●リプレイ本文
「もう疲れましたわ」
誰もが予想していた通り、リリアーナは出発してからそれほど経たないうちに音を上げてしまった。
「そもそも、徒歩で旅だなんて‥‥てっきり馬車だと思いましたのに!」
旅と言えば馬車。当然の如くそう思い込んでいたリリアーナは、大量の着替えとそれに合わせたアクセサリーを持参しようとしていたのだが、皆に説得されて渋々最低限に減らしたのだった。
そこへちょうどよく、先行して周囲の様子を調べに行っていたポーレット・モラン(ea9589)が戻ってきた。
「あっちに休めそうな場所があったわよ〜」
「それじゃあ、そろそろ休憩しようか」
一色翠(ea6639)の提案に、リリアーナは一も二もなく頷いた。
「私にも羽があれば楽ですのに」
「飛ぶのもけっこう体力使うのよ〜?」
こう言って、ポーレットは驢馬の背に着地して一休み。同乗者の子トカゲをぎゅ〜っと抱きしめる彼女を見て、シンザン・タカマガハラ(eb2546)は苦笑する。
「あまりいじめるなよ?」
「いじめてないわ〜、スキンシップよ☆」
爬虫類が苦手な久志迅之助(eb3941)は、トカゲと触れ合うなんて信じられないといった様子で青ざめている。そんな意外な一面を見て、リリアーナはようやく機嫌を直してくすりと笑った。
「ふふ、迅之助でもそんな顔をすることがあるんですのね」
「誰にでも得手不得手はある」
ぶっきらぼうなその答えに、リリアーナはますます笑みを深める。
「俺は苦手なものなどないように見えるか?」
「そういうわけではありませんけれど、何と言ったらいいのかしら、どっしり構えているでしょう」
それを聞いて今度は久志が笑った。
「そう見えるのなら幸いだ。いずれは己の身一つで家督を建て、禄高千石の旗本になるつもりだからな」
リリアーナには禄高千石や旗本といった言葉は分からなかったが、それでも久志の言わんとすることは理解したようだ。
「それなら、ヘビやトカゲを見て震え上がったりしていては駄目ですわよ? 情けない男だと思われてしまいますわ」
「‥‥善処する」
などと話しているうちに、あっという間に休憩場所に到着した。
「ご飯ご飯♪」
早速食事の準備を始めるミフティア・カレンズ(ea0214)。しかし彼女が取り出した保存食を見て、リリアーナは何とも言えない表情になった。
「何ですの、それ?」
「保存食だよ。村に着いたらきっと美味しいご飯が待っているから、それまではこれで我慢ね」
恐る恐るといった様子で一口食べてみて、リリアーナは思わず眉を顰める。
「私の口には合いませんわ」
はっきりと不平を述べるリリアーナだが、そんな彼女に久志が厳しい一言。
「食事を抜けば体力が持たない。途中で倒れることになっても良いというのなら、食べなくても構わないが」
「倒れたら俺が担いであげるけどね」
さらにからかうようにブレイン・レオフォード(ea9508)に言われ、リリアーナはむすっとしながらも再び保存食を口に運んだ。途中でぶっ倒れて冒険者に担がれるなど、彼女の自尊心が許さなかったのだろう。
食事を済ませた後、翠は近くに咲いている花の名をリリアーナに教えてやった。
「あれはナズナ。耳を澄ませるとほら‥‥風に揺れて音がするでしょ」
「楽器みたいだね」
アウレリア・リュジィス(eb0573)の感想を聞いて、リリアーナはふと思い出したように言う。
「そう言えば、歌を聞かせてもらう約束でしたわね」
「覚えててくれたんだね。嬉しいな♪」
思いがけない言葉に、アウレリアは嬉しそうに竪琴を取り出した。
「リリアーナちゃんはどんな曲が好き?」
「そうね‥‥優雅で美しい曲が良いですわ」
希望に応えて曲を奏でようとしたアウレリアだが、ふと自分の言った言葉を反芻して、慌てて付け加える。
「あ、ごめんね。ミフちゃんたちがリリアーナちゃんって呼んでるからうつっちゃって‥‥ね、私もリリアーナちゃんて呼んでいいかな」
「構いませんわ。その代わり私も、リアと呼ばせてもらいますわね」
「うん!」
こうしてアウレリアはゆったりとした曲を奏で始め、リリアーナもそれに耳を傾けた。
この日は野営。リリアーナにとってはこれまた初めての経験である。
薪を割ったり水を汲んだりせっせと働くシンザンを見て、リリアーナは感心したように言った。
「手馴れたものですわね」
海外ではハーフエルフというだけで店に入れてもらえなかったり、宿から宿泊を拒否されたりといったことも往々にして起こる。それゆえ、シンザンにしてみれば野営の準備などお手の物だが、そのことには敢えて触れず「まあな」とだけ答えた。
「まったく、信じられませんわね。冒険者というのはいつもこんな生活をしてますの?」
「いつもってわけじゃないが、必要とあらば野営でも何でもするさ。まあ、俺は冒険に出るより闘技場に通うほうが多かったけどな。‥‥野蛮だって軽蔑するか?」
リリアーナは少し返答に詰まったが、軽く息を整え、こう答えた。
「正直、戦いを見世物にするというのは好きになれませんけれど‥‥あなたの生き方に口を差し挟むつもりはありませんわ。それに本当の野蛮人なら、動物は懐かないでしょうし」
ちらりと目を向けた先には驢馬のバロ助とトカゲのちょろトゲがいる。「確かに」と、シンザンは笑った。
「それにしたって、よくこんな生活を続けていられますわね。あなたは男だからまだいいでしょうけれど、女性にはキツイですわ」
そこに、横から翠が口を挟む。
「そういうのも覚悟の上で冒険者になったんだもの、慣れれば平気だよ」
自分よりも小さな翠の口から「覚悟」などという言葉が出たので、驚いたのだろう。リリアーナは目を丸くして翠を見つめている。そんなリリアーナに、翠は微笑みを返す。
「前にね、冒険者の仕事で、茶々丸っていう大梟を育てるお手伝いをしたの。これから行く村にいるゆうちゃんって子とも、その依頼が縁で知り合ったんだ。冒険者をしてるといっぱいお友達できるよ」
「お友達‥‥」
「そ。リリィお姉さんもね」
「わ、私はただの雇い主ですわ!」
慌ててそっぽを向くリリアーナを見て、翠は「やれやれ」といった調子で笑った。本当に、これではどちらが年上なのだか分からない。
やがて夜も更け、女性陣は狭いテントの中で身を寄せ合って歓談に興じていた。
「ミフもリアも、この国での暮らしが長いと言っていましたわね。故郷に帰りたいとは思いませんの?」
「時々はそういうこともあるよ。でも、こっちでの毎日も充実してるから」
「うん。友達もできたし、冒険者の仕事を通じて色んな人の笑顔に出会えるのが凄く嬉しいの。だから寂しくないよ」
「そう‥‥」
リリアーナは、何かとても眩しいものでも見るかのような瞳で2人を見つめた。2人ともきょとんとして見つめ返すが、リリアーナはそれに気付いて慌てて目を逸らす。
「あ、そうだ。来月、小さい頃お別れした大好きな人がこっちに遊びに来るんだ。その時は紹介するね」
「もしかして初恋の相手だったりして?」
「ううん、女の人だよ〜」
ジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)に茶化されて、ミフティアは笑いながら首を振る。ジルベルトも「残念」と笑いながら、今度はリリアーナに悪戯っぽい視線を向ける。
「リリィちゃんの初恋の相手は、どんな人なのかしら?」
「え? 私は‥‥」
戸惑いながら俯くリリアーナ。言いたくなくて隠しているというよりは、何と言ったら良いのか困っているといった雰囲気だ。そして彼女は質問に答える代わりに、こう言って誤魔化した。
「そ、そう言えば、リリィと呼ぶことは許可してませんわ。そう呼んでいいのはお父様たちだけよ!」
「あら、ごめんなさいね」
リリアーナの様子を見て、ジルベルトは敏感に察していた。彼女はまだ恋というものを知らないのかもしれない‥‥と。しかし詮索はしないことにした。誰しも、触れられたくないことというのはあるものだ。
明日もまた歩かなければいけないので、今日は早めに寝ることにして、座談会はひとまずお開きとなった。
そして翌日、日暮れ前には目的地に辿り着くことができた。
「お姉ちゃん!」
翠とアウレリアの姿を見つけたゆうが、びっくりして駆け寄ってくる。2人はゆうとの再会を喜び合い、他の仲間たちにもゆうを紹介してやった。
「はじめまして、ゆうです」
こう言って差し出された小さな手を、リリアーナは壊れ物でも触るかのように握り返した。どうやら子供と接することに慣れていないらしい。それでも「リリアーナお姉ちゃん」と懐かれて悪い気はしないようで、邪険に扱うようなことは決してなかった。
この日はゆうの家で体を休め、翌日はいよいよ一番の目的、梅見物だ。幸い村の中に梅の咲いている一画があるので、そこでのんびりと過ごすこととなった。
「へえ‥‥なかなか綺麗だな。こういうのを『風情がある』って言うのか?」
初めて江戸以外の村を訪れたシンザンは、興味深そうに辺りの景色を眺めている。
「ゆうちゃん、一緒に歌おう♪」
アウレリアが竪琴を奏で、ゆうが歌を歌い、ミフティアがそれに合わせて即興の舞いを披露。小さな音楽会といった様子だ。
「綺麗ね〜、華国の仙人様が集う桃源郷みたい☆ あーでもでもぅ、梅林なのに『桃源郷』ってのはおかしいかしら〜?」
一方、画家のポーレットは画材道具を抱えて大はしゃぎ。ぱたぱたとせわしなく飛び回っては、どの角度から描いたら一番良いかを熱心に研究している。ジルベルトも早速スケッチに取り掛かった。
「なかなか上手ですわね」
横から覗き込んだリリアーナがスケッチを見て感嘆する。
「こう見えても、冒険者稼業の傍ら画商をしているのよ。絵師にはなれなかったけど、絵心はあるの」
「まあ、私も美術には興味がありますの。自分ではあまり描きませんけれど、見るのは好きですわ」
「それなら、良い絵があれば紹介するわ」
すると、その会話を耳聡く聞きつけたポーレットがふわりと2人の間に舞い降りる。
「リリアーナちゃんも絵が好きなのねっ☆ ということは、ジルベルトちゃんみたいに画商を目指すの〜? それとも他に何か夢があるのかしら?」
「画商‥‥それも良いですわね」
こう答えたリリアーナの表情は、何故か少し寂しそうだった。まるで最初から諦めているかのような‥‥
ポーレットもジルベルトもそれに気付いたが、2人が何か訊ねる前に、リリアーナは立ち上がった。
「私、あちらのほうも見てきますわ」
そのまま逃げるように立ち去ってしまうリリアーナ。その後ろ姿を、2人は心配そうに見送った。
「何してるんですの?」
リリアーナに声を掛けられ、ブレインは作業の手を止めた。
「石に花の模様を彫ってるんだ。梅‥‥に見えるといいんだけど」
「まあ、見えないこともないですわね」
率直な感想に、ブレインは笑いながら「ありがと」と答える。
「こうやって行く先々で何か作ったり、木や岩に字を彫ったりしてると、思い出を形にすることができる。そうすれば、それだけ長い間残ってくれるしね」
「それなら、これは今日の思い出の記念というわけですわね」
「そうだね」
嬉しそうにころころと手の中で石を転がすブレイン。リリアーナはその石をしばらくじっと眺めていたが、ふと思いついたように言った。
「それ、頂けないかしら?」
「え、これ? いいけど‥‥」
リリアーナが宝石でもないただの石ころを欲しがるとは思っていなかったので、ブレインは少々驚いたが、言われた通り梅らしき花が彫られた石を手渡した。
「本当にそれでいいの? もう少し時間をもらえれば、もうちょっと凝ったのを作るんだけど」
「そうね‥‥では、もしまた機会があれば、その時には素敵なアクセサリーを作ってちょうだい」
「了解。それまでに修行を積んでおくよ」
リリアーナは受け取った石を軽く握り締め、ポケットの中にしまい込んだ。
こうして楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
小さな石に刻まれた思い出‥‥リリアーナが後にそれを思い出す時、彼女の胸にはどんな想いが呼び起こされるのだろう?
その答えは、今はまだ誰も知らない。