イツマデ −呪詛−
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■シリーズシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:4〜8lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 92 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月12日〜07月17日
リプレイ公開日:2005年07月21日
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●オープニング
「兄ちゃん、おなかすいたよう‥‥」
服の裾を握り締める弟。その頬は痩せこけ、腕も足も折れそうなほどに細い。
それでも、そんな体のどこにそれほどの力があるのだろうと思うほど、ぎゅっと。強く縋りつく。
「‥‥ごめんな。もうすぐ、おまんま食わせてやれるからな」
「ほんとに?」
「ああ‥‥ほんとだ」
そう答えると、弟は欠けた歯を見せながらにこっと笑った。
そして、やっとの思いで手に入れたわずかばかりの食料を口にすることなく、弟は死んだ。
「何もかも‥‥私のせい‥‥」
虚ろな目で天井を見つめながら、繰り返し同じことを呟く姉。その体はやはり痩せこけ、もはや寝返りを打つ力すら残っていない。
「ごめんね、ごめんねえ‥‥」
「‥‥姉ちゃんのせいじゃないよ。じきに薬を買ってくるから、早く良くなって‥‥そしたらまたみんなで一緒に、遊びに行こうなぁ」
そう呼びかけると、姉はやつれた顔で優しく笑った。
そして、やっとの思いで手に入れた薬を飲むことなく、姉は死んだ。
まだ赤子だった姪。甘えん坊だった弟。そして美しかった姉。
みんな死んだ。
外に出て行った甥っ子も戻ってこない。
飢え死にしたか、殺されたか‥‥けれどももう探しに行く力すら残っていない。
みんなこんなに苦しんだのに、これでもまだ許されないのだろうか。
だとしたら、どうすれば許されると言うのだろう?
いつまでこんなことが続くのだろう?
「‥‥いつまで‥‥いつまで、こんなことが‥‥」
* * *
「こ、このままじゃみんな化け物に食い殺されちまうんだよぅ」
泣き出しそうな声を上げて、男が係員に縋りつく。「落ち着いてください」となだめるものの、男はうろたえるばかり。連れの女も顔面蒼白になって小刻みに震えている。よほど恐ろしい目に遭ったのだろう。
「それで、その化け物と言うのは?」
「鳥の化け物だよ! 痩せこけて、目ばっかりぎょろっと大きくて‥‥それで『イツマデ、イツマデ』って恨むみたいに言いながら飛んでくるんだ!」
その光景を思い出したのか、男はまたべそをかきそうな表情になる。
「あの声を聞くと、みんな竦んじまってよぅ‥‥悲鳴すら上げずに食われちまうんだ‥‥」
男の話から、それは恐らく以津真天と呼ばれる妖怪だろうと係員は推測する。飢えて死んだ者の恨みから生まれると言われているが‥‥
相変わらず泣き出しそうな表情のまま、男は口元を奇妙な形に歪めて、係員に頭を下げた。
「と、とにかく一刻も早くあの化け物を退治してくれ。この通りだ!」
そう言って、男は必死の思いで掻き集めた金子の袋を係員に差し出した。
* * *
「‥‥やっぱり、祟りなんじゃ‥‥」
ギルドを後にした女は、耐え切れなくなったようにぽつりと呟く。
しかしその口を、男は慌てて塞いだ。
「滅多なこと言うもんじゃねえ!」
「で、でも‥‥」
心に溜めたものを吐き出してしまいたい‥‥女はそんな表情を浮かべていたが、男はそれを許さなかった。
「俺たちは悪くねえ! 悪いのはあいつらだ。だからいいか、余計なこと言うんじゃねぇぞ!」
鬼気迫る表情と口調で訴えられ、女はもうそれ以上何も言えず、ただ黙って頷くしかなかった。
●リプレイ本文
冒険者たちは、多かれ少なかれ疑念を抱えていた。
「襲われるのが個人じゃあ無く無差別というのが気になる‥‥村そのものに恨みがあるということなのかな‥‥」
と呟くのはアキ・ルーンワース(ea1181)。
以津真天が偶然現れたわけではなく、明確な意思――恨み――を持ってこの村を狙ったのだと推測しているようだ。
他の者たちも、まだ断定するには至っていないものの、似たような印象を持っていた。
するとそこへ、冒険者の到着を知った村長が出迎えにやって来た。
「あなたがたが依頼を請けて下さった方々ですか‥‥どうか宜しくお願いします」
深々と頭を下げる村長に対して会釈を返し、簡単に自己紹介を済ませた後、まずは小野麻鳥(eb1833)が事務的なことを訊ねる。
「妖怪が現れる時間帯や場所、どこから来るか等、聞かせて欲しい」
「私の分かる範囲で宜しければ‥‥」
と前置きして、村長は知り得る限りの情報を提供した。
以津真天は主に夜、闇に紛れて飛来するとのこと。正確な数は分からないが、少なくとも5匹はいるようだ。
ただし、どこから現れるのかということに対しては、歯切れの悪い返事しか返ってこなかった。
「最初に奴らが来た時には、みんな動転しておりましたし‥‥今では奴らが現れる頃になると、家に篭って避難しておりますので、詳しいことは分かりませんな‥‥」
内容としてはおかしくないが、何か隠している‥‥そんな印象が拭いきれない。
しかし小野は深く追求することはせず、代わりにまた訊ねた。
「では、いつからこのようなことが起こるようになったのか?」
「10日か、それくらい前でしたでしょうか‥‥」
それに対して、近くで作業をしていた男性がびくりと肩を震わせる。彼は慌てて視線を逸らしてその場を離れてしまったが、小野も、そして後ろで人々の様子を観察していたアキも、それを見逃さなかった。
不審に思いつつ、やはり深追いはしない。
今回の主目的はあくまでも妖怪退治なのだし、根掘り葉掘り事情を聞き出そうとすれば、かえって村人たちの態度を硬化させてしまうかもしれない。
「『依頼』は、以津真天を倒すこと‥‥だからね‥‥」
自らを納得させるように、アキは呟く。
とりあえずは以津真天に関する情報のみ集め、冒険者たちは村長の元を辞去した。
陸堂明士郎(eb0712)と陣内風音(ea0853)は村の墓地へと足を運んでいた。
「以津真天は飢えて死んだ人の恨みから生まれるのよね。 あたし達にお金を出せる余裕のある村なのに、飢えて死ぬような人がいるのかしら?」
「それはまだ分からん。だが、引っ掛かるな‥‥」
2人とも村に隠された「何か」を訝しみ、難しい顔をしているが、一緒にくっついてきたミラルス・ナイトクロス(ea6751)は村人たちに笑顔を振りまいている。
「怪物など、私たちがびっちりバッチリ退治して見せますから、ご安心下さいね!!」
「小さいのに頼もしいことだ」
「頼んだよ、冒険者さん」
村人たちの顔には疲労が色濃く浮かんでいるが、それでもミラルスの様子に少しは励まされたらしく、にこにこと彼女を見送る。それだけ見ていれば、ごく普通の村の風景なのだが‥‥
墓地らしき場所に辿り着いた陸堂は、近くにいた老人に声を掛けた。
「村で人が亡くなった時、仏は全てここに埋葬されるのだろうか?」
「ああ、そうだよ。あんたら冒険者だろう? そんなことを訊いてどうするんだね?」
「いや、少し気になることがありまして‥‥以津真天が出現する前後に、何か墓に変化は無かったでしょうか?」
「特に普段と変わった様子はなかったように思うね」
「そうですか‥‥」
これといって有益な情報は得られないかと思われたが、最後に風音が付け加えた。
「ここ何年かの間に、飢えて死んだ人はいるのかしら? ほら、以津真天はそういう人の恨みから生まれると言うし‥‥」
すると老人は、しばし黙り込んだ。そして値踏みするかのような視線を風音に向けたのち、こう答えた。
「‥‥この村では、そういうことはないのう」
「そう‥‥」
『この村では』という言い方が気に掛かったが、老人はそれきり口を閉ざしてしまった。これ以上は何も聞けそうにないので、陸堂たちは仕方なくその場を後にする。
「上手く敵を撃退できれば、村人の信用も得られるだろう。今はそちらが優先だ」
「そうね、村人に罪があるないに関わらず、以津真天をこのまま放置しておく訳にもいかないわ」
呟きながら、風音はもう一度だけ墓地を振り返った。
真実はここに眠っているのだろうか。
それとも、別の場所に――?
やがて日も暮れてきた。
村人たちは襲撃を恐れ、家に篭っている。狙われないためか、明かりを消している家も多く、まるで無人の村のような不気味さが漂っている。
冒険者たちは布を詰めて耳栓代わりにし、息を潜めて襲撃を待ち構えていた。
「鳴き声を聞くと抵抗できずに食べられちゃうんだって言うけど、やる事成す事が面倒臭くなるのかな?」
ぼそっと呟く天藤月乃(ea5011)に、野乃宮霞月(ea6388)は苦笑交じりに答える。
「面倒と言うよりは、恐怖で体が竦むのでは?」
「ふうん‥‥ま、何にせよ面倒臭い仕事ってことに変わりはないわね」
こんな緊迫した時ですら「面倒」の一言で片付けてしまう彼女は、ある意味すごいのかもしれない。
と、そんなことを話していると、遠くから羽音のようなものが響いてきた。とは言っても、それが聞こえたのは耳栓をしていないミラルスだけなのだが。
「努力と根性!! いぐないてっど!!」
いち早く敵の飛来を察知したミラルスは、すぐさまフレイムエリベイションで戦闘態勢を整え、陸堂の肩に飛び乗った。そして陸堂はフライングブルームに乗り、以津真天の群れへと向かってゆく。
が、フライングブルームの魔力は同乗者にまでは効果を及ぼさない。ミラルスは陸堂の肩に乗って魔法の詠唱に専念するつもりだったのだが、そんな余裕などなかった。何しろ、必死に捕まっていなければ振り落とされてしまいそうだ。
「こ、これなら自分で飛んだほうがマシです‥‥」
ぐるぐると目を回しながら、ミラルスは陸堂の服を掴んでいた手を放してしまった。
『イツマデ‥‥イツマデ‥‥』
薄気味の悪い鳴き声が響く。
しゃがれて掠れているのに、何故かはっきりと聞き取れるその声は、耳栓をしている陸堂にも鮮明に届いた。
「耳栓が、意味を成さない‥‥?」
苦々しげに呟き、陸堂は顔を歪める。
脳裏に直接響くかのような声は、聞く者の心に言い知れぬ罪悪感を呼び起こした。
『何故助ケテクレナイ?』
『イツマデ苦シメバイイ?』
『イツマデ‥‥』
鳴き声の魔力に囚われ、ミラルスは空中で竦み上がってしまった。魔法で強化していたとは言え、万全ではなかったようだ。
「あ‥‥う‥‥」
かろうじて羽ばたきは保っているものの、体が言うことを聞かない。無防備な彼女を目掛けて以津真天が襲い掛かってくるが、抵抗に成功した陸堂が間に割って入り、なんとか食い止めた。
彼はまずミラルスを回収して地上に降ろしてやると、再び上昇し、飛行する以津真天を低空へと追いやるようにして飛び回った。
「急々如律令」
高度を下げた以津真天の群れに向けて、小野がバキュームフィールドを放つ。負わせた傷自体は軽かったものの、2羽を地上に落とすことには成功した。
「死ぬのも面倒だしね‥‥さっさと終わらせてやるわ」
月乃が先陣を切り、他の者たちも次々に攻撃を開始する。
まずは月乃と風音の連携攻撃で1羽を重傷まで追い込み、陸堂がとどめを刺す。反撃に出た以津真天の嘴が風音の皮膚を切り裂いたが、すかさず野乃宮が回復に当たり、事なきを得た。
小野とファルク・イールン(ea1112)はそれぞれウィンドスラッシュを撃つが、これはカスリ傷にしかならない。どうやら魔法に対しては高い抵抗力を持っているらしい。
そのため小野は再び抵抗不能なバキュームフィールドに戻し、アキはブラックホーリーで応戦した。ファルクもライトニングアーマーを纏い、体当たりを食らわせる戦法へと切り替える。何とか呪縛から解放されたミラルスも、バーニングソードで陸堂の援護に回った。
魔法の使い手が多い面子にとっては、今回は敵との相性がやや悪かったかもしれない。しかし敵を弱らせてから魔法を当てる等すれば抵抗力を削ぐことが可能だし、冒険者たちは臨機応変に戦況に対応しつつ、1羽ずつ確実に仕留めていった。
そして‥‥月乃が華麗に連続攻撃を決めた後、陸堂が最後の1羽に対しとどめの一撃を叩き込んだ。
『イ、ツマ‥‥デ‥‥』
不気味な姿をした、けれどどことなく哀れなその妖怪は、最後まで呪詛のようにその言葉を繰り返す。野乃宮はせめてもの餞にと、死にゆく以津真天をピュリファイで浄化してやった。
「‥‥いつまで、か‥‥これで苦しみから解放されてくれれば良いのだが」
こう呟きながらも、心の中で静かに付け足す。
このまま済むとも思えない、と。
翌朝、野乃宮は犠牲となった者たちのために経を上げて回った。何もかも面倒という月乃も、さすがに村の惨状を放置するのは忍びなかったらしく、仲間たちと共に掃除を手伝ったりしている。それに対し感謝の意を示していた村人たちだが、
「巣なり発生元なりを突き止め片付けぬ事には又来る恐れはある」
という野乃宮の言葉に、たちまち表情を硬くした。そしてそれきり、言葉少なになってしまう。
もはや村人たちが何かを隠していることは明白だったが、彼らがそれについて語ることは決してなかった。
けれども小野は静かに村を見遣り、漠然と「それ」を掴みかけていた。
怨念から生み出される妖怪。
裕福ではないが、飢餓などなさそうに見える村。
「この村では」という老人の言葉。
そして、以津真天だけではなく見えない何かに対して怯えるような、村人たちの昏い目つき。
妖怪は倒したが、この村に巣食う「何か」は消えたわけではない。
むしろ、これからが本当の始まり‥‥そんなふうにも思える。
胸の奥底にまで響くような以津真天の声を思い出しながら、風音はぽつりと零した。
「今日のお酒は、不味い酒になりそうだわ」