●リプレイ本文
さて、これより語りまするは鬼を殺めし、英雄の話。八人の勇ましき者、人里離れた険しき山を駆け、鬼の放った亡霊を祓う。
しかしこれも鬼の悪業に揺れた人の心あり。
●1
「前回は怨霊からカガリさんを救えたと言うのに今度は彼女の赤子と敵対する鬼との板挟みだなんて‥‥」
辛苦に皺寄せるは翠花華緒(eb0556)。ぐるり見回せば、仲間の勇士も同じ顔。
「赤子を救えば鬼を逃がす事になり‥‥鬼を倒せば赤子を救えない‥‥私達にどちらかを選択しろと‥‥」
安里真由(eb4467)の顔は血が通わぬ蒼い顔。苦渋が血の巡りを悪くしている。横では鷹村裕美(eb3936)が立木に強く拳を叩きつけ、やる瀬のない怒りをぶつけて叫んでいた。
「どちらか選ぶなどできるわけがない! 人の命がかかっているんだぞ!!」
鬼は人里に、赤子は黄泉に、寄り添わぬ道筋だけれども、どちらも勇士が止めてやらねばならぬ。しかし、道は遠い。駆けて一人を救えるか。
「‥‥しかし、何れかを選ばねばならぬのですね‥‥」
御仏に仕える神木祥風(eb1630)であっても、悩みは変わらず。答えは出ぬようであった。
「くう、知り合いに聞いていた鬼とは行動が違いすぎるのじゃ」
鬼は猿知恵、挑発すれば赤き顔をさらに赤くさせて、ただ力のみに任せて遅いくる、という話は全く嘘のようであった。目の前の鬼は妖狐の如く狡猾であった。明王院月与(eb3600)は小さくつぶやいた。
「楽士のせいだ‥‥楽士が裏にいるからだよ」
月与の瞳には寂れた野山の姿は映らず、記憶に残った業火が揺らめくのだ。後悔と、共に‥‥
「チッ、反吐が出る‥‥こういう手法はデビルが好きそうだな。何者だ、楽士‥‥」
ナノック・リバーシブル(eb3979)は唾を吐き捨て、明王院未楡とチサト・ミョウオウイン(eb3601)が介護する深い眠りに落ちしカガリの姿を見下ろした。
楽士に操られている様子はないようだ、という。だが、魔力をもってして、の場合。欺されている、というのであればそれを真実であるか調べることはできない。
「ともかく鬼を倒すか、赤子を助けるか、決めなければなりませんね」
重き沈黙を破ったのはレナーテ・シュルツ(eb3837)であった。許せぬ思いは皆と同じ。ただ、ここでじっとしていても始まらぬという真実を知っていたのだ。
「鬼を倒そう。情を取ったら取り返しがつかなくなる。楽士はそうなるように、筋書きを作って人を操るんだ」
月与が率先して声を上げた。楽士の悪業を実に知っているからこそ、惑わされてはならぬと信じて疑わぬ故に。
「被害者をこれ以上、増やさないために今、鬼を倒す。赤子の命は気がかりだ。だが、ここであの鬼を止めねば被害は終わらない」
ナノックの言葉に、真由は涙を飲んで諾意を表した。
「鬼を逃せば罪無き人々が命を落とす事になる。鬼を倒すしかないじゃないですか、私はまた救えないのですか‥‥カガリ殿すみません」
「これ以上危険な鬼をのさばらせ被害を広げる訳には行かないわ」
「宗典殿の道を我等も歩む訳には参りますまい、鬼を追いましょう‥‥」
翠花、祥風もうなずいた。
歯を食いしばって堪え忍ぶのは西天聖(eb3402)。流れる涙は、血涙。
「この機を逃せば手におえない鬼になる筈。鬼狩りをするしか、ないの」
総意が決まりつつある中で、鷹村は吠えた。
「それでも話し合った結果、鬼を倒すことに決まったのでこの際だから、このイライラも最近転んぶことが多いのも全部鬼のせいだ。全部ぶつけてやる!!」
若干、八つ当たりが混じっている気もするが、それはさておき。
「人喰鬼を人里におろすわけには参りません。決まりですね」
レナーテが静かなる怒りを秘めながら、最後の言葉を締めくくった。
●2
「早く追いつけば、赤子を救えるかも知らぬ。急ぐぞ」
少しでも走ればそれだけ鬼と近くなる。鬼との決着を早くすませば、赤子の元に早くいける。もしかしたら、間に合うかもしれない。ただれそれだけの気持ちで鷹村は全力で走った。
「あ、慌ててはならぬっ」
聖が慌てて鷹村を止めに入る。既視感が聖を覆っていた。
「あべしっ」
「だから言ったのじゃ‥‥」
やっぱり。
韋駄天の草履を履いていた鷹村はかなりの高速で走っていたため、今回は勢い余って体を二転三転していた。やがて止まった鷹村は不満げな赤い瞳を仲間に向けて、つぶやいた。
「こ、この事は内密に‥‥」
「その前に怪我を治すことを先決すべきだと思うわ。ポーション飲む?」
「もったいないからやめとけ」
翠花が心配そうにポーションを取り出すそばをスタスタと無視して歩むナノック。皆もそろそろ慣れてきて、普通にしている。
「どうしたんですか? 鷹村さん、行きますよ?」
そうなると、ちょっぴり寂しい鷹村であった。
「左前方に反応があったわ。動物の大きさじゃないわね。鬼と思って間違いなさそうよ」
魔力により風に乗って届く吐息の根を確認していた翠花が警告の声を上げた。生き物の吐息も少なく、鬼を感知するのは容易であった。その声を聞くや否や、勇士達の目には闘気が灯り、奮い立った。
祥風は静かに印を結び、陽炎と共に現れる戦の守護者に祈りを捧げた。
「我らに弥勒の加護あらんことをっ。皆さん、御武運をお祈りいたします」
「この戦い、神木お兄ちゃんの力にかかっているから。鬼封じ、がんばってね! 玄牙、行くよっ」
人好きのする笑みを僅かに浮かべ祥風にそう言うと、また戦人の顔に戻り、空を飛ぶ鷹に合図を送る。
「私の持ってるポーション全部使ってサポートしますから、負けないでくださいね」
真由はすでにフレイムエリベイションを発動し、炎の意気を感じさせる。炎は彼女の士気を高め、烈火の如き勢いを心に宿すのだ。
「行くぞっ!」
サバイバーを引き抜いたナノックが、鬼のいる方向へとまっすぐ駆けた。生命を賭して。
木立を数本駆け抜ければ、すぐに鬼の姿は見えた。ナノックの想像していたよりは小柄で林をかいくぐるように歩いていた。ナノックは迷うこともなく、鬼へと近づきそのまま剣を振るった。
ギシリっと力がせめぎ合う音はすれども、鉄鋼のような筋繊維は、勢いのついたナノックの一撃でも傷つけることはできなかった。
「オォ!? グルォォォォォォっ!!!!」
鬼が身をすくませるような咆吼をあげる。鬼の言葉を用いれば、なにさらす、このガキが。と行ったところか。
鬼の目が血走る。瞳の中にはナノックひとり。
手にしていた巨大な棍棒を振り回し、鬼は遠心力と体重と、怒りを注ぎ込んで、ナノックに打ち据えた。
大地を蹴って、逃れるも棍棒は一抱えもある大木。ハーフエルフの一飛びなど問題にならぬと左半身を砕いた。
「ガァァァァっ!!?」
独楽のようにくるりと回るナノック。あまりの衝撃で意識が明滅し、左腕は全く意に沿わずにだらりと下がった。血が黒い衣服から垂れ落ちる。
囮になったのだ。負けてはならぬ。
強い意志がほえるが、力量の差は予想を遙かに上回っていた。後一撃もらえば死神にとらわれるだろう。
もう一撃。鬼が体を完全にナノックに向けたその瞬間。
鷹の甲高い鳴き声とともに鬼に襲いかかった。だが、それも軽く交わされると空いた左手で軽々と握った。
ギ、ギ、グキシャクァ
鬼の手から、血がしたたり落ちた。
「玄牙ぁぁぁっ!!!」
背後に回り込んでいた月与が鷹の玄牙の悲鳴を代弁し、怒りと共に剣を振るうものの、この魔力のこもった剣でも鬼の皮膚を貫通させることはできなかった。
「生命悉く仏性有り。天罰とは我を戒める仏性の声! 聞け、その身に宿りし善なる声っ!」
祥風が白い光を身にまとったかと思うと、鬼に白く淡い光が走ったが、これもまた鬼のどす黒い体を傷つけるには叶わず終わった。
ナノックが傷を負ったまま剣を振るい続ける間に祥風はもう一度、魔法を完成させる。
「仏法に六大あり。地大とはこれ堅きもの。全てを戒め、留めるもの!」
続けて放つコアギュレイトも力及ばず、わずかにも止めること能わず、今度こそナノックを吹き飛ばした。
「ち、違いがありすぎる‥‥」
ようやく鬼の背後に回ったところで攻撃を一身に受けていたナノックが力無く倒れ伏す様子に、鷹村は震えが走った。
「迷うなら下がっていて下さい。怪我人を増やすだけです」
フレイムエリベイションの効果か、燃えるような目をした真由が鷹村に言い、借り受けた鳴玄の弓も引き絞った。かすかに鬼の勢いが鈍る。
「迷いなどないわっ!!」
そう叫ぶと鷹村は鬼の腰に日本刀を突き刺した。それは僅かな音と共に血を押し出し、深く鬼の体内へと滑り込んだ。小さな傷だったが、鋼鉄のような鬼の体に隙間を作ったことは大きかった。
「グルァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
鬼がぐるりと身をよじって、鷹村に向き直った。
腰が引ける。だが、そこにオーラパワーの詠唱を終えた西天とレナーテの姿があった。
「まだ赤ちゃんを助けるという仕事が残っているのです。これ以上カガリさまにつらい思いをさせるわけにはいかないのですっ!」
「私は西天聖じゃ、鬼よ! お主を斬る為に鬼狩りになる」
聖は宗典の姿を思い描きながら、日本刀を握りしめた。
ほぼ同時に、3本の刀が、左右、そして真一文字に鬼の体を走り抜けた。
「ォォォォォオオオオオオオッッッ」
硬い皮膚に突き当たる刃。だが、気合いがそれを貫いた。腹部を真一文字に切り裂いたレナーテの後押しをするように、聖が深く踏み込んだ。そう、あの鬼斬りの侍の強力な太刀筋はこの鋭い踏み込みから始まっていた!
ドベシャャャャャバ
腹筋が切り裂かれ、中に蓄えられていた臓物がたらしなく滑り落ちてくる。間違いなく瀕死の重傷だ。
だが、それでも鬼は動いた。臓物を振り乱しながら、棍棒を振るいレナーテを吹き飛ばした。たちまちレナーテは数メートルほど後ろにあった木立に打ち付けられ、大量の血を吹き出して動かなくなった。たちまち血だまりに沈んでいくレナーテを見て、真由は鳴弦の弓を鳴らすのをやめて走った。死んでもおかしくない一撃だ。
ギロリ。
鬼が次に睨んだのは聖であった。月与が攻撃などさせまいと彼女の前に立つ。守りたい、そう願うものの、吹き出る冷や汗はとまらない。
立て続けに繰り出される鬼の攻撃を月与は受け流し、鷹村は絶妙の間合いでその一撃をかいくぐった。
ドガンっ!!
と。鬼の体が揺れた。
「どっち向いてる。お前の相手は、オレだろう」
背後に立っているのはナノックであった。傍には空いたポーションを捨てて、新しいポーションを取り出す翠花の姿が。
「グォォォォォォっ」
鬼は前に進んだ。立ちふさがるナノックを蹴り倒し、翠花に襲いかかる為に。
「きゃゃぁぁっ!」
取り出したばかりのポーション瓶ごと翠花の胸骨をぐしゃぐしゃに砕く。
「止まれ、止まらぬかっ」
聖が切り続けるも鬼はまだ止まらぬ。腰骨を砕き、臓物を断ち切ってもまだこの鬼は動くのだ。
やはり、勝てぬかっ!?
「仏法に六大あり。地大とはこれ堅きもの」
祥風の静かな声が響いた。
淡い光が空中に浮かび上がり、鬼の周りを踊り出す。
「全てを戒め、留めるもの」
力ある言葉と同時に、光が集束した。空気が一瞬震えると同時に、鬼もガチリ、と動かなくなった。
「鬼を封じた!! やったよ! 神木お兄ちゃん!!」
月与が歓喜の声を上げる。
「さて、お前が死なせた多くの者の恨み、その代弁だ」
起きあがったナノックが身じろぎ一つせぬ鬼の前に立った。
「死ね」
ナノックの技と力を尽くしたソウルクラッシュが鬼の命を断ち切った。
●3
「目を覚ませ、しっかりするんだ!」
鬼の住んでいた洞窟で声は響いた。鷹村が声を上げたその場には、骨と皮ばかりの赤子がいた。
「腹が空いているのか。飯を持ってきたからな。腹一杯食わせてやるからな」
「止めておけ。死んでしばらく経っている」
「うるさいっ!!!」
ナノックの冷静な言葉に涙の混じった声で、鷹村は叫んだ。
見殺しなんかにできるものか。あの家族に私らは何もしてやれないではないか。残された最後の家族すらも見捨てないといけないのか? そう思えば涙があふれ出てくる。
「力のない私を許してくれ‥‥ぅぅ」
聖も泣いていた。手には仇討ちの証したる鬼の角。だが、生命を救えぬ呵責はこの角でも足りないだろう。赤子の亡骸を目の前にしてははっきりそう思う。
「その亡骸をカガリさん‥‥母親の元に帰してあげましょう。来世では幸福な導きがあります様に」
翠花が小さな骸をそっと抱える。
「ごめんね。楽士は必ずあたい達が倒すからね」
「楽士の手がかりがあるかと思ったが‥‥甘かったか」
月与とナノックの言葉に、真由は力を込めて拳を握りしめた。
「必ず助けるなんて‥‥助ける事なんて出来なかった。楽士、あなただけは許せない‥‥必ず見つけ出して報いを受けさせます」
赤子と鬼の角を受け取ったカガリはしばらく泣き伏せっていたが、しばらくして勇士に礼を述べた。死は覚悟していたという。宗典という男と添い遂げようと思った時から。
それに復讐は自らを鬼にします、と告げた。本当の鬼は、心にいるものです、とも。鬼退治を誓ってくれるなら、どうか、心を殺めるなかれ、道を誤るなかれ。と。カガリは遠い空を眺めて言ったという。
話はここで幕引きと相成りまする。鬼殺しの鬼の話、いかがでございましょう。
英雄とはかくも恐ろしきもの。洞窟に捨て置いた山鬼が此度の悪鬼とすれば、万人の生命以外は赤子も名誉も守れたでしょうに。英雄は全てを捨てて歩むもの。ご用心、ご用心。