【預言前調査】精霊遺跡1

■シリーズシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:01月17日〜01月22日

リプレイ公開日:2007年01月27日

●オープニング

 瓶の水も沼も人の血も凍りつくだろう。
 死者のよりの手紙は前触れなく届き
 村の中の栄光に包まれた碑(いしぶみ)は凍りつく。
 人々の願いは天に届くことはないだろう。

 穏やかな午後の日差しが降り注ぐ中。厳重な警戒をしている警備兵が見えるコンコルド城前の広場に、1人の女性がやって来た。緩やかに波打つ黒髪を揺らして、何気なくベンチに腰掛ける。
「このような所にお呼び立てなさらずとも、使いの方をよこして下されば宜しいですのに」
「せっかく貴女に会える機会が出来たというのに、それを他の者に譲ろうとは思わないよ、フロランス」
 背後の木に寄りかかっている男が、穏やかに話しかけた。金の髪が光を浴びて煌き、見る女性を虜にする微笑を浮かべている。最も、誰もその現場を目撃している者はいなかったのだが。
「情報がね」
 そして、彼は穏やかな口調はそのままに話し始めた。
 何者かの策謀で情報の流れが停滞しており、国王の元にそれが届くのが遅れかねない。迅速な対応が求められるのに、そんな事になれば致命的だ。だから正規のルートだけではなく、別ルートでの情報源も欲しい。
「君と繋がっている事が分かると困るからこっそり来てみたのだけれども、迷惑だったかな?」
「秘密裏にいらっしゃったのでしたら、そのようにおっしゃって頂かないと」
 辺りを窺うように目を配りながら、冒険者ギルドのギルドマスター、フロランス・シュトルームは答え。
「それで、何の情報を?」
「ノストラダムスについては、どこまで情報を?」
「ジーザス教白の神学者ですわね。預言書を記す前は、ノルマンに居なかったようですけれども」
「各地を転々としていたようだ。今は行方が知れなくてね。探している所だが」
「えぇ」
「他にも、復興戦争時に私が居た町村の石碑なども確認させている。ノルマン各地の直属の者も含めて動くよう指示を出しているが、足りている状態ではないな」
 フロランスは黙って頷いた。それは長年の経験で勘付いていたので。
「別ルートの情報源と、人手不足と。動いてもらえるかな?」
「承りました」
 静かに頭を下げた所で、男は頷きその場を去った。
 木の根元に、羊皮紙の包みを置いて。

 その夜。
 冒険者ギルド内の様々な係の責任者が集まり、会議を行っていた。
「では、お願いします」
 皆に事の次第が記された石版を配り、それに一同が目を通した所で、フロランスが号令を出した。
「必ずこれらの調査条件を満たす形で、足らぬところがないように依頼を出してください。これは、国からの依頼です。遅れれば、ノルマンに、引いては我々ノルマンの民にも甚大な影響を及ぼす事でしょう。良いですね?」
 皆は真摯な表情でその指示を聞き、しっかりと頷いた。



 そのどたばたとしている冒険者ギルドの中で、ブランシュ騎士団分隊長のフラン・ローブルはのんびりとお茶を飲み、きりきり舞いしているギルドの人々の様子を優雅に眺めていた。
「忙しそうですね」
「そう思うなら、早いところ用件をお願いできますか?」
 相手が国の重要な人物だけにできるだけ丁寧な対応をとっている受付員であったが、その額には既に青筋が浮かんでいた。たおやかで物腰の柔らかい容貌が、これほどまでに憎らしくなるのは受付員の体験としてもそうないことであった。そんなことを知ってか知らずか、フランは紅茶をテーブルに置いた。
「ミストラル、というものをご存知ですか?」
「北風でしょう。今年のは相当強力だそうですね」
 ノルマンより北東にある山脈部から乾燥した冷風が吹き下ろすミストラルは毎年冬になると吹き荒れる特有の風である。この風の特徴はとかく強く、テントなど地面に固定されていない物が吹き飛ばされる話は毎年どこかで聞く。
 しかし、今年のミストラルはそのレベルを遙かに上回り、植わっている木々を薙ぎ倒したり、人間や馬車を横転させることもあるという。
「今年のミストラルは恐らくこの地の歴史を紐解いても、そうないでしょう。天変地異といっても過言ではありません」
「そんなにですか。や、やはり預言というのは真実では‥‥」
 街中では、預言も予言もごっちゃになっていたり、ノストラダムスのことを占い師だと認知している者もいたが、これはもう彼がセーラ神からの神託を得ているとしか思えない。
 しかし、受付員と対象にフランは全く動じる様子を見せなかった。
「さあ、どうでしょうね。ですが、対抗手段ならまだあります。目には目を、歯には歯を、風には風を。強力なミストラルに対して、こちらも強力な風を生み出しましょう」
「風を生み出すって‥‥、う、ウィザードなら可能かも知れませんが、広範囲の地域を襲うミストラルに対抗するだけとなると千人は必要ですよ!」
「ウィザードならそうですね。でも、強力な風のエレメントなら?」
 フランはそう言い、言葉を続けた。
 預言にかかる碑を捜索していたところ、ジニールを封印した遺跡があるという情報が得られた。古の賢者はデビルとの戦いに於いて、大風をもって悪魔の暗雲を払い、天の光を呼び込み勝利を導いたという伝承があることも確認している。
「そういうわけで、そのジニールの封印をといて、このミストラルの威力を弱めようというものです。ジニールならばミストラル自体を弱めることもできるでしょう」
 受付員は了承するとすぐに依頼の作成に取りかかった。
 精霊の遺跡に向かい、眠るジニールを解放されたし、と。



「だめじゃ」
 遺跡は深い森にあり、森の名は精霊の森と言った。森にはシフールが住まいちょっとした集落を形成していた。
 その長老の言葉がそれである。
「ここに封印されている精霊は強力な風のエレメント。古の賢者はその資格無き者には足を踏み入れさせることも叶わず、と言い残しておるのじゃ。そういうわけで帰った帰った」
 とりつく島もなく、シフールの長老はぱたぱたと手を振った。
「そこをなんとかならないでしょうか」
 フランはそう頼み込むが、長老はまったく聞く耳も持たずそっぽを向くばかりで、まるで取り合ってくれない。
 だが、その時、後ろから慌ててシフールの少年が駆け込んでくる。
「た、大変だぁ。ルフィアちゃんがコボルトに捕まっちゃったんだ!!」
「な、なにぃ!!? うちの孫娘がさらわれたというのか!!」
 ルフィアというのはこの長老の孫娘らしい。どちらも慌てており話がうまくかみあっていないが、簡単にまとめると、コボルトは以前からこの辺りをうろついていたのだという。できるだけ被害がないようにコボルトが嫌う匂いを放つ薬草焚いたりして、できるだけ争いが起こらないようにしていた。
 だが、その薬草の採取をお手伝いしていたルフィアが、突如あらわれたコボルト達に連れ去られてしまったらしい。数匹だと言うが、森は遺跡をまるまる一つ覆い隠すだけあって広く深い。ここに住むシフール達でもこの森を完全に理解している者はほとんどいないというぐらいだ。
 話が進むにつれ、真っ青になっていく長老を見て、フランはにこやかな笑顔を浮かべた。
「よければお手伝いしましょうか?」
 真面目そうな顔が、その下心をありありと長老に指し示した。顔を赤く染めたり、でも孫のことを考えて真っ青にもどったりと忙しい長老はフランの意見をのむことにした。

「えぃ、過去の遺産より、未来の希望の方が大切じゃ! ルフィアを助けてくれたら好きにせぃ!!」

●今回の参加者

 eb0916 大宗院 奈々(40歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3583 ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(32歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 eb8372 ティル・ハーシュ(25歳・♂・バード・パラ・ノルマン王国)
 eb8686 シシリー・カンターネル(31歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ec0669 国乃木 めい(62歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

イェン・エスタナトレーヒ(eb0416)/ 明王院 月与(eb3600)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601

●リプレイ本文

「はぁ、シフールの村か、つまらないな」
 ナンパ大好きな大宗院奈々(eb0916)にとって、恋愛の対象のいない場所というのは極めて退屈な話であった。
 そんな退屈を紛らわせるかのように依頼主にしなだれかかる奈々。依頼主、ブランシュ騎士団分隊長のフランはそれを体調が悪いのかと間違えたのだろう。抵抗せずに受け止める。
「大丈夫ですか?」
「ああ、少し寒くて。もう少し寄り添ってもいいか、フラン」
 上目遣いにフランの顔を覗く奈々の視線と、透き通った薄青の瞳が少し交錯する。
 を、脈アリ?
 そんな思いは、シフールの長老のわざとらしい大きな咳払いによって瞬く間にかき消されてしまった。
「本当に大丈夫ですかな?」
「彼女は病み上がりなんです。ほら、すごい寒波が来ているらしいですから〜。ところで、ルフィアさんと、コボルトのことについて聞きたいことがありますが、よろしいですか?」
 ジト目を送る長老に、パール・エスタナトレーヒ(eb5314)がさっと割り込んできて話を変えジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)が質問を被せた。
「コボルトがいつもどのあたりで見かけられたか教えて貰えますか」
 その質問に顔を見合わせるのは、冒険者を遠巻きに見つめるシフール達。
「いつもはいないよねぇ、コボルト。南の方で最近時々見るけど」
「コボルトの好きな穴ぐらないもんね。ここ」
 いつもは、いない?
 シシリー・カンターネル(eb8686)は首をかしげた。ということはあのコボルト達はどこかからの来訪者になる。どうして? 何のために?
「悪魔が先日襲来してきたそうです‥‥今回のコボルトもその残党でしょう。他に被害などはありませんでしたか」
 国乃木めい(ec0669)はこの森に一度来たことのある姉妹からその情報を得ていた。それを裏付けるように長老もまた頷く。
「うむ、確かにそのような事件はあったが、それ以来、コボルトがちらりと見かける程度で、食料が荒らされたり、脅かされるようなこともなかったのじゃ」
「ということは、悪魔に連れられて侵攻に参加したものの、帰れなくなったコボルトが起こしたものであるのは間違いなさそうですが」
 シシリーはそう言いつつ、コボルトのいるという、南の方角を眺めていた。
 今までは遭遇しただけで逃げていたコボルトがシフールを攫っていったのは、切羽詰まった状況か、統制が取れるようになったかのどちらかである。
 ゴーレム使いを目指すシシリーにとっては、なんだか分かるような話でもあった。ゴーレムは命令を与える者がいなくなれば全く動かない。それが不意に命令者、もしくはその操作方法を知る者が現れれば、また動かすことが出来るのだ。彼女の操るアマーンとクルルカンも‥‥。
「コボルトの後ろに誰かいることを考えておいた方が良さそうですね」
「同感です。ルフィアさんを早く救い出してあげませんと。攫ったコボルトが逃げていったのも、南の方、ですか?」
 ジュヌヴィエーヴの確認に、ルフィアが攫われていくのを見たというシフールはこくりと首を動かした。
 間違いない。
「よし、それじゃ、すぐに行こう」
 奈々がフランの手を取って引っ張る。フランは「そうですね」と為すがままなので、これはまずいと思ったパールが止めにかかった。
「あの、その前にルフィアさんの容貌を聞いておいた方がいいと思うんですけど〜」
「あ、そういえばルフィアさんこと全然聞いてなかったね」
 ルフィアは、まだ幼いシフールで、クセのある髪は緑色。泣き虫で、甘えん坊だという。
「もうこの村一番の美人なのじゃ! ああ、それがコボルトのワンコたれみたいな奴に〜!!!」
 鼻息荒くいう長老の言葉に、ティル・ハーシュ(eb8372)が苦笑した。
「まだ子供なのに、一番の美人って。それだけ大切に思っているんだね」
 目に入れても痛くない。そんな言葉がまさに当てはまっている長老であった。


●コボルトを探せ
「さて、南‥‥といっても広いね」
 村で一通りの情報探索を終えた一行は南へと歩き始めたが、すぐにこの森の広大さを思い知ることになった。
 森に入ってくるまではそれほどにも感じなかったが、実際歩き始めるとこの森、やたらに広い。獣道はあるので、何とか迷わずにはいるものの、迷わないようにするだけで、コボルトを探すところまでいかないのが現状であった。
 奈々は地面を見て歩き、コボルトによって踏み分けられた場所がないか、獣道を歩きながら丹念に探しているが、こちらも良い成果はあがっていなかった。
「足跡を探すにももう少しアタリをつけないと、とてもじゃないが期間内に探すことはできないな」
 日は段々傾いてくる。闇の帳が降りれば、更に動きは困難になっていく。
「何かヒントになるものでもあればいいのですが‥‥」
 めいがそう言った瞬間、ジュヌヴィエーヴが何かに気がついたように、ぽそりと言葉を紡いだ。
「水‥‥」
「どうしたの? ジュヌヴィエーヴさん」
 ティルがジュヌヴィエーヴの顔を覗き込む。彼女は既に何かを察知したようで、何か見えない痕跡を探すように辺りを見回している。
「水‥‥川か泉は近くにないでしょうか。コボルトも生物です。水は必要になると思うので、そこから探せばいいのではないかと思ったのですが」
 なるほど。確かにそれもそうだ。今までは生き物の痕跡ばかりに気を取られていて、水など大して気に留めてもいなかったが、水源から絞っていくのは効果的だろう。ティルはすぐに耳を澄まし、水のせせらぎを探し始めた。
 鳥の囁き、葉の擦れ合う音。風の音、大地の鼓動。
 音に注意を払えばたくさんの音がティルの元に届く。だが、水に触れる音はティルの耳には届かない。
「うーん、近くにはないなぁ」
「水ですか。水は染み渡り、低きに流れるものなり、と聞いたことがありますよ。そちらの斜面を下ってみてはどうかと〜。水気を多く必要とするシダ類が生えていますし〜」
 森林地帯での生存知識を有しているパールは近くに生えている植物で水のありかをおおよそ判断して指し示した。
「茂みを分け入らないとダメだね。ロープあるかな。少し探しに行ってみるよ」
 防寒具にくるまって満足に動くことも困難なパールに代わって、ティルが先行してパールの言った場所を探ってみることにした。
 ティルから発見の報告があったのはそれから間もなくのことであった。
「パールさんの言う通りだよ。泉があった。そんなに大きくないけど水量はたっぷりあったし、動物が飲みに来ていたよ」
 ティルの報告を受けて、一同は顔を合わせて頷いた。コボルトもきっとそこを利用しているに違いない。
「獣道はこの向こう側で繋がっていたよ。そっちから回り込もう」
 そうでないと、馬のベリィを移動手段にしているパールと、二体のゴーレムを連れ歩いているシシリーは道無き道を無理矢理に進むのは難しそうであった。いや、ゴーレムは文句も言わず歩いてくれそうだが、蔦やらが引っかかっても無理をしてやかましくなりそうである。
「じゃあ、そっちで痕跡を探ってみよう。コボルトの足跡はきっと他の動物とは違うだろうからすぐ分かるはず」
 犬に似ているというから、大きな狼とかと似ているかもしれない、とかそんな考えが奈々の脳裏にちらりと横切るがそんな心配してても始まらない。
「ところで、あの‥‥」
 シシリーが心配そうにして、ティルにこっそり話しかけてくる。真面目な顔つきがどこへやら、顔を赤らめて何やら不安そうである。
「どうしたの?」
「その泉、‥‥カエルいましたか?」
 シシリー。カエルは大嫌い。
「いなかったよ。いま、冬だし」
「あ、そ、そうですね。ありがとうございました」
 赤面する彼女にティルはにっこりと笑って心配ないといった。

「あったぞ。多分コボルトが通った道だろう。犬のような足跡だが二本しかない。それから茂みをかき分けたんだろう。枝が折れている」
 場所のアタリがつくと、痕跡の発見はすぐについた。奈々の痕跡発見の能力は達人の域を超えており、一般の動物も含むたくさんの痕跡から、コボルトに繋がる痕跡を見事に抜き出して、結論へと導き出すのに多くの時間を必要とはしなかった。
「あら、もう見つかったのですね‥‥すごいです」
 ゆったりとした口調と穏やかな微笑みで、めいに賞賛されると、奈々も悪い気はしない。
「いや、ジュヌヴィエーヴが水のある場所にコボルトも集うと考えなければ見つけられなかったよ」
「それを差し引いても凄いことに変わりありません。ねぇ、フランさん」
 パールの言葉に、フランもこっくりと頷く。
「皆さんに依頼できたことを本当に良かったと思います。ルフィアさんも無事に助けられそうです」
 真面目な顔が少し綻んで笑みを浮かべるフランに、奈々は心の中でガッツポーズを示していた。
「おおよその場所と方向さえ分かれば、私もお役に立てそうです」
 シシリーはそう言うと、『バイブレーションセンサー』を唱えて、大地の上に立つ生き物を魔力で捕らえ、探し始めた。
「魔力の範囲内に該当するものはいません。少し進みましょう」
 魔力を保ちながら、静かにそういうシシリーに一同はうなずき、コボルトが残した痕跡を追い始めたのであった。

●ルフィアを救出
「この茂みを越えたところに2体。奥に3体、その間に1体。間の1体はルフィアさんですね」
 シシリーのセンサーにコボルトの反応は間もなく感知された。それをゆっくりと追い、今では魔法に寄らずとも、茂みの向こうから動く音や、コボルトの話し声のようなものがきこえる。
「それじゃ、手はず通りに‥‥行きましょう」
 めいの言葉に従って、一同が散開する。
 ルフィア奪還作戦の開始だ。


「先制させてもらうな」
 奈々はぼそりとそう言うと、ショートボウに二本の矢をつがえ、引き絞った。
 茂みの隙間から、コボルト達の様子が窺えた。手前に二体。こちらは警戒をしているのだろう。もっとも奈々の存在に気づいている様子はない。
 その向こうに薪や枯れ枝が積まれ、火がくべられている。
 奥には肉をまだ切り分けているコボルトと、はいだ皮を伸ばしているのが一体。こちらは生活感漂う奴らである。そしてもう一体、松明を持つコボルト。コボルトも火を使うのかと奈々は驚いた。
 ルフィアはどこだ? 確か間にいるらしいが、薪が邪魔でよく見えない。多分、あの薪のあたりにいるのだろう。
 とすると、人質にしそうな可能性のあるのはあいつか。
 奈々は迷わず、松明を持つコボルトに番えた二本の矢を放った。
 矢の刺さる鈍い音と共に、悲鳴をあげるコボルト。
 奈々はそれを確認もせず、続いて地面に刺しておいた二の矢をとって再び引き絞り、放つ。あっという間に、松明を持っていたコボルトは矢衾のようになって倒れた。
「ルフィアさんを返して貰います」
 警戒態勢を取るコボルトにメダルを両手に持ったシシリーが姿を表す。丸腰の奴がきた。そう判断したのだろう。頭の足りないコボルトの一体は、そのまま考えもなしにシシリーへと、突っ込み。
「クルルカン、『私を守れ』」
 茂みとほぼ一体化していたゴーレム、クルルカンの拳がコボルトを側面から襲った。死角から襲われたコボルトは満足な防御もできず、2メートルほどの大きさのゴーレムが繰り出す拳の直撃を受けて、転がった。
 一方、皮をなめしていたのは、薪の元へと走った。薪を棍棒代わりにするため? いや、そこに寝かしているルフィアを人質にするためだ。
「させないよっ」
 奈々のいる場所の上、木の枝で様子を覗っていたティルが『スリープ』を唱えて、コボルトの動きを止める。
 そこにシシリーと反対の方向から、大型の犬、めいの飼っているシロが一直線に飛び込んでくる。警戒をしていたコボルトがその動きを止めようと盛んに攻撃を繰り返す。シロもその動きを牽制するのが精一杯のようで、ルフィアのいるであろう場所までなかなかたどり着けない。
 それとは別に、矢を打ち込もうかと悩む奈々のもとに走るコボルトがいた。近距離も恐ろしいが魔弾の射手ほど恐ろしいものはないと思ったのか。
「仕方ないな」
 奈々が『アイスチャクラム』を準備し始めた瞬間、コボルトが血を吹いて倒れた。見れば、コボルトを貫く白刃が光っている。
「走る時は、左右を確認することをお勧めしますよ。注意一瞬、事故一生、です」
 フランはそう言うと、そのまま薪に向かって進む。
 その先ではシロとコボルトがまだ向かい合っていた。武器を振りかぶって威嚇するコボルト。
「がうっ!!!」
「るぐぅぉぉぉっ!!!!」
 一歩も引かない間であったが、次の瞬間、シロは隙をついてコボルトの脇をすり抜け、縄でぐるぐる巻きになったルフィアを咥えると、コボルトがそれを追う前にもう奈々の方へと走っていった。
「均衡は、少し揺らしてやるといいのです〜」
 それを見送るのは上空で飛んでいたパールである。『ビカムワース』で生命力を低下させ、動きを鈍くさせたのだ。シロもそれをすかさず理解したのだろう。
「大丈夫ですか? すぐ回復させますっ」
 シロがルフィアを地面に置くと、すばやく、ジュヌヴィエーヴが駆け寄ってルフィアの様子をみた。確かに長老の言うとおりの容貌をしているが、酷い仕打ちを受けたのか、顔は赤黒く腫れ上がり、噛み傷のようなものがあちこちに見て取れた
「母よ。慈悲の手を差し伸べ、苦しみから救い給えっ」
 生きた表情をしていないルフィアにジュヌヴィエーヴは祈り、『リカバー』を発動させる。傷はまるで時間を逆さにしたかのように消えて無くなり、愛らしい顔が取り戻されていく。
「回復しましたっ。大丈夫です!!」
 ジュヌヴィエーヴの言葉に皆が勢いを取り戻した。
 元々多勢に無勢のコボルト達は、続く攻撃にあっという間に、退治されてしまったのであった。


●遺跡へ
「る、る、ルフィア〜」
「私の胸がそんなに誘惑するからって抱きつかなくてもいいじゃないか」
 ルフィアが寒いだろうということで、豊かな胸の谷間に入れたのは、他でもない奈々本人である。長老はルフィアしか目がいっていないので、抱きつこうとすると、奈々の胸自体を抱き締めることになる。
「やっぱりそこはどうかと‥‥」
「そうか寒いときは人肌が一番じゃないか」
 全く気にも留めていない奈々の発言にジュヌヴィエーヴは思わず納得してしまった。確かにジュヌヴィエーヴもルフィアが年下の可愛い男の子だったら同じ事を考えていたかも‥‥いやいやいや。
 在らぬ方向に横滑りしているジュヌヴィエーヴを余所に、ルフィアと長老は無事に再会を果たし、村のシフール達は万歳をして迎え入れてくれた。
「それでは、精霊遺跡へは‥‥」
「おう、もちろんじゃ。こっちじゃついてくるがよい」
 フランの問いかけに答えるようにして、長老は森の奥へと一行を案内したのであった。