リリィお嬢さんの江戸見聞
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■シリーズシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:3〜7lv
難易度:易しい
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月25日〜01月30日
リプレイ公開日:2006年02月02日
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●オープニング
「お父様、私もついていってはいけませんか?」
仕事に出ようとする父の姿を見つけ、慌てて駆け寄る少女。
しかし父は即座にそれを制する。
「駄目だ。ちゃんとここで大人しく待っているんだよ」
「‥‥だって退屈ですわ。お仕事を見学するのが駄目なら、外に遊びに行ってもよろしい?」
「とんでもない! 危険な目にでも遭ったらどうする?」
その言葉に反論こそしないものの、明らかに不満げな顔のまま黙り込んでしまう少女。娘の性格をよく知る父は、彼女が今何を考えているのか、大体の察しがついている。
無理に抑えつけようとすれば、この子は父の目を盗んでこっそりと抜け出そうなどと企むかもしれない。
そう考え、父はやれやれと溜め息を零した。
「分かった。では、ついてきなさい」
「ありがとうございます、お父様」
途端に、にっこりと優雅な微笑みを浮かべる娘を見て、父親は内心で呟いた。
(まあ、勝手に出歩かれるよりは良いだろう‥‥)
* * *
「仕事のため、しばらくジャパンに滞在することになりましてね。その間、娘を護衛してくれる方を探しています」
こう話すのは、恰幅の良い男性。
白茶けた金髪に青い瞳という容姿からして、異国の者だろう。しかし彼の口から紡がれるジャパン語は、それなりに達者だ。
一見すると気の良さそうなおじさんといった感じだが、よくよく観察してみると、どことなく抜け目のなさそうな雰囲気がある。商人か何かだろうか――様々な人を相手にしてきた係員は、直感的にそう思った。
「護衛ということは、何か危険な目に遭われるような心当たりがあるのですか?」
「そういうわけではないのですが、用心しておくに越したことはありません。娘に変な虫がついても困りますから、そういう意味でもしっかりと周囲を見張っていて欲しいのです」
話を聞きながら、係員はちらりと依頼人の背後に視線を移す。そこに立っている金髪の少女が、恐らく依頼人の娘だろう。
人形のような整った顔立ちに、小綺麗な身なり。確かに、これならば言い寄ってくる男もいるかもしれないし、あるいはスリなどの標的になってしまうことも考えられる。父親が心配するのも当然というものだ。
「分かりました。何か希望する条件はありますか?」
係員が問い掛けると、依頼人の後ろにいた娘が初めて口を開いた。
「冒険者って、荒くれ者の集まりでしょう? お金さえ払えば何でもするって聞いたわ。私、そんな人たちと一緒に過ごすのは嫌」
歯に衣着せないとはまさにこのこと。
幸い周りにいる冒険者の耳には入らなかったようだが、もし聞こえていたら、怒鳴られても文句は言えない。
しかし父親も、そんな娘の態度には慣れっこらしく、落ち着いた様子でたしなめる。
「私は家で待っていなさいとあれほど言ったのに、どうしてもついてくると言って聞かなかったのはお前のほうだろう? 一度は我儘を聞いてやったんだから、これ以上私を困らせないでおくれ」
「‥‥お父様がそう言うのでしたら」
娘は渋々といった様子で引き下がった。気位の高いお嬢様だが、父親の言うことには従うらしい。それでも我儘を押し通して無理やりついてきたのは、やはり父親と離れたくなかったからだろうか。
「腕の立つ、信頼のおける冒険者を用意して下さい」
「分かりました」
「くれぐれも野蛮な連中を送ってこないよう、お願いしますわ」
「‥‥分かりました」
わずかに苦笑を浮かべつつ、係員は親子の要望を書き留めた。
●リプレイ本文
「まったく、冒険者というのはみんなこの調子なんですの?!」
身支度を済ませたリリアーナはご機嫌斜めだった。それもそのはず、まだ夜も明けきらぬ早朝だというのに、ジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)に無理やり起こされたのだ。しかし当のジルベルトは悪びれる様子もない。
「朝市というのも良いものよ? 行ってみれば分かるわ」
「‥‥市場を見るという案には賛成ですけれど」
父親が商人ということもあり、そういったことには興味があるようだ。叩き起こされたことに対しては未だ不満を感じているようだが、それでもリリアーナは渋々納得した。
「それにしても、やたらと外国の方が多いんですのね。あまりジャパンに来たという感じがしないわ」
集まった面々の顔を改めて見渡し、リリアーナは軽く溜め息をつく。何しろ、今回依頼を請けた8人のうち、ジャパン人は久志迅之助(eb3941)と一色翠(ea6639)の2人だけ。しかも、シンザン・タカマガハラ(eb2546)を始めとする数名は先日こちらへ渡ってきたばかり。
「新鮮味はないかもしれんが、護衛はしっかりとやるさ」
「当然ですわ。そのために雇ったんですもの」
随分と生意気な物言いだが、シンザンは特に気にする素振りも見せない。過去にはもっと酷い扱いを受けたこともあり、それに比べればこの程度はまだ可愛いものだ。
それとは打って変わって、
「私はビザンチン生まれだけど、ジャパンにはそれなりに長く滞在してるの。だから色々案内できるよ」
「私もジャパン暮らしは長いよ!」
と胸を張るのはアウレリア・リュジィス(eb0573)とミフティア・カレンズ(ea0214)。
「そうなの‥‥それじゃあ案内は任せましたわ」
こうリリアーナに言われ、2人とも元気よく頷いた。
「生臭いですわね‥‥」
市場に着いたら着いたで、また不満顔になるリリアーナ。対照的に、ミフティアは愛犬あんずと共にはしゃいでいる。
「あれ美味しそう〜♪ リリアーナちゃん朝ごはんまだでしょ、一緒に食べようよ♪」
「私は依頼人ですのよ? 気安くリリアーナちゃんなんて呼ばないで頂きたいわ」
ちゃん付けて呼ばれてムッとするリリアーナだが、ミフティアにも彼女なりの考えがあるようで、リリアーナを真っ直ぐに見据えて真剣にお願いする。
「私は一緒に楽しく江戸見物したくて、この依頼に入ったの。だから私のことは冒険者としてって言うより、1人の女の子として見て欲しいな。私もリリアーナちゃんのことそう見たいし‥‥だめ?」
純粋な瞳で見つめられ、リリアーナは困ったような戸惑ったような複雑な表情になった。しかし嫌がっているわけではないようで、その証拠に、躊躇いながらもこう答える。
「そ、そこまで言うのなら仕方ありませんわね‥‥」
「本当? ありがとう♪」
「アタシちゃんもリリアーナちゃんって呼ぶわよ〜っ。王様と白き母様以外は皆ちゃん付けで呼ぶのがポリシーなの〜!」
ポーレット・モラン(ea9589)もそれに便乗。リリアーナは少しげんなりした表情で
「‥‥好きになさるといいわ」
と答えた。
新鮮な魚介を使った寿司で空腹を満たした後、一行はジルベルトが贔屓にしている呉服屋へと向かった。
「お父様は着物をイギリスにも広めたいと考えてらっしゃるのよ」
と得意げに話すリリアーナ。翠は、それを聞いて誇らしげに微笑む。
「この国の文化を気に入ってもらえて嬉しいな。リリアーナさんもきっと着物似合うと思うよ」
「スイのもなかなか素敵ですわ。良い色ね」
「えへへ、翠は緑色って意味なんだよ。リリアーナさんは何色が好き?」
「落ち着いた青が好きよ。子供の頃から、洋服は青いものが多かったわ」
確かに、今日も彼女は青を基調としたドレスを身に纏っている。そこで皆はリリアーナに似合いそうな生地を見繕ってみることにした。
「アタシちゃんはこれが好き〜っ☆ 絶対これが可愛いわっ」
「それはあなたが好きな柄でしょう? 私に似合うのを選んでちょうだい!」
「これなんかどう? お日様みたいな髪によく映えそう」
「あら、お嬢さんにはきっとこっちのほうが似合うわよ。ねえ店員さん?」
などと、わいのわいのの大騒ぎ。まあ女性が6人も集まれば、こうなるのは必然とも言える。
散々揉めた挙句、リリアーナの愛称「リリィ」から取って百合の柄の生地が選ばれ、その場ですぐに採寸して振袖を仕立ててもらうことになった。
「ジャパンの布地って色や織り方が独特で綺麗だよね」
「私のこの服も、ジャパンの衣装を踊りやすいようにアレンジしてもらったものなんだ♪」
「なかなか斬新なデザインね。そういうのは嫌いじゃないわ。アウレリアは着物は着ませんの?」
「今日はお洋服だけど、着物も着るよ」
楽しそうに談笑する少女たち。
一方その頃、店の外で待っていたブレイン・レオフォード(ea9508)はすっかり暇を持て余していた。
「遅いなぁ‥‥女の子の買い物って、どうしてこんなに時間かかるんだろ?」
「さあ? 俺に訊くな」
と、あくまでもクールなシンザン。ちなみにブレインはまだジャパン語が分からないので、2人はゲルマン語で会話を交わしている。その途中、シンザンはふと何かに気付いたように視線を動かした。
「‥‥今、誰かに見られていたような」
つられてブレインもシンザンの視線を追うが、特に気になるようなものはない。
「久志は何か気付いたか?」
「こちらを窺っている者がいた気がする。既に人混みに紛れてしまったがな」
そう話しているところへ、ようやく買い物を終えたリリアーナたちが店から出てきた。久志はリリアーナには何も言わず、ポーレットにのみこっそりと囁く。
「少し気になることがある。それとなく上から周囲の様子を見ていてくれ」
「了解よ〜」
次に向かったのは小間物屋。先ほど頼んだ着物に合いそうな小物を探し、またも盛り上がる。
「見てこの簪。この飾りの細工見事でしょ。欧州のアクセサリーに負けないクオリティーよ」
ジルベルトが手に取った簪を見て、リリアーナは感嘆の溜め息を漏らした。
「本当、綺麗だわ。これはどうやってつけるものなのかしら?」
「簪はね、こうやって使うの」
試しに翠が簪を付けてみせると、それに倣ってジルベルトもリリアーナの髪に簪を飾ってやった。
「うん、やっぱり似合うわね。着物と合わせたらきっともっと素敵よ」
「そうね‥‥こういうのも悪くないですわ」
手鏡で確認し、リリアーナもまんざらではなさそうだ。
しかし楽しい店内とは打って変わって、外では不穏な空気が漂っていた。
「あの者たち、先ほどの店の前でも見かけたような‥‥」
久志の言う人物とは2人組の男で、歳はミフティアと同じくらいだろうか。
「後を尾つけてきたのか、ただの偶然か‥‥まあ偶然でないのだとしたら、そのうち嫌でもはっきりするだろうがな」
シンザンも相手に悟られないよう、顔は背けたまま、視線の端に相手を捉えた。身なりからするとごく普通の町人のようだが、じっくり観察していると、どことなく挙動不審に見える。
「警戒しといたほうが良さそうだね」
ブレインは呟いて、改めて気を引き締めた。
小間物屋での買い物を終えたリリアーナたちが次の目的地に向けて歩き出すと、案の定、例の2人組もそれを追うようにして歩き出す。しかし尾行の仕方はあまり手馴れておらず、久志たち護衛の存在に気付いていないことから言っても、玄人ではなさそうだ。
少しでも変な素振りを見せたら、すぐに行動に移ろう――そう示し合わせて、久志たちも2人組の動向を注意深く観察しながら後を尾ける。そして、2人がリリアーナたちの背後から忍び寄ろうとしたのを見計らって、久志がその襟首を引っ掴んだ。
「何をしようとしている?」
「ひぃっ!」
2人は慌ててじたばたともがき、そのうち1人がするりと久志の手を逃れて駆け出そうとした。すかさずシンザンが行く手を阻むが、男は死に物狂いで体当たりを喰らわせ、なんとか逃げおおせようとする。やむなく、ブレインは剣の鞘で男の背を殴った。
「ぐわっ」
鈍い悲鳴を上げて倒れる男。しかし手加減はしてあるので、特に怪我はないはずだ。
冒険者たちに囲まれ、もはや逃げ場はないと悟ると、2人は必死に謝り始めた。
「ほんの出来心なんだ‥‥! 大火で、うちも親戚も被害を受けて、生活が苦しくて‥‥」
「そこのお嬢さん羽振りが良さそうだから、つい‥‥」
大火の被害者を装った悪質な物盗りという線も考えられなくはないが、先ほどの尾行の拙さからして明らかに素人だし、嘘を言っているようにも見えない。ただ、リリアーナは大火のことを知らない。
「タイカだか何だか知りませんけれど、『つい』で済まされると思ってますの?」
露骨に眉を顰めるリリアーナに、ミフティアがそっと説明する。
「少し前に大火事があったの。そのせいで治安が悪くなってるんだ‥‥」
「火事?」
リリアーナは、まるで汚らしいものでも見るかのような目つきで男を見下ろす。そして冷笑を浮かべ、銀貨を何枚か地面に放り投げた。
「惨めね。施しが欲しいならそう仰ればいいのに。それをくれてやるから、さっさとお行きなさい」
まるで奴隷にでも接するかのような態度を見て、さすがにポーレットが釘を刺す。
「そういう言い方は良くないわ〜っ。確かに泥棒はいけないことだけど〜、彼らもあなたも同じ人間よっ。あなただってお家が焼けたら困るでしょ〜?」
「うん‥‥皆、頑張って生活してるの。そんなふうに言わないで」
翠にもこう言われ、リリアーナはばつが悪そうに視線を逸らした。そして横目でちらりと男たちを見て、早口で言う。
「‥‥今日は特別に許してあげますから、二度と馬鹿な真似はなさらないことね!」
「は、はいっ!」
同じ過ちを繰り返さないよう冒険者たちからも何度も言い含められ、ぺこぺこと頭を下げながら2人は去って行った。
ひと騒動あったので、一行は甘味処で休憩することにした。ブレインたちはまた店の外で待っているつもりだったのだが、
「あなたがたも疲れているでしょうから、その‥‥一緒に少し休んでもよろしくてよ?」
珍しくリリアーナのほうからこんなことを言い出したので、素直に好意に甘えることにした。
「これは何ですの?」
「お団子だよ。ちょっと食感が変わってるけど、甘くて美味しいの♪」
アウレリアに勧められ、恐る恐る団子を食べるリリアーナ。なかなか気に入ったらしく、すぐに笑顔になる。しかし不意にその笑顔が曇った。
「‥‥火事というのは、どのくらいの規模だったのかしら」
「詳しい数字は分からないけど、亡くなったり行方が分からなくなった人が何万人もいるんだって。お家を亡くした人はもっとたくさん‥‥」
ミフティアが告げた深刻な事実に、リリアーナだけでなく、他国から渡ってきた者たちも俯いた。しかし、翠は務めて明るい口調で言う。
「でも、少しずつだけど復興してるよ。冒険者もお手伝い頑張ってるの」
「冒険者が‥‥」
ぽつりと呟き、リリアーナはしばらく黙り込んでいた。そんな彼女に、ブレインがおもむろに語りかける。
「冒険者の中にも色んな奴がいるんだよ。確かにお金のためって奴もいるけど、困っている人のためとかいうお人好しもいるし、仲間や思い出を作りたいっていう物好きもいる」
「‥‥さしずめ、あなたもその物好きの1人ですわね」
「かもね。でも僕たちみたいなお人好しか物好きでもなければ、この依頼だって請けようと思わなかったんじゃないかな? だって、君みたいな女の子の相手って大変そうだし‥‥」
ついうっかり余計なことまで言ってしまったブレインを、リリアーナはぎろりと睨む。
「ごめん、冗談だよ!」
慌てて謝るブレインを見て、リリアーナは軽く溜め息をついた。
そして一同の顔をぐるりと見渡し、
「その物好きに助けられたことも事実‥‥ですわね」
と苦笑する。
「日々の糧を得るために仕事をする、それは町民も冒険者も同じだ。故に、我々は報酬に見合うだけの働きはする。あんたは力を振るうことを野蛮と思うかもしれないが、その力で守れるものもある。それは覚えておいてもらおう」
久志に言われ、リリアーナは戸惑いつつも頷いた。
わずかに流れる気まずい雰囲気‥‥しかしそれを打ち破るように、ポーレットが明るく言う。
「はい、湿っぽいのはここで終わり〜! 美味しいもの食べて元気出しましょっ☆」
それにつられて、場に笑顔が戻った。
「リリアーナちゃん、お箸の使い方教えてあげるね。次は可愛いお箸とお茶碗買いに行こう♪」
「頼んでおいた着物ができたら、おめかしして出掛けましょうね」
「お買い物もいいけど、いつか私の歌も聴いて欲しいな。三味線に琵琶に竪琴に、何でも演奏するよ」
賑やかな冒険者たちに囲まれ、リリアーナも微笑む。
楽しそうに笑い合う彼女たちを、シンザンだけは少し離れたところから傍観していた。
店の中に入ったというのに、彼はまだ兜を被ったままでいる。その下に隠されているものを、リリアーナはまだ知らない。知らないからこそ、彼女はこう言った。
「まあ‥‥貴方がたでしたら、これからも継続して仕事を請けて下さっても構いませんわ」
相変わらず素直ではない物言い。
しかしその言葉の端々には、彼女なりの不器用な好意がわずかに滲んでいた。