【死、それは甘美なる闇の囁き】後編

■シリーズシナリオ


担当:初瀬川梟

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月07日〜12月11日

リプレイ公開日:2005年12月15日

●オープニング

 絶えず声が聞こえる。
『最愛の者を失ってまで生きる意味がどこにある? それでお前は幸せか?』
 耳元で、繰り返し繰り返し囁かれる言葉。
『もう生きていたって仕方ないだろう? 死ねば楽になれる。幸せになれるぞ』
 そうなのかもしれない。
 私にはもう生きている意味など何もない――でも、私が死んだらお父さんやお母さんは‥‥
『余計なことを考えるな。他人のことなど気にする必要はないんだ』
 そうだ。私はつらい。あの人がいなくなってつらい。
 もう他の人のことまで気に掛ける余裕なんてない‥‥
『それでいいんだ。お前は自分が幸せになることだけ考えていればいい。さあ、早くその魂を――』

 * * *

 美代が自殺を図った。
 もし何も知らない者がそれを聞いたら、「婚約者を亡くした悲しみに耐えられず、後を追おうとしたのだろう」と思うことだろう。
 しかし美代の部屋に駆けつけた使用人は、美代の脇に佇む異様な存在を目撃していた。
 それは青白い死人のような顔をしていたが、どことなく美代に似ていた。そしてその首には美代同様、縄がかかっていたという。けれども使用人が正体を確かめる前に、その不気味な存在は姿を消してしまった。
 使用人も、その場はまず美代の自殺を止めることで頭が一杯だったため、そいつがどこへ消えたのか確かめる余裕もなかった。ただ、耳元を何か羽音のようなものが通り過ぎていったのを聞いたような気がする‥‥と後になって証言している。

 冒険者が美代の身辺に気を配るよう忠告していたため、使用人がいち早く異変に気付き、未遂に留めることができた。そのおかげで美代は怪我ひとつなかったが、それ以来、本格的に健康を害してしまった。精神状態も不安定で、また同じことをすると困るので、現在は常に誰かしら彼女に付き添うようにしている。
 このことに衝撃を受け奥さんも心労で倒れてしまい、旦那もますます意気消沈して仕事も手につかない有様。このままでは他の家族まで首を括りかねないと、使用人たちも気が気ではない。

 こうして、今度は商家から依頼が出されることとなった。
 美代や家族を脅かす不穏な影の正体を突き止め、その魔の手から救って欲しい。

●今回の参加者

 ea1011 アゲハ・キサラギ(28歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3886 レーヴェ・ジェンティアン(21歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb1821 天馬 巧哉(32歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2004 北天 満(35歳・♀・陰陽師・パラ・ジャパン)
 eb2018 一条院 壬紗姫(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2963 所所楽 銀杏(21歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3402 西天 聖(30歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb3757 音無 鬼灯(31歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

ケイン・クロード(eb0062)/ 所所楽 石榴(eb1098)/ 所所楽 林檎(eb1555

●リプレイ本文

 依頼人宅を訪れると、北天満(eb2004)はまず美代から話を聞くことにした。
 臥せっているのを無理やり起こすのも酷なようだが、敵の正体がはっきりと掴めない今は、とにかく少しでも情報が必要だ。
「つらいかもしれませんが、どうか答えて下さい。美代さんに似たものはいつ頃現れますか?」
「‥‥以前は、夜中に‥‥。でも今は、絶えず声が聞こえるような気がして‥‥現実なのか幻なのかもよく分かりません‥‥」
「相手はどのようなことを話してきます?」
「‥‥‥‥」
 答えようとしたが、美代は口元を押さえて黙り込んでしまう。満が背をさすってやると、震える声で小さく呟く。
「‥‥死へと誘うのです‥‥暗い声で、手招くように‥‥」
 それ以上は、美代は何も語ろうとはしなかった。


 他の家族にも話を聞いてみたところ、魔物は彼らの元には現れていないようだった。
 しかし油断はできない。美代を1人にさせないためにも、冒険者たちは家の中で一番大きな部屋に全員集まってもらうことにした。
「美代さん、これを肌身離さず持っていて下さいまし。きっとあなたを守ってくれます」
 一条院壬紗姫(eb2018)は、魔よけのお札をお守り袋の中に入れ、美代に手渡した。そして部屋の壁にも家内安全のお札を貼る。こういう時は藁にも縋りたくなるのが人の情というもの。美代も家族も少し安心したようだった。
「ただ一緒にいるだけというのも気詰まりでしょう。宜しければ、私の楽などお聞きになりませんか?」
 レーヴェ・ジェンティアン(ea3886)は、洵のために鎮魂の楽を奏でる。そして次には憔悴しきった美代や家族の心を癒すための楽を。その穏やかな旋律に合わせ舞い踊るは、舞姫アゲハ・キサラギ(ea1011)。
(「ボクは説得とか、そういうの得意じゃないから‥‥この舞いや音楽で、少しでも楽しんでもらえたらいいな」)
 彼女自身、両親を亡くしているため、残されてしまった者の痛みは分かる。だからこそ、美代の心の負担を減らすため一心に踊り、美代もまたそんなアゲハの心を感じ取ったかのように、じっと舞いを見つめていた。
 一方その頃、店舗には商いを手伝う音無鬼灯(eb3757)の姿が。普段は男っぽい格好を好む彼女だが、今は渋々女性らしい着物に身を包み、元気よく笑顔を振りまいている。
「ほらほら、落ち込んでばかりじゃ駄目だよ! 美代さんたちのためにも頑張らなきゃ」
 色々な災難が重なって沈みがちだった使用人たちも、鬼灯の元気に煽られて、多少は明るさを取り戻したようだ。
 こうして皆それぞれ自分なりのやり方で、周りの人々を励ましていった。


 美代たちのいる部屋の隣では、情報収集に当たっていた冒険者たちが集まっていた。
 仲間たちから話を聞いて、西天聖(eb3402)は記憶の糸を辿る。
「似た様な魔物なら過去に遭遇して居るのじゃ。虚空から湧き出るように現れ、魂を求めて取り付いて居るようじゃな。名は確か‥‥縊鬼。月の術を使用しておって、そのせいでえらい目に遭ったの」
 苦い経験を思い出し、ほろりと涙目になる聖。
 残念ながらそれが今回の敵と同一か断定することはできないが、ケインや所所楽姉妹の調べた情報とも合わせてみると、あながち的外れでもなさそうだ。
「厄介な相手みたいだな‥‥とにかく、用心するに越したことはない」
 こう言って、天馬巧哉(eb1821)は銀の短刀を懐に忍ばせた。
「大切なのは美代殿自身の気持ちじゃな。魔物をも跳ね除ける強い意志が必要じゃ」
「はい‥‥自ら死に向かってはいけません」
 僧籍に身を置く所所楽銀杏(eb2963)の言葉には重みがある。
 彼女はそっと襖を開け、隣室の美代の元へと歩み寄った。
「美代さん、悲しみや絶望に負けないで下さい。弱い心に付け込むのが相手のやり口です‥‥気を強く持たないと、対抗できるものもできません」
「‥‥でも、死へと誘う囁き声を聞いていると、それが自分の考えそのもののように思えてきて‥‥」
 愛する人を失った悲しみ。異変に気付けなかった後悔と自責。そこへ絶えず呪いの言葉を浴びせられたら、平静でいられなくなるのも仕方ない。しかしそこで負けてしまっては、更なる悲劇にも繋がりかねない。
「悲しみの連鎖は断ち切らねばなりません。そのためにも、皆さんの気の持ちようも大事です」
 銀杏は、こう言って家族1人1人に視線を向ける。
 その銀杏の後ろには2人の姉の姿。彼女にもこうして支えてくれる家族がいるからこそ、その大切さはよく分かる。
「もっと前向きに美代さんに接して下さい。そうすれば、美代さんも前を見てくれると思います」
 その言葉を聞いて、疲れ切った様子の主人の瞳に、わずかに光が戻る。
「そうですね、私たちがこんな調子ではいけない‥‥」
「‥‥美代、お願いだからあなたまでいなくならないでね‥‥」
 両親にそっと肩を抱かれて、美代はぽろりと涙を零した。そして涙腺の弱い聖もまた、つられて涙ぐんでしまっていた。


 交代で見張りを続ける冒険者たち。しかし敵も警戒しているのか、なかなか姿を現そうとしない。
 いつ、どこから、どのように現れるのか分からない。四六時中そんな敵に備えていれば神経も磨り減るが、冒険者が隙や弱みを見せれば、依頼人たちに不安を与えてしまう。
「美代さんは必ず俺達が助けます。安心して下さい」
「これ以上犠牲は出させないよ。ボクたちに任せといて!」
 余計な心配をかけないために、冒険者たちは常に余裕を絶やさぬよう務めた。それは同時に、敵に対する圧力にもなる。
 そのうち、どうやら敵もようやく痺れを切らしたようだ。
 最初に「それ」に気付いたのは、隣室で見張りをしていた天馬だった。
 虫が飛び回るような不愉快な羽音。それだけなら大して気にも留めることもないが、彼の脳裏にある言葉が甦る。
(「虫の羽音‥‥まさか!」)
 彼は咄嗟に詠唱を開始し、襖を開け放ってムーンアローを放った。
 その矢が向かう先には、青白く生気のない顔をした人影。だが、それが人でないことは明白だった。美代が自殺を図った時に傍にいた魔物――そう指定されたムーンアローがその者を直撃したのだから。
 しかし直撃はしたものの、大した傷を負わせることはできず、魔物はにやりといやらしい笑みを浮かべた。
『美代、冒険者などに惑わされるな。お前が望むのは死という名の安息‥‥そうだろう?』
「ああ‥‥!」
 美代は顔面蒼白になり、取り乱したように震える。
 それを見て魔物はますます笑みを深め、美代に手を伸ばすが‥‥次の瞬間、そこにいるのは美代ではなく鬼灯になっていた。空蝉の術で入れ替わったのだ。
「薄汚い手で美代さんに触れることは許さないよ!」
 そのまま斬りつけようとする鬼灯だが、それは軽くかわされ、逆に殴り返されてしまう。
『全ては美代自身が望んだこと。私はただ手を貸しただけ』
「お前が唆したくせに!」
 鬼灯がすぐさま否定するが、美代は魔物の言葉ですっかり動揺してしまっている。レーヴェはそんな美代の肩をしっかりと掴み、言い聞かせた。
「美代さん、お心を強く持って怪異を打ち払って下さい。貴女が菩提を弔わねば、洵さんも浮ばれません」
「で、でも‥‥私は‥‥」
「言ったでしょう? 心の弱みにつけ込むのが相手のやり方です」
 美代を庇うようにしてホーリーを撃つ銀杏。さすがの敵も、これに対しては抗う術を持たず、忌々しげに銀杏を睨みつけた。しかし銀杏は決して動じない。
「この光に灼かれるのは、邪悪である証。そのような者の言葉に耳を貸してはなりません」
『そう、自分の心に負けないで下さい。逃げずに前を向くのです』
 テレパシーで語りかけながら、満も小柄を手に魔物に立ち向かう。
 そして壬紗姫が、アゲハが、聖が、次々に斬りかかってゆく。
「美代さんやみんなを苦しめた罰、しっかり落とし前つけてもらうからね!」
 小柄な体で、非力ながらも真っ向から敵と対峙するアゲハ。
 その姿を見て美代は思う‥‥自分は果たしてどうだった? 己の無力を嘆くのみで、ただ逃げていただけではなかっただろうか?
『美代、お前は正しいんだ。つらい生から逃げて何が悪い? 死の先に本当の幸せがあるのなら、それを望むのは当然のこと!』
 冒険者の攻撃を必死にかわしながら、尚も美代の心を揺さぶろうとする魔物の声。
 その言葉を封じるようにして、壬紗姫が魔物の肩口をばっさりと斬りつける。聖のオーラパワーによる援護がかなり効いていた。それがなければ、傷ひとつつけることは叶わなかったろう。
 魔物は苦し紛れにシャドウボムで反撃を試みるが、難なく抵抗したアゲハがさらに一撃。壬紗姫や鬼灯はまともに食らってしまったが、それでも大した損傷はない。
『くそっ‥‥苦しみばかりの生に何の意味がある?! 死ねば幸せになれるんだぞ!』
「違う、生きて幸せにならなきゃ駄目だよ!」
 死へと誘う声と、生へ引き戻そうとする声。
 美代の心へ深く届いたのは――冒険者たちの必死の呼びかけだった。
「私は‥‥家族を悲しませたくない。生きたい‥‥」
 それを聞いた魔物は大きく舌打ちをした。もはや美代を餌食にすることは不可能、さらに傷も負ってしまった。これ以上ここに留まるのは無益と判断し、鷹に姿を変え逃げ出そうとするが‥‥
「させません!」
 ここぞとばかりに、満がサイコキネシスで操った小柄を素早く飛ばしてそれを阻止。
『ぎゃっ!!』
「観念せい!」
 悲鳴を上げもがく魔物に、聖の斬撃が容赦なく浴びせられる。
「‥‥これで終わりだ」
 天馬が銀の刃を突き立てると、魔物は金切り声を上げて絶命し、やがてざらざらと崩れるようにして消えていった。


 その後、少しずつではあるが、美代は回復していった。
 もちろん、すぐに笑顔を取り戻すというわけには行かない。悲しみは簡単には癒えないし、後悔の念もまだある。
 それでも、彼女は生きることを選んだ。洵のため、家族のため。そして身を呈して守ってくれた冒険者の恩に報いるためにも。
 冒険者ギルドへ届けられた美代からの手紙には、こう記されていた。

『皆さんの戦いを見て、冒険者というのはとても危険な仕事なのだと思い知らされました。
 どうか皆さんも、生きてくださいね‥‥必ず。
 私にその大切さを教えてくれたのは、あなた方なのですから‥‥』