【禁じられた記憶】さいご

■シリーズシナリオ


担当:夢想代理人

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:07月02日〜07月09日

リプレイ公開日:2005年07月08日

●オープニング

 ―身寄りのない姉妹を引取ったのは、名もない居合い使い。

 ―自分の芸を披露しては、二束三文を稼ぐのがやっとの男だった。

 ―男は姉に自分の居合いを、そして妹には弓術を仕込んだ。

 ―かくて姉はその技術で人殺しの味を覚え、妹は弓術と持ち前の権謀術数で人を騙す事を覚える。

 ―男はひどく悲しんだ。

●泥棒横丁のとある安宿にて
 街はいまだ朝霧に包まれ、静まり返っている時刻。かの賞金首ヤナギはぼんやりと寝ぼけた体を起こした。
 昔の夢を見ていたらしい。遠い、遠い昔の事を。
「‥‥‥」

 ふと、テーブルに置かれた手紙に目をやる。つい先日、冒険者から手渡しでよこされたものだ。中には月道の利用チケットと流麗なジャパン語で書かれた文章。
(「ジャパンに帰れ、か‥‥」)
 目を細め、あの男の表情を、周りにいた冒険者たちの姿を思い返す。さてはて、どのようであったか。
「‥‥フン」
 ヤナギは柄にもない自分の様子を一瞥すると、さっと服を羽織ってロングソードを手に取った。もうあの日本刀はない。居合いは使えないのだ。この服も、武器も、全てノルマンで手に入れたもの。
「‥帰るところなど、もう‥‥」

●『稲妻の猟犬』本営にて
「姐さん、ギルドへのリークは完了しました」
「よし‥追撃戦用意。これであいつをブッ殺すのは、天下の冒険者ギルドの『お墨付き』ってわけだ‥!!」
 傭兵団『稲妻の猟犬』団長、かぐわしきフローリアは自分の得物の手入れを終えると、すっくと椅子から立ち上がった。
「ついて来な! あいつに殺された仲間の弔い合戦だ!!!」
「オオオオォオォォ―――――ッッ!!!!」

●冒険者ギルドにて
 君がギルドのドアをくぐった瞬間、以下の文面が飛び込んできた。

『〜討伐隊急募〜

 かの賞金首、斬り刻むヤナギの生存が確認された。
 現在、かの者は密貿易船を使ってイギリスへの国外逃亡を企てているらしい。

 至急、これを討伐せよ。
 *賞金首の生死は問わない』

●今回の参加者

 ea6282 クレー・ブラト(33歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7179 鑪 純直(25歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7815 相麻 了(27歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8076 ジョシュア・フォクトゥー(38歳・♂・ファイター・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8889 ルクミニ・デューク(34歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 ea8991 レミィ・エル(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0485 シヅル・ナタス(24歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0565 エレ・ジー(38歳・♀・ファイター・人間・エジプト)

●サポート参加者

レジーナ・オーウェン(ea4665)/ ブノワ・ブーランジェ(ea6505)/ 黄 麗香(ea8046)/ ジノ・ダヴィドフ(eb0639

●リプレイ本文

 猟犬は嗅ぎつける。どこまでも追跡する。必ず仕留める。
 一匹の獲物を決めたが最後。他の者になどわき目もくれないのだ、だが‥‥。

「な、なんだテメェは!!?」
「あんらぁ〜、ツレないオジさまたちィ。この了子ちゃんを見て身構えるなんてぇ」
 相麻 了(ea7815)のぶっとんだ行動には流石にかまってしまった。彼の身なりはまだしも、声は明らかに男のソレである。
 夜の港はいかがわしい雰囲気に包まれた。

「うわっ、畜生! は、な、れ、ろ‥!! このっ!」
 傭兵たちはこれが噂のハーフエルフなんとか機構なのかと一部錯乱しつつ、抱きつく相麻を必死にはがそうとする。
「いや〜ん。あ〜れ〜、お代官様〜!」

 そうして、にわかに傭兵たちの隊列が崩れだしたその時。荷台から二つの影が舞い降りた。

「ぐげっ!!!?」
「よっしゃ、いっちょあがり!!」
 ジョシュア・フォクトゥー(ea8076)の全体重をのせた拳が傭兵の首元を打ち抜く。鈍い音がしたかと思うと、殴られた傭兵は白目をむいたまま倒れこんでしまった。
「な、てめぇ‥‥ぐわっ!!?」
「某にも思うところがあってな‥許されよ」
 そしてジョシュアを背にする形で鑪 純直(ea7179)の峰打ちが相手を捉える。確かな手ごたえと同時に、傭兵は腕を抑えてうずくまった。

 クレー・ブラト(ea6282)、シヅル・ナタス(eb0485)の詠唱も聞こえるが、その姿は闇に溶け込んでいて確認することはできない。

「ッ!! 冒険者ァ!! あくまであたしらの邪魔をする気‥! ッ!!?」
 瞬間、フローリアの右足に激痛が走る。矢だ。
 飛んできた方を見れば、霞む月を背にしたレミィ・エル(ea8991)の姿が倉庫の屋根に佇んでいるのが見える。

「昨日の敵は今日の仲間というわけだ。‥‥だがな!」
 赤くなりはじめた瞳でつぶさに標的を観察し、矢をつがえる。
「野郎どもッ! 松明を捨てな! カモ撃ちになっちまうよッ!!」
 しかし女傭兵の判断も素早く的確だった。自分たちの持っていた松明を惜しげもなく海に放り投げ、闇に溶け込んで狙撃を防ぐ。

「むっ‥‥」
 接近しなければ、もう当てることは不可能に近い。レミィはそれを悟るとさっと踵を返し、ヤナギの追跡にあたっているエレ・ジー(eb0565)とルクミニ・デューク(ea8889)の後を追いかけた。


「うわぁぁぁっっ!!!!」
 宙を飛ぶ傭兵は悲鳴と共に放物線を描き、暗い口をあけた海へと吸い込まれていく。激しい着水音と共に、月光に反射する水飛沫が飛んだ。

「悪いが、こいう事だ。仲間がヤナギの首を獲るまで、俺たちと遊んでもらうぜ!」
「ふざけろォ!!」
 ナイフを突き出す傭兵の攻撃を皮一枚のところでかわし、がっしりと腕を掴む。そのまま強引に相手をねじ上げ、後はジョシュアの十八番である投げ技が鮮やかに炸裂した。

「ほうれ、おまえら仲間を助けなくていいのか? 鎧を着けたまま落ちたんだ。下手すると溺れ死ぬぜ?」
「‥‥ぐ」

「‥どきな、あたしがカタをつける」
 怯む傭兵たちを掻き分け、かの女団長かぐわしきフローリアが前に出てきた。両手でジャイアントソードを握り締めたその姿とはちぐはぐな、心地よい香りが鼻をくすぐる。

「‥仇討ちしたい気持ちも分かるけど、敢えてそんな相手に情けをかけて懐の広い所を見せた方が組織の利益になるんとちゃう?」
 魔法で散々傭兵らを苦しめたクレーがひょっこりと裏路地から顔を出す。だが、彼女の答えは彼が期待したものとは遠くかけ離れていた。
「ふざけるんじゃないよ。傭兵稼業は舐められたらおしまいだ。それにね‥仲間を殺されて大人しくしているほど、おめでたい集団じゃあないんだよぉッ!!」
「‥‥っ」
 彼女は怒っていた。それは利益を優先する傭兵団の姿のソレとはまるで違う雰囲気。そう、まるで我が子を傷つけられて怒り狂う母親のような‥‥。

「香り高き傭兵の長よ‥。心中お察しする」
「何‥?」
 今こそ、その時。純直は刀を納めて彼女に一歩歩み寄る。まったく予想外の展開に、敵も味方もにわかにざわつき出した。
「そもそもの事の発端は、ヤナギの剣‥。それに怒るのも無理のなきこと、しかし‥!!」
「‥‥‥」
「しかし、今やかのヤナギには、彼女を慕う子供らがいるのも事実。それをよってたかってなぶり殺すというのはあんまりではなかろうか!!?」
 純直の目は真剣だ。いや、鬼気迫るといっても過言ではない。その迫力に気圧され、皆がしんと静まり返って彼の言葉に耳を傾ける。
「かくなる上は、貴女とヤナギの『一騎打ち』にて、過去の一切に決着をつけるべきではないかと!!! そう、存じ上げる!!」
「な!?」
(「き、聞いてない‥。聞いてないよ、そんなの。いや、でも‥‥」)
 壁に寄りかかったシヅルは天を仰ぎ、手の平で自分の顔を隠した。だが驚くだけではいけない。問題はフローリアがどう出るかだ。

「‥‥なるほど、あんたの言いたいことはよくわかった」
「‥‥‥」
「だが、それならあたしについてきたこいつらのメンツはどうしてくれんだい?」
 フローリアの周りには、殺された仲間らの復讐を完遂すべく集まった傭兵たちの姿がある。一騎打ちでは彼らの気がおさまらないと、そういいたいのだろう。

「‥‥‥」
 純直はそれに答えず、すっと己の腰の刀を抜刀した。周囲の空気が一気に緊張で張り詰める。
「お、おいっ‥」
 女装を解いた相麻が彼の肩を叩こうとした、まさにその瞬間。

「どうか、これに免じて納得していただきたいッ!!!」
 純直は、己のどてっ腹に刀を突きたてた!
「な‥あ!!?」
 その場の一同は仰天し、思わず口を開く。だがそんな事もどこふく風。激痛で歪む顔、うすれる意識、ふきでる汗。全てを無視してそのまま刀を横に動かす。
「馬鹿ッ!! おまえ何やって‥‥!!」
 ジョシュアは急いで駆け寄り、倒れ掛かった彼の肩を持つ。その行動の凄まじさに、思わず百戦錬磨の傭兵たちもたじろいた。ただ、フローリアを覗いて。

「‥‥‥」
「ね、姐さん‥?」

 数秒の沈黙。

「‥いいだろう、ボウズ。お前の提案に乗ってやる」
「ね、姐さん!!?」
 閉じていた目を開け。かぐわしきフローリアは険しい表情で純直の提案をのんだ。驚いたのは冒険者以上に彼女の部下たちだ。素っ頓狂な声をあげて思わず彼女に詰め寄ってしまう。
「‥‥文句があるなら、あんたも腹を切ってみたらどうだい?」
「う‥‥」
 傭兵達は互いに顔を見合わせ、凍りつく。己の腹を切るなど正気の沙汰ではない。我こそはと名乗る者が現れるはずもなかった。
「‥受け取れ」
「これは‥!?」
 フローリアが投げた何かを、純直を支えていたジョシュアが受け取る。その手に届いたのは、まだ封の切られていないポーションだった。
「腹を切るのはいいが、程ほどにしておく事だね。その調子じゃあ、これから先、何回腹を切ればいいかわからないよ?」
「む‥。かたじけ‥ない」
 激痛に顔をしかめる純直にフローリアは苦笑すると、武器を片手にヤナギへの方へと走り去っていった。
 シヅルをはじめとする冒険者たちは、先行した仲間たちを信頼して、ただ彼女の背を見送るだけであった。

「ちょっとこれは‥。雲行きがわからなくなってきたね」

●最後の一撃
「ヤ、ヤナギ‥‥さん‥!」
 静かな波がくり返し防波堤にぶつかる中、エレ、ルクミニそしてレミィの3人はかの女浪人に追いついた。
 聞きなれた声に毒気を抜かれたのか、小さな苦笑の声と同時に彼女が振り返る。

「いつぞやの冒険者どもか‥。なんだ? やはり私の首が欲しくなったか?」
「と、言いたいところなんだけどねぇ‥‥」
 ルクミニはぽりぽりと頬を指で掻き、横目で仲間たちの方へ視線を飛ばす。促されるようにエレは頷くと、たどたどしい調子で語りだした。

「ぎ、ギルド‥から、貴女の‥討伐依頼を‥‥受けてきました‥‥」
「‥‥‥」
「‥で、でも。私は‥‥私達‥は、貴女の優しい笑顔を知っています!!」
 言葉を探しているのか、会話が寸断される。その数秒の静寂を打ち破ったのは、ヤナギ。

「‥甘いな、冒険者」
「ッ!!?」
 反応することなどできなかった。彼女は既にダガーを抜いて隠し持っていたのだ。狙いの先は、エレの眉間。
「こい、つ‥‥‥!!!」
 目でおえるのに動きがついていかない。ダメだ。間に合わない。いけない、殺される。ルクミニはそう思った、が。
「‥ッ!!」
 ダガーは1cmもない距離で寸止めされた。エレはまばたきすらせずに、あきれるほど真っ直ぐにヤナギを見つめてこう言った。

「貴女は、きっとこれから罪を償えます‥だから、絶対に生きて、生き抜いてください‥‥」
「‥私の、負けか」
 どこか楽しげな調子でヤナギは言うや否や、自分のダガーでばさりと束ねた後ろ髪を切り捨てた。
「な、おい‥!」
 戸惑うレミィらに、彼女は更に自分の腰に下げたロングソードを鞘ごと投げてよこす。
「これだけ証拠が揃えば、流石にギルドも死んだと納得するだろう」
「‥‥‥」

「ヤ、ヤナギさん、あの‥ジョシュアさんから伝言が‥‥」
 そしてエレは懐から月道を利用できるチケットを取り出す。その裏側にはこんな走り書きがあった。

『寂しかったらいつでも戻って来いよ。いつでも相手になってやるぜ』

「ク‥。はは、はは! ‥いや、遠慮しておこう。この国には‥‥」
 言いながらヤナギは視線を遠くに移す。つられて冒険者達もその方向をみるとそこには。

「しがらみが、多すぎる」
 フローリアの姿が。

「‥決着をつけるぞ、ヤナギ」
「‥‥‥」
 有無を言わせぬ殺気。応じなければ死ぬだけだ。だが、今の彼女には武器が‥。
「‥受け取れ」
 あった。ルクミニが差し出たるは一振りの日本刀。ジャパンの錬鉄技術の粋を集めた武器にして芸術の域に達した鉄の逸品。
「これは‥!!」
「いつぞやの、『生徒』からの『授業料』だってさ‥。まあ、そういう事」

 これならば、居合いが使える。これならば、勝てる。

「ウォォオオオオオッッ!!!!」
 けたたましい咆哮と共にフローリアが一直線に突っ込んでくる。だが、それがどうしたというのか。
(「『斬り、刻んで』やろう‥!!」)

 刀を腰に差し、重心を落とし。一撃に全てをかける。己の殺気で首の後ろがチリチリする。
 柄に手をかけ、抜刀した刹那。刀身が月光を反射して煌いた。それはまさに稲妻の如き神速の一撃。

(「過去のしがらみなど!!!」)

●エピローグ
「あ〜! もう船出ちゃったのかよ〜!!」
 相麻らが到着した頃には、もう全ての事は終わっていた。地平線に向かって進む船を見て、がっくりと肩を落とす。
「教会に戻る気もなかった。いつまでもここに留めておく理由もなくなっていたからな」
 ふうと、ため息を一つついてレミィは空を見上げる。
「いや、せっかく黒薔薇逆十字の事訊こうと思ったのにさぁ‥‥。はぁ」

「さぁて、かの者の航海に幸あれ、と‥!」
 白波の指輪を手に握り、クレーは思いっきり腕を振りぬいた。指輪はぴゅん、と空へ飛んだ後、やがて見えなくなって海へと落下していった。


 冒険者らがそんなやり取りをしている頃。船の甲板では潮風にあてられながら、ヤナギはドレスタットの街並みを眺めていた。
「‥へ、やっぱり住み慣れた場所は恋しいってか?」
 煙草をふかしつつ、船の船長と思しき男が彼女に問いかける。
「まさか‥。もうあの地に戻ることなどない。未練なぞとうに消した」
 言いつつ、懐の手紙に手を入れる。それは刀の鞘に結び付けられていたもの。

『心の霧は切り開いて払うもの。過去未来、己が剣の所業を肝に銘じて歩まれよ』

●エピローグ 〜聖オルガ教会にて〜
「そう‥。もう、全部知っているんだ」
「ええ、でも‥。子供達には、まだ言っていないんです」
 シスター・ディアーヌはそう静かに口を開いた。助けたものが賞金首である事に少なからずショックを受けたのか、その表情は暗い。

「‥‥。そうだね、それがいいと思うよ」
「はい‥。あの、シヅルさん」
「ん、なに?」
 子供達の喧騒が遠い教会の中、唐突に呼び止められる。

「‥、ベアト‥いえ、ヤナギさんは、本当に死んだのでしょうか?」
「‥‥‥!」
「い、いえ、すみません。皆さんを疑っているわけではないのですが、ただ、何か、そんな気がして‥‥」
「‥死んだよ、ヤナギ『は』」
「‥え?」

「‥じゃあね」
 それだけ言うと、彼女はてくてくと階段を降りて教会から外へと出た。

 青すぎる空と太陽の光。ああ、白い雲が眩しい。


 禁じられた記憶 ―完―