【銀の矜持】殺戮の夜
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■シリーズシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 98 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月17日〜12月21日
リプレイ公開日:2008年12月25日
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●オープニング
●盟約
ここはどこなのだろう。薄暗く、石造りの床が冷たい。
けれどもそれは彼女にとってはどうでも良い事だった。
目の前に立つ端正な顔をした男性は、黒い翼を広げて彼女を見下ろしていた。
「牢でも言ったが、私はお前が過去を覗く者と結んだ契約を継いだ。この通り、お前の生気もここにある」
男性は手元に白い玉を持ち、それを弄びながらチラ、と彼女を見やる。
「お前が望むなら、過去を覗く者が与えた以上の力を私は与えられる。人間に復讐をしたいというならば、協力を惜しまない」
「私‥‥は」
彼女の心には、意識を失う前に耳に届いた冒険者達の言葉が残っていた。彼女の改心を促す言葉。罪を償って欲しいと願う言葉。だが。
「(簡単にこの心に巣くう黒い感情を捨てられるくらいなら、カオスの魔物と契約したりなどしない――)」
それは禁忌。カオスの魔物と契約した者の末路は、永遠に魔物の手下となるか、魔物に殺されるか、人の手で命を絶たれるか――。
「人が、憎いだろう? お前の愛を、苦しみを理解しなかった人が。お前の決意を理解してくれなかった冒険者が」
男性の声が何故か耳元で聞こえる。不思議とその声は囁かれた様に頭に響き、酩酊に似た軽い浮遊感を与える。
そう、復讐という名の空に浮かぶような――。
●戻れない道
カオスの魔物と契約を結んだ少女、ディアーナの失踪と領内の不審事件の情報を集めていた冒険者達は、ディアーナが唯一助けた少年の元に現れた事を知った。そして、殺された恋人クルトの墓に詣でていたことも。
そう、それは彼女の決意。彼女が自ら「資格」を捨てた証。
「彼女はこれ以上生きていても、辛いだけではないのでしょうか‥‥」
リンデン侯爵家長男セーファスが、泣きそうな顔をしながら呟いた。万が一彼女の身柄を再び拘束する事ができたとしても、カオスの魔物と一度契約を結んだ者に契約を破棄させることはできるのだろうか? そもそも、契約を結ぶほど力を欲しているのならば、改心などするだろうか。そして、魔物が折角手に入れた手駒を簡単に手放すだろうか。己の情報を持った手駒を、生かしたまま置くだろうか?
「死なせてやるほうが幸せだと思うか?」
「もしも契約を解除できたとしても、そこにたどり着くまでに彼女が犯す罪の重さはいかほどでしょうか」
侯爵の言葉にセーファスは、視線を落とす。そう、もし契約が解除できたとしても、それまでの罪状を考えれば生かしておく事はできない。それほどまでに、重い罪。そして彼女はこれからも罪を重ねるかもしれない。
「――お前の心配は現実のものとなった。先ほど届いたばかりの報告書だ」
侯爵は羊皮紙の束をセーファスに手渡す。彼はそれに目を通して――そして唇をかんだ。
それはこの間情報収集に寄った際に「村の外に出て帰ってくると倦怠感を感じる者が増えた」という証言があった村での出来事。
まず、村の外に出た村人が帰ってこなくなった。その村人は村の外で死体で発見された。
そんな事件が何件か続いた。すると今度は、朝村人が目覚めると、村の中にあるいくつかの家族のうち、1家族が惨殺されているという事件が起こった。これはここ3日間続いていて、この村ではすでに3家族がまるまる殺害された事になる。
村人達は次は自分達が狙われるのではないかと、夜も眠れぬ日々を送っているらしい。そして、この異常な殺人事件を急ぎ、領主へと報告したわけだ。
「事件が起こるのは決まって夜、ですか‥‥。しかも他の村人達は気づかず‥‥そうですね、最初の殺害事件もあってか、怖がって用事がなければ誰も外に出ないのでしょう。当然の事です」
「この件とあの少女が関連しているという確証はない。ただの猟奇殺人犯の仕業かもしれない」
あくまで侯爵は、一つの可能性に固執しない。だが、この事件がディアーナの、もしくは他のカオスの魔物達の仕業である可能性は高いだろう。
「行くか?」
「もちろんです」
心が、痛い。
もしディアーナがからっぽの復讐に身を任せているのなら――どうすれば彼女のためになるのだろう。
セーファスは、まだその答えを見つけられていなかった。
●リプレイ本文
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馬が走る。できるだけ急げと。疾く、遠くへ行けと。
問題の村まで――あと少し。
「私がジ・アースにいた時『黒衣の復讐者』に似た悪魔の行った事件に関する報告書を見たことがあります」
土御門焔(ec4427)がその時の事を思い出しながら、かの悪魔が吐いたという台詞を告げる。
「‥‥向こうの世界でアリオーシュという名の悪魔はそう述べ、個人の復讐劇の裏で常に暗躍していました。今回の黒衣の復讐者も、似たような行動原理と思われます」
「人間に復讐‥‥そりゃ単なる八つ当たりでしかねぇのに‥‥村を壊滅させても止めらんなかったんでやすかね‥‥」
悲しげに馬上の利賀桐真琴(ea3625)が呟くと、併走しているアマツ・オオトリ(ea1842)もまた沈痛な面持ちで。
「そうだな‥‥愛とは。純粋であるが故に、その身を滅ぼす毒ともなる‥‥」
「ディアーナさんは、もう憎しみ以外の何も見えないのでしょうね」
セーファスの言葉が、風に乗って流れる。一同の間に一瞬の沈黙が落ちた。
戻るつもりがあるならば、魔物と再契約などしないはずだ。いくら命を奪っても、愛する恋人が帰ってこない事は彼女が一番わかっているはずだ。だとしたら?
「‥‥‥憎まないと、生きている事が辛いんでやすかね‥‥」
真琴が、呟いた。
それに答えられる者は――ここにはいない。
救いたい、救いたい、救いたい――けれども彼女は救いを望んでいるのだろうか?
●
村に到着すると、村全体を恐怖が覆っているのが空気でわかった。毎夜のように村人一家が惨殺されるとあれば、こうなるのは当然だ。次は誰の家が――そう思うと、生きた心地がしないだろう。
「敵は1家族ずつ狙っているようでやすから、それを逆手にとりやす。夜は一番大きな家とその近くの家にできるだけ固まってくだせぇ」
「そ、それで本当にわしらは無事に夜を越せるんですかぃ? 昨日もマールんところがやられて‥‥」
真琴に縋る老人の目は、怯えの色が強い。やはり到着する前に新たな犠牲者が出てしまったのか――真琴は老人の手に自分の手を重ね、安心させるように頷いた。
「侯爵家から参りました、セーファスです。安心してください。冒険者達と私で、あなた方を護ります。ですから、指示に従っていただけないでしょうか」
「せ、セーファス様‥‥ですか!?」
優しい表情で諭すように告げる青年に、村人達は目を丸くして。実際に侯爵子息の顔を見たことがなくても、名前くらいは聞いた事があったのだろう。
「不自由かけやすがしばし耐えて下せぇ。あたいの腕にかけて、できる限り皆さんが暮らしやすいようにさせていただきやすんで」
「はい、み、皆に集まるよう、伝えますんで!」
「あと‥‥」
侯爵子息自らが出てきたという事に安心したのだろう、今にも駆け出そうとする老人の背に、真琴が声をかけた。
「魔物に操られた嬢ちゃんがくるかもしれやせんが‥‥刺激せずあたいらに任せて欲しいでやす」
「わかりました。わしらは冒険者様たちのお邪魔はしませんから、安心してください」
村中に知らせに回る老人の後姿を見て、真琴は小さく溜息をついた。この後は村に仕掛ける分の鳴子を造らなくてはならない。村人達の世話もあるし、忙しくなりそうだった。
●
最初の事件は今から四日前――つまり焔のパーストで視ることのできる範囲内だ。
「‥‥そなたに惨殺の瞬間を覗けというのだ、心苦しいが‥‥頼めるだろうか」
「今は少しでも情報が必要です。できる限りの事をさせてください」
アマツの言葉に答える焔の声は硬い。
「わかった。頼んだぞ」
焔は小さく頷いた後、詠唱を始めた。
最初に犠牲者が出た家。遺体はすでに埋葬されたという話だったが家内は赤黒く変色した血で彩られており、その場で起こったであろう事を想像するに難くはない。
具体的に事件が何時間前に起こったのかはわからない。ただ四日前の夜間に起こったらしいということはわかっているから、その辺りの時間を調整しながら焔は何度も何度もパーストを試みる。
「見えまし‥‥た!」
額に脂汗を浮かべながら焔が口を開いた。彼女が見たのはこの場で起こった惨殺の風景。指定時間をずらして、何度も何度も視る。
「褐色の肌をした、筋骨たくましい男が三人、刀を持って押し入って‥‥眠っている人々を斬りつけています。容赦なく‥‥」
想像していたとはいえあまりの惨状に焔は眉をひそめる。アマツはそれを静かに聞いていた。己ができることは今はない。ただ、聞くことのみだ。
「続けてくれ」
「起き上がった者は何かに胸元を突き飛ばされるようにして倒れ‥‥もしかしたら、透明化した魔物がいるのかもしれません。その後‥‥あ、ディアーナさんが来ました。手から黒い炎を‥‥ブラックフレイムでしょうか。どうやら彼女が魔物達を指揮しているようです」
「魔物どもが人間であるディアーナの指示に従うだと?」
アマツがいぶかしむのも無理はない。魔物は人間を上から見下しているものだ。普通の人間の下に魔物がつくことは考えられない。そう、普通の人間ならば。
「‥‥上位の魔物、黒衣の復讐者の命令で従っているのかもしれません‥‥」
焔が呟く。確かに上司である黒衣の復讐者の命令であれば、下級の魔物達は契約者であるディアーナに従うかもしれない。
「とにかく他の被害者の家も回ってみよう。魔力は大丈夫か?」
「はい。まだ大丈夫です」
アマツと焔は残りの被害者の家を回ることにした。昨日の夜被害にあった家はまだ遺体がそのままにされているという。現場が凄惨なことは容易に想像ができたが――それでも行かねばならない。
●
焔が見た限りでは、魔物達の手口は筋骨たくましい男の魔物達が扉をこじ開けて押し入り、眠っていたり部屋の隅で怯えている人々に刀を振り下ろすという。逃げ出そうとした者は姿を消していると思われる魔物の攻撃を受けて倒れ、止めはディアーナの放つ炎。魔物達はまるでディアーナに止めをささせているように見えた。彼女に悪行を重ねさせるように――。
「来やすかね」
「昨夜も来たんだ‥‥来るであろう」
武器に手をかけたまま、村人達が集まっている家の側で待つ。1つの家に全員を集めることはできなかったが、ここからならば村人達のいる家の入り口は全て見える。姿を消している魔物はいるものの、ディアーナは姿を消すことはできない。そしてこちらには石の中の蝶がある。ある程度魔物達が近づけば、気配を察知できるだろう。アマツは蝶の羽ばたきに逐一目をやる。
「村人さん達‥‥眠れないでしょうね」
ぽつり、焔が零した。集められた村人達は不安の境地にあるだろう。各家々で過ごしているときも勿論不安だろうが、集められたということで安心感と同時に不安も共有することになる。一人が不安を零せば、水面に広がる波紋のようにそれは簡単に伝播するのだ。
「‥‥来た」
アマツの手の中の蝶が羽ばたき始めた。セーファスを含む四人は辺りに気を配り、気配を探る。
どがっ!
遠くで扉が蹴破られる音がした。鳴子がけたたましく音を立てる。そして女性の高い声。何かを指示しているような調子だ。
どがっ!
どがっ!
一定の間隔で扉が破られていく音がする。家の中に誰もいないことにいらついたのかもしれない、だんだんとその間隔が狭まっていって――
「ディアーナのお嬢‥‥」
筋骨たくましい魔物3体に護られるようにして村内を進んできたディアーナの姿が見えた。あちらもこちらに気がついたようで、立ち止まって眉を顰める姿が見て取れた。セーファスは黙ってオーラパワーを真琴の武器にかける。
「‥‥‥‥!」
魔物達に向かってディアーナが何か言った。声が小さくて聞き取れなかったが、それが攻撃命令だということは、三体の魔物達が刀を手に向かってきたことで明らかだった。
アマツ、真琴、セーファスが焔を護るようにして前へ出る。刃を受け止め、あるいはかわして自らの武器で攻撃を叩き込む。
ギャヴァッ!
魔物達は醜い声を上げて、痛みに怒り狂って攻撃を仕掛けていた。
その間に焔がテレパシーを唱える。相手はディアーナだ。
『なぜ貴方はこのような真似を続けるのですか』
直接頭に響いたその言葉に、ディアーナがピクリと反応したのがわかった。そして返ってきた答えは――
『悪徳を積むためよ』
――迷いのないもので。
突如、彼女の隣に端正な人間の姿をした者が出現した。いや、もしかしたら元からその場にいたのかもしれない。姿を見えなくしていただけで。笛を持ったその魔物が何かを唱えたと思った瞬間、真琴を黒い炎が襲った。
「セーファスの坊ちゃん、大丈夫でやすか?」
狙われたセーファスをかばったのだ。
「私は大丈夫です。それより真琴さんは‥‥」
「あたいも大丈夫でやす。こんなの‥‥」
言いつつもよろめいた彼女は、急いでヒーリングポーションを飲み干し、刀の大男との戦いへと戻る。
「くっ‥‥」
アマツにもその炎は命中し――ぐらり、体勢を崩したところに男の刀が入る。
『悪徳を積んでどうするのですか。クルトさんが悲しみます!』
必死で、呼びかける焔。だがディアーナの強い意志は変わることはなく。
『もう戻れないんだもの‥‥。戻れないなら先に進むしかないじゃない?』
ポーションを飲み干したアマツの一撃が、大男を霧散させた。これで直接攻め来る敵は2体。だがとてもじゃないがディアーナともう1体の魔物がいるところまで攻め込む余裕はない。
「クルトの旦那の墓はあの少年がしっかり護るって約束してやしたよ。気をしっかりしなせぇ!」
2つ目のポーションを飲み干した真琴が叫ぶ。なら、安心ね――彼女の口がそう動いたように見えた。
『貴方は黒衣の復讐者にいいように操られているだけです!』
『黒衣の‥‥復讐者?』
焔の切実な問いかけに、ディアーナが目を見開いた。そして突然、壊れたように笑いだした。
『そう、そうなのね。あの人は貴方達にそう名乗ってたのね‥‥なるほど。魔物も頭を使うのね』
『どういう意味ですか?』
目をすっと細める焔。だがディアーナがそれに答えるわけもなく。
彼女の手から放たれた黒い炎の塊が、一同の背後――民達が集まっている家を直撃した。
●
刀を持った大男3体は倒した。だがディアーナと彼女に付き添っていた魔物は逃げて行った。仕方がなかったのだ、民達を纏めておいた建物は木造であり、ディアーナの放った炎で燃えてしまいそうになったのだから。その消火活動を優先するのは当然のことだ――護ると約束したのだから。
「ディアーナさんは‥‥もう戻れないから先に進むと言っていました」
焔がぽつり、ぽつりと彼女との会話を反芻して聞かせる。
彼女が改心さえすれば元に戻す方法はあるのではないか? そう思っていた者達に衝撃が走る。
躊躇いがあったら、魔物と契約などしていないということだろう。
迷いがあったら、更に契約を進めてなどいないということだろう。
戻ろうとしても――魔物がそれを許さないのかもしれない。
今度彼女に会った時、どうすればよいのだろうか――?