【ふくろうといっしょ】 苦渋の決断
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■シリーズシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 64 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月26日〜05月01日
リプレイ公開日:2005年05月02日
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●オープニング
あるところに「ヌシの山」と呼ばれる山があった。
ヌシというのはそこに棲む巨大なフクロウのことで、身の丈は2メートルほどもあるという。
このヌシ獣は鳥もさることながら、なんと鬼が大好物で、山に棲む小鬼や茶鬼やら、時には熊鬼さえも食べてしまうことがあった。
そのため山辺の村は鬼に襲われることなど滅多になく、村人はヌシを「守り神」として敬っていた。
しかし、ヌシは鬼だけでなく人間をも襲うということを村人たちはちゃんと知っていたので、むやみにヌシの領域を荒らしたりしてはいけないというのが村の掟だった。
ところがある時、事情を知らぬ余所者がヌシの山に踏み込んだ。
そしてその者は不運にも鬼に襲われてしまったのだ。
彼はすぐさまギルドに鬼の討伐を依頼し、山に棲む鬼は一気に激減した。
すると好物を失ったヌシはやむなく他の獣などを餌にするようになったのだが、それだけでは足りず、村にまで下りてくるようになった。
今はまだ家畜が襲われたのみだが、そのうち人間にも被害が及ぶかもしれない。
しかし、ヌシのおかげで今まで安泰な生活を送ってこられたことも事実。もうずっと昔から、ヌシは村の守り神だったのだ。
悩みに悩んだ村人たちは、ついに苦渋の決断を下すこととなった。
* * *
「‥‥ヌシを、倒して欲しいのです」
そう語る村長の目には、うっすらと涙が滲んでいる。それほどまでに、村人のヌシに対する想いは深く複雑なのだろう。
「今まで守り神と崇めていたものを倒してくれだなどと、勝手な願いだと思います‥‥しかし、村人を危険に晒すわけにも行かず‥‥」
「仕方のないことですよ、人の命には換えられませんから」
うな垂れる村長はひどく思い詰めており、このままでは首でも吊ってしまいかねない雰囲気だ。そんなことになったら大変だと、係員は必死に村長をなだめる。
「村長の判断は正しいと思います」
「はい‥‥しかしこれも勝手な願いだと分かっていますが、もしヌシにひながいた場合、せめてひなだけでも助けてやって欲しいのです。ひなに罪はありませんから‥‥どうかお願いします‥‥」
ついに堪え切れなくなった涙をこぼしながら、村長は係員に縋りついたのだった。
●リプレイ本文
「ふう‥‥まだけっこうあるみたいですね」
目の前に続く斜面を見上げ、クゥエヘリ・ライ(ea9507)は息をつく。村人の話では、ヌシの巣は山頂付近にあるらしいのだが、この山には無闇に近寄らないというのが村の掟。詳しい場所は実際に行って探すしかなさそうだ。
「レヴィン様、そちらではありませんよ」
いつの間にか脇道に逸れそうになるレヴィン・グリーン(eb0939)を、神月倭(ea8151)が慌てて呼び止める。レヴィンはとんでもない方向音痴なので、目を離すと危険だ。
「迷子になっちゃ駄目だよ?」
「す、すみません」
一色翠(ea6639)に言われて恥ずかしそうに赤面しつつ、レヴィンは仲間たちの元へと駆け戻ってきた。
「山頂に巣があるってことは、この辺にはいないと思うけど‥‥」
念のためと、ブレスセンサーでの探知を試みるファルク・イールン(ea1112)だが‥‥詠唱を始めようとした途端、ぐう〜とお腹が鳴る。それを聞いたロサ・アルバラード(eb1174)は思わずぷっと吹き出して、荷物の中から保存食を取り出した。
「いったん休憩にしましょ。はい、これ」
「悪いな」
うっかり保存食を買い忘れたファルクは、苦笑しつつロサから分けてもらう。
「ごめんね〜、お代はちゃんと払うから」
同じく鈴苺華(ea8896)も、黒畑丈治(eb0160)から分けてもらっている。まあ、彼女の場合は手荷物が多すぎると飛べなくなってしまうので、致し方ないのかもしれないが。
腹ごしらえも済んだところで、一行は再び山頂目指して登り始めた。
レヴィンとファルクが交代でブレスセンサーを使って探索しながら進むうち、ついにファルクが大きな反応を捉えた。
「‥‥いた、あの先だ」
皆、一様にファルクが指す方向に視線を向けて固唾を呑む。熊鬼さえも食べてしまうというのだから、一筋縄で行かないことは確かだろう。
「私は無益な殺生は好みません。だが、無益な殺生をする者には容赦しない!」
己を鍛えることを目的とする黒畑は、強敵との戦いを目の前に意気込んでいるようだが、神月もレヴィンも複雑な表情を浮かべている。
「何者も‥‥ただ天より与えられた命を全うしようとしてるに過ぎません」
「ええ。ですが、ここで決断しなければ、より多くの動物さんに被害が出てしまいますね‥‥」
動物を心から愛するレヴィンは、ヌシを退治することに対して迷いを抱えていたが、それでも助けたい気持ちを抑えて決心を固める。
「村人さん達だって辛い思いして決めたんだもん。頑張らなきゃね」
「今の翠たちに出来る事は、このお仕事を一生懸命やり遂げる事だからね」
苺華と翠が敢えて笑顔を作って言うと、物憂げに翳っていたレヴィンの表情も少し明るくなる。
皆それぞれ覚悟を決めて、さらに奥へと踏み込んでいった。
さすがに巨大なだけあって、ヌシの姿を見つけることは簡単だった。が、巣は崖の上にあり、ヌシはどうやらそこで眠っているらしい。
「じゃあ、呼び寄せてみるね‥‥」
やや緊張した面持ちで翠が鹿の鳴き声を真似てみるものの、気付いているのかいないのか、ヌシは動こうともしない。
「やっぱり昼間に狩りはしないのかな」
「うーん‥‥フクロウの声を真似てみてくれますか?」
レヴィンに言われて、翠はフクロウの鳴き真似をする。それに合わせてレヴィンが大きなフクロウの幻影を作り出すと、今度はヌシが反応を示した。自分の縄張りに部外者が侵入したと思ったのか、巣から飛び立って襲い掛かってくる。
ヌシが幻影に気を取られている隙に、ロサが矢を射る。ヌシは一瞬体勢を崩すが、すぐに持ち直し、冒険者たちの姿を見つけて急降下してきた。
接近するヌシに向けて、今度はクゥエヘリと翠が同時に矢を放つ。どちらの矢も正確に狙った場所に突き刺さったが、ヌシはこれに対してはまったく反応を見せず、平然として近付いてくる。
「効いてない‥‥?」
思わず動揺するクゥエヘリ。
「大気を往く風よ、全てを切り裂く牙となりて疾く散れ!」
「悪に滅びを!」
詠唱を終えたファルクと黒畑が続けて魔法を放つが、やはり効果がない。
「これならどうです!」
レヴィンの雷撃は、どうやら多少効いたようだ。しかしまだ致命傷には程遠く、羽ばたく翼の力強さも失われてはいない。
「ほら、こっちだよ!」
苺華が果敢にもヌシに立ち向かい、素早い動きで翻弄する。小さな苺華はヌシの爪にかかればひとたまりもないが、人並み外れた回避力を持つため、撹乱役にはうってつけだ。
「翠たちの矢じゃ駄目だから‥‥神月さんお願い!」
「ええ‥‥」
仲間の支援に徹しようと考えていた神月だが、この面子では、決定打となる攻撃力を持つのは彼しかいない。苺華がくるくると飛び回って挑発しながら、神月の刀が届くところまでヌシを引きつける。間近で見るとその大きさは圧巻だが、今はそれに見入っている場合ではない。
ザンッ
刀で斬り付けると、予想したよりも鈍い手応え。ふわふわとした羽毛からは想像できないほどの防御力があるらしい。
今度はヌシが反撃に転じ、鋭い爪で神月に掴みかかる。咄嗟に身をかわしたものの避けきれず、爪は神月の服を引き裂き、腕に深い傷を刻んだ。痛みのあまり刀を取り落としそうになるが、必死に持ち堪える。
「黒畑様、相手の動きを止めることはできますか?」
「やってみましょう。ただし、そのまま引きつけておいて下さい」
コアギュレイトの射程は短い。ヌシが上空に舞い上がれば、当てることは叶わない。
神月は頷いて、仲間たちと連携しつつヌシの動きを妨害する。
「これでも喰らえ!」
ライトニングアーマーを纏ったファルクが体当たりを喰らわせ、驚いたヌシが暴れ出したところへ、さらにレヴィンのイリュージョン。炎に包まれる幻影を見せられて混乱したヌシは、そのままコアギュレイトによって自由を奪われた。
硬直したままじっとこちらを見つめてくるヌシに、レヴィンは切なげな視線を返す。
その茶色い瞳はひどく澄んでいて‥‥村の人々が彼を守り神と信じていたのが、何となく分かったような気がした。
「雛は‥‥巣にいるのですか?」
テレパシーで問い掛けると、声にはならぬ返事が返ってくる。それを聞いてレヴィンは深く頷いた。
そして神月がゆっくりと刀を振り上げる。
せめてこれ以上苦しまぬよう、一息にとどめを刺すこと‥‥それが彼にできる全てだった。
「次に生まれてきた時には友としてお会いしましょう‥‥」
果たしてレヴィンの言葉は、薄れゆくヌシの意識に届いただろうか――
ロサとクゥエヘリは自力で崖を登り、苺華は自慢の羽根で飛んで、それぞれ巣へと辿り着く。そこには白っぽい羽毛に覆われた雛がいた。苺華と同じくらいの大きさの雛は、くりくりとした瞳できょとんと3人を見つめている。
「ひよひよ」
「わ〜、やっぱり可愛い!」
「ふあふあのもこもこだよ〜♪」
思わずスリスリしてしまうロサと苺華。雛は「ぴゅいー」と声を上げて困惑している様子。
「それは後にして、まず連れて帰らないと」
クゥエヘリにたしなめられて、ロサは雛を籠に入れ、ロープで下へと降ろしていった。
神月は持参した毛布で雛をくるんで、大切に抱きかかえる。
ヌシの亡骸を丁重に葬り、墓標に美しい薄紫の蓮華草を供えて、一行は山を後にした。
「育てるのはいいけど、将来はやっぱあんな風になるんじゃねえか?」
「いずれ餌だけでも大変な事になると考えられますね。同情や自分達の非を補うだけの行動ならば止めた方がよろしいかと思いますよ」
あくまで客観的に、冷静な意見を述べるファルクとクゥエヘリ。しかし村人たちの意思は固かった。
「最初に申し上げたはずです。すべて承知の上で依頼したのだと。‥‥例えば罪を犯した者がいたとして、その子供もやはり罪を犯す危険があるからと、結果を見ぬうちに手打ちにしますか?」
村長の言葉は重く、嘘偽りや甘えは感じられない。クゥエヘリは軽く息をついて答えた。
「そこまで言うのなら、うちは止めませんが」
「分かって頂ければ幸いです」
村長は穏やかな表情を浮かべ、雛と戯れる苺華たちを見守る。
雛の名前としていくつも案が出たが、その中でロサが提案した「闇主」は「夜の主、陰ながら村を守ってくれた者」という意味を込めて、雛ではなくヌシに付けられることになった。村の中に闇主の祠が建てられ、翠と神月が持ち帰ったヌシの羽根が祀られる予定だ。
そして肝心の雛の名前だが、皆で出し合った名前は妙案ばかりで、なかなか決まらない。
「ほろほろはどうでしょう」
「それは可愛すぎるよ〜。格好良く白王丸!」
「今は白いけど、大きくなったら茶色になるんだろ?」
ファルクの言葉に、レヴィンが一瞬ふっと淋しげな表情を見せる。そして何かを懐かしむようにしながら言った。
「私は、茶々丸と名付けたいです」
かつて救おうと思って、救えなかった命。この雛には、彼の分まで生きて欲しいと強く願う。
その真摯な思いを受け止めて、村長は茶々丸という名に賛意を示した。
「大切に育てていきましょう、私もこの子が空に羽ばたけるよう、お手伝いいたします」
「村人さんと仲良く暮してね。翠、また会いにくるからね」
「ひよひよ」
果たして分かっているのかいないのか、茶々丸と名付けられた雛は、江戸へと帰ってゆく冒険者たちの後姿をずっと見送っていたのだった。