●リプレイ本文
村に到着した冒険者たちは、村長の元へ挨拶に向かった。
「まあ、予想通りの事態ですね」
軽く溜め息を漏らすクゥエヘリ・ライ(ea9507)。
嬰児が生きるには、親に乳を与えてもらわねばならない。それは茶々丸も同じ。そしてこの村の人々にとって、茶々丸は我が子も同然だった。しかし茶々丸の場合、人間と違って乳を飲むわけでなく、穀類や野菜なども食べず、主食が肉であるということが問題なのだが。
「前回ああは言いましたが、覚悟があるなら私はこの行動は賛成なので、今回も手伝わせて頂きますね」
「利口な狼は人間を襲わないそうですが、あの狼達を放っておくと、旅人が襲われかねませんので‥‥」
クゥエヘリと黒畑丈治(eb0160)に、村長は深々と頭を下げた。
「‥‥宜しくお願い致します」
挨拶が済んだ後は、いよいよ茶々丸との対面だ。
「茶々丸、久しぶり♪」
その姿を見つけるなり、ぎゅっと抱きしめる一色翠(ea6639)。
「ちょっと見ないうちにますます抱き心地がよく‥‥」
翠から茶々丸を受け取り、スリスリするロサ・アルバラード(eb1174)。
「大きくなりましたね」
それを微笑んで見守る神月倭(ea8151)。
皆、茶々丸に構いたい気持ちは一様だが、まずはその前に仕事だ。狼に襲われ怪我をした若者2人から、具体的な場所や状況、数などを聞き出す。
それによると、2人は山の中でうっかりはぐれてしまったのだそうだ。そして1人きりになっているところへ狼が襲い掛かってきて、悲鳴と咆哮を聞いて駆けつけたもう1人も巻き添えを食らったということらしい。
情報を把握したところで、一行は早速山へと向かうことにした。
「早く終わらせて帰って来るから、そしたら遊ぼうね♪」
まるで鈴苺華(ea8896)の言葉が分かっているかのように、茶々丸は小さな羽根をぱたつかせるのだった。
レヴィン・グリーン(eb0939)がブレスセンサーで狼の位置を探り、それに対して常に風下になるよう注意を払いながら山を進んでゆく。理由は、なるべく匂いを嗅ぎつけられないようにするため。
村の若者は1人だったから襲われたが、さすがに8人もいたら狼だって迂闊に近寄ってきたりしないだろう。こちらの存在に気付かれるのは得策ではない。
「あの辺りでござるな」
阿阪慎之介(ea3318)の指す方向には、少し拓けた場所がある。木々が茂る中では身動きが取りづらいので、戦闘に支障なさそうな場所を村人から聞いておいたのだ。
作戦としては、ここに狼たちを誘き寄せることになっているのだが‥‥
「いいですか? 元来オオカミさんは賢い動物さんで、あまり素早く逃げすぎると、狩りを諦めて追ってこない可能性があります。あまり引き離しすぎず、かと言って捕まったりしないように‥‥難しいですが、気を付けて下さい」
動物の生態に詳しいレヴィンは、囮役の苺華に注意を促し、木の枝にロープを巻きつける。
「あと、ここに罠を仕掛けておくので、引っ掛かりませんよう‥‥」
「うん、分かったよ。電撃の罠なんかに掛かったら焦げシフールになっちゃうもんね」
想像して、軽く身震いをする苺華。しかしすぐにまたいつもの笑顔に戻り、元気よく手を振る。
「それじゃ行ってくるね♪」
木々の合間を縫って飛び去ってゆく苺華を、ある者は頼もしげに、ある者は心配そうに見送っていた。
しばらく飛び続けるうちに、苺華はようやく狼の群れを捉えた。
「狼さん発見!」
さっそく群れに接近し、注意を引くように飛び回る。それに気付いた狼のうち1匹が、狙いを定めて飛び掛ってくるが、苺華はそれをギリギリまで引き付けてからかわした。
そんなことを数回続けながら、少しずつ仲間たちのほうへ狼を誘導していく。それは、真っ直ぐ飛行することに比べるとかなり骨の折れる作業だった。
ようやく目的地が見えた時には、心から安堵したものだ。
あと少し‥‥わずかに緊張しながら、罠のほうへと狼を誘い出す。そして‥‥
「ギャウッ」
目印のロープを見つけた苺華が急に方向転換すると、それに付いていけなかった狼たちは不可視の電撃に激突して悲鳴を上げた。
その瞬間、茂みに潜んでいた冒険者たちが一気に飛び出してきた。
危険を悟った狼たちは逃げ出そうとするが、レヴィンがマジカルミラージュで切り立った崖の幻影を作り出し、逃走を阻む。
「狼さんに罪はありませんが、私達には闇主さんに代わり茶々丸さんを立派に育てる義務があるのです‥‥」
声を押し殺して呟くレヴィン。
逃げ場を失ったと思い込んだ狼たちは、やむなく襲い掛かってきた。
しかし経験を積んだ冒険者にとって、狼など大した敵ではない。3匹は無傷だが、残り4匹は先ほどの罠によって傷を負い、もはやまともに戦える状態ではない。
「ごめんね‥‥できるだけ苦しまないようにするからね‥‥」
翠は矢をつがえ、負傷した狼を優先的に狙う。
同じく神月も、長く苦しみを与えぬよう一思いにとどめを。
攻撃の命中率が低い苺華も、傷付いた狼の始末役に回った。
一方、他の仲間たちは無傷の狼たちを相手にしていた。
ロサは目を狙い撃ちし、クゥエヘリは樹上から奇襲をかけ、その間に詠唱を終えた黒畑がホーリーを放つ。
「悪いわね‥‥あんたたちに恨みはないけど、こっちには食べ盛りのお子様がいるのよ」
さらにロサが畳み掛けるように続けて矢を放ち、早くも1匹が瀕死状態に陥った。
狼も反撃を仕掛けるが、すばしっこい苺華にはまったく当たらない。
阿坂もオーラシールドで防戦。機敏な動きで繰り出される連続攻撃もすべて受け流し、傷を負うことはなかった。
この時点で、戦況は圧倒的に冒険者側の優勢。
それから完全に決着がつくまでに、さして時間はかからなかった。
冒険者たちは、途中で置いてきた荷台まで狼の亡骸を運び、そこから荷台を引いて村へと戻っていった。
村に着くと、村人たちは早速獲物を捌き始めた。それとは別に、黒畑は自分で獲ってきた山鳥を捌く。
「毛皮とかは何かに使えそうよね。これからも軍資金は必要でしょうし、有効活用したほうがいいわ」
「ええ、助かります」
ロサに言われ、村人はなるべく毛皮を綺麗なまま残すよう頑張った。
さすがに翠はそういった作業は苦手らしく、涙目になりつつその場から遠ざかり、茶々丸と遊んでいる。
「こういうのは食べるかな?」
試しに、山で集めてきた山菜や木の実などを与えてみる。茶々丸は嘴でつついてみたものの、食べ物とは認識しなかったらしく、やがて興味をなくしてしまった。
「やっぱり肉食なんだね〜。ボクも食べられないよう気を付けなきゃ」
などと言いつつ、茶々丸に抱きつく苺華。仲間や兄弟のようなものだと思っているのか、茶々丸は嫌がるでもなく、苺華にじゃれついたりしている。
「鞠は好きでしょうか?」
神月が鞠を転がしてみると、茶々丸は興味津々の様子で追いかける。
「では私も」
同じくクゥエヘリも鞠を転がすと、今度はそちらに気を取られる茶々丸。2つの鞠、どちらを追えば良いのか分からなくなったようで、交互に見比べながらわたわたしている。その様子が可笑しくて、皆は思わず笑顔になった。
「拙者は茶々丸とは面識がないでござるからな」
阿坂はこう言って、積極的に交流することはなかったが、それでも少し離れたところから皆が楽しむ様子を見守っている。
「ほら、茶々丸」
再びクゥエヘリが鞠を転がし、茶々丸がそれを追う。しかしまだ歩き方がおぼつかないため、途中でころりと転げてしまった。
「あはは、どっちが鞠だか分からないね」
翠はじたばたする茶々丸を抱き上げ、にこにこと笑いながら撫でてやった。
遊び回ってお腹を空かせた茶々丸は、皆が獲ってきた獲物を大喜びで食べた。
そんな茶々丸に、レヴィンはテレパシーで語りかける。
「いいですか、これは食べて良いもの。でも、あそこにいる鶏などは食べてはいけないものです。分かりますか?」
『わかんない』
本当は茶々丸と遊びたいのだが、その気持ちを必死に堪えての調教。
しかし、相手は人間に換算すればまだ1歳になるかならないかの幼児。まともに話が通じるはずもない。
「‥‥村の方や僕たちが持ってきたものは食べても良いものです。それ以外のものを勝手に食べてはいけません」
『わかった』
「そうそう。茶々丸さんはお利口さんですね」
とりあえず最低限のことは伝わったらしいので、今回はこれで良しとする。
「将来、家畜を襲わないようにする為、家畜の肉は与えられませんね」
「今後のことを考えれば、害獣を餌と思わせた方がいいですね」
黒畑とクゥエヘリも今後のことを話し合う。茶々丸が自分で餌を獲れるようになるのは、まだ先のことだが‥‥これからも課題はたくさんありそうだ。
「温かいですね‥‥」
満腹になって眠ってしまった茶々丸を、神月が優しく撫でる。翠はその横に都忘れの花を添えてやった。
「忘れても 都の思い出 亡き親の 面影重ね 色は褪せなん」
呟くように詠んで、翠もまた茶々丸をそっと撫でる。
その後、一行は闇主の祠に立ち寄った。
「茶々丸さんは健やかにお育ちですよ‥‥」
「そのうち闇主みたいに強くなるわね」
皆それぞれ言葉を掛け、最後に黒畑が経を上げて、その場を後にした。
それからしばらくして、少し離れたところにある村に一通の文が届く。
梟の絵が添えられたその手紙には、こう記されていた。
『大切な友人 ゆう様へ ――神月倭より』