●リプレイ本文
―アークフォン家領内・屋敷地下牢にて
きんと底冷えする階段を降り、冒険者たちは地下牢への一室へとたどり着いた。
壁にかけられた松明は複数の呼吸にゆらぎ、壁に映った影が躍るようにゆらぐ。
「‥‥お迎えにあがりました」
ファル・ディア(ea7935)が最初に口を開く。ジョルジュ・アークフォンはぞっとする程の無表情さでその声に反応する。
「ま、待ってて下さいね、今、牢を開けますので‥‥」
エレ・ジー(eb0565)が開錠し、出てきたジョルジュの横にジノ・ダヴィドフ(eb0639)とアルバート・オズボーン(eb2284)がつく。
「ああ‥そうだね。俺は罪人として護送されるんだった」
己の境遇に、思わず皮肉な笑みをこぼすジョルジュ。冒険者達が口をつぐむ中、ある者が一歩前に出る。
「ですが、赦されない罪もまた、ありませんわ?」
ユキ・ヤツシロ(ea9342)がぺこりとおじぎをして挨拶する。ウィンプルを外した彼女の耳は、まさにハーフエルフのそれ。
「な‥‥‥」
目を皿のように丸くするハーフエルフの少年。冒険者の中にも、驚いている者がいるようだが。
「同じハーフエルフとして、今回におけるジョルジュ様の苦しみ、悲しみは痛いほどによく判ります‥‥」
しどろもどろする彼の手をとり、ユキはなおも続ける。
「でも、いつかきっと、報われる時が来ます。だから、負けないで下さいませ‥‥世間の声に、そして‥‥『己』に」
「‥‥‥っ」
あんまり屈託のない笑顔故に、思わず不意打ちをくらうジョルジュ。だが。
「‥ったく、あんたは相当いい環境で育ったんだな」
手は払いのけられた。もっとも、つい先ほどまでの刺々しさは幾分和らいでいたが。
(「やれやれ、これで困ったお坊ちゃんも少しは大人しくなるかな?」)
相麻 了(ea7815)は頬を指で掻きながら、そんなことを考える。
●うちくだくもの
「‥‥‥」
生命の気配が途絶えた夜の森の中、冒険者達は野営の準備を整えている。
フェイト・オラシオン(ea8527)は火の番をしつつ、ルネと今後についての相談をしていた。
「‥‥どうするの? 領内にはまだ、『奴ら』が潜伏している可能性が高いけど‥‥」
「向こうの目的がいまいちわからないので、こちらとしても対応に困ってしまうところですが‥‥。お義父さんが、それと思しき集団の討伐を、別の冒険者の方々に依頼していたので、屋敷に帰った後に何か進展があるかもしれません‥‥」
「ふむ‥‥。一体今度は何をやるつもりなのでしょうか‥あの者たちは」
それまで話を聞いていたセイロム・デイバック(ea5564)も会話に加わり、3人は今後の事について話し合う。
が、いかんせん確定している情報が少なく、結局は互いの予想を述べ合うにとどまった。
「‥はい、それでも諦めなければきっと、白の教会でもハーフエルフの存在が公に認められると私は思っています」
「どうして、そんなに楽観的な考えが持てるのかはわからないが‥。‥‥。そうなると、いいな」
3人の横では、ユキとジョルジュがとりとめのない会話を楽しんでいた。ジノとアルバートは特に会話に割り込むでもなく、穏やかな表情で2人の会話に聞き入っている。
このまま何事もなく一日が終われば、どれ程幸福であったか。
ドッ、という鈍い音。
「‥‥ッ!!?」
「‥。え?」
見ればそこには。
「く‥‥そ‥‥っ!!」
喉に矢が突き刺さった、ジョルジュの姿が。
「ユキ、ジョルジュ! 伏せろぉぉぉッッ!!!」
アルバートが2人に覆いかぶさるように倒れこむ。遅れて飛んできた2、3本の矢が木の幹に突き刺さった。
「セイロム、受け取れぇ!!!」
ジノがワスプ・レイピアを鞘ごと投げて渡す。同時に冒険者達は全員戦闘態勢へと移行し、立ち上がる。
「くっ‥‥逃がしません‥‥っ!!」
エレが日本刀を抜刀し、矢を打ち込んできた相手を逃すまいと森を駆ける。フェイト、ファル、セイロムもそれに続いた。
ジョルジュの側に残るは相麻とジノ、アルバートにユキとジョルジュ。
「ジョルジュちゃんの事はぁ、この了子お姉さんにオ・マ・カ・セ‥‥。ってね! 早く治療‥‥!」
言いかけたところで、舌打ちする。ユキの瞳が『赤い』。ジョルジュの出血を見て、狂化を引き起こしたのだ。
「おい、大丈夫なのか‥‥!!?」
ジノは思わず声を荒げるが、ユキはブツブツと独り言に夢中でまるで聞いていない。幸いなのは、それでも治療行為をやってくれている事だろうか。
「‥ジノ、相麻、構えろ。やっこさん、おいでなすったぞ」
険しい表情でアルバートは宙を、否、暗闇に浮かぶ複数の人影を睨む。
「‥‥‥あらま、お仕事熱心なこと」
「へっ‥‥だからどうしたってんだ」
おどける相麻とは対照的に、ジノは無骨極まりない殺人道具、ハルバードを手にゆらりと前に出る。
「もうイチイチ小難しい事を考えるのは止めだ。ガラに合わねえ」
下品なニヤけ顔で近づいてくる敵、敵、敵。だがそれがどうしたというのか、鉄塊は熟練した戦士によって宙を舞い、唸り声をあげる。
「悪いが、今日の俺はおっかねえぞ!!!!!」
「グザヴィエッッ!!」
木々が開け、満天の星空が見える広場の一角。セイロムが烈火の如き声をあげる。
自分の持てるオーラの技術、それら全てを使い込んだ今の彼に、恐れる敵など存在しない。
「はっ、小童どもォ、来たか!!」
それを迎えるは真紅の老戦士、打ち砕くグザヴィエ。今までに培った戦闘経験、それに対する絶対的な信頼と自信が彼の姿を何倍も大きく見せる。
「‥今回の件! ただで済むとお思いか!!?」
「『今回の件』‥? はて、何のことじゃろうなぁ? わしらはただ、ハーフエルフの小僧に対する罰が甘いと考え、『個人的に』来ただけだが!?」
マシュー子爵の命で動いているには違いないのだ、が、ファルの仕掛けたブラフにも動揺する事なく、飄々と答える老戦士。なるほど、万が一の場合に備えて、あくまでプロとして、依頼人には一切リスクを負わせないつもりなのだろう。
「何故‥‥、グザヴィエ、あなたは何の為に戦って‥‥!!?」
「小娘ぇ! 問答がしたいなら修道院にでも入っておれぃ!! 戦士に必要なのは言葉ではない‥‥『力』よぉッッ!」
老戦士が筋肉を収縮させ、溜め込んだ力を一気に爆発させて走り出す。フェイトがそのタイミングに合わせて衝撃派を繰り出すが、敵はなんと、己の腕を盾にして突進を続ける!
「な‥‥‥!!」
「ぬぅうううううううりゃぁぁぁぁッッ!!!」
鬼気迫る老戦士の袈裟斬り、ダメだ避けられない、武器で受けなければ、『死 ぬ』。
「フェ、フェイト‥さん‥‥!!!」
エレの悲鳴が響く中、少女が投げ捨てられた人形のように地面をバウンドする。
「がっ‥‥はっ‥!!」
「とったぁ!!! ‥‥ぬっ!!?」
老戦士は慈悲無き追撃を仕掛けるが、そこに横からセイロムが突貫してなんとか仕切りなおしにもつれ込む。頃合を見て、ファルが駆け寄る。
「フェイト殿‥‥!!!」
「くっ‥‥武器が」
フェイトのダガーが一本、完全にバカになっていた。よく腕ごと持っていかれなかったと安堵の息が漏れる。
「グザヴィエ! 貴殿がジョルジュさんを『打ち砕く』のであれば、私は彼を『守り抜く盾』となる!!!」
「わ、私も‥です! グザヴィエさん、今日こそ‥‥あなたを、倒し、ます‥‥!!」
立ちはだかるセイロムとエレ。老戦士は相変わらず隙の無い構えのまま、冒険者達との間合いを詰めていく。
「ぬかせ! 百年早いわ!!」
「来るんじゃ‥‥ねっての!!」
「ギャアァッ!!」
相麻の左ストレートが顔面にめり込み、敵の一人が崩れ落ちる。
「よし! 敵の陣形が崩れだした! この場を離れるぞ!!」
一人、二人と敵を切り伏せ、アルバートが言う。そもそも敵の攻撃にいちいち対応する義務などないのだ。先にドレスタットの街に逃げ込んでしまえば、流石にここまで堂々と襲撃する事などできない。実質冒険者たちの勝利である。
「ユキ、ジョルジュ、走れるな!!?」
ジノの言葉に、2人のハーフエルフは力強く頷く。
「畜生、逃がすかよぉ!!!」
「逃がすんだよぉおッッッ!!!」
鬼神の如きジノの一撃。横に薙ぐ形で振るわれた鉄の塊は、敵の胴体を上下に分割した。
「ひっ、ヒィィィィ!!!」
思わず悲鳴を上げて後ずさる襲撃者達。
「相麻、そっちは任せた!! しんがりは俺とアルバートがやる!! 行け!!」
「おっけい! 漆黒の獅子はダテじゃあないぜ!!」
「ちぃぃ! こやつら‥‥!!!」
苦々しい表情で一歩二歩とグザヴィエが下がる。セイロム、エレ、そしてフェイトの息もつかせぬ連続攻撃に、さしもの老戦士も押されていた。
しかも多少の反撃をしたところで、後方にいるファルが魔法で傷を癒してしまう。
「ここまでです‥‥! あなたの目論み‥ここで『打ち砕き』ます!!」
瞬間、ファルの体が淡く白い光を帯びる。放たれた魔法はコアギュレイト。万物を束縛する聖なる鎖。
「ぬ、がぁぁ!? なぁめぇるぅなぁぁぁぁぁぁ!!!!」
一瞬動きが鈍ったかと思ったが、後一歩のところで抵抗された。そして老戦士はもう引き際といわんばかりに、指を口に当てて甲高い音を出す。
「ぐッ!??」
ファルの腕に矢が2本、命中する。伏兵だ。
「ファルさん!! ‥‥ッ!!」
味方に駆け寄ろうとするセイロムにも矢が飛んでくる。グザヴィエは今こそ好機といわんばかりに、背を向けて全力で疾走する。
老人の速度とは思えぬ早さで、あっという間に森の奥へと消えていくグザヴィエ。
「‥‥あ、あんなに早く動けるなんて‥」
伏兵たちの攻撃も止んだ。おそらくは逃げ出したのだろう。今回もかの老戦士を取り逃がした悔しさに、思わずエレはがくりとうなだれた。
●エピローグ
その後、かの襲撃者たちからの妨害もなく。冒険者達は無事にドレスタットの港へと到着した。
今でも弓による狙撃は警戒しているが、もうここまでくれば大丈夫であろう。
冒険者たちは荷物を持ったジョルジュを囲み、最後の別れを告げる。
「ほれ‥‥餞別だ」
「え、これは‥‥?」
ジノが取り出したロングソードに、ジョルジュは目を見開く。
「俺が騎士団時代から使ってる剣だよ。何かあったらこいつを見て『力の意味』を考えろ、そしてお前の家族を思い出せ」
何も言わない少年。騎士は少年の肩に手を置き、力強く言葉を紡ぐ。
「これから先も、ずっと世界に対して拗ねたままでいるのか? そんなタマじゃないだろ、お前は‥‥。強くなれ、ジョルジュ‥!」
「‥‥‥」
「‥‥再び出会った時、何の為に戦うのか尋ねる‥‥。その時までに、あなたが自分にふさわしい『戦う理由』を見つけている事を祈るわ‥‥」
唐突なフェイトの声に、ジョルジュは顔をあげる。ああ、と。そう短く返事をした。ただそれだけの短いやり取り。
しかしそれで十分。互いに拳を重ね、再会を誓う。
「また何時か‥‥お会い出来る事を信じていますわ」
ユキは温かい笑顔でそう言った。短い期間ではあったが、同じハーフエルフとして互いに何か共感するものでもあったのだろう。
不慣れな笑顔で、ジョルジュはその言葉に返答する。
「帰ってくる頃にはお義兄さんて呼ぶことになってるかもよ」
「バカいうな‥‥。そしたら屋敷から追い出してやる」
互いに冗談を飛ばしあい、握手を交わす相麻とジョルジュ。
「さあ、もう出港の時間だ。いいですかね?」
頃合を見計らって、船乗りが様子を伺いにくる。ファルはすみません、もう少しと言って、ルネを一歩前に出させた。
「‥‥え? え、あ‥‥?」
事態が飲み込めず、困惑するルネ。だが冒険者たちは全員理解していたのか、互いに顔を見合わせて微笑むだけである。
「‥‥‥」
「ほれ、しっかりしろ」
バン、とジノに背を叩かれて喝をいれられるジョルジュ。少年は何事か照れくさそうに、申し訳なさそうに目を泳がせていたが、やがて観念してその言葉を口にした。
「義姉さん‥‥。前は酷い事言って、ごめん‥‥‥」
「あ‥‥‥」
それだけぶっきらぼうに言うと、ハーフエルフの少年は振り向くことなく船に駆け込み、客室の中へと吸い込まれていった。
「‥‥‥」
涙ぐむルネに、エレが声を掛ける。
「今は、信じて待っていましょう‥‥。きっと、もう大丈夫ですから‥‥。だから、信じてあげましょう?」
「‥‥はい」
船乗り達の出港を告げる声が響く。
船はゆっくりと港から離れ、海を隔てた先にある、かの島国目指して動き出した。
「‥ふう、これで一安心か。全てが楽しい出会いとはいかないだろうが、もう間違った道に進む事もあるまい」
「でしょうね‥‥。せめて、航海の無事を祈るとしましょう」
ほっと胸をなでおろすアルバートの横で、セイロムは指輪を右手にそう答える。
白波の指輪はぴゅうっと飛んで、海に吸い込まれた。