【禁じられた記憶】きれつ
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■シリーズシナリオ
担当:夢想代理人
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 21 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:06月10日〜06月18日
リプレイ公開日:2005年06月17日
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●オープニング
聖オルガ教会の門前が騒がしい。
「‥ッ、おい! 待てコラ!!」
「うるさい、あっちにいけ! 悪者め!!」
子供達は突然来訪した傭兵風の男に石を投げつけて応戦している。冒険者たちが教えた基本を子供達はしっかりと守っていた。
誰一人として無理に突撃する者はなく、教会に立てこもっての堅実な戦い方を決して崩さない。子供の一人ぐらい簡単に捕まるだろうと思っていた傭兵風の男の目論みは完全に外れ、今はこうして非常に苦しい戦いを強いられているというわけだ。
「こら! お前たち、一体どうし‥‥! お前は!?」
表の騒ぎを聞きつけ、教会の奥からベアトリスが顔を出す。彼女の注意は子供達の先にいる男に注がれた。
「いてて‥、畜生! オメー来るのが遅いんだよ! 石を投げてくるこのガキどもをどけろ!!」
「黙れ! 稲妻の猟犬が教会に何のようだ!?」
いつぞやの件もあってか、ベアトリスは明らかに男を警戒した。子供達も彼女の雰囲気を感じてか、より一層男に対して敵意の念を増大させている。
「だから、前にも言っただろう? 俺たちはこんな教会にゃあ用はねえよ。俺たちは‥『お前に』用があるのさ」
「!? 私、に‥?」
確かに以前、彼等が来たときは明らかにベアトリスだけを狙っていた。
だが、とうの本人には傭兵団に付け狙われる心当たりなど全くないのだ。指差してくる男に、思わずたじろく。
「聞いたぜぇ。お前、記憶がないんだってなぁ‥?」
「‥‥‥」
男はにやにやと笑いながらゆっくりとベアトリスに近づいてくる。何だ、この男は何を言いたいのだ。
ベアトリスは石を投げようとする子供達を手で静止し、思わず一歩、玄関の外へと出る。
「お前の過去を‥‥、俺たちが知っている、って言ったら‥どうするよ?」
脈が跳ね上がった。
過去。自分の過去。自分の正体。胸の傷の由来。錆びた日本刀。どこか不自然な冒険者。
頭の中をとりとめもない要素が駆け巡り、ベアトリスから正常な思考を奪っていく。
「‥‥な、あ‥!?」
「へへへへ‥。知りたいか? 知りたいだろう? 知りたきゃ『泥棒横丁』の『よいどれ亭』まで一人で来な!!」
男はそれだけ言って身を翻すと、あっという間に教会の堀を飛び越えて消えてしまった。
「姉ちゃん、駄目だ!! あんなの罠に決まってる!!」
子供がベアトリスの服の袖を掴み、必死に訴える。だがベアトリスにはどこか遠い出来事のように、まるで耳に入らない。
―私の過去。私の過去。知りたい、知りたい、知りたい、知りたい!!!
「お姉ちゃん!!!」
気がついたときには、走っていた。
●???
「姐さん、準備は完璧です。ヤツは、ヤナギは、必ず来ます」
ロウソクの炎に影が揺らめく天幕の中、男は得意げな笑みをしたためて報告を完了する。
男の言葉にフローリアは満足すると、パチンと鉄扇をしまって口の端で笑った。
「そうか‥‥。よし、人数を集めな。久々に派手な『喧嘩』になるよ」
「へへ‥。姐さん、勿論あいつはなぶり殺しでいいんでしょう? 賞金も生死問わずでしたからねえ」
男の言葉に、他の仲間たちはゲラゲラと笑いだす。フローリアはしばらく男達に笑わせた後、自分も同じように頬の肉を歪ませて笑みをこぼした。
「そうだ、そうとも。簡単には殺すな。裸にひん剥いてお前らにやるよ。何人目で股が裂けるか、楽しみだ」
●冒険者ギルドにて
「おい、新しい依頼が来てるんだが、どうよ?」
ギルド員の女性が君に声をかける。君がカウンターまで駆け寄ると、ギルド員の女は依頼の仔細を語りだした。
「聖オルガ教会からの依頼だ。なーんか、見習いシスターの一人がいきなり教会を飛び出しちまったらしい」
その言葉を聞いた瞬間、半分寝ぼけていた君の頭は一気に覚醒した。
「なんかこの前、ひと悶着あった『稲妻の猟犬』の男と暫く話した後、突然教会を飛び出したらしいが‥。脈絡がなさすぎてサッパリだぞ」
ポリポリと頭を掻いて依頼書を眺めるギルド員。
「まあ、でも行き先が『泥棒横丁』ってんなら、ロクな事じゃねえだろうよ。あすこはカタギのシスターが行くような場所じゃねえ。傭兵の男に『よいどれ亭』っていう所まで呼び出されたらしいが‥。急いで現地まで行ってシスターを教会まで連れ戻してくれや。‥‥。日数的に、シスターはもう『泥棒横丁』に着いちまってるだろう。早くしないと、マジでヤバイぜ」
●リプレイ本文
「だ、旦那ぁ、無理だ。これ以上は、近づけねえよ‥‥」
鉛色の雲が漂う空の下、冒険者らに雇われた馬車の御者は申し訳なさそうに泥棒横丁の付近で馬車を止めてしまった。
ジョシュア・フォクトゥー(ea8076)は御者の肩を叩くと、ご苦労さんと一言添えて馬車から降りた。他の者たちも次々に荷台から降りて大地に立つ。
「鑪、大丈夫かよ、お前?」
「う、うむ‥ぅぷ。これしきの事、なんでもない」
気分の悪そうな鑪 純直(ea7179)に相麻 了(ea7815)が声を掛ける。純直の顔色は若干青ざめていたが、休んでいる暇は無い。一同は先行した仲間たちと合流すべく、先を急ぐのだった。
●泥棒横丁『よいどれ亭』・とある一室にて
その部屋に入った瞬間、ルクミニ・デューク(ea8889)の鼻を異臭がついた。
「!!!?」
「‥‥っ」
青臭い悪臭、血の匂い。これが一体何をするのかは、あえて記述する必要もないだろう。シヅル・ナタス(eb0485)は眉をしかめると、部屋の入り口の横でぐっすりと眠っている見張りに小さな声で悪態をつく。
「お、おい、しっかりしろ! 生きてるか!?」
急いでルクミニは裸同然の姿で倒れているベアトリスに駆け寄り、軽く頬を叩いて彼女に呼びかける。連日に渡る暴力と侮辱の跡は甚だしく、返事はない。
「息は‥してる! ポーションを!」
「ああ、わかってる!」
彼女にローブをかぶせ、上半身を抱き起こしてポーションを口に含ませる。意識はあるのか、ベアトリスは静かに喉を動かしてそれを全て飲み干した。と、同時に、それまでの傷がみるみると塞がっていく。
「お、お‥‥た‥‥‥ち‥?」
「シスターと子供達から依頼を受けた。助けに来たんだよ」
思わず安堵の息を漏らすルクミニ。ほぼ時を同じくして、階下がにわかに騒がしくなる。
「怒声が聞こえる‥。下もいよいよ、本格的に荒れてきたみたいだな。援護しに行かないと」
シヅルはすっくと立ち上がると、静かな足取りで階段へと足を運んでいった。
●泥棒横丁『よいどれ亭』・一階ホールにて
「畜生!! あの弓使いを潰せ!!」
「そうは‥させません‥‥ッ!」
レミィ・エル(ea8991)に近寄ろうとする傭兵を、エレ・ジー(eb0565)が一刀の元に切り伏せる。
「ガぁッ‥‥‥。この女ァ!!」
「‥‥どこを見ている」
そしてエレの相手をしようとすれば、今度はレミィの矢が飛んでくる。ジョシュアの挑発で簡単に酒場の外に出てきてしまった哀れな傭兵たちは、かくて次々と撃破されてゆく。
「かんらからから‥、良きかな、良きかな。相手を怒らせ、その虚をつく。これもまた兵法の定石よ」
大局を見据える為か、一歩身を引いたところで龍宮殿 真那(ea8106)はそう言って笑う。相手の傭兵団達は上の指示がいき届いていないのか、彼女の目には隙だらけに見える。
「さて‥。後は中の様子じゃが‥‥ん?」
「高みの見物か‥、随分じゃねえか」
彼女の存在に気がついた傭兵の一人がにじり寄ってくる。
「ふむ。そうそう楽はしておられぬか‥‥」
短刀を抜き、構える。次の瞬間には、傭兵が声をあげて切りかかってきた。
「でやぁあっっ!!!」
「ーッ!!?」
純直の霞刀が傭兵の腕を切り裂く。変化自在の不可思議な攻撃の軌跡に、相手は全く反応できなかった。
つ、と腕を滴り、血が床にぽつぽつとこぼれている。
「このガキ‥。今のは」
「‥気にするんじゃないよ。確かに技術としては凄かったが、威力不足だ」
だが、立ちはだかるはこの傭兵団を仕切る巨躯の女、『かぐわしきフローリア』。強烈な香水の匂いと殺意が純直をねっとりと包み込む。
「‥!!」
「死 ね !!!」
彼女の手に握られたメイスが振り落とされる。
回避するか? 不可。自分の技術では避けきれない。
武器で受けるか? 不可。霞刀ごと頭を叩き潰される。
(「‥! 不覚‥‥!」)
そう思った、まさにその瞬間だった。
「黒獅子忍団奥儀・『人間砲弾』ッ!!」
「なっ!!!?」
何の脈絡も無く相麻がフローリアに飛び込み、決死の突撃を仕掛ける。意識しない方向、タイミングからの一撃に、思わずかの傭兵団長もバランスを崩してテーブルと椅子のある一角に倒れこむ。
「このガァキィッッッ!! 邪魔だよッッ!!!」
「ぐえっ!!?」
一緒に倒れこんだ相麻目掛け、強烈な蹴りが飛んでくる。骨のきしむ音を全身で感じながら、後方に吹っ飛ばされた。
「ヤローッ! あすこまで助太刀にいきてえが、この数は‥ッ!!」
傭兵の一人をテーブルに投げ飛ばしたジョシュアは思わず舌打ちする。相手の数が多い。この酒場の中にはまだ元気な敵がわんさと残っているのだ。そしてそれを束ねる女傭兵も。
つけられた傷を癒すべく、リカバーポーションの封を切ってそれを一気に飲み干す。
(「やはり、これだけの騒ぎになるとスリープではあまり効果がないか‥‥」)
そして時を同じくして、物陰に隠れているシヅルも思わず眉をひそめる。スリープは結局のところ、相手を普通に眠らせるだけの魔法である。この状況では、敵同士がすぐにお互いをフォローできてしまう為、時間稼ぎが関の山だった。
そろそろ限界か。ルクミニとベアトリスはまだ脱出していないのか。シヅルがそれを確認しようと階段へ足を踏みかけようとした、その時だった。
「ア゛ア゛ア゛アアアァァァァ――――ッッ!!!!」
「‥っ!!!?」
上階から降ってくるは一陣の影。思わず身構えるが、『影』はシヅルを全く無視する形で床に盛大な轟音を響かせながら着地した。
突然の事態に、思わずその場に居合わせた全員がその一点に集中する。
「‥‥‥‥」
髪は乱れ、服ははだけ。顔には自分の血でできた赤黒い斑点が無数にある。それを見る者は獣が降ってきたと思ってしまう事だろう。だがそれは獣ではない、それは‥。
「ヤァナギィィィ―――ッッ!!!!」
階段から駆け下りてきたルクミニの叫び声を背に、『斬り刻む』者は傭兵から奪ったロングソードを持って一直線にフローリアに突撃をしかける。
「止めろ、ベアトリス!!!」
「違う! 相麻殿、あれは‥もはやベアトリス殿ではない! あの殺気‥! あれは、『斬り刻むヤナギ』!!!」
純直がそう言った直後、嵐のようなヤナギの一撃がフローリアに放たれる。
「はっ! ヤナギィィ‥感謝しろよ? あたしがお前の記憶を、あすこらにいる冒険者どもの代わりに教えてやったんだ!!」
「だぁまぁレエェェェェェッッッ!!!!」
怒り狂った、その形容がぴったりと当てはまるヤナギとフローリアがこのまま勝手に殺し合いをはじめるのか、そう辺りにいた者たちが思った次の瞬間。
「ぐぅッ!!!?」
フローリアの左肩に一本の矢が突き刺さる。外から窓を通って飛び込んできたレミィの矢だ。
「やれやれ‥。外で頑張っている間に、また面倒な事になっているようじゃの‥!!」
次いでドアから龍宮殿、エレの2名が入ってくる。
冒険者、傭兵団、賞金首。今まさに、事態は三つ巴の様相を呈していた。
「ベアト‥‥。ううん、ヤナ‥ギ‥さん‥‥」
数秒の睨み合いにエレが終止符を打つ。その顔はヤナギと戦うべきなのか、そうでないのか。思いあぐねた苦悶の表情のまま。
「‥。何故、あの時に私を討たなかった?」
「できるかバカ!!!」
ルクミニが叫ぶ。
「あんなに子供達と楽しそうにしていたあんたを‥。いきなり後ろから斬りつけられるか!!!」
「‥‥‥」
ヤナギは決して冒険者たちの方へは振り向かなかった。その表情をうかがい知ることはできない。
「ク‥はは。はは、あははははははっ!!!!」
そして、そんなやり取りを見て何が面白いのか、フローリアは突如として笑い出した。さも可笑しそうに腹を抱えながら、更に言葉を続ける。
「正気か!? 正気なの、冒険者ども!? 相手は『賞金首』よ!? ガキと戯れてようが、そんなのは知ったこっちゃあないよ!!」
「‥‥‥」
シヅルが苦虫を噛み潰したような顔のまま、そう笑うフローリアを睨む。反論はできなかった。自分の調べでも、ヤナギはあくまで『行方不明』扱いで、『死亡』ではなかったのだから。
賞金はたしかに今現在も彼女の首にかかっていて、社会悪と認知されている賞金首を倒すのは、冒険者として至極当然の事である。
だが。
「『剣柳』も『花』も、両方がベアトリス殿であり、ヤナギだ。花を刈り取るのは、無粋というものであろう」
純直の言葉が示すように、心情の面では、冒険者たちはどうしても納得がいかなかった。殺人鬼と恐れられた、幾度となく刃を交えた彼女のあの一面が嘘偽りであったとは到底思えない。
「ヤナギ‥。いや、ベアトリス。教会でみんなが待ってる。帰ろう」
相麻が彼女に一歩を踏み出す。しかし、差し伸べた手は彼女の一閃で払いのけられた。剣の腹の部分が当ったおかげで切り落されこそしなかったものの、その激痛に思わずうめき声が漏れる。
「帰れるものか! あんな所へなど!!」
「はは!! ヤナギィ! あんたが帰れる場所なんかないよ!! 自分の罪に、潰れて死ね!!」
「てめーは黙ってろッッッ!!!」
烈火の如き勢いで叫ぶジョシュアに思わずフローリアは口をつぐむ。ジョシュアは彼女を一瞥すると、今度はヤナギに向かって手紙を投げてよこした。
「‥っ? これは?」
「最後通告だ。今回は、見逃してやる。だが、もし今度‥‥ドレスタットでお前に会ったら‥」
そう、これは仕方の無いこと。冒険者なら、『悪い』賞金首は‥絶対に。
「その時は、必ず倒すッ!!!」
「‥‥‥」
ヤナギは無表情のままジョシュアを見返すと、ふいと背を向けて、ドアから一目散に外へ飛び出していった。
「ね、姐さん!! 追わなくていいんですかい!!?」
「‥無理さね。こいつらを相手にした後じゃあ、あのヤナギを殺すにはちと消耗しすぎるよ」
「‥。流石は、傭兵団を束ねる者じゃな。それくらいの予測はさすがにつくか」
忌々しげに見つめるフローリアの視線を龍宮殿は笑って跳ね除ける。とうのヤナギがいなくなった今、冒険者たちと傭兵団が争う理由はない。放った殺気はそうそう消えないが、それぞれに武器を納めると事態は簡単に収束していった。
「甘いね、あんたらは。賞金首はね、倒せる時に倒しておくべきなんだよ。どんなド汚い手を使おうが‥ね」
「うるせー。あいつはな、このジョシュアさんに倒されなきゃならねーことになってるんだよ」
フローリア、そしてジョシュアがすれ違う形で互いの矜持を述べる。それは彼らが絶対的に妥協できない関係である事を示すかのようだった。
●エピローグ
「おまえは‥‥」
裏路地に入ろうとしたところで、ヤナギはレミィとかちあわせた。
突然の事態にレミィも驚いたようだが、彼女の様子を見て何となくではあるが事態を察したようである。
「行くのか」
「‥ああ、そうだ」
「‥‥。何故、過去に拘る? あの教会を‥今の幸せを、捨てるのか?」
思うところがあるのだろう。ヤナギには、彼女の瞳がひどく寂しいもののように思えた。
「拘ってなど、いない。『過去』が単に、今までのツケを払えとやってきただけだ‥‥」
「‥‥‥」
壁に寄りかかったまま、レミィはどこぞへと向かって歩くヤナギを見送る。会話はそれだけ。
「なるほど、忘れていた記憶の方から本人へ戻ってきたというわけか‥‥」
呟いて空を見上げる。曇っていた空からはしとしとと小雨が降り注ぎ。街はうっすらと白くけぶり出していた。