【血の人形姫】我らの拳は逆転の一撃
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■シリーズシナリオ
担当:夢想代理人
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 21 C
参加人数:12人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月02日〜04月10日
リプレイ公開日:2005年04月09日
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●オープニング
訓練場壊滅の報せを受け、ガスパール・ウィンストンは眉を引きつらせた。
「‥‥何だと?」
「も、申し訳ありません‥。『ダンシングドール』は‥完全に組織を‥‥裏切りました」
「‥‥‥」
ボロ雑巾のような体たらくで逃げ出してきた男は、眼前で怒りに身を震わせている己の上司に恐怖した。これならいっその事、罵声を浴びせてくれた方がまだ安心するというものだ。
「マズイよ、ガスパール‥‥。これは‥‥」
シフールの殺し屋、ガスパールの片腕。レオナールは自分の爪を噛み、渋い顔でガスパールの言葉を促す。普段は常に余裕を持つよう心がけているレオナールでさえ、今回は焦りを感じた、何故なら。
「『ダンシングドール』はこの城の位置を知っている。こいつの報告が確かなら、あいつがここを放っておくわけが‥‥」
「‥‥‥」
「場所を移すか‥『本部』に応援要請をした方が‥‥」
「ふ ざ け る な!!」
ガスパールの剣幕にレオナールは圧倒される。黒薔薇逆十字団・ドレスタッド第2支部支部長、ガスパール・ウィンストン。普段は平静を保つ彼がここまで大声を出すのは久しぶりだった。
「たかが数名の冒険者相手に、おめおめ背中を見せて逃げる!? 応援を要請する!?
冗談ではないぞ! それこそ私の本部に対する信頼はガタ落ちだ! 両方とも有り得ん!!」
「‥‥‥。ハァ、そういうところって、昔から変わらないね。キミは」
やれやれとレオナールは肩をすくめ、苦笑する。しかしその顔にもはや動揺と迷いはない。あるのは確かな覚悟と、殺しのプロとして積んできたキャリアによる絶対の自信。
「まあ、そういうわけでこういう話になったんだけど、文句ないよね?」
ふと、レオナールはそれまで話を静観していた、かの殺人姉妹に声を掛ける。
「たわけ、何が『こういう話』だ‥‥」
姉妹のうち、先に口を開いたのはヤナギ。ばりばりと自分を頭をかき、あきれ返る。
「いいじゃないですか、姉さま。この窮地は逆に、それだけ冒険者を殺す機会が増えるという事。私達の失態を埋め合わせるには丁度良い」
姉とは反対に、妹のカエデはこの提案に乗り気のようだ。まだあどけなささえ残す少女の顔に不釣合いな粘っこい笑みを浮かべると、さも楽しそうにくっくと笑う。
「フン‥‥。勝手にしろ」
「じゃあ、決まりだね。おい、お前はありったけの『人形』たちを召集しろ。この城の防備を固める」
「はっ!!」
それまで跪いていた男は跳ねるように立ち上がると、機敏な動きで部屋の外へと飛び出していった。
「‥‥いやぁ、しかしまあ、こういう状況はある意味楽しまないとね。ちょっとした戦争の気分を味わえる」
「言ってくれる‥‥。こちらの身にもなってみろ。こんなリスクは願い下げなんだがな」
レオナールの冗談をガスパールが苦笑と共に切り返す。かのガスパールに先ほどの動揺はなく、彼も既に戦闘の、殺し合いの気持ちへと心を切り替えていた。
「はは、あっはは‥‥。殺してやるぞ冒険者。私をこんな目にあわせやがって、復讐してやる復讐してやる復讐して‥‥、ヒヒヒヒ‥‥!」
気味の悪い笑い声をあげる妹に、ヤナギは目を細めた。懲罰房の件以来、どうも妹の様子がおかしい。とうとう狂い始めたのか。
(「いや、しかしそれは‥‥」)
こいつは元から狂っていた。そう思うと妙におかしく、ヤナギは口元を微かに緩ませた。
●アークフォン家・屋敷内にて
「『お義父さん』、わたし、行かないと」
「ルネ!!」
アークフォン家領主、オーギュスタン子爵は自分の娘の言葉を聞いて情けない声をあげる。結局彼は正気でなかったのか、ルネを相変わらず実の娘と思い込んでいるようだ。
「一体どこへ行くというんだ!? この前の件もある! またお前がさらわれてしまったら、私はどうすればいい!?」
「‥‥‥」
「お願いだ! どこへも行かないでくれ! お前は私の、たった一人の娘なんだ!」
オーギュスタン子爵の表情は狂気じみている。だが、常人ならば眉をひそめるようなこの愛情も、ルネにとっては大切なかけがえのないもの。
「‥大丈夫よ、お義父さん。私は必ずここへ戻ってくる」
短く簡潔に。ルネはそう告げる。その顔は泣きたくなるほど凛々しく、迷いのない瞳は見惚れるほどに透き通っている。
「ルネ‥‥」
「あの子たちをよろしく。わたしよりも心は安定していると思うから‥‥大丈夫だと思う。優しくしてあげてね」
『あの子たち』‥‥前回の依頼で捕縛に成功した3人の、人形のなり損ないたち。今では屋敷に引取られ、寝室で大人しくしていた。
「ルネ‥‥」
「それじゃあ、行ってきます」
もはや少女に迷いはない。自分の過去をひきずるもの。あの組織は、これ以上自分のような『人形』を増やさない為にも、壊滅させねばならない。旅支度を整えたルネは颯爽と風をまとい、玄関から外へとてくてく歩いていく。
「ルネ‥!」
「‥?」
強い調子で呼び止められ、ルネは思わず振り返る。
「気をつけて、な」
「‥‥‥」
少女は心にさらなる活力を得た。ごく自然に笑みがこぼれる。
●冒険者ギルドにて
「‥なるほど、依頼の趣旨はわかった。後はまかせな、あたしが依頼書を作成して、とびきりの奴等を呼んでやるよ」
毎度お馴染みギルド員の女は、ルネの話を聞いてこのような言葉で彼女の期待に応えた。
「ええ、お願いします」
少女はぺこりとおじぎをすると、静かにギルドを後にした。暫くはドレスタットに滞在し、冒険者が集まって相談を終えるのを待たなければ。
ふと空を仰ぐと、どこまでも青い空が広がる一方で、海の向こうには暗い暗雲が立ち込めていた。
冒険者ギルドに、以下の依頼書が貼り出された。
『急募! 腕の立つ冒険者
依頼内容:犯罪組織『黒薔薇逆十字団』の壊滅。
日程:8日間(現地まではドレスタットより片道3日)
備考:現地までのガイドとして依頼主本人が同行。また、敵組織には特に腕の立つ者が数名確認されている。以下の者と遭遇した場合には特に注意されたし。
・流れゆくガスパール(ガスパール・ザ・ストリーム)
性別:男、年齢:不明、種族:人間(?)、クラス:ウィザード(属性不明)
*組織の首領と思われる。詳細不明。
・突き通すレオナール(レオナール・ザ・スティンガー)
性別:男、年齢:不明、種族:シフール、クラス:ファイター(?)
*シフールの殺し屋。毒の武器と卓越した回避術には注意されたし。
・斬り刻むヤナギ(ヤナギ・ザ・スラッシャー)
性別:女、年齢:不明、種族:人間、クラス:浪人、流派:夢想流(?)
*居合いの達人にして賞金首。彼女に腕や足を斬り飛ばされた者もいるらしい。
・研ぎ澄ますカエデ(カエデ・ザ・シャープン)
性別:女、年齢:不明、種族:人間、クラス:浪人、流派:不明
*弓使い。だがそれよりも本人の権謀術数に注意されたし。
アークフォン家領主の娘、ルネ・アークフォンより』
●リプレイ本文
―目的地までの道中にて
「ううん、やはりそうそう上手くはいきませんね‥‥」
セイロム・デイバック(ea5564)はスィニエーク・ラウニアーからの手紙を受け取ると、はぁ、と小さくため息をついた。
「流石は悪の親玉、ってところかしら? 自分から尻尾を出すようなリスクは極力避けていたんでしょうねー」
セイロムの肩越しに手紙を覗き見ていたプリム・リアーナ(ea8202)が彼の感想に続く。手紙には今回の作戦で役立ちそうな情報はなく、スィニエークの謝罪の一言が添えられていた。
●敵アジト前にて
湖畔に幻影のように佇む灰色の城。それを眺める13の影。
「嬢よ。わしらは嬢が戦わずとも良いように戦っておるのだ。だのに嬢を戦わせるようでは‥」
「ありがとう、ローシュのおじさん。でも、やらせて下さい。わたしならきっと大丈夫だから」
ローシュ・フラーム(ea3446)の説得はもっともだ。依頼人である彼女を戦わせるようでは冒険者として‥‥。しかしそれ以上にルネの決意は固く、彼女の微笑みにローシュはついぞ自分の意見を引っ込めるしかなかった。
「‥よし。ルネ、頼みがあるんだが‥‥」
会話が途切れると同時に、相麻 了(ea7815)がおずおずと話を切り出す。
「はい、なんでしょうか?」
「俺と一緒に、後詰組の方にまわってくれないか? お前の後ろは俺が守‥‥」
「ふむ‥。貴方には貴方なりの考えがあるのかもしれませんが‥」
言いかけたところで、ファル・ディア(ea7935)が相麻をいさめた。ルネの役割について、意見の相違があったようだ。2つの意見に挟まれて居心地悪そうに戸惑うルネだが‥。
「おい、小僧。傍にいてやるだけが『守り方』じゃあねえぞ?」
その問題はジョシュア・フォクトゥー(ea8076)の一言によって吹き飛ばされた。相麻は言い返す言葉がないのか、反対の意見を述べる代わりに頷いて納得した事を示す。
「さ、話もまとまったみたいだし、私は一足早く行かせてもらうわよ? 陽動お願いね」
ぱん、と手を叩いて九重 玉藻(ea3117)は話をまとめると、そのまま素早く城の北側を目指して駆け出した。
「わ、私たちも急ぎましょう‥。いよいよ決着を‥‥つける時‥です!」
遠慮がちに意気込むエレ・ジー(eb0565)に皆は頷くと、小走りで城の正門へと伸びる橋へ足を踏み入れた。いよいよ決戦の時である。
●橋上の殺人姉妹
冒険者らが橋を数m進んだその時、何も前触れもなく突然彼等の目の前に矢が突き刺さる。
「ッ!!?」
条件反射的にフェイト・オラシオン(ea8527)は後退し、矢が飛んできた方を凝視する。そこに奴はいた。
「冒〜険〜者ァアァ〜〜〜‥‥‥‥ッッ!!!」
殺人姉妹が妹、研ぎ澄ますカエデが城のテラスのようなスペースで部下とおぼしき者達と共にこちらを睨みすえている。憎悪と憤怒で歪んだ顔は遠くからでも容易に確認できた。
「っ! ヤバイよ、これじゃあ一方的すぎる‥!!」
ルクミニ・デューク(ea8889)は飛んできた矢をなんとかなぎ払いつつ、舌打ちする。しかしカエデらはここぞとばかりに矢を雨のように降らせてくる。鎧や盾で身を守れる者が壁となって矢を防ぐが、このままでは前進すらままならない。
「それなら‥‥ッ!!」
この局面で何を思ったのか、相麻は後退して仲間から離れ、印を結び忍術の発動にはいる。完成した術は『微塵隠れ』、それの意味するところは‥‥。
「ッッ!!?」
とどろく爆音。橋に響く振動。次の瞬間、相麻はなんとカエデの目の前に移動していた。これには流石のカエデもド肝を抜かれた。だが、その場に居合わせた全員の硬直時間をジョーカーは逃さない。
「人間砲弾、喰らいやがれぇぇ―――ッ!!!」
「ぐっ‥、がっ!!? こ、んの野郎ォォォッッ!!!」
カエデに渾身の体当たりをかまし、そのまま倒れこんでの殴り合いとなる。だが彼女の傍には一緒に矢を放っていた部下がいる。急いでこの道化者を引き剥がして殺害すべく駆け寄るが‥。
「お行きなさい! エリザベスッッ!」
そうはさせぬと巨大な蛙が相麻の助太刀に入る。蛙に指示を出す形で九重もその場に姿を現し、にわかにテラスは乱戦状態となる。
「プリムさん、彼等の援護に!!」
「合点承知ぃ!」
ファルのグットラックと指示を受け、氷夢の魔女は天に舞い上がる。飛翔しながら詠唱を完了させると、早くも敵の一人を氷の棺へと封印してしまった。
「よっしゃ、あの小僧、やりやがったぜ!!」
今こそ勝機。パチンと指を鳴らしてジョシュアは全速力で正門へ近づき、他の者も遅れまいとそれに続く。そしてその正門に差し掛かったまさにその時だ。
「‥‥‥」
殺人姉妹が姉、斬り刻むヤナギは仁王立ちの状態で冒険者達を待ち受けていた。自分の倍はあろうかという門を背に、獣じみた殺気を放って堂々と佇んでいる。これだけの冒険者の数を前にしても、まるで怯む気配がない。
「‥よう、久しぶりだな」
「貴様か‥‥。まさかダンシングドールと共に現れるとはな」
まるで十年来の友人のように、ジョシュアとヤナギは言葉を交わす。
「今回はお前と戦うんじゃなくて、ふざけた組織を潰しに来ただけだ。泥船に乗ってないで、さっさと撤退したらどうだ?」
「‥。フン、相変わらず口の弾む男だな、お前は」
何故か楽しそうにヤナギは口の端で笑うと、流れるような動作で抜刀して構えた。退く気はないらしい。
「‥こいつは俺とルクミニでくい止める。他は先に行け」
ハルバードで空を切り裂き、ジノ・ダヴィドフ(eb0639)はルクミニと共に一歩前に出る。
「たかが2人で私の足止めとは、舐められたものだな。‥‥いいだろう。斬り、刻んでやる!!!」
ヤナギは体を前に傾けると、咆哮をあげて冒険者たちに襲い掛かってきた。
●無音の殺人蜂
「さあゆくぞガスパール! 武闘会の始まりだ!!」
門が粉砕されると同時に、ローシュは大声で城の中へ叫んだ。後ろでは既に金属同士のぶつかり合う音が聞こえてくるが、振り向いて構っている暇はない。
「さあ、奥へ急ご‥‥」
「危ないっ!!」
「!?」
エイジス・レーヴァティン(ea9907)が一歩踏み出した途端、エレが大声をあげる。驚いて身を引いた瞬間、彼のヘビーヘルムは何かがぶつかった衝撃で大きく鳴り響いた。
「‥レオナール!!」
ルネが見上げた先の天井に、そのシフールの男はいた。殺人蜂、突き通すレオナールは何の前触れもなく冒険者達の前にその姿を現した。
「さてさて、ここはわしの出番というわけだ‥。かかってこい、『どくむし』め。ヒトの心を捨てたおまえは只の害虫じゃわい」
「‥‥‥」
レオナールは頬の端を歪ませて笑うと、自分の武器に毒を塗り直して突撃の構えをとる。一撃で相手を仕留めてやろうと見開いたその目は凶悪な肉食獣のそれに近い。
「ローシュさん、気をつけてください‥。あの男‥‥」
「わかっとる、どうせ魔法か何かじゃろう。飛行しておるのに音一つ出さん」
セイロムが感じた違和感の正体はローシュもしっかりと理解していた。目の前のシフールは羽音一つ出さない、ついでにいえば、まだ『一言も喋っていない』。
「なるほど、だから『無音の殺し屋』ってわけかよ‥‥」
忌々しそうにジョシュアは敵を見上げる。レオナールは冒険者達の会話に満足そうにニヤけると、そのまま急降下して襲い掛かってきた!
「行きましょう! 皆さん!」
それと同時にルネが駆け出す。一同はそのまま‥‥いや、1人を除いて上を目指して階段を駆け上がっていった。
「ふむ、助かったぞ。わしはこいつの相手だけで‥おっと! 精一杯になりそうだからな」
「‥おかまいなく。どうせ地下も調べる手はずだしね」
エイジスが見つめる先の廊下から、人形達がじわじわとにじり寄ってくる。だがそれがどうしたというのだろうか。
「『人形』、か。まったく、とんでもないことをしてくれるよね‥‥」
エイジスの心が澄み渡って‥否、『凍り付いて』ゆく。
エイジスを敵と認識した彼等は武器を取り出し、音らしい音もたてずに、影のように突進してきた。
「今から僕が教えてあげるよ‥‥。天然の殺戮人形が、どれだけ『ロクでもない』モノか」
何かのスイッチが入ったように、ヘビーヘルムの奥に光る瞳が赤色に変色する。
「覚えテおけ。コレがオマエ達の死神ダ」
●女の末路
一同が2階のテラスに差し掛かったとき、まだ戦闘は続いていた。
「ぉおおおおおおおおおっッッ!!!」
セイロムのチャージングが炸裂し、敵の1人をテラスの手すりにまで叩き飛ばす。待ちに待った増援の登場に、仲間である冒険者たちは喜びを隠せない。
「っ! この、次からつ‥‥‥!!」
カエデは言いかけたところで口を止める。その視線の先にはフェイトの姿が、あの瞳、あの表情、忘れるものか。怒りが脳髄を駆け巡り、狂おしく暴れまわる。
「フェイトォォォォ―――――ッッッ!!!」
「カエデェ―ッッ!!」
この距離なら自分が先に攻撃できると判断したのだろうか、カエデは弓矢を構えようとする。だがその判断こそが間違いだったのだ。
「‥づっ!? あ、な‥‥!?」
距離を縮める音速の一撃。フェイトのソニックブームがカエデの腕から紅い血を滴らせる。
事態を理解しようと、硬直してしまったそのごくわずな時間の間に、フェイトは既に十分な接近を完了せしめていた。
「がっ‥‥あ‥‥‥ぐ‥!!」
こうなると勝負は一方的なものだ。部下のほとんどを無力化され、複数の敵に近づかれたとあっては、彼女にできる事など、冒険者らの一撃一撃を甘んじて受けていく事だけだった。
「私の友達を弄んだあなたたちは、絶対に許しません‥‥!」
とどめとばかりにエレのロングソードが振りぬかれる。カエデは転がるようにテラス際まで打ちつけられた。ごふ、と胃の中のものをもどす。
「は、はははは‥‥。あはははは‥‥‥」
―負ける。負ける。自分は負けてこのまま無残に殺されるのか
己のあまりに無様なが醜態がおかしいのか、カエデは壁に背をまかせ、ふらふらと立ち上がって突然笑い出す。
「な、何がおかしいのよ!!」
相手の異常な反応に、思わずプリムが怒鳴り散らす。が、カエデはそれには応えない。
「はは‥ははははは‥はは‥。負ける。ありえない。ありえない。私が‥私が‥‥‥」
「! 待ちなさ‥‥!!」
九重が声を上げた時には既に遅し。
―カエデは、テラスから、飛び降りた
●流れゆくもの
その薄暗い部屋は明かりをともしていなかった。窓から差し込む光だけが、埃を7色に光らせてしとしとと部屋に降り注いでいる。
「‥‥‥」
王座のような椅子に座っていたガスパール・ウィンストンは静かに目を開いた。
「‥ガスパール」
「来たか、『ダンシングドール』」
ルネとガスパールが対峙する。冒険者らはルネを庇うように陣形を組み直した。
「‥‥『ダンシングドール』? その様な者は、もう存在しません。
ここにいるのは、『ルネ・アークフォン』。貴方がた黒薔薇逆十字に、裁きをもたらす聖女です!」
ファルの声が部屋にこだまする。その後に続く数秒の沈黙。呼吸音が聞こえる程の静寂を打ち破り、ガスパールはク、と笑い、席からゆったりと立ち上がった。
「何がおかしい!」
「いや、何‥。もしそうだとすれば、その聖女は血塗られているな、と思っただけだ」
「‥‥‥」
ルネの表情が、僅かに曇る。ファルの口から思わず悪態がこぼれるが、ガスパールは話をやめるつもりはない。
「何を‥!」
「いや、実際そうだぞ? 何せそいつは生粋の『殺人鬼』だ。こちらの出す仕事をよくこなしてくれた‥‥」
「ぐ‥‥」
ドグ、とルネは体中の血液が逆流する感覚に襲われる。ガチガチと心の歯車が悲鳴をあげて、昔の状態に戻ろうと『ルネ・アークフォン』を壊し始める。
「や、め‥‥」
「どうしたのかな、『ダンシングドール』? やはりそちらの世界の空気はお前には合わないのではないか?」
「が‥‥‥‥ぐ‥ぅ」
言葉に踊らされてはいけない。踊らされてはいけない。踊らされてはいけない。踊らされてはいけない。膝が床につく、ひどい頭痛で頭を抑えずにはいられない。
「無理をするな。しても無意味だ。何故なら、お前は‥‥」
ガスパールが言いかけたその時、冒険者らが前に出る。
「‥‥ぁ」
「‥‥‥‥」
ジョシュア、相麻、エレは無言で武器を構えている。その背中は無条件で頼もしく、勇ましい。乱れた呼吸を整えながら、ルネはそんな事をぼんやりと思った。
「おい、小僧‥‥」
ジョシュアは横に立つ相麻を見ずに話しかける。怒りで声の末尾が少し震える。
「何だい‥?」
「あいつ、やっちまおうぜ」
1秒とない沈黙。
「‥‥奇遇だね」
他の仲間も、それぞれ戦闘態勢に入る。
「丁度、俺もそう思っていた」
●終局の一撃
「ッッ!!?」
「がっ、ぁ!!」
「〜〜〜〜!」
どしゃっ、ごしゃっ、ばぎっ。肉の飛び散る音、骨の砕ける音が廊下に響く。
「 」
エイジスの心はほとんど空に近い。狂化した彼はひどく無機質に武器を振るい、何の感慨もなく単純作業的に殺戮を繰り返している。
「 」
「ぬっ‥‥ぐっ!」
全身に鉄をまとった彼に、有効な打撃を与えられる者はほとんどいなかった。鋼鉄の処刑人を目の当たりにして、敵はなすすべがない。
「 」
「‥‥!!!!」
最後の人形が絶命する。
「 」
大量の汗が蒸発しているのか、エイジスの鎧の隙間からは、白い湯気が立っている。血濡れの廊下で、彼は静かに静かに佇んでいた。
「がぁぁアアアアアアアッッッ!!!」
「はあぁあっっ!!」
橋上では、未だに死闘が繰り広げられていた。ルクミニ、ジノが渾身の一撃を繰り出せばヤナギはそれを回避し、ヤナギが電光石火の勢いで切りかかればジノがそれを真っ向から弾き飛ばす。
橋の手すりには上から落ちてきたカエデの血がべったりと付着し、壊れた人形のように当人は橋の隅に横たわっている。
だが、その光景を見てもその姉はまるで臆する様子も無く、目の前の殺し合いに集中しきっていた。
「このっ!!」
「ハッ!!」
踏み込んだルクミニの当て身をかわすと、ヤナギは一歩飛びのいた。互いの攻撃のリズムが崩れ、睨み合う形に戻る。
「は‥‥。準備運動は、これくらいでいいんじゃないの?」
ルクミニは心底楽しそうに、歌うようにヤナギに語りかける。見れば、彼女の瞳は赤くなっていた。
「この前は良い勉強をさせてもらったが‥‥。またご指導頼むぜ、『先生』」
「ク、はは‥‥」
ジノの言葉に、思わずヤナギが笑い声を上げる。だがそれも一瞬。
「‥‥いいだろう。そんなに死にたければ、殺してやる」
鞘に戻る刀。落とされる腰。地面から吹き上げてくるような殺気がぞわりとルクミニとジノを包む。
「「‥‥!!!」」
「 死 ね 」
鞘から放たれる必殺の一撃。常人ならば目で追う事も許されないその理不尽な速さ。それを‥‥。
「‥‥そこっ!!!」
ルクミニは、『見切った』。
「!!!!」
ぱん、と彼女の髪が斬り飛ばされる。頬を僅かに刀が裂くが、どうという事はない。後はこのまま、お返しするだけだ。
「ぐっ!!!?」
ルクミニの日本刀が、ヤナギの右腕にめり込む。ぎし、と骨に亀裂を入れた感触が手に響く。続くのは勝機とばかりに突進するジノ。
(「間に‥‥合わ‥‥‥‥!!」)
ヤナギは咄嗟に腰の鞘を左腕で引き抜き、受けようとする。だがそんな事に何の意味があるというのだろうか。
「ぅぉおおおおおおォォッ!!!」
ジノのハルバードは刀の鞘を打ち砕き、そのまま彼女の胸へと突き刺さった。
「――――ッッ!!!」
チャージングの勢いは止まらず、そのままヤナギを橋の外へと吹き飛ばす。
ヤナギの瞳に、自分を打ち破った2人の冒険者の姿が目に入る。驚いた顔から察するに、自分がここまで吹き飛ばされるのは計算外だったのか。
そんな事をぼんやりと考えつつ、彼女はそのまま下の泉へと落下していった。
「きゅう‥‥」
「プリムさん、しっかり!!」
壁にたたきつけられて意識を朦朧とさせている彼女に、ファルが駆け寄る。
「くっ、近づかないと‥‥いけないのに‥‥!」
「ははは! どうした、私はまだ一歩も動いていないんだがなぁ!?」
悔しがるエレをあざ笑うかのように、ガスパールは風をまといながら高笑いする。彼が腕を振るうたびに放たれる暴風は冒険者が接近する事を許さない。
「こンの野郎、言わせておけば‥‥!」
凄むジョシュア、だが台詞とは裏腹に、体の動きが鈍い。どうやらガスパール護衛の人形が潜んでいるようだ。
皮膚が鉛になったかのように、関節が曲がりにくくなっている。
「‥‥‥‥」
突然、それまで笑っていたガスパールが急に無表情になる。
「ルネ‥!」
それまでうずくまっていたルネが立ち上がったのだ。彼女の背をさすっていたフェイトは思わず驚嘆の声を上げる。
「‥‥ダンシングドール」
「ガスパール‥私は‥‥‥」
銀髪の少女は自分のショートソードを抜き、両手でそれを力強く握り締める。
「私は‥お前を、倒す!」
「ほざけ!!!」
放たれる暴風、それがルネを吹き飛ば‥‥す事はなかった。
「何っ!!?」
「フェ‥‥イト」
ルネの左にフェイトがたち、彼女の腕を支えて一緒にショートソードを握っている。
「ルネ‥。私に戦う意味を与えてくれた事を感謝する‥‥」
目を白黒させるルネ。気がつけば、今度は右から自分の武器を握る手が。
「や〜れやれ、惚れた弱みかね‥」
誰に言うともなく、相麻は自嘲気味に呟く。それが彼女の耳に届いたかどうかは定かではないが。
「何の冗談だ、貴様らぁ!!」
吹き荒れる風。その風を一本のショートソードが切り開き、活路を開く。
「‥‥ぁっ!!」
足をすくわれ、後方によろめく。が。
「ルネさん‥。大丈夫‥ですよ! 私たちが‥‥支え‥ます!」
今度はルネの背中をエレが支えた。4人はがっちりと団結し、より勢いを強める風をものともせずにじわじわとガスパールに近づく。
「おの‥れっ!! 来るなぁ!! 近づくなぁぁぁ!!!」
今度は真空の刃が飛んできた。頬を、耳を、肩を、腕を。容赦なく刻んでいくその風さえも無視して。
「‥‥おいっ! どうした、お前たち、早く援護を‥‥!」
よろよろと後退し、潜んでいる部下たちに指示を飛ばす。だが、代わりに暗闇から出てきたのは九重とセイロムだった。
「潜伏、援護は忍者の専売特許。あなたの人形さんたちはもう起き上がらないわよ?」
「悪は栄えても、いつかは滅びるものなのですよ‥‥。チェックメイトだ、ガスパール」
ひきつり、歪む、ガスパールの顔。次の瞬間には、ずぶりという衝撃と共に視界がぐらつく。
「が、あ‥‥」
ルネのショートソードが、彼のわき腹に突き刺さっていた。
「お‥の‥‥れ」
エレの追撃、フェイトの追撃、相麻の追撃。九重の追撃。セイロムの追撃。
(「お‥‥のれ!」)
せめて一撃。反撃しようとするガスパールの視界に今度はジョシュアの姿が飛び込んでくる。
「〜〜〜〜〜!!!」
炸裂するボディブロウ。ぱくぱくと口をあけてよろめくガスパールを更に掴み、懐に引き寄せる。
「あばよ、ガスパール。お前は死んどけ」
「や、メ‥‥‥‥!!」
コナン流絶技、スープレックスが完成する。ガスパールを軽々と持ち上げると、ジョシュアはそのまま相手を顔面から椅子に叩きつけた。
●エピローグ
「ふむ‥‥」
ローシュは手の感覚を確かめるように、手を結んだり開いたりして壁によりかかって座っていた。
彼の目の前では、かつてレオナールと呼ばれていた肉の塊が転がっている。解毒剤がなければ、相打ちになっていただろう。
「地下には何もなかった‥‥空っぽの牢屋があるだけだったよ」
血にまみれた鎧姿のまま、エイジスは難儀そうにこちらに歩いてきて、隣に座る。
「そうか、後は敵から直接聞くほかなくなるだろうが‥‥」
「‥どうだか。手加減できるほど弱い相手でもなかったしな」
いつの間にか、ジノとルクミニもそこにいた。全員が疲労困憊の状況で、呼吸するのも億劫といった状況。帰りの徒歩があるかと思うと、心が重い。
「本当によいのですか? シルバーホークや黒薔薇逆十字団がこのまま黙っているとは限らな‥‥」
「‥ありがとう、ファルさん。でも、わたし帰らないと。約束したから、『必ず戻ってくる』って」
ファルはその後も何かを言おうと口をもごもごさせていたが、やがて観念するとため息をついて同意した。
「わかりました‥。ですが、何か異常を感じたら、すぐにギルドにまで依頼を出してください。駆けつけますので」
「ええ、その時はもちろん。頼りにしちゃいます」
「まかしてくれよ、ルネ。黒薔薇逆十字団、いずれ最後の一輪までこのジョーカー様が狩ってやるサ」
ふふんと意気込む相麻にルネはにこりと笑顔で答える。今回を含め色々と傷を負ったが、それでも彼女の笑顔はこうして守り抜く事ができた。
「ルネさん。こ、今度一緒にお茶とか‥飲みましょうね‥‥。その時は、手作りのヌイグルミを持っていきますから」
「うん、ありがとう。しばらくして落ち着いたら、お義父さんにお茶会を開いてもらえるよう、頼んでみますね」
茶会とやらは暫くおあずけになりそうだが、約束はできた。さて、エレは早速この冒険から帰ったらヌイグルミの製作にとりかかるのだろうか?
「‥‥‥」
橋の下を、ジョシュアが何か探すように覗き込んでいる
「何、どうしたの?」
彼の挙動に疑問を感じた九重が尋ねる。
「あいつの‥‥。ヤナギの死体がねえんだ」
「ジノさんのハルバードが胸に突き刺さったんでしょう? 確認するまでも無く、死んでると思うけど」
九重の言うことは最もだ。それに万が一生きていたとしても、この湖を泳いで、負傷した状態で岸までたどり着けるのかはかなり怪しい。
「ああ、そうだ。そうなんだが‥‥」
なんとなく、生きている気がする。言おうとしたが、その言葉が喉から発せられることはなかった。
「さ、早く帰りましょう! アイスコフィンでとっ捕まえた悪党から聞く事もあるしね!」
プリムの言葉に皆が頷く。
こうして、踊る人形姫を巡る一連の事件は取りあえずの幕を閉じた。
血の人形姫 ―完―