【眠りの螺旋】陰謀序曲
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■シリーズシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 56 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:02月07日〜02月13日
リプレイ公開日:2008年02月13日
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●オープニング
●脱出
「私はやっていない‥‥」
冷たい地下牢に女性の小さな呟きが響く。捕えられて牢に入れられてから二晩。気になるのは兵士に連れ出される前に見た、主人の青白い顔。
「旦那様はご無事でしょうか‥‥」
答える者はないと知りつつも、つい口に出さずにはいられない。口に出さねばよからぬ想像が頭の中を支配してしまいそうだからだ。
労をねぎらわれ、共に杯を酌み交わす事を許されたあの夜。病気に倒れた父に代わって未熟ながらも精一杯主人の側近く仕えてきた。そんな自分が主人に毒を盛るなど‥‥!
「旦那様はご無事だ」
「!」
「し、静かに」
突然の返答とその内容に思わず上げそうになった声を抑える彼女。鉄格子の外には見慣れた同僚の姿。彼は一生懸命鍵束をあさり、鍵穴に合う鍵を探している。
「何故‥‥」
「君の無実を信じている仲間が沢山いるということさ」
カチャリ、静かな牢屋に鍵の開く音が響く。ギギ‥‥と小さな音を立てて鉄格子が開かれ、バックパックと剣が彼女に手渡される。
「君の愛用の品じゃなくて済まないが、護身用にはなるだろう。裏門付近に馬を繋いである。門番も暫くは味方の奴らだ。逃げるなら、今だ」
「ですが、お命を狙われたと思しき旦那様のお側を離れるわけには‥‥」
「何を言っているんだ、このままでは君はその旦那様を毒殺しようとした罪を着せられてしまうんだ。とにかく今は此処から逃げる事を考えろ。このリンデン侯爵領から。北のセルナー領でもいい、南のステライド領でもいい。とにかく此処から離れろ」
「く‥‥」
同僚の言葉に彼女は唇を噛む。確かにこのままでは自分は主人毒殺未遂の犯人にさせられてしまうのだ。このままここにいても主人を守ることは叶わない。
「‥‥わかりました」
唇が切れて流れ出る血の味を噛み締めながら、彼女は領主館を後にした。
●リンデンとは
「皆さん、リンデン侯爵領をご存知ですか?」
支倉純也の突然の言葉に冒険者達は首を振る。純也はそんな彼らの前に地図を広げて説明を始めた。
「ここ王都メイディアはコーマ川の北にあります。その更に北に一本の川が流れています。その北東側からセルナー王都の南東、その辺りがリンデン侯爵領です」
純也は該当の場所を<│の様な、三角形を横に向けたような形に囲む。その範囲がリンデン侯爵領なのだろう。その領地はかなり広めだ。
「領地北東にある主都をアイリスといい、メイディアからのゴーレムシップも出ています。その侯爵家で不穏な動きがあるそうです」
「不穏な動きとは?」
「侯爵の殺害未遂です。場所を移しましょう、詳しくは彼女から聞いた方が早いです」
純也は冒険者達を近場の宿屋へと案内した。その一室の扉をノックし、返答を待ってから開ける。その部屋のベッドには一人の女性が横たわっていた。
「彼女はレインリィ・ヴィンターニュ。リンデン侯爵に仕える騎士だそうです」
20代初め位のその女性は改めて名乗り、横たわったまま軽く会釈をして見せた。
「先日、王都付近で行き倒れていた彼女を私が助けました。そして今回の話を聞いたわけです」
「旦那様‥‥リンデン侯爵を殺害しようとする輩から守っていただきたいのです」
レインリィは疲れから来るのだろう少し枯れた声でそう言う。
「私は、旦那様毒殺の罪を着せられて投獄されました。ですが私はやっていません。私の無実を信じてくれた仲間の手によってこうして逃がされ、ここにいます」
レインリィは父親の代から侯爵に仕えているという。重用されていた父が病に倒れた事で代わりに彼女が抜擢され、側に仕える事になった。事件は彼女が側仕えになって暫くした夜に起きた。父親の事も交えてゆっくりと話をしよう、そう主人に言われて彼女はその席についたという。主人と二人、ワインとつまみで語り合う小さな酒席。つまみを頬張り、ワインを口にして厳しい中にも笑顔を見せた主人が突然苦しみだして倒れたのだ。彼女は直ぐに人を呼んだ。屋敷の中は大騒ぎとなった。
「旦那様が倒れられた原因は毒物だと判明しました。そして――旦那様と二人で酒席についていた私が、犯人として疑われたのです」
誰がそう言い出したのかはわからないという。もしかしたら若くして重用された彼女への妬みで他の騎士が言い出したのかもしれない。だが夫人までもがそれを信じ、彼女の投獄に異論を唱えなかったのだ。
「状況証拠だけでレインリィさんは犯人と決め付けられてしまったそうです。それだけ館内が侯爵暗殺未遂で混乱に陥ったという事でしょう」
だが真犯人がまだ館内にいるとしたら、再び侯爵の殺害に至らないとも限らない。彼女はそればかりを心配している。
「私の濡れ衣を晴らすためではなく、旦那様をお守りする為に真犯人を捕まえてほしいのです」
彼女は横になったままだが、真摯な瞳で冒険者達を見つめる。
「私が調べた所、リンデン侯爵邸では現在臨時の護衛や使用人を冒険者から募集しています。恐らく――『身内を信じられない』のでしょう。侯爵は解毒処置が施された今もまだ、目覚めないそうです」
侯爵暗殺未遂犯(レインリィ)が内部の手引きで逃亡した事により、まだ屋敷内に殺人犯の仲間がいるかもしれないと警戒しているのだろう。
侯爵邸に入るのは、雇用されれば簡単だ。問題は真犯人の目星がまったくついていないことと、殺害の対象が侯爵だけだとは限らないということ。他の家族には現在まだ手は及んでいないらしいが、敵の目的が分からない以上警戒が難しくなる。
「侯爵には夫人と、18歳と7歳の息子さんがいるそうです。彼らが狙われないとも限りません」
正式に雇用されるのもこっそり侵入して調べるのも自由だ。ただ貴族の館であるため、冒険者が犯罪者になるような行動は慎んだ方がよい。ただしやむをえない場合は真犯人に手を下しても構わないだろう。
「色々と難しい事件かもしれません‥‥。どんな人物が怪しいか、レインリィさんにもあまり見当がつかないそうです。毒を盛られたという所から考えれば、少しは絞れるかと思いますが」
純也は皆まで言わない。レインリィが怪しい人物を挙げられないのは屋敷で働く同僚達を心から信じているからだと思ったからだ。
「みなさん、どうかお願いします‥‥」
涙で瞳を潤ませて告げるレインリィ。彼女の話を全て信じるかどうか、まずはそこからだと思う。その辺は冒険者達の判断に任せられる。
何から始めるか、自由度は高いがその分範囲が広い。自分の出来る事を最大限生かして上手く仲間と分担できるかが鍵となるかもしれない。
一体リンデン侯爵家では、何が起こっているのか――。
●リプレイ本文
●真実と偽りが奏でるメロディー
情報が足りない――それは誰もが感じていたこと。そう、今回は前情報が殆どない状態なのだ。
一行は同じゴーレムシップでアイリス入りをしたがそこからはほぼ全員別行動だ。純也をアイリス内の酒場兼宿屋に待機させ、情報の中継地点とする。服部肝臓(eb1388)以外は侯爵邸に雇われた者として、順次邸内入りをする。ソフィア・ファーリーフ(ea3972)とフィリッパ・オーギュスト(eb1004)以外は互いに初対面を装うという徹底のしようだ。
肝臓は侯爵邸の裏口から出てきた商人らしき男を捕まえ、士官の口があるやと思って来てみたのだが、と告げる。
「とは言え、由緒正しい侯爵家が急に新規の使用人を雇い入れるなど、よほどの事態がおありではと邪推してしまうでゴザル。何か悪い話でもあったでゴザロウか?」
「あんたよそから来たんだね」
直球過ぎて案の定、疑いの目を向けられた。だがこんなときの為にしっかり口上を用意してある。
「いやいやいや、拙者のような異国人はとかく空気を読まないと仕官もおぼつかないでゴザルゆえ、念入りに情報収集をしておくに越したことはないでゴザル」
「なるほどねぇ、異国人も大変なんだねぇ。じゃあ少しだけ教えてやるよ。侯爵様はいまご病気で床についておられる。しかも毒殺されかかったって噂があるんだよ。だから今、侯爵家は元から邸内にいる者の中に犯人がいると考えて、犯人探しをしているってわけさ。その穴を外部から人を雇うことで埋めているんだよ」
奥様の風当たりが冷たくて困ると馴染みのメイドがぼやいていたよ、と商人は苦笑した。
令息二人の体育方面での教育係として無事に雇われたランディ・マクファーレン(ea1702)は、18歳だという長男と対面していた。二人同時に教育を、と申し出たのだが夫人の激しい反対にあい、そして長男からも別々に授業をと口添えが合ったためにまずは長男から教えることになったのだ。口添えをしたときの長男は、何処か夫人に気を使っている節が見られたが果たして。
「‥‥どうも。御二人の教育係として雇われた、ランディ=マクファーレンと言う」
「セーファス・リンデンです。どうぞ宜しくお願いします」
木刀を貸し出し、まずは剣の実力を見ようということでセーファスに打ち込ませる。ランディは木剣でそれを軽々と受け止めながら令息の観察をしていた。剣術の腕はそれほどではない上体力不足なのか、暫くするとセーファスは息が上がって打ち込む力も弱くなってきた。
「‥‥休憩をいれよう」
「す‥‥すいません」
庭の石段に腰を掛け、全身で息をするセーファス。反対にランディの方は息を乱してすらいない。良く見ると令息は剣よりも室内で書物を相手にしているほうが似合いそうな、線の細い人物だ。
「本来ならば弟御も共に鍛錬できれば良かったのだが」
ランディは応接室で引き合わせられたときの弟の反応を思い出す。強硬に反対をする夫人とやんわり辞退するセーファスとは反対に、弟は「兄様と勉強したい!」と駄々をこねていた。
「すいません‥‥それはちょっと。ご覧になった通り、義母が嫌がるものですから」
「‥‥なるほど」
初対面でつっこんだ事情を聞いても訝しがられるだけかもしれない、とランディはそれ以上の追及を諦める。追求せずとも実際に目にした者として、母親がセーファスと上手く行っていないだろう事は見て取れた。
「知識を詰め込むだけでは勉強とはいえません。日常で色々な事を発見したり、活用してみたりするとよいですよ」
ソフィアは教育係として7歳の弟、ディアス・リンデンに勉強の仕方を教えていた。だが少年はむーと頬を膨らませたまま何処かご機嫌斜めで。これでは身につくものも身につかないと判断したソフィアは教えるのを諦めて。
「困り事でもあるの? あまり役には立てないかもしれないけど、先生でよければ話を聞きますよ」
優しく告げれば少年は「本当?」と表情を明るくする。
「お母様が兄様に近寄っちゃ駄目だって言うんだ。さっきも折角体育の先生が兄様と一緒に教えてくれるって言ったのに駄目だって!」
「(体育の先生‥‥ランディさんですね)」
ソフィアは仲間の顔を思い浮かべたが、ここではあくまで初対面初対面。
「お母様が駄目だというのには何か理由があるのですか? 理由もなく反対はしないと思うけれど」
「何かあるみたいだけど僕は知らないんだ。兄様は優しいけどお母様に遠慮しているのか、僕を避けてる感じがするし」
「なるほど‥‥それは寂しいですね」
侯爵家内の人間関係も色々有りそうだ、とソフィアはディアスの頭を慰めるように撫でながら思った。
一番に純也の元に現れたのはフィリッパだった。彼女は護衛として雇われたはずだ。その休憩時間中にでも急いで出てきたのだろう、綺麗な金の髪がやや乱れている事からそれが分かる。逆に言えばそこまで急を要する用件だったという事か。
「フィリッパさん、何か分かりましたか」
「まだ何か分かったというわけではないのですけれど、どうしても見過ごせない事がありまして」
これを、と彼女が純也に見せたのは蝶の姿が刻み込まれた宝石のついた指輪。『石の中の蝶』だ。これはデビルがある程度近づくとその存在を感知するアイテムだ。同じ様にカオスの魔物にも反応するようである。
「‥‥‥まさか?」
「侯爵邸に入る前にですが僅かながら蝶が羽ばたいたのです。その後も僅かに羽ばたいていましたが、暫くすると反応はなくなりましたわ」
「となると‥‥侯爵邸付近にカオスの魔物がいた可能性が高いですね。その後反応が無くなったのは、相手がアイテムの効果範囲外に出たか、フィリッパさんの方が移動したせいかはまだ限定できませんが」
どちらにしろ、石の中の蝶が反応したという事は侯爵邸に限らずアイリス内にカオスの魔物が潜伏している可能性を意味する。
「皆さんに注意を促しておきましょう」
「お願いします」
ラフィリンス・ヴィアド(ea9026)は臨時の護衛として邸内に入り込み、忠実にその任務をこなしていた。邸内の見回りと称して忍び歩きでひっそりと移動し、使用人たちの話に耳を傾ける。
「それにしても奥様のセーファス様への対応、あんまりよね。ディアス様を過保護にしすぎなんじゃないかしら」
「あんなにお優しいのに、セーファス様、おかわいそう」
若いメイドたちの会話だろうか、ラフィリンスは思わず足を止めてその会話に耳を傾ける。
「あんた達はまだ日が浅いから知らないだろうけれどねぇ、奥様もセーファス様も昔の事件で未だに心痛めていらっしゃるんだよ」
「(昔の事件‥‥?)」
話に加わった年嵩の使用人の言葉が気になる。だがここで護衛の者がその昔の事件について訊ねるのも不自然だろうと、彼は問いたい所をぐっと堪えた。
「貴女は何かに怯えていらっしゃいますね」
「え‥‥」
邸内住人達のカウンセリングと称して屋敷の一角を借り、黒い天幕を張り巡らせた中に座す雀尾煉淡(ec0844)の姿はさながら占い師だ。彼はリードシンキングの高速詠唱で相手の表層思考を読み取り、カウンセリングを行っているように見せかけている。
煉淡の前にはセミロングヘアの一人のメイドが座っている。名をローラと言っただろうか。何処か挙動不審で怯えているような様子を見せていた。
「な、何も‥‥ただ、ご主人様がお倒れになったので不安なだけで‥‥」
「なるほど‥‥‥」
「わ、私は仕事があるのでこれで失礼しますっ」
ローラはそう告げると足早に天幕を出て行ったが、煉淡の心には何故か彼女が引っかかって仕方が無かった。
ジノ・ダヴィドフ(eb0639)は私兵達の集まる宿舎に来ていた。護衛として雇われ、宿舎への寝泊りを許可されたのである。夜ともあってそこでは非番の兵士達が酒盛りをしていた。その中に事前にレインリィから聞いておいた特徴の男を見つけ、コップを手にしたまま近づく。
「よう、隣いいかい? 何か辛気臭え顔してやがるな、心配事か?」
「‥‥君は?」
「おっと、自己紹介が先だったな。俺はジノ・ダヴィドフ。今日雇われたばかりの護衛さ」
男はオリヴィスと名乗り、遠く離れた同僚の様子が心配なのだと告げた。前情報と名前も特徴も一致している上、その同僚とはレインリィの事だろう。だがここで彼女の無事を告げてやることができないのは仕方ない。
「なるほど。何事もないといいな。ところで雇われたばかりで屋敷の人間関係がいまいち分からないんだが、いくつか聞いてもいいか?」
「ああ。なんだい?」
「単刀直入ですまねぇんだが、今もし侯爵が死んだ場合、誰が次の領主になるんだ?」
「‥‥それは長男のセーファス様だろう。前の夫人の御子だが長男だし、弟のディアス様はまだ小さい」
内容が内容だからだろうか、オリヴィスの表情はにわかに固くなった。
「なるほど。今の夫人は後妻ってわけか。だから兄弟で年が離れてやがるのか」
「いや、理由はそれだけじゃないよ。実はセーファス様とディアス様の間に、亡くなったご子息がいるのさ」
「何‥‥?」
侯爵家の内情は中々に複雑なようである。
「セーファス様、お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
今日も朝の剣技の練習を終えたセーファスとランディは少し休憩を、という事で庭に近い一室でテーブルを囲んでいた。そこには煉淡が今度は子息のカウンセリングを、という名目で同席している。
「失礼します、念の為に毒見をさせていただけませんか」
煉淡の申し出にセーファスは少し驚いた顔を見せたが、了承してカップを差し出す。煉淡は銀無垢のスプーンをカップの中の茶に浸し、変色が無いか確かめる。同時に出されたランディのカップ、自分のカップ、そして茶器の中に残っているお茶も確かめたが、特に毒らしきものは検出されなかった。だが煉淡はどうしても安心できない。茶を持ってきたのがローラというメイドだったからだ。どうしてもあの挙動不審さが気に掛かっている。
「失礼します!」
と、一応断りを入れて部屋の扉が勢い良く開かれた。同時に飛び込んできたのはラフィリンス。
「セーファス様、飲んではいけません!」
一瞬皆がそちらに目を取られた隙に、煉淡は高速詠唱のリードシンキングを発動させる。対象はローラだ。
『何事?! このままだったらあの時と同じ様に出来たのに』
「!?」
セーファスに注意を促したと同時にラフィリンスはローラに近寄り、素早く彼女を後ろ手に締め上げる。
「あぅ‥‥痛っ」
ガシャン、と茶器を載せたワゴンが倒れ、陶器の茶器が音を立てて割れる。
「ローラさん、『あの時と同じ』とはどういうことですか?」
「カップのふちに毒が塗られています。注意してください」
煉淡はじっとローラを見つめ、ラフィリンスは彼女を背後から締め上げたまま告げる。煉淡の願いより昨夜、肝臓がローラの部屋を監視していた。その時カップのふちに何かを塗りつける彼女の姿を見た、という報告を純也の元へ赴いたラフィリンスが聞き、急ぎ侯爵邸に引き返してきたのだ。
ローラは拘束され、うなだれたまま何も口にしようとしない。煉淡が背後関係をリードシンキングで読み取ろうとしたその時、思いもかけぬ方向からそれは来た。
「お前が旦那様を!」
開かれたままの扉から短剣を片手に走りこんできたのはオリヴィス。ランディがいち早くそれに気がつき立ち上がったが、座っていた分初動が遅れた。オリヴィスの足が速かった事もあるのだろう、瞬く間に短剣はローラの左胸に吸い込まれていく。
「「!!!」」
そして短剣を思い切り引き抜かれた傷口からは大量の血液が噴き出し、ローラの服だけでなく辺りを血に染める。誰が見てもそれは心臓まで到達している致命傷だった。
煉淡はリードシンキングを試みるが、彼女の表層には「痛み」と「死への恐怖」しかなく。ラフィリンスがリカバーをかけてみるが、彼女の命はまさに尽きようとしていて――。
こうして犯人の死亡により、侯爵暗殺未遂事件の真犯人が判明したのである。同時に長男に及んだ魔の手も防ぐことが出来た。が、釈然としないのは事件の顛末を聞いた他のメンバーも同様で。
いまだ姿を見せぬカオスの魔物の事もある。まだここでは何かが起こりそうだという不安を抱えつつ、一度メイディアへ荷物を取りに戻るなどの口実で侯爵邸を辞した一行は、メイディア行きのゴーレムシップ乗り場に集まっていた。
「ジノさん、お手柄ですよ」
最後に乗り場に現れた純也は羊皮紙を片手にしている。
「先ほどシフール便で連絡が届いたばかりなのですが」
メイディアを出発前にレインリィさんの手厚いを頼んでいたでしょう、と純也は尋ねる。ジノはレインリィにも毒を盛られた可能性を考えて、そちら方面の調査も頼んでいた。
「彼女にも、毒が盛られていたようです。少量ずつ時間を掛けて堆積していき、体調を崩していくような毒です。彼女のバックパックに入っていた保存食や飲み水の入っていた皮袋から毒が検出されたようです」
となるとレインリィはアイリスからメイディアに来る途中、少量ずつ毒を摂取させられていたことになる。
「何‥‥?」
もう一度最初に戻って考えてみよう。レインリィが邸宅を脱出する際にバックパックを渡したのは誰だったのか。しかし彼は同僚であるレインリィの身を心配したり、侯爵を思うあまり毒殺未遂犯を衝動的に手に掛けてしまったりしていたではないか。
果たして何が真実で何が偽りなのか――侯爵家の人間関係が見えてきたと共に謎と心配事は増えたのである。