精霊遺跡4

■シリーズシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月13日〜03月18日

リプレイ公開日:2007年03月21日

●オープニング

 森から風が吹き上がり、ジニール・リュミエールが本来の居場所である空に立ったのは、その日の朝早くであった。
 まだ曙が空をゆっくりと藍茜と染め上げ、舞い落ちる水の結晶を幻想的に照らす頃合い。

 上空は地上と違って完全なる風の領域である。大地を滑りなぎ倒していくミストラルはここではさらに勢いを増し、飛ぶ鳥の翼など簡単にへし折ってしまいそうなほどの猛威をふるっていた。
 ふん、なるほど。つまらぬ事をしてくれたようだ。主もきっと悲しまれたことだろう。
 眼下に広がる景色を一望して、リュミエールは思った。ミストラルの爪痕は大地のあちこちに刻み込まれ、中には林を一掃するような場所さえ見られた。
 確かに海からの風は非常に微弱で、この猛々しい狼を押さえ込むのは無理があるだろう。
 リュミエールは視界を動かして、海を眺めた。美しかった海は、まだ鈍色であったが、眠りにつく前には見られなかった膿のような泥土がセーヌ河から近郊の海に広がっている。それも海の悪魔がまるで海にバリケードを張るように、岩礁のようにいくつも波間から姿を見せている。
 なるほど、海流はあれではまともに流れず迂回せざるを得ないが、すぐ側には寒流が通り、それすらもさせない。暖流と寒流は泥のバリケードの中で混じり合い、寒暖差を埋めていく。
 それでは風は生まれえない。悪魔もなかなかに考えたものである。
「あの土砂をどかすとするか」
 リュミエールは風をまとって泥沼へと降り立とうとし、
 そこで自らに刃向かう輩がいることに気づかされた。


「隊長、急報です。行方不明になっていたブリザードドラゴンが出現しました! セーヌ河河口にてジニールと接触!」
「おや」
 フランは副隊長の知らせを聞いて、ぴたりと立ち止まった。
 しばらく目撃情報のなかったブリザードドラゴン。凍る碑の預言が示したのではないかといわれる筆頭として扱われた存在で、護送の任に当たっていた、同じブランシュ騎士団である橙分隊を襲った経歴もある。それも冒険者の活躍で手傷を負わせ追い返したすだけという結果は、ドラゴンの恐ろしさをまざまざと見せつけられた結果となったし、その手傷ももう1月以上も前の話である以上、残っているとは考えがたかった。
 フランは少し考えて、副隊長に告げた。
「‥‥皆は周辺住民に避難勧告および警戒の呼びかけを。あの辺は泥沼だといいますから、重装備の私たちでは身動きができなくなります。ジニールが土砂を取り払うのを見届けるように冒険者には依頼していますから、近くにいるはずです。彼らにブリザードドラゴンの対処を願いましょう」
 と言いつつも、フランは精霊遺跡を共に攻略した面々の顔を一人一人思い浮かべて、頭を振った。
 勝てるという期待をかけるのは、彼らには少し荷が重い。ジニールにしたってドラゴンにかかり切りになって、土砂撤去の力を失ってしまっては元も子もない。
 せめて、おそらく奇襲を受けて苦戦しているであろうジニールからブリザードドラゴンを引き離し、足場の悪い大地からおびき寄せることができれば。
 フランは皆の身に死神が訪れないことを切に祈りながら、現場へと走ったのであった。

●今回の参加者

 eb0916 大宗院 奈々(40歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3583 ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(32歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 eb8372 ティル・ハーシュ(25歳・♂・バード・パラ・ノルマン王国)
 eb8686 シシリー・カンターネル(31歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ec0669 国乃木 めい(62歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

「あれが、ドラゴン‥‥」
 ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)は呻いた。
 北からの酷い風が吹き付ける中、鈍色の空と鉛色の海の間から鎌首をもたげるその白い巨体は、10メートルを優に超え、遠くからでも最強の種族が放つ威圧感を放っていた。
 氷の結晶でできたような、鋭角の顔から耳をつんざくような咆哮が上がると同時に、遠くから見てもわかるような、超局所的な吹雪がドラゴンの前に発生する。あれが彼のドラゴンの名前を決定づける極低温の吐息、ブリザードブレスである。
 吹雪は風や泥土をたちまちのうちに凍らせ、その運動を停止させ、破壊していく。
「あそこにリュミエールさんがいるのですね」
 国乃木めい(ec0669)は、目を細めて、その光景の中で行われているであろう戦いに目をこらして見つめるが、泥土のないこの場所からでは、戦いの火ぶたどころか、風の精霊リュミエールの姿さえまともに確認することはできない。
「まさか、僕達がドラゴンを相手にするとは思わなかったねー。しかもこんな足場の悪いところで」
 戦闘馬クルトに跨り、彼の鬣を優しく撫でてやりながら、ティル・ハーシュ(eb8372)はそう言った。無理もない。今までは森の中で、暴風ミストラルの対抗手段であるジニール、つまりリュミエールを起こし、契約することだったのだから。まさかその結果に、こんな泥土の海のど真ん中でブリザードドラゴンと相対することになるなど予想もしていなかった話である。
「無事にジニール・リュミエールさんが契約を履行してくれたからですよ。リュミエールさんの力を最大限に発揮して貰うためにも、ノルマンの人々のためにも、私たちの努力を無駄にしないためにも、頑張りましょう」
 シシリー・カンターネル(eb8686)はアマールとクルルカンを指示して、既に泥の大地へと足を踏み入れていた。一歩踏み入れるだけで随分とアマールの足は沈んでいた。並の人間であるならば、膝くらいは埋まっているだろうか。
 と、その時、視線の向きとは反対の方、つまり陸地の側から、皆に声をかけてくる者がいた。シフールのパール・エスタナトレーヒ(eb5314)である。
「フランさんと連絡が取れましたよ。後数時間ところまで進軍しているそうです」
「一隊率いてそのスピードはすごいですね」
 ここセーヌ河河口、つまり海岸は、パリから随分と離れており、馬車でも軽く2,3日はかかる。それを重装備の騎士団が陣形を崩さずに来ようと思えば、馬車の数倍の時間は軽くかかるはずなのに、灰色分隊は馬車並のスピードを維持していた。
「それなら、出来るだけのことは全部しておいて出迎えたいな」
 大宗院奈々(eb0916)は一瞬意味ありげに笑みを浮かべながら、まだ見えぬ騎士様の姿を探した。
「それでは始めましょうか」
 めいの言葉に皆は強く頷いた。


 ドラゴンの猛攻は、さすがのジニール、リュミエールも手を焼いていた。攻撃をすり抜けるのはさほど苦労のいる仕事ではないが、気を抜けば強靱な爪と顎が襲いかかり、リュミエールがまとう風を吹き散らしていく。遠く離れればブレスを吹いて邪魔をしてくる。
 苛立って反撃するにも体格差があり、どうもやりにくい相手である。
 もうどれほどの時をこの氷雪の魔物と戦ったでろあろうか。
 体重に物を言わせた突進で、リュミエールの体を押さえ込み、自慢の風のような俊敏さを奪い取った瞬間に、ブリザードドラゴンは巨大な牙をむき出しに、リュミエールに向かって吠え立てた。
 目の前の空気が、振動で急速に凍てつくのが分かる。リュミエールの長い髪が凍り付いてしなやかさを失い、先端は海の照り返しに反射して輝きながら、散っていった。また顔にも霜がおり、薄い氷が何重にもとびついて、端正なリュミエールの顔を死のマスクで覆い隠す。
 これ以上まともに攻撃を受けると、ジニールとしての人格を維持できなくなってしまう。
 その前に契約は果たさねばならぬ‥‥。
 リュミエールは厳しい目を早くも勝利を名乗るように吠えたくっているブリザードドラゴンを睨み付けた。
 その視界に何かが横切る。
「リュミエールさん〜っ!!!」
 ドラゴンの目の前を飛び交いながらパールが叫んだ。
 ドラゴンからすれば、蝿にも相当しないようなシフールのパールであったが、目の前を叫びながら飛行するのであるから、これほど目立つことはない。
「ボクたちも援護しますので、土砂の撤去を優先してください〜。立て直すまでにどれ位掛かりますか?」
「タイシタ時間ナド、カカラヌ」
 リュミエールはそう言いながら、若干の隙が生まれたブリザードドラゴンの巨体から体を抜け出して、空中で姿勢を整える。
「それではよろしくですよ〜、っと、は!!!!」
 邪険に振り払うように飛び込んできた爪の一撃がパールの背中を裂いて潰した。あってなきがごとしの衣服は簡単にボロ布のようになり、背中から背骨の数本が肉ごとえぐられる音がした。
「!!」
 意識はギリギリあるものの、飛行のバランスがとれず、そのままドラゴンが作り出す烈風に吹き飛ばされそうになるパールを追撃から救ったのはリュミエールではなく、遙か遠くに控えていた奈々の弓矢による一撃であった。鼻先に火のついた矢が2本同時に浴びせかけられるとドラゴンもさすがにそちらに注意を向けざるを得ない。
「お、無事に陽動することはできたようだな」
 弓を下ろした奈々は素早く手綱を繰って愛馬はんさむを反転させる。馬とて、このひどい泥の鎖を解き放てるほどではない。いつもに比べると、非常にまったりとしたスピードで反転し、足を進める。それをブリザードドラゴンが見逃すはずもなかった。ブリザードドラゴンも空を飛ばない種族であったが、水との親和性が高いようで、湿地帯を何の苦もなく這い寄ってきて居るではないか。もたつく奈々にドラゴンはあっという間に距離を縮める。
「完全に意識をこちらに向けることに成功したようだなっ」
 奈々はそう言うと、馬主を巡らせながら、弓を次々と引き放つ。
 矢はあちらこちらへと飛び走り、願いあまたず藁や干し草などをかき集めた山の上に突き刺さり、矢から煌々と光る火は、草たちに染みこんだ油に反応して、次々と死の泥土に火柱を突き立てた。
 それは興奮したドラゴンにはひどく邪魔なものに映ったのだろう。氷雪の使者は怒りの声を上げると、手近にあった火柱をたたき壊した。
「月の光よっ、我が敵はブリザードドラゴンなりっ!!」
 干し草の陰に隠れていたティルがクルトを走らせながら、魔法を詠唱し、ムーンアローを放つ。もはや泳いですまされる場所からは完全に引き離すことができた。これなら足場の悪さに苦労するクルトでもドラゴンとは対等に走って過ごせるだろう。
 しかし、目隠しにすら成らず、次に隠れる予定の干し草の山を破壊されて、ティルはたじろいだ。その枯れ草の山には、そこでしばらく燃えてくれるようにと、木ぎれを入れて補強をしておいた。だが、あのドラゴンの一撃をまともに受けたそれは、一瞬で粉々になり、燃えさかっていた炎も間もなく姿を消してしまう。
「こちらに誘導します。気をつけてください」
 そう叫んだシシリーがグラビティーキャノンを放つ。重力派が泥を大地を真っ二つに裂き、ドラゴンを襲う。
「ガァァァァァァァッ!!!!」
 それは初めて聞く、ドラゴンが上げる苦痛の声であった。
「効いてるっ!?」
「隠れましょう。こちらにきますよっ」
 効果を確認したいシシリーが身を乗り出すが、それを引きずり下ろすように、めいが盾を構えてしゃがむウッドゴーレムの影に案内した。
 それと同時に、激高したドラゴンが急接近し、ウッドゴーレムの盾ごと破壊せんと、大きく息を吐き出した。
 途端にシシリーとメイのいる辺りが白く濁り、温度が急激に低下していくのが分かる。極度の温度低下のために、ウッドゴーレムがきしみ、発生した吹雪に削られていく。思わず、ブレスの直撃を受けた二人はぐっと目をつぶった。
「‥‥?」
 冷たく、ない?
「風ヲ加護ガアルカギリ、氷竜ナド恐ルルニタラズ」
 凜とした声が響いた。
 それがリュミエールの声であることを理解するのはそれほど難しいことではなかった。恐る恐るめいが目を開けると、自らが用意したウッドゴーレム達は霜が降りて酷い有様になっていたが、自分たちにはそれほどの被害は全くといって良いほど無かった。
 見上げれば、リュミエールが遙か高空からこちらを見下ろしていた。そしてそれと同時に吹きつける海からの風。

「パールさん、パールさん、しっかりして下さい!」
 ブリザードドラゴンがほぼ丘に引き上げられているところを迂回するようにして、ジュネがドラゴンの一撃を受けたパールの救出に向かっていた。
 泥の中でデルホイホイが、傷ついた主人を守っていたので、すぐに位置を特定し馬のムーランに跨って、そちらに近寄る。
「あ、ジュネさん‥‥人ならざる存在はどうでした?」
「存在を窺わせるような反応はありませんでした。そんなことより、自分の身を心配してくださいっ」
 ジュネはそう言うと、すぐさま、聖なる母に祈りを捧げ、パールに癒しの力を注ぎ込んだ。ジュネの魔力では全快までこぎつけることはできないが、随分回復したのは間違いないようであった。
 起きあがったパールはジュネの手を借りて、ドラゴンの位置を確認して呟いた。
「もう、あんなところまで行っているのですね。これなら‥‥」
「はい、もうリュミエールさんが、土砂を完全に撤去してくれるはずです」
 そのジュネの言葉が終わるか終わらぬかの内に、ズズズズっという地響きのような風の音が二人の元まで届いた。
 海の方を見やれば今まさに、風を作り出す海流を阻んでいた土砂が海底の奥深くへと沈んでいくところであった。

 ふぅ‥‥

 それと同時に、今までの大陸から吹く厳しい風がピタリととまった。
 空気が凪いで、耳が痛む。
「風が、止んだ‥‥?」
 弓を構えて、援護射撃の体勢を整えていた奈々も思わず変化に顔を巡らせる。
「あ‥‥風だ。海からの」
 風の細やかな動きをティルは読み取り、そう口にした。本当に微弱だが、暖かい3月のこの月相応の西風がティルの元に舞い込んでは、抜けていく。
「どうやら、間に合ったようですね」
「フランさんっ」
 ミストラルの支援を失ったブリザードドラゴンは酷く不機嫌であった。寒冷地に住む彼にとって次第に気温が上がってゆき、穏やかな顔を取り戻すこの大地は住みにくいことこの上ない。
 フランはカタナを抜き放ち、もはや何の援助も受けられなくなったこの悪竜にそれを突きつけた。同時に白いマントと鎧で身を固めた騎士団がそこかしこから姿を現し同様に抜剣する。
 そしてフランの号令が響く。
「ブリザードドラゴンを討てっ!!!!」
 

「やぁ、面目ありませんね」
 フランはからっからっ、と笑ってアウラ・インクナブルに戻ったリュミエールとそして冒険者一行に詫びを入れた。
 ブリザードドラゴンは騎士団の包囲網を抜け、さっさとまた身を隠してしまったのだという。
「本当はあそこで討ち取るつもりはなかったんでしょう」
 シシリーの鋭いツッコミに、フランはそっぽを向いた。
 まだ、あの周囲には冒険者もいたこともあり、そして示唆したであろうデビルの存在を強く警戒して、追撃をしなかったのだろうと推測し、そしてそれは遠からず正解に近いことをフランの顔は語っていた。
 さて、そんな会話を横にして、リュミエールはまもなく封印の眠りにつこうとしていた。
「貴方と賢者キロンの望んだ調和の取れた世界を守る為に、今度は私達が頑張る番ですね」
 ジュネの言葉にリュミエールは少し微笑んだ。
「ソナタ達ナラデキルデアロウ。私ガ真ニ契約カラ解放サレル時マデ、コノ力ガ使ワレルコトガナイヨウニナ」
「ありがとう、まぁ、これからは大丈夫だ。ゆっくり眠ってくれ。あたしも寝起きは機嫌が悪くなるからな」
 冗談めかして奈々は言う。
「あなたが共に歩む事を認めてくれたのです‥‥私達も、行動でそれを示し信に応えたいのです」
 めいの言葉にリュミエールは静かに言った。
「共ニアリシ世界ヲ‥‥」
「あなたの護衛は、このクルルカンが致します。『私は世界』と唱える者を除き侵入者を排除するようにしています」
 シシリーはクルルカンを前に出してそう言った。
 これからのアウラ・インクナブル、精霊遺跡の護人としてクルルカンは数百年、この風が生まれる場所を見守っていくのだ。
「アリガトウ。ソレデハオヤスミ‥‥」
 風が蔦に消えていく。
 それと同時に蔦の繭が再びふくらみ、リュミエールはそこで胎児のように丸まり、
 瞳を、閉じた。
 また会う日まで。

 おやすみ、リュミエール。
 おやすみ。アウラ・インクナブル。


●おまけ
「ふふふ、男色家なら、これならどうだ」
 奈々は男装の姿で、フランと対峙していた。もちろん、前回フランが断る方便に男色家だと言い張ったことに起因している。が、奈々はその程度で諦めるタイプではなかった。というかフランの嘘くらい十分見抜いていた。
「これなら、生物としても男と女だから、問題ないぞ」
「やれやれ、これは一枚取られましたね」
 フランはくすりと笑うと、抱き締めてきた奈々の顎を手に取り、そっと顔を近づけた。