【眠りの螺旋】暗殺輪舞曲

■シリーズシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月11日〜03月17日

リプレイ公開日:2008年03月18日

●オープニング

●暗殺未遂?
「セーファス様がまた命を狙われたと?」
 支倉純也の報告に、集まった冒険者に衝撃が走る。リンデン侯爵家長男セーファスは前回冒険者達が侯爵邸を訪れた際に、ローラというメイドによって毒殺されかかった。幸い冒険者達の機転で毒殺は避けられたものの、彼女から真実――侯爵毒殺未遂に関わっていたかどうかや彼女に毒殺を指示した人物の有無など――を問いただす前に彼女は私兵のオリヴィスにより殺されてしまったのである。オリヴィスの行動は一見すれば『偶然ローラが侯爵殺人犯だと知り、主を思う気持ちが昂じてつい手が出てしまった、主思いの私兵』だ。だが冒険者達の中には何処か釈然としないものが残っている。それは、皆の集まった部屋のベッドに上半身を起こすようにして座っている女性、レインリィに関することだ。
 レインリィは侯爵毒殺未遂の濡れ衣を着せられて投獄された。だが同僚――騎士と私兵という差はあれども彼女はその言葉を使った――であるオリヴィスによって牢から助け出され、荷物と馬を与えられて侯爵領を脱出した。辛うじてメイディアに到着した彼女を純也が助けたことが前回の依頼の発端となったのだが、その後の調べで彼女の飲み水や保存食に毒が混入されていたことが分かった。少量ずつ時間を掛けて堆積していき、体調を崩していくような毒だ。そう、その荷物を彼女に手渡したのは、オリヴィスなのだ。
「それで‥‥セーファス様はご無事なのですか?」
 心配そうに訊ねたレインリィは、すでに解毒処理が施されて元気を取り戻しつつある。
「命を狙われたといっても、どうやらこの前とは程度が違うようで‥‥『嫌がらせ』の域を出ないとか」
「どういうことだ?」
 訊ねた冒険者に、純也は独自に仕入れた情報を伝えた。
「階段から突き落とされそうになったり、庭園を散策中に矢が飛んできたりです。どれも未遂で済んでいますが一歩間違えれば大怪我に繋がります」
 そこで、と純也が取り出したのはアプト語で何事かが書かれた羊皮紙。どうやら貼り出す前の依頼書のようだ。
「そこで今回、セーファス様から護衛の依頼が来ています。領内の森で小規模な狩りのイベントを行うとの事で、それの護衛です」
 狩りの季節には早いが、同行させる私兵や使用人達の息抜きも兼ねているという。狩りに出ない使用人達は早咲きの花や野草を摘むのだとか。だが一番の目的は『狙われやすくすること』である。セーファス自らが囮となる事を決心したらしい。ちなみにセーファスは身体を動かすことよりも書物を相手にしている方が似合いそうな若者だ。馬術の腕は嗜みとしてある程度身につけてあるが、狩りに必要な弓矢に関してはほぼ初心者といってもいい。森の中、それも狩りイベントという事で流れ矢を装って狙うことも、彼を落馬させて怪我をさせることもたやすいだろう。前回同様邸内の誰が犯人だか分からないので、別口で信頼の置ける護衛を雇っておきたいということだ。
「ちなみに前回侯爵家に雇用された人達は、今回も同様の立場で侯爵家に入ることが可能です。また、全員が全員狩りに同行する必要は有りません。侯爵邸に残って邸内の護衛や、その他邸内外の調査を行っても構いません。姿を見せないカオスの魔物も気になりますから」
 今回初めて侯爵家に雇われる場合は、狩りに同行する者は狩りの護衛として。邸内に残りたい者は前回雇われていて、今回狩りに同行しない者の紹介という形を取る必要がある。
「狙われたのはセーファス様だけですか? 弟君や夫人は‥‥」
「今の所無事なようです。あくまで今の所、ですが」
 純也の言葉にレインリィは不謹慎だとは思いつつも小さく胸を撫で下ろす。対象が絞られている分、護りやすくなるはずだと彼女は感じたのだ。
 リンデン侯爵は未だ眠ったままだという。解毒は済んだものの、意識が戻らないというのだ。だが侯爵の後妻である夫人とセーファスの弟に当たるディアスには何の被害もないという。あくまで現在狙われているのはセーファスだけということか。
「確か夫人と長男の仲はあまり良くないんだったよな‥‥」
「昔の事件が関係しているらしい、と聞きましたけれど詳しくまではまだ分からないです」
 夫人は何故か実子ディアスが兄セーファスと共にいるのを快く思っていないのだという。セーファスの方もそれが分かっているからか、夫人に気を使って弟を避けているようだ。これに関しては何か事件があったらしいとの情報があるが、詳しくはまだ分かっていない。
 そしてカオスの魔物についてだが。前回侯爵邸付近で僅かながら石の中の蝶が反応したという。こちらも邸内にカオスの魔物が存在するのか、それとも街中なのか、その他諸々はまだ分かっていない。
「支倉、ちょっといいか」
 その時一人の冒険者が純也を部屋の隅へ招いた。小声でこっそりと招くことからして、どうやらレインリィに聞かせたくない話題のようだ。
「今回の狩りにオリヴィスという私兵は同行するのか?」
「同行します。狩りに同行するメンバーの名簿を、一応預かっています。何かアクシデントがない限り、このメンバーが狩りイベントに参加する使用人達です」
 純也が懐から出した羊皮紙には、二十人あまりの人名が記されていた。その中にオリヴィスの名前も存在する。冒険者がわざわざレインリィに聞こえないようにしたのは、彼女にはまだバックパックの荷に毒が混入されていたことを話していないからで。私兵と騎士という身分の差はあれども同じ主に仕える者を「同僚」と呼ぶ彼女は、未だにオリヴィスを信じているのだろう。少しでも彼を疑っていると知れたら、彼女が傷つくかもしれないと思ったからだ。
「セーファス様達が留守にしている隙に邸内に残ったディアス様や夫人、そして眠られている侯爵が狙われないとも限りません。今の所犯人の目的はセーファス様だけのようですが‥‥用心しておくに超したことはないでしょう。勿論、囮となるセーファス様の身を守る事が第一です。宜しくお願いします」

 一体何が真実で何が虚構なのか――。
 誰がその仮面の裏に憎しみを隠しているのか――。
 不穏な空気は、未だリンデン侯爵家を覆い尽くしている。

●今回の参加者

 ea1702 ランディ・マクファーレン(28歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea9026 ラフィリンス・ヴィアド(21歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1388 服部 肝臓(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●索敵・調査――アイリス
 アイリスにある侯爵邸、及び街に残った者は三人。
 そのうちの一人であるラフィリンス・ヴィアド(ea9026)は、出立前にレインリィから聞きだした情報に頭を悩ませていた。
 彼が尋ねたのは過去に侯爵家で起こったとされる事件。夫人とセーファスが未だ心痛めているらしいとメイドが噂する事件だ。レインリィによると、それは10年前に起きた、侯爵家次男の死亡事故のことだろうとのことだ。ただその時はまだ彼女は仕官する年齢ではなかったため、詳しい内情を知ることはできていないという。彼女の父はその時期現役で仕えていたが、緘口令がしかれたのか家族にすら詳しい内容を話すことはなかったという。領民たちにも事故により次男が亡くなられた、と知らされただけであったらしい。
(「若いメイドよりも年嵩のメイドの方が当時の事件を知っている可能性は高そうですね‥‥」)
 本来ならばこの方法を使うのは好きじゃないんだがと内心苦々しく思いつつ、ラフィリンスは貴族の嗜みとして覚えたナンパの手法で情報を聞き出すことにした。邸内警護を装って不自然にならないように廊下を歩き回る。そしてちょうど一人で廊下を歩いてくる中年のメイドを発見した彼は、彼女に笑顔で近づいた。

「色々とご不安でしょうが、少しでもあなたやディアス様の不安を取り除いて差し上げられればと思いまして」
 占い師の服装、神秘の水晶球を持参してカウンセリングを装うのは雀尾煉淡(ec0844)。彼は応接室で夫人とディアスと対面していた。さすがに邸内の許可された場所ではなく夫人たちが訪れた応接室に入れてもらったこともあり、ここでいつもの黒い天幕をわざわざ張る事は憚られた。黒い天幕はリードシンキング使用時の発光を誤魔化すためであったが、それができない今は僧侶としての対人鑑識技能と話術スキルに頼るしかない。
「僕よりもさ、兄様の方が不安だと思うよ。だって嫌がらせを受けて‥‥」
「ディアス」
 腰を浮かせて懸命に訴え出た彼を、夫人はぴしゃりと切り捨てる。まるで息子が兄のことを口にしたのが許せないかのように、その口調は冷たいものだった。
「確かに、夫の意識が戻らないのは不安でもあります。使用人たちも大層不安でありましょう。このまま長引けば、侯爵業務の代理を立てなくてはならなくなるかもしれません」
 夫人は目の前のテーブルからティーカップを取り、中身をゆっくりと口に含んだ。
「しかしディアスは未だ幼く、侯爵業務などとてもとても。けれども長男のセーファス様がいらっしゃるから安心しておりますのよ。それがここの所邸内で嫌がらせを受けているようで。心配ですわね」
 夫人は語りながらも煉淡と視線を合わせようとはしない。表情もどちらかといえば無表情に近く、本当にセーファスを心から心配しているようには見えなかった。
 煉淡はちらり、と自分の指にはめた指輪へと目をやった。狩に同行しているフィリッパ・オーギュスト(eb1004)から預かった『石の中の蝶』である。だがその蝶は今、動きを見せていない。
「奥様、奥様!」
 その時である。部屋の扉を外から忙しなく叩く者がいた。どうやらメイドのようである。
「なんですか、騒々しい」
 それを入室の許可ととったのか、メイドは急いで扉を開けて頭を下げた。
「それが、庭師と見張りを行っていた私兵が倒れているのが発見されまして‥‥原因はまったくわかっていないのですが、どんな薬草を飲ませても、一向に状態の回復が見られないとかで‥‥」
「まあ、何でしょう、それは大変ね」
 ――なんだろう、夫人のこの落ち着きようは。
「すいません、その人たちが運ばれた部屋へ案内していただけませんか? 私は僧侶ですので、様子を見て差し上げることくらいならできます」
 煉淡は夫人の様子に違和感を覚えながらもメイドへ申し出た。メイドは夫人が止めないのを見ると急なことだ、僧侶という心強い味方を得て彼を案内するために部屋を辞した。そして小走りで廊下を行く。
「こちらです」
 本来廊下を走ることは禁じられているだろうに、今回はよほどのことだからかその年若いメイドは走ることを躊躇わなかった。それについていくために煉淡も走ることになる。だから気がつかなかった。その指にはめられた石の中の蝶が、一瞬だけ羽ばたいたことに。

「そんな古い事件聞き出してどうするんだい? と聞きたいところだけれど綺麗な少年に頼まれたら断れないねぇ」
 ラフィリンスに「綺麗なお姉さん」と声をかけられた中年のメイドは、次々と口を開く。元来おしゃべり好きな性格なのだろう。
「10年前の事件だね。あの事件の悲惨さは今でも覚えているよ。セーファス様はまだ8つ、そして次男のクレスト様はまだはいはいができるようになったばかりだったね。寒い日で、その日は暖炉に薪がくべられ火が焚かれていたんだよ。その暖かい広間でセーファス様はソファに座って本を読んでおられ、クレスト様は床に敷かれた毛皮の敷物の上でおもちゃで遊んでおられた。丁度旦那様も奥様もメイドも席をはずしてね、その一瞬間の隙に悲鳴が」

「きゃー!!」

「「!?」」
 ラフィリンスとメイドは顔を見せ合って、そして彼はメイドより一瞬早く廊下を、悲鳴のした方へと曲がった。そこには若いメイドが恐れ、立ちすくむようにして震えていた。
「何があったのですか?」
 彼の問いに彼女は数メートル先を指す。そこには別のメイドが倒れていた。
「大丈夫ですか!」
 ラフィリンスは倒れているメイドに駆け寄り声をかける。彼女の顔色は悪く、生気が感じられない。生きているのは間違いないが。
「‥‥効かない」
 彼はリカバーの魔法をそのメイドにかけたが、いっこうにメイドの顔色はよくならなかった。
「そこのあなた、彼女を見つける前に何か変わったことはありませんでしたか?」
「あ、は、はい、その‥‥」
 ようやく事態を察知したのか、悲鳴を上げたメイドが口を開く。年嵩のメイドもようやく追いついてきて、倒れたメイドのそばに駆け寄った。
「何か話し声がするな、って思ったくらいです。少し言い争いのような‥‥誰かと話しているようでした。『好きでやったんじゃない、お願いだから助けて』とか聞こえた気がしますが、すみません、確実じゃないです‥‥」
「とにかく彼女を運んで手当てを」
 リカバーが効かない、ということはどんな手当ても効果がないということが考えられる。がこのままにしておくわけにもいかない。

 急に倒れたという三人の者たちの共通点は――?
「邸内でセーファス氏を襲った者たちではなかろうか」
 アイリスの酒場件宿屋で純也相手に推論を述べるのは服部肝臓(eb1388)。彼は仲間が夫人をひきつけている間に夫人の部屋を、そして先ほどまでセーファスとオリヴィスの部屋を捜索していたのだが、どちらの部屋にも事件に関係するようなものは見られなかった。
「なるほど、そういう共通点ですか」
 階段から突き落とされそうになったり、庭で矢に射られそうになったり――その他色々。犯人が屋敷内部のものならば容易にそれらを仕掛けることができる。
「ですがどうしてみんな一様に倒れて?」
「それはわからないでゴザル。拙者がセーファス氏とオリヴィス氏の部屋に忍び込んだ時は石の中の蝶に反応はなかったでゴザル。だからカオスの魔物の仕業とも断定しづらいでゴザルが、ラフィリンス殿の話では、リカバーをかけても倒れた者は回復しなかったらしいでゴザル。ただの口封じでござったら、先日のオリヴィス氏のように相手を殺してしまえばよいでゴザロウ?」
「そうですね‥‥カオスの魔物の中には生命力を奪う者もいるらしいと聞いています。もしかしたらその類かも知れませんね」
 狩りは無事に終わったのだろうか――二人は更け行く夜の中、狩り先の別邸に滞在している別働隊を思った。


●護衛・調査――狩場
「(何とも怪しい人物がいて、しかし疑いきれない材料がある。やれやれ、実に難儀なことで)」
 ランディ・マクファーレン(ea1702)は騎乗して隣を走るセーファスへと目をやる。馬の扱いこそ何とか形になっているものの、馬上で弓を持たせると形になるかと問われれば、否。手綱をなんとかもちつつ弓も何とか持っている状態だ。とてもじゃないが、獲物を射る以前に矢を番えることさえできないだろう。
「すいません‥‥情けないところばかりお見せしてしまって」
「いや」
 短く答え、ランディは辺りに気を配る。元々狩りが目的ではない。あらかじめ施術しておいたオーラエリベイションのおかげで感覚は研ぎ澄まされている。――せめて手の届くところにある命くらいは今度こそ守りたいもので。
「素敵な森ですね」
 こちらもあらかじめ達人レベルのバイブレーションセンサーをかけて探査をを続けながら、ソフィア・ファーリーフ(ea3972)が口を開く。彼女はフィリッパの馬の後ろに乗せてもらっていた。
「エルフの先生から見れば、森で狩りはあまり褒められた行為ではないかかもしれないですけれど‥‥」
 今回のところはどうか目をつぶってください、という意を込めてセーファスが苦笑する。ソフィアももちろん今回の狩りの主旨は承知していたから、異を唱えることはしない。うなづくと同時に、リボンで結い上げられた髪がぴょん、と揺れた。ふと、それを見てセーファスは先日の風霊祭でのことを思い出したりして。
「すでに獲物を捕らえた方もいらっしゃるようですね」
 森のあちこちから聞こえてくる声に、フィリッパがきょろ、とあたりを見渡す。まだ狩りの時期には早いのであらかじめ捕まえておいた獲物を数匹放ったとは聞いていたが。
「みなが楽しんでくれればよいのですが」
 ――そして襲撃者を捕まえられれば――。
「少し、走らせます」
 このままじっとしていても何も起こらないだろう、そう踏んだセーファスは三人に断り、馬に鞭を入れた。その速度は森という立地のせいもあり速いとはいえない。逆に的としては狙いやいすかもしれなかった。ランディとフィリッパもそれに遅れをとらないように馬を走らせる。
 狩りということで森の中には数人の使用人たちが散らばっている。動物たちもいる。だから「そこ」に人の振動を感じ取っても、ソフィアはなんら不自然には感じなかった。

 シュンッ! ズサッ! ヒヒーン!!

 突然、セーファスの乗った馬が後ろ足で立ち、嘶いた。その馬の行く手には一本の矢が。臆病な馬はそれに驚いて後ろ足で立ち上がってしまったのだ。
「「!?」」
「うわぁ!」
 セーファスの手が、片手で手綱を、片手で弓矢を持つという危なっかしい乗り方をしていた彼の体勢が崩れる。同時に第二の矢の飛来を警戒して、ソフィアの高速詠唱ストーンウォールとフィリッパの高速詠唱ホーリーフィールドがセーファスを守るように展開される。だがそれらは落馬より彼を守ることはできず――
「っ‥‥何とか無事か」
 彼を落馬の危機から救ったのはランディだ。片手で自分の馬の手綱を持ち、片手でバランスを崩したセーファスを支え、地面への激突を防いだ。セーファスの馬は彼の手から離れ、森の中を駆け行く。
「ありがとう‥‥ございます」
 地面に下ろされたセーファスはなんとか震えながら礼を述べた。
「あなたですね、今矢を射ったのは」
 フィリッパが襲撃者の側へ馬を寄せ、ソフィアがその私兵の一人を見下ろす。襲撃者は驚いて腰を抜かしているようだった。殺意があってセーファスを狙った、というにはどうもおかしい。
「お、俺は‥‥オリヴィスが獲物をここに追い詰めてくるから、仕留めろと言われて‥‥それで言われたとおりにしただけで‥‥セーファス様を狙ったわけじゃ‥‥」
 大それたことをしてしまった、そんな焦りが男の顔を青ざめさせる。
「オリヴィスさんが、ですか‥‥」
 この男は嘘を言っていないように思える。第一襲撃が失敗したのに逃げようとしていないのがその証拠だろう。
「オリヴィスは今どこに?」
「森のどこかにいるはずです‥‥獲物を追い立ててくると言ってたから‥‥」
 セーファスを立ち上がらせながら問うランディの言葉に、男は自分の知っていることをそのまま話す。
「ソフィアさん、オリヴィスさんの居場所はわかりますか?」
「えーと‥‥確実とはいえないですけれど、ほとんどが団体で行動している中で、一人二人だけの反応があります。そこから探していくしかないでしょう」
「ではオリヴィスを探すか。子息は俺の馬に」
 ランディはセーファスを自分の馬に乗せ、フィリッパはソフィアを載せたまま森の中を走る。ソフィアのナビゲーションで何箇所かを回ったところ、森の中で気にもたれ掛るオリヴィスを発見することができた。
「オリ‥‥」
「しっ」
 声をかけようとしたセーファスをランディが制する。どうやら彼は一人ではないようだ。女性が一人、その側にいる。距離があるため、残念ながら何を話しているかまでは聞き取れない。もう少し聴覚に長けた者がいれば断片を聞き取れたかもしれないが。
 と、その時女性の口が動いた。同時にオリヴィスの身体から小さな白い玉が飛び出してくる。
「「!?」」
 がくん、と尻をつくオリヴィス。対照的に女性は笑みを浮かべ、その玉をいとおしそうに手の中に収めた。
「オリヴィスさん!」
 尋常ではないことが今起こったのは事実だ。フィリッパが馬を走らせる。ランディもそれに続いた。だが女性は向かってくる一行に笑みを浮かべて見せると、すーっとそのまま掻き消えるように姿を消してしまったのである。
「‥‥消えた?」
「先生にも消えたように見えましたか」
 セーファスの眼にも消えたように見えたということは、どうやらランディの錯覚ではないらしい。
「オリヴィスさん、大丈夫ですか?」
 馬から下りたソフィアがオリヴィスの肩を揺するが、気絶しているのか彼から反応はない。彼の顔は青白く、生気が抜けているように思えた。
「とりあえず、オリヴィスさんを運んで手当てをしましょう」
 フィリッパの申し出に、ランディが気を失っているオリヴィスを馬に乗せる。
「セーファスさん、他の人に狩りの中止を伝えていただけますか?」
「わかりました。戻って皆を館に集めましょう。他に彼のようにどこかで動けなくなっている人がいないか、点呼を取ってみましょう」
 一行は狩りの後一泊する予定だった別邸へと急ぐ。

 他にオリヴィスと同じような被害を受けた者は、セーファスを誤って射ってしまった者だけだった。
 そして被害を受けた者は、意識を取り戻しても体力や生気が回復しないのである。
 翌日、突然の事件で暗い雰囲気のまま屋敷に戻った一行は、屋敷の中でも同様の事件が起こっていたことを知ることになる。時間的には、屋敷で起きた事件のほうが先だ。

 一体あの女性は何者なのか、オリヴィス達に何をしたのか――新たな謎が、残った。