【黄泉の兵】黄泉人を撃破せよ!

■シリーズシナリオ


担当:べるがー

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月26日〜05月31日

リプレイ公開日:2005年06月04日

●オープニング

「組長! 組長おぉ!!」
 京都の街にある、とある道場に。息をきらせた男が駆け込む姿が見られた。
 何だどうした何があったと騒ぐ仲間達に目もくれず、自分が飛び込んだと同時にすぐ近づいてきた男の姿を見てほっと安堵する。
 シンプルな道着に身を包んだ、生真面目な顔をした男。うっかり雨の中傘を差さずに走り回った自分のために、自分のまっさらな手ぬぐいを渡してくれるような──そう、こういう人なのだ、六番隊組長井上源三郎は。
「ありがとうございます‥‥それより組長、黄泉の兵について摂政源徳家康様からご指示が」
「何」
 源三郎の目が見開かれた。
「正体が分からぬ限り出方は決まらぬと思っていたが」
「それが、大和の藩主──松永久秀殿から救援要請が届いたそうなんです」
「では、黄泉の兵とは大和を根城に? ‥‥やはり南か」
 陰陽村を調査した冒険者達は多くの者が怪我を負い、そしてまた多くの村人が滅びたと情報をもたらした。そんな相手を放置出来ぬと思っていたが──そうか、ついに新撰組も動く日が来たか。
「京都守護職平織虎長様もご協力すると」
「そうだ──京都を守るために、派閥など作っていては動けぬ。いつまででも守勢では亡者どもを殲滅できんからな」
 自分達は京都を守るためにあるのだから。

「かといって、我らはすぐには動く事も許されぬ、か‥‥」
 源三郎は自室に篭り、隊員がもたらしたげん源徳の指示に頭を悩ませていた。
 自分達は京都の治安を守るのが本分。ただでさえ南から送られる亡者に気を張り詰めている時に、そうひょこひょこと出歩く事はままならないのだ。大和国で何が起こっているか書かれた書面を見ながら、呟く。
「‥‥大和国は深刻な被害を受けているようだな」
 奈良にももちろん侍はいる。だが圧倒的に不利だ。西の信貴山城、北の多聞山城‥‥どこも守りに必死か。
 自分達が遠征に行ける人数、そして動けるのは京都見廻り組、各藩も動くか‥‥しかし、やはり数は足りぬな。砦を幾つか押さえられた今、こちらも数を出していかなければならないというのに。
「あるいは、冒険者が噛めば形勢は逆転できるか」
 相当数の冒険者が黄泉人というものを間近で見るに至っている。もちろん死亡した人数も馬鹿には出来ないが、それでも生き延びた実力のある者達が。
「‥‥本隊は西を迂回するか。ならば我々は正面から大和に入るべきだな‥‥」
 まずは本隊から目を逸らさなければならない。

 京都冒険者ギルド。井上源三郎は六番隊組長として訪れた。
「では、新撰組のお手伝いを?」
 ギルド員は依頼書を用意しながら聞き返す。
「そうだ。大和国へ入る国境の村に、亡者が集結してると聞く。これを破り大和への侵入路を確保したい。我々が行く前に、血路を開いて貰いたいのだ」
 源三郎は、京都を守るために動く冒険者達に賭ける事にした。

●今回の参加者

 ea3108 ティーゲル・スロウ(38歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4173 十六夜 桜花(28歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea5517 佐々宮 鈴奈(35歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6154 王 零幻(39歳・♂・僧侶・人間・華仙教大国)
 ea8526 橘 蒼司(37歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0524 鷹神 紫由莉(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb0601 カヤ・ツヴァイナァーツ(29歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb1241 来須 玄之丞(38歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1496 日下部 早姫(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1822 黒畑 緑太郎(40歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●死の道
 『それ』が聞こえたのは、目的の村に辿り着く少し前。国境に近づく程増える死体に顔を顰めながら歩いていた時の事だ。
 ‥‥タスケテ、オネガイ‥‥。
 細い助けを求める声は生き残りか。冒険者が揃って無残な遺体を掻き分ける。カヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)は狂化を起こす恐れがあるので見れない。
 抱き起こされた女は顔色が異様に悪く、肩から指の先まで血塗れている。鷹神紫由莉(eb0524)はバックパックのポーションを漁った。
「心配いらぬ、京都冒険者ギルドから派遣された者だ」
 冒険者十人を見て瞬いていた女に王零幻(ea6154)が落ち着いた声音で語りかければ、安堵するように全身から力が抜け──受け止めた日下部早姫(eb1496)の着物に鮮血が飛び散った。
 黒畑緑太郎(eb1822)はその様子を眼前で見ていたが、一瞬理解出来ず目を見開いた。スローモーションのように女の血塗れた腕が上がり、その手が早姫の体に沈んでいく。瞬きの直後何が起きたか理解したティーゲル・スロウ(ea3108)が傍らの佐々宮鈴奈(ea5517)を突き飛ばし、来須玄之丞(eb1241)が抜刀した。戦慄く唇で十六夜桜花(ea4173)が相手を強く誰何する。
「何者です!?」
 赤く染まった爪をぺろりと舐めた女は立ち上がる。足元で胸を抱えて呻く早姫を橘蒼司(ea8526)が抱き起こした。
「ポーションを、早く──!」
「お主、黄泉人か?」
 青ざめる仲間のやり取りを耳に、零幻が問いかける。女は既に隠そうともしなかった。くぐもった嗤いが癇に障る。
「ここまで完全に人に化けるとは‥‥!」
 緑太郎の目には間違いなく人が映っている。人間のミイラのようだと噂される黄泉人がこんな能力を持っていたとは!
 仲間は既に己が得物を黄泉人に向けている。自然と口元に笑みが刻まれた。これで遠慮なく魔法を試せるのだ。

「ふぅ‥‥死人憑きよりずっと手応えがありましたね」
 桜花がチンと音を立てて刀を鞘に戻す。通常の死人憑きならばただ茫洋と襲い来るだけだが、彼らにない知能の高さが垣間見えた。一体に数人がかりならば問題なかったが、村を占拠したという黄泉人の数が気にかかる。
「村の地図ではここが一番いいんじゃないかな」
 ツヴァイが地図を睨んでいる。
「だな、誘き寄せてからお前の精霊魔法で蹴散らそう。起き上がる前に攻撃を加えていけば、数が多くとも何とかなりそうだ」
「了解。そのためにわざわざ僕の保存食を分けたんだから、しっかりフォローして貰うよ」
 ティーゲルの提案に笑って答える。食料を持参し忘れた彼に半ば押し付けるように自分の保存食を分け与えたのだ。
「金は払ったぞ‥‥行くか」
 肩を竦めたティーゲルが蒼司の結界が張られた事を確認する。蒼司の魔力はかなり削られる事になるが、出来るだけ安全策は打っておきたい。
「さて、根の国の住人とやらはどの程度強いのかね?」
 玄之丞は男にしか見えない出で立ちで不敵に笑う。

●根の国の兵士たち
「数、多い、ね」
 鈴奈の顔が引きつった。命あっての物種が信条の鈴奈、俄かにこの依頼を受けた事を後悔してしまいそうになる。
「冒険者‥‥来イ、オ前ラモ我ラノ兵士トナレ!」
 それはつまり自分達に死ねという事。痛い程の敵意を受けながら剣を、小太刀を、印を構える。もちろん、死ぬつもりはなかった。
「京都の平和の為にも大和への血路を開きましょう」
 紫由莉のおっとりした言葉に反して構えは志高き志士のものだった。
 ざっ、ざっ、と自分達に近づきつつある複数の足音に緊張の糸は張り詰められる。背後の詠唱は今回の戦いの肝である、ツヴァイのものだ。
 ざ、と前線に近づいた死人の腕が振り上げられる。『Ash to Ash!! Dust to Dust!!』──ティーゲルの台詞がついに戦いの火蓋を切って落とした。

「玄之丞さんっ!」
 鈴奈が前線で奮闘する人物に声をかける。ここからではリカバーをかけられそうになかった、だから。
 ぱしっ、と音を立ててポーションを片手で受け止める。二散歩下がり飲み干すと絶え間なく近寄ろうとする死人に向かって投げつけた。
「弥勒の慈悲だ、滅せよ!」
 零幻の神聖魔法が邪悪そのものの死人にダメージを与える。その後に再び詠唱が完成したツヴァイの魔法が死人の多くを蹴散らした。
「やはり、黄泉人の倒れる確率は高くありませんね‥‥」
 ばたばたと魔法に煽られるように倒れた数を確認し、早姫が呟く。蒼司も口にはしなくとも気付いていた。前線のメンバーが敵の数に顔を顰めながら応戦している。
「大丈夫か」
 緑太郎が撃ちまくっている魔法を一時中断し、ツヴァイを覗き込む。戦いを始めてどのくらい経ったものか。冒険者達の足元に散らばるポーションの数を見れば結構経った筈である。それでも敵はどこから湧いたものか、目の前に未だ二十体はいるのである。
「大丈夫、ちょっと声嗄れてきたけどね」
 狂化してコントロールを狂わせないために、出来るだけ仲間を視界の外に追いやっている。誤って仲間にも攻撃が及んでしまわないようにも神経を削っている。袖で何度か汗を拭った。
「とにかく目の前の死人を倒そう。‥‥あれ?」
 笑顔の多いツヴァイの目が何かを捕らえた。前線のメンバーも背中が強張った。緑太郎もそちらを見ると‥‥。
「やめなさい!」
 桜花が叫ぶ。しかし一番離れた、誰の攻撃も届かない距離にいた黄泉人が建物の影から何かを引っ張り出し──ぶすり、とその爪を突き立てた。
「ひどい‥‥!」
 十五くらいの片腕の取れた少年が黄泉人の爪にびくりびくりと痙攣する。間一髪でツヴァイの視界を隠した零幻も眉間の皺を深める。
「クク‥‥ハハハハハ!」
 愉悦に満ちた笑い声に鈴奈も早姫も震えを覚えた。何という残虐な敵か!
 既に空は来た時の色より深く赤い色に変わっている。怪我をしては治しての繰り返しに体は疲れきり、心も休息を求めていたが──。
 バキン、とティーゲルの手の中で身代わり人形が折れた。
「‥‥今は到底退く気になれんな」
「私のバックパックを開けて下さい、まだ入っている筈」
 紫由莉が後方に向かって言う。瞳は新たな血を流し続ける根の国の兵士を睨みつけていた。
「僕のバックパックの薬も全部使って」
 声の痛みも気にならない。ツヴァイは再び詠唱を始めた。
 こんな──こんな残虐非道な黄泉の兵士を大和国、果ては京都への侵入を許すわけにはいかなかった。

●黄泉人に蹂躙される人と国と冒険者
「何、子供──!?」
 玄之丞が死人の体に立て続けに剣を打ち込んだ時、それは聞こえた。
「赤子の泣き声が‥‥」
「ここは残り二体、救助に移りましょう!」
 早姫が近寄ってきた最後の死人を投げ飛ばす。もちろん仲間にぶつけるなんて真似はしなかった。蒼司がその上に剣を突き立てると息絶える。
「ここは俺達に任してくれていい」
 黄泉人と交戦していたティーゲルが言うと、あらかじめ決めてあった班での救助活動に移る。玄之丞が幾度も攻撃を受けた黄泉人に止めの一太刀を浴びせると、息を整え駆け出した。

「生きてる者は返事しとくれ、声でも音でもいい、直に行く!」
 手当たり次第に建物に声をかけて歩く。
「誰か居ないか。救けに来たぞ!」
 ‥‥タスケテ、タスケテ‥‥。
「ここか!?」
 緑太郎の声に何かが応じた。一瞬、村に来る前の襲撃を思い出し手が止まりそうになったが、木戸を蹴飛ばした。
「たす‥‥け、て」
「なっ!」
 からからに乾き細くなった気色の悪い腕が、女性の首を掴んでいた。その女の腕には大声で泣き叫ぶ赤子。女は既に何も見えないのか、焦点の合わない目をさ迷わせ、助けて、とただ呟いていた。おそらくそれは自分ではなく、子供のための──。
「離せ!」
 咄嗟に持ってきた矢を番えて放った。が、それはあらぬ方へ飛んでいき黄泉人は愉しげにくくくと笑う。
「ち、魔法なら‥‥」
 ぐふっ。
 印を結ぼうとすると女の首を絞めた。思わず言葉が止まる。女の瞳からは透明な雫が滴っていた。
「クク‥‥コノ村を救ッタ気デイタカ? 勘違イ甚ダシイ」
「何?」
「既ニ我ラノ手ニ大和ハ落チテイル、無駄ダ、無駄ダ、無駄ダ!」
「喋り過ぎだよ、お前さん」
 緑太郎が黄泉の兵の話に聞き入ってる間に玄之丞と桜花が斬り込んできて、黄泉の兵の言葉の謎は残った。

「水瓶の中に? ‥‥そう、偉いわね」
 紫由莉が痛がる子供にポーションを飲ませている。既に持参したほとんどを使い切っていたが、今はもう村の外。零幻が木に括り付けていた馬に子供は興味津々だ。‥‥おそらく、この子供の親は殺されたのだろうけど。
「大人は一人だけ‥‥」
 鈴奈が視力を失った女性にリカバーをかけている。あちこちに擦り傷や打撲があった。彼女の赤子も無事だ。
「持ってきた薬で全員無傷で帰れそうだな」
「そうだね‥‥」
 ティーゲルの言葉に答えるツヴァイの声は暗い。あれから他に生き残りは探したものの、子供三人と大人一人が限界だった。
「緑太郎殿?」
 言葉少なにどうしたのか、と蒼司が声をかけた。緑太郎はじっと村の方向を見つめていた。
「‥‥もし、もしも、だが。この国境が京都からの侵入者と数を事前に把握するものだったとしたら?」
「馬鹿な」
 少女の頭を撫でていた早姫が絶句する。
「確かに知能は人間並みだったようだが」
 零幻の独白に桜花が目の色を深くした。今回の戦いぶりで非道の程がわかったのだ、今正に落とされんとしている大和はどうなっているのだろう?

●報告
「黄泉人はやはり一筋縄ではいかんようだな」
 自室に篭り依頼した冒険者の報告書に目を通した源三郎は思案するように目を閉じた。
 ──大和国の情勢は思ったより悪くなっているに違いない。六番隊組長として自分はどう動くべきか──
 もう一度報告書を読み直し、見も知らぬ冒険者の生死に関わるギリギリの戦いを思う。心の中で何かが固まった。
「‥‥もう少し、派手に動いてみるか」
 本隊から完全に気を逸らすために。