リリィお嬢さんの祈り
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■シリーズシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 92 C
参加人数:7人
サポート参加人数:4人
冒険期間:08月15日〜08月20日
リプレイ公開日:2006年08月23日
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●オープニング
「ドアを開けなさい!」
扉に向かってリリアーナが怒鳴りつける。
木戸1枚隔てた先には、体格の良い男性冒険者が2人。リリアーナが勝手にここから出ないよう見張っているのだ。
「そうしてあげたいのは山々なんだが、依頼なんでね。頼むからおとなしくしててくれよ」
「それなら、私がその依頼料の倍額払いますわ! だからどきなさい!」
「あのなぁ、そう簡単に依頼人を裏切るわけには行かないんだって。信用問題なんだからさ」
「私の頼みが聞けませんの?!」
駄々っ子のように叫ぶリリアーナに、冒険者たちは苦笑を浮かべるしかなかった。
* * *
冒険者2人を雇ったのは、当然ながら、リリアーナの父であった。
彼は娘が勝手な行動を取ったことに対して、いたく腹を立てていたのである。
「モンスター退治に同行するなんて、どうかしている! 冒険者に依頼を出したのだから、それで事足りるでしょう。どうしてあの子がついて行く必要があるんです?」
「お父さんを助けたい一心で、いてもたってもいられなかったんですよ。お嬢さんの取り乱しようと言ったら、それはもう大変なもので・・・・」
「あの子の心遣いは嬉しく思います。私もモンスターのせいで足止めを食らっていましたし、冒険者が退治してくれたことには感謝していますよ。しかし、それとこれとは別問題です」
「でもお嬢さんは、放っておいたら1人で飛び出して行ってしまいかねない様子でしたから・・‥」
係員が宥めるが父の興奮は治まらない。乱暴に机を叩き、語調を荒げる。
「だったら、縄で縛り付けてでも止めればいいんです!」
「そんな無茶苦茶な・・・・」
「モンスターの元へ飛び込んでいくほうがよっぽど無茶でしょう! あの子までいなくなってしまうなんてことになったら、私は・・・・!」
苦しげに顔を歪めて俯くイリュエット氏を、係員はいたたまれない様子で見つめた。
子が親を失いたくないと思うのは当然のこと。
そして親が子を失いたくないと思うのもまた当然のこと。
リリアーナは父の安否が心配で仕方なかったし、イリュエット氏とて娘の身に何か起こったらと思うと冷静ではいられないのだろう。どちらかが正しくてどちらかが間違っているというわけではないのだ。しかし2人は悲しいほどすれ違ってしまっている。
「あの子の望むものは何だって買ってやったし、今まで何不自由なく育ててきてやったというのに・・・・一体何が不満だというんだ・・・・」
ぽつりと漏らしたその言葉に、「それは違う」と言いかけた係員だったが、それよりもイリュエット氏が次の言葉を紡ぐほうがわずかに早かった。
「・・・・少々、あの子の好きなようにさせすぎたようです。こちらからもよく言い聞かせておきますが、それでも通じない場合は、また冒険者のお力を借りることになるでしょう」
こう言うと、イリュエット氏は係員の言葉も聞かずに出て行ってしまった。
2人の冒険者が彼に雇われたのは、そのすぐ後のことである。
* * *
最初のうちこそ激しく抵抗していたリリアーナだが、いつしか声も枯れ、疲れ果てて座り込んでしまっていた。
あれから父は何度か部屋を訪れ、その度にこう言い聞かせた。
『ちゃんと言うことを聞くという約束でついてきたんだろう? 欲しいものがあるなら何でも買ってあげるから、おとなしくいい子にしていなさい』
その言葉を思い出すだけで、吐き気さえ覚える。
(欲しいのは物なんかじゃない・・・・ドレスもアクセサリも豪華な食事も、何もいらない。ただ・・・・)
ただ、皆に逢いたい。
たったそれだけのささやかな望みなのに、それはどうやったってお金では買えないものなのだ。
そのささやかな望みが、今のリリアーナにとって一番必要で、一番大切なもの。父はどうしてそれを分かってくれないのだろう?
リリアーナにできることは、ただひたすら祈ることだけだった。
どうかこの檻から出られるようにと――
その祈りを最初に受け止めたのはラザラスだった。
彼はイリュエット氏の目を盗んで、ギルドへと急いだ。
「どうか、お嬢様の力になって差し上げて下さい。あなた方にしかできないことなのです・・・・」
それは彼の依頼であり、リリアーナの祈りでもあった。
●リプレイ本文
手土産を持ってイリュエット氏の元を訪れたジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)を見て、イリュエット氏はわずかに苦い顔をしたが、すぐにそれを消して笑顔を作る。
「おや、こんにちは。その節はお世話になりました」
「こちらこそお世話になっております。用事で近くまで来たので、立ち寄らせて頂きました」
偶然を装っているものの、イリュエット氏の予定は事前にラザラスから確認しており、今ならば在宅していると知った上での来訪だった。イリュエット氏は中に上がるよう勧めなかったので、ジルベルトは開いた玄関からちらりと中を覗き込んで訊ねる。
「リリアーナちゃんはお出かけ中?」
「ええ、まあ‥・・」
ジルベルトはもちろん真実を知ってはいたが、あくまでも平然とした様子で立ち話を続けた。
「あの年頃の娘さんは大変でしょう、女の子は精神的な成長が男の子より早いから」
「そうですね、ませていると言うか‥・・」
「ふふ、私もそうでしたもの。子ども扱いすると不満で鬱屈してしまうんですわ」
こう言って、一呼吸置いてから、ジルベルトはおもむろに話す。
「以前、リリアーナちゃんが私たちのためにパーティを開いて下さったんだけど。その時に寂しげな表情を見せることがあって、心配してたんです。イリュエットさんはお忙しいようですけど、娘さんとゆっくり会話とかしてらっしゃるのかしら?」
ぎくりとして、すぐに返事を返せないイリュエット氏に、ジルベルトは畳み掛けるように言った。
「お互いの気持ちが行き違って関係がギクシャクしてしまって、しまいには修復不可能になることもあるんです。そういう娘は、寂しさから道を踏み外してしまうこともあるから、気を付けないと」
あくまでも表面上はたおやかな笑顔を浮かべたまま、ジルベルトは刃物のように鋭い言葉をイリュエット氏に向けて投げかける。その裏側には、彼に対する非難と怒りが隠されていた。
ジルベルトが帰ってからしばらくして、今度は久志迅之助(eb3941)が訪れた。
彼はイリュエット氏に会うなり、武器の類いをすべて地面に起き、こう言い放った。
「お嬢に会わせて頂きたい。無理やり連れ出す意思も、武力に訴えるつもりもない。その証拠として、得物はすべて預けよう」
無論、イリュエット氏は突然の申し出に驚き、反発した。
「あ、あの娘は外出中だ。残念でしたな」
「ならば帰るまで待たせてもらう」
どっかりと腰を下ろしてしまう迅之助に、イリュエット氏はますますたじろぐ。
「いつ帰るかはっきりしませんから、日を改めて頂いたほうが‥・・」
「構わん、ここで待つさ。仕事柄、外で寝起きするのは慣れているのでな」
「では、伝言を」
「急を要する大事な用だ、人づてでは心許ない。会わせてもらうまでここに居座らせてもらう」
何を言っても、迅之助は引き下がらない。さすがに家の前で座り込みをされては世間体も悪いので、イリュエット氏は渋々迅之助を中へと通した。
「‥・・外出中というのは嘘ですが、あの娘は少々体調を崩しているのです。手短にお願いしますよ」
こうして時間制限付きで、リリアーナとの面会が許可された。
「お嬢、大丈夫か?」
リリアーナは思わず言葉を失い、その場に立ち尽くしたが、すぐに駆け寄ってきた。そして驚きや喜び、悲しみなど、様々な想いの入り混じった複雑な表情で、迅之助の袖を握り締める。
「どうしてここに‥・・他の皆さんは?」
「すまないが、親父殿にしつこく念を押されていてな。詳しく説明している余裕がないんだが、後で必ず他の面々も来る」
それを聞いて、リリアーナは少しだけ安堵したように表情を緩めた。
「こんなことになって辛いとは思うが、もう少しだけ耐えて欲しい。そしてその間、お嬢には親父殿に手紙を書いて貰いたい」
「手紙?」
「ああ。まともに取り合ってくれないのなら、文章にした方が相手に伝わりやすいものだ。少なくとも話を途中で切り上げられることは無いからな」
「‥・・そうですわね。分かりましたわ」
リリアーナが頷いた直後、扉の外から時間切れを告げる冒険者の声が届く。後ろ髪を引かれる思いを味わいながらも、迅之助は「必ず皆で助けに来る」と言い残して退室して行った。
「信じていますわ」
立ち去る背中に向けて、リリアーナは呟いた。
その翌日、ポーレット・モラン(ea9589)は「春に贈った絵の報酬として、話し合いを行なうための時間を割いて欲しい」という旨の手紙をイリュエット氏に送り、面会の約束を取り付けた。
リリアーナの同伴は任意と手紙には書いたが、イリュエット氏が用意した場に彼女の姿はない。まだ閉じ込められているのだと思うと胸が痛み、ミフティア・カレンズ(ea0214)はまるで自分自身が傷を負わされたかのように、苦しげに唇を噛み締める。
「‥・・リリアーナちゃんを危険な場所に連れて行ったことは、ごめんなさい。でも、お父さんを心配する気持ちは痛いくらい解ったし、だから私たちも命をかけるつもりで守ってました。リリアーナちゃんは依頼主で、大切な友達でもあるから‥・・」
震える声で、それでも必死に告げるミフティアを、イリュエット氏は何とも言えない表情で見遣る。そして深く溜息を零した。
「そのことについては、もう結構。貴方がたからはきちんと謝罪の言葉を頂いたし、これからは親である私がもっと厳しく‥・・」
「ちょっと待て、それは違うんじゃないか」
シンザン・タカマガハラ(eb2546)が、その言葉を遮った。彼はその境遇ゆえ、親子の情愛というものをよくは知らないが、少なくともイリュエット氏の言葉に納得が行かないことは事実だった。
「確かにお嬢さんの行動は決して褒められたものではない。だが、どうしてそのような行動を取ったかをもう少し冷静に考えてあげて欲しい。あなたは、ほんの少しでもそれをしたのか?」
言葉に詰まるイリュエット氏。その顔には、そんなことを言われるのは心外だとでも言わんばかりの表情が浮かんでいる。本人は分かっているつもりなのだろうか。それとも、リリアーナの気持ちを考えるという選択肢自体、彼の頭にはなかったのだろうか。
「リリアーナさんはあなたのことが心配だから、無理をしてまで同行したんだ‥・・大事な人を失ってしまうことが怖かったから。それだけ、あなたのことを大事に思ってるってことなんだよ」
ブレイン・レオフォード(ea9508)が諭すように言い、
「‥・・傍から見てると気が狂うかと思わせるほどに、だ」
とシンザンが付け加える。
「あの娘が私を想ってくれているのは、充分理解していますとも」
イリュエット氏はこう答えるものの、頭では理解していても心がそれに伴っていないように、冒険者たちの目には映った。それゆえに、もどかしさが募る。
「大事な人を失うかもしれない怖さはあなたが一番よく分かってるはずだ。例えば立場が逆だったら‥・・リリアーナさんが出先で危険な目に遭っていたとしたら、あなたも同じ行動を取るんじゃないのかな」
ブレインに言われ、イリュエット氏は黙り込んだ。図星だからだろう。
「リリアーナちゃんは寂しいんです。1人で放っておかれたら幸せじゃない。あんな無茶な行動に走ったのも、寂しかったから‥・・もうこれ以上ひとりぼっちになりたくなかったからだと思います」
アウレリア・リュジィス(eb0573)の言葉に、イリュエット氏は今度こそ本当に心外だという顔をした。
「あの娘は寂しいなんて一言も言ったことはない。欲しい物は何だって与えてやったし、話し相手だって今まで何人も用意してやって‥‥」
「そうじゃないよ!」
ミフティアが、普段の様子からは考えられないほど声を荒げる。
「リリアーナちゃん、沢山我慢してるんだよ。お仕事忙しいの知ってるから‥・・でも本当は寂しくて、心配で‥・・。物とか話し相手とか、そういう問題じゃないの。お父さんがお話してあげなきゃ駄目なの。おかしいよ、せっかく2人でジャパンに来たのに、一緒に歩いて、色んなものを見せてあげたいって思わないなんて‥・・」
無茶はしないでと、出掛けに大切な友人が掛けてくれた言葉が思い出されたけれど、もうなりふりなど構っていられなかった。ミフティアは目に涙さえ浮かべ、イリュエット氏に想いをぶつける。
「七夕様も夏祭りもあったんだよ。お願い、忙しいなんて言わないで、リリアーナちゃんのための時間を下さい。それができないならリリアーナちゃんを出して。私達が連れてくから」
その言葉には打算などない。そこまで必死になったからと言って、何か利益を得られるわけではないのだ。そこにはただ、友達を想う強い気持ちだけがある。
「正面から向き合ったことがないから、リリアーナちゃんの本当の気持ちが分からないんでしょう。ちゃんと目を見て言葉に出さないと気持ちは通じないです。そのための時間を作るのも無理ですか?」
悲しげに問うて、アウレリアはそっと竪琴を奏でた。
そして想いの丈を歌に込め、切ない旋律を紡ぐ。
『お金があれば何でも幸せになれる?
欲しい物を買って貰って言う事を聞いて貰って
何でもかんでもやって貰ってそれで幸せ?
それが幸せ?
一人ぼっちじゃ幸せじゃないよ。
一人ぼっちじゃ誰も幸せになれない』
それはアウレリアの気持ちであり、リリアーナの叫びでもあった。
イリュエット氏は呆然とその歌に耳を傾け、やがて力が抜けたように椅子に座り込む。そのまましばらく何も言わずにいたが、ぽつりと、零すように言った。
「・・・・若い頃は、随分と生活に苦労しましてね。自分の子供にだけは、何不自由ない暮らしをさせてやろうと・・・・それが子供にとって何よりの幸せだと、ずっとそれだけを思って働いてきたんですよ」
確かに、それもまたひとつの幸せの形ではあるだろう。けれども、それだけがすべてではない。イリュエット氏はただひとつの形だけを追い求め、そして今ようやく、もっと他にも幸せの形があるということを思い出したようだった。
ふっと、ポーレットが描いた家族の肖像に目を向ける。
幸せそうに微笑む親子の姿。そんな時間を持てなくなって、もうどのくらい経つだろう?
同じように絵を見つめながら、ポーレットが問いかけた。
「リリアーナちゃん、先の奥様に似てらっしゃるわね〜? だからこそ可愛いのは分かるけど〜、アタシちゃんが今の奥様なら〜、死んだ女をまだ想ってるのかってヤキモチ焼くかも〜?」
するとイリュエット氏は困ったように苦笑する。
「手厳しいですな・・・・。確かに、私はあの娘に前妻の面影を重ねているのかもしれません。しかし新しい妻のことももちろん、愛していますとも」
「それならいいんだけど〜。奥様にもリリアーナちゃんにも、服や宝石より〜気遣いある態度や愛情溢れた言葉の贈り物を〜。何より喜んでくれるに違いないわ〜」
その言葉に対しては、先ほどとはまた少し違った苦笑が返ってくる。実は今の細君は、綺麗な服や宝石が何よりも大好きという女性なのだが・・・・それはポーレットのあずかり知らぬことだ。
「・・・・皆さんの仰ることも、もっともだ。リリアーナとは、もっと話をする時間を増やそうと思います」
「そうそう、それがいいよ。せっかく近くに居るのに心は離れ離れなんて・・・・そんなの悲しいからね」
ついにイリュエット氏が皆の言葉を受け入れたので、ブレインは嬉しそうに何度も頷いた。他の面々も、それは同じだ。
イリュエット氏は雇っていた冒険者に契約の終了を告げ、リリアーナを部屋から解放した。
ようやく自由の身になったリリアーナを、ミフティアは力いっぱい抱きしめる。
「リリアーナちゃん、良かった・・・・!」
「・・・・ミフ・・・・ありがとう」
リリアーナもぎゅっとミフティアの背に手を回す。そして体を離した後、照れたように微笑んだ。
「いいね、その笑顔。やっぱりリリアーナさんは笑った顔のほうが可愛いんだしさ、笑顔でいるのが一番いいよ。そのために出来ることなら何だってやれるさ」
屈託のないブレインの言葉に、リリアーナの顔からは微笑みが消え、照れだけが残る。そんな顔を見られまいと、彼女は慌てて背を向けてしまった。
くすくすと笑いながら、ポーレットは小さな手をリリアーナの手に重ねる。それを合図にしたかのように、1人、また1人と、手を重ねてゆく。やがて全員の手が重なり合い、そして笑顔が重なり合った。手の温もりを通じて、彼らは確かに、信頼で結ばれていた。
その様子をイリュエット氏は少し寂しそうに、そして眩しそうに、ただ黙って見つめていた。
「あのね〜、いっそリリアーナちゃんを商売の後継ぎにしちゃうのはダメ〜?」
すべてが収拾した後で、ポーレットはこんな提案をイリュエット氏に持ちかけた。
「俺もそう思ったんだ」
とシンザン。
「部屋に閉じ込めておくからストレスが溜まるんだ。かと言って遊ばせておくのも心配だろうし、いっそ仕事に連れ歩いて将来の為に勉強をさせてみては?」
予想外の提案に驚いた様子のイリュエット氏だが、笑いながらこう答える。
「おや、そう言えば話してませんでしたかな。リリアーナの上に息子が1人おりまして、店はそちらに継がせるつもりです。今も留守を守ってくれているんですよ」
リリアーナもイリュエット氏も、それにラザラスも、隠していたわけではないのだが、話す機会がなかったので話題に上らなかったのだ。
「あら〜、お兄さんがいたのね〜。でもお店のお手伝いという形でもいいと思うの〜。女のコだからこそ〜呉服や装飾品を扱うお仕事には適してると思うわ〜」
「たとえ商いの道を選ばなかったとしても、経験はきっと役に立つと思うし、案の一つとして考えてみて欲しい」
2人に説得され、イリュエット氏は「考慮してみましょう」と頷いた。
リリアーナ自身がどういった未来を望むかは、また別問題だが、これもまたひとつの可能性。
「そのことも含めて、じっくり話し合うとします」
こう言いながら、皆と談笑するリリアーナを見つめるイリュエット氏の顔は、今まで見たどんな表情よりも、父親らしさに満ち溢れていた。