【蠢動する悪意】 現出・悪魔の行軍

■シリーズシナリオ


担当:熊野BAKIN

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:17 G 52 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月20日〜06月04日

リプレイ公開日:2009年05月28日

●オープニング

●グロスター
 その町はキャメロットの西方約200kmに位置し、陸路と水路に恵まれた交通の要所として発展してきた。古の城跡の他、修道院や大聖堂など文化的な一面も持つ歴史ある町である。
 暗躍していた翼もつ獅子は現出し咆哮する。この町を、人を、平穏を打ち砕かんと。
「聞こえるか? 人よ。世が闇で満たされる音が・・・・」

●悪魔崇拝者
「どうでした?」
 取調部屋から出てきた自警団団長はその質問には答えず、深刻な表情を浮かべたまま椅子に腰を下ろした。
「・・・・悪魔崇拝者だ」
 ざわ・・・・団長の発した言葉で詰め所の空気が揺れた。神を信仰する者がいれば、その対極であるデビルを信仰する者もいる。自らの欲望と憎悪、野心を悪魔に託した者達の事を、悪魔崇拝者と呼ぶ。
「それは・・・・厄介ですね」
 年配の団員が唇をゆがめてうめいた。悪魔に傾倒してはいるが彼らは紛れも無く人間だ。修道士や一般人の中に紛れ込むことが出来るし、判別も容易ではない。しかもグロスターが交易都市であると言うのも彼らにとって有利な状況だ。
「つまり、もう町のどこかに潜り込んでいてもおかしくない、って事っすか?」
 「・・・・」若い自警団員の言葉がその場にいた全員の心に重くのしかかった。

●内通者
「間違い無いのですね?」
 もう幾度目だろうか。司祭マリエータはオールスン神父に問いかけた。帰って来るであろう答えは変わらないのに、繰り返せばそれが変ってくれるのではないか? 淡い期待、いや・・・・願望。
「内通者は司祭長の位を望み、場合によっては得られるであろう人物でしょう。そうでなければ・・・・」
 最も司祭長に近いマリエータを狙う必然性が無い。そうなればあのデビル・・・・ヴァブラに目をつけられる事も無かった。
 「そうですか・・・・」司祭は机に両肘をつき、祈るような姿勢で顔を伏せた。神父はかけるべき言葉が見つからず、ただ見守ることしか出来なかった。やがて・・・・
「・・・・か」
「は?」
 か細い声に思わず聞き返す。
「わたくしの責任でしょうか」
 「・・・・」全身の血が凍りついたような感覚。先ほどとは別の意味で返す言葉が出ない。
 マリエータ司祭が司祭長に就任していれば彼の人物は道を誤る事無く、自分の職務を全うしていたかも知れない。だが地位や役職をなげうってでも、人々と共にありたいと願う司祭の心も尊いものでは無いだろうか? 
「何れにせよ」
 悩める神父が立ち直る前に司祭は顔を上げた。
「この件はわたくしが責任を持ちます」
 −どんな結末になろうとも−その言葉を飲み込んで、マリエータは立ち上がった。

●悪魔は牙を砥ぐ
「・・・・様、ヴァブラ様」
 隻眼の男は振り返ると、恭しげに跪く人物に視線を向けた。
「ご指示通り、近隣のごろつきどもを雇い入れましたが・・・・」
「所詮は無頼の徒。あてにはならぬ、か?」
 「は」頷く男を一瞥すると隻眼の男は残った目を歪に歪め。
「多くは望まぬ。せいぜい掻きまわしてくれれば良い」 
 次の言葉を待つがそれ以上は、無く。男は闇に溶ける様にその場を離れた。
「そう・・・・この借りは自分で返さねば、な」
 開かぬ左目に手を添えると男は狂ったように笑い出した。今彼の内にあるのは与えられた役目ではなく、怒り。それもどす黒い憎悪。
「さぁ来るが良い冒険者ども! この傷は貴様らの血肉で無ければ癒えぬ。この痛みは貴様らの断末魔で無くば消えぬ!」
 哄笑はやがて獅子の咆哮となり、荒野に響き渡った。

●届けられた挑戦状
「我が主からの伝言を賜った、謹んで聞け!」
 悪魔崇拝者が叫びだしたとの知らせで、団長以下主だった団員が詰め所の牢に集まった。
 「集まったか・・・・我が主の御言葉を下す、謹んで賜れ」男は一同の顔を見渡すと血走った眼を見開き、伝言とやらを叫んだ。
「雌雄を決するは半月後の夜、備えよ・・・・備えよ!」
 聞き取れたのはここまでだった。それ以降、男の喉から出るのは絶叫とも哄笑ともつかない耳障りな音だけ。
「半月後かギリギリ間に合うな・・・・誰か大聖堂まで伝令を頼む! ああキイル、お前には別の仕事がある」
「はい団長」
 名を呼ばれた若者が1歩前にでた。
「お前が一番若くて体力がある。キャメロットの冒険者ギルドまで走ってくれ」
「・・・・了解っす!」
 キイルは大任に臆する事無く返答を返した。

●戦いの時迫る
 大聖堂、自警団連名の依頼書を受け取ると受付嬢は使者の労を労う。
「状況はわかりました。すぐに人員を募りますのでお休みになって下さい」
「俺は大丈夫・・・・いや、やっぱダメ見たいっす」
 カウンターにもたれかかってなんとか体を支えていたキイルだが、緊張の糸が切れずるずると崩れ落ちた。夜を日に次いで飛ばして来たのは見た目からも見て取れた。
 「誰かお願いします」担当は若者の介抱を頼むと依頼書の作成に取り掛かった。

●戦場の町
「やはり町の中での戦いになりますか?」
「残念ですが・・・・恐らく」
 神父はオリバー団長の言葉に落胆した表情を浮かべる。この町が戦場になるのはクルードの時、悪魔崇拝者に先導された修道士の時に次いで3度目にもなる。
「壊れたものは直せばよろしい。その悪魔を調伏したら、大聖堂の業者も改修に加わってくれるそうですよ」
 さすがに町の大事とあってブロウトン司祭も出席していた。職務は大聖堂の改修・増築で多忙をきわめてはいるが、それもこの町あっての事だ。
「ところでグレイス司祭のお加減は?」
 グレイスとは司祭の1人で、大聖堂の人事や雑務を取りしきっている人物・・・・なのだが。ここ一ヶ月ほど体調の不良を訴え、自室に引きこもっている。
「お世話をしているシスターの話では、体を起こすのにも難儀しておられるそうです」
 オールスン神父がマリエータ司祭の顔色を窺いながら答えた。司祭の意向で、限られた者以外は面会すら断られている。
「そうですか・・・・大事に至らなければ良いのですが」
 微妙な空気を察してか、団長はこの話題を打ち切ることにした。

 会議の議題も終わりに近づいたとき。
「よろしいでしょうか」
 マリエータ司祭は立ち上がった。
「この事態を招いたのがわたくしであるなら、その責は全てが終わった時に償います」
 いつに無く強い語気に誰もが言葉を挟めなかった。
「今は最善を尽くして信仰と平穏を、そして我々の町と未来を護りましょう」
 次の瞬間。座に居合わせた者はすべからく立ち上がり、1人の司祭に礼を取った。

●今回の参加者

 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 ec2813 サリ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec4154 元 馬祖(37歳・♀・ウィザード・パラ・華仙教大国)
 ec5570 ソペリエ・メハイエ(38歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

●戦場の町
 交易の町グロスター。本来なら行き交う商人や積荷で賑わう町なのだが、今日この日だけはその影もまばら。代わって本来は脇役であるべき自警団員達が慌しく走り回っていた。町のいたるところには篝火が配され、来るべき時刻に向けての準備が着々と進められていた・・・・

●市街戦に備え
 大聖堂前の広場で、それぞれ数名の自警団員を従えた冒険者2人が合流した。
「北の道は封鎖いたしました」
「南も終わった。資材を補給して西と東を固めよう」
  磯城弥魁厳(eb5249)と、アンドリュー・カールセン(ea5936)は自警団と共にバリケードを設置していた。デビルはともかく、悪魔崇拝者やごろつきの進行ルートを限定し守り易くするため。それと同時に奇襲をかける為の準備だった。
 交易の町であるグロスターでも「河童」と言う人種は珍しく、自警団員も町の住人もはじめは戸惑った。しかし魁厳の実直で礼儀正しい立ち居振る舞いは、彼らの戸惑いをすぐに好意へと変えさせた。
「魁厳の旦那〜、資材の補充完了っす」
 「かたじけないキイル殿」台車につまれた資材を一瞥すると、若い団員に一礼する。
「わしらは東へ」
 一言言い残すとその場を後にした。
「では西だな。先導を頼む」
 アンドリューの的確で迷いの無い指示も団員達の信頼を得るに足るものだった。何より彼らの発する雰囲気と沈着冷静な態度は、大掛かりな戦いに不慣れな者達に大きな安心感を与えた。

「どうせ長い事は無いんだ、ここにいさせておくれよ」
 老婆・・・・もとい、老婦人の言葉には「どうせ死ぬなら家で」と言う響きが多分に含まれていた。元馬祖(ec4154)は大聖堂の神父、シスターと共に町の住人の避難誘導をしていた。傷病者や老人は出来るだけ早いうちに避難場所へ誘導したいのだが、そういった人ほど自分の家を離れることに難色を示す事が多く、多少手間取っていた。
 馬祖は婦人の手を取り語り掛けた。
「今日一晩だけ大聖堂に避難して欲しいんだよ。明日の朝には帰ってこれるから・・・・私を信じて」
「本当に家にもどって来れるのかい? だって・・・・」
 「絶対に大丈夫だよ」老婦人の不安を打ち払うように、馬祖は−少しだけ照れくさそうに頬を染め−断言した。
「私達は悪魔なんかに負けない」

●懺悔
 ほぼ同時刻。サリ(ec2813)と、ソペリエ・メハイエ(ec5570)は大聖堂にいた。2人は町につくと挨拶もそこそこに、グレイス司祭との面会を申し込んでいた。
 「司祭は床から身を起こすのもままならない状態ですので」と、シスター達の態度は頑なだった。こちらも簡単に許可が降りないだろうと予想はしていたし、粘り強く交渉する心積もりでいた・・・・のだが。ここで思わぬ助け舟が出た。
 誰あろう、マリエータ司祭だった。
「あの、司祭さま」
 サリは少し迷った後、助け舟−マリエータ司祭−に声をかける。司祭は歩を止めて振り向いた。「はい?」 何時ものように柔らかな微笑と、何時に無く強い決意のこもった視線。
 サリは悪魔ヴァブラの目的が、彼の計画を妨げ、その眼を奪った自分と冒険者への復讐である事に自責の念を抱いていた。
「真意がわからない処か、災いを招いてしまって申し訳ありません。あの場の雰囲気で勝手に体が動いて・・・・」
 言葉が終わらぬうちにマリエータ司祭は腰を落として、パラの娘の手を取った。
「貴女が悔いておられるなら、それもわたくしの罪です」
 全ての発端はデビルがマリエータに目星をつけ、グロスターへ現れた事にある。司祭は許しを請うように、そして祈るようにサリの手を両の手で包み込んだ。
「そんな・・・・勿体無いお言葉です」
 話を切り出したサリの方が驚きは大きかっただろう。仮にもイギリス有数の大聖堂の司祭が、一冒険者に許しを請うている姿など・・・・100年に1度クラスの珍事だった。
 時間にして十数秒−サリの体感では十数分ほどになる−司祭はやっと手を離すと立ち上がった。
「農夫が地を耕すことを罪と言うものはいませんし、狩人が鳥をいる事を咎めることは出来ません・・・・それでも罪と思われるなら」
 司祭は悪戯っぽく微笑むと後を続けた。
「何時でも懺悔をお受けしますわ」

●グレイス司祭
 −・・・・−
 ドアをノックする音が聞こえた。マリエータ司祭から面会の申し出があったと聞かされたときから、この音を待っていた・・・・いや、本心では恐れていたのだろう。
「・・・・どうぞ」
 勤めて冷静に発したつもりの声はか細く、そして震えていた。扉が開くと室内に3人の女性が入ってきた。1人はマーシ大聖堂の司祭・マリエータ。ジャイアントとパラの2人も見覚えがあった、確か冒険者だったはずだ。
 後悔と自責の匂いがする沈黙の中、ソペリエは一歩前に出ると病床の司祭に騎士の礼をとり、決然と継げた。
「ソペリエ・メハイエと申します。グレイス司祭、ご無礼を承知で調べさせて頂きたい事があります」
「・・・・ソペリエ殿、申し訳ないが手を貸して頂けませんか? 寝たきりでは礼を失します」
 青白い肌に痩せこけた頬、落ち窪んだ眼窩・・・・病と言うのは本当のようだ。だがその眼差しには曇りはない。ソペリエは迷わずベッドに歩み寄ると、いたわる様に司祭の体を起こした。
「ありがとう。さて騎士殿、お願いついでにまずは私の話をお聞きいただけませんか?」
 「・・・・お聞かせ下さい」ソペリエは人知れず奥歯をかみ締めた。彼女はその表情から話の内容を悟った。
 それは過ちを犯した者が追い詰められ。良心の呵責に苛まれた末、ようやく小さな勇気を奮い立たせた時の、「決意の表情」だった。

●そして夜が訪れる
「よぉしグロスター自警団員、全員集まったな」
 詰め所の前でそろいの皮鎧を身に着けた30人程の男達を前に、オリバー団長は声を張り上げた。
「我々の役目は、冒険者達が相手にするまでもないごろつき共の相手だ・・・・」
 その場に立ち会っていたアンドリューは怪我人の搬送や、火が出た時の対応を次々に指示していく団長を眺めていた・・・・が。
 「・・・・以上だ。あー、他に何かあるかね?」 いきなり話を振られてしまった。
「あー、自分は新参だからな。傭兵が一人、入ったと思ってくれ」
 自分の立ち位置を簡単に説明したのだが、その後つい本音がこぼれた。
「街を壊さないように、というのが難しい条件だが」
 別にふざけたわけでも場を盛り上げようとしたわけでも無いのだが、一部の団員−特に若手−からの受けが良く、士気高揚に一役買ってしまったようだ ・・・・無論、団長は渋い表情だったが。
「取り合えず避難誘導、終わったよ」
 振り向くと馬祖が空飛ぶ絨毯から飛び降りるところだった。取り合えずと言うのは病人やお年寄り、女子供を避難させたという意味合い。一部の住民・・・・主に血気さかんな男衆や商家の者達は、各自の家や店舗に立てこもっている。そういった家には自警団から、戸締りを厳重にして表に出ないようにとの通達が回っている。
「我々も準備できました」
 身長2mを越す大柄なソペリエがグリフォンを従えて現れた。戦場に連れ出すには少し調練が足りていないのだが、空を飛ぶ敵への対抗手段として連れて来ていた。見慣れぬグリフォンの姿に団員達は一瞬ざわめくが、味方なのだと思い出すと見つめる目が頼もしげなものへと変わった。
 ソペリエは一同の関心がスカイア−グリフォンの名−に向いている間に、アンドリューにそっと耳打ちした。出来るだけ簡素に、的確に。
「グレイス司祭が悪魔に加担したと認めました。司祭の病はデスハートンの影響だと思います」
「・・・・わかった」
 話の内容は高まった自警団員の士気をあっさりと吹き飛ばすに足るものだったが、アンドリューの心は微塵も揺れることは無く。
「そろそろ時間だ、行こうか」
「了解した。打ち合わせどおり絶対に1人で行動するな、最低でも2人でな・・・・配置につけ!」
 「了解!」 30数名の団員達は町の中へと散っていった。

●闇に生き闇を友とする
 来たか・・・・それは枯葉がこすれるほど微かな音、隠行を磨きぬく過程で身につけた聴力があってこそ聞き取れた鳴子の音だった。魁厳は日中作ったバリケードの影から鳴子の鳴った方角を窺う。
 1人・・・・3人、いや4人か。篝火に照らし出された影を数えると、30cm程の杭を握りしめた。聖者の祈りが込められた破魔の杭だが、どうやらあの中にそれらしき影は見えない。やや離れた場所にいる1人に狙いを定めると忍びは意識を集中させた。

 −どん!− 20m程はなれた場所から爆破音が響いた。男達の視線が立ち上る土煙に注がれる。
「何かの仕掛けか?」
 後方にいたフードを被った男が冷静に分析しよう試みたが、如何せん情報が少なすぎる。誘いの可能性はあるが、これからもあのような仕掛けがあるのなら調べておいたほうが良い。
 「行ってみよ・・・・」「ぎゃぁっ!」 指示と仲間の苦悶の叫びが重なった。

「樒流絶招伍式名山内ノ壱・・・・椿!」
 詠唱が完了すると同時に魁厳の周囲が爆裂し、土煙で姿が覆い隠された・・・・次の瞬間。彼は既に目星を付けた男の側面に移動していた。魁厳は爆音に目を奪われた男に絡みつくと皮鎧−ほぼ全ての鎧の−急所、脇の下に杭を打ち込む!
「ぎゃぁっ!」
 杭を引き抜くとのたうち回る男に追い討ちをかけず次の集中に入った。

 「どうした!」 「な、なんだこいつは?」 先にも言ったがこの辺りでは河童と言う種族に馴染みが無い。忽然と目の前に現れた緑色の肌の男に一瞬、襲撃者の行動が遅れた。
「敵だ、ぶっ殺せ!」
 フードの男の叫びでようやく我に返ると、それぞれの得物を振りかざし・・・・
 −どん!−
 先ほどより大きな炸裂音とともに爆発が起きた。砂埃がおさまった後には緑の男の姿は無く、残されたのは爆風に叩かれた仲間の姿だけ。
 姿を消したか、どこかに隠れたか? 男には忍法の知識が無く魁厳の使った術の正体はわからなかったが、こちらが見える場所にはいるはずだ、ならば。緑の肌の男をターゲットに魔法の詠唱を始めた。
「ムーンアロー!」
 解き放たれた月の矢は淡い光を放ちながら物陰へと吸い込まれた。
「あそこだ、逃がすな!」
 男の推測は正しかった。彼の魔法は敵に僅かな傷を与え、隠れている場所を特定した。だが相手は彼より遥かに上手だった。数秒後、再び爆発音が響き・・・・
 −ぐっ−誰かが彼の腕を掴んだ。
「貴殿が小頭とお見受け致す」
 彼の死神が舞い降りた。
 
●プロフェッショナル
「これでもくらえ!」
 物陰から飛び出してきたごろつきの一撃を半歩下がって過ごすと、同時に槍の柄で足を引っ掛ける。まともに受身も取れず転倒した男に、キイルら若手の団員が飛び掛った。
「じたばたすると痛い目見るぞ・・・・いてぇ! てめこの」
 アンドリューは自警団と連携して街中に潜んでいるごろつき共を片付けていた。いまのところ敵のレベルは「ごろつき」どまりで戦いにすらなっていない。敵の本隊−悪魔信奉者やデビル−が現れるまで、こういった手合いをあしらうつもりだった。それにしても。
「・・・・上が静かだな」
 バリケードを施したと言っても、効果があるのは地面を移動する相手だけ。空を移動できる相手にとっては何の意味も持たない。
「随分余裕だなぁ」
 返事は返さず、声のした方向に視線を向けると先ほどの輩とは多少雰囲気の違う男が立っていた。アンドリューから見ればゴブリンがゴブリン戦士になったぐらいの差だ。後ろにゴブリンクラスを数人従えている。
「どうだい、俺と遊んでくれよ。退屈はさせないぜ」
「・・・・」
 相手の無言を是と取ったか、男は片手剣を構えてじりじりと間合いをつめる。構えはそう悪くないが「格の差」を見極められない時点で結末は変わらない。袈裟懸けの斬撃を半身捻ってかわすと、無造作にわき腹目掛けて石突を打ち込む。
 「ぐっ」うめき声を上げよろけた男の首筋に槍の柄を振り下ろすと、その体は力なく崩れ落ちた。敵味方問わず言葉を失う早業だった。だが当の本人は全く意に介さず。
「次は誰だ」
 襲撃者に鋭い視線を向けた。

●襲撃者の苛立ち
 彼は上空から戦況を見つめていた。目立たぬよう姿を消し、気取られぬよう適度な距離を取って下界の様子を見守っていた。金と欲で雇わせたごろつきにさしたる期待はしていなかったが、自ら彼の下僕となった者達でさえ半数近くが戦闘不能に陥っていた。
「せめてクルードでもいれば・・・・」
 緒戦で使い捨てにした霧のデビル、いやグレムリンでも良い。それらが数体いればもっと戦場に混沌をもたらすことが出来たはずだった。
 だが彼らは招聘に応じなかった。彼が与えられた役目を放棄して私怨に走り、その結果より上位の存在から彼は切り捨てられた。司祭から生命力を奪ったと言っても、目標と別人のモノでは功績になるはずも無い。
 後ろ盾を無くし同胞からも背かれた今、彼に出来るのはただ一つ・・・・報復の成就。翼持つ獅子は月明かりにその姿を晒した。
 −があぁぁぁぁぁ!!− その咆哮は眼下に広がる町の隅々まで轟いた。

●緒戦
「来た」
 ソペリエはレジストデビルの詠唱を完成させると、スカイアの進路をヴァブラへと向けた。敵が空にいると攻撃手が限定されてしまう、何とか地面に引き釣り降ろさなければならない。
「やはりお前も来ていたか巨人の騎士よ」
 ヴァブラはソペリエを一瞥すると獣の口をゆがませて笑った。
「お前にも礼をしなければならんが、まずは小さき弓手はどこだ?」
「知りたくば自分で探しなさい。それが筋でしょう」
 やはり一番の狙いは彼女なのか? ソペリエはストームレインを構えグリフォンを走らせた。狙いは翼。すれ違い様に剣で悪魔の左翼を切り払う・・・・が。
 −ガクン−
 剣を振る寸前、大きな揺れに体勢を崩す。辛うじて手綱を握り落馬は免れた。
「何を遊んでいる?」
 悪魔の嘲りに奥歯をかみ締める。
 スカイアの調練不足が原因だった。平時に騎乗するならば問題無い錬度だが、戦いの最中でも大丈夫か? と聞かれれば首を横に振るしかない。それともう一つ、彼女自身の騎乗技術にも問題があった。どんなに卓越した体術・剣技があっても、馬上での技術が伴わなければその技を生かす事はできないのだ。
 ヴァブラは何とか間合いに持ち込もうと試みる彼女らをあざ笑うかのように、右へ左へと振り回続けた。

「もう少し・・・・もう少し」
 サリは魔弓ウィリアムに矢を番え、静かに距離を測る。デビルはソペリエをあしらうのに夢中で、徐々に地上に近づいていることも、あの時のように狙われている事にも気付いていない。ソペリエの動きが悪いことにも気がついていたが、この矢が届けば隙が出来る。
 射手は我慢強くその時を待った。

●戦場の救護士、暗殺者
「傷を見せて・・・・これ、飲んで」
 馬祖はポーションを取り出すと足に裂傷を負った自警団員に手渡す。傷は大きくないが少々深い。手早く止血を済ませる。団員が渡された魔法薬を飲み干すと顔色に赤みが戻ってきた。出血の量が気になるが命に関わる程では無いだろう。後は避難場所か詰め所に連れて行けば良い。
「詰め所まで歩ける?」
「杖があればいけます」
「私が付き添いましょう、向こうも怪我人がいるかもしれない」
 オールスン神父はそういうと団員に肩を貸した。馬祖は空飛ぶ絨毯を広げ、次の怪我人を探す。ヴァブラの出現で悪魔崇拝者達が勢いを盛り返し、自警団員や家に残った住民の被害が出始めていたのだ。
「・・・・」
 と、何かが視界の端に移った。けり破られた民家の扉から、刃こぼれした小剣に薄汚れた皮鎧姿の小男。どう見ても「素行よろしき」人物ではない。馬祖は絨毯を止めると、指にはめた銀色の指輪に触れて意識を集中する。
 「こちらに来い」命じる。
「な、なんだこりゃ? どうしたってんだ?」
 意思とは無関係に歩き出す体に、戸惑いの色を隠せない小男。彼が消えていった小道から・・・・ほど無くして断末魔の悲鳴が上がり、やがて1枚の絨毯が飛び去った。

●決戦
 この騎士の相手も飽きた、そう思った時。
 −カッ!−
 右後ろ足に魔力を帯びた矢が突き刺さった。この痛みには覚えがある・・・・地上へと目を向けると、視線の先には彼の左眼を射抜いたあの娘が、あの時の弓を携えていた。
「そこにいたか・・・・ぐおぉっ!」
 悪魔の意識がそれたのを見逃さず、「トゥシェ!」 ソペリエはストームレインを純白の羽根へと叩き付けた。断ち切るまでには至らなかったが、手応えは充分にあった。これでデビルは落下する・・・・はずだった。
「やってくれるな。またしてもやってくれたな、人間」
 有翼の獅子が落下することは無かった。確かに右の翼は半ばから折れ曲がり、飛行する能力を失っている。だが、現実にヴァブラは墜落する事無くその場に留まっていた。
「私を下級デビルとでも思ったか・・・・なめるな、人間!!」
 咆哮と共に放たれた漆黒の炎がソペリエの肩を焼く。防御魔法のお陰でダメージは軽くて済んだが、次の動作が遅れた。その間にヴァブラは身を翻すとサリ目掛けて動き出していた。

 弓を握る手と矢を番える指がじっとりと汗で滲む。視界内で獅子の姿が徐々に大きくなる。
「!」
 放った矢は翼をかすめただけ。次の瞬間、突風と衝撃がサリの小さな体を地面に叩きつける。すれ違い様、爪で引っ掛けられたがかすり傷で済んだ。取り落とした矢を拾うと立ち上がり、ヴァブラの姿を探す。
 悪魔は悠然と空中に座し、彼女を見下ろしていた。
「会いたかったぞ、娘。想い人を待つというのはこの様な気持ちなのか?」
「貴方の思われ人とは、ぞっとしませんね」
 サリも詩人と呼ばれる人種。色恋歌のレパートリーはあるが・・・・まさか自分が、しかも悪魔に想い人といわれる日がこようとは。
「そう嫌うな。この牙と爪で愛でてやろう」
 あまりにも純粋な「殺意」に、サリは思わず息を呑んだ。

「今のお前には無理な頼みかもしれない。だが・・・・私を助けて」
 彼女が空中の敵と戦うにはスカイアの力を借りるしかない。ソペリエはグリフォンの手綱を握りなおした。馬や驢馬も手綱を解して乗り手の心を読み取るという。ならば伝われ・・・・私の決意!
 −キイィィィ!− スカイアは猛禽の嘶きをあげると力強く羽ばたいた。

「くっ・・・・」
 何とか間合いを保ちながら矢を放ち続けるが、ことごとくかわされて行く。真正面からの攻防では相手の回避能力に分があるようだ。10m、9m、8m・・・・ヴァブラはじわじわと距離を縮めてくる。そして一飛びでその牙が届く距離・・・・ヴァブラの背に魁厳の姿が現れた。
「馬鹿なっ、何者だ!?」
「・・・・椿!」
 空いた手で暴れるヴァブラの鬣を掴み、両足で胴体を挟み込んで体を固定すると手にした杭を敵の背に突き立てた。
 −ごあぁぁあぁぁぁ!!− ヴァブラの絶叫が町中に響き渡った。
「つかまって!」
 声のした方向に目を向けると、魔法の絨毯がサリの背後をかすめるように近づいてくる。頭より先に体が動いた。すれ違い様、馬祖にしがみ付く。馬祖は持っていかれそうになる体を絨毯にしがみ付き、歯を食いしばって耐えぬいた。
 2人の離脱を確認すると魁厳は高速詠唱を用いて微塵隠れを発動、悠々とその場を離れた。
 
 何故だ、何故いつも邪魔が入る? この窮地は全てを失ったはずの彼に命への未練をかき立てた。
「まだだ、まだ死ねぬ。復讐はまだ果たされていない」
 悪魔といえど死の、消滅の恐怖は拭えないのだろうか。引き裂かれるような激痛をこらえ、悪魔は上空へと逃げだした・・・・しかし。
「スカイア。お前と私の誇り、今示さん!」
 傷ついた獅子の上空からグリフォンが襲い掛かった。前足の鉤爪を敵の体に食い込ませると、急降下の勢いそのまま、もろともにヴァブラを地面へと叩きつけた!
 勢いを殺しきれずソペリエは鞍から投げ出され、地面に叩きつけられた。口の中に鉄の味が広がるが、うめき声と共に飲み込んだ。痛む背中を不屈の根性でねじ伏せ、剣を杖にようやく立ち上がる。
 まだ敵は消滅していない。ならばするべきことは1つ。盾を拾い上げ、前面に押し出すように構えた。

●勝利と苦杯と
 ヴァブラが消滅する頃には、人間達の片もついていた。大半が捕縛されたり討ち取られたりで、逃げ延びたのは10人に満たないだろう。
 一方、町側は自警団に中・重傷あわせて8名、軽傷多数。家屋の損傷が数軒。無傷の勝利とまでは行かなかったが、大勝利といって差し支えない結果だった。

 喜びに沸く広場を尻目に、アンドリューはとある場所に向かっていた。とあるドアの前でノックをするかどうか迷うが、そっとノブを回し体を滑り込ませる。室内を一瞥すると、1人の男性が窓際の椅子に腰掛け外を眺めていた。
 その手に握られているのは小さなナイフ。
「自分で自分を裁くつもりか?」
 突然声をかけられた男、グレイスは−びく−っと一瞬体を震わせたが、すぐに力を抜いてゆっくりと振り向くと。
「前はそんな事も考えた。今は生き恥を晒してでも罪を償うことしか考えておらんよ」
「そうか」 
「・・・・光が当たる場所に興味はないか?」
「・・・・」
「悪魔が私に会うなり言った言葉だ」
 司祭だった男は自嘲気味に微笑んだ。
「日のあたらない、裏方の仕事が私の天職・・・・そう信じていたのだが」
 彼が悪魔の誘惑に乗り、陰から手助けをした事を認めたという話はソペリエから聞いていた。だが自分の目と耳で確かめて置きたかった。
 司祭もまた普通の人間だった、か。入ってきた時と同じように訪問者は部屋を出た。

●長の資格
 サリはブロウトン司祭と依頼の報酬について話し合っていた。報酬が高額すぎるのが気になったのと、悪魔の目的が冒険者であった事が気にかかっていたのだ。
「そもそも、このお金は大聖堂から出たものでしょうか?」
「大聖堂と自警団、そして住民からの篤志ですな」
「・・・・何れにせよ頂けません。教会や町の復興資金に充ててください」
 「さてさて困りましたな」司祭は業とらしく腕組みをして眉間に皺を寄せた。
「ではこういたしましょう」
 これまた芝居がかった仕草で手を打つ。
「報酬の半額を義援金として頂く代わりに、もう半額は正当な報酬としてお納め願いたい」
「半額・・・・ですか」
 不服を申し立てようとした時、マリエータ司祭の声が聞こえた。

「馬祖さん、こちらを手伝って頂けますか?」
「今行きます」
 マリエータ司祭と馬祖は回復魔法の必要が無い怪我人の手当てに奔走していた。ちなみにお年寄りや病人を自宅に送り届ける仕事は、元気の有り余っている団員や神父達に押し・・・・譲った。
「軽い火傷ですか、少し範囲が広いな」
「感染症が怖いわね。誰か消毒用のお酒と包帯を」
 司祭の指示を受けたシスターが治療道具を取りに走る。

 マリエータ司祭、生き生きしているな。
「あれがあの方の良いところであり、悪いところでもあります」
 顔は見ていないがきっとブロウトン司祭は諦めたような苦笑いを浮かべているだろう。
「きっと・・・・司祭長になられても大丈夫ですよ」
 あれだけ人の事を考えることが出来る人だから、きっとそう心がける人だと思うから。
「・・・・そうですな」

●風の噂
 それから一ヶ月ほど後。マーシ大聖堂に新しい司祭長が誕生したと言う噂が聞こえてきた。興味ない人にはただそれだけの噂ではあったが。