【憑き物霊能者】〜呪子増殖〜

■シリーズシナリオ


担当:べるがー

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 95 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月12日〜11月22日

リプレイ公開日:2005年11月27日

●オープニング

「「‥‥‥‥」」
 京都冒険者ギルド。未だかつてないほど静まり返った室内で、二人は黙って見つめ合った。
 ふっ。
「いや〜、今日は疲れた疲れた。さあ帰るとするか!」
 ギルド員、現実逃避。
 ガンッ! と目の前の人物が『何か』と手を繋いだまま、目の前の卓を蹴り上げた。
「なっ、何すんですか!」
「無視するな!!」
 長かった筈の髪を耳の辺りで揺らし、真っ赤になって喚くその女は。
 ──別人別人別人別人、絶対別人‥‥。
 念仏の如く唱えるが、既に顔見知りになった女は容赦がない。続いて丸まったギルド員を蹴り上げた。
「アンタ、何か誤解してるでしょう‥‥?」
 しばらく見なかった女はやはり『何か』を手に繋ぎ、背中に貼り付けたままスゴんだ。

「はぁ? 淡路国〜??」
 蹴倒した卓を戻し、向かい合うのはこれで既に五回目となる。消したい過去と逃げたい今だ。
 無理やり筆を取らされたギルド員は、渋々と女の依頼を書き取り始める。
「そ。淡路国。自然たくさん、観光地たくさん、もちろん海に囲まれてるから海産物も豊かだし、温泉宿だって結構あるのよ」
 難波呪子。ここ最近京都内で騒ぎを起こしてないなと思ったら、淡路国まで出向いていたらしい。一体何事か。
「仕事の依頼で行ったのよ。その‥‥前回の依頼で、私、しばらく仕事は休んでいたんだけど」
 すっと視線を逸らす。ギルド員もまた視線を逸らした──ああ空が赤いなぁ。まるで血の海のようだ。
「ちょっと厄介な仕事でね(まぁ霊能者が黒服の集団に連れられて海渡って監禁されてたなんてよくある話だし)、そこで温泉宿の主人と知り合ったんだけど(まぁ無銭飲食の果てに宿半壊させて財産ゼロにしたなんてよくある話だし)住み着いた霊を追い払って欲しいって言われたのね(実はその宿屋の親父が監禁してくれたんだけどその親父が過去殺してきた恨み深い霊ばっかでぶっちゃけ私一人じゃ手に負えないのよね)、アハハ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 もうどこからツッコめばいいのか。いっそ今のは全部空耳にした方が
「それで、ぜひ私の下僕にね? 海を越えてついてきて欲しくって。ちょっと長くなるけど滞在費は私が持つし(むしろ親父は金積んでも来てくれって泣いてるから)、大丈夫よオホホ」
「‥‥分かりました、下僕召集令状ですね」
 違う。いや違わないのか?
「ええと、呪子様がお呼びにつき、すぐ海を渡れる方募集、っと」
 同僚は影で見守っている。お前変わったな、と。
「お礼は弾むわ(どうせ私が出すんじゃなし)、あとそうね、せっかく淡路国に来るんだし、温泉につかるなり観光に行くなりオッケイよ(どんな怨霊が出てくるかわからないけど)、オホホ」
「アハハ」
 ギルド員は笑う。もういいや、笑ってしまおう。そしてそのまま右から左へ勇気ある下僕衆に振っちゃおうと。
「アハハ、アハ──ところで『その子』は?」
「あ、『この子』?」
 呪子はニッコリ笑う。全く同じ巫女装束を着た、呪子そっくりの女の子がちょこんと頭を下げた。
「後継者」
 仏さん、呪子が召されても日本には安息の日は来ないようです。

●今回の参加者

 ea4138 グリューネ・リーネスフィール(30歳・♀・神聖騎士・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb0451 レベッカ・オルガノン(31歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb0601 カヤ・ツヴァイナァーツ(29歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb1488 ザレス・フレーム(21歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb1599 香山 宗光(50歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1640 火車院 静馬(43歳・♂・志士・パラ・ジャパン)
 eb1784 真神 由月(25歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1796 白神 葉月(39歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

天螺月 律吏(ea0085)/ 安来 葉月(ea1672

●リプレイ本文

「ええお湯やねぇ、景色も最高やし」
 ぱしゃん、と白神葉月(eb1796)の身動きに湯が跳ねる。呪子に依頼したという宿屋の親父が自慢するだけあって、男女湯の柵を取れば眼前に広がる町並みと海が見え、入り心地は最高だった。
「はぁ、これでお茶でもあれば最高どすなぁ‥‥」
 独白のつもりで呟いた言葉に、即座に盆が差し出された。町中で会った茶屋の娘である。
 疑問には思わない。何故なら、真神由月(eb1784)の『憑ちゃん手拭なくしちゃったの?』との言葉にはすぐさま換わりの手拭が差し出され、『ちょっと熱くない?』と呟いたカヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)には即座に謝罪がいっている。きっとここの町の人達の好意、でもにこりと微笑んだのに涙を溜めて土下座するのは何故だろう?
「うわあああ!」
 目の端でザレス・フレーム(eb1488)が頭から湯の中に落ちていく。ふふ、子供やねぇ。
「ま、呪子殿前隠して下さい、前っ!」
 取り乱したグリューネ・リーネスフィール(ea4138)が手拭片手に湯の中を走り回っている。グリューネさん、混浴は初めてどすか?
「がぼっ、ぎゃぼぼぼぼ」
 後で依頼人にもちゃんとお礼言うとかなあかんね? 今は取り込み中やから無理やけど。
「死ねっ、死ねっ、死ねえええ!!」
 ああ、呪子さんも楽しそうやわぁ‥‥やっぱり、依頼の疲れは湯の中で落とすんが一番どすな? 小動物のように怯える淡路の人々が震えて見ていた。
 ──そして、淡路に伝説が生まれる。

●感動の再会
「呪子様ーやっと会えたー」
 船着場に着いた途端、呪子の姿めがけて飛びつくレベッカ・オルガノン(eb0451)。勢い余って視界から消え失せたが、誰も何も気にしない。
「大人しくしていると思ったら淡路国まで出向でござるか」
 何気にツッコミの厳しくなった香山宗光(eb1599)がはっはと笑う中、ザレスが海を見たまま沈黙する。ねぇアレいいの? ほっとくの?
「あはは──ん?」
 くい、と足を引っ張られ、ツヴァイが視線を下げる。つられたように全員の目線が下がり、『何か』を見つけて数十秒。
 ぱら、と葉月の扇が開く音がする。グリューネは遠く水平線の彼方に視線を飛ばす。
「‥‥犯罪行為に抵触してなきゃいいですけれど」
「こっここここの子は何ー!?」
 答えるべき者は、現在海の中。

●更なる混乱へようこそ
「ふーん‥‥こいつが呪子様を浚ったから私達は呪子様に何ヶ月も会えなかったんだね?」
 淡路国へ着き依頼人の依頼人、つまりは呪子をかどわかした宿屋の親父に対面し、お供の第一声は身も凍るような冷めた笑いだった。
「もっ、申し訳な」
「悪霊退治ねぇ、まーちゃんを監禁するよーな奴はさっくり八つ裂きにでもしちゃえば皆さん喜んで御還り下さるよーな気もするけど」
「ひっ」
 レベッカとツヴァイの容赦ない言葉責めに親父の顔面が変わっていく。ここは極寒地かと言わんばかりに寒かったが、半壊した宿の一室には葉月の茶を啜る音が呑気に響いた。
「怖くはないか?」
 二人のブリザードの直撃を受けている親父は既に半死人。というのに、火車院静馬(eb1640)の膝に乗る愛らしい童女はキョトンとして首を振った。
 登場直後にお供諸共海の藻屑となりかけた挙句、引き上げられるまで『隠し子!?』『誘拐!?』『呪子殿、足のつく犯罪は』とさんざん酷い事を言われ呪子が必死に弁解した例の子供である。真相はどうやら呪子の後継者という事らしいが、『そんな可哀相だ!』とザレスがうっかり口を滑らせて殴られるくらい愛らしく無垢な子供である。ちなみにまだ五つくらいだろうか?
「んー、どの霊達も宿のオジサンに恨みがあるなら、一人ずつ話を聞いて成仏するように説得するしかないかな?」
「しかしこの宿の親父は一体何をしてきたんでしょうか‥‥」
 ギルドで聞いてきた話の解決策に悩む由月とグリューネだが、手元ではしっかり子供をあやしていたりする。呪子とお揃いの格好でありながらこの純度百%の瞳はどうだろう! 構い甲斐があるというものだ。
 紙と化した親父の前では、言葉責めと冷笑でギリギリまで追い込んだレベッカがカードを開いている。悪霊の恨みを占っているのだが。
「強盗‥‥火付け‥‥逃亡」
 ──この親父、最悪。
 占ったレベッカと聞いていたお供の感想である。打って変わって笑顔を浮かべた占い師は、ニッコリ宣告する。
「狙いは貴方のようですね。という事で、貴方を護衛するために──」
 言葉は無用、依頼人である筈の親父は呪子のお供に簀巻きにされてしまった。
「ふぐーっ、ふぐーっ」
「うんうん、このオジサン一人恨みを買ってるだけなら」
 由月の笑顔が、いやお供全員の笑顔が怪しくなっていく。猿轡を噛まされた親父が恐怖のあまり失禁した。
「ポーションと身代わり人形を用意したから、オジサンが死ぬ可能性は低いよねー! あははははー!」
 多分、この親父は依頼相手を間違えたのだ。いや京都冒険者ギルドの報告書さえ読んでいれば、対応を誤らずに済んだかもしれない。
 ザレスはそっと目尻の涙を拭った。

「話を聞く限りじゃ、親父以外にゃ被害は被ってないだな」
 だったら風呂に入れるんじゃないか? と語る静馬に、誰が否やを言うだろうか?
「それじゃあ憑子殿、参りましょうか?」
「折角やからお土産なんかも買うていっときたいところやわぁ」
「やだ葉月姉ぇ、早すぎだよー」
「温泉楽しみー。あっ、離れで待機してる呪子様呼んで来なくちゃ!」
 何て非情な人達だろうか。縄と布団でぐるぐる巻きにされ部屋の隅に転がされた親父は滂沱の涙を流す。ああそうそうと宗光が近寄って膝をついた。
 ──助けてくれるのか!
「ここの温泉は男女混浴でござるか?」
 真顔でトドメ、だから期待しちゃダメだってばオッサン。

「うわっ、広いねここ! 宿も何気に広かったし、実はあのオジサンお金持ち?」
 宿が半壊したのでお客も呼べず、つまりは貸切状態。女性だけの湯でこれだけ広いのだから、柵を取れば相当の広さとなるだろう。
「うきゃっ」
「ああ、まだ憑子殿には深いようですね」
 ここへ来るまでの船旅二日間と、膝上であやしたりで憑子はすっかりお供に懐いている。今もうっかりざぶざぶ入りかけてレベッカの褐色の足にへばりついていた。グリューネがそれを見てくすりと笑う。
 全員が肩までつかり、五秒。ふいーっと息をついたとたん、『悪霊』は現れた。
「あの親父はどこだァーアアアッ!!」
 つかったばかりの湯から飛び出し、呪子が脱走を図る。え、と手拭片手のお供の視線は既に素っ裸の背中。
「まっ、呪子殿前、前隠して前‥‥ってどこへ行くんですか!?」
「まさかお風呂で憑依なんてっ‥‥って憑子ちゃあああんっ!?」
 きゃああああーッ。と女湯から悲鳴が上がれば、もちろん隣接している男湯につかっているお供にも丸聞こえ。
「‥‥どうしたのかな?」
「だだっ、ダメだ女湯覗くなんて!」
 真っ赤になってザレスがぶるぶる首を振っている。しかし。
 うきゃあああ、ずるっ、がしゃっ、どたーん! 呪子様、呪子様ー!!
「‥‥‥‥‥‥」
「しまった‥‥神社で10日分のお払いくらいはしてもらってから来るべきだったかもしれん」
 静馬、後悔してももう遅い。

●新伝説誕生
「淡路国いうたらどんなんがありますやろ。呪子さん、知ってはります?」
 多くの町人が行き来する中、流行の茶屋で腰を落ち着ける。動物の唸り声のようなものを上げて凶悪な顔をした呪子がボロボロの簀巻きを踏んづけた。
「呪子殿、あちらに上手い蛸料理があるそうでござる」
「海鮮料理とか美味しいんじゃない? 海近いもんね。塩もたくさん取れるんじゃない?」
「鱧料理も美味しいって。洲本城も見に行ってみたいなー。あ、呪子さんそれやっちゃ死んじゃうから」
「今の藩主って、えーと‥‥」
「淡道輝彦(あわみち・てるひこ)、だろう。ああ憑子、その刀は使い難いだろう、これにしておけ」
「はは、淡路国の淡道さんかー」
「水軍が有名ですね。京都の方でもその力は有力視されているとか。‥‥由月殿、ポーションありますか?」
「りょーかい」
 ざわざわざわ、という喧騒の中、呪子ファミリーの会話は続く。
「キサマが‥‥キサマが生きているなどと許せるものかァアアアア!!」
「休憩しましょう、呪子殿」
 どかん、とグリューネがブラックホーリーを放つ。躊躇いは皆無だった。
「うぐ‥‥ぬおあああっ!?」
 腰を押さえて呻く呪子の横で、十手を握った憑子が簀巻き──かつて人間と呼ばれしそれに凶器を突っ込んでいた。
「おのれ‥‥おのれえええ!」
「全く、お茶の時間くらい静かに出来まへんの?」
 ひゅーん、ひゅーん、ひゅーん。昼の街中でムーンアローが飛ぶ。
「んぎゃあああ!!」
「逃げろ! 逃げろおおお!」
 呪子にのみ当たる魔法だが、街中で派手に閃く光に町人が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。盆ごと看板娘まで逃げてしまった。
「騒ぎが大きくなったな。‥‥この辺で止めておくか」
 観光途中だしな、と簀巻きに食らいつく呪子の背後に回る静馬。ストン、と首筋に綺麗に決まる。
「あっはっは、やっぱ静馬さん上手だよねー」
 笑うツヴァイに、静馬が限りなく爽やかに笑う。
「観光が出来る上に呪子も見張っていられる。悪霊と成り果てた哀れな霊は納得ずくで浄霊、ポーション補給で依頼人は生存、いい案でござる」
「お風呂も入ろうねー、呪子様」
 満足げな宗光、気を失った呪子に懐くレベッカ。ザレスだけが、遠巻きに自分達を見ている淡路の人々を見つめていた。
 ──ああ‥‥ついに淡路でも、呪子の悪名が。
 もちろんお供リストの中には自分の名前も間違いなく刻まれているのである。合掌。