【銀の矜持】動き始めた時と

■シリーズシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月29日〜12月04日

リプレイ公開日:2008年12月08日

●オープニング

●リンデンのこれまでとこれから
 リンデン侯爵領は王都メイディアから北上した所に流れるギルデン川の向こうにある。王都から侯爵領の港ファティ港までは定期的にゴーレムシップが運行しており、首都アイリスへ向かう際は大体このゴーレムシップを利用する。
 侯爵領はその領地の東側が海に面しているため、海上警備の関係もあって海側にはゴーレムシップや人型ゴーレム(モナルコス、アルメリア、オルトロスなど)、グライダーなどが配備されている。
 侯爵家はその内部を一時、心惑わすものというカオスの魔物に乱されたが、その魔物は冒険者達によって退治され、侯爵家も平和を取り戻したかのように見えた。
 その後侯爵領を襲ったのは謎の長雨。やまぬ雨は人々の不安をかき立て、頻発する津波や川の氾濫は人々の生活を脅かした。
 加えてカオスの魔物はそんな人々の心の弱い部分につけ込み、魂を奪っていた。
 その黒幕は過去を覗く者という名のカオスの魔物。名の通り他人の過去を覗いては、その弱い部分に漬け込んで揺さぶりをかける。この卑劣なやり方によってカオスの魔物と契約させられてしまったディアーナという少女がいた。冒険者達は彼女の処刑を望まず、体力が回復したら殺した人々の為に生きて欲しい、そう願った。
 過去を覗く者は倒され、雨は去った。
 だが過去を覗く者に奪われたディアーナの魂は見つかっておらず、彼女は衰弱した状態で監禁生活を送っていた。


●失踪
 夜、静かにそれは行われたと思われる。
 リンデン侯爵邸の地下牢に幽閉されていた少女、ディアーナがいなくなった。
 朝、見張りの兵士が交代の為に地下への階段を下りてゆくと、錆びたような――血の匂いがした。
 急ぎ牢へ向かった兵士が見たものは、重量のある刃物で斬り付けられたような傷を持つ兵士の死体と、服に焼け跡と、焼けた下に殴打痕のある兵士の遺体。そして、病人のようにぐったりとしていた少女、ディアーナの姿が見えなくなっていた。
 牢の鍵は外側から開かれており、錠の部分に鍵はつけられたままだった。
「内部に協力者がいたということでしょうか」
 父である侯爵に呼び出されて事態を告げられたセーファスは、思案するように口元に手を持っていく。
 ディアーナはカオスの魔物に極限まで魂を吸い取られたような状態だ。勿論この事実は混乱を避けるために普通の兵士には伝えられてはいないが、はたから見れば体力が低下して弱っている状態。
「わからぬ。だが、あの少女を逃がして益がある者がいるとも思えない」
 確かにその通りだ。侯爵家内部にディアーナを逃がす事で利益を得る者は、いないと思われる。
「だがあの少女が消えたのは事実。殺された兵士二人の殺害方法を見たが‥‥もちろん少女には武器を持たせていない。兵士の武器である剣は腰にさされたままで、使われた形跡は無かった。とすれば、やはり外部に協力者がいたとしか思えない」
「けれども現在の彼女は体力がありません。彼女を逃がしてどうするのでしょうか?」
「わからぬ。だからお前に頼みたい。あの身体では遠くに行っていないと思うが‥‥少女の捜索と、何か最近おかしなことが起こったりしていないかの聞き込みをしてきてもらいたい。次期領主としての視察も兼ねていると思え」
 父の言葉にセーファスは恭しく頭を垂れる。
「受けたまわりました。わが領地を狙っているカオスの魔物の動きも掴みたいところですし‥‥冒険者と共に領地を回ってまいります」
「ああ。イーリスにはデオ砦の視察と、領地西側からの調査を頼む事にする。お前は少女の捜索と、東側からの調査を頼む」
 早速、メイディアの冒険者ギルドへとシフール便が届けられる事になった。

●今回の参加者

 ea1504 ゼディス・クイント・ハウル(32歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea3625 利賀桐 真琴(30歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●手がかりを探して
 現状で手がかりは少ない。地下牢の現場は遺体をどかしただけでそのままになっているというので、一同はまずその地下牢を調べる事にした。
「気になる点はいくつかあるが‥‥真に独力で逃げ出したというのはまず無いな」
「それはあたいも同感でやす」
 ゼディス・クイント・ハウル(ea1504)の言葉に利賀桐真琴(ea3625)が地下牢への階段を下りながら答える。すでに血は乾いているのだろう、血の匂いは漂ってこなかった。
「ディアーナさんが失踪したのが6日前の夜とのことですから、パーストで調べてみます」
「一応リヴィールマジックのスクロールを使ってみるつもりだが‥‥反応があれば運が良いという程度だ。詳細な情報は土御門に期待する」
 一番前を歩くゼディスが淡々と告げると、後ろで土御門焔(ec4427)は「はい」と小さく頷いた。
「しかしディアーナのお嬢なんか浚って、魔物は何をする気なんでやしょうかね‥‥お嬢の更なる憎しみを暴走させて手下にでもする気だとか?」
「魔物め、許せぬ‥‥!」
 真琴が疑問を述べれば、ディアーナと相対した事のあるアマツ・オオトリ(ea1842)がきつく拳を握り締める。
「ですが、彼女が魔物と契約しているのは事実。一度魂を献上して契約したものの解除というのはできるのでしょうか?」
 呟くのは一番後ろから階段を下りていたセーファスだ。一番前を歩くゼディスと同じ様に手燭を持っている。
「だが、ディアーナは改心して‥‥」
「報告書を読んだ限りでは、彼女が『改心した』という報告は無かったはずです。改心して罪を悔い改めるように、冒険者達の説得があったとは記憶していますが、彼女はそれを承諾する前に意識を失ってしまった――違いますか?」
「う‥‥」
 アマツが呻く。セーファスの言う事は正しい。客観的に物事を見て判断している分、私情が篭っていると見落としがちになる部分を突いてきた。
「ということは、ディアーナのお嬢はまだ人間を憎んでいる可能性もあるんでやすね‥‥」
 真琴の寂しげな呟き。
「もし本人が憎しみを捨てたとしても、カオスの魔物との契約を破棄する手段というのはあるものなのか?」
「――」
 その問いに答えられる者はいない。
 ゼディスの足がカツンと一際大きな音を立てて止まった。問題の牢に到着したのだ。


●事件当時
 スクロールを広げたままのゼディスが小さく溜息をつく。リヴィールマジックを使用したが、予想通り牢屋内に魔法にかかっているものの反応は無かった。あえて言えば、パーストの魔法を使っている焔が光って見えただけ。
「鍵、か‥‥」
 アマツが錠にささったままの鍵を見て考え込む。兵士を一撃で倒してしまうような力量の持ち主ならば、わざわざ兵士の持ち物から鍵を探さずとも錠を壊してしまえばいいわけで。何のためにこれ見よがしに鍵をさしたのだろうか。
「内部に手引きした者がいるように見せるため、だとしても少し稚拙な工作でやす」
「同感だ」
 真琴は鍵は捜査を混乱させるために差し込まれた、偽装工作の一つだと考えている。
「とりあえずここは土御門のお嬢に任せて、あたいらは夜中に不審人物を見た者がいないか聞きに参りましょうか。セーファスの坊ちゃん、事件当夜におきていた人達を集めての事情聴取の手配、お願いできますか?」
「はい、かしこまりました。真琴さん、いつもの口調でかまいませんよ?」
 突然かしこまった口調になった真琴に、セーファスは柔らかく微笑んで階段に足をかける。
「それじゃ、遠慮なく。ありがとうごぜえます」
 真琴とアマツがそれに続いて階段を上がった。


 焔はその場でパーストを唱え続けていた。最初こそわずかなずれで確実のシーンは見れなかったが、少しずつ指定時間をずらす事でだんだんと事件の起こった時間に近づいてきた。
「何か見えたか?」
「突然、見張りの兵士の背中が切り裂かれて、血が吹き出す様子が見えました」
 ゼディスの問いに焔が答える。もう少し時間をずらして見てみますという彼女の言葉に、ゼディスは頷いてその姿を見守った。
「‥‥同僚の異変に気がついたもう一人の兵士が何かに打たれたように倒れ‥‥衣服が燃え」
 焔はソルフの実で魔力を補給しながら何度も何度もパーストを試みる。額に汗がにじんできた。
「牢の中にいる女性がディアーナさんですね。突然の事に驚いたように身を起こして‥‥!」
「どうした?」
 びくっ、怯えるように焔の肩が震えたのをゼディスは見逃さなかった。
「ゼディスさん、今から私が言う特徴をメモしてもらえませんか? 怪しい人影が見えました」
「わかった」
「とても美しい男性の姿をしていました。黒い服を着て、背中に黒い羽根を生やしています。巨大な斧と火のついた棍棒を持っていました。おそらく姿を消して兵士達の背後から襲いかかったのはこの魔物でしょう」
 そう早口で告げ、焔は何度も何度もパーストを試みる。
「魔物が何かディアーナさんに話しかけています。その手に見せ付けるようにしているのは‥‥白い玉です」
「白い玉? ディアーナの魂とやらか?」
「そうかもしれません」
 他は? と問われて焔は魔法を唱え。
「何か会話を交わすと‥‥ディアーナさんが起き上がって、頷きました。魔物が兵士の身体を蹴って牢に近づけて、鉄格子の間からディアーナさんが兵士の腰についている鍵束を奪って、牢の鍵を自分であけたようです」
 それが、数回にわたって焔が見た光景。ゼディスがメモを取る手を止めて小さく溜息をつく。
「魔物が唆したか」
「なにか‥‥ディアーナさんの心を操るような事を言ったのかもしれません」
「とりあえず上に上がろう。他の連中に報告を」
 そう言い、二人は地下牢を後にした。


●ディアーナ
「これが、例の魔物でやすか」
 外。晴れ渡った空に焔がスクロールを使って作った蜃気楼が浮かび上がる。それはディアーナを連れ去ったと思しきカオスの魔物の姿。天使の様な美しい顔をしているが、心はきっと黒いはずだ。
 当夜起きていた使用人達に話を聞いたものの、ディアーナの姿を見た者はいなかった。魔物がうまく人に見つからぬように彼女を誘導したのかもしれない。あるいは魂を抜き取られて弱っている彼女を抱え上げて連れ出したか。いずれにしてもきちんと場所を選ぶという頭が回る相手らしい。一筋縄ではいかないだろう。
「これが『黒衣の復讐者』だろうか」
「おそらくそうだと思いますが‥‥黒い服を着ていますし」
 アマツの問いに焔が答えるも、確証は無い。第一『黒衣の復讐者』という名前からして正しいのか怪しいところだ。今は便宜上その名前で呼ばれているが、カオスの魔物の信奉者が呼んでいた名前だからして、彼らがその容貌を見て独自につけた名前である可能性も考えられる。
「あと、フォーノリッヂのスクロールで『ディアーナ』を指定してみましたが‥‥見えたのは殺戮に手を染める彼女の姿でした」
「「‥‥‥」」
 焔の報告に、一同に沈黙が広がる。
「とりあえず、まずはディアーナ嬢の故郷へ行ってみやしょう。できれば村の生き残りの少年とやらにも面会したいんでやすが‥‥」
 真琴がちらっと馬車に乗り込んだセーファスを見ると、彼は頷いて。
「少年は元住んでいた村の近くにある別の村に引き取られました。情報収集のついでに寄ることができるでしょう」
「そうだな。今は少しでも情報が欲しい。行こうか」
 ゼディスの言葉に頷き、愛馬で随伴する者は騎乗し、その他の者は馬車へと乗り込んだ。道中何かあった時に素早く対応できるように、騎乗した者は警戒を怠らない。
「ディアーナとやらが失踪したのが6日前とのことだから、もし何か起こっているとしても彼女の直接関与とは結びつかぬかも知れぬが‥‥」
「他の魔物が動き出している可能性もありますからね。小さな異変も見逃さないようにしないと」
 焔の言葉にゼディスも頷く。関連性云々については後で考えればよい事。今は手の届く範囲でどれくらいの異変が起こっているのかを見定める事が先決だ。
「ディアーナのお嬢について教えていただけやせんか?」
 馬上で真琴が問えば、ディアーナを知る唯一の人物であるアマツは一瞬顔を曇らせた。
「‥‥かわいそうな娘だ。種族を超えて人を愛する広い心を持っていた娘だ。だがそれが原因で愛する人を奪われ、いきながら死んでいるかのような生活を送っていたのだろう」
 その辺の事情は報告書を読んだ真琴も知っている。だが彼女と実際に会った人物の口から聞く事で、また彼女を深く知る事ができると思っている。
「だがそれをあの闇に付け込まれ、彼女は手を染めてしまった。村人を惨殺した。だが――恋人の墓に花を手向けてくれた少年、二人を祝福してくれた少年だけを助けたことが、彼女に良心が残っている証拠だと思うのだ。彼女は完全に闇には堕ちていないと‥‥思うのだ。これは私の希望に過ぎぬのだろうか」
「いや‥‥そう願いたい気持ちはわかりやす。カオスの魔物との契約を破棄する方法はないものですかねぇ」
 そもそもカオスの魔物と契約を結んだ者など滅多にいない。いや、裏にはいるかもしれないが、表立って出てくる事は殆どないだろう。故にその契約の解除方法も、それ以前に解除できるかも分からないのだ。
「闇の奴らがみすみす契約を結んだ相手を解放するとも思えぬ‥‥くっ、どうすれば」
 アマツが手綱を握った手をきつく握り締める。
 空には白い雲が、ふわふわと浮かんでいた。


●証言
 途中立ち寄った村で聞いた話によれば、最近身体に倦怠感を感じる者が増えているとのことだった。決まって村の外に出た後だったので、疲れが出たのだろうとか寒くなってきたからだろうと考えられているようだったが、一応その人数を書きとめておいた。
「魔物の仕業だろうか」
「村の外に出て人気が少なくなったところを、デスハートンで狙っているのかもしれません」
「確か‥‥下級のカオスの魔物は魂を集めて上司に貢ぐのでしたよね」
 ゼディスと焔の言葉にセーファスが口をはさむ。
 カオスの魔物の社会はどうやら縦社会のようで、立場が下の魔物は上司に当たる魔物のために魂を集めたりするのだとか。少しでも上司に気に入られようと必死なのかもしれない。
「貢がれる前に何とかしたいものだが‥‥」
「そろそろ例の村に着くぞ」
 ゼディスが呟いたとき、馬車の外からアマツの声が聞こえた。


 村に入ると広場らしいところで子供達が数人遊んでいた。子供は風の子。寒さなんてへっちゃららしい。その中の一人をアマツが呼び止める。
「あ、おねえちゃん!」
 どうやら少年も彼女を覚えていたらしく、輪から抜け出して駆け寄って来てくれた。
「すまぬな。一つ聞きたいのだが、最近ディアーナにあったりしていないか?」
「うん、ディアーナおねえちゃん来たよ?」
「「!?」」
 無邪気に答える少年に、思わず真琴が詰め寄って。
「それはいつの事でやすか? お嬢は今もこの村に?」
「う、ううん‥‥んっと、五日くらい前で」
 真琴の勢いに少々怯えながらも、少年は首を傾げて当時のことを思い出すようにし。
「多分もう会えないけど、元気で暮らすんだよ、っていってた。後、たまにはクルトおにいちゃんのお墓参りに行ってねって頼まれたんだ」
「もう会えない‥‥?」
 少年の言葉を復唱し、焔が首を傾げる。
「どこにいくつもりだとかは言ってなかったか? 誰か連れはいたか?」
「ううん、一人だったよ。すごく顔色が悪かったけど。どこに行くの、って聞いても『遠い所』としか言ってくれなくて」
 ゼディスの言葉に答えると、少年はうつむいて。
「おねーちゃんたち、もしディアーナおねえちゃんに会ったら伝えて! クルトおにいちゃんのお墓は、僕が守るからって!」
「ああ、約束しよう」
 アマツは頷き、少年の頭を撫でた。


●彼女の選んだ道
「ディアーナ嬢の言葉、どういう意味なんでやすかねぇ」
「言葉通りの意味ではないだろうか」
 真琴の呟きに、馬車から顔を出したゼディスが声をかける。
「それは、どういう?」
 焔が問い返せば、ゼディスは顔色を変えることなく。
「『決別』だろう。彼女はもう『こちら側』に戻るつもりは無いのではないか?」
「あんなに大切にしていたクルトの墓を、人に任せるくらいだからな‥‥」
 アマツが悲しげにぽつり、と呟いた。
「そんな‥‥」
 そんな事、悲しすぎる。救いが無さすぎる。
 真琴は搾り出すようにそれだけ言い、次の言葉をつなげなかった。
 だが、ゼディスの予想は当たる事になる。
 クルトの墓を訪れた一行は、綺麗に掃除された手作りの墓と、そこに供えられた新しい花を発見したのだ。
 そう、ディアーナは間違いなくここに寄ったのだ。そして、恋人との最後の逢瀬を果たしたのだ。
 綺麗にされた墓、供えられた新しい花、託された墓の守りが証明している。
 彼女はきっと決意したのだ。
 恋人の墓に詣でる資格を捨てる事を。
 ――カオスの魔物と共に、からっぽの復讐に身を任せるという事を。