屍霊(アヤムルモノ)

■シリーズシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:03月04日〜03月09日

リプレイ公開日:2006年03月12日

●オープニング

 冬の空は暗い灰色に覆われ、厳しい寒風が吹き荒れる。そんな中、カガリは一人、山道を下っていた。真っ青な顔で、痩せこけてふらつく体を気力だけで支えながら。
「伝えなくちゃ、つたえ、なく、ちゃ」
 鬼の洞窟で見聞きしたことを伝えなくてはなならい。

 人斬りと化した宗典が京の町で討たれてから半月後、鬼に捕らわれていた彼の妻、カガリは解放された。邪魔だてされなければ、言いつけ通り100人斬っただろうから、宗典の遺志を汲んでやる、というのが鬼の言葉だった。
「嘘に決まってる‥‥」
 情けがあったのかどうかは知らない。だが、それだけで解き放つような性格ではないことは、囚われていた半月でよく理解していた。あれの知恵は、人を食らうだけの暴虐な鬼とは一線を画していた。
 どうせ死ぬんだ、このまま奴らに食われるよりは崖から身を投げて、大地に食われた方がまだましだ。そんな思いを見透かしたかのように、鬼は息子を目の前で取り上げた。
『いいかぁ、てめぇは人に俺のことを告げてこい。誰もが恐れるように』
 子供はそれまで預かる‥‥
 理解できなかった。
 だが、奴らがそれで討たれるのなら、それでいい。夫と、今まで食われたり、同じような悲劇を受けされられた人たちの悲しみが払拭できるなら。
 それにしても。囚われた間に弱ってしまったのか、息がよく上がる‥‥
 カガリはにじみ出る脂汗を拭き取ることも惜しんで、歩くことに専念した。
「伝えなくちゃ、つたえ、なく、ちゃ」
 カガリは気焔上げながら山を下ってゆく。

「おう、どうしたんだっ!?」
 どれだけ歩いたのかよく覚えていない。だが、気がつけば目の前に猟師の男が心配そうにこちらを見つめていた。
「あ、あぁ‥‥」
 助かったの?
 カガリがそう思って、猟師に手を伸ばしたその刹那。
『オォォォォォォォ‥‥‥‥‥‥タァァァスゥゥゥケェェェェェテェェェェェ‥‥‥‥』
 伸ばした腕に冷気が走った。それは、指先までかけると、青白い炎となって溢れでて、猟師に飛びかかった。
 みるみる間に顔色が蒼白になる猟師。頑健そうな肉体はあっという間にカガリよりも弱り、自重に耐えられず、その場でたおれ伏した。
 怨霊が男を抱きしめている。助けてほしいと懇願しながら、その生命の炎を吸い取り、吹き消してしまった。それでも命の残滓を、微かな血の温かみが残る内は亡霊たちはそれをむさぼり続けた。
「あ、あぁ‥‥っ」

 カガリはやっと理解した。
 この怨霊は鬼の所にいたものだ。無惨に喰われて体を失った者達の魂であろう。彼らは生きて帰ることのできた私に取り憑いて、一緒になって人里へ帰ろうとしたのだ。
『オォォォォォォォ‥‥‥‥‥‥タァァァスゥゥゥケェェェェェテェェェェェ‥‥‥‥』
 背後で亡霊が囁いた。
 怨霊は1体ではなかった。振り返れば、まだ何人もの亡霊がカガリの体にしがみついていた。そんな彼らがカガリの手とり足とり、身体の持ち主の意向を無視して動かし始めた。
 もはや、手も足も自由にならぬ。カガリは温もりを奪われ、亡霊達の操り人形となりながら、ゆらりゆらりと人里へと歩み始める。
 まだ自由のきく瞳から、涙を滂沱の如く流して。熱に浮かされたように言葉を垂らしながら。
「伝えなくちゃ、つたえ、なく、ちゃ」
 鬼の洞窟で見聞きしたことを伝えなくてはなならい。

●今回の参加者

 eb0556 翠花 華緒(39歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3402 西天 聖(30歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3837 レナーテ・シュルツ(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3936 鷹村 裕美(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb3979 ナノック・リバーシブル(34歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4467 安里 真由(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

我羅 斑鮫(ea4266)/ サトリィン・オーナス(ea7814)/ 明王院 浄炎(eb2373)/ 羅刹王 修羅(eb2755)/ ヒューゴ・メリクリウス(eb3916

●リプレイ本文

●1
 京都、冒険者ギルドでは、一つの依頼に食い入るように見つめる人々がいた。依頼書のトップには鬼の字が躍る。
「とうとう依頼が出たのじゃ」
 西天聖(eb3402)は、感慨を含めて小さく呟いた。京都の人斬り事件はつい半月ほど前。人斬りであった山本宗典は鬼に妻子を取られたという背景を知ってしまった聖には、この依頼書の存在は大きかった。
 聖だけではない。同じく前回の人斬り事件を受け持っていた明王院月与(eb3600)、鷹村裕美(eb3936)、安里真由(eb4467)も同様であった。
「鬼退治‥‥この依頼を受ける事ができてよかった」
 真由の安堵と、これからの決心がこもった言葉に、鷹村は睫毛を伏せて宗典の最期を回顧していた。
「前回の依頼で助けることができたかもしない命‥‥今回の依頼で償えるだろうか」
 不安が募る。だが、迷っていてはいけないのだ。三人は堅い面持ちである種の決意を抱いていた。そう、せめて宗典の妻子を助け、無念を晴らしてやらねばならない。
 今回の依頼で行動を共にすることとなったレナーテ・シュルツ(eb3837)の瞳にも同種の輝きが宿っている。
「鬼退治ですか。放って置けませんね、私もお手伝いしましょう」
「鬼退治‥‥ジャパンでは物語にもよく出てくるエピソードだとか。ノルマンとデビルのような関係だろうか?」
 もう一人の異国からの訪問者、ナノック・リバーシブル(eb3979)はまだ来日して日が浅く、鬼という存在に対して首を傾げていた。
 人に悪さをさせるというやり口はデビルと似ているが‥‥。
 それに答えたのは、月与であった。
「人の心を弄んで、苦しめて楽しむような相手だよ。デビルと同じかもしれない。早く行かないと、手遅れになっちゃうよぅ」
 この手の事件は、過去を思い出す。どんどん悪い方へと歯車が狂っていくあの感覚とよく似ていると、月与は感じていた。
「そうですね。鬼に捕らえられたと言う山本殿の妻子の安否が気遣われます。急ぎませんと」
 神木祥風(eb1630)は、目を通していた前回の報告書を翠花華緒(eb0556)に回し、急ぐ術を考え始めた。人は情深く、それが故に鬼にも仏にもなる。しかしこれを踏みにじる悪鬼の存在は許し難かった。
 それなら、魔法の靴があるから、と月与がセブンリーグブーツを祥風に渡す様子に気づいて、翠花が報告書をおいて、待ったをかけた。
「待って。その鬼に纏わる情報をもう少し知りたい所だわ。急ぎの状況とは言え我を見失わない様に」
 急ぎたい気持ちは翠花も一緒だった。だが、罠があるような。急がせることで準備を怠らせる狙いがあるような気がしたのだ。
 この鬼は頭が良いわ。慎重にかからないと私たちまで罠にはめられてしまうかもしれないわね。翠花の中で警鐘がが響いていた。
「同感だな。敵をよく知る事は兵法の基本中の基本だからな」
 ナノックもそれに同意した。敵の危険性や現状急がねばならないことはよく理解できたが、具体的な能力が分からないのは非常に不安があった。
「分かりました、それでは先に準備してお待ちしています」
 真由の言葉に、準備組も聞き込み組も一様に頷いた。

●2
「鬼はこの周辺では結構強力な相手みたいね。大江山の酒呑童子ほどではないにしろ、幾人もの手練れを返り討ちにしているみたい」
 翠花は、自らが集めた情報と、それを手伝ってくれたサトリィン・オーナスからの情報も合わせて伝えた。私たち全員がかかっても無事に討ち取れるか確証はない、ということを。
「人肉を好んで食べる上に、正義心を持った奴を唆して鬼畜なことをさせるという。智恵というよりは悪知恵が働くタイプだな。鬼は肉体派が多いときくから比較的珍しいタイプだな」
 ナノックが続けてそういった。しかし、サポートに入ったヒューゴ・メリクリウスからの犬と猿と雉によろしく、という言葉の意味がよく分からなかったので、ここでは言わないことにした。
「洞窟からは人のうめき声が夜な夜な聞こえるそうです。そして付いた名は鬼哭の穴、だということです。鬼に喰われた人が無念を残しているようですね」
 レナーテは眉をひそめてそう伝えた。明王院浄炎や羅刹王修羅からそうした情報を集めることができたものの、その底なしの残虐さにレナーテは腹立たしさを通り越して、胸が悪くなりそうだった。
「怨念の魔堀か。もしかしたら私達が気付かない何か事件を起こしてるか次の被害者が出るかも知れんのじゃ。これ以上被害者は増やしとうない」
 聖は暗雲のたれ込める気持ちを隠すことなくそう言った。道中で聞く鬼の噂も誇張が混じっているのかどうかはしらないが、ひどいもので、これ以上鬼のことを耳にもしたくなくなっていた。
 そんな聖の歩みを、鷹村が手を出して遮った。
「待て。あそこに人がいる。‥‥様子が、おかしい」
 ヨタヨタと歩く人影。ひどく酩酊した人の足取りにも似ているが、鷹村はそれよりもそれが死人憑きの歩みに近いことを感じていた。
「邪気を、感じますね」
 目を細めながらその人影を眺める祥風には、ただならぬ気配を発していることに気がついていた。もう少し見極めてから、と祥風は様子を覗うつもりだったが、それより先に鷹村が動き出してしまった。
「危険ですよっ」
 その言葉もわずかに遅い。鷹村は滑るような流麗な動きで人影の元へ走り、
「ぅわぺしゃゃっ!!」
 派手にこけた。
 ‥‥‥‥‥‥。
 今回は野道なだけに小石が多く、痛そうである。
「前回より派手じゃの」
 聖がため息半分に鷹村を起こすと、擦りむいて縦線の走った顔で、鷹村が悲鳴じみた声を上げた。
「い、言わないと約束しただろう!!?」
「置いていくぞ」
 襟を掴んでガクガクと振る鷹村の横をナノックを先頭に、皆すっきり無視して通り過ぎてゆく。
 人影は女であった。着物はすり切れて、糸くずを引きずっており、髪の毛もバサバサで昼間でなければ亡者と本当に勘違いしそうだったる
「もし、そこの人。どうしました?」
 真由の言葉に女が顔を上げた。
「ぁ‥‥」
 頬がこけている。顔色も蒼白を通り越して土気色だった。顔を正面に向けても瞳は上を向いている。
「いったい、な‥‥」
「真由お姉ちゃん! 危ないっ!」
 続けて言葉をかけようとする真由を月与が突き飛ばした。その月与の体に向かって、女の体から吹き出た青白い炎が突き抜けていった。
「ぁぁ‥‥っ‥‥‥ァァァァァァォォォオオオ!!!」
 青白い炎は空中で霧散することなく凝り固まり、やがてぼんやりとした人型を作りだし、地獄の底から響いてくるような、うめき声を上げた。
「む‥‥レイスか。俺は鬼よりもこちらの方が専門だな。依頼の範疇ではないが宗教上、放っておくわけにもいかん。応戦するとしよう」
 素早くその正体を見破ったナノックはシールドソード『サバイバー』を引き抜いて、構えた。
「気をつけて。怨霊は一体じゃないわ。まだいるわよ!」
 翠花が警告の言葉を発した。
 それに呼応するように、糸の切れた人形から沸き立つように、怨霊の姿が次々と浮かび上がる。
「な、何体いるのよ‥‥」
 レナーテも武器を構えたが、一人の女からわき出る亡霊は信じがたく、一瞬目を奪われた。今目の前には一人の体から融合しては分離する怨霊の固まりであった。
「これだけの数の怨霊が潜んでおったのか。さては鬼に喰われた者達じゃな‥‥同情はするがの、既に人に手を出した御主等は救えぬのじゃ。大人しく消えよ」
 聖も武器を構え、オーラを高め始めた。
 敵意を察したのか、怨霊達がもう一度大きく吼える。それが戦いの合図であった。

 霊が身を震わせながら、上空から降りかかるように襲いかかってくるのを翠花はおびえることもなく、正面から見据え、矢のない弓を構えた。
「退きなさい」

 イィィィィ‥‥‥‥‥‥ンンンっっっ

 鳴弦の弓が澄んだ高い音を上げると、たちまち怨霊の姿がブレて、降りかかる速度も鈍った。この僅かな隙をねらって、聖騎士の盾を持った月与が翠花との間に割って入り、その攻撃を受け止めた。
「翠花お姉ちゃんには絶対触れさせないんだからっ」
 だが、怨霊の奇襲をかばって受けた月与には、受け止めた衝撃でも体の気だるさがズンと増した。まるで、鉛を詰め込まれたようなそんな感じだ。
「ぅ‥‥っ。誰も傷つかせたりなんかしないんだからね。どんどん来いっ!」
 ワスプ・レイピアを振り回して、怨霊と距離を置いたものの、生気の温かさを求めて別の怨霊も月与に迫ってきた。
 2体の怨霊が月与に襲いかかるのを月与は盾で押しとどめる。盾越しに届く冷気が気持ち悪い。
 と、次の瞬間、暖かな空気が月与を包んだ。
 レナーテが月与を包むように背後から手を添えて守りを支え、手にしたソードで怨霊を貫いていた。
「無理はなさらないでください。仲間を思う気持ちは私も同じですから」
 レナーテは月与にそう言うと、空中を暴走する怨霊に死角を取られぬように、月与を背後に回した。

「仏法に六大あり。地大とはこれ堅きもの。全てを戒め、留めるもの!」
 祥風が『コアギュレイト』を発動させた。たちまちのうちに、女の体がぴたりと動きを止めてしまった。
 自由のきかぬ体と知って離れてくだされば‥‥っ
 祥風の狙い通り、怨霊達は女から飛び立ち始めた。自由を得て、怨念の赴くままに動くためだ。
「人と霊が完全に分離したな。各個撃破するぞ」
 襲いかかってきた怨霊の攻撃を『オフシフト』を混ぜながら、衣の裾さえも触らせぬ鷹村。それに意識を奪われている怨霊にナノックと聖が次々と切り裂いていった。
 また祥風の『ピュリファイ』は強力で2度も使えば確実に怨霊は浄化され、現世から姿を消していった。彼の攻撃を留めようとする怨霊もいたが、『レジストデビル』の魔力の前にはほとんど無力であった。
「無念を残すなよ。お前たちをこうした奴もすぐに滅ぼしてやるから、な‥‥」
 ナノックも『レジストデビル』を使っていたこともあって、先陣を切っていながらも、ほとんど無傷でいた。そして月与とレナーテを取り囲んでいた怨霊に一撃を加え、真の死
与えていった。
 女の傍にいた怨霊も聖の『ダブルアタック』で胸に深い十字の傷跡が残る。
「狙うは生者ではあるまい‥‥」
 結局、この怨霊も被害者なのだ。そう思うと涙がにじんできた。何故あのような鬼に皆をして踊らされねばならぬのじゃ‥‥
 憐れみの心が伝わったのか、聖につけられた傷が深かったのか、一瞬動きの止まる怨霊を真由は見逃さなかった。
「滅しなさい!!」
 聖のオーラをまとった日本刀「霞刀」が、怨霊の顔らしき部分をとらえ、
 最後の怨霊も無に帰した。

●3
「ここは‥‥」
「気がついたのね。大丈夫? どこか痛くない? 怨霊の攻撃は直接生気を奪うから、全身が重たく感じたり、寒気がひどかったりすると思うけど、しばらくしたらそれもなくなると思うわ」
 女にニコリと微笑んで、翠花は空けたポーションの瓶を片づけ始めた。
「たくさんの亡霊に憑かれていたのじゃ。何があったのか教えてくれぬか?」
 聖の真摯な表情に、女はやっと今を理解しはじめ、ぽつりぽつりと語り始めた。
「私は、カガリ、と申します。京で人斬りをした宗典の妻です‥‥」
 話の一部始終を聞いて、月与が尋ねた。
「赤ちゃんは一緒じゃ、ないの?」
「洞窟を出る際に、鬼によって岩棚の高いところに置かれてしまったのです‥‥」
 早く行かないといけないな、一行の気持ちは同じ所で固まっていた。
「わかったのじゃ、できる限りのことはさせて貰うのじゃ。だから、家に戻って待っててほしいのじゃ」
「最善を尽くすから‥‥赤ちゃんが戻る場所が無くなっちゃ駄目だから」
 聖と月与の言葉にしばらく悩んでいたカガリであったが、自分は足手まといにしかならないだろうとその言葉に頷いた。
「それと、夫のことだがな‥‥」
 鷹村が少し間をおいて、口を開いた。
「‥‥今際に『すまなかった』と」
 その言葉にカガリは俯いて泣き崩れてしまった。
「あなた‥‥あなた‥‥ぁぁ」
「私を恨んでもよいのじゃ、だから生きるのじゃ」
 泣き崩れるカガリを支えながら、真由は再び後悔の念にさらされた。他に手段はなかったのか、と。

 カガリの泣き声が野原に響く。