【血の人形姫】ほどけない鎖
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■シリーズシナリオ
担当:夢想代理人
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 43 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月17日〜03月27日
リプレイ公開日:2005年03月24日
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●オープニング
―もう何も考えられないよ、ごめんなさい。
―生きていてごめんなさい。
「や、やめ‥‥!」
目の前の男は血を流して、命乞いをしている。既に足の腱が切断されて立てない状態のようだ。
だが何も感じない。返り血を浴びたルネは天使のように優しい微笑みをうかべかたと思うと、次の瞬間には踊るような手さばきで男を八つ裂きにした。
「‥見事だな」
その様子を見ていた男はほう、と感嘆の息を漏らす。常軌を逸した殺人訓練。
「ここまで手際が良すぎると、練習台を探すのも一苦労ですよ‥。盗賊の類だって有限なのですから」
男の脇にいた部下とおぼしき者が苦笑する。殺してもなるたけ社会に目をつけられぬ者たちを選んでいるという事か。
「‥‥‥」
ルネはなつかしい血の匂いにまみれると、その場にぼんやりと立ち尽くしていた。殺すたびに自分の心が凍てついていくのがわかる。これが嫌で逃げ出したというのに、また戻ってきてしまうなんて!
しかし内面とは裏腹に、顔は相変わらず微笑をたたえている。かのシフールの男がいったように、本能はこれを楽しんでいるとでもいうのだろうか?
「それまでだ。ルネ、戻るぞ」
彼女の思考は男の声に遮られた。ルネは無言で振り返えると、とぼとぼと彼等について行く。
月光に、彼女の銀のネックレスが煌いた。
●???
「‥でかしたぞ、レオナール。よくやった」
眼光鋭き中年の男は、目の前のシフールの男にそう言った。
「ま、僕にかかればこんなものさ。冒険者の連中はなかなかに邪魔だったけど、ね」
フフ、とレオナールは得意げに笑い、横目でいまいましそうに顔をしかめているかの殺人姉妹に視線を移す。
「ええ、ええ。見事な手際でしたよ、レオナール『さん』」
嫌味たっぷりにカエデが微笑みながら言い放つ。ギスギスした空気に中年の男は少し顔をしかめると、話題をダンシングドールの事へと引き戻す。
「‥それで、調整の方は順調なのか?」
「順調、順調。大の大人たちがまるで子供扱いさ。あんまり殺すから、今は休ませてるけどね」
「ほう‥。アレが脱走した時には、シルバーホークの連中に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが‥。ならば問題はないな」
男は満足げに呟き、くぐもった笑い声を上げる。
●アークフォン家・屋敷内にて
「ルネ‥! ルネ‥! どこへ行ってしまったんだ、ルネ!!?」
牢獄のような石の館の中、オーギュスタン子爵は何かにとりつかれたかのように屋敷内を徘徊している。今朝から愛すべき自分の娘の姿が見えないのだ。
「ルネ! どこだ、ルネ!?」
屋敷を駆けずり回る哀れな男の姿。彼もまた、何かの妄執に操られているのか。
「‥‥?」
息を切らして、少し休憩をいれたその時だ。彼はテーブルに置かれていた手紙の存在に今更ながら気がついた。まさか娘から。はやる気持ちを抑え込んで、ゆっくりと封を開く。
「こ、これは‥!?」
●冒険者ギルドにて
「依頼だ! 依頼を出したい!」
唐突に彼は現れた。オーギュスタン・アークフォンは荒々しくドアを開けると、カウンターにいたギルド員の女性にいきなりそう切り出した。
「これはこれは‥オーギュスタン子爵殿。何事ですかい?」
「娘が‥! 私の娘が‥!!」
言葉の続かないオーギュスタンをギルド員の女がどう、となだめる。気を取り直したのか、彼は懐から手紙を取り出すと、おもむろにこう言った。
「娘の身に何かがあった‥。きっと私の娘を奪いにきた連中だ! 今すぐに冒険者を派遣し、娘を取り戻して欲しい!」
依頼人曰く、手紙は彼の娘ルネが書いたものらしい。地図には『ある建物』までの道と、その内部の特徴が書かれていた。
・いしづくりのたてもの。にんぎょうをつくるところ。くんれんじょう
・つうろはひろくてもさんめーとる
・ちかにある。いりぐちだけちじょうにある
・じゅうにんいじょう。くんれんちゅうのにんぎょうがいる
貴族の娘が書いたとは思えない程の、かろうじて読み取る事ができるくらいの酷い字だった。
そして、その手紙の最後には、消え入るように小さく次の言葉が。
『たすけて‥‥』
●リプレイ本文
―空に、鈍い激突音が響く
セイロム・デイバック(ea5564)によるウーゼル流が絶技、チャージングは見張りの男の胸部を捉え、そのまま階段の下へと相手を叩き落した。相手は悲鳴をあげるまもなく気を失っただろうが‥。
「これで、私達の侵入も気付かれたわ‥‥」
漆黒の戦闘装束に身を包んだフェイト・オラシオン(ea8527)は小さく舌打ちする。もっとも、正面から敵のアジトへと侵入するしかなかった彼女らにとっては、遅かれ早かれ気付かれる事など承知の上だ。
「せいぜい気付かせてやればいいさ。こっちは出来る事をやるだけだ。 ‥ルクミニ」
「わかってる。私が先に攻撃するから、ジノはそれに追撃してよ」
ジノ・ダヴィドフ(eb0639)が言い終える前に、ルクミニ・デューク(ea8889)はわかっているといわんばかりに前に出る。冒険者一行は既に戦う準備を完了している。後は、つき進むのみ。
「‥さあて、それでは行くとするか。魔法が出るか、矢が出るか」
「俺は、できれば、カワイコちゃんに出てきて欲しいところだけどねえ」
ローシュ・フラーム(ea3446)に相麻 了(ea7815)が飄々とした調子で答える。ローシュはこの道化め、と苦笑するとそのまま武器を握りなおして階段を降りていった。
●地下通路のの狂気
戦いはすぐに始まった。15m程進んだ先のT字路に差し掛かった途端、左右から複数の殺意を持った影が襲い掛かる。通路の左から来る敵をジノとルクミニが、そして右から来る敵をセイロムとローシュがそれぞれ迎え撃つ。
「みなさん、しっかり!」
ファル・ディア(ea7935)のグッドラックがセイロムとローシュにもかけられる。祝福を受けた戦士達は未完成の『人形』‥‥と呼ばれる敵の戦士たちを次々となぎ倒していく。
「この戦いは‥‥負けられ、ないんです‥! 負けられない‥でも‥‥!」
最初に、とある『違和感』に気付いたのはエレ・ジー(eb0565)だった。いや、後方で共に待機していた相麻やフェイトも、気付いていたかもしれないが。
「ぐぅっ!」
「!? こいつ‥‥」
ジノの当て身によって壁に叩きつけられた敵の一人が声を漏らした時、その違和感は確信へと変わった。
「『不完全』なんだ‥‥。 コイツら、『まだ』人形じゃない‥!!」
ジノの言葉を代弁する形で相麻が声を荒げる。よくよく見れば対峙している敵は少年少女と言ってもいいような年頃の者ばかり。それぞれの顔には明らかに、殺し合いに対する恐怖ととまどいがある。
「それなら、話が早いわ‥‥!」
ルクミニはノーマルソードで敵の攻撃を弾いた瞬間後方に飛びのき、眼前の怯えながらもこちらに向かってこようとする不完全な人形達に喝をいれる。
「武器を捨てな!! そうすりゃ命まではとらない! ‥‥いや、私たちはむしろ『あなた』達もここから助け出せるわ!!」
その言葉を合図に、一斉に彼等の動きが止まる。明らかに動揺しているとしか思えない。なるほど、確かに彼等は訓練途中の兵士。それにこんな所に好き好んで入ったとも思えない。ならば‥‥。
「‥‥どうした、お前達? 何故、敵を、殺さない?」
だが、言葉の一句一句をかみ締めるように、薄暗い通路の先から男の声が響く。それがスイッチ。
人形のなりかけ達は一斉に血の気をひかせたかと思うと、今度は冒険者達に戸惑う事なく武器を構え出した。
「‥‥。まだこの位置なら、後ろからの攻撃を心配しなくてもいい‥それよりも」
たん、とフェイトが軽く前に飛び、前に進む。その視線はずっと通路の先、姿の見えない敵に合わせていた。
「指揮する者を先に倒すのは戦の王道‥‥。血路は開きます」
「ぬかるなよ、嬢。ここにいる者どもを蹴散らしたら、わしらもすぐに追う」
セイロム、ローシュは武器を構え直し、人形達が塞ぐ通路を粉砕せんと堂々と進軍する。反対側の通路にはエレがジノとルクミニの援護にいき、通路を固める。相麻はローシュの代わりにファルの護衛を担当する。
よどみない流水の如き配置の変換はここに完了した。
フェイトを守るセイロム、ローシュの突撃を合図に、戦闘の火蓋は改めて切って落とされた。
●踊る人形姫
暗く長く続く通路を、虹彩異色の少女が放たれた矢の如き勢いで駆け抜ける。空を切り裂き、壁にかけられたたいまつの炎を横になびかせながら突進する少女は、数秒もたたないうちにその瞳に目標を捕捉した。
ちゃっ、とダガーを握る音。敵は殺す。だが勢いは殺さない。通路の先、開けた部屋。そこで長い棒を持って待ち構えている相手に何の躊躇もなく襲い掛かる。
「ウォオオオオォッッ!!!!」
「ッ!!」
相手の攻撃を回避し、敵の両足にダガーを突き立てる。ずぶりという肉の確かな感触が武器越しにフェイトに伝わる。
「このガキィィッッ!!!」
だが敵もひるまない、戦闘と怒りによる興奮で痛みを感じるのはまだ先の事なのだろう。横一直線に振るわれたロングロッドが身軽なフェイトを2、3mも吹っ飛ばした。
「ぐ‥‥ぅ‥‥っ!!」
転がる勢いをむしろ味方につけ、跳ね起きる。辺りに他の敵の姿は見えない‥見えない、が。
「‥‥‥」
いる。それは、いや、『彼女は』。確実にいる。
「‥ぐっ‥あっ‥‥クソッ。俺の足を‥‥ふざけやがって!!」
目の前の男は己の傷口を見て悪態をつくが、そんな事はほとんど気にならない。フェイトはむしろ、自分を見ている『彼女』の気配を探すことに専念しているからだ。
「‥‥はぁ、はぁ。フン‥‥。そんなに死にたいなら‥味あわせてやるよ。出ろ、『ダンシングドール』、殺しの時間だ」
男がパチンと指を鳴らすと同時に、彼女は現れた。シルクのような輝きを放つ銀の髪。天使のような微笑み。‥‥誰が間違えるものか。
「‥‥ルネ」
ルネは答えない。代わりにそれぞれの手に持ったショートソードを構える。
―ヤバイ
フェイトの心臓の鼓動が速度を上げる。
「ルネ‥!」
ルネは答えない。代わりにフェイトとの間合いを詰め始める。
―この状況で、対峙してはいけない
フェイトの本能が警鐘を鳴らす。
「‥!!」
―に げ ろ !!!!
(「頼む‥間にあってくれ!!」)
ファルや他の仲間達が全速力で通路を駆け抜ける。
「流石に、全員を捕獲というわけにはいかなったな‥‥!」
「まさか。あの状況、3人を生け捕りに出来ただけでも万々歳ですよ‥!」
ぎり、と歯軋りするジノにセイロムが言う。あのT字路であらかたの敵を駆逐した彼らは、一刻も早く先行したフェイトと合流せねばならない。
「あれは‥‥!?」
「‥‥嬢!!」
通路の先を指差す相麻、そして叫ぶローシュ。一同が見たのは、左腕をザックリと斬られたフェイトがルネの猛攻を受け流しながら必死に後退する姿だった。
「ルネさん‥ッッ!!」
叫ぶエレの声も今はむなしい。ローシュ、セイロムは転がり込むようにルネとフェイトの間に割ってはいると、それぞれのライトシールドをかざして壁の如く立ち塞がった。
火花が飛び散った瞬間、彼女は間合いをとり直すべく後方へ飛びのく。
「動かないで下さい、今手当てを‥‥!」
倒れこむようにしてこちら側に戻ってきたフェイトをファルは受け止め、後方に下がらせるとすぐにリカバーの詠唱を始める。血の滴る武器を持ったルネは攻めるでもなく、退くでもなく、漫然とそれを眺めている。
ねっとりとした嫌な沈黙。しばらくして通路の先からは武装した敵の指揮官と思しき者が2名現れ、冒険者たちと対峙する。
「‥‥。ルネ様、戻りましょう。オーギュスタン様は貴方の事を酷く心配されていました‥‥勿論、私達もです」
セイロムは放っていた殺気を抑えると、本当に誠意を込めてそう言った。
「オー‥‥ギュス‥タン」
微笑していたルネは急に無表情になると、その名前を反芻した。目は虚ろで、視点は宙を彷徨っている。明らかな動揺。
「馬鹿! 何をやっている『ダンシングドール』!! そいつらを殺すんだ!! 『務め』を果た‥‥ッ!! この野郎!!」
「ルネ、あんた、こういう事が嫌だから、手紙残して私らやオーギュスタン子爵に助けを求めたんだろ!?」
「誰がなんと言おうと、お前がコッチにいたいならそれでいいんだ、ルネ!!」
ルネを暗黒に引きずり込もうとする敵にルクミニ、ジノが斬りかかる、つばぜり合いの状態のまま、2人はそう叫んだ。
―ああ、何でこの人たちは‥‥
倒れるような前のめりの姿勢で加速し、ルネは飛びかかる。
「!!!?」
武器は弾かれなかった、見ればエレが体を張って受け止めている。武器は抜かせない、そのままルネの腕を掴み、今にも泣きそうな顔で、痛みをこらえながらエレはふんばる。
―何でこの人たちは‥‥
「本人が償いを望む以上、赦されない罪などありません! 暗殺行為を嫌って組織から逃げ出したアサシンガールは、貴女だけでは無いんです!」
普段のおっとり具合などどこ吹く風、ファルは必死の剣幕で囚われた人形姫に叫び続ける。
「戻って来て下さい、子爵も、そして私達も貴女が帰って来るのを待っているんです!」
―何でこの人たちは‥‥
フェイトもよろよろと歩を進め、ルネが目をそらしたくなるほど真っ直ぐな視線で彼女を見据える。
「過去の鎖があなたを縛るのであれば‥‥、私はあなたの‥過去を断ち切る刃になる事を誓う‥‥」
冒険者たちは、ルネの今までの経験から培われた常識という常識が通じない存在だった。『わたし』を殺すでもなく、拘束するでもなく、ただ受け入れてくれるというのはルネにとって完全に異常な対応。
次いで、思考がショートしかかった彼女にさらなる追い討ちがかる。柔らかい、暖かい感触。仰天して我に変えると、ルネはエレに抱き寄せられていた。
「思い出して‥。あの日みたいに、ちゃんと、ちゃんと笑って‥‥。張り付いた悲しそうな笑顔なんて捨てて‥。大丈夫、怖くないです‥皆、それを望んでいるから‥‥」
我慢していた涙で顔がぐしゃぐしゃのエレはそれでも強がって、優しく笑っていた。ビシ、とルネは自分の顔に亀裂が入ったような感覚を体験する。
―ああ、何でこの人たちはこんなにまっすぐなのだろう
「なんで‥‥」
口から出たのは疑問の言葉。
「なんで‥わたしに‥‥こんなに‥‥」
「俺たちみんな、ルネの事が『好き』だからさ。損得なんて関係ないんだ」
相麻の屈託のない笑みがルネの目に飛び込む。ああ、そうか、そうなんだ。世界にはこんな人たちがいるのか。
ああ、目元が熱い。いけない、涙がこぼれる。きっと今泣いたらもう止められない。
「ルネさん‥‥。泣いても‥‥、いいんですよ?」
―否、『ここで』泣き崩れてはいけない
ルネは突然エレの胸元から離れ、口を横に強く結び、表情を一瞬押し殺す。
―『わたし』にはまだ、やらなければならない事がある
ルネの次の行為に冒険者はもちろん、敵さえも驚いた。彼女は‥‥。
―『わたし』は『自分の意志』で、人形である事に対して明確に反逆しなければならない
ルネは片手で後ろ髪を纏め上げると、ショートソードでそれを切り落とした。
「な‥‥」
時が硬直する。長かったルネの髪は地面にはらりと舞い落ち、戒めの儀式を終えて短髪の少女となったルネは振り返ってかつての味方‥黒薔薇の操り手たちを臆することなく目で捉えた。
その視線に恐怖はなく、憎しみはなく、奢りもなく。故に黒薔薇の者たちは戦慄する。
「ぐ‥‥う‥‥」
「消えなさい。そしてガスパールに伝えなさい。『ダンシングドール』は死んだ、と」
「ルネ!!」
冒険者の誰ともなく声をあげる。ルネは自分の髪と同時に、自らの心を縛る鎖を断ち切ったのだ。ルネはどこまでも透き通った微笑みを返すと、向き直ってさらに言葉を続ける。
「この国から出て行け、黒薔薇逆十字。さもなくば、わたしと、冒険者のみんなが、あなた達を滅ぼすわ」
ここまで気持ちよく言い切られて、どう戦えというのか。生き残った敵は情けない声をあげて脱兎の如く逃げ出していく。
「うむ。我らは、人形の飾りとして贈り物をしたのではない。その品は生き生きとした嬢にこそふさわしいな」
ローシュは満足げに笑いながら、この戦いの勝利を確信した。自分の目の前には『ダンシングドール』の姿はなく、ただ『ルネ』という少女が大切そうにネックレスを握り締めて泣き、笑っている。
さあ、屋敷へ、帰ろう。