【竜の王子 精霊の王子】王家を侵食する影

■シリーズシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月04日〜12月09日

リプレイ公開日:2010年08月31日

●オープニング


 先だって、その特殊能力にて家臣団を洗脳し続けるカオスの魔物の撃退に成功した一同。その当時まだ術の解けていなかった家臣団も、今はもう洗脳は解けている。解けていることをエアハルト王子に悟られないように行動しているが、洗脳を施していたカオスの魔物が戻ってこない=倒されたと判断されていてもおかしくあるまい。


 そんなある日、エアハルト王子が王の名代としてバへの旅立つ事になった。竜と共に旅路につくという。バへの顔見せも兼ねているのだろうという見方が強い。だが、バの十将軍ザガ家の子息がエアハルト王子と同名であるという、その情報を知っている者としては、少し――疑いたい部分もある。


 しかしメイに身を潜めているマクシミリアン王子はジェトでは表立って動けない。そこで代わりにと動いてくれたのは、先日の事件で信頼を得る事の出来たディルク・ボッシュ前侯爵だ。王の側近であった事を利用して、ご機嫌伺いと称して王と面会したという。だがその王の様子がおかしかったのだという。
「父上の様子がおかしい‥‥?」
 書簡を手にしたマクシミリアンは呟き、その続きへと目を進める。
 そこに書かれていたのはディルク氏と王のやり取り。長年に渡って付き合いを続けてき、信頼関係も出来上がっているはずなのに沸きあがるよそよそしさ。そして――
「父上がディルクとの過去を忘れていた‥‥?」
 父王はまだ記憶があやふやになるような年ではない。覚えていない事を突っ込まれると、病のせいか記憶が曖昧だと誤魔化したという。だが、まるで「何も覚えていない」ようなのだ。
 通されるときに彼がディルク・ボッシュだという事は知らされたのだろう。だが、彼が元側近だった事自体を知らないような口ぶりで。ただ貴族の見舞いを受けているという様子だったという。
「‥‥カオスの魔物は人や動物そっくりに化ける事も出来ますが、化けたものの能力は得られても記憶までは得られないそうですよ」
 ワインを注いだ支倉純也がぽつり、呟いた。マクシミリアンはふむ、と顔を上げる。
「今ジェトにいる父王は、カオスの魔物の変身だというのか?」
「断定は出来ません‥‥が、そういう可能性もあるものだと。お心当たりはありませんか?」
 純也が言っているのは突然エアハルト王子を公開し、王位を継がせると言い出した事だろうか。確かにエアハルトが現れる少し前から父王はマクシミリアンと親子の対話をしなくなった。それどころか話すことを避けるようになった。あまりに突然の変化に驚いたものだったが‥‥。
「私は生まれたときから王位を継ぐ者として育てられてきた。父もそのつもりだったのだろう。確かに、20歳まで生きられたからといって、それまで隠してきた兄王子に突然王位を継がせると言い出すのはおかしい。家臣団や国民から反対の声が上がる事は想像に難くない」
 その家臣団が操られていた以上、魔の手が王へと及んでいる可能性は高い。そうだとして、一体いつから――。
「支倉」
「はい」
「父王がカオスの魔物に成り代わられているとしたら、本物の父王が生きている可能性はどれほどと見る?」
 マクシミリアンはじっと赤いワインを見つめたままその言葉を発した。純也は深く息をつき、そして。
「‥‥ほぼ、無に等しいかと」
 搾り出されたその言葉を受けて、マクシミリアンはグラスを傾けた。



 エアハルト王子と竜がいない今、王城へ入る事は可能だろう。洗脳の解けた家臣団に協力してもらえればよい。城内の者達も、基本的にマクシミリアンの入城を拒むものはいまい。命令はされているかもしれないが。
 家臣団に助力を請えば、家臣団の連れとして、詳しく調べられることなく入城できると思われる。
「父王が本物であるのか、カオスの魔物が化けた姿であるのか、確かめる」
 マクシミリアンは落ち着いた口調で言葉を紡ぐ。
「そしてもしカオスの魔物の化けた姿であるのならば、エアハルトが戻る前に倒す」
 仮に王がカオスの魔物の化けた姿だとして、王の身代わりを勤める魔物だ、上級の魔物である可能性が高い。戦いにも力を入れねばならない。だがもしその魔物を倒す事が出来れば、エアハルトの手勢を減らす事が出来るというわけだ。今後のエアハルトとの対決に有利に働く事だろう。


●今回の参加者

 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

 久し振りに見たジェトスの街は、以前より更に壊れた家屋が目立つようになっていた。ボッシュ侯爵邸への道すがら、貴族の屋敷にも被害が及んでいる様子に冒険者達は一様に顔をしかめたが、マクシミリアンの一言に表情を引き締める。
「あれは、先日最初に私に頭を垂れた者の家だ」
 カオスの魔物の洗脳をいち早く脱した家臣団の一人の邸宅は、かなり破壊されていた。エアハルト王子のドラゴンの被害だろうが、この状況ではすでにエアハルト王子側は配下の魔物が倒され、家臣団の洗脳が解けていることも承知しているに違いない。そうでなければ、味方にしてある者の家を襲うはずもないからだ。その上で、この時期にドラゴンまで連れてのバ訪問は罠としか思えなかったが‥‥
「でも、ここは虎穴に入らずんば虎児を得ず、というヤツでしょうか」
 ルイス・マリスカル(ea3063)の口にした通り、遠くから様子を見ているだけでは何の変化も望めない。面倒な相手がいないうちに、王城からカオスの魔物の一掃を狙うくらいの行動が必要だろう。
 流石に父王の生死が定かでなく、生存の見込みが薄いとマクシミリアン本人から聞かされて、音無響(eb4482)は王子の心中を慮ったが、ジェトスの人々の暗い表情も気に掛かった。ともかくもカオスの影響を払わねば、誰一人安心して暮らせない現状は改めなくてはなるまい。
 それがジェト国王の逝去を明らかするものであっても躊躇ってはいけないと、彼が無言のうちに決心を新たにしていると、辺りを見回していたベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が、あることに気付いた。
「バの兵士の姿が少なくなってますね」
 エアハルト王子のバ訪問に付き従っているものか、確かに兵士の姿は少なくなっていた。そのせいか、街の人々の表情も少しばかり明るかったが、抑圧されている雰囲気はまだ色濃い。
 風烈(ea1587)が見たところ、ジェトの兵士からは意欲が感じられない。バ兵士の横行が許され、自分達の街を言いようにされている日々が続いて、気力そのものが失せているようだ。フィリッパ・オーギュスト(eb1004)がエアハルト王子が軍の配置や制令などを自分達に有利なように変更していないかも確かめねばと提案していたが、それがなくとも軍規の緩みには警戒が必要だろう。
 ただ、これから王城に入り込もうとする一行には、城門の警戒だけは厳しくあっては困るのだが‥‥彼らを迎えたボッシュ前侯爵は、入城の協力は可能と請け負った。息子の現侯爵はじめ、家臣団の者達が城内まで連れていってくれると言う。マクシミリアンに協力したことが分かれば、当然カオスの魔物に狙われるのも承知の上で、その魔物に誑かされていた罪を償いたいと考えているらしい。
 それならエアハルト王子とカオスの魔物、バの国とのつながりを示す証拠探しにも協力をと願ったのはベアトリーセだが、フィリッパは更に踏み込んだ要望を持っていた。
「わたくし如きが口を出すことではありませんが、マクシミリアン王子の追放令の解除や他国への特使の選定などは、皆様方でご準備出来るものでしょうか。初動が早ければ、それだけ攻め難くもなりましょう」
 国王の名で発布された追放命令の取り消しは、明らかに国王への反意と責められる危険もある。だからエアハルト王子とカオスの魔物の繋がりを示すのが前提だが、それを為してから事を相談しては遅きに失する可能性は、ボッシュ家の先代も当代も理解した。国王の状況が分かれば、すぐにも何かしらその場にふさわしい手が打てるように談議しておくとの返答は王子のマクシミリアンの前で苦しげだが、忠義心は見て取れる。
「すでに王子より、メイの要人へ渡りはつけてもらってある。それをより進められるような手順は、あなた方の方がご存知だろう」
 烈も言葉を添えたが、あれこれ指図することはしなかった。そもそも政治向きのことなら、常日頃から携わってきた家臣団の方が詳しいし、おめおめと魔物に付け入られたことを悔いる人々にはあまり強く出ても、魔物への無謀な行動を誘発する恐れがある。
「まずは、ここ数日の城内の様子を教えて欲しい」
 マクシミリアンも同様のことを心配してか、てきぱきと作戦の割り振りをして、それを全うするようにと現侯爵に念押ししていた。城内で証拠探しをするにしても、彼らが動いてくれなくては手も足りない。他国への働き掛けができるのも、現状は家臣団だけだ。
 城内に入ってからの行動も話題に上ったが、音無の考えていた使用人への聞き込みは困難であることが判明した。国王の侍医は少し前から急病を理由に弟子に交代し、侍従もエアハルト王子が寄越した人々だけが国王の枕辺に侍ることが出来るという状態なのだ。国王の病状や言葉も彼らを介して家臣団に伝えられる有様で、ここ数日は面会もままならない。食事さえ、彼らが用意しているという。
 こうなると国王の周辺はバの息が掛かった人物かカオスの魔物で占められている可能性が大きくなり、ルイスが持つ龍晶球や幾つかある石の中の蝶の反応を見定めることが重要になってくる。まずは城内に入り、そうしたものを怪しまれずに国王の居室近くで確かめることが出来るかだ。
 相手もこちらが出てくるのを待ち構えているだろうから、入城してからは時間との勝負と考えられた。

 相変わらず傍観者の立場を崩さないバハムートも一緒に、時間をずらして王城に入った一行は、家臣団の一人が使用している部屋で合流を果たした。流石に城の中全域を透明化した魔物が見回っている様子はなく、石の中の蝶は僅かな反応を一度示したのみ。
 だがルイスの龍晶球は国王の居室に近い場所ほど光を増して、魔物の気配が濃いことを教えていた。この反応には、国王も自分達同様に洗脳されているだけではと一縷の望みを持っていた家臣団も、いかに一行を居室まで妨害なく導くかに集中している。魔物との戦いは冒険者とマクシミリアンに任せ、自分達はそれ以外の場所でのあらゆる攻防に集中するつもりだ。
 そうした決意に水を差すかもと思いつつも、音無が思案していたことを口にしたのは、『それ』があれば様々な出来事の説明がつくのではないかと考えたからだ。
「今の王様が偽物だったら、本物の王様‥‥がどこかにいるはずなんだけど」
 マクシミリアンがいるので、少しばかりぼかしたが、要は『本物の国王の遺体がまだ隠されているのではないか』ということ。国王の周りには多数の人がいて、全ての目を晦ましていきなり本物を連れ去ったり、死体を隠すのは魔物といえど難しかろう。もしも遺体が出れば、問答無用で国王が偽物だという証にもなる。
「憑依されていて、衰弱している可能性も捨てきれませんが」
 あからさまでなくとも国王の遺体の話を持ち出されて緊張した空気に、ルイスがもう一つの可能性を投じる。とはいえ、どちらが現実性が高いかなどと論じる時間はない。国王がどうなっているにせよ、あまりに気配の濃いカオスの魔物を城内から一掃すること。それがマクシミリアンの決心で命令だ。冒険者は彼の決心に沿い、家臣団は命令に従う。
 後は、一行は国王の居室前まで手引きしてくれる者の合図を待つばかり。
「せっかくだから、カオスドラゴン関係の資料がないか、皆さんと一緒に調べてきてもらえませんか」
 ぴりぴりと張り詰めた空気の中、ベアトリーセが相変わらず一人で傍観を決め込んでいるバハムートに頼んでみたものの、応えは否。人が交わした手紙など見ても精霊の彼には含まれた真意を汲み取れないからだ。
 それ以上は、いつものようにバハムートに『何か』を願う者はいなかった。
 先に烈が幾つかの尋ねごとをして、うち一つの持参した武器については色よい返事を貰っただけ。

 重厚な扉の前、内部に気付かれることは承知で、烈が魔杖「ガンバンテイン」を使う。更に魔法が発動された。フィリッパの白魔法、烈のオーラ魔法が皆に付与されて、扉を蹴り開けたのはルイスと音無だ。一番に中に駆け込んだのは、マクシミリアン。
「カオスの魔物の存在が確認された。陛下には不敬を承知で、この場を改めさせていただく」
「おお、マクシミリアン。待ちかねていたぞ」
 まだ最低限の礼節を保ったマクシミリアンの口上に、病気療養中のはずの国王は部屋の奥の椅子に腰掛けて、にこやかに手を伸べた。周囲の侍医や侍従は、不意の乱入者に驚きもせずに冷めた目付きで一行を眺めやっている。
 国王の血色よい顔や意外な言葉に、ほんの一瞬全員が途惑ったかもしれない。けれども怪しんでいる時間はなかった。
「エアハルトが、おまえを亡き者にしてくれと言うので、ここまで来るのを心待ちにしていたよ」
「陛下、失礼を」
 あまりの言い様にも言葉だけは礼節を守って、ルイスが大聖水を国王に振りかけた。カオスの魔物であれば、その体に危害を及ぼす水は狙い過たず国王の肩から腕に掛かり、その肌を僅かに焦がしている。
 そして、周囲の人影が崩れた。
「仲間がいたところで、全て殺せばよいだけのこと」
 手引きしてくれた連中も、この後全てすげ替えてしまおう。いまだ国王の姿を保っている魔物が、威厳も何もないいやらしい笑みを浮かべた。だが、その醜悪な表情は、一同の怒りに油を注ぐだけだ。
「人々の気持ちを踏みにじるお前の悪行、俺は絶対に許せない!」
 音無が叫んだ。叫びの最後の一音が消えるより早く、七桜剣+1が飛び掛ってきた小鬼を貫いている。
 フィリッパがホーリーフィールドを張り、安全な場所を確保する。けれどもそこを利用する者はおらず、他の五人は次々と襲いかかってくる魔物と切り結んでいた。エアハルト王子の不在は、その隙にジェトスに現われるはずのマクシミリアンを物量作戦で亡き者にすることと、その協力者も炙りだすために仕組まれたものかもしれない。今そう考え付いたところで、何をどうすることも出来ないが、冒険者は少なくとも魔物対策は完璧だ。フィリッパですら、エヴォリューション対策に複数の武器を所持している。
 唯一マクシミリアンだけは佩剣とエクセラだけで苦戦を強いられていたが、それはすぐに気付いた皆が支援に回っている。
「止めはいい、片端から一撃食らわせてくれ」
「承知した」
「いやはや、これはまた地獄の光景のようですね」
 烈とルイスがマクシミリアンの両側に入り、彼の攻撃だけでは倒しきれない魔物に対処する。その三人が国王の姿をした魔物に近付ける様に、ベアトリーセと音無が道を開き、それでも梃子摺りそうな大きな魔物にはフィリッパのコアギュレイトが飛ぶ。
 廊下ではまた誰かの怒号や悲鳴が聞こえたが、そちらを助けに行く暇はない。遠くでも何か壊れる音がしたのは、魔物のせいかどうか。音無はテレパシーで家臣団と連絡を取る用意もしていたが、先方もカオスの魔物と交戦状態に入り、詳しい状況を説明する余裕がない。
 だが、それでも分かることはあるもので。
「まだ隠さなきゃいけないものを始末しきれてなかったようだなっ」
「それは何より。順序が前後しましたが、偽物王子は二度とジェトに入れなくしてあげますよ!」
 エアハルト王子の住んでいた建物や、突然交代した国王の侍医の控え室、国王の執務室など、バの国と取り交わした書面や国王の健康状態を記録したもの、その他諸々のカオスやバの国との繋がりを示すものがあっても不思議はない場所で、魔物と家臣団の小競り合いが続いている。詳細は分からないが、魔物の抵抗の激しさから何か証拠となるものがあるのではないかと、家臣団と彼らに指揮されて兵士達が必死に戦っている。
 もちろんここでも戦いは無限の時間を掛けても終わらないかと思うほどに続いていた。フィリッパのホーリーフィールドが何度も張り直され、それに応じてソルフの実も消費されていく。負傷を軽減する道具も次々と使われていたが、下級の魔物はこの一行には足止め程度の役にしか立たない。相手に逃げる意思があれば、それでも十分な時間稼ぎにはなったろうが、この場をまとめる魔物は違う。エアハルトか、別の魔物か、どちらかの命令がよほど強制力があるのか、マクシミリアンへの執拗な攻撃を続けていた。そしてそれらをマクシミリアンが防ぎ、冒険者達が攻撃を加えていくことで、徐々に攻撃の主導権が移動する。
 やがて、何度か抵抗されたフィリッパのコアギュレイトが、ようやく効果を発揮して。
「‥‥怪我の手当てをせねばなりませんね」
 ほうっと息を吐いた時には、豪華ではなかったが上質の素材と家具で飾られていた居室は、元の姿を著しく損なっていた。魔物の見苦しい死体が残らないことが、唯一の幸いといったところ。
 重傷者だけ手当てを受けて、引き続いて城内の魔物掃討に向かった一行は、城内のそこここで被害の跡を見たが、幸いなことに城外には騒ぎは波及していなかった。家臣団や兵士に負傷者は多数いても、街の人々が無事であれば皆安堵する。
 家臣団がマクシミリアンを王子として遇するので、兵士達も敵対する者はない。顔を知らぬ冒険者に対しては時折誰何の声が飛んだが、誰の指示かすぐに連絡が回ったようで、しばらくするとそれもなくなった。一緒に城内の見回りを買って出る者も現われる。
 そうした中、元侍医の控え室へ王族の治療記録を求めて入った音無が、部屋の隅に放置された人影を見付けて声を上げる。彼の頭をよぎったのは、もちろん自分で口にした『国王の遺体』だったが、
「まだ生きてるね。あぁでも、相当痛め付けられているかな」
 この騒ぎにも一切の手出しをしなかったらしいバハムートが、場違いにのんびりした調子で観察したことを語る。目立つ外傷はないが、衰弱している上に、呼び掛けにも目付きが定まらない。精神的に相当な衝撃を受けている様子だったが、冒険者達と一緒に駆け付けたマクシミリアンの呼び掛けには反応があった。
「まさか‥‥おまえも」
「精霊界ではございません。どうか気を確かに持って」
「ジェトスは、魔物に、蹂躙された‥‥と」
 話すことも、聞くことも覚束ない様子の国王には、音無がテレパシーで事のあらましを説明し、事情を聞いた。魔物に摩り替わられた後の国王は、それでも後日の利用価値を認められていたのか、捕らわれたままに国土がいかに荒廃していくかと、その様子を日々吹き込まれていたらしい。アンゼルマの死刑判決は聞かされ、その失敗は知らないなど、精神を蝕むような事柄だけが降り積もって、ともすれば錯乱しそうだったが、息子の声が妙薬になりえたらしい。
 魔物に国土を荒らさせること許さず。
 マクシミリアンを変わらず跡継ぎと認め、カオスの魔物と組んで王位簒奪を狙ったエアハルトを退けるようにと、そう国王の言質を得た家臣団が新たな布告を作るために走り回っている。
「バの関与を証明出来るものも出てくるといいんですが」
 ベアトリーセやルイス、烈は城内の探索に、フィリッパはアミュートやエクセラはじめ王位継承や国威の象徴たる物品の持ち出しをされていないか確かめるのに協力している。音無はテレパシーの用が済んでから、精力的に証拠探しに加わっていた。
 この間に、マクシミリアンの命令でジェトス内のバの兵士を集めるように偽の命令が下されて、兵士達は一時監禁されている。街中にいさせたままで事の次第が民衆に知れればどんな騒ぎが起きるか知れず、その防止と共になんらかの有益な証言が得られることを期待しての命令だ。
 ただ、残念なことにエアハルトがバの貴族であると証明する書面も物品もなく、有力な証言が出来る者はいずれもバへの訪問に付き従ってしまっていた。そうでないものは魔物の変身で、冒険者達に退治されている。
 そうこうしている数日のうちに、街にも城内の騒ぎが漏れていき、様々な流言蜚語も飛び交うようになると、きちんとした説明をする必要が出てくる。国王はいまだ混乱した記憶の整理がつかず、本来の侍医が一日中付き添っている状態だから、民衆の前に姿を見せることなど出来はしない。その役目は、マクシミリアン以外にいないのだが、一度反乱者の汚名を着せられた王子の発言だけでは不安と感じている家臣もいた。
「こういう時に、これが役に立つといいんですけど」
 ベアトリーセがロード・ガイの遺したローブを羽織り、マクシミリアンが民衆の前に立つなら付き従うと明朗に宣言した。もちろん他の四人も否やはないが、アンゼルマ救出と違って、今回の戦いは城内だけで行われている。ルイスと烈もロード・ガイの武具を持ってはいたが、さてそれを見知らぬ者がいかほどの感銘を受けてくれるかと逡巡して、烈がちらりとある方向を見た。つられてルイスも、音無も、フィリッパも、ベアトリーセもそちらを見て、マクシミリアンに視線を向けたが、彼だけはその方向は見ずに一同に協力をと願ってきた。
 その存在が力を発揮したら、世界の理が傾ぐ。それはカオスの魔物が望むところで、また彼が十全の力を発揮しては、人の身は耐えることなど出来ないかもしれない。もとより頼りきりになることはしない、それがバハムートとの約束だ。
「どうせなら、広い場所がいいよ」
 民衆の前に出るなら、多くの人が見える場所で。そう助言したバハムートは、民衆の前に姿を見せようとする一行を城内から見送っていたはずだが。
「気軽に頼るのは駄目なんだろう?」
『今回、誰も精霊の力の助力を望まずに、ここまで成し遂げたからね』
 城の広い庭に、窮屈そうに収まったバハムート本来の姿は、最初カオスドラゴンを思い出した民衆に悲鳴を上げられたが‥‥思わず話しかけた烈に器用に肩をすくめて返事をしてのけ、マクシミリアンが掲げた手に少し顔を寄せることで、悲鳴が歓声に変えてみせた。本当は精霊だが、一見した姿はドラゴン。反逆者とされた王子が、より輝かしい存在と共に姿を見せたことで、マクシミリアンの発言は真実として民衆に受け入れられたのだ。
『アンゼルマが、どうせならこの姿で出てくれば、もっと劇的だったのにって言っていたからね』
 いつの間にそんな話をしたものか、王姉の度胸のよさはおそらくジェトスでも語り草になるだろう。事の次第を報告する使者は、彼女の元にもそろそろ到着しているはずだ。
 もちろんこれで全ての事態が好転したわけではない。バの国には、王子を騙った者としてエアハルトの引き渡しを求める使者が出向き、その返答次第では疲弊したままのジェトはバとの戦端を開かなくてはならないかもしれない。各国への使者も、ようやくジェトスを出発しているところだ。
 だが数日の後、エアハルトとカオスドラゴンの帰還があれば迎え撃つ覚悟もしていた冒険者達に、マクシミリアンは一通の書面を示した。
 内容は、ジェトの王子の来訪など受けていない、そう断言するもの。
「王子の来訪は受けていない‥‥ですか。ジェトから誰も来ていないと言うわけではないんですね」
 ルイスが指摘したように、これは誠実な返答とは言えないが、ジェトの側も強硬に対処するには国力が減じている。
「長い道のりとなりましょうが」
 フィリッパの、珍しく心配そうな声色に、マクシミリアンは一つ頷き、
「これでメイとも正式に協力できる準備の時間が出来たと思えばいい」
 また冒険者ギルドにも助力を願うことがあるだろうと、皆によろしくと手を差し出した。
 それを握り返さなかった者は、一人もいない。

(代筆:龍河流)