ノルマン大迷宮(ヴァイキング集落跡)

■シリーズシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月14日〜05月19日

リプレイ公開日:2007年05月28日

●オープニング

「エトルタの洞窟の深さってどのくらいなものでしょう」
 ブランシュ騎士団の分隊長の一人が地図士と呼ばれる者の所へ足を運んだのは、4月も終わりの頃であった。
 ウェーブのかかった金の髪を無造作に背中で束ね、機能性を重視した服に身を包む地図士の女は、森の精と称される種族とはいえ少々かけ離れたアクティブな印象を与えた。もっとも隊長自身もエルフなのに騎士団特有の白い鎧と外套をまとっているのだから、人のことを言えた義理でもないのだが。
「エトルタは洞窟の宝庫と聞いておりますわ。脆く浸食を受けやすい石灰岩が中心の地層構成に、海峡を間近に控えた強い海流であちこちに洞窟ができていますもの」
「あー、そうでしたか。エトルタの針と呼ばれる奇岩の近くにある洞窟なんですけどね」
 フランの言葉に地図士の女は部屋の片隅に丸くなって収められていた紙を取り出した。地図はそれだけではない。彼女の部屋にその功績である地図群が存在していない場所はない。かなり整頓はされているのだが、それでもこの量には圧倒される。
「全部紙ですか。地図士って案外儲かるものなんですね」
「トレジャーハンターも兼ねてますもの。地図を作っていますとね。人間の盲点って意外と多いことに気がつかされますわ」
 女は悪戯っぽく笑いながら、地図士は紙をテーブル一面に広げた。紙いっぱいに広がるノルマン北西部の地理と、その詳細を測るために書かれた測量線が彩る。ちょっとした芸術的価値も存在するのではなかろうか、などとフランは思いつつ、地名に目をこらし、エトルタの字を探した。
 その目の上を、彼女の指がつう、と走り、エトルタを指し示す。細かな書き込みの一つを示す。
「最奥まで127メートル、隣は42メートル」
「なるほど。ところで、このあたりにヴァイキングの集落跡があるという話はご存じですか?」
 顔は地図に向けたまま、目だけを地図士に向けて、フランは問いかけた。その意図を鋭く察知して、女は地図を改めてのぞき込む。
「話だけ聞いたことがありますわ。その洞窟から‥‥掘り進めたとして300メートル以内」
「300メートル、ね」
「掘るのはかなり大変よ?」
「いえいえ、それくらいなら掘った事例を見ていますから、ご心配なく」
 リブラ村付近にあったブリッツビートルのサナギたちが眠っていた洞窟。
 ラージビーのような生き物が生活の場として選んだ縦穴。
 フランが生まれて60余年。ノルマンがそんなに穴だらけだったという話など聞いたことはない。
 あれらの大多数は最近できたものだろう。ブリッツビートルやラージビーが襲いかかってくるまで存在を知られなかった穴。1年もあれば好奇心に満ちた者達が偶然に発見することも可能性としては低くない。ミストラルなどで人が外を出歩かない間にデビルかその下っ端達が汗水垂らして掘り進めたのであろう。とすれば、エトルタの洞窟が最寄りの遺跡であるヴァイキング集落跡までつながっていれば、この洞窟はノルマン全地方を網羅する巨大迷宮の片鱗であるとも考えられる。
 デビルはこの穴を通って闇から闇へ。預言の災害を操作しているに違いない。そして5月から最後の預言までこの洞窟は大きく関わってくるはずである。言い換えればこの洞窟は、真相への入り口だととっても良いはずだ。
「この洞窟の奥地は温度は低めですかね」
「そうね。構造にもよりますけれど潮が入り込んでいる可能性は高いと思われますし、水のエレメンタルなどが住み着けば温度はここより最低数度は低いところで維持されるはずですわ」
「もし氷とかあれば溶けにくいでしょうね」
「そうですわね」
 間違いない。ブリザードドラゴンはここにいるはずだ。自らの周囲に冷気を振りまいておけば、長い時間快適に過ごせるだろう。春の陽気が日ごとに強くなる最近でもここならば関係ない。そして次なる機会を待ち受けているはず。
 大迷宮の最初の番人がドラゴンというのはいささか笑えない話だが、あのドラゴンを打ち倒せれば、いつまた現れるかもしれないという恐怖から人々を救い出すことができる。
 フランはしばらく考え込んだ後に、地図士に目を戻した。
「ところでトレジャーハンティングもされているそうですが、地図や財宝があると言ったら、この洞窟に入ってみたいと思いますか?」
「まあ、勧誘ですの?」
 目を大きくして、驚いた声を上げる地図士。意表をつかれた表情を見てフランは笑顔を浮かべた。
「とても広大な空間である可能性が高いので、時間感覚や方向感覚に優れた人は是非にと思いましてね」
 人を思わずドキリとさせる爽やかな笑顔に、地図士も同類の笑みを浮かべた。もちろん、誘いを受ける答えとして。

 この大迷宮への挑戦者を求む。
 最初の関門はブリザードドラゴン。そして最後には。『預言の闇』が待ち受けているはずだ。

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7246 マリス・エストレリータ(19歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 eb0916 大宗院 奈々(40歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb4906 奇 面(69歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5324 ウィルフレッド・オゥコナー(35歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb5626 ソーンツァ・ニエーバ(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0669 国乃木 めい(62歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

 洞窟に灯りが点った。
 湿気の伴った潮風が一行の背中から、闇に向かって駆け抜けていく。冷たい空気と暖かい空気が入り交じる独特の匂いが空間を支配し、否が応でも緊張感を感じさせる。
「この奥にドラゴンがいるのでしょうか‥‥」
 ソーンツァ・ニエーバ(eb5626)が音を響かせないように注意しながら、そう独りごちた。
 ドラゴンキラー。それは戦う者であれば誰もが夢見る伝説の称号だ。
「どうだろうね。まだこの奥があるとは決まってもいないし、そもそもそれがいるかどうかも分からないのだね」
 国乃木めい(ec0669)の持つランタンの量に視線を、耳は圧迫するような静寂に注意を向けながらそう答えた。地図士であるシェラもまだこの奥に続く道があることを明言していない。
「それでも、期待せずにはいられないわ。迷宮や宝物、ドラゴン退治‥‥英雄譚にはかかせないものだわ」
 育ちの良さそうな顔の奥に、熱い気持ちを覗かせるレティシア・シャンテヒルト(ea6215)は言った。
 そうだ、誰もが同じ気持ちだ。
 預言の災害を止める。
 デビルを倒す。
 それよりも何よりも巨大な迷宮という未知への探求心を呼び起こし、どうしようもなく惹きつける。
「もうすぐエトルタの洞窟は行き止まりになるはずですわ」
「それでも風が止まらんのお。普通、行き止まりなら風は吹き込まぬはずなんじゃがのう」
 小さな灯りの中、地図を訂正していくシェラの言葉にマリス・エストレリータ(ea7246)がぼそりと呟いた。
 確かに、入ったその時から変わらぬごつごつした岩の小道、海水に濡れる壁、闇へと背中を押す風はどれ一つとして変化していなかった。行き止まりの予兆は感じさせない。
 それはつまり。
「‥‥壁の感じが少し変わったな」
 先行を買って出た大宗院奈々(eb0916)が呟いた。
 海水が作る小さな水たまりを遠慮無く踏んで、一行は奈々のいる場所へと走った。
 壁を触ってみると確かに天然の岩が浸食してできた今までのものとはちがって、凹凸が少ない人の手が加わっているものであることはすぐ理解できた。
「掘ったのかの。なかなかいい仕事しているのじゃ」
 マリスは背後からの風が次第に冷たくなっていくのを感じると、いそいそレティシアのペットである、ペガサスのミューゼルの鬣の中に体を埋めながら言った。
「ツルハシでただ岩を崩したような感じではありませんわね。巨大な錐で貫いたような‥‥」
「太いロープをかみ切るような虫もいたんだ、今更変な物に出会ったところで驚くか」
 奇面(eb4906)は別件で手に入れた宝石を眺めることに一生懸命に眺めながら、そんなつぶやきを漏らすのであった。


「音が‥‥聞こえるのだね」
 ウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)は長い耳を静かに垂れながら、一行に注意を呼びかけた。その声に一行の空気がさっと張りつめる。無言の合図で奇がまずサウンドワードを使用して確認をとりつつ、ウィルフレッドがブレスセンサーで他の生物の存在を確認した。
「この音は、この先にある『海』のさざめきだ」
「まだ生物の探知はできないのだね。ブレスセンサーの効果範囲は100メートルだから、まだその範囲内に何もいないというだけの話だけど‥‥油断はできないのだね」
 カンテラの覆いを少し落として、照明を落とす。もしブリザードドラゴンが起きているならば、この灯りはこちらの存在を知らしているようなものだからだ。
「できるだけ戦いたくないものですけれど‥‥」
「ええ、十分な準備も、地の利も無いまま戦い、相手の警戒を強めてしまっては元も子もありませんわ」
 めいは知っている。ブリザードドラゴンは既に数度冒険者と戦い、いずれもこの攻撃をしのいだ強敵だ。
 ゆるやかな角を曲がって、先を照らす急にランタンの明かりが弱くなったような気がした。いや、照明が向こうの壁まで届かなくなったためだろう。
 遠くに漣のはぜる音が響く。それと同時に入り口で感じていた潮の香りが正面から戻ってくる。
 地上が近いのか、どこからともなくふり落ちてくる陽光が海霧のぼんやり照らされるのは、地中に作られた海であった。その海にいくつも折り重なるようにして円錐型の塔が立っている。それが船の残骸であることは誰もがすぐ理解できた。その手前に広がる積み木のように積み上げられた岩は遙か昔ヴァイキングの住居だったのだろうか。
「ここが、ヴァイキングの集落跡‥‥随分視界が悪いのう」
 マリスはあたりを見回しながら、ぼそりと呟いた。霧が視界をぼやけさせ、奥行きを更に眩惑させた。
「とりあえず、どちらに進みましょうか。奥まで見えないので少し探す必要があるようですね」
 ソーンツァは少し進むと、目をこらしてあたりを見回したが、それでもはっきりと分かる部分は少ない。
「そうだな。少し探索もできたらいいな。ふふ、フランが喜んで貰えるような土産がいるといいな」
 ウキウキとした様子で先行する奈々の言葉に、シェラがあら、と反応した。
「あら、あのエルフの騎士様と親しいのですね」
「ああ、恋人だ」
 胸を張って、既成事実を作り上げる奈々。後ろで反応があるようだが本人一切無視。その強気が功を奏したのか、シェラはまぁ、と驚いたような声を上げた。
「ノルマンでも選りすぐりの騎士の、しかも隊長級の方でしょう。恋人も色々我慢することがあって大変ではありませんか?」
「ふふん、まぁな。だが、フランは時間を取るのがうまくてな。忙しくても会いに来てくれるぞ。この前も騎士団長のヨシュアスに変装して追いすがる部下を撒いてきたそうだ」
 それって、考えようによってはすっごくダメダメな気がするが。そこから芽生える恋人談義ですっかりシェラの中でも奈々=フランの恋人という関係が構築されたようだ。
 まだまだ暗い洞窟に花咲くような恋話が続きそうであったが、それを止めたのは恋愛話などドラゴンに出会うより縁のない研究者肌のお爺、奇。
「‥‥家だな。これは」
 船着き場近くの側面の岩を削ったところに木を立てかけて作った家、といってもとっくに朽ち落ちて、腐った木が散乱している物をどかせながら、彼は言った。
 出てくるのはかまどの跡だったり、人骨、腐り落ちた布の欠片など役に立たないものばかりであった。きっと海の上で吹き鳴らしていたのであろう角笛や、豪腕を思わせる大きなフランキスカなどもあった。
「生活感があるのだね」
「ヴァイキング‥‥どんな生活していたのでしょう」
 思いを馳せるソーンツァに応えるようにして、レティシアは周囲の音が自らの耳に届く程度に気を遣いながら、歌を紡ぎ始めた。

 ヨーホー、ヨーホー
 俺らは海賊
 荒波越えて、お宝目指す
 白壁越えれば俺たちの港
 ヨーホー、ヨーホー
 俺らは海賊
 ヨーホー、ヨーホー
 俺たちゃ海賊
 宴を開け お宝開け
 七つ船を岩に隠すは俺たちの港

「大昔のヴァイキングの歌です。白壁というのはエトルタだと想いますし、意外と歌の発祥の地に近づいているのかもしれません」
 もしかしたら莫大な宝が今も眠っているかもしれない。ソーンツァは古代からの続く陽気な歌を紐解きながら、この先に待ちかまえている光景に想いを馳せた。
 七つ船を岩に隠すというのは何かの暗号だろうか。例えば船着き場の真横にあるこの岩屋のどこか‥‥
「それにしても、不思議なこともあるんじゃがの」
 外を確認していた奈々やウィルフレッドも呼び寄せて、マリスは静かに言った。言葉は穏やかであるが視線は空に飛ぶ霧に不審の顔を浮かべていた。
「霧というのは‥‥温度の変わらぬ洞窟に起こることはないはずなのじゃがな」
「‥‥だね!!!」
 ウィルフレッドが反射的に動いて魔法を発動させた。途端に強力な風が生まれ、側面から襲いかかった冷気の嵐を攪乱する。
「!!!!??」
 冷気の嵐を止めきれない。反射的に顔を覆った腕が、冷たさを通り越してめくれ上がるような痛みを上げ始め、防護されなかった髪が柔らかさを失い、そのままランタンの灯りにきらきらと輝きながら、砕け散っていった。ウィルフレッドのストームがなければ、年老いためいなどもうその瞬間に生命の灯火まで凍り付かせていたことだろう。
 しかし、それでも風前の灯火であることは間違いなかった。極低温に耐えきれない肌が裂けても血が吹き出る前に凍り付き、真っ赤な花を咲かせる。
「すこし来る方向を読み違えたのだね‥‥」
 その時始めて、船着き場の向こうで顔を出す、猛悪な巨獣の目がこちらを向いていることに気がついた。
 奈々は素早く矢をつがえ、牽制に放つが凍り付いた腕では全く狙いを定めることができず、予定していたドラゴンの頭から遙かに手前に落ちた。
「会話、してくれそうにないのぅ‥‥」
 ミューゼルの体に半分以上うずもれていたマリスはまだ傷は浅かったが、かと言って、密かに予定していた、チャーム作戦だが、海に隠れて獲物を待ちかまえていたらしいあのドラゴンがかかってくれるとは思えなかった。
「私が注意を引きます。その間に、退避してください!」
 ソーンツァが真っ先にネイリングと大海の盾を構えて一行の前に立つ姿を見て、シェラが叫んだ。
「危険ですわ! 十分な体力があればまだしも、死にますわよ!?」
「‥‥こういう場合は闇雲に逃げるより、協力した方がいいですよ」
 ミューゼルのリカバーを得て立ち戻ったレティシアもソーンツァの後ろに並ぶ。
「相手の属性は水。私は風。分はあるのだね」
 ウィルフレッドもその横に。
「トカゲ風情が‥‥! あの目を潰してやる」
 奇はそれ以前に話を聞いていないようであった。
「全くだ。できることは精一杯ある。だいたい、フランが悲しむしな」
 奈々は照明油の瓶の蓋を開けて呟いた。そして最後にめいがにこりと優しい微笑みを浮かべて立つ。
「それにコアギュレイトが決まれば、済みますわ‥‥」
 目の前で滝のように水柱が立つ。敵の生存を確認したブリザードドラゴンが隠れていた海の中から姿を現したのだ。
「風よ、まといて冷気を隔つ壁となるのだねっ」
 ウィルフレッドのレジストコールドの魔法が戦いの合図となった。
 巨体を揺らして襲いかかるドラゴンにまず奇のムーンアローが率先して襲いかかる。一瞬だけひるむドラゴンだがさしたる傷があるようでもなかった。
「その時間があれば、こちらは十分だわ。月を飾る豪華な夜。貴方の姿を今ここに」
 ひるんだドラゴンの頭部めがけてレティシアがシャドゥフィールドが展開される。一瞬で訪れた闇の帳にドラゴンは混乱を来したのか怒りの咆哮をあげる。
 火のついた矢を二本同時に番えて、奈々は矢を放つ。それはドラゴンに届くわけではなく、その手前で二手に分かれ、散乱している木の破片に辿り着き、即座に燃え広がりはじめる。それはこの霧が魔法のものである十分な証拠でもあった。
 足元に火がついていることも知らずドラゴンはその場で暴れ回ってその火を自ら受けていった。
 そこにソーンツァが飛び込んで、ネイリングを振るった。その魔力が確実に鱗を切り裂くが‥‥大きな傷にはならない。
「硬い‥‥くっ。これがドラゴン‥‥」
 ドラゴンスレイヤーと呼ばれるこの武器がなければ、恐らくどれだけ向かっても勝てなかっただろう。戦慄が走るがそれでも後ろに控える仲間の為にも引くわけにはいかなかった。
「ちっ、めい。さっさとコアギュレイトで仕留めろ。厄介だ」
 奇がいらついた声でムーンアローを連射しながら、めいに声をかけた。
「‥‥ごめんなさい。すぐ、すぐに‥‥」
 めいは焦っていた。簡易なコアギュレイトではあの暴れ回るドラゴンの尻尾や爪に襲いかかられて魔法が完成する前に引き裂かれてしまう。かと言って離れたこの位置から魔法をかけるにはめいの技術レベルが問題となった。
 さらに運良く魔法が発動できてもドラゴン自身も高い抵抗力を持っている。
 魔法がかかる可能性は‥‥ほんの僅かだ。だが、それが決まらなければ、決め手のない仲間達はいずれその破壊的な暴力の前に屈することになる。
「性・道・慎・独・誠。暴虐の徒よ。徳を聞きてお静まりなさいっ!!!」
 めいは渾身の力をこめて、法力を解放した。

 ウィルフレッドのライトニングサンダーボルトを直撃しながらも突き進み、ソーンツァとすぐ後ろで反撃する奈々に牙を剥いたブリザードドラゴンがその瞬間、動きを止めた。
「‥‥間、一髪‥‥だな」
 冷気渦巻く口内と氷柱のような牙を眼前にして、奈々は冷や汗を吹きもせずに、笑った。


 ソーンツァの攻撃でさえ正面から受け止めたドラゴンをこの硬直時間の間に倒せる自身がなかった一行はこのまますぐ離れることを決意した。
 幸いにもシェラがすぐ傍に入り口とは異なる細い道を見つけた為にそこから離れることになった。
 怒りの表情で硬直するドラゴンの前にテレパシーを使用したマリスが近づいた。
「‥‥せめて最初からこんな機会を貰えたら良かったんじゃがの。そなた、何故こんなところにいるのじゃ」
『イルのでハなイ! 暑い外ハデラレヌのダ!! 何が簡単な話ダ! 話がチガウではハナイカ!!』
 そろそろ陽射しも初夏のそれになったきた外界はブリザードドラゴンにとっては、強烈な暑さに違いない。なるほど、ここに来たのもやむを得ぬ選択だったか、それとも約束を違えた何者かの仕業と言うことか。
「その約束をしたという‥‥」
 もう少し話をしようとした瞬間、突如ミューゼルがマリスをひっつかみ、一行が待つ道へと飛び込んだ。
「!?」
「時間切れみたいですよ」
 その瞬間にドラゴンを縛り付けていた魔力が飛散し、先ほどまでマリスの居たところを牙で荒らした。会話ではそんな素振りは全く見せなかったドラゴンの底意地の悪さというか陰険さが窺えた。
「‥‥なる、ほど」
 一瞬遅れた時のことをどうしても想像させられたマリスはふと、レティシアの持っているアイテムに首を傾げた。
「どうしたのじゃ、それは」
「ドラゴンさんの思いも寄らないプレゼント、よ」
 ブリザードブレスの強力な吐息とそれに対抗したストームで木の破片や『隠されていた扉』が目に見えるところに出てきているのだという。
 マリスを助けるタイミングにミューゼルが外側にいたのも、マリスはようやく理解できた。それと同時にちょっといじけたくなる気持ちが。
「‥‥宝が見つかってなかったら、助けられてなかったのかもしれんのか。とほほ」
「どうせもう後戻りはできないし、とりあえず進むのだね。」
 ウィルフレッドの言葉に押されて一行は先を急いだ。
 幸いなことに出口は一行の保存食が尽きるよりずっと早くに姿を現した。
 何もない山のど真ん中であったが、ここから再スタートができることを確認した一行は一度パリへ引き返すことにしたのであった。

 ノルマン大迷宮はまだ続いている。