いざ、海(お宝)へ! 〜平和〜

■シリーズシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:08月29日〜09月03日

リプレイ公開日:2006年09月06日

●オープニング

「甘露というのは、インドゥーラのあたりから伝わってきた品で、そちらではアムリタと呼ばれているようですわ。もっともそれは不老不死の妙薬と言われていたから、今回のこれとは別のものかもしれませんわね」
 シェラは海中に没した町、立岩で入手した甘露と呼ばれる蜜を封じた入れ物を机においてそう述べた。
「世界は精霊のエネルギーで満ちていますわ。そして全ての生命もバランスは違えども、精霊の力を得て、活動しているの。月と太陽の精霊力は生命の体とは特段関連が深く、このバランスが崩れれば病気にもなるし、精神も不安定になる。これを根源として世界の成り立ちを考えるのが陰陽思想。
 さて、甘露なんですけれども。これはその乱れた気を正常化させるという効力を持つらしいわ。施餓鬼として使われることもあるけど、これも深い欲求のために、気のバランスを崩して亡霊として生きながらえる存在に対して、そのバランスを取り戻させ、浄化するという意味があるみたい。
 丹後の土蜘蛛も、土地の気のバランスが悪いために大発生を起こし、そして他の地域には見られない凶暴さを持っていると言われていますの。そこで甘露を使うと、土蜘蛛の中の気のバランスが改善されておとなしくなる。というわけですわ。蜜を干して他の香と混ぜて焚けば、その香りだけで、攻撃性は低下しますし、直接蜜をかければ、活動をほぼ停止するようですわね。元々異常に数が多いから、生態系のバランスをはかり活動停止に追い込まれる、と。
 私もほとんど殿様や文献からの受け売りですので詳しい解説はこれ以上できませんけど、ご理解いただけたかしら?」
 とにもかくにも、と言って、シェラは後続する船を振り返って眺めた。
 夏の強い日差しに照らされ、秋色を含みはじめた風を受けて疾る船には甘露が積まれている。あの船に満載した甘露は、いったい丹後のどれだけの地域を救うことができるのだろうか。
 水没した町を巡る、冒険はまもなく終わりを迎えようとしていた。


「シェラ姉さん! てぇへんですっ」
 空がにわかに曇り始める頃、水夫の一人がシェラにあてがわれた船室に慌てて飛び込んできた。彼が飛び込んでこなくても、壁の向こうからは波とは思えないような、轟音と龍のような鳴き声が部屋全体を揺らしており、異常事態であることを告げていた。
「ば、化け物が仲間の船に突撃して、沈められているんです!」
「化け物‥‥?」
 シェラはいぶかしんだ。世界地図を作る過程に於いて、化け物というものがあちこちに存在していることを彼女はよく知っていたが、まさかそれが、立岩の再捜索を終えた今この瞬間を狙ってやってくるとは、思いもよらなかった。
 ねらい打ちにされたかしら。
「鮫みたいな体表をしているんですが、ウツボみたいに長くて、20mはありますよ! 陰陽師に至っては、海の神、豊玉姫の化身だ、なんていうんですよ!!」
「あながち間違っていないかもね」
 そんなモンスター、聞いたこともない。だいたい海に眠っていた町を幾百年ぶりに起こしたのだから、海の神が怒るというのもあり得そうな話だ。
「とりあえず、外に出ましょう。脱出の準備をお願いしますわ。残りの船員にも、速やかに戦線から離れ、必要であれば、荷を全て捨てても構いません」
「ここで逃げたら、海人族がこの近辺まで襲いかかりますよ! 奴ら、化け物の後方で高みの見物するように待ちかまえているんです。化け物をやり過ごしても奴らを野放しにはできません。援軍が来るまで‥‥」
 息巻く水夫の口に、シェラは人差し指をそっとあてて、ほほえんだ。
「相手を知らず、現状を把握できずに戦えば、必ず敗れる、とは華国の言葉よ。永い年月、海の鬼として人々を悩ませた海人族と、海の神なら関連性も高いでしょう」
「しかし‥‥」
「あ、もう一つ有名な言葉があるわ」
 シェラは笑って言った。
 三十八計逃げるが勝ち、と。

「で、その化け物、えーと豊玉姫でしたっけ、を退治するんですか?」
「海上で、海の神と戦う術があるなら教えてほしいわ。でも、あの出現事件以降は化け物は南下していったという目撃情報があるからサルベージは今がチャンスだと思いますの。ですので今回は沈んだ積荷の回収と、それから人のものを取ろうとする海人族にきついお灸を据えてあげることをお願いしたいわ」
 そう言って意志のこもった瞳を向ける彼女を見て、受付員はあきれたため息を漏らした。今回の件で、丹後の害虫、土蜘蛛を駆除する道具も海中に没してしまったであろう。国からの命を受けた人間としては気が気ではないだろうが、それを押し隠しても、水夫の生命を優先したのだから見上げた精神の持ち主だと尊敬はするが。
 今回の依頼を受諾する冒険者の苦労が浮かんでくるようであった。

●今回の参加者

 ea7950 エリーヌ・フレイア(29歳・♀・ウィザード・シフール・フランク王国)
 eb3402 西天 聖(30歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3837 レナーテ・シュルツ(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3916 ヒューゴ・メリクリウス(35歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 eb4906 奇 面(69歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

我羅 斑鮫(ea4266)/ 城戸 烽火(ea5601)/ ヴェニー・ブリッド(eb5868

●リプレイ本文

●序
「船影確認できたわ。進行方向から1時の方向にて停止」
 エリーヌ・フレイア(ea7950)の言葉に、準備を行っていた一行は慌てて甲板へと飛び出て、その方向を注視した。
「ど、どこじゃ? よく見えんが」
「私でもぽつりと見えるくらいだもの。でも、もうすぐ見えるようになるわ。早めに準備しましょ」
 メインマストの上から潮風をうまくうけて、羽根のように舞い降りるエリーヌ。大空を飛ぶことのできる彼女の視力はその空を飛ぶことのできる体と相俟って、遙か彼方を見ることができた。
「それもそうじゃな。后空と護静を解き放つとしよう。チサト殿、手伝いを頼んでよろしいかの? サルベージや戦闘の補助に使うといっておったじゃろ。それにもまずチサト殿も慣れておくべきじゃ」
「あ、はい‥‥わかりました。よろしくお願いしますね」
 踵を返す西天聖(eb3402)に声をかけられ、鍋をぱこぱこと叩いていたチサト・ミョウオウイン(eb3601)はにこっと微笑んで、道具を片付けると彼女の後ろを追った。
「いったい、何に使うんでしょうねぇ」
 ヒューゴ・メリクリウス(eb3916)は、裏面から真っ二つにしたかったのか、くっきり筋状の痕が残った鍋をまじまじと眺めた。
「さあ‥‥少なくてもストレス発散のためではないと思います。それより、準備はしなくていいのですか?」
 太陽の明かりと潮風を受けて、一つの生き物のようになびく、艶めかしいまでの黒髪をまとめながら、レナーテ・シュルツ(eb3837)はヒューゴを促した。
「そうですねー。ストレス発散といえば、あんな感じですもんね」
 そう言いながら、ヒューゴはちらりと奇面(eb4906)を横目で見た。彼は、甘露が豊玉姫によって沈められ、満足に研究できなかった苛立ちをマストに向かって叩きつけ続けていた。
「あいつさえいなければ‥‥」
 にぶい音が延々と柱から響いてくる。ただ、単調に繰り返される拳を叩きつける音。
 それがフイ、と止まった。
「邪魔をするつもりか」
「いえ、海人族の船が見つかったので、お知らせしようかと」
 骨のような色合いの仮面から、冷気を帯びた瞳をヒューゴに向けて、奇は言った。だが、訓練を止めた当の本人はいたってにっこりとするばかりだ。
「敵はマストじゃありませんからね。然るべき相手にしてもらえます?」
 ヒューゴはマストの傍にかためて置いてあるロープの束を担ぐと、船縁の方へとひょうひょうとした足取りで去っていった。
「ふん。言われなくともわかっている」
 甘露を奪われるわけにはいかない。
 その想いは少なからず、皆同じものだった。

「船影確認。海人族のものだ。総員配置につけ! 寄せるぞっ!!!」
 水夫の声が響き渡る。



「海人族! 接舷を回避の模様!!」
「突撃なさい! 修理費くらい出してあげるわ!」
 シェラは船首に走り、相手を一時たりとも見逃すまい、手でつかめるならやってやる、といわんばかりの気迫でゆっくりと左方へと動いていく海人族の船を見やった。
 船はそれほど大きくない。漕ぎ手は10人くらいでいけそうな小型に分類されるような船だった。帆の色は白、船体は木の色そのものであるが、苔藻がついているのか、全体に緑色がかかっているようにみえた。傷の多さから、その船が幾戦もくぐり抜けているのがわかる。船縁についた弓台や衝突角はそれが元々サルベージを意識した物ではなく、戦闘用、もちろん海人族は河童なのだから略奪用であったことはすぐ伺えた。そういった装備や艤装を切り替えて、今回のサルベージ用にしたてあげているのは一目瞭然であった。
「岩陰にこっそり隠してやっていると思ったけれど、意外と堂々しているわね」
 エリーヌは巻物を開いて、『フレイムエリベイション』の魔力を自らに宿す。淡く赤いオーラが身にまとわりつくように、心の中にも不屈の炎が、負けてはいられぬという気持ちを取り囲んでいくのが胸のざわめきから感じ取れる。
「豊玉姫の出現で、他の勢力は船を出し控えているから、だな。それでも恐れぬということはあの河童海賊が豊玉姫を操っているという可能性が高い」
 奇は目の前を悠然と走っている船に視点を合わせていた。
「そうかもしれないわね。でもせっかく見つけた甘露や石版をこのまま海に沈めさせておく訳にはいかないわ」
 エリーヌはどの魔法が一番効果的であろうかと、自分の持ち物を頭の中で考えた。『ライトニングサンダーボルト』で威嚇するのが一番妥当か、それともレナーテに『ウォーターダイブ』をかけてあげるべきかと悩む。
「船はわしが止める」
 その僅かな時間が惜しいのか、奇は即座に魔法の詠唱を始める。
「ちょっ、まぁ、結局は止めるんだし、いいわよね」
 グダグダと愚痴を募らせるのは後回し、とエリーヌは装備を整え終わり、飛び移るタイミングをはかっているレナーテの傍に走り寄った。
「お待たせ。『ウォーターウォーク』を使うわ。制限時間は6分。乗り移った直後は特に海に落とされやすいから甲板にいる間は、時間の経過覚えておいてね」
「わかりました。ですが、これだけ動きが激しいと足元のがおぼつかず、乗り移りは難しいですね」
 ああ、そうか。船でチェイスしている中で、バランスを保つって難しいのね。
 飛んでいるエリーヌにとってはそれは改めて気づかされる事実だった。
「大丈夫? 『ウォーターダイブ』が使えたらいいんだけど」
「心配は及びません。もうすぐ船は止まります」
 レナーテはただその瞬間をじっと待っていた。

「そう簡単には逃がさぬのじゃ!」
 波の合間をすり抜けるようにして自分たちの乗っていた船とは海人族の船を通して反対側に移動してきたのは水馬・后空に乗る聖の姿であった。河伯の槍を手にした彼女は、白波で眩惑して、即座に近寄る。
「帆で風を受けて走ったとしても、順風でなければどうしても人力に頼らざるを得ぬな」
 ざんっ、ともう一度飛沫を上げたかと思うと后空はもう櫂のすぐ傍まで来ていた。
 慌てて河童達が騒ぎ立てて、聖へと弓矢を射かけるが、馬に乗った人間を狙うことだけでもかなりの難易度であるのに、逃げようと必死になる船の上で態勢がとれるずもなく、弓矢は窓から飛び出ることにあらぬ方向へと走っていってしまう。
「せいゃぁっ!!!」
 気合い一閃。
 槍を大きく振り回すと、船から海面へと突き刺さる櫂がまとめて二本、切り飛ばすことに成功する。
 そんな聖の姿を腹立たしそうに見て、操舵を持っていた一匹の河童が声を荒げる。
「どこかで見た顔だと思ったら、あの時、酒を持ってきたねーちゃんじゃねぇか!! 畜生、またてめぇらか!」
 そこまで言われたら、その河童がいったいどこの誰であったか聖も少し思い出すことができた。あの時の宴会に参加していた河童か。それなら、あちらのボス、英胡が交渉に同船させていたのだから、この河童も甘く見てはならないかもしれない。
「大人しくしやがれ、こらっ」
「后空。一端離れるのじゃ。護浄も近寄りすぎてはならんぞ」
 逃げる船の先頭に立ち、その逃走方向の一部を塞いでいた護浄に声をかけ、一端戦線を離脱する。
 そんな様子を操舵手の河童は見落とさず、轢いてやろうと舵を回そうとした。
「狙うのは、舵を持った河童だ。つぶれろ」
 視線を聖の方に集中させすぎた。その後ろ、迫り寄る船にいた奇が『ムーンアロー』を完成させていたことに気づかず、魔力の矢二射抜かれて、舵から手が離れてしまった。
「『ムーンアロー』で舵ごと破壊できればよかったのだがな」
 ぼつりと言いながら、奇も金属拳を手にはめて、接舷を狙う場所へと移動した。

「跳べる? 無理しないでね」
「大丈夫です」
 エリーヌの心配に短く答えると、レナーテは助走をつけて一気に船縁を飛び越え、相手側の船へと飛び移った。
「てんめぇ、やるって、の、ぐぇ」
「申し訳ない気持ちはありますが‥‥だからと言って指をくわえて見ているわけにもいかないのです」
 その跳躍を待ち受けていたような河童に対し、レナーテは跳躍した勢いを乗せて、大上段から剣を振り下ろした。助走の勢いと体重のすべてが集約された一撃は相手を吹き飛ばし、たたらを踏ませるのには十分であった。
 続いてやってくる河童にもなぎ払いから逆袈裟と、流れる舞のような動きで周りを囲もうとする河童達に手傷を負わせていく。
「おや、頑張ってますね〜」
「ヒューゴさんっ!!」
 3対1でも優勢に薦めているレナーテにさっとそんな言葉と影が通りすぎた。慌てて上を見てみれば、人差し指と中指を揃えて立てて、こちらに挨拶など送るヒューゴの姿があった。彼はレナーテの戦場ぎりぎり外に着地すると、後はよろしくと言わんばかりに去っていってしまう。
「‥‥多くはいいません」
 これだけ数が多いのだから、手伝って欲しいのですが、と溜息の一つでもつきたくなったが、どうしようもあるまい。
「レナーテお姉ちゃん、後ろです‥‥っ」
 しまった!
 よけいなことに気を取られすぎていたかと、少しだけ後悔した。河童のうち、一人が背後に回り込み、短めの刀を振りかざしていたのが視界に微かにはいってくる。レナーテは攻撃を甘んじて受けるしかないと体をこわばらせたが、肉がえぐられる焼きごてを押されるような痛みはやってこず、こわりに水飛沫が振り向こうとする彼女の頬にあたった。
 チサトのウォーターボムであることを直感したレナーテはその場から二三歩飛び退いて、あらためて、背後を取られぬように警戒した。
「ありがとうございます」
「まだ、たくさんいるから、気をつけてくださいね」
 次の魔法の準備をしながら、チサトはレナーテにほほえみかけた。


「く、なかなか近づけんの」
 聖は海人族の船を取り巻くように走っていた。隙あらば潜り込んで、残った櫂も叩き折ってやりたかった。あの船足を止めれば、恐らくすでにしていたであろう海人族によるサルベージ活動も随分やりにくくなるに違いなかった。
 だが、櫂は反対側からも援護をえて、まだ完全には止まっていなかったし、当たらないにしろ、弓矢の嵐は近づくのをためらわせた。
「大丈夫?」
 どう攻めたものか、思案している聖の頭上にエリーヌがやってきて、こちらに声をかけてきた。聖は后空の動きを少し穏やかにさせて、エリーヌを側に招く。
「船上はどんな様子じゃ?」
「今もまだ交戦中よ。負けることはないと思うけど。こっちはどう? 水中にも海人族はいる?」
 エリーヌの質問に、聖はゆっくりと頷いた。
 海人族はサルベージ中だったようで、聖が回り込むまでの間、水中に身をやると海中でも海人族は活動をしていた。だが、肝心の引き上げる船が動いているので、サルベージを行うことも、一端戻って戦列に加わることもできずに右往左往していた。
「奴らを攻撃できたら良かったのじゃが、息継ぎを狙われそうだからの。とりあえず、船を止めておびき寄せようかと考えていたのじゃ」
「了解。私も手伝うわ。このまま、左舷に行ってもらえる?」
「任せるのじゃ!」
 エリーヌにも手綱を握らせると、聖は后空に声をかけて一気に歩を進めさせた。
 今度はまだ気づかれていないのか、弓矢の弾幕も少なく突き抜けることができそうだ。
 そんな中、詠唱を終えたエリーヌが手を前に突き出す。途端に視界が白黒に明滅し、手の平から生まれた電撃の龍が姿を現す。それは一瞬だけ身構え、次の瞬間には10m以上先にあった櫂を突きだしている小窓を吸い込まれた。
 櫂がまるで意志を持っているかのように大きく跳ねた。
「よくやったのじゃ!」
 興奮に満ちた声を上げると、残った櫂を駆け抜けながら、次々と叩き折る聖。彼女が船の側を駆け抜けた時にはもう、船の動きは停止していた。
「それじゃ、『ウォーターダイブ』をかけるわ。海中にいる海人族もよろしくね」
「任せておくのじゃ。それにしても弓矢の勢いが弱まって良かったのじゃ」
 聖はエリーヌのウォーターダイブが完成するまでのほんの僅かな時間、沈黙した小窓を見やったのであった。

「ちくしょう、離せ!」
 その小窓の中。
 海人族の半数以上は、先の雷撃で目を回し。
 残りは、縄にかけられ身動きが取れず、もがいていた。
「もう少ししたらきっとほどいてくれる優しい人が現れますよ」
 腕を中心に、輪っかになったロープがくるり、くぅるりと動きつづける。
 ヒューゴはにっこりと笑うと、ロープを近くの柱にしばりつけた。そのロープは一尋(ひとひろ:両手を広げたほどの長さ)先で他の多くのロープとつながっており、さらにそのロープ達は先ほどからやかましく抗議の声を上げる海人族の体へと繋がっていた。
 海上からドタバタという音が聞こえる。誰か降りてくるのだろうか。
 ヒューゴはやれやれと新しいロープをそこらから拾い上げると、やおら先端を輪っかに仕立て上げ、
「な、なんだこりゃぁ!?」
 この惨状を見て、驚愕の声を上げる新手に向けてと輪投げでもするかのように投げかけ、その両腕ごと、一気に縛り上げた。
「な、この、離せ、はなしやがれ!!」
「もう少しボキャブラリーが欲しいところですね」
 そんなロープも柱に結びつけ、ヒューゴはにっこりと笑ってみせる。
「な、なな! こーのー、離せ。鬼、悪魔!」
「あー、うるさい」
 べごっ!
 誘眠打を容赦なく叩きつけ、沈黙させたあと、ヒューゴは船倉の場所を確認し、ゆっくりとその場を離れていった。
「こら、俺たちはどうなるんだ」
 残された河童達がわめき声を上げる。
「安心しろ」
 あまり返答があるとも期待していないだろうその呼びかけにまさか応答があるとは思わず、声のある方を河童達は見た。
 そこには金属拳を壁に叩きつけながら降りてくる奇の姿があった。
「お前らはわしのストレス発散に役立ってもらう」
「!!!!」
 めぎゃっ。
 その場が静まるまで、それほど時間はかからなかったようだ。



「水中にはまだ海人族がいるみたいよ」
 エリーヌの言葉に一行は海面を眺めた。この下に一体どれだけの河童がいるのかわからない。
 一端船を拿捕することに成功した一行は、残った海人族、海中で待ちかまえている者達への対応へと思案を移していた。
「水中ではどうしても河童に分があるものな」
「『ウォーターダイブ』で軽減はできるわよ。ただ、使える回数は限られているけれど」
 エリーヌは飛沫をかぶったスクロールが破れていないかどうか確認しながら、そう言った。
「拿捕したといっても一応動くし、あの船の面倒も見た方が良いと思うんですよね」
「具体的な数はわかりますか?」
「20くらいじゃったと思うのじゃが。后空の方が動きが素早いのじゃが、いかんせん、地面の上の敵を確認するのとは違って、全周囲に気を配らねばならぬのじゅ。それから沈没した船も見つけたぞ。側面が大きく傷ついていたのじゃ」
 聖の言葉に皆イメージを海の中へと潜らせる。
 周囲を油断無く動き回る河童達、それから傷つき横たわる船の姿。
「水中に挑む班と、水上で哨戒や攻撃の補助に当たる班とでわけませんか? 海人族の襲撃の危険性が無くなれば、水夫さん達も引き上げに協力してくれるとおっしゃってますし‥‥」
 チサトの言葉に一行は頷いた。ウォーターダイブの使用回数のため潜る時間や人間は必然的に決まってくるし、水中以外にも警戒すべきところは多いのだから、それ以外に方法はない。
「それじゃ‥‥」
 班分けを希望に添って動こうとしたとみろ、エリーヌがふと、空を見上げた。
「ブレスセンサーに今、一瞬だけ反応が‥‥」
 その言葉に皆がぴたりと動きを止めて辺りの音に耳を澄ませた。風の音、波の音、鳥の声、船の揺れる音。
「おかしな音が聞こえますね。きつつきのような‥‥」
 その言葉を聞いてすばやく奇が『サウンドワード』を唱え、耳を澄ました。
「この音はいったいどのような音だ?」
 魔法によって意識を持った『音』は奇の問いかけに素直に答える。
「はい、船底が傷つけられている音です」
「!!」
「反撃に出たのか。まずい沈められてしまうのじゃっ!!」
 聖は叫ぶと、后空を休めていた場所まで一気に走り、舞うように飛び乗る。
 続いて、エリーヌがスクロールを開いてチサトにかける。チサトは手近な船縁から海に飛び込み、レナーテは船が迂闊に動いて、水中に潜った人に危害を加えさせないようにと走った。ヒューゴも向こうの船に帰還した奴がいないかと再び飛び渡る。
「くそが、邪魔しやがって‥‥」
 そして奇は僅かに見える口元を怒りで一杯にしながら、船底へと走った。

「見つけました。お痛する人は‥‥許しません」
 まず最初に船底を破ろうと攻撃を試みる海人族を発見したのはチサトであった。逆さになりながらも器用に足で自らの体を固定し、槍で板の継ぎ目を削っている。彼だけではない。他に数人の河童が自らの足場を固定しようと船に付いたり離れたりを繰り返している。
 上下左右もやや曖昧な青の世界であり、海に潜った自分が逆さを向いているのか、彼らがおかしな態勢でいるのかすぐに判断はつかなかったが、そんな中でもチサトは詠唱を紡ぎ上げ、『ブリザード』を放った。
 水中の世界を走る氷の結晶は風のある世界とは全く違う音を奏で、とりつく海人族の皮膚を削った。氷の粒に触れた側から河童達の皮膚が歪み、引き裂かれる。
「悪いが逃すわけにはいかぬのじゃ! 后空、もう一息なのじゃ!!」
 痛みに耐えかねて、何人か逃げようとしたその前に現れたのは、水かきの蹄をもった馬に、荒削りな槍を携えた聖が姿を現す。
 人間型の生物であれば河童は水中には最も適していた。ましてやその身体の分だけ水の抵抗も大きいジャイアントが相手なら、ヒットアンドウェイも十分可能であったかもしれない。
 だが、河童よりもなお水中に適応している水馬の補助を得ていては、その有利性はあまり大きくはなかった。水を蹴り、逃げる余裕さえ与えぬ速度で聖の槍が海人族の胸部を一撃で指し貫いた。
 その隙を縫って、その側を離れようとする海人族。
 普通の槍ならば、水の抵抗を受けて旋回するのにも苦労がいったはずだが、河神の加護を得ているというその槍はまるで抵抗がないように引き戻され、返しの一撃でその背を突き刺した。
「く、息が持たぬのじゃ‥‥」
 全身全霊を込めた分だけ、身体の中の空気が急激に消耗したことがわかる。『ウォーターダイブ』の力を付与されていない聖は手綱を引いて、即座に輝く水面へと昇っていった。
 が。
「!?」
 背中を突き刺された海人族が血を流しながらも、憎悪の目で聖を睨み付けていた。彼の手には后空の尾が握られている。
「く‥‥」
 払いのけようにも后空のコントロールが上手くできない。尾をつかまれた后空は何とかしてふりほどこうと、鞍上の主人のことも一時忘れて、暴れ始める。姿勢を維持するのにますます体内の空気が薄れていく。

 バリンっ!!!

 不意に力が抜けた。手を伸ばしてもあと少し届かなかった水面に一気に辿り着き、聖は大きく息を吐き出した。

「チサトさんじゃないけれど、本当に、お痛が過ぎるわね」
 ぷかり、と浮かぶ海人族の姿を見送って、エリーヌは小さく溜息をついた。そして次にしつこい海人族を探しだし、先ほどと同じように狙いすまして、雷撃を放った。


 一方、海人族の船
「ちくしょう、逃げましょうぜ。下にいた連中ももうボロボロだ」
 這々の体で船にはい昇ってきた海人族は、そう喚いた。
「そうでしょうねー。賢明だと思いますよ」
「お頭に報告して、反撃に‥‥え?」
 河童はようやく顔を上げて、その返答をした人物の顔をまじまじとみた。
 褐色の肌に緑の瞳。黒っぽい衣装の、『人間』。
 あたりには、ひどい殴打を繰り返され転がっている仲間の姿。はい上がってきた仲間の声を上げても誰一人身動き一つしない。
「う、うわ、わぁぁぁぁ!!!!」
「人の物を盗ろうということ自体が間違っているんですよ」
 誘眠打を繰り出してヒューゴはにっこりと笑った。
「少なくても、太陽の見ているうちは止めといた方が良いですよ。あ、これは僕の信条なんですけどね」
 ヒューゴは反応がかえってこない海人族にそう言うと、くるりと辺りを見回した。
「元々沈んだ船のものばかりでいいものがありませんねぇ。もう少しこう、盗賊らしく盗品に溢れてくれれば、持ち主のなくなった宝物を保護してあげたんですけどね」
 そう。サルベージ船であったが、目的がこちらとちょうど重なっていたようで、こっそりいただけるような宝物が少なくて困っていたのだ。
「『リヴィールマジック』に引っかかってくれるものがあればいいんですが、さて」
 ヒューゴは魔法を詠唱して、周囲から発せられる力を感じようと神経を働かせた。
 トクン。
 小さく感じるものがある。
 目を開けてそちらをみると先ほど戻ってきた海人族の姿がある。これはもしかして。と想い、ヒューゴがその懐を探るとコロリと小さな石のかけらが姿を現す。
「勾玉か。いいもの見つけました♪」
 にんまりと笑顔を浮かべると、ヒューゴはそっとそれを自分のポケットへと忍び込ませたのであった。



「そぉぉ〜れぇ!」
 水夫達の声が響く。
「なるほど、まさかあの時の鍋がこんな風に役に立つとは思いませんでした」
 船尾にひっかけられた鉄鍋に綱が食い込んでいる。一方は海に、もう一方は人の手を通し、最後には水馬、護浄へと繋がっている。
「そぉぉぉ〜れぇ!!」
 水夫達の声がもう一度響いた。ぐいと力が込められ、海へと没する綱が少し、また少しと姿を現す。
「あ、いけません。少し船が傾いています‥‥えと、マストのあたりで鍋をもう一つつけて、引く綱を左右にわけましょう‥‥」
 チサトは船の大きさに引き上げる荷物の大きさなどをあれこれを考え細かに指令を出していた。
「あぁ、もう荷物が海面から見えていますわ。もう少しですわよ!」
 シェラは声をかけて、もう一息だと発破をかけた。
「船が傾くので、人数を分割します。綱でここから二つにわけて‥‥」
 水夫に細かな指令をしているのはレナーテの仕事だ。もともと騎士なだけあって、たくさんの人を運用する術は実践で使ったことはなくても知識としては十分に持っていたためだ。
「これも本当にみんなのおかげよ。長時間、本当にありがとう。皆さんじゃなければ絶対にこなせなかった仕事だと思うわ」
 シェラは合間に冒険者の皆にそう声をかけて、お礼の言葉と握手を求めた。
「エリーヌさん、ありがとう。シフールとして、ウィザードとして、本当に力を余すことなく発揮していただいて助かったわ」
「まだ早いわよ。丹後の人達の手に渡るまでが依頼でしょ?」
 少し気恥ずかしそうな顔をするエリーヌ。
「西天さんもありがとう。貴方が体を張ってくれたおかげで、みんなが助かったことはたくさんあったと思うわ」
「そうでもないぞ。皆協力できたからなのじゃ」
 あらためて、お礼の言葉を述べられるとつい感動屋の聖は涙腺が少し緩んでしまう。
「チサトさんもありがとう。いつも一生懸命になって色々考えてくれたわね」
「この甘露で、早くたくさんの人が土蜘蛛の被害から救われると良いですね」
 そしてもう一つの被害も、これで収まればいいのだけど、とちらりと思う。
「レナーテさんも、言葉少なながらも色んな事を手伝ってくれて、助かったわ」
「当然のことです。心残りも若干ありますが」
 ふと、レナーテは心残りの元、潮乾珠の対処について尋ねた。
「あれはこれが終わったら神皇様に献上することになると思うわ。国一つで預かるには大きすぎるもの」
 きっと海が呼べばまたその眠りからさめて、力を発揮することでしょう、としめくくった。
「ヒューゴさんもありがとう。細かなところまで目がいってくたおかげで、一連の依頼は成功まで辿り着いたのだと思うわ」
「褒め殺しはよくありませんよ。大したことしてませんし」
 にこりと笑って、握手も恥ずかしいからと丁重にご遠慮するヒューゴ。だが、シェラは手を引っ込めようとしない。
「どうしました?」
「海人族から預かりものをしてくれたと思うんだけど、心当たりはないかしら?」
 どこで見ていたのだろう。この人は。
 言い訳と逃げる算段をいくつか考えたが、仕方ないと諦めてヒューゴは勾玉をシェラに手渡した。
「ありがとう。これで落とし物と拾い物が釣り合ったわ。あと、それから‥‥奇さんはどうしたのかしら?」
「研究したいことがあるといって、船室にこもったままです‥‥」
 チサトの言葉に従いシェラは船室へと足を運んだ。

「面白いぞ。結晶にすると香の放出量がたかまるようだ。それをもう一度、微量の水によって還元すると、水飴のようだ。どこまでものびる」
 甘露を使って研究する奇の姿は今まで見たどの瞬間よりも輝いて見えた。
「この甘露が陰陽の気に与える効果についてはどう思います?」
「甘露が気に影響を与えるなど聞いたことない。だが病気をも癒す力があるのだろう? 乱れを改善する力はあると見て良いだろうな」
「そう。さすがね。本当に研究熱心で私も色々と勉強になったわ。無理しないでね」
 そんな言葉に奇は全く反応せず、黙々と研究を続けていた。
 そんな折り、上から声が聞こえる。
「姐さーん、引き上げ完了しましたー!!!」
「ありがとう。すぐ行きますわ」
 シェラは研究の邪魔にならぬよう、そっと外へ出た。

「帆を張って! これより私たちは宮津へ帰還します! 一同、ご苦労様でした!!!」
「おぉぉぉぉっ!!!」 
 喚起の声が上がる。
 そう、平和への一歩を勝ち取った喜びの声なのだ。