●リプレイ本文
●1日目の報告
初日の調査を終え、会食も兼ねて松之屋に集まった冒険者たちは、互いに情報交換を始めた。
「洵さんは茶屋でも結婚のことをよく自慢していたそうです」
こう言って話し始めたのは一条院壬紗姫(eb2018)。同行したケインが喜助と顔見知りだったため、茶屋ではすんなりと話を聞くことができた。
「本当に幸せそうで、特に悩んでいる様子もなく、それだけに喜助さんも今回のことには衝撃を受けたと仰っていました」
「でも洵さん、茶屋には最近あまり行ってなかったんだって」
茶屋の主人から話を聞いてきた音無鬼灯(eb3757)は、こう語る。
「いつもは3日に一度くらいは顔出してたらしいんだけど、ここしばらく姿が見えないから、ご主人も心配してたみたい。こんなことならお加代さんに様子を見に行ってもらえば良かったって、後悔してたよ‥‥」
それを聞いて、商家を訪ねていた天馬巧哉(eb1821)が言う。
「そのことなんだが、洵さん、亡くなる数日前からしばらく暇を取ってたそうなんだ。母親の様態が思わしくないから、見舞いに行くって言って‥‥」
「加絵さんは、そのようなことは言ってませんでしたよね。皆さんは覚えがありますか?」
北天満(eb2004)の問いに、全員が首を横に振る。
結婚の報告のために一度帰郷していることは確かだが、亡くなる直前に実家に戻っていたとは、加絵は一言も言っていなかった。
「昭さんは、洵さんが亡くなる2日前に会ったと言っていました。実家に帰って戻ってきた後なのか、それとも‥‥本当は実家には帰ってなかったということも考えられますね」
レーヴェ・ジェンティアン(ea3886)が、昭の言葉を思い出しながら言う。彼が嘘をついているのでなければ、おのずと可能性はその2つに絞られるだろう。
「洵さんが家を空けてたかどうか、明日、隣の人に聞いてみたほうがいいね」
アゲハ・キサラギ(ea1011)は忘れないようにしっかりと書き留め、自らが聞いてきたことを話す。
「洵さん、最近あまり元気がなかったんだってさ。昭さんと最後に会った時も『話をする気分じゃない』って言って、ほとんど話さないまま別れちゃったとか」
「それより少し前には、『自分は美代さんには相応しくないんじゃないか』と零していたそうです」
今までの話と照らし合わせると、洵は結婚が決まって幸せそうにしていたはずなのに、ある時を境に急に沈みがちになってしまったようだ。そしてよく通っていた茶屋に顔を出さなくなり、店も休んでいた‥‥
「でも結婚を目の前にして不安になるってのは、よくあることだよね。そのくらいで自殺しちゃうもんかなぁ‥‥」
どうにも腑に落ちない、といった様子のアゲハ。それは天馬たちも同じようだった。
「旦那さんは洵さんのこと、本当に信頼していたようだ。仕事上でも特に問題はなかったし、いずれ息子が店を継いだら、洵さんにその補佐を任せるつもりでいたらしい」
「奥さんも、洵さんのことは気に入っていたみたいです。洵さんのために着物を仕立てたりしていたようですし‥‥」
所所楽銀杏(eb2963)は、奥さんから見せてもらった着物を思い出し、少し俯いた。
もう二度と袖を通されることのない真新しい着物――それを手に取った時の奥さんの悲しげな表情が、言葉より雄弁にすべてを物語っていた気がした。
姉の石榴も店内の様子をつぶさに観察していたが、特に不審な様子を見せる者はいなかったという。
「洵さんが不安を漏らしていたというのが気になりますね。何かきっかけになるような出来事があったんでしょうか?」
満が口にした疑問――それに答えられるだけの要素は、この時点ではまだ誰も持っていなかった。
●異変
翌日、満は美代に会おうと思ったのだが、美代は婚約者を失った衝撃から立ち直れないらしく、以来ずっと臥せってしまっているのだという。
なんとか部屋には通してもらったが、美代は疲れ切った様子で昏々と眠っており、話をすることはできなかった。それを聞いて、天馬も心配そうに零す。
「そんなに落ち込むだなんて、洵さんはよほど大切にされてたんだな」
「ええ、それはもう‥‥お嬢さんはもちろんのこと、旦那様や若旦那も洵さんのことを可愛がっておられましたし‥‥」
この話からも、やはり洵を取り巻く人間関係に暗い影は見えない。念のため、美代や洵の交友関係についても聞いてみたが、特に引っ掛かるような点はない。人間関係のもつれが原因ではないということだろうか。
一方、銀杏は誠と話してみることにした。気丈に仕事をこなしていた昭だが、やはり堪えているらしく、心なしかやつれて見える。
「洵さんとは仲が良かったと聞いています。普段どんなことを話していたのですか?」
「色々と話したよ。子供の頃の話とか、兄弟のこととか‥‥」
「洵さんが言っていたことで、何か気に掛かったことはありませんか?」
「‥‥俺が店を継いだら補佐を頼むって話をした時に、自分なんかに務まるかどうかって気にしてたことはあったな。その時は俺も大丈夫だって太鼓判押してやったんだが‥‥」
それを聞いて、銀杏はアゲハたちが言っていたことを思い出した。
洵は昭にも不安を漏らしている。
自分と美代とでは釣り合わないのではないか。自分には若旦那を支えるだけの能力などないのではないか。――洵は、自分に対して自信をなくしていたのかもしれない。では、何がそうさせたのか?
「念のためお聞きしますが、洵さんはそれ以前にも同じようなことを言っていましたか?」
「いや、俺が覚えてる限りでは、そういうことを言ってた記憶はないな。あいつの働きぶりはみんな評価していたし」
急に自信を喪失させるような何か‥‥それは一体何だったのだろう。
その頃、アゲハたちも新たな情報を手に入れていた。
隣人に聞いてみたところ、洵は亡くなる当日までずっと家を空けている様子はなく、すなわち実家に帰っていた形跡はないらしいのだ。そして‥‥
「洵さんの部屋で、何か妙な話し声がすることがあったんだよね。昼間だったら、昭さんでも遊びに来てるのかなって思うんだけど、さすがに真夜中だとそれも変だし‥‥気味悪いから直接確かめてはいないんだけどさ」
「話し声ということは、複数人の‥‥ということですよね」
「ああ。独り言にしては、会話っぽかったし‥‥何て言ってるかまでは分からなかったけど」
何やら話が怪談めいてきたので、アゲハは思わず身震いした。
洵は何かおかしなものに取り憑かれていたのだろうか? それとも尋常ではない精神状態に陥り、ずっと独り言を繰り返していたとでもいうのか‥‥
「き、気持ち悪いなぁ‥‥まさか幽霊とか出てこないよね?」
「分かりません‥‥とにかく、他の皆さんと話し合う必要がありますね」
湧きあがる不安を抑えつつ、二人は松之屋へと急いだ。
●最終日
前日はこれといって有益な情報がなかったので、鬼灯は茶屋の常連客に熱心に情報を聞いて回った。壬紗姫も店主からは手掛かりとなるような話が聞けず、鬼灯に協力することにする。
「洵さん、何か妙なことを言ったりしてなかったかな? どんな些細なことでもいいから教えて欲しいんだ」
おごりだよ、といって団子を差し出すと、客も快く話に応じてくれた。
「最近は、結婚の話しかしてなかったからなぁ‥‥」
「憎たらしいくらい幸せそうだったよな」
やはり、こういった話ばかりで、これといって目新しい情報は出てこない。
しかし根気強く調査を続けるうち、1人がこんなことを言い出した。
「そういや、少し前に酔っ払って洵の家に押しかけた時、妙なモンを見た気がするな」
「妙なもの? それはどのようなものでしょうか?」
「洵が2人いたんだよ。でも、もう1人の洵はすぐに消えちまってさ。俺はそのまま寝ちまったんだが‥‥洵にそのことを話したら『酔って幻でも見たんだろ』って言われて、まあ、俺もその通りだと思って気にしないでいたんだ」
確かに、そう考えるのが普通だろう。しかし前日に不穏な話を聞いていた壬紗姫たちは、ただの幻と言って片付ける気にはなれなかった。
ただ残念なことに、2人とも専門的な知識がないため、それがどういった者の仕業なのかは皆目見当がつかない。
「‥‥嫌な予感がします。他の皆は大丈夫でしょうか?」
ざわりと寒気を感じて、壬紗姫は低く呟く。鬼灯の顔も少し強張っていた。
「厄介なことにならないといいけど‥‥」
アゲハとレーヴェは改めて昭に会い、確認を取った。
彼は、真夜中に洵の部屋を訪ねたりはしていないと、はっきり証言した。するとやはり、隣人が聞いた話し声は昭のものではない。
難しいことを考えるのは苦手なアゲハだが、必死に頭を捻り、考える。
「‥‥やっぱり、バケモノか何かが絡んでるってこと?」
「まだ断定はできません。そうでないことを祈るばかりですが‥‥」
初日こそ会食を楽しみにしていたアゲハだが、こうなってくると、楽しむどころの話ではない。仲間からもたらされた情報によっては、あまり喜ばしくない展開に突入してしまう可能性もある。
「‥‥ホントに、そうじゃないことを祈るよ」
天馬はお菓子を手土産に美代に会いに行ったが、使用人は申し訳なさそうに頭を下げる。
「お嬢さんは、誰にも会いたくないと言っておりまして‥‥」
「参ったな‥‥そんなに具合が悪いのか?」
「お医者様は心労だろうと仰ってましたが、最近はあまりお食事も召し上がりませんし、みんな心配しているんです」
他の仲間たちと同様に、天馬もまた胸騒ぎを感じていた。
本当にただの心労だろうか? それ以外にも、何か良からぬことが絡んでいるのでは‥‥?
「お嬢さんのこと以外で、変だなと思ったことはありませんか? 小さな事でいいんです、覚えていたら教えて下さい」
銀杏が使用人たちに聞いて回るが、有力な情報はない。しかし1人だけ、何やらそわそわした様子を見せ始める。それに気付いた満は、テレパシーで直接語りかけた。
『もしかして、周囲に聞かれては拙いようなことでしょうか? 私は陰陽師ですから、誰にも聞かれず話をすることができますよ』
使用人は驚いているようだったが、やがておずおずと話し始める。
『昨日の晩、お嬢さんの部屋で話し声が聞こえた気がしたんです。気になって少しだけ覗いてみたんですが、何も変わった様子はなくて、その時は気のせいだと思ったんですけど‥‥』
それは、アゲハたちが洵の隣人から聞いたという話と酷似している。そして、この時点ではまだ満たちは知らないが、鬼灯たちが聞いた話とも‥‥
満は天馬や銀杏にもそのことを話した。そして、美代の様子に細心の注意を払ったほうが良いとの結論を出した。それを聞いて使用人は怯えている様子だったが、やはり気になったのだろう。意を決したように頷いた。
そしてその翌日、冒険者たちは恐ろしい報せを聞くこととなる。
美代が、自殺未遂を図ったと――