イツマデ −銀−
|
■シリーズシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 49 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:09月11日〜09月19日
リプレイ公開日:2005年09月19日
|
●オープニング
昴(すばる)がその子供を見つけたのは、先月のことだった。
川辺で倒れているのを見つけ、慌てて家へ連れ帰ってきた。その時はとにかく「早く助けなければ」という思いだけでいっぱいだったので、その子の耳がほんの少し尖っていることに気付いたのは、帰宅してしばらく経ってからのことだった。
しかし昴にとっては、耳のことよりも、その子の怪我のほうが気に掛った。
見つけた時にはずぶ濡れだったので、恐らく川に転落して流されたのだろう。その際、きっと色々なところに体をぶつけたに違いない。
しかしそれだけではなく、斬られたような跡や殴られたような跡もあった。そして何より、ひどく痩せこけていた。
妻が、その身に宿していた子供と共に亡くなってしまってから5年。
もしあの子が無事に生まれていれば、今頃ちょうどこの子供と同じくらいに成長していたことだろう。
それを思うと、傷だらけの小さな子供があまりにも痛ましく思えた。
やがて子供は目を覚ました。
ところが、名前は何なのか、どこから来たのか、どうしてあんな所に倒れていたのか‥‥何を訊ねても一言も口をきかない。
それどころか表情ひとつ動かすことなく、まるで人形のようだった。
それでも昴は、無理やり喋らせるようなことはしなかった。
きっと、とても恐ろしい目に遭ったのだろう‥‥そう思い、献身的に面倒を見てやった。
名無しでは不便なので、昴はその子の珍しい銀色の髪から取って、仮に銀と呼ぶことにした。
銀は相変わらず無口で、感情を表すこともない。
ただ、家の外へ連れ出そうとすると、その態度は豹変した。それまでの様子からは想像もつかないほど激しく暴れ、外へ出ることを嫌がるのだ。
最初はひどく驚いた昴だが、どうやら銀が何かに怯えているのだということに気付いた。
それは果たして、彼の体についていた傷と関係があるのだろうか――?
しばらくはそんな生活を続けていた昴だが、このままではいけないと思い始めた。
何も話さず、喜びも楽しみもなく、この狭い家に閉じこもって暮らす‥‥それが銀にとって幸せなことだとは思えない。
とは言え、強引に喋らせたり外へ連れ出したりすれば、ますます事態が悪化する恐れもある。
悩みに悩んだ挙句、昴は冒険者に相談を持ち掛けることに決めた。
●リプレイ本文
●疑念
陸堂明士郎(eb0712)は箒に乗って上空から周辺一帯の様子を調べていた。
昴が銀を拾ったという辺りを始点として、川沿いに移動し、近くに村などがないか見て回る。川上のほうに位置する村を発見するまでに、さほど時間はかからなかった。
「‥‥推測は、あながち外れていなかったか」
そう呟く彼の顔には、複雑な表情が浮かんでいた。
眼下には、怪鳥の脅威から解放され、すっかり平穏を取り戻した村と人々の姿がある。再びあの場所を訪れる日は、そう遠くはないかもしれない‥‥そんなことを思いながら、陸堂は進路を転換させ、仲間たちの元へと戻っていった。
そして天風誠志郎(ea8191)は、その村へ直接赴いて情報を集めていた。
「先月あたり、この辺りで子供が何者かに襲われて怪我を負うなどということはなかったか?」
しばらくは「否」という答えしか返ってこなかったが、やがて彼の網に掛かるものが現れた。
「子供‥‥? その子供って、どんな子供だい?」
天風の問いに対して逆に訊き返してきたのは、農作業をしていた中年の男性だった。
「5歳くらいの男の子だ。ひどい怪我をしていたので、気になってな。この辺りには猛獣でも棲んでいるのか?」
「そんな話は聞かないが‥‥その子供は大怪我してたってだけで、死んだわけじゃないんだな? あんたが助けたのか?」
「やけに気にするんだな。心当たりがあるのか?」
明らかに図星だった。
天風は先ほどから男の様子を仔細に観察していたが、もしそうでなかったとしても、男の態度に違和感があることは容易に察せられただろう。
「い、いや、村の近くで子供が死んだなんていったら寝覚めが悪いからよ‥‥無事だったんなら良かったさ」
苦い笑みを浮かべながら誤魔化すように言って、男は逃げるように天風の前から去っていった。
●銀
昴と共に家に入ってきた集団を見て、銀はわずかに後ずさった。
「この人たちは悪い人じゃないぞ、銀」
まだ完全に信じたわけではなさそうだが、それでも昴に言われて、じっと冒険者たちを観察する。
冒険者たちは無理に話しかけようとはせず、まずは警戒を解いてもらうため、ただ静かに銀の傍らにいることを心がけた。
銀は特に何をするわけでもなく、昴の近くに腰掛けて黙り込んでいる。昴いわく、いつもこんな感じらしい。
「最初は躍起になって話しかけてたんだが、今は銀の好きなようにさせてるんだ。俺が焦っても、銀を不安にさせるだけだしな」
「‥‥そうだね。何も言わなくても、誰かが隣に居る、って‥‥それだけで安心する一瞬があるから」
アキ・ルーンワース(ea1181)が隣に腰を下ろすと、銀は逃れるように少しだけ昴のほうへと身を寄せるが、あからさまな拒絶反応は示さない。警戒しながらも様子を伺っている、いったところだろうか。
「無理やり仲良くなるなんて面倒くさいし、失敗したら目も当てられないからね。ま、のんびりと行こうか」
「すぐには無理でも、そのうち笑ってくれたらいいなぁ」
天藤月乃(ea5011)と所所楽石榴(eb1098)も、適度な距離を保ちながら銀を見守った。
そして銀の緊張が少しずつ緩み、冒険者たちが傍にいるという状況に慣れてきた頃合を見計らって、小野麻鳥(eb1833)がテレパシーで銀に呼びかける。最初はどこから声が聞こえるのか分からなかったようだが、小野がまっすぐに自分を見ていることに気付き、銀もまた小野の瞳を見返す。
『怯えずとも、心の中で思うだけで良い。声を出す必要もない』
『‥‥』
『傷は痛むか? つらかったろう』
普段は冷たく素っ気ない物言いの小野だが、いつもよりは若干穏やかな調子で問い掛ける。銀は少しだけ俯き、しばらく何か考え込むようにしていたが、やがてぽつりと答えた。
『いたくない』
『そうか。あの村からここまで、よく頑張ったな』
その言葉に、銀は初めて明らかな反応を示した。
見開いた瞳に浮かぶのは驚きと恐怖。
はっきりとした言葉にはならなかったが、銀の心の中に渦巻く不安や恐れは、小野にも伝わってきた。
『案ずるな。俺たちはお前を傷つけるために来たわけではない』
宥めるように言い聞かせ、それ以上は追求しない。少なくとも今の反応だけで、小野が必要としていた情報は手に入ったも同然だった。
「小野さん、銀さんは大丈夫でしょうか‥‥?」
銀の様子が変わったことに気付き、フィーナ・グリーン(eb2535)が心配そうに訊ねる。
「少々怯えさせてしまったようだな。だが、大体の事情は読めた。銀は、やはり‥‥」
それを聞いたフィーナの顔が愁いを帯びるが、彼女は意を固め、少しの間席を外してくれるよう昴に頼んだ。
用事があると言い残して家を出てゆく昴を見送ってから、フィーナはずっとかぶっていた市女笠を外し、銀によく似た形の耳を見せた。
「ほら、銀さんと髪の色も耳も同じでしょう? だから怖がらなくてもいいんですよ。私も他の方々も、そんなことで銀さんをいじめたりはしません」
フィーナの耳を見て、その言葉を聞いて、銀の瞳は先ほどよりさらに大きく見開かれる。
恐らく、今まで自分以外の同族と接触したことはほとんど‥‥あるいはまったくなかったのだろう。食い入るようにフィーナを見つめている。
「私もこの耳のせいでつらい目にあったことがあります。でも、決してそういう人ばかりではないんですよ。私の仲間たちは私に対しても普通に接してくれますし、昴さんだってそうでしょう?」
銀は、しばらく間を置いて、ゆっくりと頷いた。
まだ自分から話そうとはしないものの、それでもこれは大きな収穫と言えるだろう。
フィーナが安心したような笑顔を向けると、わずかに銀の表情が緩んだような気がした。
●真実の輪郭
情報交換のために合流した仲間たちに、木賊真崎(ea3988)は新たな事実を告げた。
「件の村から少し行ったところで、小さな廃屋を見つけた」
もし銀やその家族が迫害されていたのだとすれば、村の外へ追いやられていた可能性が高い。そう推測し、付近に生活の跡がないか探してみたのだが、彼の考えは見事に的中した。
「中には遺体が4つ‥‥詳しく調べられる状態ではなかったが、大きさからして大人2人に子供2人だな。相当貧しい生活をしていたようだ」
食料になりそうなものは何ひとつなく、井戸もない。衣類も、ボロ布のようなものが数着あるだけだった。
あれが銀の家であるとすれば、銀1人が生き残ったのは奇跡とも言えるかもしれない。
「村外れの廃屋の貧しい一家、そして村人の不審な態度、ハーフエルフの子供‥‥そこから導き出される答えは、ひとつしかない」
明らかになった情報を纏め、小野が結論を出す。
あの村の者たちがひた隠しにしていた暗い真実が、今ようやく確かな輪郭を現し始めた。
村人たちがハーフエルフという種の特性について知っていたかどうかは定かではない。しかし、髪の色が違うというだけでも充分に迫害の対象にはなり得る。悲しいことだが、同じ人間同士であってさえ、ほんの少し他人と違うだけで差別されたりするのだから。
「穿った知識でつけられた子供の心の傷は‥‥深かろう」
木賊の呟きに、フィーナは悲しげに俯く。その苦しみやつらさは、彼女自身、痛いほど知っている。
「銀殿か、あるいは家族の恨みから以津真天が生み出されたのだろうか。それとも何か別の要因が‥‥?」
陸堂の疑問に答えられる者は、誰もいなかった。以津真天は餓死した者の恨みから生まれると言われているが、あくまでもそう言われているだけであって、実際のところは分からない。ただ、まったく無関係というわけではないだろうとは、皆が感じていた。
「‥‥自分の中から生まれた怨念は、相手に向かうけれど‥‥その裏側には、悲しいとか、愛しいとか、逆の意味が隠されている気がする‥‥」
あの村へと怨みを向けた誰かも、その裏側にまた別の想いを抱えていたのかもしれない。
そしてそれは、誰へと向けられたものだったのだろう?
「いつまで、いつまで‥‥か‥‥」
天風の呟きは、夕暮れに溶けるようにして消えていった。
●家族
銀の素性やら何やらが少しずつ見えてきたが、今回の依頼はあくまでも銀の心を開くこと。ひととおり情報交換を終えた後、皆は再び銀の子守へと戻っていった。
多少は打ち解けてきたようなので、月乃は試しに、比較的よく耳にする童歌を歌ってやる。すると、銀は初めて自分から言葉を発した。
「それ、お母さんがうたってくれた」
「じゃあ、もう1回歌おうか」
「うん」
これをきっかけにして、少しずつだが話すようにもなった。とは言っても、話しかけると答える程度で、まだ自分から話すまでは至らない。それでも、月乃が今まで請けてきた依頼のことを話してやると、熱心に聞き入り、時々相槌を打ったりもする。ごくまれに、聞き慣れない単語に対して「何?」と質問することもある。
銀自身のことは、彼が話したいと思うようになったら話せばいい。そう考え、月乃はもっぱら自分から話し掛けることに徹した。
銀は猫の着ぐるみを着た石榴にも興味を示し、恐る恐る手を伸ばして毛並みに触れ、その柔らかな感触に驚いたようだ。
「ふわふわで気持ちいいでしょ。好きなだけ触ってもいいよ」
雑巾のような服しか着たことのなかった銀にとって、その手触りもまた、生まれて初めてのものだったのだろう。相当気に入ったらしく、無言でひたすら毛並みを撫でている。逆に石榴が銀の頭を撫でてやると、最初は戸惑っていたが、やがてくすぐったそうに目を細めたりするようにもなった。
まだ表情の変化には乏しいが、人形のようだった最初の頃に比べれば大した進歩だ。
月乃と石榴が銀の面倒を見ている間、フィーナは昴に重要な話を伝えていた。
銀の素性のことだ。
昴はハーフエルフの存在こそ知っているものの、具体的な知識は少なく、まずはそこから説明する必要があった。
話が進むにつれ、昴の表情は硬くなってゆくが、彼は真剣に耳を傾けていた。
「つらい思いをし、人を憎んだりする同族もたくさんいますが‥‥銀さんにはそうなって欲しくありません。そのためには傍で支えてくれる、昴さんのような家族が必要だと思います」
昴ならば、本当のことを話しても耐え得ると判断し、フィーナは事実を伝えることを決断した。
それに対して出された昴の答えは‥‥
「‥‥銀を見つけた時、俺はただ哀れで仕方なかった。あんなに小さいのに棒切れみたいに痩せて、傷だらけでさ‥‥。異人だろうが異種族だろうが、大怪我して倒れてる子供がいたら可哀相だし、助けたいと思う」
昴はまだ、狂化というものを目の当たりにしたことがない。だからこそ言えた言葉なのかもしれないが、それでも、彼には銀を家族として受け入れる覚悟があった。
「――ありがとうございます。そのお言葉で、私も救われた気がします」
ほんの少し胸が温まるのを感じながら、フィーナはまるで自分のことのように礼を述べた。
きっかけは与えることができた。
あとは、昴と共に穏やかな生活を続けていくうち、銀も自然と感情を表してゆくようになるだろう。
――再び彼を脅かそうとするものさえなければ、の話だが。