【銀の矜持】黒の魔物は雨の中羽根を濡らす

■シリーズシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月16日〜09月21日

リプレイ公開日:2009年09月29日

●オープニング

●雨、再び。
 黒翼の復讐者に深手を負わす事には成功したが、寸でのところで逃げられてしまった。それでもセーファス・レイ・リンデンは皆の命が無事であることを喜んだ。
 黒翼の復讐者が儀式の洞窟に訪れるのとほぼ同時かその前に、リンデン侯爵邸では私兵たちが集められ、儀式の洞窟にいるはずの侯爵から『命令』を受けた。その混乱のさなかにカオスの魔物の反応が邸内のどこかで感じられたが、その魔物を探し出すことは叶わなかった。
 そして全ての後、知る。
 水鏡の円盤が行方不明だということ。恐らくその時のカオスの魔物は、混乱に乗じて水鏡の円盤を奪ったのだと。


 リンデン侯爵領の丁度中心部では、雨が続いていた。雨が続くといわれて思い出すのは、以前過去を覗く者というカオスの魔物が起こした事件。あれは過去を覗く者が持つ雨を呼ぶ力だったようだが、今回考えられるのは――やはり水鏡の円盤の影響である。
 水鏡の円盤には強制的に雨を降らす力はない。ただ、天候に少し干渉するだけ。曇りを雨に変え、雨を曇りに、曇りを晴れに――それもその変化は緩やかに訪れる。
 今回も最初はただの長雨かと思われた。だが、中心部にだけ長雨が続けば、やはり不自然さは覚える。幸いまだ雨量は多くなく水害等はでていないが、何かあってからでは遅いと言うことで侯爵家は調査の兵士を派遣した。
「その兵士の一部が、とある地点で消息を絶っています」
 セーファスは訪れた冒険者ギルドで告げた。その場所とは森の中の崖の上。
「崖の上はひらけていて、身を隠すところはありません。兵士の遺体が崖上と崖下にあったことから、崖を背にして戦いを挑まれたのだと思います」
 ということは、森の中から敵が現れたということだろう。
「この雨は黒翼の復讐者からの挑戦状だと思っています。この崖上で、決着を――」
 黒翼の復讐者は前回手ひどく傷つけられたことを忘れてはいまい。おびき出して崖下に落としてしまおう、そう考えたのかも知れない。
「雨が降っています。足元は滑りやすくなっていますから、くれぐれも注意してください」
 崖を背にして戦う事が予想される以上、足を滑らせて落下などという事は避けたい。
 また、黒翼の復讐者は空を飛べる。空から攻撃されて手が出なかった、などということは避けなくてはならない。
「森の中で黒翼の復讐者を探して戦うということは出来ないのですか?」
 あえて不利な場で闘うことはあるまい、と話を聞いていた支倉純也が問うと、セーファスは首を振った。
「木々が生い茂っていて、戦いには向きません。長物を振り回すことも出来ないでしょう。それに、雨が降っているため森の中はいつもより薄暗く、視界が悪いでしょう」
 崖上へは開けた道を登っていく分、いくらかましのようだ。それでも雨が邪魔をすることに違いはないが。
「わかりました。それと、水鏡の円盤はどうしますか?」
「‥‥‥」
 純也の問いに、セーファスは一瞬沈黙して。そして。
「円盤が取り戻せなければ、侯爵家の威信に関わります。しかし、私は円盤よりも黒翼の復讐者の撃破を優先させるべきだと思います」
 もちろん、黒翼の復讐者を退治し、円盤まで取り戻せればそれに越したことはない。だが最悪円盤が見つからなくても、黒翼の復讐者を倒すことを優先させて欲しいということだ。
「‥‥わかりました。冒険者を募りましょう」
 純也は頷き、依頼書の作成にかかった。


●ほの暗き館で
「らしからぬ失態だな?」
「‥‥申し訳ありません」
 金のウェーブヘアの男性が、金のストレートヘアの男性に声を投げかける。ストレートヘアの男性――黒翼の復讐者は頭を下げて唇を噛み締めた。
「今度は――侯爵家長男の息の根を止めるまで戻りません。あの長男を始末してしまえば、侯爵家などあとは何とでも」
「まあ、期待せずに待っている」
 その言葉に黒翼の復讐者はぎゅっと拳を握り締めた。少々遊びすぎた――あそこまで深手を負わされるとは。もう、失敗は許されない。
 その視線の先には、水色のエレメンタラーオーヴがあった。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3625 利賀桐 真琴(30歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 しとしとと降り続く雨。ざぁざぁと土砂降りではないが、しっとりと肌を濡らす嫌な雨だ。ゆっくりとゆっくりと衣服にしみこむ水は、動きを制限するばかりか体力と体温を奪っていく。
 森に到着するまでの間にフォーノリッヂのスクロールを使用し続けた土御門焔(ec4427)はいくつかの報告をしていた。フォーノリッヂで見える未来は「何もしなかった時」の未来。しかも直近の未来とは限らない。故にそれに頼り切るのは得策とはいえない。また、スクロールの使用にはそれなりに手間がかかる。今回は目的地に着くまでに時間があったから良かったが。
「リンデンに残してきたお三方には特におかしなところは見えませんでした。セーファス様には‥‥死の未来が見えました」
 それには誰も言葉を紡がない。セーファス本人でさえ予見していた事であり、そして一同は彼を守ると誓っているのだから。未来など変えて見せればいいのだ。
「最後に気になるのは‥‥水鏡の円盤です。『水鏡の円盤』で指定したのですが、何も見えませんでした」
「何も見えない? それはどういうことだ」
「私にも解りません」
 アマツ・オオトリ(ea1842)の言葉に、焔は首を振って。以前同じように指定した時は見えた気がするのだが。
「ともかく今回は黒翼の復讐者を倒す事、御曹司を守る事が第一だ。最悪の場合は‥‥破壊する」
「それでかまいません」
 巴渓(ea0167)の言葉に、セーファスは頷いた。



 馬車を降りて森に入る前に、雀尾煉淡(ec0844)が超越レベルのレジストデビルとグッドラックをかける。導蛍石(eb9949)が広範囲のデティクトアンデッドで探査を始めた。
「件の魔物は『ここで待つ』とは明確には言ってません。魔物の思考をこちらの常識にあてはめるのは危険。そこが悩みどころです」
 同じようにデティクトアンデッドを発動させ、ペガサスに騎乗する時煉淡はそう零した。念の為に侯爵家に残してきた三人にも術は施してあるが‥‥。
「以前まんまと乗せられてしまったからな」
 アマツがぎり、と奥歯を噛む。
「操られて落とされたりしたら崖壁につかまる余裕もできやせんし‥‥気休めでやすが‥‥せめて怪我を少しでも減らせればと‥‥」
「ありがとう」
 雨避けに、と木の下で利賀桐真琴(ea3625)はフェアリーダストをセーファスと自分にかける。万が一崖下に落とされた時のためだ。
「しとしと雨‥‥視界はよくはないっスけど悪いって程じゃない‥‥嫌な感じッス」
 順番にフレイムエリベイションをかけて回ったクリシュナ・パラハ(ea1850)が呟いた。黒翼の復讐者の言霊に対抗するためには、できるだけの対策はしておく必要があった。
「反応がありました。範囲ぎりぎりの100mのところに1.2‥‥こちらに近づいているようです。ただ、方角は解りません」
 蛍石が告げる。デティクトアンデッドでは方角を知る事は出来なかった。森の中を行く一同は木々に遮られ小回りが利かない。上空を行く煉淡が移動しながら探査を重ね、方角を求めようと努力する。どうやら崖に向かう道の左右から近づいて来るようであった。
「試してみます。目標『水鏡の施盤の一番近くにいる魔物』」
 焔がムーンアローを唱える。だがその月の矢は行く先を見失ったか、彼女自身を貫いた。
「うっ‥‥く‥‥」
 膝を突いた焔を蛍石が即座に癒す。指定した語句が曖昧だったのか、それともフォーノリッヂで水鏡の円盤の未来が見えなかった事に関係があるのか――。
「もう一度‥‥やらせてください」
 魔法は何度も連続では使用できない。そうこうしている間にも魔物の反応は近づいて来る。
「まずは手下どもをここで迎え撃つ必要がありそうだな」
 アマツに渓、真琴が前に出る。蛍石はホーリーフィールドを張った。
「雨は‥‥防げないようでやすね」
「以前ホーリーフィールドで防げた雨は、過去を覗く者の特殊能力であったのだろう。この雨が水鏡の円盤の影響で呼び寄せられたものだとしたら、それは自然現象を呼び寄せたに過ぎぬ。防げぬともおかしく在るまい」
 アマツの言葉に真琴は納得して。そしてセーファスの前で武器を握り締めた。
「目標、『黒翼の復讐者』」
 焔が作り出した光の矢は、今度は戻って来る事がなかった。
 どうやらこの先に黒翼の復讐者がいるのは確かなようである。



 襲い来た魔物達ははっきりいってたいしたことはなかった。しかし一撃で全ての魔物を屠るというわけにもいかず、全てを掃討するまで時間がかかったのは事実である。その分雨は身体を濡らし、衣服は水を含んで重くなり、体力も気力も奪われていく。
 何も傷を負わせるだけが手ではない。襲い来た魔物全てを倒し、目的の崖上へ辿り着いた頃には冒険者達は色々な意味で消耗していた。魔力や傷は薬で回復出来るものの――。
「近くに大きな反応がありますね」
「黒翼の復讐者でしょうか」
 探査魔法を使った煉淡と蛍石が辺りを見回す。距離は近い。だが明確にその姿を捉えることは出来ない。
 ヘキサグラム・タリスマンを設置しようと考えていた渓だったが、近距離でこちらを覗っているだろう敵がその10分を待ってくれるはずはなく。
「目標、『黒翼の復讐者』!」
 焔がムーンアローを放った。その光は向かいの森へと消えていく――冒険者達は崖を背にして森と向かい合った。

「やれやれ‥‥だから名を明かしたくはなかったのだが。面倒極まりない」

 すっ、と森の中から飛び上がったその姿は見覚えの在るもの。まるで天使と見まごうべき金髪。だがその背には黒い翼が羽ばたいていて。
 彼――黒翼の復讐者は長い金髪を手で払い、そして一定の距離を持って冒険者達と対峙した。
「占いだのなんだのと、本来の名を明かして得する事はない」
 故に以前、名を偽っていたというのか。
 煉淡は一度下降、そして真琴とセーファスのいる辺りを中心にホーリーフィールドを展開する。だが達人・超越レベルのホーリーフィールドの範囲には黒翼の復讐者が含まれる。結界は作成されなかった。
「伏兵は、いないようッスね‥‥」
 インフラビジョンを使ったクリシュナが呟く。蛍石達のデティクトアンデッドにも他のカオスの魔物の反応はなかった。
「ここが天王山、心ゆくまで死合うだけよ‥‥黒翼よ、今一度互いに名乗りをせぬか? なし崩しに戦うのも風情がないのでな‥‥ふふふ」
「風情? 今更そんなものを期待するのか? どこまでも形ばかりにこりたがる人間め」
 アマツの提案を一蹴した黒翼の復讐者は黒炎を放つ。その炎は真っ直ぐにセーファスを焼いた。急ぎ、蛍石が専門レベルのホーリーフィールドを張る。
「セーファス様、大丈夫でやすか!」
「私は大丈夫です。真琴さん、6分しか持ちませんが」
 セーファスが真琴の武器にオーラパワーを施す。
「ありがとうごぜえやす。必ずお守りいたします」
 真琴はその刀を掲げて。
「イーリス女史の旦那さんを罠にはめ、ディアーナの嬢ちゃんの無念、ディアス坊ちゃんや侯爵夫妻らを弄んだ事‥‥いいかげんこれ以上やらせるワケにゃいきやせん。絶対あんたを斃しやす」
「こちらもそう簡単にやられるわけにはいかないな」
 急速に接近してきた黒翼の復讐者が手にしていた巨大な斧は前衛にいた渓に振り下ろされるも結界を破壊するに留まり、続けざまに反対の手から振り下ろされた棍棒は彼女をしたたかに打ちつけたものの傷を負わせるには至らなかった。
「先ほど襲ってきた魔物達は水鏡の円盤のありかを知りませんでした。水鏡の円盤はどこですか?」
 焔が黒翼の復讐者に問いかける。同時に高速詠唱でリシーブメモリーを使用した。だが帰ってきた記憶は――

『そんなものはない』

 その一言。リシーブメモリーは対象が教えようとしている記憶は正確に伝わる。黒翼の復讐者がこの質問を予測していただろう事は十分に考えられた。
「雀尾さん、ホーリーフィールドを」
「わかりました」
「導、行くぜ!」
 再びホーリーフィールドを張ろうにも、専門レベルであっても黒翼の復讐者が近くにいる今は結界を完成させる事は出来ないだろう。出来るのは初級レベルでセーファスを守る事のみ。ただしこの結界も簡単に壊されてしまう事が予想される。だが、ないよりはましだ。煉淡はホーリーフィールドを唱える。代わりに蛍石はコアギュレイトを、渓はオーラホールドを発動させた。しかし黒翼の復讐者の動きを止める事は叶わず、彼は標的を後衛に変えようと舞い上がる。だがそれを黙って許す冒険者達ではない。クリシュナのアグラベイションは抵抗されてしまったようだが、アマツの刀がその足を狙う――しかし紙一重のところでそれもかわされ、黒翼の復讐者はまずクリシュナを狙った。
「まず、一人」
 大きな斧で切りつけられたクリシュナはバランスを崩し、その拍子にぬかるんだ地面に足を取られた。
「シュナ!」
 渓の叫び声が遠くで聞こえる。バランスを崩した彼女はそのまま崖下へと落ちていく。
 黒翼の復讐者はそれを見届けることなく、反対の手に持った棍棒を振るった。それは近くにいた焔を同じ目にあわせた。
「二人目」
 やはり落下していく焔には目もくれず、そして次に視界におさめたのは――セーファス。だが彼の前に立ち塞がったのは真琴だった。
「セーファス様だけはやらせねぇーー!」
 渾身の力で、威力の高められた剣を振るう。だがそれも紙一重で避けられた――しかし、踏み込んだ足はそのままに膂力で振り上げられた剣先が黒翼の復讐者を切りつける!
「くうっ‥‥」
「でかしたっ!」
 苦しそうにうめき声を上げた黒翼の復讐者がバランスを崩した。背後から渓が拳を叩き込む。煉淡と蛍石がほぼ同時にコアギュレイトを唱えた。どちらの術が功を奏したのかはわからないが、傷を負った黒翼の復讐者は術の手に落ち、身動きすらままならなくなる。
「今まで散々我々を弄んでくれたな。それもここで終わりだ」
 アマツの刀が一閃、黒翼の復讐者を斬りつける。
「利賀桐殿、引導を渡してやろうぞ」
「ここで、決着でやす」
 アマツと真琴、2人の刃が振り上げられる。
 それが振り下ろされた時、黒翼の復讐者の姿は跡形もなく霧散していった。
 雨に濡れて光った黒い翼は――消えた。



 崖下に落ちたクリシュナと焔は幸い命は取り留めていて。ペガサスにて捜索に向かった煉淡と蛍石の魔法によって無事に助けられた。黒炎に焼かれたセーファスも傷は浅く、魔法によって回復している。
 ただ、水鏡の円盤だけはどこを探しても見つからなかった。ペット達の手も借りて辺りを探してみたのだが、円盤らしきものはどこにもなかった。
 フォーノリッヂの結果で何も見えなかった事と何か関係しているのかもしれないが、真実は今や闇の中だ。


「水鏡の円盤の事は残念でしたが、黒翼の復讐者を討てた事はとても大きいです。本当に有難うございます」
 リンデン侯爵邸。晩餐の場でセーファスが代表して挨拶を述べる。その風格はすでに次期侯爵として相応しいものであった。
「彼の者がこの地に残した傷跡はまだまだ深いです。その上炎の王なる上位の魔物の存在も見受けられています。まだまだ油断は出来ませんが、今この時だけは、喜びの杯を交わしましょう」

 ――乾杯。

 掲げられた杯に注がれたワインが、ランタンの光を受けてきらきら揺らめいていた。