●リプレイ本文
「海人族も丹後の人々も同じテーブルに着くつもりがない以上、交渉以外の方法を探さないといけませんね」
チサト・ミョウオウイン(eb3601)はシェラ・ラミスの話を聞いてそう感想を述べた。国軍と海賊なのだから、仲が悪いのは当然だが、それは暗に潮乾珠を無理矢理奪ってこい、と同義とも考えられる。
「そうだな。海人族の宝なんだ。それを何かと交換するなら、渡されたもの以上を求められる可能性は高いだろう」
「そうでしょうか。甘いと言われても、私としては互いに損のない形で納めたいと思います。強奪は互いの溝を深めるだけです」
チサトの言葉に同意する奇面(eb4906)の言葉にレナーテ・シュルツ(eb3837)は反対の声を上げた。自らの信条が『奪う』ことを許さないのだ。
「じゃあ、どうする? 正面から乗り込んで挨拶します? 海賊って東西問わず荒っぽい性格してますよ〜」
ヒューゴ・メリクリウス(eb3916)は軽く柱にもたれかかり、妖精のトルクをいじくり回しながら、レナーテにそう言った。自称、普通のジプシーという彼は、その表向きだけでも多くの人と出会ってきた。裏の顔では、また別の意味で人と向き合ってきた。そうなれば自然と海賊がどういう人種であるかも、よく理解できるのだ。
レナーテもヒューゴと同じよう海を渡ってきただけあって、その事には薄々気づきもしていたが、だが、それでもよりよい道を模索することが、人の本分であるはずだと思わずには射られない。
「ですが‥‥」
「以前、冒険者が海人族退治に向かったと聞いておる。夏に向けて海の安全確保という名目であったが、間違いなく今回の海中都市の地域確保が狙いじゃろう。その関連性を知れれば、交渉には誰とも応じることはないじゃろうし、あの模造品と金を合わせても250Gじゃ。そんな金額で自分の宝を渡すとも思えん。決裂するのが目に見えている交渉は刃を交えるり性質が悪いのじゃ」
西天聖(eb3402)は優しくレナーテをなだめた。その言葉にまだ若干の気持ちの揺らぎを残したまま、黒髪で僅かに顔が隠れるようにして、頷いた。
「わかりました。致し方ありませんね」
「さて、それじゃ、具体的にどうやって入手するかですねー」
ヒューゴの本気で悩んでいるのか、実は方法を既に考えついているのか、どちらの含みもあるようなあっけらかんとした言葉に、エリーヌ・フレイア(ea7950)は巻物をテーブルに並べて示した。
「それなら占ってみるのも一興だと思わない? 未来を教えて貰えるスクロールがあるのだから」
その言葉は、一同の注目を集めた。フォーノリッヂの魔法は噂には聞いていたが、実際どんな形でこれからの未来が映し出されるか、多かれ少なかれ皆は興味を持っていた。
「面白そうなのじゃ。早速やってみよ」
聖の言葉に、小さいながらもたわわな胸を揺らしながら、エリーヌは巻物を広げた。
そしてしばらく、深淵の中に目を向け、そこに浮かぶイメージを捉えていく。
「‥‥眠り、喜ぶ人々、炎、並列する時の流れ、その先は滝になっているわ‥‥」
たった10秒ほどの時間の中で、大量のイメージがエリーヌの頭の中を駆け抜けていった。語り尽くせないほど多くのものを目の当たりにしたような気もするが、言葉にした途端それらは失った記憶の欠片達と同じ闇の中に消えてしまっていた。もしかするとその落ちていった闇をくまなく探せば失った記憶もかいま見ることができるのかもしれないが、今のエリーヌにはそれほど興味のないことであった。過去に悩まず前向きに生きることが大切だと思うからだ。
エリーヌは目を開けると、続く言葉を期待する皆に問いかけた
「今ので、わかったかしら?」
「分かるわけない。だが、眠りと喜ぶ人々、か。使えるかもしれんな」
奇は奇妙な仮面から僅かに見える口元を微かに微笑ませた。
「眠りと喜び‥‥?」
「人が大喜びして騒ぎ立てたり、眠ってしまうものがあるだろう」
その言葉に、いち早く正答を口にしたのは、聖であった。艶の帯びた笑みがふと浮かぶ。
「なるほどのぉ、宴を開いて警戒心を解く、か。いいかもしれんの」
ああ、なるほど。酒宴なら、酒が好きと噂に聞く海人族なら、喜びもするだろうし、良い具合に酔ってしまえば、眠ってしまうことだろう。静かな宴会というものはないのだから、自然と隠密もしやすくなる。勿論、潮乾珠を奪取するための隠行だ。
「なるほど、それは良いアイデアですね」
にまり、と笑みを浮かべるのはヒューゴ。この手のシチュエーションは好きなのかもしれない。
「それでは、宴会をして気を引く人と‥‥潮乾珠を取りに行かれる人に分かれないといけませんね‥‥宴の理由は‥‥『海上交易に割り込もうとする他国の使者で、海の一大勢力である海人族にジャパン側の受け手として申し入れをしたい』ということではいかがでしょう?」
「す、すごいリアリティのある話ですね。今考えつきました?」
思わず汗の流れるヒューゴ。見た目は随分幼い、下手をすれば親子でも通ってしまいそうなほどのこの娘は、さらっと、そんなことを言ってのける。将来が末恐ろしく思えたのはヒューゴだけではあるまい。
「でも、それが一番妥当ね。他にいきなり押しかけて宴会を開こうという理由もないし」
エリーヌはふむ、と頬に手を当てて賛成を示したのを始め、他の皆も問題はないようであった。不本意な顔をしていたレナーテも溜息を一つついて口を開いた。
「奸計は好ましくありませんが‥‥致し方ありません。丹後の未来のためです」
「ありがとうございます。‥‥では、詐称する国ですけれども、シェラさんはどのように思われますか‥‥?」
チサトの言葉に、シェラは、作戦としては問題ない、と前置きをした上でくすりと笑った。
「そうですわね。丹後は元々華国との貿易で栄えたところですわ。といっても遙か昔のことらしいですけれど。今は大型貿易には全く使用されていませんから、そこに着目して、というのが自然ですわね」
「随分と、詳しいのだな‥‥?」
饒舌なシェラの言葉に奇は静かに問うた。交渉や折衝を任されているというだけあったそれだけの知識が豊富なのはよく分かるが、異国の人間がここまで異国の一地域に詳しいというのも珍しい話だと思ったのだ。
「地図作りをしてますと自然と詳しくなりますのよ。人の作った『道』が見えてきますもの」
そう言って、彼女は笑った。ふん、と鼻を鳴らして奇はその慎ましやかな笑声を聞き流すと、言葉を続けた。
「そうか。ところで、潮乾珠も興味深いが、土蜘蛛対策の道具なのだろう。是非、道具作りには協力させてもらいたいのだが」
「ご縁があればよろしくお願いしますわね。あまり驚かれるようなものでもないかもしれませんけれど」
●承
「海人族の砦から逃げれたのは君かの?少し聞きたい事があるのじゃ。教えて欲しいの♪」
「あ、あぁ。入ったというか捕まったというか‥‥」
男は、聖の姿を見て、しどろもどろに答えた。何しろ遊女の姿をした聖の姿は男にとってひどく蠱惑的で、話しかけられたその瞬間も真正面からでなく、心の隙を穿つように、流れる視線をよこしながら、耳元で囁かれるのだから。
それに彼女の肩に止まるエリーヌの存在も男にとっては神秘的な存在であった。シフールというものを初めて見るのだから、仕方ないかもしれない。
「海人族に少々用事があるのじゃ。よければその時の様子を少し教えてくれんかの」
「海人族に捕まったときのことか? 奴ら、いきなり水中から舟に穴を空けて沈めようとしてきたんだ。誰に断ってこの海域で漁をしてんだ〜! ってさ。アジトに連れられて、さんざんいびられたよ」
せっかく(ジャイアントではあるが)魅惑的な女と接触できたというのに、苦い思い出を語らなければならないというのは、酷な話であった。そんな様子を知ってかしらずか、エリーヌは辺りをきょろきょろと見て、警戒をしながら、男に言った。
「実はね、私たち冒険者なんだけど、そのアジトや海人族のボスのことを知りたいのよ」
その言葉は一瞬男に衝撃を与えたが、すぐに理解が言ったのか、話し始める。
「ああ、前にも海人族退治で冒険者が来ていたな。そっか、是非やり返してくれよ。ボスは英胡って言って、酒の好きな奴さ。いつでも腰に瓢箪をぶら下げて、飲んでやがる。だからと言って酔っぱらいという感じでもない。度胸のあるところをみせると喜ぶみたいだけど、めっちゃくちゃ強い。子分にも慕われてた」
男はそう言いながら、アジトの知りうる地図を書いていった。地図は簡易に言えば、○を中心に上下左右にそれぞれ一本ずつ道がつけられたものであった。
「ここが牢屋。そこから進む道は大広間だけだ。この大広間は海人族が集まる場所に使われているみたいだ尋問とか恫喝されたのもここだ。そこから大きな道が港‥‥海へとでる出口だな。出口には船と艤装の他に武器や一般道具も置いてあった。そこで道具を作る奴とかもいたな。広間からは他に二つの道があった。どこに繋がっているかまではわからない」
その男の言葉にエリーヌも聖も満足そうな笑みを浮かべていた。
「これだけ分かれば、十分じゃ。感謝するぞ♪」
♪
軽い、でも心に焼き付くような聖の口づけが、男の頬に可愛い音を立てた。
「海人族と交渉をしたいのですが、接触をもつことはできるでしょうか‥‥?」
チサトは海人族から漁業権をもらったという漁師と話をしていた。だが、漁師の顔はどこか話半分だ。
「お嬢ちゃん、どこで海人族の話を聞いたのかしらないけれど、あいつらは危険な奴らだよ。お嬢ちゃんがどんな話をしようと、相手にしてくれないどころか、危ない目に遭うだけだ」
少なくても、漁師よりは腕は立つし、それは見せかけのものですから、というワケにはいかず、チサトは口をつぐんだ。子供の姿だから、大人も気安く話を聞いてくれると考えていたことがあったが、今回はちょうどそれが裏目に出たような形だ。
「申し訳ございません、話をするようにお願いしたのは私です。‥‥改めて、海人族と交渉をお願いしたいと思うのですが、その旨を先方にお伝えできませんか」
傍で買い物をしつつ、様子を覗っていたレナーテがさっとそのサポートに入る。生真面目な性格故、つい本音をのぞかしてしまいそうになるが、そこはチサトがさりげなく間の手を入れて、軌道修正をする。
「まぁ、そういうことなら‥‥だが、海人族に漁業権を認められているからって、深いつながりがあるってわけじゃないんだぜ‥‥」
男は嫌そうな顔をしていたものの、少しの賄賂とチサトとレナーテの誠意のこもった説得でようやく首を縦に振ってもらうことができた。
「なんとか、次のステップに踏み込めそうですね‥‥」
「町のならず者と関係を持つようでいい気はしませんね」
レナーテは相変わらず不機嫌だった。そんなところに姿を現したのはヒューゴであった。ヒューゴは頭から手ぬぐいをかぶり、濡れた髪を拭きつつ笑顔を浮かべていた。
「やぁ、お疲れ様です」
「あ、ヒューゴさん。どこに行ってたんですか‥‥?」
「ちょっと、海の様子を見てきていたんですよ。潜入には万が一のことを想定しておかないと、いけませんしね」
そう答えると、ヒューゴは体が冷えるから、とそのままチサト達の横をすり抜けていった。そして、彼女たちからは見えないように、手ぬぐいの裏から半割れの札を取り出した。
「勘合符を使っているとは、海人族もけっこうな知恵があるものですね。単なる海賊だと思っていたら危険かもしれませんね‥‥危険か。ふふ、楽しそうです。ああ、シェラさんに船を頼むときは救命道具も用意してもらわないといけませんね」
ジリジリ磨り減る神経、刺す様な緊張感。楽しいですねぇ。
笑みを浮かべながら、ヒューゴは立ち去る。
同時刻、同じ笑みを浮かべる者がもう一人いた。暗い荒ら屋の中で、漏れて差し込む陽光が奇の体をまだらに照らし出した。
「原料か‥‥どんな物だろう楽しみだなぁ‥‥」
目玉、骨、皮、内臓それぞれを一つずつ丁寧に分解しながら、奇はそうつぶやき続けていた。彼の目の前には潮乾珠より先にある土蜘蛛を退けるという原料のことだけであった。
●転
「私たちは、華仙大教国から参りました双犬狼という組織の者です。本日は海人族の皆様にお話があって参りました、決して互いに損のさせない話です‥‥」
コンタクトは無事成功し、聖、レナーテ、チサトの三人は海人族のアジトの程近くにある海上に立っていた。二艘の船が接舷し、冒険者と海人族を結んでいる。
彼女たちの目の前には揺れる炎と碧の瞳がぞろりと光っていた。時折白く輝いて見えるのは膏を塗った河童の皿だろうか。河童の集落というものに初めて潜入する三人は、その独特の雰囲気に息の詰まる想いをしていた。
だが、それを顔に出すわけにはいかない。今この時は華国の一組織の使者という立場なのだから。
交渉の頭を務めるのはレナーテ。聖はコンパンオン役であったし、チサトも通訳と書記官役ということで、交渉役を務める者がいなかったせいだ。おかげで、このあたりかなりたどたどしくも感じる。
「ほう、それで、一帯どんな話だ?」
言葉を返してきたのは、一番最奥の椅子腰掛けた、眼帯をした河童であった。腰にぶら下げた瓢箪。射抜くような視線。ひときわ大きな体格。その存在感は他の河童とはまるで違っていた。あれがボス、英胡であることは間違いない。
「私たちの組織では、華国内で様々な商品を手がけてきています‥‥。今までは西に向けてそれらの商品を売りさばいていました。ジャパンは島国で貿易ルートを確立させるのが大変だったからです」
「ほう、それじゃ、その貿易ルートの確立に手伝えってか」
「その通りです。しかし、国を通すとその儲けは薄くなるし、制限される商品も出てくるでしょう。そこで、あなた方が私たちの商品を買って、商人に取引をしてくれるだけで構いません。丹後にいながらあなた方は丹後にない商品、武器防具、魔法の品も手に入れることができます。財源も確保できる。あなた方は富を得て、この丹後を裏から支配することもいずれ可能でしょう。今日、もし良い返事をいただくことができるなら、この船と積載物は友好の印としてお送りいたします」
言葉をチサトや聖に陰で助けてもらいながら、レナーテは説明する。
「ふぅん。その取引にゃ興味ねぇが、後ろにある酒は興味があるね。俺たちのこともよく調べているようだ。旨味は非常にくすぐるじゃねぇか」
英胡は笑みを浮かべると、瓢箪をを持ち上げた。
「おい、宴の準備をしろ。先方サンも宴をするつもりで女連れてきてくれたみたいだしな‥‥美人の河童がいないのは残念だが」
「うぃ、了解しやした。てめぇら、宴の準備だ!!」
その声に、周りの河童達は喜びの声を一斉に上げた。
そして交渉にあたった者達も心の中で小さく喜びの声を上げたのであった。
「準備はいいみたいね。ここからでも宴会の声が漏れ聞こえてくるわ。もらったお金ほとんど酒とキュウリにつぎ込んだかいがあったわねー」
エリーヌはそうぼやきながら、長い青の髪を頭頂でひとくくりにした。服も特に軽装なものを選んでいる。横では奇が、空を見上げて、月の出具合を確認している。今宵は雨もなく、星月夜が美しい。波間にもその月影が輝いて見える。
「サンワードの結果はどうだった?」
「残念ながら、無反応よ。太陽の届く場所にはないみたいね。まあ、あの岩穴の中じゃ仕方ないけど。それじゃ、先行よろしく頼むわ」
エリーヌの言葉に分かっている、と言わんばかりに奇は銀色のオーラを身に纏って、次の瞬間には自らの乗っていた船の影に姿を消した。『ムーンシャドゥ』は確かに影をつないで、岩穴の入り口の影から奇の姿が飛び出てくる。
そてまた銀光。
奇の姿はエリーヌからは全く見えなくなってしまった。彼が偵察して帰ってくるまでまだ時間はある。エリーヌは船縁に腰を下ろして月影の漂う海を眺めた。
「この海のどこかに水中に没した町があるのね。それに潮乾珠‥‥面白そうだわ」
沸き立つような冒険心をその表情に浮かべながら、エリーヌはこの静かな時間を楽しんでいた。
「潜入もここまですれば楽なものだな」
奇は何度目かになる『ムーンシャドゥ』を使用して、大広間の奥へと姿を現した。アジトにも酒樽が送り込まれていたおかげで、こちらでも大宴会になっていた。影に潜む奇の姿に誰も気づく様子はない。
「もう少し奥か‥‥。左手が牢屋、右手は‥‥河童の居住区か。ならこのまま奥か」
奇はもう一度『ムーンシャドゥ』を使ってそのまま奥へと移動した。
ボス、英胡の居室があり、その奥に鉄格子の入れられた小部屋が見える。そこには多くの財宝が僅かな光に反射して輝いていた。貨幣だけでない、黄金も宝石もそこには眠っており、その輝きに奇は人には見えぬところで眉根を寄せた。
奇にとっては眩しいだけで、大きな価値はそれほどなかったのだ。
「‥‥一端、報告に戻るか」
見張りの存在に僅かに舌打ちしながら、奇は来た道を戻るために、再び月影の道を走り、エリーヌの元に戻った。
「美味しい浅漬けはいかがですか?」
「おう、ちびっこいねーちゃん。ありがとよ! へへ、なかなかンめーじゃんよ」
「あら、でも海人族の皆様の飲みっぷりも大した物ですわ‥‥お酌いたしましょうか?」
チサトは始まった宴会を縦横に動いて、海人族にできるだけ公平にふれあった。河童達にキュウリを手渡し、酌をしながら、褒めちぎる。そして時折目を走らせて、潮乾珠がこちらにきていないかを確認する。
だが、酒樽が転がり、河童達の動きもどんどんまとまりがなくなっていく中、目を走らせる余裕は増えても、それと認知するのは段々と難易度が上がっていった。これではあるのか無いのかまったく分からない。
「彼方が頭領英胡殿じゃな♪ 私はひ・じ・りじゃ。流石頭首だけあって他の者より貫禄があるの」
そう言って、英胡に寄りかかって酌をしているのは聖であった。その動きは艶めかしく、英胡より回りにいる河童達にもてはやされるほどだ。もっとも河童とジャイアントであるので、恋愛などの対象ではないだろうが、緊密な雰囲気を作り出す聖の技術に種族の壁は感じられなかった。
「へぇ、あんたみたいなのも華国の組織の一員かい?」
英胡は酒を聖にさしつつ、問うたが、聖は少し驚いた顔をした後首を振った。
「私は宴があるから、その花にと言われて来たのじゃ♪」
「へーえ、まぁ、そだな。んじゃ今日という出会いに、握手だ」
「うむ、良いぞ♪」
固く握手が交わされる間も、英胡の瞳はどこか深く輝いてるように見えた。
「あ、あなたどこに行ってたの」
「やぁ、奇遇ですね」
エリーヌはヒューゴの存在に気がついて声をかけた。夜のこの潜入前からどうも姿が見えないと思っていたら、どうやら別方向からやってきたようだ。音もなくエリーヌの傍まで歩いくと、そのまま奥を見やった。
「この奥が財宝の部屋ですか?」
「そうみたいよ。近くまでは、先に確認してもらっているわ‥‥ところで、見張りはどうしたの?」
「ああ、お酒を飲んで寝てました」
一部、しっかり見張りをしていた存在がいたが、それはヒューゴの誘眠打でやはり夢の世界に旅立っているのだが、彼はあえて口にしなかった。
「それにしても、意外と簡単ね。もっと凝った罠があるかと思ったけれど」
「攻めるのが得意な人は、大抵、攻められると弱いものですよ。潜入してくる人がいるだなんて想いもよらなかったんでしょうねー」
ヒューゴはからからと笑いながら、エリーヌと共に財宝の部屋へと進んでいった。前には一足早く奇が辿り着いていた。
「ぐわっ!!?」
「不必要に目を持っているからだ‥‥」
見張りの河童は顔面を金属拳で強打して、悶えているところに加え、奇はそう呟くと、目と目の間(拳の大きさから、一部目も含んでいたが)を狙ってもう一度拳を叩き込んだ。
「けっこうえげつないことするわね‥‥」
思わず感想を述べるエリーヌの言葉を無視して、奇は鉄格子を見やった。鉄格子には鍵穴はおろか、扉と類推されるものは一切無く、その中に入るのは難しそうであった。
「入れないですね‥‥僕達なら」
「私なら簡単よね。海人族にはシフールは知られてないのかしら」
エリーヌはその隙間から滑り込むと、その財宝を調べた。そして間もなく人間男性の手の平にやや余るほどの大きさの宝珠を持ち出してきた。
受け取った奇はすぐにそれを確認した。確かにシェラが最初に見せた宝珠とそっくりだ。透明感のある青の推奨に龍がそれを抱えるように巻き付いていた。手に取った印象は魔力の帯びたものであるとは全く感じられなかったが、手の中で光をあてる角度によって青味はうすれ、薄く虹色にみえるあたり、普通の宝石類と異なっていることは間違いなかった。
「それじゃ、脱出しましょう」
「そうですね‥‥」
あの格子がなければ業物の一つや二つ、手に入れられるチャンスだったんですけれどねぇ。
一瞬、残念そうな表情を浮かべたヒューゴであったが、時間も、仲間の隙をうかがう余裕もなく結局外に出ることになった。
「で、聖ちゃんよ。そろそろ本当のこと教えてくれねぇか?」
握手した手が強く握りしめられ、離れなくなる。一瞬の隙をつかれたため、その手から逃げられず聖は一瞬顔をしかめた。
「なんのことじゃ。それに痛いぞ」
「まず、交渉や親善に交渉になれていないような女子供三人だけで来るのはおかしい。そしてお前のこの手は‥‥武器を持つ手だ。どれだけ身を飾っても、これはかくせねぇ」
思わず言葉を詰まらせる聖に、英胡はにやりと笑った。そしてそれをそのままひねり上げた。
「だいたい、貿易を売り込む華国の組織なら、土産の酒も華国産が当たり前だろう。ジャパンの酒ばっかでちょっと損した気分だぜ!!」
「!」
ハナから信用していなかったのだ。この男は。
聖は彼の宴の前の言葉を思い出した。取引にゃ興味はねえが、後ろの酒には興味がある‥‥。
「まぁ、周りに気配もねぇし、三人くらいなら俺一人で十分だと思ってよ。周りにも酒を飲ませてやったんだ。さて、本当の目的を話さないと、このまますぐに腕がオシャカになるぜ」
聖はなんとか抵抗を試みた。腕力では種族特性からして相当の開きがある。負けるはずはないと思うのだが、間接を決められていてはどうにも動きようがない。
「聖お姉ちゃん‥‥!」
チサトが走り、魔法詠唱を唱えたところで、英胡は軽く力を込めて、聖の腕の骨をそのまま砕き折った。
「うぁ!!!!!」
その悲鳴に思わず詠唱がとまる。下手に魔法を使えば、聖も巻き込んでしまうのだ。
レナーテも剣を抜きはなったものの、手の出しようがなかった。
「バラバラの装備と魔法能力‥‥冒険者だな? そすると丹後水軍の回しもんか」
語らぬ一行の姿から、その真実を探ろうとする英胡。
「く、后空!」
その聖のかけ声と同時に、英胡の背後から水柱が立ち、聖の愛馬、后空が姿を表した。それと同時に、主人を痛めつける河童へと愛馬は跳躍し、それを襲った。
英胡は身をひねってそれをかわしたが、聖を捕まえておいたままでいるのは無理だった。それでも掴んでいた腕をひねって、肩の関節を壊すくらいの余裕は持っていた。
「お姉ちゃん逃げるです!」
チサトはそう叫ぶとウォーターボムを完成させ、聖に近寄らせないようにと牽制の意味を込めて放つ。その隙に痛みをこらえながら、聖は走り、后空にまたがると、残った左腕だけで手綱を掴んで走らせた。
主人の命に従い、后空は海へと足をつけると、そのまま高速で姿を消していく。
同時にその方面から大量の煙を宿した船が突っ込んでくるではないか。
「ち、火船か。普段なら海に逃げ込むところだが、部下を置いておくわけにゃいかねぇからな」
英胡はそう吐き捨てると、酔った河童達を指示しながら、自分たちの船を操り、そのまま離脱していった。
「今日のところは負けといてやる。だが、オトシマエはちゃんとつけさせてもらうからよ。楽しみにしてな!」
海賊と言うだけあって、操船技術はたくましく、たちまちの内に、英胡の乗る船は遠ざかり、姿を消していってしまった。
「煙りの草、持ってきた良かったわ。こんなところで使うとは思ってもみなかったけれど」
「あ、エリーヌお姉ちゃん‥‥ありがとうございます。ダメかと思いました‥‥」
煙の吹く船から、エリーヌが飛び上がってくるのを見て、チサトはもうこれ以上もない安堵の息を漏らすのであった。
●結
「確かに潮乾珠ですわ。これで原料を取りに行くことができますわね」
宝珠を手にしたシェラは笑顔で皆に礼をした。
「でも、海人族には顔を覚えられてしまいましたよ。ちょっと危険は大きくなりましたね」
「そうね。探索中に襲ってくるかもしれないけれど‥‥実現不可能というわけじゃないから。ただ少しほとぼりが冷めるまでは探索は延期ね。半月くらい遅らせようかと思うわ」
その声に不満そうな顔をする人が何人かいたが、シェラは譲らなかった。
「潮乾珠を奪い返されたり、町の原料を全て相手に奪われたりしたら、それこそ元の木阿弥ですわ。皆さんを失うことを覚悟してでも早急に解決しなければならないような事項ではありませんわ」
常に最善を考えるのは大切なことですもの。と付け加えた。