢が同乗しているカオスニアンに命中する。香哉の放った矢は先頭を走る恐獣の首筋に刺さった。自然、恐獣は驚きで足を止める。だが残りの二体は前進を続けた。
――バリバリバリッ!
そのうち一体をカレンの雷撃が貫く。残り一体は――
「こちらです!」
冒険者と恐獣の間に割って入ったのはなんとサドルバック。銀が独断で囮として動いたのだ。予想通り見たこともないゴーレム機器に、その恐獣は引き寄せられていく。どんな兵器を乗せているか分からないから早めに叩いておけ、そんなところだろう。
「――っ」
歩兵から意識をそらすように動いた後、敵の顎が迫るぎりぎりで銀が高度を上げる。サドルバックがどいたその後ろには、
『真打登場、だ』
登志樹のオルトロスとシファのモナルコスが移動してきていた。
――ガツンッ!
急には止まれない恐獣の体当たりにも似た一撃を、登志樹は盾で受ける。その間にシファは残りの二体に向かって走っていく。歩兵部隊はシュタールとルゥチェーイの魔法も加わって、何とか善戦していた。
登志樹が剣を振るい、恐獣の首筋にその刃を食い込ませる。ギャァァァァと醜い声を上げて暴れる恐獣を、騎乗したカオスニアンが必死で麻薬で御しようとしていた。
『っ‥‥』
痛みに任せて振り上げられた爪を再び盾で防ぐ。衝撃はあるが、耐えられないほどではない。もう一度、剣を振るう。
「うわぁぁぁっ!」
その衝撃でカオスニアンが手綱を離した。そのまま恐獣の背を転がり落ちていく。制御を失った恐獣は好き勝手に暴れるだけだ。その攻撃を防ぎつつ、登志樹は着実にダメージを与えていった。
『アノール!』
シファの操るモナルコスがコンバットオプションの合成技で恐獣を叩き伏せる。その衝撃で転がり落ちたカオスニアンたちは、シュタールのローリンググラビディーに巻き込まれた。
「ルゥ、頼む」
香哉に頼まれこくりと頷いた水精霊は、高速詠唱のウォーターボムで落下したカオスニアンを狙った。
香哉と雨霧は弓で残ったもう一体の恐獣を狙う。今や地面に落ち着くしたカオスニアンたちは、カレンの雷撃に巻き込まれて悲鳴を上げていた。
ドスンッ‥‥
一体の恐獣が倒された。シファはすかさずもう一体へと向かう。雨霧と香哉が弓で牽制していたが、それにも限度がある。
正面から挑むシファ。
『アノール!』
攻撃を受けた恐獣が、モナルコスの肩に噛み付く。が――
『悪いな』
その背後には登志樹の乗ったオルトロスの姿が。すでに最初に相手にした敵を倒していた登志樹は、この恐獣の背後に回っていたのだ。恐獣がモナルコスに意識をとられているうちに、剣でその背中を切り裂く。
シギャアアアアアアァァ!
狂ったように暴れる恐獣を相手にするのは二体のゴーレム。ヴェロキラプトル相手ならすぐに片がつくだろう。
「よし、残りのカオスニアンを退治しよう」
雨霧と香哉は標的をカオスニアンへと変えた。こちらもだいぶ数が減っていた。
その頃にはサドルバックも、フロートシップへと帰還していた。
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無事に恐獣とカオスニアンを退治し終えて一同がフロートシップに乗り込んでみれば、先に戻った銀がユリディスに叱られていた。
「アレは本来のサドルバックの用途とは違うでしょう?」
「しかしっ‥‥あの場合、必要な行動であったと思います!」
呆れたようにいうユリディスに対し、銀は食い下がる。アレはどうしても必要な行動だったと。
「確かに、サドルバックが囮になっていなければ、歩兵に怪我人が出たわ。それは認めるけど。サドルバックには防御機能も攻撃機能もついていないわ。結果的に攻撃を受けずに済んだけれども、貴方自身がサドルバックと共に墜とされる危険もあった」
「それは‥‥」
勿論銀とて分かってはいる。だが仲間達が危険にさらされているのを黙ってみているしか出来ないなんて、あまりにも辛すぎるではないか。
「ゴーレム機器は『どう使うか』決められているわけじゃなく『どう使いたいか』乗り手が判断する事で色々と戦術が広がるわ。それは分かっているのよ。今回持ってきたサドルバックは『兵員を迅速にフロートシップから下ろす』という目的。けれども乗り手が今回の様に囮のような使い方をしたいなら、それを止める権利は私にはないわ」
でも、危険だ。あまりゴーレム操縦に長けていない者が同じ事をしたら、上手くいくとは限らない。
「使い道を限定するつもりはないけれど、元々の使い道の分しか能力は設定されていないの」
「まあまあ。現に銀さんの動きで俺達は助かったわけだし」
雨霧が見かねて仲裁に入る。ユリディスはただ心配しているだけなのだ。サドルバックに備わっている機能を知っているだけに、それ以上のことを望めばどうなるか、想像に難くないからだ。
「実験なんだから、少しぐらい無茶してもいいんじゃないかな?」
実験とはいえ実戦だ。それは言った香哉も分かっている。だが今回の銀の動きで、ある種新しいデータが取れたのも確かである。
「報告書を纏めて提出しますね」
「先生は休んでいてください」
シファとカレンにもなだめられ、ユリディスは小さくため息をついた。
「一つの目標をクリアすれば、もっと有用な使い方を考えたくなるものじゃからのぅ‥‥」
シュタールが呟く。これだけの動きが出来るならば防御を挙げるのはどうか、攻撃できるようにするのはどうか、そんな欲も出てくる。だがそれではまったく別物になってしまうのだ。欲が良い方向に働けばいいのだが、それが改悪になってしまっては元も子もない。
「まあ、難しい問題だよな」
椅子に腰をかけ、登志樹が纏めるように呟いた。ゴーレム乗りとしては、もっと性能のいいものを、と思う気持ちは分からなくもない。
「ユリディスさん、メイディアに戻ったら一緒に食事でも行かない?」
部屋を出ようとするユリディスに、雨霧はなだめるように話しかけていた。場合によってはご機嫌取りと取れるかもしれないが、彼にとっては本気の誘いである。
「私もフロートシップから降りればよかったわ」
その呟きでも分かるように、要するにやっぱり彼女は皆が心配だったのだ。後方待機のフロートシップで見守っているのがもどかしかったに違いない。
昇降用としては成功――だがこれが昇降用でとどまって量産されるか、それ以上の機能を得て別のものになってしまうのかは、最終的に増産を工房に進言するユリディスしだいなのかもしれない。